■それぞれのとんかつ
先日、母親と話していて驚いた話です。
あれはたしかもう8年くらい前になると思いますけれど、以前から血圧の薬を飲んでいた母が新しい薬に切り替わったとたんに、がくんと体調を崩した時期がありました。要するに薬が強すぎて血液が末端に回らなくなった状態と思われます。その時上京した母に会ったら、顔の上半分が真っ青になって、下半分と明らかに顔色が違っていました。
医者に、
「どうもおかしい」
と伝えると、
「じゃあ、薬を戻してみましょうか」
と、簡単に言われたらしいけれども、危ないことです。
さて、その会った時も少し元気がない感じはしたものの、いつものとおり明るい母でもありましたし、離れて暮らしていることもあっていつの間にか忘れていたのですが、どうもその時期ノイローゼ状態にあったらしい。「死の予感」のようなものを感じたのかもしれません。何もする気が起らず悶々としていたらしいのです。
そんな状態が続いたある日、ふと昔からその街にある洋食屋に入ってとんかつを食べたとたんにムーっと生きる気力が湧いてきたらしいです。本人もとても不思議がっていました。
若い頃の勤め先で会議があるとよく出前を頼んでいたというそのお店のとんかつには母の元気を引っ張りだす何かがあったのでしょう。
それぞれの人にこの「とんかつ」に当たるものがあるように思います。それは、食べ物に限らず、場所であったり、音楽であったり、何になるのかはわからないけれども、その日一日を精一杯生き抜くという中で知らず知らずに宝物として心の中に残されるもののように思います。
■なにはなくとも
わたくしの相棒が久しぶりに東京隣県の実家に帰り、「ほどほど田舎」生活を満喫してきたそうです。東京に比べたら万事余裕があるし、食べ物は新鮮でおいしいし、何といってもクマが出るほどではない(出るのかな?)穏やかな自然に囲まれての生活というのは良いものですね。
わたくし自身、農業にずっと関心を持ち続けていますし、いつか、
「農のある生活」
をしたいと強く思っています。ところが、昨日、相棒が帰ってからの言葉。
「『農のある生活』というけれど、それは今、『農』と関係のない人が言うことであって、生まれてこの方『農』という人たちはそんなことは意識しないだろうね」
然り、然り。私のはまさに「想像農」でして、菜っ葉の虫一つとったことがないのに、頭の中では菜の花、桃の花が咲き乱れる自然農園が出来上がっちゃっているわけですからねえ。でも、いつかは地に足を着け、手を着け「農」に取り組みたい、と思いを強くした次第です。
「整体」というのも、もともとの正しい体の状態のことを言うわけですから、「整体のある生活」というのも、ことさら言い立てるのは不自然なことではあるのです。
わが師が言うように、
「整体なんていう言葉は知らなくても、ちゃんと整体的に生きて、死んでいっている人は世の中にたくさんいる」
わけですからね。でも、現代人の体の使い方、生活のしようというものが、本来の姿とはかけ離れている部分が多いので、啓蒙というとちょっと傲慢なので、まあ火の見櫓に登っておーいおーいと叫びつつ鐘を鳴らしているというのが、少なくとも私の行なっている井本整体の指導者たちなのです。
さて、「農」といえば、
「21世紀は環境の時代」
と言うのが流行になっているようですが、間違いなく今世紀は、
「食料とエネルギ−の時代」
となることでしょう。まあ、これは、今世紀に限らず人類普遍の課題です。
私も含め大多数の人間は、外敵に命を脅かされることなく、雨風、寒さをしのげる家に住み、死ぬ時まで食べることができて、それに愛する家族と友達がいて自由に行き来できれば、大満足……というか、少なくとも大騒ぎにはならないはずです。
ところが、こういう基本が崩されたり、崩れるのではないかという恐れを持ったりすると人間は闘ってしまうのでしょう。そして、戦争になってしまえば、あーだこーだという理屈は吹き飛んで、人間は普通の人間ではなくならざるを得ないのです。ですから、戦争は絶対に避けなければならない。そして、戦争を防ぐためには、アホらしいようでも軍備は必要でしょう。でも、一番大切なのは、全世界の人々にそれなりに食い扶持を持たせることのように思います。
「飯を食わせろ。話はそれからだ」
というのは、実感があると思いませんか。僕はそうだなあ。
学校の歴史の授業で、ローマ(?)の民衆(?)が暴動を起こした時の要求が、
「われわれにパンとサーカスをよこせ」
だったとかいう話がありましたね。これを読んで
「パンはわかるけど、サーカスというのはどうか?」
と思いませんでしたか?それとも何かなるほどという理由があるのでしょうか。
確かに、私も色々な娯楽を知ってしまっています。近頃は、映画や芝居を見るのが大好きですし、スペースに余裕があれば、漱石全集、?外全集、露伴全集、乱歩全集(以上、できれば旧仮名遣い版)、それから池波正太郎全集に、志ん朝DVD全集なども揃えたいものです。
でも、いざなーんにもないということになったら、たとえば、石ころ数個と地面があれば、一日中楽しく暮らせる自信もあるのです。みなさんもそうだと思う。
それにそういうことになったら、
「ケンケン道」
などというものが生まれるのは一事を追求して止まない日本人として自然の成り行きでしょう。
解説者:
「うーん、今の第二ケンから第一パへの『うつり』には、いま一つ『はり』というものが欠けていましたねえ」
アナウンサー:
「そうですね。確かに先代のパには思わず観衆を引き込む気合いと間があったように思います」
解説:
「私が亡くなる直前の先代にお聞きしたところでは、第二ケンから第一パにうつる一刹那、夏のまだ明けやらぬ泥田で開く蓮の花を思念する、というのが口伝だそうです」
アナウンサー
「なるほど……」
おっとっと、また長くなりました。
つまり「生活の基本はなにか?」というようなお話でした(ような気がする)。
■内に秘められた力
昔々の井本先生の講義にこんなお話がありました。
「大きい樫の木も元は小さな種です。種の中には大きな樫の木に育つための『何か』が秘められています。そして、その内なる力が周りの環境からいろいろなものを寄せ集め、吸収しながら樫の木をつくっています。人間のからだにも同じように、皆さんを大きく育て活動させていく力があります。これを十分に生かす。それが整体です」
「気を出して疲れたという人がありますが、本当の気というものは、使って疲れたり、出して減るものではなく、使えば使うほど、内から湧き出てくるものです」
こんな言葉を読んでいると、「自分は○○だからできない」というように、無意識のうちに自分の可能性を制限しているものをリセットして、色々なことに挑戦したくなります。
間違いなく私の肉体は四十男のそれですが、まだ開発、活用されていない内の力を引き出せば、「出来ない」とあきらめるべきものは、案外少ないように思えます。
■命についてまじめに考えつつ、猫の本質についても思ってみた
薫風舎の外看板を、鉄作家の江口さんに作っていただいた時に、
「鉄は、錆びた状態が一番安定しているのです」
と教えてもらいました。その作っていただいた看板というのは、赤錆びのついた厚い鉄板でできています。それにしても、錆びたら朽ちて崩れてしまうのに「安定」というのは、ちょっと意外に思いました。
でも、確かにピカピカ出来立ての鉄板の表面が錆びるのはあっという間ですが、その後全体が朽ちるまでの時間は、とても長いように思えます。そして、一旦朽ち切って赤錆びの粉になってしまえば、たぶん何万年たってもそのままの状態なのでしょうね。そういう意味での安定なんだと気付きました。
地底に眠っていた鉄鉱石を温めたり、冷やしたりして人間の役に立つような形に作り出すものの、出来上がった瞬間から元の安定した姿への道筋を逆にたどるわけですね。
石油を燃やしたり、ウランを精製したりというのも、必要でやっているわけだけれど、地下で安定している、いわば寝た子を起こしているわけだから、まあいろいろと騒ぎが起こるのでしょうな。
それで思い出して、話は飛びますが、うちに遊びに来るノラ猫(♀2歳ちょっと)は、本当に寝るのが好きで、うちに来ると朝も昼も専用(になってしまった)座布団のうえで寝ています。耳を引っ張ろうが、足を引っ張ろうが、鼻先でかみつく真似をしようが、ともかくグウグウと寝息を立てて寝ています。
そして、たとえば、前脚をバンザイ状態に引っ張ると、形状記憶されているかのように元の安定した寝姿にスローモーションで戻っていくところなどは実に見ものです。
整体では、「生きることの本質は動くこと」ということで教わるんですが、こいつの本質は「寝ること」ではないのかと疑います。まったく雨が降ると外に出たがらないし…、まあ、猫嫌いの大家さんが「この猫だけはなんだか可愛い」というくらいカワイイので許してやっていますけど…。
それで、話は戻りまして、東洋では昔から、いのちは火、土、水、風が寄り集まって出来ていて、その調和が崩れると死を迎えるという考え方があります。
えー、何故、今日はこんなことを書いているかというと、胆力の「胆」の字はこの字でよかったかどうか辞書で調べた時に、
「肝(きも)というのは、「凝(こ)ったもの」の総称であり、「凝り」から発するところの「こころ」と同義である」
という記述があって感銘を受けたからです。
人間の「いのち」と言い、「こころ」と言い、それらは何かが一時的に「凝って」出来たものである、と見た大昔の人々の感性は、私にはとても興味深いものです。
