プーの森・赤ちゃん絵本(自然育児友の会会報連載)1   by野村羊子

21〜30 2002年5月〜2003年5月号 連載3
11〜20 2001年5月〜2002年4月号 連載2
10 2001年4月号 大きくなってもだいすきだよ
2001年3月号 心にしみる絵本
2001年2月号 親の思いを伝える?子どもの趣味を尊重する?
2000年12月&2001年1月号 親の思いを伝える?子どもの趣味を尊重する?
2000年11月号 絵本は抱っこで
2000年10月号 絵本とは
2000年8・9月号 おばけの本あれこれ
2000年7月号 ことばを楽しむ絵本
2000年6月号 赤ちゃん絵本
2000年5月号 絵本の世界へ旅しよう


大きくなってもだいすきだよ  2001年4月号

 春は年度の変わり目、一つの節目になるときです。子どもは、本来大きくなろう、成長したい、という欲求を抱えているものです。でも、その欲求に突き動かされて何かをしてしまうとき、大人にとっては予想外の出来事、心配事になってしまうこともあります。あるいは、すぐ服が小さくなって着られなくなるのをぼやいたりしてしまいます。でも、本当は大きくなったことをお祝いしたいですよね。『ちびごりらのちびちび』(ほるぷ出版)は小さなゴリラの話。とてもちいさなちびちびをジャングルに住む動物たちはみんな大好きでした。でも、ある時ちびちびはどんどんどんどん大きくなって…。とっても体が大きくなってしまっても、みんなはやっぱりちびちびが大好きで、お誕生日をお祝いしました。
いつまでたっても、見た目が変わって「大きくなっても大好きだよ」と言える関係をずっと保ちたいですよね。普通は親も子どもに合わせて動いていくものなのですけれど、時々置いてけぼりになってどきっとしたり、あせったり。でも、それが子どもと暮らす面白いところでもあります。
子どもの成長課題というのは、1ステップずつそれこそ様々な登り方でクリアしていきます。なだらかに徐々に変化するものもありますが、ある日突然、あれは卒業、今度はこれ、という風に移っていくことが多いように思います。その時々の大人からみた尺度で、これは早くクリアして欲しい、と思うことの多い様々なステップ。卒乳の次に大きなステップがおむつ。『ぱんつもいいな』(いとうひろし 講談社)は、おむつを卒業した男の子の話です。「赤ちゃんはいいな。いつでもどこでもできる。でもぼくはちがう。」大きくなった自負心を描いていて、これはやっぱりもう卒業した子どもたちが共感してくれる絵本。早くおむつを卒業して欲しいと思ってこれを読んでも、その子には実感としてわからない、つまんない本、になってしまう可能性があります。私たちは、すごく急がされる社会に暮らしています。ゆっくりのんびり、ぼーっとすることをあまり許してもらえません。子育ては、待つこと。一緒にぼーっとさせて欲しいですよね。そうしていても子は育つ力を持っているのですから。
 少し大きな子どもたちに読んであげたい絵本、それは『おおきくなるっていうことは』(中川ひろたか・文 村上康成・絵 童心社)です。これは子どもの成長のよろこびを描いた絵本と言えるでしょう。です。「おおきくなるっていうことは 服が小さくなるということ」「○○ができるということ」「自分より小さい人が多くなるということ」。読んでもらったそれぞれが、自分のできるようになったことを思い描き、自分を誇らしげに語ることができるのです。大人だって、この一年、思い出してみてください。できるようになったこと、自分をほめてあげること、何か一つは見つけられるでしょう。子どものように目に見えて、ということはないにしても、日々成長する子どもたちにつきあっているのですもの、それだけで新しいことに挑戦している日々ではないでしょうか。自分に誇りを持って語り合えたら、素敵ですよね。
 
