POP TRIP 浜田省吾

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浜田省吾に関わったひとたち、関わりたいと勝手に思ってる人たち

2006年5月12日更新:一部加筆修正

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あ行のひとたち
イアン・タイソン
カナダ出身のフォーク/カントリーのシンガー。 62年イアン&シルビアを結成。その後、シルビアと結婚するが、75年の二人の離婚とともにイアン&シルビアとしての活動も終わった。その後、イアン・タイソンはソロとして活動中(らしい)。
浜省の歌う「いつかもうすぐ」の作曲はイアン・タイソンです(公式なクレジットでそうなってます)。
彼らの曲はほかにもいろんなミュージシャンがカバーしているみたいですがあまり自分は知りません。
Ian&Sylviaの「Someday Soon」はAmazon.comで試聴できます。ここから。 (2003年9月 記)

イーグルス
ウエストコーストサウンド、というより70年代のアメリカン・ロックを代表するグループ。
リンダ・ロンシュタットのバックバンドから独立し、72年にデビュー。 ヒット曲は多数有るが、特にアルバム「HOTEL CALIFORNIA」は全世界で1100万枚という驚異的な売り上げを記録した。
84年のイーグルス解散により、浜省も大好きなウエストコーストロックの歴史も幕を閉じることになるのですが、解散後、ソロで活躍したボーカルのドン・ヘンリーのアルバム「Building The Perfect Beast」なども浜省は好んで聴いていたようです。
浜省の楽曲には明らかにイーグルスのパ○リと思われる曲がいくつかあります。浜省のイーグルスから受けた影響を知りたい方はこちら(2004年5月 改)

石川秀美(いしかわひでみ)
元シブガキ隊のヤッくん(薬丸)の奥さん。 元アイドルです。
アイドルとして落ち目になってきた頃、ロックに目覚めてしまった(事務所に無理矢理そうさせられた?)彼女は「DANCE」「LITTLE ROCKER'S MEDLEY」をカバーしてます。 渋い選曲ですな。
これら2曲はライブアルバム「BURN UP HIDEMI〜秀美の熱い一日」(現在廃盤)で聞くことが出来ます。これについてはこちらで取り上げてるので興味が有れば。
もともと洋楽をぱくったような楽曲が多かった彼女。一部ではパクリの女王などとも呼ばれてましたが・・・
結婚後は全く表には出てこなくなったので近況は分かりません。 (2004年5月 記)

大友康平(おおともこうへい)
ハウンドドッグのボーカル。ハウンド・ドッグは1976年結成。 1980年「嵐の金曜日」でデビュー。 1985年CMに使われた「ff(フォルテシモ)」が大ヒット。 タイアップは奇しくも浜田省吾の「風を感じて」が使われたのと同じ 日清カップヌードルだった。
浜省とは阪神淡路大震災チャリティ・コンサートや広島ピースコンサートで共演。結構仲がいいという話もあるがよくわからない。 ちなみに神戸のチャリティ・コンサートは浜省が大友康平に居酒屋かどっかで口説かれて出演が決まったそうである。
また、94年の普賢岳チャリティ・コンサートでは吉田拓郎のバックで「イメージの歌」を 浜省とのツインドラムで演奏した。最近あんまり見かけませんね。(2004年5月 改)

尾崎豊(おざきゆたか)
1983年「15の夜」でデビュー。1992年26才で死去。殺されたという説もあるがその死は謎につつまれている。
彼がデビュー前から浜省のファンだったことは有名ですが、他にジャクソン・ブラウンブルース・スプリングスティーン佐野元春らを好んで聞いていたようです。
1984年に開催された浜田省吾・ARBなどが参加した日比谷野音での反核コンサート「Atomic Cafe」では「Scrambling Rock&Roll」を 歌っている最中にPA用の足場から飛び下り、足を骨折するという伝説を残しました。
尾崎のアルバムにはアレンジャーとして町支寛二のクレジットがあったり、 覚醒剤取締法違反で捕まったあと1990年からしばらく浜省と同じ事務所ロード&スカイに所属するなど浜省とは縁があります。 しかし同じ事務所にいた頃には二人が直接会う機会はなかったようです。ただし、1994年浜田省吾は彼のお墓参りをしているそうです。 (2004年5月 改)
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か行のひとたち
甲斐よしひろ
甲斐バンドのボーカル。 甲斐バンド時代はヒット曲多数。「安奈」「HERO」など。
浜省は売れない頃、甲斐バンドの前座をやっていたりした。 逆に、甲斐よしひろはソロになってから浜省の「あばずれセブンティーン」をカバーしている。
小室哲哉!と組んでしまうという無謀な試みにかつてのファンは失望した(オレも含む)。
甲斐よしひろのソロライブを福井に見に行ったことがあるが、全く記憶にない。あんまり客がはいってなかったような気がする。
浜省とどの程度の付き合いなのかよく分かりませんが、甲斐バンドのヒット曲「安奈」のアコースティックギターはたまたまスタジオに来ていた浜省が弾いているそうです。 (2004年5月 改)