いのちは、この世にかりそめに結ばれたものであればこそ、不安定にゆらぎ、苦しむ。そして、静かな安定(死)に向かう要求を裡に含みつつも、消えようとするろうそくの火を移すように、それを次代に伝えるという要求をも併せ持つというのは、実に不思議なことではあります。
「こころ」を「凝ったもの」と名付けた人は、水は低きに流れ、火は燃え尽きれば消えるという単純明解な自然の働きから見ると、「こころ」は何か不自然なものと感じたのでしょうか。そして、糸に何かの拍子でできてしまった結び目や、ちょっとした吹き溜まりのように、ほどけてしまえば何も無いではないかということを思っていたようにも思えます。
■日本人のエコごころ
山本有三「真実一路」を読みました。
一応この人の名前は知っていたものの、「路傍の石」なども読んだことがなかったのですが、何故か先日、図書館の棚で目に付いて借りてきました。それにしても、わりと古風好みの私でも、あまりに直球すぎて少々尻込みしそうな題名ではあります。
話の筋は、登場人物の家族それぞれが自分の信じる「真実」に「一路」に生きていくのだけれども、それがお互いにすれ違いすれ違いしながら、いろいろな出来事が起きていくというものです。
読んでみると、さらさらとすっきりした文章でこまやかな感情の動きが描かれていて、それに嘘らしいところがありません。あっという間に読み終えました。漱石などの流れを汲む正統派と思えましたがいかがでしょう。
昭和初期に婦人雑誌に連載された小説だそうですが、漱石の時代からその頃に至る昔の日本人というのは、
「言いたいことはあるけれども、憚られて言わない」
とか、
「言うべきことだけれどもその時期ではないように思えて、とりあえず言わずに置く」
とか、何かにつけ物事を自分の内側に閉じ込めていく性質が強いようで、現代日本人である私からすると、少々まだるっこしい感じがしないでもありません。と言いながらも、昭和中期生まれの私にも少しはそういう気質が受け継がれていて、そういう「もの言わぬ日本人」に懐かしさも感じるのです。
物言わず、他人の心の内を感じようとしながら自らの行動を律する。ところが、他人の心などは正しく理解することなどは不可能だから、当然、すれ違って間違いが起きる。ところが、当事者同士がさらに善意に満ちている場合、そんな風に誤解されながらも自分の心を理解しようとしてくれたことにまた感謝したりなんかして、まあ非効率といえば、そうとも言えますね。
自分の体本位に見た場合、言いたいことはその場で言ってしまった方がラクなのは間違いありません。ある出来事に遭遇することは、体への刺激となって、そこから様々な感情や考えが生じます。体(=心)の中をいつもの静かで良好な状態に保つには、早く行動で外に発散してしまった方が良いわけですね。ま、こんな風にブログに書き付けてしまうのもそんな意味があるのかもしれません。
言いたいことを言わないでいるのは、体力のいることだというのは皆さんもご経験済みのことでしょう。
「肚(はら)に収める」という言葉があるように、整体で言うところの下腹(丹田)の力、つまりは体力がないと、肚でぐっと引き受けることができず、「胸につかえ」たり、「喉にものが通らなく」なったりすることになります。良いことではありません。
それでも、物言わぬことが「徳」とされたのは何故かと考えてみます。
コントロールされない感情の発散は、本人はすっきりしても、周りはそれを引き受けて新しいストレスを生みます。言わば、他人の鼻先で排気ガスをまき散らすようなものであるから、それよりは、自分の肚ひとつで無害化するまで抱え込んでしまおうというのではないでしょうか。そして、結果として、自分の心の中は少々荒れ模様でも、他人と共有して生活する世界は清浄に保つというところに「美」を感じたのではないかと思われます。
日本人の感情エコロジー志向。これが薄れることで、最近の社会は何かにつけて騒がしいのではありませんか。
でもね、今の世の中、こんなことは通じない人もいるから、人を見て自分の人格も使い分けるたくましさも必要だと思いますよ。そう言えばこの間、荷物をちょっとぶつけられただけで、「死ね!」と叫んでいた人がいましたっけ。
■老人と子供
少し前にNHK「プロフェッショナル」で宮崎駿監督(祝!「崖の上のポニョ」大ヒットby薫風舎)の特集がありました。いろいろ興味深い内容でしたが、その中での宮崎監督のこんなコメントが印象に残っています(語句は正確ではありません)。
(今までの作品の中で登場した少女たちは、監督の心の中では実在して成長し続けているというような話の中で)
「……サツキやメイなんかはもう年頃の娘でしょう。そこから先はもう知ったことじゃない。なんだか生ぐさくてね……あとはおばあちゃんになってからでしょうか…」
子供と老人、いわばゴタゴタグチャグチャの人生劇場に入場前と退場後の人々が興味あるテーマというのが面白く感じたのです。
一方は、無垢であるが故の純粋さ、もう一方はあらゆる経験を経て無駄なものが研がれて出来上がった単純さ。いずれも人生の根幹にあるものを描いていて、それが生臭い人生劇場の真っただ中にある大人が宮崎アニメを観て惹かれてしまう理由なのかもしれません。
からだの面からみると、子供の方は「やわらかくて壊れやすいけど、元に戻りやすい」、老人は「硬くて壊れにくいけれど、壊れたら元に戻りにくい」という一般的な傾向にあります。
そして、それと一体である心もそんな傾向にあるように思います。
子供の頃の悩みなんて、大人の目から見たら「何だそんなこと?」というようなものだったように思えますが、そんな小さな悩みを自分で解決しつつ、その後の人生劇場に備えているのかもしれませんね。
そして、前にも書いたように思いますが、元気なお年寄りのからだは、なかなか変化しづらい面はあるものの、その中にある風雪に耐えてきたような強さを感じると、診ているこちらが元気になってくることがあります。心の面でも、頑固さの中に何とも言えない味、かわいらしさがあるような老人になりたいと、私は思っています。
■体をいじめる…それも冷静に
ここのところ、エネルギーが余り気味なのか、朝早く目が覚めてしまうので、自宅近くの井の頭公園まで散歩したりしています。今まで近くに住んでいてもあまり立ち寄ることがなかったのですが、ちょっとした林の中は朝もやなどかかってなかなか良いものですね。
それで、その散歩の帰り道、ちょっと路地に入ったら道に迷ってしまい、帰るべき時間に間に合わなくなりそうになって、ほんのちょっと走らなければならなくなりました。ほんのちょっとです。たぶん1キロ以下でしょう。
ところが、帰ってみると左足の内くるぶしのちょっと上が大きく腫れたようになっています。触ると痛い。
これは我ながら驚きました。あれくらい走っただけで腫れてしまう足など……
「一(いち)動物として恥ずかしい」
という気分になったのです。
よく普段以上に運動したり、特別な修行みたいなもの(山籠りとか)をして調子を崩される方がいらっしゃいます。体の癖(左・右どちらかなど、体のある部分を余計使って動いているというような)をそのままにして体をいじめるようなことをすると、その癖がさらに強調されて、鍛えるよりも、体に疲労が蓄積してしまうのです。ですから、そういう方には、ご自分の体の特徴をお伝えして、
「そういうわけがありますので、運動は無理のない程度、または、ちょっと無理する程度位までに」
と指導することも多いのですが、今回は自分の体ですのでね、なに、かまうことはないゾ、いっちょう壊れるなら壊れてみろ、というつもりでさらに日を変えて走ってみました。
とは言いながらも、一応専門家ですので、何故左足にだけそういう症状が出たのかも冷静に分析してみたわけです。すると、どうも左足の使い方に癖が見つかりました。書くと長くなるので省略しますが、
「以前から意識的に調整していた動きが、長い間のうちに無意識的になっていたために、体のほかの部分が変化しているのに、その癖はそのまま残っていた」
というようなことで、ちょっと意識的に、体の無意識の調整に任せてみました。
今朝はそれでも2キロくらいは走ったでしょうか。体が燃えてきたので、さらに締めくくりに「たあー!とおー!」と気合を入れつつ、冷水をざぶざぶかぶってみました。この辺がエネルギー過剰なところですかねえ。
それで足を見てみると、これが見事に腫れが引いているわけです。ま、引いていなかったら書かなかったかもしれませんけど。
整体の理論は立派なもので、大変に価値があるものと思っています。ただ、受け取る側の受け取り方によって薬にも毒にもなるもののように思います。
「体の感受性」の問題にしても、「敏感」と「過敏」は紙一重ですし、そもそも整体で問題にしている感受性などというものは、あくまでも無意識に働くようにできているものですから、「体の存在を忘れてしまう」ような日々の活動の中で、放っておいても働くもののはずです。ですから、体のことがいつも気になって仕方がない「からだオタク」だけは絶対に作ってはいけないと思っています(整体に向かう過程としてはそういう時期もありますが)。
そう言えば、「こころ」なんてものも、自分の心にばかり集中している時などというのは、ロクなものじゃありませんなあ。
さて、今回の自分のからだについていえば、無理な使い方を「腫れ・痛み」で知らせてくれたことは良いとして、それくらいのことは、何もなかったように吸収してしまえという体の余力というか弾力には欠けていたわけで、これを気づかせてくれたお礼ごころに、さらにいたぶってみることにしました。今後の報告、乞うご期待!