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心にしみる絵本  2001年3月号

 今年は雪の多い年になりました。雪は雨と違って静かに静かに降り積もります。夜半に雪が降った朝は、しんと静かです。雪が音を吸い込んでしまったようです。こんな日は『ゆきのひ』(エズラ・ジャック・キーツ文と絵 木島始訳 偕成社)を広げてみましょうか。男の子が朝起きてみると雪が積もっていました。外に出て、雪の上に跡をつけたり、枝から雪を落としたり、1日遊んで帰ってきたらお風呂に入って…。そんな子どもの一日を追った他愛のない話なのですが、このしんとした空気が伝わってくるような、静かに沁みてくる絵本なのです。
 まついのりこさんという絵本作家が語っていました。絵本を一冊読む度にぽたあんと感動の滴が1滴心に落ちる。それはいつかあふれ出すかもしれないけれど、外からは分からないものなのだ、と。心に静かに沁みてくる絵本はあからさまな反応はないかもしれません。でも、大人だって映画などで感動して、何も言えずに余韻に浸りたいときもあるでしょう。親子で静かに余韻に浸る瞬間があってもいいのではないでしょうか。
 私は北国で育ったので、雪の夜の静けさを実感しています。満月の光にてらされたまぶしいほどの雪の白さも。この時期それを伝えたくて紹介する絵本があります。『月夜のみみずく』(ジョーン・ヨーレン詩 ショーエンヘール絵 工藤直子訳 偕成社)です。女の子が真冬の満月の夜、みみずくに会いにお父さんと出かけます。寒いけれど期待に胸を膨らませ、森に入っていきます。詩の響きも素敵で、ぜひ声を出して読んで欲しい絵本です。
 冬は静かに内省する時期、と言うわけでもないのでしょうが、淡々と語る中に染みてくるものがあると感じる絵本が、この季節のものにに多いように思います。『ぽとんぽとんはなんのおと』(神沢利子さく 平山英三え 福音館書店)では、冬ごもりの穴の中で、くまのぼうやがかあさんに尋ねます。「かーんかーんって、何の音?」「木こりが木を切る音でしょう。…ぼうやはゆっくりおやすみね」。繰り返しの中で季節の移り変わりを感じさせてくれます。読んだら耳を澄ませてみましょうか。いつも大きな音ばかりだと、小さなささやきが聞こえなくなってしまいます。しーんと静まりかえった静けさに耳をそばだてる、そんな時間があってもいいように思います。
 『ナヌークの贈りもの』(星野道夫 小学館)はシロクマの住む極北の地の話。ぼくは吹雪の中でシロクマの言葉を聞いた。「人間はわたしたちと同じことばをしゃべっていた」。命のつながりが語られています。雪原で生きるシロクマたちの写真に圧倒されます。
 今回紹介した絵本は、赤ちゃんにはまだ難しいかもしれません。でも気ぜわしい今の時代だからこそ大事に読んで欲しい絵本ばかりです。ことばにならない思いを受け止め、心に感動の滴を落とす、そんな絵本はまだまだあるでしょう。お母さんの1冊、お父さんの1冊、という絵本が本棚に並んでいてもいいと思うのです。

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親の思いを伝える?子どもの趣味を尊重する?U  2001年2月号

 絵本は親の思いを伝える道具として使えるといいました。ですが、しつけのため、何か教え込むために使っては欲しくないのです。絵本の中から感じ取る、くみとるものはそれぞれなのです。こう取るべきだと押しつけられるのはうんざりします。絵本を一緒に楽しむ関係ではなくなってしまいます。
 店で時々聞かれるのがトイレットトレーニングに使える絵本はないか、というものです。そういうときは、とりあえず『しっこっこ』(西内ミナミ・さく 和歌山静子・え 偕成社)や『みんなうんち』(五味太郎さく 福音館書店)などを出します。2冊ともリズミカルでちょっと面白い作品です。でも、読み終わった後に「だから、あなたもトイレでするのよ」なんて言われてしまったら興ざめだなあ、と思うのです。子どもは全く違うところで楽しんでいたはずですから。特に『みんなうんち』の方は、「へびのおしりはどこ?」とか「くじらのうんちはどんなの?」など、え、どうなんだろう、不思議だなという思いをかき立てたりもするので、子どもの心に湧いた思いに水を差すようなことになってしまいます。
 『はははのはなし』(加古里子ぶん・え 福音館書店)は笑っているようですが、実は歯の話です。基本的な歯のこと、虫歯のこと等を、わかりやすくテンポよく解説しています。本の中で充分、虫歯にならないためにはと語っています。それ以上のことは必要ないのです。知識を提供することと、行動を規定することとは違うのです。知識があれば納得しやすいという利点はありますが、好奇心があるからこそ吸収していくものです。しつけはしつけとして、共に生活をする中で互いに守り伝えていくしかないように思います。
 2,3才向きにと『はけたよ はけたよ』(かんざわとしこ・ぶん にしまきかやこ・え 偕成社)を紹介して、しつけの本はいらないと言われてしまったこともあります。ああこれはしつけに使われるんだと、びっくりしました。パンツをはかないと笑われるよ、座ればはけるよ、ということをしつけるため?でしょうか。子どもをきちんと育てなければ、と思いこんでいる方には、全てがしつけに直結して見えるのかもしれませんね。そういう方には『どうすればいいのかな』(わたなべしげお ぶん おおともやすお え 福音館書店)も、きちんと洋服を着るためのしつけの絵本にみえるでしょう。くまくんが、シャツをはいたりズボンを着たりしようとして、最後にはちゃんと身につけて出かけるという話ですから。子どもってあべこべのことを喜んだりしますよね。その滑稽さが分かる頃に一緒に楽しめればいいのです。
 ただ、言葉遣いは大事だと思います。この絵本の英語版を見たのですが、はくも着るもかぶるも全部wearなのです。「くつをかぶったらどうなる?」日本語だから言葉だけでおかしいと感じ取れるのです。日常何気なく使っている言葉を子どもが確認できる、あるいは改めて身につけることができるという点で大事だと思うのです。しばらくは、まねてあべこべに言って遊んでしまうかもしれません。それも成長の中の一こまでしょう。

