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M2.1中旬 |
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榎本武揚の嘆願書が朝議に聞き入れられなかったことは既に述べた。
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M2.3.9-3.20 |
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明治2年3月9日。1万5千を超える新政府軍は「甲鉄(ストーンウォール)」(新政府所有)、「飛竜」(新政府所有)、「陽春」(新政府所有)、「春日」(薩摩藩所有。後の東郷元帥も乗船)、「丁卯」(長州藩所有)、「豊安」(薩摩藩所有)、「戊辰」(徳島藩所有)、「震風」(久留米藩所有)の8艦に分乗し次々と江戸湾を発したが、この情報はほどなく旧幕府軍の耳にも入っている(江戸には旧幕府軍の間者が、箱館には新政府軍の間者がいて、双方の情報は筒抜けだった)。 |
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M2.3.22-25 |
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3月22日 |
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M2.3.25 |
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「高雄」と「蟠竜」はどうなってしまったのだろう。 |
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M2.4.7 |
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1500名の新政府軍が、用兵の天才と言われた山田顕義参謀(当時26歳・松下村塾一門)に率いられ、蝦夷地・乙部村(爾志郡乙部町緑町・江差より海岸沿いに10キロほど北に行った辺り)に上陸したのは、「蝦夷錦」によれば明治2年4月7日となっている。 |
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M2.4.9-4.11 |
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4月9日
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