■ひも理論
男性はよく経験があると思いますが、街を歩いていて片方の靴ひもだけがゆるんできてしまうと、なんとも歩きにくいものですね。それも、ほどけてしまえば仕方なく、かがんで結び直さなきゃいけないけれど、ほどける寸前でユルユルの結び目がなんとか保たれている時なんかは、そちらの脚を蹴りだすたびに、
「あー、ゆるい……やっぱりゆるい……。もお!」
というようなストレスになりますね。だいたい男の革靴のあの細いひもはいかにもゆるみそうな材質なのですが。
昨日の夕方もそんな状態になって、たまらずそちらの方をきっちり結び直したんですが、そうして歩きだすと、なんと、今度はさっきまで全然気にならなかったもう片方の靴がゆるゆるに感じて、また、
「あーゆるい……もお!」
というのが始まりそうになりました。でも、ずぼらな私は、もう家が近かったので、そのままで通してしまいましたけれど。
しかし、体がバランスを感じる感覚というのは微妙なものですね。
それで、片方の靴ひもを締めると、もう片方は何も変化していないのに、変化した方にとってはストレスになる、というのは面白いなと思ったのです。
たとえば、ですよ、小学生の低学年くらいまでは、
「ねえパパ、パパ」
と言ってなついていた可愛い娘が、ある日を境に、
「お父さん不潔!」
とか、
「くさい!」
とかなんとか言うようになる。
でも、お父さんは昨日、今日、突然不潔で臭くなったわけではなく、娘が小さい時とそんなには変わってはいない。娘が成長して、感受性が変化したということなのですね。
(可哀そうなお父さん……)
ではあります。
片方が変化すれば、もう片方は変化していなくても相対的に変化してしまう。そして、それは、何らかの反応を呼び起こす。また、それが連鎖する。なんだか整体的です。
お父さんに限らず、すべての人間関係においても、
「あの人は変わってしまった」
「最近、どうもおかしい。納得がいかない」
などと心に不平を抱えるより、自分のどこかが成長したのではないか、と思ってみるのも良いように思います。
■文法
今はことさら音楽を聴こうと思ってコンサートに出かけたり、スピーカーの前に座ったりということはあまりないんですが、十数年前に、ちょっとそういう時期がありました。その頃は、たくさんCDを買い集めて、ワルターがどうの、フルトベングラーがこうのとか言っていっていたわけです。
でも、基本的音楽的素養というものが欠けているので(たとえばドミソとレファラを聞かされても区別はつかないと思う)、ジャーンと壮大に鳴ったり、ファーとささやくように鳴ったり、あるいはズンズンズンと突き進むリズムなんかを感覚的に、
「はあ、こりゃ、たいしたもんだな!」
と感激していたようなものですね。今も変わりません。
その頃から今に至るまでずっと好きで、気になっているのが小澤征爾(と呼び捨てにすると日本人的に気がとがめるんだけど、ワルターさんも呼び捨てだったので…)です。
今、見てみるとサイトウキネンのCD数枚しか残っていないし、音楽的にどうこうというのもはっきり言ってよくわからないけれども、あの人の指揮やドキュメンタリーフィルムや書籍などで感じられる人物そのものが好きなのです。
そして、その師である斉藤秀雄という人(演奏家であり音楽教育家)もずっと気になっています。「斉藤メソッド」といわれる音楽教育法を確立、実践された方で、小澤征爾をはじめ数多くの著名な演奏家が門下から出ています。
「小澤征爾 大研究」(春秋社)
によると、斉藤メソッドというのは、非西洋人が西洋音楽の「文法」を身につけるための教育法らしい。
つまり、ドイツ人にドイツ語文法が不要であるのと同じように、西洋音楽というのは西洋人にとって「この旋律の演奏はどうあるべきか」というのは体の感覚で分かってしまうけれども、たとえば日本人には本当のところそういうものは分からない。その辺りのことを、
「まあ、こんなものかな」
と気分でやり過ごすと西洋音楽の根本には決して到達できない。したがって、日本人が西洋音楽を理解するには、それを成り立たせている「文法」を理解しなければならない、ということらしいです。
私の師匠は、5歳の時に整体の手ほどきを受け始めて以来、整体一筋50年以上という方なので、ご自身が当然出来るだろうと思っていることを生徒が全然出来ないのでびっくりすることがあるらしいですが、そのあたりが「身についたもの」と、いい加減歳をとってから「勉強したもの」の違いなのでしょうね。やはり自分なりに文法を見出すというところに一つの関門があるのではないでしょうか。
そして、斉藤自身が言っているように、
「私は文字の書き方を教えているのであって、そこから何をどう書くのかは本人の才能であり、努力である」
ので、早くそこを通り過ぎなければいけないのでしょう。
でも、同じ本で指揮者の佐渡裕が若い頃に小澤の指導を受けた頃の事を語っていますが、
『…その時、僕がみんなの前に呼ばれて、ベートーヴェンの二番のシンフォニーを振ったんですね。終わって小澤先生がみんなにこうおっしゃったんですよ。「こんな棒でも音鳴るんですよ」と。「こいつは斉藤先生の本も持っていない、へんちくりんな棒振るんですけどね、それでも音は鳴るんですよ。もしかするとそれが大事なんじゃないですか」』
こういうところが私にとって小澤征爾センセイ(と言っちゃう)のたまらない魅力です。
「文法」と「裡なる思い・要求」
両方を求めて行きたいと思っています。
■自分の胸に手を当ててみようよ
朝のNHKニュースで、
「幼稚園児のお弁当に異変!」
などと言っているので、何ごとかと思ったら、そういうことを研究している人が出てきて、
「今のお母さんは子供の言うなりになって、好きなものしかお弁当に入れない」
なんて言っていました。大げさなことだなあ。
皆さんも思い出して欲しいんですけれども、私の母が作ってくれる弁当の中身は、たいがい大好きな甘い卵焼きとケチャップをからめたソーセージみたいなのが多くて、ちょっと気合を入れたときは自家製の肉団子の甘酢煮みたいなものとか、油揚げに卵を入れて甘辛く煮たやつとか、ともかく私の好きなものばかりでした。
嫌いなもの入っていました?皆さんのお弁当。
確かに、母親におかずは何がいいとかリクエストした記憶はあまり無いけど、黙っていたって好きなものをいれてくれていましたよ。
考えてみてください。皆さんが自分で昼ごはんを食べようとするとき、あえて嫌いなものに挑戦しようと思いますか?イヤでしょう?
弁当を開けて、嫌いなものばかり入っていたんじゃ愛情を疑いますよ、私は。
食事は、苦行ではなく楽しみたるべし。
確かに、子供の頃はシイタケとか、厚いこんにゃくが嫌い(糸こんにゃくは好き)で、この二つは口に入れるとオエッとなりました。魚の煮物なんかも好きじゃなかったけれども、今は、シイタケ、こんにゃくは、まあ食べろと言われたら食べられるし、魚の煮物なんか大好物です。
つまり、子供の味覚の幅などというものは、嫌いなものを無理やり食べさせたらどうかなるというのではなく、たとえば、大人たちが「旨い、旨い」と言って食べているのを見て、ふと「食べてみようかな」と興味を持った時に、自分で手にとって食べてみることで広がるのではないでしょうか。
好き嫌いをなくす訓練と言ったって、結果としてふきのとう味噌を旨がる子供の方が偉いのかってことですね。ちなみに私は今とても旨いと思いますけど。ああいうものは大人がこっそり楽しむものなのです。子供になんか食べさせてやるものか(力みすぎ)。
確かに、同じ番組で言っていた、
「冷凍食品を凍ったまま入れて保冷剤の代わりにする」
というのは、さすがにそれじゃ旨くなかろうと思います(でもよく考えたもんだ)が、巷で流行っているらしい食材を色々細工して、ご飯の上に絵を描いたりした遊園地みたいな弁当の方に違和感を感じますがね。
やっぱり、旧世代なのかな。
■いつか見たあの人に似ている
誠に恥ずかしいお話なのですが、今日、カバンの中を整理しましたら、底板の下からその昔小銭入れからこぼれたらしい小銭(500円玉1個を含む874円)がザクザク出てきてとても嬉しくなりました。
そこで、この幸福を薫風舎にいらっしゃる方々と分かち合うべく(おおげさ)指導室に活ける花を買ってきたのです。
五反田から八つ山通りを品川方面へ少し歩いたところにあるその花屋さんは、以前に井本整体の道場にボランティアで花を活けてくださっていたHさんという女性にそっくりの方がやっていて、ご本人は知る由もありませんが、私、とても親しみを持っているのです。
体型から顔の表情、話し方までよく似ていらっしゃいます。
皆さんの周りにもいないでしょうか?外見や動きが似ていると性格なんかも似ていることが多いのです。