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親の思いを伝える?子どもの趣味を尊重する?  2000年12月&2001年1月号

 「母の友」12月号で「ぐりとぐら」の歌の特集をしていました。あの『ぐりとぐら』(なかがわりえこ・おおむらゆりこ 福音館書店)の中の歌はどんな風に読んでいますか?との質問にたくさんの曲が寄せられたそうです。私は普通に節もつけずに読んでいるのですが、親子で一緒に歌えるっていいなと思っていました。こんな風に書くと、絵本を読む時は歌わなくちゃいけないのか、と思う方がいるかもしれませんが、そんなことはありません。どうやって読めば良いのですかとか、私は下手だから、と言う方もいますが、決まりはありません。
 確かに沢山の子どもたちを前にして読むときは、ゆっくりはっきり聞き取りやすい声で、絵本全体をみんなに見えるように持って、ということはあります。でも、親子で読むときは、一緒に楽しめればよいのです。適当な節をつけて歌っても良いし、身振り手振りで遊んでも良い。それぞれのお家のそれぞれの読み方で良いのです。あるいはお母さんとお父さんとで読み方が違っても当たり前です。子どもはこの絵本はお父さんに、この絵本はお母さん向き、と選んでもってくるようになります。
 絵本の好みもみんな違っていて当たり前です。子どもが選ぶ絵本と親が選ぶ絵本は違うものです。図書館や書店で、親が子の選んだ絵本を拒否・否定する場面によく出くわします。選んでいいと言ったのなら選択した結果を尊重してやってください。そうでなければ買う本は親が決める、とはっきりさせておいた方がいいでしょう。いずれにせよ、こういう本は好き・嫌い、と親の価値観を明確にすることが大事です。それは、それ以外はいっさいだめというのではなく、私はこうだという姿勢を見せることなのです。できれば、子どもの趣味をわかったり尊重したりしつつ、という方がいいですよね。
 福音館書店の月刊絵本「こどものとも」(5種類有り)はいろいろなタイプの話が月替わりでくるので、親の趣味ではなくても子に受ける絵本とか、パッと見は今ひとつだったけど、読んでみたら一緒に楽しめた、などという絵本にも出会えます。子どもの趣味を探る上でも使えるので、できれば定期購読にして毎月とることをおすすめします。
 子どもの趣味を尊重すると、親の趣味を尊重してもらうのもやりやすくなります。『いいこってどんなこ』(ジーン・モデシットさく 冨山房)は、うさぎの坊やがお母さんに、「泣かないのがいい子?」等と質問を繰り返します。お母さんは「泣いたっていいのよ。バニーらしくしているのがいいのよ」と答えます。お母さんの方がぐっときてしまうような内容です。こういう絵本は子どもはとびつかないかもしれないけれど、親の思いを伝えてくれるもの。そういう絵本こそ、お母さんの好きな絵本だから一緒に見て、と誘ってしまいましょう。絵本は親の価値観を伝える道具としても充分使える優れものです。

