* 『鹿鳴館』昼の部 紀伊國屋サザンシアター 2003.7.19


 作:三島由紀夫
 演出:野伏翔
 CAST:村松英子(影山朝子)、曽雌達人(影山悠敏伯爵)、中野誠也(清原永之輔)、
     谷育子(大徳寺侯爵夫人季子)、前田真里衣(女中頭草乃)、村松えり(大徳寺顕子)、
     細貝弘二(清原久雄)、岡田啓壱(飛田天骨)ほか
 美術:伊藤熹朔
 衣裳:中嶋八郎



村松英子の主宰するサロン劇場と、野伏翔主宰の夜想会との提携公演。
三島由紀夫と親交があり、彼の舞台作品で多く主役を務めた村松英子が36年ぶりに朝子を演じた。
当初は観世栄夫が出演ということで、
かなりの高齢で影山伯爵の役は大丈夫なのかと思っていたら病気で休演とのこと。

観世の代役を務めた曽雌達人の影山は生々しくうごめく政治の(裏の)論理のイヤラシさを上手く出していた。
自己韜晦の絶妙さも併せ持っていて、決して枯れてはいない。
たとえ最後に朝子に死人のように言われていても、実にふてぶてしい。
しかし立居振る舞いなど老人らしさを感じさせる芝居は必要無かったのでは、と思った。
観世さんだと、どんな影山だったのだろうか。
能で見るような、ちょっと悟りすました感じが漂ってきても困るかもしれないが…。
肝の据わった、底の知れない不気味さが漂うのだろうか。

村松英子は説得力のある朝子。
一見たおやかな女性に見えても実は何でも飲み込んで腹に収めてしまう、そんな貫禄が感じられた。
ただ鹿鳴館に壮士達が雪崩れ込むのを止める決めの場面、
下手を向いてしまうので仕方が無いとはいえ、ちょっとセリフが弱かったか。
気迫で押し切った後にホッとして「ああ良かった」という感じでぐらついたのが必要以上に目に付いてしまった。

今回の舞台、演出については以前観た新派とほとんど変らないような印象を受けた。
細かい点を見れば差異はおのずと明らかになってくるのだろうが、
戯曲が出来上がった時点で既にきっちりとした枠組みが出来上がってしまっているので
“遊び”が少なく、演出もある程度決められてしまう。
全てをコントロールしようとした三島が作り上げた典型例かもしれない。

今年に入って三島由紀夫の代表的舞台作品を続けて観てきたが
黒蜥蜴、ルネ、朝子と、女性のセリフのリズムが共通していることに気がついた。
恋のセリフも、敵対する相手とのパワーバランスをはかるセリフも、
どれも詩のように、それでいて極めて冷徹に分析でも行うように朗々と述べる。
三島劇の女性達は恐ろしいほど強い。
細く繊細な身体でいながら世界を包み込んでしまうような力を秘めている。
それに比べて男性の情けないこと。
観客の大半が女性なのでそういう状況に当てて書いたといえばそれまでだが…
小説に見られる、必要以上に強くあろうとした姿とは違う
三島の女性的部分がより露出しているようにも見えなくは無いか。
三島作品の女性は女性らしくないという意見もあるけれど、
結局全ては彼の分身、あるいは彼自身に立ち返ることが根本にあるからなのだろう。



◇村松英子、「鹿鳴館」で久々の主演 【朝日新聞2003.7.14夕刊】