その方、先日も花を買いに行ったら、母の日のおかげで大忙しだったとのことで、かなりお疲れでしたが、本日はお元気そうで安心しました。
さて、整体では、体の動きを見ることがとても重要で、色々な機会を見つけては勉強しています。たとえば、左の股関節が痛い人の歩き方はどんな風になるか真似をしてみるとかですね。
先日も、ある先輩と井本整体の本部に来る生徒さんたちのお辞儀の仕方を真似しては楽しく研究しました。こんなことも体の仕組みを知るのに役立つのです。
今度、井本整体の忘年会でもあったら、徳山室のスタッフや門下生も巻き込んで物真似コンテストでもやったら面白く勉強できそうです。やってみましょうかね。
ちなみに、私の当代市川団十郎の声色はわが妻から好評を博しております(だれでも真似しやすいんですけど)。
でも師匠に、
「他にもっと真似すべきことはあるんじゃないのかね」
とか言われちゃうかなあ。
■しょせんパイプですから
その昔の会社員時代、同じ部の釣り好きの方たちに何回か海釣りに連れて行ってもらったことがあります。最初は岩場からカワハギとかイシダイ。最後は東京湾でアジ釣りでした。
「最後」というのは、それから転勤してしまったこともありますが、そのアジ釣りが船釣りで、ひどい船酔いを経験して「もお、たまらん」となってしまったこともあるのです。止まってからの船の揺れがあんなに気持ち悪いものとは思いませんでした。
(ここから先しばらく、ムシ関係が苦手な方と食事中の方は合図があるまで読まないこと)
それに加えて、その時の餌がゴカイ(あのムカデみたいな生き物)かなんかで、それを針につけるんですがね、なんと、口から刺してお腹の途中から針先を出すということで、当然、彼はそんなことをされたくないから嫌がります。針を刺そうとすると、人間で例えるならば食道ごと「オー、オー」と口の外に吐き出しながら針を出そうとするのです。
それを見て少々感じ始めた罪悪感に加え、餌付けに格闘しながらそのゴカイのうねうねした動きに集中しているうちに、私の船酔いは頂点に達し、それから後は船底で港に戻るまでぐったりと寝てるしかなかったという始末。
ああいう生き物でも、いざ命の危険が迫ると自分を守ろうとする働きは体の中に持っています。でも、体に対する直接的な刺激が無い限りは「命がなくなるかもしれない」という「恐怖感」はないようにも思えます。
なぜかというと、餌箱から指でつまみ出されるまでは、少なくとも外見は平気な感じに見えるからです。魚なんかも釣られて針をはずすまでは暴れますが、水の中に放すと「あれ」という感じもなく今までのことを忘れたように平然と泳ぎだしますしね。
(はい、飛ばした方、戻っても大丈夫です)
人間とゴカイや魚との違いの中で、人間が持つ記憶力とか想像力がもたらす「恐怖感」「安心感」「罪悪感」などの感覚、感情の有無というの大きいのではないでしょうか。
昔読んだ畑正憲氏の本に、
「人間の体をモデル化するとパイプである」
ということが書いてあったように思います。つまり、複雑なようでいて核心の部分は、食べ物を上から入れては下から出すパイプであり、食道とか胃とか腸などは、「体内」のようでいて「体外」でもあり、「内なる外界」なのであるというようにも書いてあったような…。
そういう意味では、あのまさしくパイプのようなゴカイと人間はさほど違ったものではないとも言えます。
ところが、人間というパイプは、「考える」という部分が飛びぬけて働いてしまう、楽しくも悲しいパイプなのですね。
過去を悔いたり、将来を心配したりということで、人生を暗くして体を壊す人も沢山いるわけですが、かといって、ゴカイみたいに「痛い」→「逃げる」、「腹減った」→「食う」というその場の感覚のみの生き方(じゃないかと思うんですがね、あくまで想像ですけど)は、そりゃ悩みも無いでしょうが、面白味もありませんよね。
想像の世界で目いっぱい楽しい夢を見て、それを少しずつでも世の中で実現する。すると、まあ失敗することもあるけれど、その時は、
「しょせん、パイプ」
である命に与えられた「考え、感じる自由」に感謝しつつ、挑戦していけばいいように思いました。
■トワイライト・ゾーン
今日の夕方、駅から家へ帰る道すがら、とても面白い本を読みながら歩いていて、ふと顔を上げたら全然知らない畑に挟まれた道を歩いていて焦りました。
「ありゃ? 道は間違えていないはずだけどなあ。ついさっき、いつもの居酒屋の角を曲がって来たんだから……。でもここはイッタイ何処?」
ちょっとした焦りと共に、微妙に心地良い浮遊感。何故だか解らないけれども、なんだか気持ちよい。今思い起こせば、自分の過去(例えば居酒屋の角を曲がってきた自分)と現在がフッと一瞬切れたような感じなのかも。
「過去を引きずる」
というけれども、そんなに悲しくない過去でも、あるいは誇らしい過去こそ、それは今の自分の足かせになっているのかもしれませんね。過去が「そんなことは私には無理」と思わせるほど本日只今の自分の可能性は狭くないゾと思えるようになりました。
とこれはウソでも何でもない今の心境なのですが、ちょっと柄にもないスピリチュアル臭がしてきたので止めましょう。
実は、子どもの頃、近所を何の目的もなく自転車で走り回っていた時期があって、その時に、
「よく知っている道を走っているのに、そのうちに全然知らない場所に出て、それを更に進んで、ある角を曲がると急によく知った町並みの中に飛び出る」
という不思議なルートを発見し、そこを飽きずに何回も何回も自転車で回った記憶があるのです。その時に地図でも調べればどういう仕組みなのか判ったのでしょうが、そういうこともせず、町並みも変わってしまったので、今や「どういうことになっていたのか?」も判りません。不思議なまま。
まあ、そんな昔の記憶が蘇っただけなのかも知れません。
■大人の責任
乗ることが多い地下鉄の朝の電車で、本当に疲れ切った中学生の集団に会う。同じ制服を着ている。男子校らしい。実は「疲れ切った」というのはちょっと手加減した言い方で、可哀想に半分死んだような顔をして立っているのです。
中にはちょっと元気な子供がいるかも…と思い、必ずそこにいる全員を見るが例外なく表情を失くしている。何にこれほど疲れているのか。
生まれたばかりの赤ちゃんは、たとえ将来、人々に敬愛されるような人物になる子でも、あるいはとんでもないことをしでかす犯罪者になる子であっても等しく無垢の命である。ただ、無邪気に笑ったり泣いたりしていたはずです。
そして、この世の中で生きていく中での様々なものが、そのまっさらな心や体に刻み込まれ、それぞれの人生を歩んでいく。
私はある時、理由の無い差別を受けてきたと思われる年老いた女性の顔に刻まれたどうしようもない悲しみ、この世への恨みのようなものを観、そして生まれたばかりの彼女の可愛らしい笑顔を思い浮かべた時、その罪の重さを感じました。
その学校は進学校らしい。ホームページに掲載されている工場の品質管理資料のような進学実績表を見て、そこに通う彼らの表情の理由も理解できました。そこにいる教師たちは教え子たちの表情をおかしいと思わないのでしょうか。
私自身のことを思い起こすと、中学生の時分には「将来」などというものは全く見当もつかず、ただ周りで言われる価値観を丸呑みしていたように思えます。十分に大人になってからその洗脳に「はっ」と気づいたという有様です。
「将来のこの子のために」という時の、「将来」というものの幅、そして、「将来」のために犠牲にされる「現在」ということについての想像力を、大人がもう少し持つ必要が有るように思えます。
■静かな世界
今朝の東京は嵐といっていいほどの荒れようでした。
自宅の小さな庭を見ると、今が盛りのチューリップが重そうな花を支えながらけなげに風に耐えているし、もう花が咲いてしまっている小松菜も雨に叩かれながら世代交代のプロセスを淡々と進めております。
薫風舎のベランダは、どこかから飛んできたハナニラとタンポポの花盛りでしたが、本日はさすがにぐったりとしておりますね。
街中の少し制御された感のある自然ですが、それでもごとごとと風に揺れる貸家に居ると大昔の人々が感じたであろう自然への畏怖を感じないこともありません。
植物はどこかから飛んできたり、植えられたりして「ここに生きる」となったら何があってもじっと生きていくしかない。痩せた土地に生えてしまったら、いや、生えてしまったからこそ根を深く張り、わずかな栄養を吸収しようとする。そして、次代の繁栄を祈りつつ種子を遠くに飛ばすのです。
その間、一言も無し。
あめつちのうねりに耐えるくさぐさの
生きる世界の静けさを思う
それとも、我々に聞こえないだけで、
「今日の風、ちょーやばくね」(げー!)