桑田佳祐
サザンオールスターズのボーカル。ヒット曲多数。
10年以上前に、浜省について「もっとテレビに出るべきだ」というような批判的ともとれる発言をし、 それに対して浜省が「彼みたいなビッグネームにとっては僕なんか対象にならないんじゃない」 というコメントを残した(らしい)。それから一時期仲が悪かった(という噂)。でも最近は、関係が改善されている(という噂)。
時任三郎、中井貴一らが出演してたぼくの大好きなドラマ「ふぞろいの林檎たち」シリーズでは、 サザンの曲が効果的に使われていた。一方、浜省が使われた「愛という名のもとに」では、 チョロが自殺するというクライマックスでは岡林信康の「友よ」が使われてしまうというひどい扱い。 「愛という名のもとに」が放映されていた頃は浜省はアメリカにいて見ていないそうですが、ちょっとひどいよなあ。 (2004年5月 改)

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さ行のひとたち
榊原郁恵(さかきばらいくえ)
ホリプロ所属の元アイドル。現在は、渡辺徹夫人。今でも時々テレビで見かける息の長い芸人芸能人。
第1回ホリプロ・タレント・スカウト・キャラバン優勝という輝かしい経歴を持つ元祖巨乳アイドルとも呼べる存在です。
代表曲は「夏のお嬢さん」(スージー・クワトロの「WILD ONE」のパクリ)、「愛しのロビンフットさま」など。
ホリプロつながりで、1982年のアルバム「スローメモリー〜郁恵自身3」には浜省作曲の「アレンジメント」「シークレット」が収録されている。 両曲とも作詞は来生えつこ。
(2004年5月 改)

桜井和寿(さくらいかずとし)
Mr.Childrenのボーカルとして1992年デビュー。ヒット曲多数。
浜省のファンである。
かつて「浜田省吾の物真似をさせればオレは日本一だ」 と豪語していたことがあるという。現在は廃刊となった雑誌「月刊カドカワ」では浜省と対談。
ラジオで「路地裏の少年」の生歌を披露するばかりか(正直あんまりうまくなかった)、2004年のソロライブでは「僕と彼女と週末に」「マイホームタウン」を歌ったばかりか、カバーアルバムではこれらの曲をスタジオ録音で音源として発売しました。なかなか渋い選曲ですな。「マイホームタウン」のアレンジにはちょっとがっかりですけど。
(2006年5月 改)

真田広之(さなだひろゆき)
日芸卒。手塚理美の元ダンナ。今は演技派俳優として売っているが、もともとはJAC(ジャパン・アクション・クラブ)所属のアクション俳優だった。
「麻雀放浪記」の坊や哲、「高校教師」の羽村先生、映画「リング」の高山竜二など印象に残る役柄がいろいろある。
JAC時代はアイドル的な存在として、レコードも数枚出していたようである。 カラオケにもあるという「青春の嵐(ハリケーン)」(映画「吠えろ鉄拳」主題歌)のB面「荒野をかけて」(1981年)は作詞・作曲とも浜省。このレコードは それなりに売れたのか、中古屋では30円とかで売ってるのを結構見かけます。(2004年5月 改)

佐野元春(さのもとはる)
1980年デビュー。 濱田金吾らとシティ・ミュージックの旗手として活躍。
80年代は何かにつけて浜省と比較されたりしてたミュージシャン。浜省のほうが、佐野元春を意識していたらしいと昔なにかで読んだような記憶があります。 浜省の「僕と彼女と週末に」と元春の「Rock'n' Roll Night」が音楽雑誌で比較されたりしてました。
この人もBOSSの影響を受けてます。パクリ似たような曲がいくつもありますから。 あとは、スタイル・カウンシルとそっくりのCDもありますね。ぼくはスタイル・カウンシルが好きなんでびっくりしました。
個人的には「ナポレオンフィッシュ・・」あたりまではよく聞いてましたが、だんだんついていけなくなりました。活動もだんだん縮小していったようだし。
何年か前は、「HEY! HEY! HEY!」やとんねるずの番組で顔を見たけど、最近あんまり噂を聞かない。と思ってたらCMに出てみたり よくわからない活動を開始したようです。CCCDに反対してレコード会社を移籍したそうですが・・(2004年9月 改)