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絵本は抱っこで  2000年11月号

 ところで、絵本を読むときどういう姿勢で読んでいますか?態度というのではなく、文字通り座っているのか寝ているのか、向き合っているのか並んでいるのか、と言うことです。それぞれの状況でどうでも良いことではあるのですが、もし、一日一回絵本を読む時間を持っているなら、その時は是非だっこで読んであげて欲しいのです。子どもの背中とおかあさんの胸がくっつき、その鼓動が伝わる。息づかいが耳元でする。自分を包み込み一緒に世界を旅する存在がいてくれる、なんと心地よい瞬間でしょう。特に兄弟がいれば、それぞれの子どもを順番にだっこで読んであげて欲しいのす。その瞬間、おかあさんは自分だけのものです。周りに兄弟たちがいて一緒に聞いていてもです。だいたい、小学校2,3年、本人がもういいよと言うまで、続けられるといいと言います。
 子どもの顔が、反応が見えない、と思う方もいるかもしれません。子どもは何か感じたら伝えてくるものです。緊張したりリラックスしたり、興奮したり、子どもの体から伝わってくるものも多いものです。表情だけではなく、体で伝え合う関係もいいですよね。
 布団の中の方がすぐ寝てくれるからいい、と言う方もいるかもしれません。でも、ワクワクしたままや、げらげら笑って興奮したままなら、布団の中にいても寝つく気にはなれないでしょう。ひざにだっこされる、というのは心落ち着くものです。そのまま布団に入って寝ようね、と習慣づけるとこは可能です。3,4歳になれば子どもが寝つくまでそばに着いている必要はないと思います。布団の中で静かにしている限り起きていてもかまわない。ただし、暗く静かな部屋で、落ちつけるよう配慮する必要がありますが。
 いずれにせよ、寝かしつけは幼児の親の永遠の課題かもしれません。ということで、おやすみに使える絵本をいくつかご紹介しておきましょう。『おやすみなさいコッコさん』(片山健作・絵 福音館書店)。みーんな眠ったのに眠っていない子どもがひとり。布団の中でくまちゃん相手に起きているコッコさん。お月様が語りかけます。ちょっと強情っぱりでこんな子いるよねと共感を誘うコッコさんです。『おひさまがしずむ よるがくる』(ローラ・ルークぶん オラ・アイタンえ うちだりさこやく 福音館書店)は、うさぎの子がお話を読んでもらって、ベットに入り寝つくまでを、韻を踏んだ短い文章で語ってくれます。ピンク系から紺へと画面の色が変わっていき、夜の穏やかな気分にさせてくれます。『おやすみ、くまくん』(クヴィント・ブッフホルツ作 石川素子訳 徳間書店)は、寝つけないぬいぐるみのくまくんが、月夜に照らされた庭を眺めながら、家の周りのこと、明日のことに思いめぐらしています。月光の不思議な色合いが良く出ている美しい絵の本です。どんな本であれ、子ども自身が満足することが肝心なのだと思います。