とか言っているのかな。いやあ、言っていないと思うよ。
ということで、年に数回の詩的感慨にふける薫風舎の本日の音楽はプルックナーの8番なのです。
■ゴアさんに聞かせたい
アフガニスタンで二十年以上に亘って医療活動を続けていらっしゃる中村 哲氏の本を読みました。
「医者よ、信念はいらない まず命を救え!」(羊土社)
マグサイサイ賞を受賞されているということですので、有名な方なんでしょうね。写真で御顔は見たことがある気がしますが、具体的な活動については全く認識不足でした。
てっきりこういう方は援助団体からそれなりの報酬を受けているのかと思ったら、現地医師並みの給与しか受けておらず、時々日本の病院に戻って働くことでご家族を養っているとのこと。それも、どう見てもアジア人にしか見えない中村氏を見て、
「ドクターはフランス人か?」
と聞かれるようなアフガニスタンの中でも僻地で、です。
頭が下がりました。
この方はクリスチャンだそうで、こう語っています。
「タリバン派のムスリムですかと言われることがよくありますが、一応クリスチャンですから、クリスチャンなりの言葉で語らせていただきます。神は、人間に出来ないことは決して強制なさらないというのが私の信仰であります。できないなら仕方がない。しかしできることはきちんとする。百円あれば百円だけのことをするし、一億円あれば一億円だけのことをする。……体がいくつもあるわけではないですから。でも、できることをできる範囲で目いっぱいやれば、ジレンマを感じても燃え尽きはしないというわけですね。」
結局、不潔なたまり水を飲んでは、下痢や栄養失調で死んでいく子供たちを見るうちに、清潔な飲み水を確保することがどんな医療よりも大切ということに気づかれ、今は医療活動よりも井戸を掘ることばかりやっていらっしゃるそうです。
「私は医師ですから……」
と言って、井戸掘りは他人に任せるのではなく、自らが穴にもぐって井戸を掘る。なぜなら、それがアフガニスタンの人々を生かす為の一番の方法だから。
こういう方だからこそ、「信念はいらない」という言葉が響きます。
■桜に想う
東京では、桜が散っています。
この時期には、天気が気になるし、気にしているとなぜか「今が盛り」というときに雨が降ったり、風が吹いたりしますね。やっぱり今年も雨が降り、風が吹きました。
「花ニ嵐ノタトヘモアルゾ……」
……が、実は「そんな気がする」だけなのかもしれません。
何か興味があることに集中すると時間があっという間に過ぎてしまう一方で、学校の授業や会社の会議でもつまらないものに引っかかっている時間はとても過ぎるのが遅く感じます。
思い出せば、今年、桜が咲く前にも雨や風がありました。でも、桜が咲くと、天気が気になる。天気の変化に集中すると何か特別な意味があるように感じる、ということなのでしょう。まあ、こんなことも人生の楽しみとなってくれているのでしょうけれど。
以前、会社員であった時期にやっていた仕事は、毎年桜の時期がとても忙しかったので、桜が何時咲いて、散ったのかもわからないし、その間の天気なども普段と違うなんてことは全く感じませんでした。お正月明けから、あっと気がついたらもう梅雨入りという感じ。
体というものは、元気な時は、存在を忘れます。「痛い」「かゆい」「動かない」という問題が起きてくると体の存在を意識するようになります。それが、体を正常な状態に戻そうとする体内システムが動き出すスイッチになるわけですから、本来は必要なことです。
でも、その体に起こっていることだけにあまり集中しすぎると、今度は、小さな変化がとても気になったり、回復にかかる時間がとてもゆっくり動いているように感じるのです。
病院で病人の真似をしているうちに本当の病人になる。
老人施設で老人の真似をしているうちに本当の老人になる。
新人アイドルが綺麗、綺麗と言われているうちに本当に綺麗になる。
少しでも動ける時、周りから求められた時、自分が動くしかない時には、全力で動いてみるといい。動いてみれば、その後は思いもつかなかったような心地よい休息が必ずあります。
思えば、その会社員時代も含めて若い頃は、
「この桜をあと何回観ることが出来るのだろう」
なんて全然考えませんでした。今はどうだろう、と考えてみると、やはりあまり思いませんね。
私の両親は、今月、金婚式を迎えます。先日、母と話をしたら、
「本当にあっという間だった。お父さんには心から感謝している。ありがたい。ありがたい」
ということで、良い結婚生活だったのでしょうが、あまりに仏様のようなことを言うので、かえって心配になり、今度会ったら何か新しい刺激を与えて、夫婦喧嘩の一つもするように仕掛けてこようかと思っています(まさか読んでいないと思いますが)。
桜が終わったら若葉、静かな梅雨の雨、朝顔、ひまわり、スイカ、桔梗、薄……
はたまた、
喧嘩、沈黙、和解、蜜月、倦怠、険悪、噴火……
毎年、「次」、「その次」、「そのまた次」と、一見ネガティブなものさえ味わい、楽しみつつ、ふと気がついたら静かな眠りに就いていた、というのが良いように思います。
■嘘でもいいのだ
NHKの土曜ドラマ「刑事の現場」が先週の土曜日で終わりました。
筋の運びや人物描写の細部は無理のあるところが多々ありましたが、出演した役者さんの力によって、私は大いに楽しみました。なんたって、ちょっとだけ登場する県警のうるさ型刑事にあの元「刑事くん」桜木健一が奢られているのです。また、第2回の原田芳雄の演技も最高でした(あの品のある衣装は自前じゃないかなあ)。再放送があるようならお勧めします。
さて、このドラマのメインの一人である寺尾 聡、そして石倉 三郎、宇崎 竜童の3人とも良かった。それは、私の考えるカッコ良いおじさん(おじいさん?)の姿だからです。
どういう姿かというとですね、行動や思考が常に「実務」「経験」に裏付けられていて、そのまた背後には「時代遅れの男になりたい(河島英吾)」みたいな歌が低く、そして静かに流れているのですよ。いや、古くて結構!
まあ、森山未來はじめ、若い出演者もとても良かったように思います(あっさり)。
同じくNHKの大河ドラマ「篤姫」は毎回観ているわけではありませんが、たまに時間が合った時に観てみると、宮崎あおいの演技がとても良いと思います。観ていると自然に応援してあげたくなっちゃうんですよね。
確かに、昔のお姫様があれそのものかと言われれば、全然ちがうでしょう。たとえば、前回で言うと、実際の篤姫は、お菓子を口にほおばったままで、
「江戸の菓子も美味じゃ」
とはまさか言わなかったでしょうが、そのあり得ない演出・演技が江戸時代のお姫様と現代の私たちを橋渡ししてくれているように思います。
これと同じ批判は、明治・大正・昭和初期にかけての歌舞伎界で活躍した名人 六代目尾上菊五郎についてもあったようです。いわく、
「お姫さまがその辺を歩いている若いお姉ちゃんみたいだ」
ところが、当時の人はその下品ともいえるお姫様にリアリティを感じて絶賛したのであります。手軽な娯楽としてはこれで良いと思います。
でも、本当の篤姫の心を知るためには、さまざまな史実を読み込んで、自分で真剣に想像力を働かせるということが必要なのでしょうね。
■追い詰められて
今日のお昼はあまりお腹がすかなかったので、前もって買っておいたカップうどんを食べることにして、お湯を注いでから、あれあれ、割り箸が無いことに気がつきました。
「この間コンビニでスパゲッティを買ったときのプラスティックのフォークがどこかに無かったかなあ」
と思って探してもない。あちこち家捜ししても何にもない。
じゃあ、食器じゃなくても棒状の木が無いかなあと探すと、薫風舎のベランダに萩が植わっている。だけど、この冬に思い切って剪定したので、今は太い枝しかないのです。
それに、以前テレビで観たけれど、植物も毒性がある場合があって、キャンプでその辺に生えている夾竹桃の枝でバーベキューをやったら、枝から有毒成分が溶け出して食中毒になったというのがありましたよ。あぶない、あぶない。
「えーっと、なにか棒を二本、棒を二本……」
刻々うどんは伸びていく。追い詰められました。
結局、今日は工具箱にあったピンセットでうどんを食べてみたんですが……。
確かにおいしくない。完璧ではないですよ。でも、うどんは捨てずに済んだし、お腹も一応ふくらんだ訳です。
「常に完璧な健康体」
というのは実は無くて、本来の体の状態と、色々な影響を受けてそこからずれてしまう体の状態の間を常に揺らいでいる。その働きのある体が健康体、整体です。
完璧を目指す前に、今の体で何か出来ること、やりたいことをやってみよう。実際、追い詰められるといろいろ知恵も出てくるように思いますよ(ピンセットが知恵かと言うとまあご異論もありましょうけどね)。
動きながら、体を変えていく。何かを目指して動いているうちに体を忘れてしまう。
これが力強い整体のように思います。
今、考えてみると、とりあえずつゆを飲んでおいて、生温かくなったうどんをインドカレーみたいに手でつまんで食べるという方法もありましたね。
下品?馬鹿馬鹿しい?