渋谷陽一(しぶやよういち)
音楽評論家。ロッキングオン編集長。
彼は洋楽一辺倒のような印象もあったが、ライブアルバム「ON THE ROAD」にも収録された82年の武道館コンサートを見に行くなど かなり昔から浜省を認めていた。雑誌「BRIDGE」やFM番組などで浜省との対談多数。浜省や山下達郎との対談集「ロックは語れない」(左写真)など著書あり。
アルバム「初夏の頃」の帯には渋谷陽一による推薦コピーが。
NHK-BSの浜田省吾特番でもかなりたくさん喋っていた。(僕はちょっと喋りすぎだと感じた)(2004年5月 改)

ジャクソン・ブラウン
浜省にとっての最後のアイドル。
1972年デビュー。ボブ・ディランの後継者として期待されたシンガー・ソング・ライター。社会批評的な歌詞が特徴。 代表作「プリテンダー」など。
浜省の場合、いろいろなところに彼からの影響が見られるが、例えば アルバム「愛の世代の前に」のジャケットは、ジャクソン・ブラウンのアルバム「LATE FOR THE SKY」をモチーフにしている。(左写真参照)
また、アルバム「the best of Jackson Browne」では浜省がジャクソン・ブラウンへの熱い思いをこめたライナー・ノーツを書いている。 (2004年5月 改)

陣内孝則(じんないたかのり)
ザ・ロッカーズ(TH eROCKERS)のボーカルとして1980年デビュー。82年ロッカーズ解散。
ミュージシャンとしてはぱっとしなかった(めんたいロックということで一部には熱狂的なファンがいたのかもしれませんが、僕は全然知らないから売れなかったんだと思う)
いわゆるトレンディ・ドラマに出演し、俳優として活躍。「愛しあってるかい」の先生役が好きでした。
NHK-BSの浜省の番組に出演し、コントを熱演。あのコントはファンの間でも賛否両論。(2004年5月 改)

杉真理(すぎまさみち)
80年デビューのシンガー・ソング・ライター。代表曲はCMで使われスマッシュヒットした「バカンスはいつも雨」。
僕が彼の名前を知ったのは、大瀧詠一、佐野元春との「ナイアガラトライアングルvol.2」で。 佐野元春だけでなく浜省とも親交が有るようです。杉真理は、かつて浜省も所属していたホリプロ系のカレイドスコープという音楽事務所にいた時期が有り そこで二人は知り合ったのだと推測されますが詳しいことは不明。
85年発売の「key station」では「浜田省吾のダンスはどうだい」という歌詞が出てきます。さらに この曲では浜省がゲストで参加しており曲の終りのほうで「Keep on dancing」などと歌う浜田節が聞けます。「key station」には佐野元春、伊藤銀次もゲスト参加しており、 佐野元春、浜田省吾という相容れない二人の共演が実現しているのです。あんまり売れなかったけど。
最近はどんな活動をしてるんでしょうか。もともと派手な活動をする人じゃなかったのでよくわかりません。 (2004年5月 記)

スティービー・ワンダー
モータウンを代表する盲目の天才ミュージシャン(実は目が見えるのではないかというトンデモナイ噂もあったりする)。 メロディーメーカーとしてはポール・マッカートニーよりも上かも。
ヒット曲多数。浜省がはじめて(人前で)歌ったR&Bが、スティービー・ワンダーの「A PLACE IN THE SUN」 だそうである。(「Hello, Rock&Roll City」の歌詞にもあります)
浜省の歌う「A PLACE IN THE SUN」は「ON THE ROAD"FILMS"」「ROAD OUT "TRACK"」などで聴けます。
スティービー・ワンダーの「A Place in the Sun」はAmazon.co.jp試聴できます。 ここから。(2004年5月 改)

スピッツ
浜省と同じ事務所「Road & Sky」に所属する4人組ロックバンド。1991年にデビューし95年「ロビンソン」でブレーク。
同じ95年7月に発売されたRoad&Sky所属のミュージシャンたち「浜田 省吾 with THE R&S INSPIRATIONS」による阪神淡路大震災の復興のためのチャリティ・シングル 「我が心のマリア」のカップリング「恋は魔法さ」で 草野マサムネと浜省の掛け合いが聴けます(区麗情の歌も聞けますがあまり好きではない)。個人的にはこの曲にマサムネくんの声は似合わないと思いますがどうでしょう。
コーラス、ギターで他のスピッツのメンバーも参加しています。 (2004年5月 改)