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絵本とは  2000年10月号

 絵本というのは何ですか?と聞かれたらどう答えますか?絵にお話がついたもの?毎ページ絵がある本?子ども向けの本?私は、絵と文章が一体となって一つの世界を作り出ず総合芸術だと考えています。ですから読んでもらうのが、その世界を味わう最上の方法だと思っています。自分ひとりで読むと、まず文字だけを読み、それから絵だけを眺める、ということになってしまいます。一人では両方同時にできないのです。読んでもらえば、耳から入る言葉を聞きながら、絵を眺め、相乗効果によって立ち上がる一つの世界を体験できます。
 絵の中にはその世界を味わわせてくれるたくさんの情報がつまっています。読んであげている、つまり文字を追っている大人が気がつかないことを、その間ずっと絵を眺めている子どもは発見します。今CMなどでは、表に出ない背景設定をすることが多くなったようです。絵本は、絵が語ることで、それを説明していることが多いのです。あるいは、サブストーリーや複線が張られていることもあります。子どもは気づき発見して喜び、さらにそれを大人に報告して得意になるでしょう。知的好奇心って、こういうところから発するのだなと思うのです。
 林明子さんは、絵の中に実に多くのものを盛り込む画家です。描かれる子どもの可愛らしさが強調される画家ですが、この人の真価は遊び心だと思います。『とんことり』(筒井頼子さく 福音館書店)は、引っ越してきた女の子に、すみれやたんぽぽの郵便が届きます。最後に明かされる届け主は、実は何回も絵の背景の中に登場しているのです。これは、繰り返して読んではじめて気づくことです。最初に教えてしまってはつまりません。また『はじめてのおつかい』(筒井頼子さく 福音館書店)も絵の中に遊びがいっぱいです。中に迷子の猫を捜す張り紙があります。この猫は別のページに小さく描かれているのです。張り紙の電話番号は実は出版社の番号でした。月刊絵本で出た当時、何人もの子ども達から、その番号に「猫がいたよ」と電話がかかってきたそうです。
 村上康成さんの『ようこそ森へ』(ベネッセ:絶版)では、キャンプに来た家族を描いていますが、語りはカケスが語る数語づつのみです。しかし森の豊かさとそこに来た男の子のさまざまな思いが絵の中に込められています。わざわざ言葉にして解説する必要はないのですが、ゆっくり絵を眺めてからめくりたい、そんな絵本です。
 絵本を読むときは、このめくるときの「間」も大事にしたいですね。文字だけ追っていると、文章を読み終わればすぐめくりたくなります。でも、ワンテンポ待ってみてください。絵をじっくり眺める楽しみだけではなく、次はどうなるんだろう、というどきどきワクワクしながら待つ、という楽しみも味わえるのです。
 『たまごのあかちゃん』(かんざわとしこ・ぶん やぎゅうげんいちろう・え 福音館書店)は「たまごのなかで/かくれんぼしてる/あかちゃんは だあれ?/でておいでよ」という文章が5回繰り返されます。その度に違う大きさのたまごが描かれています。ここで、じっくりたまごを見て、何かな?と考えて欲しいのです。1,2才向きの絵本ですから、科学的に正しい答えを欲しているわけではありません。創造をふくらませる、という楽しみを経験して欲しいな、と思うのです。ページをめくるとその度に、にわとりやかめなどのあかちゃんがたまごから出てきます。何回か読むと、子どもはちゃんと覚えていて「かめ!」などと当ててくれます。その場で「当たり」等と即答しないでください。ゆっくりページをめくって、子ども自身の目で確かめられるようにしてから、「そうだね」と言っても決して遅くはないのです。
 子育てって、待つことだ。と言った友人がいました。余裕があれば子どものペースを待ってあげられるんだけど、と。ほんとにそうですね。日常では、待てない場面もたびたびです。だからこそ、絵本を読む時間は、子どものペースを待ちながら、ゆったりページをめくってほしいと思うのです。 
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おばけの本あれこれ  2000年8・9月号