でも、私は、こんな風に手持ちのもので何とかするという工夫をするのがとても好きでわくわくするのです。
■たとえばこんな言葉
歌舞伎役者 市川猿之助の短いインタビューから、
若い頃に受けた祖父市川猿翁(先代猿之助)からの教え。
「とにかく、素晴らしい風景、素晴らしい人、素晴らしい芸術に触れることだよ。
お前は役者として人を感動させるのが仕事だ。それなのに自分が感動することを知らなくてどうするのだ。
たとえば遠くの美しい桜を眺めるという芝居があるとする。
その時、お前が見たあの素晴らしい桜を思い出してみろ。それは必ずお前の芝居の中に現れるはずだよ」
何故か知らねど、心に突き刺さって体の中で柔らかく溶けるような言葉です。
■一人の人間として
井本先生の言葉
「私は、操法を受ける人が赤ちゃんでも小さい子供でも一人の人間として対するから、赤ちゃん言葉は使ったことが無いけれども、これが意外で驚く子もいるようだね」
赤ちゃん言葉というのは、「ここにチャンしてください」とか「ポンポンを見せてちょうだい」とかだと思います。声が聞こえるほど近くで操法を見たこともあまり無いのですが、確かに先生がこう言われるのは聞いたことがありません。
皆さんも子供時代を思い出すとわかると思いますが、子供というのは、実に子供で何にもわかっていない面もあるけれども、大人同様かあるいは大人以上に敏感に物事を感じ取る面もあります。
ですから、私の経験上、子供にとって良くないことの一つと思うのはいわゆる「子供だまし」の嘘をつくことです。
小学校時代のある日、親同士がお付き合いのある家のとてもやさしいお兄ちゃんが学校で、
「今日、家に泊まりに来ないか」
と誘ってくれました。以前にも泊りがけで遊びに行ったことがあって、一緒の部屋で落語かなんかを聞きながら寝たり、朝早くから鮒釣りに行ったりしてとても楽しかったので、とてもうれしい気分で帰りました。
ところが、それを報告すると、うちの親は行ってはいけないというのです。なにかあちらの家に都合があったのかもしれません。それで、私がいつまでも「行きたい。誘ってくれているのにどうして駄目なのか」とごねていると、向こうのお宅に電話をかけて、なにやら話していると思ったら、
「○○君(そのお兄ちゃん)も、そんなことは言っていないと言っている」
というわけですね。
「そんな馬鹿なことがあるか!」
という怒りがこみ上げました。
今思えば、お兄ちゃんのほうが、「なぜ相談もせずにそういう約束をしたのか」とあちらの親に問い詰められて、思わず「言っていない」と言ったのかも知れないのですが、その時は、
「うちのお母さんが嘘をついている」
としか思えませんでした。これはショックでした。
なぜ、行ってはいけない理由をきちんと説明してくれなかったんだろう、と今でも思います。
いつも子供に本当のことだけを話さなければいけないということは全く無いけれども、必要あって子供のために嘘をつくなら、大人に対してと同じように本気で嘘をつくべきでしょうね。
話は違いますが、ある時、東京本部事務局で働いていた頃、「親子のための整体法講座」というアイディアについて井本先生とお話した時のこと。 私は、
「親と子がお互いに触れ合って、体や心の状態を知り合うコミュニケーション法」
というようなアイディアを持っていたのですが、それをお話しすると井本先生が、
「私の考えでは、今の親はどちらかと言うと子供を構い過ぎ、世話し過ぎでしょう。ことさらもっと触れ合ってコミュニケーションとかというのはちょっと違うと思うよ」
「はあ(ありゃ、そうかなあ?)」
「親と子の本当のコミュニケーションというのはね……」
「はい」
「お互いに顔を見合わせたり、言葉をかけたりしなくても、なんとなく気が通い合うということにあるんじゃないですかね」
感動しました。
私の親も別にそう考えてやっていた訳じゃないだろうけれども、結構放って置かれたにもかかわらず、文句なしに
「自分を大切に思ってくれている」
と感じさせるベースの信頼感がいつでもありました(と思います。何しろ昔のことなので)。
だから、あの嘘のことも、ごくたまに殴られたことも、その基本の信頼があったから乗り越えて、それなりに幸せな四十男になったのかなと思います。
■均衡は善か
物事がバランスしているさまは美しい。それは大原則と言えるように思います。
周りの様々な力が自然の法則にしたがって、拮抗し、バランスが取れているものには美を感じます。
自然の風景などは、重力の法則にしたがって、盛り上がったり、削られたり、進化しつつ淘汰を生き抜いたものの集まりだから、ばらばらでありながら統一均衡しているのではないでしょうか。
彫刻、絵画、書、建築などで一見「不均衡」に見えるものでも、どこか一点で支えるものがないと少なくとも私は惹かれません。
均衡から感じるものは、静けさ、不動、安定など……。
でも、前回書いたホメオスタシスなどは体内のバランス機構であるわけですが、常に働き続けることによってバランスを保つという、極めて動的なものです。
整体では病気をそのような体の調整機能の一つと見ます。
病気になるには病気を必要とする体の状態があり、病気を経過することで、その状態が調整されるというものです。
では、本来、すぐ経過すべき「病気」が何時までも抜けないというのは何故か。
今まで師匠から繰り返し教わっているのですが、最近ようやく腑に落ちた気がするのは、自分の言葉で表現すると、
「いつまでも症状を抱える人のからだは、戻ろうとするバランス点を勘違いしているのではないか」
ということ。
だから、整体の技術でその均衡をちょっと崩して、「そこじゃなくてこっちですよ」と気づかせてあげれば、本来の姿に向けて勝手に調整してしまうはずなのです。
わが師、井本先生が言われること。
「手数を多くすればいいというものじゃない。本来は体の中で急処はただ一点である」
教わるは易く、行なうこと至難の道ですが、ともかくこれに向けて進みたいと思います。
■今日怒っているあなたに
今朝、五反田の駅から薫風舎まで向かう途中、
両方ともひげを生やした関西系おじさんが二人、大声で口喧嘩をしていました。よくは判りませんが、
関西人A「そんなこといちいち言わんでもええやないか!」
関西人B「いや、でもな、『すまんかった』位言えよ!」
最初は通りがかりの人同士かと思いましたが、知り合いなのかもしれません。
なぜBさんは腹が立ったのか。このやり取りだけから判断すると、
AさんがBさんに対して、なにか気に食わないことをした。そして、しかも、謝らないってことでしょう?
逆に言えば、Bさんの心の中には、そういうことはしないBさん、
そしてやむを得ずしてしまったら素直に謝るBさん像があるわけですね。
でも、Bさんには、Aさんのイメージどおり行動する責任は実はないわけですよ。
その昔、90年代中盤の会社員時代のことです。仕事で北京の空港から瀋陽に向かう時でした。
首都の空港ですよ。
それも飛行機に乗ろうと言うんだから、ある程度お金持ちの部類の人たちではありませんか。
(無秩序…)
チェックインの列は割り込み横行のめちゃくちゃ状態。
少し飛行機が遅れたら、もう暴動が起きそうな騒ぎになって、
後ろで叫んでいる白酒くさいおじさんのつばが私の頭に降りかかる感触を今も思い出すことが出来ます。
でも、彼らには日本の常識どおり行動しなきゃいけない責任は無いわけです。
こんな状態でもですね、
「ああ、ここはそういうのが普通なとこなのね」
とスイッチを切り替えると、「こんにゃろ、こんにゃろ」と列をかき分けて進むのもまた楽しいものです。
「敵変ぜざること明らかなる時は、自己を変じてその危難を脱すべし」
(「薫風今日のひと言集」より)
それで思いつきました(いつもこれなんですけど)。
整体では、体にある恒常性維持機能(ホメオスタシス)ということを問題にしております。
体には、体内の環境(たとえば体温、体液の成分など)を
生きていくのにちょうどいい状態に維持しようとする働きがあります。
ですから、外部からそれを乱すような刺激
(たとえば、暑さ寒さ、いろいろな成分を持った食べ物、水、精神的ストレス、毒物など)
が入ってくると、まずこれを感知します。
そして、体の働きの調整(体温など)、排泄(水分、塩分、毒物など)あるいはいろいろな行動への昇華
(泣いてしまうとか、八つ当たりしてしまうとか)を通じて、また最適な体内環境に戻そうとするわけです。
いろいろなアレルギーは、この働きが過敏に反応している状態と考えてよいでしょう。
さて、他人に腹が立つというとき、先ほど検証したように、
思い描くその人のイメージと実際の現象との比較において腹が立つのです。
なぜ違うと腹が立つのか。
思考というのも自己の一部ですから、、相手のイメージというものを思考し、
固定した時点で、その相手のイメージは「自分の一部」になるのではないでしょうか。
だから、現実の相手がそのイメージと違うと、その差異が刺激となってホメオスタシスが働き出し、
相手を自分のイメージに近づけるべく攻撃したり、諭したり、
あるいは、失望という苦痛を通して自分が持っていたイメージの方を変えてみたりするのでしょう。
こういうことを説明している人がどこかに居ませんかね。
■ケモノとのはざ間で
新年から「古事記」(もちろん現代語訳)を電車の中でちびりちびりと読んでいました。
面白いところもありましたが、読むのに忍耐が要る退屈な部分も多いですね。
恥ずかしながら通しで読んだのは初めてです。
ヤマトタケルノミコトなんかは漠然と英雄のように思っていたけれども、
古事記の記述からすると、父親に疎まれてあちこちに遠征させられた乱暴者みたいな印象ですね。
イザナギとイザナミの天地創造のところくらいは古雅でほほえましい感じなのですが、
それからの後の天皇家の人々の行動というのは、現代の道徳基準からすればちょっと受け入れがたいものがありますよ。
ともかく殺し合い、騙し合い、色恋沙汰満載で、しかもその恋愛感情の表現というのは、ダイレクトに
「あなたと寝たい。寝てみたい!」
一本槍なんです。これ、受け入れられないでしょう、たぶん。
それに、たとえば父親が目をつけた娘がいました。
彼女が輿入れの旅の途中に実の息子が出会って恋してしまいまして、
「お父さん、あの子を私に譲ってくれませんかね」
と頼んだら、
「まあ、いいだろう。それにしてもお前のそのような恋心をわかってやれなかった父さんはいけないことだなあ」
と嘆いてみたり、
侍女が杯に木の葉っぱが入っているのを気づかずに
(なぜなら杯を捧げ持って下を向いているんだから分かる訳が無い)天皇に差し出したら、
たかがそれ位のことで激怒してその侍女を殺してしまおうとする……と思ったら、
その侍女が気の利いた歌を献じたらあっけなく許してしまう……と思ったら、
傍にいる后が「あなたはなんと心の広い方でしょう」というような歌を作って褒め称えたりして、
なんというか、私のちっぽけな倫理感覚などは吹っ飛んで何がなんだか判らなくなってしまいますな。
案外、人間の本性などというものはケモノっぽいのかもしれません。
井本整体では、
「人間も生き物である以上、動物としての原点に帰るべきである」
ということを言っておりますが、
それは現代の生活があまりにも生き物の本質から離れた付属物が多いために却って迷ってしまっているからです。
本当に原点に戻っちゃったら世の中は大変なことになりますよ。
■よし!