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た行のひとたち
高橋洋子(たかはしようこ)
歌手。91年デビュー。アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌がヒット。
97年発売のアルバム「Li-La」では浜省の「我が心のマリア」をカバー。
アニメにも興味がないし、彼女のことはあんまりよく知らないんだけど、TVのテーマ曲、CMソングなども多数歌っているようです。 (2003年12月 記)

ダウンタウン
吉本興業所属。浜省をネタにしてしまった偉大なお笑いコンビ。大好きです。
松本が浜省のファンらしく、「ごっつええ感じ」のエンディングでは浜省のカラオケを披露。あんまりうまくはなかったけど。
また「ガキの使い」では「浜省だらけの野球大会」「浜省だらけの運動会」などを企画。
「野球大会」では、バンダナにサングラス、ジーンズを履いた松ちゃん、浜ちゃん、ココリコなど約20人が黙々と野球をし、見どころのあるプレーではモノクロのスローモーションとなりバックに「陽のあたる場所」や「いつわりの日々」などが流れる、さらに「打ち取られ肩を落とす浜省」「などのテロップが。また、ベンチ上の横断幕には「常勝軍団 浜省」「浪速の盗塁王 浜省」の文字。僕は「朝のシルエット」の流れるシーンが一番笑えましたね。
それにしてもよくこんな番組が作れたなあと感心する。
「ごっつええ感じ」ではクルマのトランクに浜省を隠していたために「浜省不法所持」で逮捕されるという、これまた大笑いのコントがある。またキャシィ塚本が「片想い」を歌うコントもありました。
これらは、一部の浜省オタの反感を買ったらしい。僕はこういうのをおおいに歓迎するんですが。
あの野球大会はロード&スカイ公認だったとか、浜省自身がダウンタウンのファンである、といううわさもある。(あくまで噂)ますだおかだとのからみを見る限り浜省がダウンタウンのファンではなさそうですが。 (2006年5月 改)

竹内まりや
山下達郎の奥さん。78年デビュー。 80年「不思議なピーチ・パイ」がヒット。その他ヒット曲多数。
浜省のデビュー当時は、同じくデビューしたてだった竹内まりやとのジョイントコンサート(はっきり言って営業にちかいようなものですが)などもやっていた。
浜省のアルバム「SAVE OUR SHIP」は彼女の同日発売のアルバム 「Bon Apetit!」(写真)のためにチャート1位を逃す。
竹内まりやも多少リンダ・ロンシュタットビーチボーイズの影響が見られます(山下達郎のアレンジがそうさせているのかもしれない)が、それよりもたぶんカーペンターズ(というかカレン・カーペンター)の影響が大だと思われます。 さすがにカーペンターズは浜省とはちょっと路線がちがいますね。 (2004年5月 改)

田家秀樹(たやひでき)
音楽ライター。浜省をはじめ、中島みゆき、甲斐バンド等についてのエッセイ、ライブ同行記等著書多数。
「陽のあたる場所」という文庫本(写真左)と「オン・ザ・ロード・アゲイン」という本を持っている。どちらも綿密な取材に基づいた情報量の多い本ではあるが、 この人の文章は僕にとっては非常に読みにくい。よけいな修飾と誇大な表現が多すぎる気がする。正直自分はこれらの本を読むにはかなりの労力を要する。
「日経エンタテイメント」の連載「浜田省吾 音楽の旅」もこの人が書いていたが、個人的にはあんまり面白くなかった。
浜省に関する読み物としては渋谷陽一のほうが面白いと思う。(2004年5月 改)

千葉美加(ちばみか)
ホリプロタレントスカウトキャラバン第11回ヴォーカリスト賞。 B級アイドルと認定します。
「花のあすか組」「電脳警察サイバーコップ」などに出演。日本ではぱっとしなかったが、 抜群の歌唱力で何故か台湾やシンガポールなどで大人気だったそうです。
1999年ホリプロを退社し、引退。
なぜか浜省の「風を感じて」をカバー(1990年)。 カップリングは同じく浜省の「幻想庭園」のカバー。 「幻想庭園」ってどんな曲だっけ?思い出せない。
アレンジは梁邦彦町支寛二も 千葉美加のレコーディングサポートをしている。(2004年5月 改)