 暑いですね。お盆のせいか、日本では夏がお化けの季節です。そこで今月は子どもたちに人気のお化けの絵本、怖い絵本についてです。
 2,3歳でお化けの絵本が大好きになる子は多いです。実はこの時期の成長課題の一つに「怖いものを克服する」ということがあるようです。怖いということがわかってきて、今までなんでもなかったものがだめになったりと、大人は困ることもしばしばです。保育園の豆まきで、鬼を見て大泣きするのは2歳児クラスです。一方で脅しが利くようになるという利点もあるのですが、利きすぎて反応のすごさに辟易とすることもあります。怖いけど大丈夫、という経験が重ねることが大事なようです。
 ですから、この年齢の子どもが好きなお化けの本は、大人から見ると怖くも何ともないものが多いです。『ねないこだれだ』(せなけいこ 福音館書店)は夜中に起きている子はお化けにおなり、とお化けが連れて行ってしまう話。大人から見れば結構怖いけど小さい人はその先を考えないせいか好きですね。「せなけいこ・おばけえほん」シリーズ『くずかごおばけ』他(童心社)は、どれも日本的なお化けが出てきます。ユーモラスな場面があったり、落語のようなオチがあったりで、年齢によって楽しみ方が違うようです。それから『おばけがぞろぞろ』(ささきまき 福音館書店)は、お化けの形の名前の面白さ、擬音語などにも惹かれるようです。
 4歳前後に人気の『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・セッンダック じんぐうてるお訳 冨山房)は、この頃の子どもたちには怖いといって拒否される事があります。定評ある絵本ですが、タイミングを外すと全然楽しめないという実例になってしまいます。
 中には『さんびきのやぎのがらがらどん』(北欧民話 マーシャ・ブラウン絵 せたていじ訳 福音館書店)もトロルや大きいやぎが怖いからいや、となる子もいます。この物語、実は怖いものへどう対処するかというお話だったりするので、その反応はけっこう正直なものです。小さいやぎと中くらいのやぎは、トロルに食べてやると脅かされますが、後からくる方が大きいよ、と知恵を働かせて、切り抜けるのです。怖いと腰をぬかしたり逃げ帰ったりせずに。そこで 大きいやぎがやってきて、トロルを退治してしまいます。年少さんは小さいやぎの立場で、年長さんは大きいやぎの立場で見るようです。でも、小さい人にとって、問題を解決してくれる信頼できる大きい人が後ろに控えていてくれるからこそ、怖い事にも立ち向かっていけるのですね。場合によっては慰め励ましてくれて、手に負えないことは引き受けてくれる。そういう存在があって初めてチャレンジすることを覚えていけるのではないでしょうか。
 怖いものをなんとかしようとし始める3,4歳は『るすばん』(さとうわきこ 福音館書店)が好きですね。留守番することになった子が、お化けが出てきたらどうしようとあれこれ対策をねる話なのですが、どんどん想像がふくらんでいく様子が共感を誘います。それなりに怖いことを克服できるようになった年長さん以上には、同じお化けの本でも『おばけなんかこわくない』(中川ひろたか文 村上康成絵 童心社)や『ワニくんのなが〜いよる』(みやざきひろかず BL出版)が大受けです。主人公たちが、お化けをを想像して怖がる様を、一緒にどきどきしながら同時に楽しむのです。自分が怖くてハラハラどきどきした経験があるからこそ、笑える本なのですね。
 怖いことに立ち向かっていく気持ちを勇気といいます。勇気も、小さいときから大丈夫な場面で経験を重ねて行くことで身につくのでしょう。小学生以上になれば、勇気と無鉄砲との違いがわかるようになるはずですのに、その辺がなぜか抜け落ちている様子の子どもたちの姿にとまどうことの多いこのごろではあります。
  

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ことばを楽しむ絵本  2000年7月号

 2,3歳になると絵本の中の行動をそっくりまねしたり、絵本のことばがぽろぽろ出てきたりするようになります。読みがいを感じられるようになるのか、読み聞かせに熱心になる方も増えます。確かに子どもたちの世界は、絵本の世界と地続きのようだと思わされることがあります。
 先日絵本を買いにきた方も、急に子どもが風呂場で洗面器を頭にかぶり、シャワーをマイクに歌い出して、何だろうと思っていたら保育園で『わにわにのおふろ』(こどものとも年少版6月号 福音館書店)を読んでもらったのだそうです。次の日もその子はわにわにのまねをしているので、その本を探しにきた、ということでした。そういうお気に入りの絵本、何度も読んでほしがるものは買ってあげてほしいです。その世界を自分のものにするというのは、好きなときにいつでもながめることができるというだけではないのです。たとえ卒業してもそこに戻ってその世界を確認できることも大事です。
 5歳になった子が、プーの森で2歳頃にはまっていた『しゅっぱつしんこう』(山本忠敬 福音館書店)を見つけほしいと言い出しました。実はもう卒業と思って、お母さんはその本を田舎に預けてしまっていたのでした。「この本はあるよ」「ない」と二人はしばらく押し問答したあげく、その本は田舎から送り返してもらう、今日は幼稚園で読んでもらった本を買うということで決着しました。ティーンになれば本人確認の上処分することも出来るようになります。しばらくの間ですから手元に置けるようにしてあげてください。
さて、3歳前後は『わにわにのおふろ』もそうですが、ことばの響きやリズムの面白さに惹かれます。ですから日常生活を詩にした『めのまどあけろ』(谷川俊太郎 長新太絵 福音館書店)も案外受けます。一緒に覚えて、ぐずりかけたときに口ずさんであげたりすると気分転換になることもあります。詩を暗唱する、というのはことばの響き・美しさを体得するのにいい方法だと思います。『しゃべる詩 あそぶ詩 きこえる詩』(はせみつこ編 飯野和好絵 冨山房)は口ずさみやすい詩、ことば遊びの詩などをたくさん集めた詩集です。小学生なら自分で読んで楽しめます。適当に節をつけて読んだりと家族中で楽めるのではないでしょうか。
 童謡やわらべうたの絵本もいろいろでていますが、正しい節回しで歌わなければと思ってしまいがちです。実はそんな必要はないのです。子どもにとっては読んでくれた人がつけるもので充分なのです。だから、私は絵本を他の人に読んでもらうとき、その人それぞれの節回しが聞けて、なるほどなあと思うことがしばしばです。大人になると人に読んでもらうチャンスはほとんどありません。だからこそ、グループなどで互いに読みあう時間があってもいいですよね。
 『あのやまこえてどこいくのーあそびうたえほん1』(ひろかわさえこ アリス館)は、わらべうたの本ではありませんが、単純なやりとりの繰り返しがわらべうたを歌う気分で読めます。適当のリズムをとって楽しんでください。この「あそびうたえほん」はどれも子どもと一緒に遊べるものばかりです。遊べると言えば『きょうはみんなでクマがりだ』(マイケル・ローゼン再話 ヘレン・オクセンバリー絵 山口文生訳 評論社)は、まさに子どもたちの遊び歌を採集してきた絵本です。読みながら体を動かし、ごっこ遊びに発展する物語で、絵も隅々まで楽しめる作りになっています。
 子どもと一緒に日常生活の中に絵本の世界を取り入れると、スムーズに動いたり気分転換できたり、世界が広がったり、思わぬ効用があります。世界を共有できるのはいいものです。

