豊 玉 発 句 集


文久3年(1863年)正月。浪士組の一員として上洛するのに先立ち、
歳三は自ら創作した俳句を一冊にまとめ、「豊玉発句集」と名づけて生家に残しました。
中に記された句は全部で41。春の句が圧倒的に多いのは、10代後半か
ら26歳位までの青春期にふさわしいと言えそうです。
後半は解説がありませんが、いちおう全句を掲載しました。
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コメント
白牡丹 月夜月夜に 染めてほし 青白く冴えた月光が、白い牡丹の花を照らし出している情景が何とも幻想的。
願うこと あるかも知らず 火取り虫 炎に寄り集まる蛾の様子を擬人化させて歌った作品。
しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道 この句には線囲みがしてありまます。別に強調したかったからではなく、季語がなく俳句としては失敗だからだろうと解説にありました。そうかなあ。
しれば迷い しらねば 迷う法の道 上記とそっくりの「恋」を「法」に置き換えただけのような作品です。「恋と法」ねえ。
春の夜は むづかしからぬ 噺かな 「噺」というのは、春の夜に女性との間で交わされた話とのこと。
何やら意味深。
公用に 出て行く道や 春の月 京都時代の句ではありません。でも浅黄色の羽織を来た新撰組の面々があわい月の光を浴びながら京の町を進んでいく様が目に浮かびます。
年々に 折られて梅の すがた哉 梅の木は枝を折られれば折られるほど丈夫に育ち、美しい花を咲かせ、たくさんの実を実らせるとのこと。
梅の花 一輪咲いても 梅は梅 上記に続いて梅の句。まだ寒々しい風景にポツンと咲いた梅の様子が印象的だったのでしょう。
ふりながら 消ゆる雪あり 上巳こそ 安政7年(1860年)3月3日に桜田門外で井伊直弼が暗殺された事件を詠ったものだそうです。ちなみに「上巳」とは陰暦の3月3日のこと。
鶯や はたきの音も ついやめる 歳三が自分から掃除をするはずはないから、姉にでもいいつけられたのでしょう。素直で微笑ましい作品。
人の世の ものとは見えず 梅の花 鶯の声に耳を傾け、梅の花に感動する。この時代の男性はみんなこんなにロマンチストだったのか?
大切な 雪は解けり 松の庭 雪をかぶった松の木が美しかった庭も、春の雪解けで魅力を半減させてしまった。雪を惜しむというより、春の到来を喜んでいる作品だと思います。
咲きぶりに寒けは見えず梅の花 またまた梅の登場。歳三は、寒風の中で凛と咲く梅の花がよっぽど好きだったようです。
春ははる きのうの雪も 今日は解 寒がりの私にも春の訪れを感じ取って喜ぶ気持ちはよくわかります。ましてや暖房器具のなかった昔ならなおさらでしょう。
あばらやに 寝ていて寒し 春の月 冷たいすきま風がどこからともなく入ってくる粗末なあばら屋に1人ねっころがって、何となくさみしい春の一夜といったとこですか…。
さしむかう 心は清き 水鏡 沖田総司の作と言われる「動かねば闇にへだつや水と花」という句が現在に残っており左の句の返歌ではないかとされています。
裏表 なきは君子の 扇かな
暗殺や陰謀が当たり前だった新選組副長も、若い日はこんな作品を作っていたんですね。

水音に 添てききけり 川千鳥

清涼な川のせせらぎに唱和するかのように、千鳥が鳴いている。音の描写が情景を感じさせる爽やかな作品です。

手のひらを 硯にやせん 春の山

春の大好きな歳三らしい作品。春の山を仰ぎ見た感動が歳三の創作意欲をかきたてたようです。

露のふる さきにのぼるや 稲の花

百姓の息子として生まれた歳三だからこそ作れた句だと思います。自然が作り出す刹那の美的世界に向けられた繊細な感性に注目。

おもしろき 夜着の列や 今朝の雪

朝、屋外の雪を見た新鮮な驚きが描かれていると思います。寒がりで冬が大嫌いな私も、朝一番に見る雪には何となくワクワクするものです。

菜の花の すだれに登る 朝日かな

並んで咲く黄色い菜の花に朝日がやわらかな光をなげかける朝の情景。こんな情景に心ひかれる歳三に私はひかれます。
我時も 花に咲かれて 尚古し -
朧とも いわで春立つ としのうち -
春の草 五色までは 覚えけり 春の七草。歳三は五つまでしか覚えてなかったようです。
朝茶呑て そちこちすれば 霞なり 「そちこち」って、何していたんですか?
三日月の 水の底照る 春の雨 三日月が映った水の底に静かに春の雨が降っている…。美しい情景です。
水の北 山の南や 春の月 土方が愛した春の月と共に詠まれた「山の南」は山南敬助のことではないかという説があります。
横に行く 足跡はなし 朝の朝 真っ白な雪に自分の足跡をつけながら歩くのは冬の早朝ならでは。
山門に 見こして見ゆる 春の月 山門の向こうに春の月。本当に春の月が好きなんですね。この人は。
二三輪 はつ花だけは 取りはやす -
玉川に 鮎つり来るや ひがんかな 何となく生活感があって、微笑ましい作品です。
春雨や 客を返して 客に行 歳三のフットワークを感じさせる作品。
来た人にもらいあくびや 春の雨 確かに 春って 何だか眠いんですよね。
朝雪の 盛りを知らず 伝馬町 それだけにぎやかな町ってことなのかなあ。
丘に居て 呑のも けふの花見かな 花見で一杯というのは今も幕末も同じ。
年礼に 出て行そや とんびたこ -
暖かな かき根のそばや あぐるたこ 垣根の側で風を避けつつ子供達が(歳三自身が?)凧揚げをしている情景を詠んだものかな?
けふも けふ たこのうなりや 夕げぜん -
武蔵野や つよう出て来る 花見酒 -
梅の花 咲るしだけに 咲いて散 -