時任三郎(ときとうさぶろう)
役者。浜省の友人。唇が厚いことからふたりは仲良くなったというのはもちろんウソ。
ドラマ「ふぞろいの林檎たち」シリーズの出演が印象に残る。というか覚えているのは他には牛若丸三郎太くらいしかないかな。
「ふぞろい」は好きでした。とくに中井貴一演じる仲手川良雄が(笑)。
音楽活動もやっており、浜省から「Walkin' in the rain」を提供される。 NHKの特別番組「浜田省吾 MUSIC ODDESEY」ではナレーターもつとめる。
また、時任三郎主演のドラマ「華やかな誤算」の主題歌に「BIG BOY BLUES」が使われていた。
しばらく海外にいたようですが最近日本に戻ってきたようです(女性週刊誌の情報)。(2004年5月 改)

徳永英明(とくながひであき)
87年「輝きながら」がヒット。 他に「壊れかけのRadio」などが代表曲。
サッカー大好きのミュージシャン。
浜省とは1995年の広島ピースコンサートで「アヴェ・マリア」を共演。 MCでは浜省の隣で自分がいかに浜田省吾のことが好きかを熱弁。 隣にいる浜省に話をさせる隙を与えなかった。
モヤモヤ病を克服し、最近復帰。
ぜひともがんばってほしいものである。(2004年5月 改)

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な行のひとたち
中西圭三(なかにしけいぞう)
91年デビュー。1992年Zooに提供した「ChooChooTrain」がヒット。その後、 ブラックビスケッツに「Timing」を提供するなど、作家としてそれなりに活躍。
自分は良く知らないし、最近は全く彼の名前は聞かなくなった。 2002年発売のカバーアルバム「結晶」で浜省の「片想い」をカバー。(2003年12月 記)

中村あゆみ(なかむらあゆみ)
ハスキーボイスが魅力のミュージシャン。 彼女も日清カップヌードルのCMに使われた 「翼の折れたエンジェル」でブレイク。
古村敏比古の彼女だった頃、浜省の渚園でのライブに飛び入り参加。 「街角の天使」をデュエット。 ほかに古村作曲の「HOT SUMMER NIGHT」などを歌う。
彼女の歌には「メインストリート」「AMERICA」「風を感じて」など浜省と同じタイトルの曲があるほか、 似たようなタイトルの曲も多い。(2003年9月 記)

能瀬慶子(のせけいこ)
かなり歌唱力に問題があったアイドルだそうである。僕はリアルタイムでは知りません。
デビュー曲「アテンション・プリーズ」(1979)、「裸足でヤング・ラブ」 (1979年)等のかなり素敵な曲を浜省が提供。
能瀬慶子は何曲かレコードを出した後、引退しちゃいましたが、最近は、祭りで太鼓をたたいたりしてるそうです(ワケワカメ)。 浜省は、自分で詞を書いてない曲はもう歌いたくないと言っていたが、この自ら作詞した「裸足でヤング・ラブ」 を浜省がセルフカバーすることは間違いなくないだろう。(でも聴いてみたい気もする)
この曲についてはこちらのページに詳しく書いてあります。 (2004年5月 改)

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は行のひとたち
濱田金吾(はまだきんご)
80年デビュー。杉真理、佐野元春、山本達彦らと活動を共にする。
80年代「音遊び、するなら浜田は金吾です」 という浜省に挑戦的でキッチュ?なキャッチコピーが印象的なミュージシャン。 曲を聞いたこともないし、姿を見たこともないのだが、シンガー・ソング・ライターとしてそれなりに人気があった(らしい)。 今は作曲、編曲、プロデューサーとして地道に活躍中(らしい)。カラオケにも彼の曲があったので、ヒット曲もあるのかもしれない。 僕が中学生の頃は「濱田金吾?誰それ。」「まぎらわしいなあ」と言った声が周りの浜省ファンからは聞こえて来ていた。(2003年9月 記)

日高のり子(ひだかのりこ)
元アイドル。NHKレッツゴーヤングのサンデーズの元メンバー(と言っても分かる人はあんまりいないか)。 現在は声優として活躍。
アニメ「タッチ」の朝倉南や「となりのトトロ」のサツキは彼女の声です。
2000年12月発売のアルバム「タイム・カプセル〜声優ミレニアムシリーズ〜VOL.17」で、 何を思ったか浜省の「君に会うまでは」をカバー。 このアルバムではイルカや白井貴子のカバーに混じって浜省の曲が。 それぞれの曲についての想い出を語ったMCも収録されているそうなので、彼女も浜省のファンなんでしょう。きっと。 実際に聞いたことがないので(聞こうとも思わないし)歌がうまいのかどうかもよくわかりません。(2004年5月 改)