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赤ちゃん絵本 200年6月号

 さて、0,1歳のあかちゃんに絵本を読み聞かせるようになったのは、10数年前からではないでしょうか。プーの森を始めたのが12年前。その頃、乳児を抱えてこの子に絵本を、という人が増えた、と子どもの本業界で話題になっていたのですから。それまで、福音館書店が出していた「はじめてであう本」はうさこちゃんのシリーズで、それは2歳程度を想定していました。ですが、0歳、1歳児向けの需要が高く、一方で小学生向きなどの本が売れないこともあり、出版社はどんどんあかちゃん絵本を出すようになりました。でも、中身は似たり寄ったり、なかなかいい絵本に出会えません。結局私がお勧めするのは、昔からあるロングセラー中心になってしまいます。
 1歳前後に読む絵本では、親子で遊べる、というのが大事な要素ではないかと最近私は思っています。たとえば、『いないいないばあ』(松谷みよこ 瀬川康夫 童心社)は、「いないいない」と読んで、ページをめくりながら「ばあ」とやります。その一瞬をあかちゃんが喜ぶ。それでもう充分なのです。はじめから終わりまで順に見る必要もないし、もし終わりまで喜んだら、今度は実際に読み手がいないいないばあをしてあげればいい。『くだもの』(平山和子 福音館書店)では、丸ごとの果物と、むいて食べられるようになったものとがでてきます。読みながら食べるまねをしてみます。「さあぞうぞ」、あかちゃんにもあげてみましょう。「おいしいね、もぐもぐ」などとやりとりをする、そのこと自体が楽しめればそれでいいのです、くだものの名前なんかを覚えなくても。
 『あかちゃんの本 2』(まついのりこ 偕成社)は、生活に密着した音がいろいろでてきます。ただそれだけなのにあかちゃんはこの絵本が好きです。だから、絵本にでてくる音だけではなく、ついでにいろいろな音をまねしてみたら結構喜んでくれたりします。こんな単純な事であかちゃんと遊べるんですよね。
 『きんぎょがにげた』(五味太郎 福音館書店)は指さしを覚えた子と遊ぶのにいい絵本です。明るいきんぎょの赤が、赤ちゃんの目を引く絵本です。「きんぎょはどこ?」と画面を探しますが、はじめは大人が「ほらここにいた」と指さして教えてあげればいいのです。そのうち、あかちゃんの方から指さしたりしてきます。あかちゃんは画面全体を見ているので、きんぎょじゃないものを指すこともあります。「ちがうでしょ」なんて野暮なことは言わないでくださいね。「○○があったねえ」と指さししながらやりとりする、それを楽しむ絵本なのですから。
 1,2歳では、お気に入りの絵本ができることがあります。何度も何度も繰り返し読んでほしがる絵本。大人は「またこれ?」と食傷気味。でも大人が好きな曲を何度でも聞きたいように、あかちゃんも知っている世界を何度も味わいたいのです。そうして、世界は不変で安心できるところ、と確認しているのかもしれません。そういう時期は数ヶ月から半年くらいでしょうか、一生続くことはないので、尊重してあげてほしいですね。そして、そういう絵本こそ買ってあげてください。手元にある、ということは、いつでもその世界を味わい直せる、ということ。もう卒業したと思っても、また戻っていきたくなるかもしれない。そういうものに出会えたことを喜んであげてほしいのです。
 あかちゃん向きの絵本って、大人から見るとどこが面白いの?と思うようなものも結構あります。でも実際あかちゃんと遊んでみると意外に使えるものです。日常使わない言葉も、できないことも絵本があれば楽しめる、そんな道具として活用してみてください。
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絵本の世界へ旅しよう  2000年5月号

