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M2.4.11 |
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松前城に拠った旧幕府軍のうち、遊撃隊(伊庭八郎)、陸軍隊(春日左衛門)、一聯隊(松岡四郎次郎)、彰義隊(大塚霍之丞)、工兵など500名が、江差奪還するために出陣したのは明治2年4月11日の夕暮れ時のことだった。 |
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M2.4.11-4.12 |
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根武田を捨てて敗走した新政府軍は札前方面へ退いた。 |
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M2.4.14-4.20 |
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先に「旧幕府軍は消耗戦」と断定してしまったが、実はたった一度だけ、兵員の補充があった。 |
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M2.4.10-4.12 |
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新政府軍の総参謀・山田顕義は、松前道、木古内道(現在の国道5号線とほぼ一致)、二股道(現在の国道227号線とほぼ一致)の、三つのルートを進攻して、旧幕府軍を制圧する作戦を立てた。 |
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M2.4.12-4.13 |
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明治2年4月12日。木古内に到着した大鳥圭介は、味方の番兵3人が斬られたとの報告を受け、夜が明けるのを待って周辺探索に出かけた。 |