ムツゴロウ先生こと畑正憲氏は、私の尊敬する人物の一人であります。
テレビ番組の動物王国における氏のニコニコ顔しか知らない方は、
「ムツゴロウの青春記」「どんべい物語1,2」などにおける激しい気合いを感じて欲しい。
自らに気合いを入れる意味もあり、
氏の「われら動物みな兄弟」の前書きから一部抜粋して掲載します。
「 (前略) ものすごい情報量である。その質を問わなければ、現代の中学生は、
昔の学者をはるかにしのいでいることだろう。といって、けっして偉くなってはいない。
わたしたちは、情報量のあまりの多さにふりまわされ、自分の頭で考え、
自分の目で観ることを忘れてしまったのではないだろうか。
抽象的な理念を頭から頭へ移すことが、教育といわれていないだろうか。
いま一ぴきの動物が、暗闇から誕生する。触れる。見る。味わう。
彼が経験できるのはあくまでも具体的なものである。
具体的なものは、それ一個を切り離して取り上げると、日常的な平凡なものに過ぎない。
しかし、具体的なものが心の中に積み重なると、それは生き生きとした思想になる。
考えてもみていただきたい。
まったく白紙の状態でこの世に生を受けた嬰児は、
ほぼ三歳までの間に、その正確の土台が築かれるという。
抽象的な理念など、とても入りこめない年齢である。
体感を通じて情報が積み重なり、たいせつなものをつくる。
(中略)
世の中に調べて書いた本はゴマンとある。
しかし、そのなんと冷たくひからびていることか。
血が通ったものを残したい。そう思って、先輩の悪口も書いた。自分の恥もさらした。
生きているものを書いた本が、死んでいてはこれほどぶざまなことはない。
そんな心意気を少しでも汲みとっていただければ、これに越すしあわせはない」
これが書かれたのが、1969年。今でも生きた言葉ではないかと思います。
生きている人間を観るはずの整体指導者が死んだような生き方をしてはいけないはずです。
過激に行くか?2008年
■この歳になって
本日の東京はよく晴れて、とても気持ちの良い天気です。
こういう時、日本列島の反対側にあるわが故郷では、だいたい雪がしんしん降り積もっているものなのですね。
はっきり言って日本海側の冬というのは太平洋側の人が想像できない位に、
(暗い……)
ものです。
かなり前になりますが、夫婦で長野に遊びに行ったついでに
糸魚川(新潟県の下の方)辺りから海岸沿いにわが故郷まで列車で北上したことがありました。
季節は冬、時は夕闇から夜への移り目くらいだったでしょうか。
吹きすさぶ北西の季節風、海岸のテトラポットに激しく寄せては砕ける暗い波、遠くにかすむ人家の赤い灯……。
忘れもしません。わが相棒(関東人)が言いました。
「此処って……」
な、何ですか、この「……」は?
後で聞いてみると、
「まさか人間の住むところではないでしょう。
でもあそこに家はあるし……いや、少なくとも私は住めない。ぜーったいに住・み・た・く・ない!」
というようなことだったらしいですねえ。
前置きが長くなりましたが、そんな気持ちの良い今日、
自営業の強みで朝のうちに新宿の都庁へ運転免許の更新に行ってきました。
もともと視力が0.1位(乱視付)だったので、当然「眼鏡」という限定が付いていました。
ところが整体の勉強を始めてから、どんどん目が良くなって日常生活にはまったく困らなくなり、
車の運転も全くしないので、眼鏡を持っていないのです。
どういう訓練をしたか興味がありますか?
それはですね、話すと長くなるのですが、一番大きかったのは、門下生として山口県で勉強をさせてもらっていた時です。
その時、たまたま眼鏡を失くしてしまい、しかたなく遠くにぼんやりかすんで見える井本先生の操法を目を凝らしてみる
ということを約2年半続けました。この間はずっと正座です。
正座が腰を作り、その連動として後頭部が締まり、
目の焦点を合わせる括約筋の訓練(遠くを見つめること)との相乗効果で良くなったのではないかと思います。
その間、昔の整体の本に書いてあるような絶食のようなことはしていません。
それどころか、知る人ぞ知る人生最大の栄養過剰時代でした。
さて、それで今日は、優しいお友達から眼鏡を借りて視力検査に望んだ訳ですが、試験をするおじさんがとても気さくな方で、
「ほお、目が良くなったんだったら、裸眼でやってみますか?」
と言ってくれたので、「よしっ!」とチャレンジしてみたら、すんなり通ってしまったのですね。
「よーく見て下さい。はい(右)。はい(上)。はい(下)…(しばらく続く)。今度は両目ですよお。はい。はい。はい。はい。
よおし!見えた。よしよし、限定を取れましたね!」
と言われた時は、ちょっとムツゴロウさんに誉められている犬みたいな気分(決して悪くない)でしたが、
この歳になって、一つ限定が取れて、なにか清々しい気分になりました。
おじさん、チャンスを与えてくれてありがとう!
■薬呑んで野菜食うよりは…
「薬呑んで野菜食ふよりは、薬止めて肴食ふ方が病によろし」
前回書きました「子規の書画」からの引用です(手元に無いので細部が違うかもしれません)。
正岡子規は、特に晩年、床から起き上がることも難しかったためか、勿論仕事には常人以上の集中を見せつつも、
食べ物にもとても執着したようです。
日記を見ると、かなり食べる方の私でも、
「こんなに食べて大丈夫かな?」
と思うくらい食べていますね。朝から茶粥三杯とか……。
それはともかく、この時代、まだペニシリンなどの結核への特効薬は無く、食事は、現代の「栄養価」基準に照らせば、
とても「貧しい」ものだったわけですから、確かに効かない薬よりは食べ物を改善したほうが薬効があったかもしれません。
今朝、テレビのニュースを見ていると、相変わらずインフルエンザ流行のニュースがいつものパターンで流されていました。
「今年は例年に無く早く、11月から流行が始まっています。今は○○ソ連型(だったかな?)のウイルスだけれども、
××香港型も出てくる兆しがあるから、一度かかって治っても、もう一度かかる可能性もあります」
と言ってましたよ、今朝のNHKニュース。
こう聞いてくると、普通、結論としては、
「なんだ、それじゃまあよく判らないんだから放っておくしかないね」
となるはず、と私は思うのですが、そのニュースの結論は、
「よって、今からワクチン接種をしておいたほうが良いでしょう」
と言うことなんですがね、どうなのでしょう。
■ワクチンはウイルスの型が違うと効果が無い
■どの型が流行るかは、流行ってみないとわからない
というのは、医学界でも認められているのでしょう?しかも、
■ウイルスは世代交代がとても早いので、一冬の間でも突然変異による違う型のウイルスが出来てしまう
という話も有るらしいですから、せいぜい、
「予防接種は、やりたい人はやってもよろしい。ただしあまり期待しないでね」
という位じゃないのでしょうか。
■私が小学生の頃(30年以上前)から予防接種はありました。でも、インフルエンザは流行し、学級閉鎖はありました。
■インフルエンザで死んでしまった友達はいません。交通事故では一人いました。
ということから考えても、あまり躍起になって「予防接種、予防接種」という意味は無いと思えるのですが……。
A.ヘップバーン主演の映画「マイ・フェアレディー」に、
「お母ちゃん(?)はインフルエンザで死んだ」
というような台詞があったときに「インフルエンザ=死」というのがどうしても結びつかなかった位、
私の認識としてはインフルエンザは普通の、もうちょっと言えば「比較的害の少ない病気」なのです。
でも、日本でも昔は「インフルエンザ=流感」で死んだ人は沢山いるようですね。
今と昔で何故このような差が出ているのか?
ウィキペディアによると、ここ20年位は新型のウィルスが発生していないからだそうです。
だから、「インフルエンザ=危険じゃない」と思ったらダメと書いてありました。
でも、それなら、新型ウィルスが流行してから騒げばいいし、
あんまり心配の無い従来型の予防接種に懸命になる必要は無いですよね。
思うに、弱くなったといわれる現代日本人ですが、インフルエンザにもけっこうカラダが慣れてきているのではないでしょうか。
また、栄養や住環境の向上も死亡率低下に大いに寄与しているに違いありません。
なにしろ、子規の時代は、ガラス戸が無い家のほうが当たり前なんですから。
想像しがたいけれども、真冬でも昼は開けっ放しで障子、襖だけ、夜は雨戸を立てるくらいだったんでしょう。
今、そんな家に住んだら私も病気になるんじゃないかな。
と、いろいろ書きましたが、先日、高血圧の国際基準を作成したWHO研究班の予算のかなりの部分が製薬会社から出ている(!)