始めまして。私は三鷹でプーの森という絵本と木のおもちゃ、自然な食品や石けん雑貨などを扱う小さな店を営んでいます。これからしばらくのあいだ、子どもの本とその周辺につにいておしゃべりさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします。
 自然育児友の会とのおつきあいは、プーの森を始めた頃に遡るのではないでしょうか。山西さんのところで働いていらっしゃる方が、当時すでに働いていたのかは知りませんが、赤ちゃんをおぶっていらっしゃいました。その後、会長さんになった方とか本屋さんをなさった方とか、この10年ちょっとの間、会員の方々とはいろいろな形でおつきあいさせていただいています。気持ちは応援団といったところでしょうか。
 プーの森はいろいろなものを置いていますが、基本は絵本屋をやりたくて始めた店です。なぜ絵本屋かというと、やはり本が好きだからです。私の母が家庭文庫を始めたので、小学校の頃から家には子どもの本がたくさんありました。また居間には父の仕事の本が壁一面の本棚にあふれていました。本を読むのが当たり前、という家庭に私は育ったのです。それでも本を読み出した直接のきっかけは引越です。小学2年の冬休み直前に、私は転校しました。雪の多い年で、外で遊ぶことはほとんどできません。遊びに行ける友人のない私は、退屈のあまり本を読むことにしたのです。孤独で自由な時間がたっぷりあったことで、本の世界に浸りきることができたのでした。その中で遊び冒険する事を覚えたのでした。その後は、たとえ現実が厳しくても、本を読むことで、生きる勇気や元気をもらえたのでした。就職したての頃は、ひたすらミステリを読んでいました。最後に解決してほっとできる、ああ良かったという思いを抱えて眠りにつけるのですから。本は私にとって,ストレス解消・元気回復剤、エネルギー補充の素という感じです。当時はうまく言葉にできていませんでしたが、そういうすてきなものというより、役立つものだから、それをもっといろいろな人に伝えたい、と思ったのです。
 もう一つは、子どもが好きだということです。大学を卒業した後、自閉症といわれている子どもたちと暮らしました。子ども相手の仕事は、おもしろい半面、肉体的にも精神的にもきついものでした。子どもが可愛いと思ううちは良いのですが、仕事が忙しくなり余裕がなくなると、自分のいらつきを子どもたちにぶつけるようになってしまいました。最終的に辞職する決心ができたのは、このままでは子どもにとっても自分にとっても良くないと感じたからでした。それでも、子どもから目を離したくない、それで子どもの本やを、と思ったのです。単純といえば単純な発想ですよね。
 その当時、すでに母子カプセルだの母原病(これは、ほんとは父欠病でした)だの、母と子のつらい状況が問題になっていました。子どもたちは、幼ければ幼いほど、母親の変化に敏感です。幼児対象の部門にいた時、障碍児の母になってしまった人たちは、最初堅い顔をしています。が、同じ立場の人と出会い、大変さをわかって話を聞いてくれる人と出会うことで少し和らいできます。すると子どもも変化してくるのです。子を救うには母を救わなければ。母を攻める論調の多い中で、私の実感は違いました。
 絵本というのは一つの世界を持っています。一緒に絵本を読むというのは、一緒にある世界を旅するようなものです。楽しい体験を共有できたら、それは互いの関係をよりよく保つ宝になります。たった一冊の絵本で感動を分かち合うことができるのです。こんな便利なものはない、そう、思いませんか?次回からお勧めの絵本などを紹介しながら、絵本の選び方、楽しみ方などに触れていきたいと思います。

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