ということを知り、門外漢が医学のことに口を出すのは僭越とは思いつつ、
ちょっと色々なことに物言いたくなってしまいました。スミマセン。
でも、私が聞かれたら、
「予防接種するより、旨い飯食うて、風呂へ入って暖かく寝るがよろし」
さらに、
「インフルエンザを恐れるより、カラダを整体にするチャンスと思うがよろし」
と言うことでしょう。
■珠玉
先週は井本整体の松山セミナーに行って来ました。
前日夜に松山入りし、夜になってからちょっと出歩いただけで、あとはセミナーだけでしたからあまり良くは判りませんが、
お城を中心に落ち着いた雰囲気を持った街で、出会った地元の方々も懐の深い気さくそうな方ばかりでした。
いつかゆっくりと訪ねてみたいものです。
松山へ行ったからという訳ではないのですが、以前古本屋で買ってそのままにしておいた
「子規の書画」 山上次郎著(二玄社)
を読んでいます。
正岡子規の書や絵の写真と共にいろいろな人々との係わり合いなどが書かれています。
書で言えば、書簡における細字に私は魅力を感じましたが、
それよりも本書に記されている子規の言動から感じられるとてつもなく誠実な人柄には、
(人が慕い、集まってきて当然)
と思わせるものがあります。
いくつか印象的な手紙文や言葉がありましたので、記します。
■長塚節に栗を送ってもらっての礼状
「君がくれた栗だと思ふとうまいよ」
■秋田の俳人 島田豊三郎の家が類焼危険と聞いての葉書
「ヤケタカ ヤケヌカ」
■碧梧桐へ会食の誘い
「瓢亭と鼠骨と虚子と君と我と鄙鮓くはん十四日夕」
■門人 森田義郎の酒癖をたしなめて
「君ノ評判甚ダヨクナイ。今ノウチニ酒ヲヤメ玉へ。晩酌トイフモノハ年老イテ隠居シタ爺サンノスルコトナリ。
今カラ晩酌ナドトハ生意気トイフベキモノカ」
■鋳金家 香取秀真(ほつま)の女遊びに対しての忠告
「女郎買ハ月ニ一度位ハ良イガソレハ五六十銭デモ足ルヨ」
■虚子が「小説では食えぬ」と言ったことに激怒して
「小説家で飯がくへねば百姓でもよし、教師でもよし。はた乞食したとて何か苦しかるべき。
……小生衰えたりと雖も貴兄に半椀の飯を分かたん。……最後の租税は生命なりといふことを記憶せよ」
■そして……
「厭世などと申すは手足が利く内のことにて手足が利かずなりては厭世も楽世も無之」
「死ぬるの生きるのというはひまな時の事也」
今生きていたら会いたい人です。
■刻むのだ、それも細かく…
そろそろ2007年を反省し、2008年に向けての目標などを考える時期になってきましたね。
と言いながらも、私自身は、あまり細かい目標を立てたことが無いのです。だから、年末に反省しようにも、
「えーっと、何だっけ?」
というようなもので、反省のしようが無い。それで、とりあえず来年のカレンダーや手帳を買っては、
「よおし、来年はやるぞお!」
と極めてアイマイな気合を、激しく入れては終わってしまうのですね。
目標というと、整体の世界では、
「念ずれば現ずる」
ということが言われています。
ちょっと見ると、
「そんなうまい話が有れば苦労はしませんよ」
と思うし、
「お前が○○出来ないのは、やろうと思う根性が足りないからだ」
という精神至上主義にもなりそうです。
でも、整体で言われているのは、自分で意識的に頑張る根性のようなものではなく、
無意識的なもの、潜在意識にかかわるものなのです。
「よし、こうなる」
と何かのきっかけで、ふと思ってしまうと、それから後は、「こうなろう」というようなことを忘れていても、
自分を含めて色々な物事が、その実現に向けて動いてしまうということです。
頑張って努力するというよりは、なんとなく、知らずに頑張ってしまうという感覚でしょうか。
原典に当たってはいませんが、心理学の理論にも有るそうです。
ということであれば、目標を立てるのも悪くないですね。
悪くないとは思うんですが、目標を立てるということは、人によっては心理的な緊張を与えます。
「今の自分」と「目標とする非常に立派な自分」のギャップに苦しんでしまう。
つまり、「いつかこうなれば幸せになれる。でも今の私ときたら……」という不幸せというか
不安定な気持ちを常に持ち続けなければならないわけです。
だからこそ、その心の中のバランスを取ろうとする事が努力の原動力にもなるのでしょうが、
これでは人生の大半フシアワセになりかねないではありませんか?
そこで、本日の思いつき。
「『今』幸せであるために」
■目標は立てよう
■立てたら、空のかなたの誰かに(無宗教も含め各自の宗旨に一任)預けちゃう
■あとは自然に任せて生きる。周りに起こる色々なことは全て目標実現のために有るはずだから、
そのプロセスを楽しむ。
それも、そのプロセスをごく細かく刻んでいくと、「よし、出来た」「これも出来た」ということで、
日々是ミクロ成功体験の積み重ねとなって、とても幸せなような気がします。
世界平和を願わない人は少ないけれど、本気で目標に掲げちゃったら、夜も寝られず、
普通の会社勤めなどしては居られないはずですよね。
だから、そういうところは生物として「そりゃ無理だよ」というブレーキが働くのか、
世界平和を人生の最優先目標に掲げている人というのはたぶん居ないのでしょう。
でも、声高でなくても、何となく皆がそれを頭に引っかけながら、日々行動していると、
それは何となく「世界平和」に向いているのではないでしょうか。楽天的過ぎるかな。
とこういう風に書きながら思い出したのですが、池波正太郎が師匠の長谷川伸に、
「全面核戦争の脅威の中で我々はどう生きるべきか」
(薫風注:我々はちょっと麻痺していますが、こういう脅威が明日起きるかもしれない現実味を持って日常語られた時代も有ったのですね)
という質問をした時に、
「核戦争が起きない(「起きるべきではない」だったかな?)と思うのなら、
その心の方向性を持って日々の生活をすればよい」
と言ったそうです。読んだときはちょっと意味がわからなかったけれども、今腑に落ちたような気がします。
できるかな?やってみよう。成功したら皆さんにもお勧めします。
■リズム
志賀直哉の「暗夜行路」を読了えました。
(この最初の一文からして、ちょっと感化されているでしょう?)
以前から「暗夜行路未読の志賀直哉ファン」と称しておりましたが、
このたびようやく冠が取れたわけです。
内容は、主人公が周りで起きるいろいろなことに腹を立てたり、苦しんだりということが綴られていて、
そのすべてというわけではありませんが、中には生活の心配がなく、
かなり余裕ある人間にのみ許されるような悩みもけっこうあって、
「おい、おい、もうちょっとしっかりしろよ」
と言いたくなります。
それにしても、漱石作品でもそうですが、この時期の知識階層は、
本当によく「神経衰弱」になっておりますね。
現代の我々から見たら、そんなことはストレスでもなんでもないよ、というようなことで、
すぐ仕事を「止して」、気分転換の旅行に出ちゃったり、お寺にこもったりします。
それで、その辺のことをうまく心の中で逃がして生活に一所懸命の人を「教育のない者はしようがない」
というように見下すのだね。
気にいらん。気にいらんよ、私は。
現代人よ、誇るべし。我々は弱い、弱いと言われながらも、
精神的ストレスに対してはよほど強くなっていますよ。
それで、「暗夜行路」ですが、私には、主人公への共感よりは周りの人への同情のほうが強く感じられ、
さほど内容に感銘を受けることはなかったものの、
読み始めてしばらくすると止まらなくなる文章の魅力はあります。
作者ご本人が言われるように、確かに強い「リズム」というようなものは感じました。
反感を覚えつつも、志賀ファン度は上昇してしまったという次第です。
■素直なカラダ
もうお昼を過ぎました。いつもなら昼ごはんを食べている時間です。
さきほどからわたくしの体内時計というかハラ時計は、
「どうした、どうした。まだ食べないのか?おい、おい」
と、盛んにせっついております。
このハラ時計、こうして薫風舎の部屋でブログの更新などをやっていると、
けっこう電波時計なみに正確なのですが、外を歩いていて、
大好きな蕎麦屋の出汁の匂いや洋食屋のデミグラスソースの匂いなどをかいでしまうと、
長針が半回転位はかんたんに進んでしまいます。
「食べたいときに、食べたいものを、食べたいだけ食べるのが自然」
という整体的な観点からすると、腕時計、置時計ではなく、
ハラ時計を使ったほうがより素直な生活ということになります。
私のような仕事ですと、食事時間は自分の食欲に応じてかなり調整できますから、
そういう整体的食生活も比較的容易なわけですが、
その昔の会社員時代を思うと、一刻も早く社員食堂に駆け込みたいのを、
部長さまのお仕事の区切りがおつきになるのをお待ち申し上げて、
とてもおいしそうなオムライスを横目で見つつ、部長お好みの和食コーナーへ…
などということもありましたね。
ここのところ夜などはかなり肌寒く感じるようになりましたが、
夕方くらいでも少し歩くと汗ばんだりするという、ちょっとカラダにとっては忙しい時期でもあります。
しかし、からだはそんな季節の変化に合わせてすなおに働きを変えていっています。
指導を受けにこられる方の中にも、はやくも若干「冷え」らしき兆候を見ることがありますし、
私自身もそうですが、トイレに行く回数がやけに増えたり、胃がどうもむかつくなどというのは、
整体ではすべて汗が化けたものと見ます。
夏ならば汗を出して処理していたものを他のもので排泄しているわけですね。
■燃えよカラダ
札幌で井本整体を勉強している方が、整体体操教室かなにかの導入部で、
「みなさんは腰が痛いときにどうしますか?」
という質問をしたら、ある参加者から
「気合を入れます」
という答えが返ってきたそうな。さすが開拓民の子孫という感じですね。
こういう人ばかりだったら、整体指導者のみならずお医者さんも職探しせねばなりません。
でも、私はこういう人好きだなあ。
腹が減っては戦はできぬ、といいながらも、
腹いっぱい食べたってそれを燃やすものがなけりゃ現実の動きにはなりません。
不完全燃焼の過剰栄養は病気の元です。その燃やすものとは何か?
一番の根っこは「気」です。簡単に言えば、「気持ち」「気合」ですね。
これでも本当はわけが分からないようなものです。わからないけどあるもの。
井本整体では、気持ちがどうしても病気する方向に向かう人や
気合が自分では入らない人の気を転換する技術も「心理指導」という形で学びます。
学びますが、私が思うのは、他人に気合を入れてもらうというのは、やはり非常手段であって、
自分の心くらい自分の手の内になくてどうするか、ということです。
でも、現実は手の内どころか、心は周りのいろいろなことにばらばらに振り回されてしまうことも
承知しています。しかし、大切な心(これは体でも一緒ですが)を他人の力にゆだねるということ
はしないという最初の覚悟はとても大切なように思うのです。
指導を行なう者も、心理指導をこころを操るテクニックとして覚えたら、
重大な間違いをするように思います。他人のこころに触れることは、
その人を思う本当の「まごころ」がなければ資格はないし、
そうでなければ、心の芯にある、本当のその人の要求に至ることはできないように思います。 |