ビビる大木(びびるおおき)
お笑い芸人。渡辺プロダクション所属。2001年には「はっぱ隊」としてCDデビュー。
浜省の大ファンを公言してはばからない。浜省を「アニキ」と呼び、TVでは「MONEY」を歌ったことも。
僕はウッチャン・ナンチャン、ネプチューン系のお笑いはあんまり好きじゃないので、 ビビる大木を見る機会はあまりない。
トリビアでは「へえー」押しすぎだな。絶対。(2004年5月 改)

フィル・スペクター
ウォール・オブ・サウンド(音の壁)と呼ばれる多重録音とエコー処理による迫力あるサウンドを創造。1989年ロックの殿堂入り。
ビーチ・ボーイズブルース・スプリングスティーン山下達郎、大滝詠一等世界中のミュージシャンに影響を与えた。浜省も例外ではない。
ロネッツやライチャス・ブラザーズのヒットで絶頂期を迎える。 その後ビートルズの「LET IT BE」やジョン・レノンのソロ第一作「ジョンの魂」等もプロデュース。
ビートルズの「The Long and Winding Road」では、オーケストレーションを加えた過渡のアレンジに ポール・マッカートニーが原曲と全く違うとクレームをつけたという逸話もある。
浜省の「Club Surf&Snowbound」「青空の扉」といったアルバムは 明らかにフィル・スペクターサウンド(ウォール・オブ・サウンド)を意識して作られたものである。
フィルはかなりの偏執狂であることが知られていたが、2003年、殺人容疑で逮捕される という衝撃的なニュースも飛び込んで来た。 浜省はこのニュースを聞いてどう思ったのだろうか。(2004年5月 改)

ビーチボーイズ
天才ブライアン・ウィルソンが中心になって結成され、1962年メジャーデビュー。
ビートルズにはない独特のハーモニーと、脳天気なサーフ・ミュージックと ホット・ロッド(注)で人気を集める。 当時アメリカで唯一ビートルズに対抗できるバンドだった。ブライアンもフィル・スペクターの影響を受け、 サーフミュージックからの脱却を図ったが、ヒットに結びつかず精神的におかしくなってしまう。
ブライアンの自信作で、浜省も大好きだというアルバム「ペット・サウンズ」は今でこそ ロック史上に残る名盤と言われているが、発売当時は全然評価されなかったのである。
しかしポール・マッカートニーはこれを聴いて衝撃を受け、「サージェント・ペパーズ」を作ったと言われている。
なぜか「ペット・サウンズ」(写真)のジャケットをSMAPがそのままパクっているアルバム La Festaを発売し、 洋楽ファンからはSMAP非難の声があがった。(ぼくもCDショップでSMAPのポスターを見た時にはびっくりしました。)
山下達郎、作家の村上春樹などフリークは多い。
浜省の「Club Surf&Snowbound」は完全にビーチボーイズのパロディ。 「二人の夏」の間奏はビーチボーイズのインスト曲 「Summer Means New Love」をほとんどそのままコピーしたものである。
少年時代の浜省が、はじめてコピーしたのはビーチボーイズの「Then I kissed her」であったり、かなり大きな影響を与えたことは間違いない。(2004年5月 改)
(注)クルマのことを歌った歌。浜省の曲にもたくさんクルマに関する歌がある。 「親父のクルマ盗んで、ハンバーガースタンドで待ち合わせて」なんて歌詞はほとんどビーチボーイズだったりする。 (2004年5月 改)

ビートルズ
1962年デビュー。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人組。 ジョンは1980年に射殺され、ジョージも最近亡くなった。
彼等の影響を受けていないミュージシャンはほとんどいないといっていい程の偉大なグループですが、 浜省にとっても渋谷陽一にとってもNo.1アイドルであった。
浜省が10才の時にラジオから流れてきた「Please Please Me」を聴いて以来の大ファンで、大人になってからもずっとファンであり続けて、 ビートルズ解散後に出た暴露本を読みあさっていたそうです。
「"Ticket to Ride"初めて買ったレコード」という歌詞が「Hello, Rock&Roll City」にあるし、 浜省の高校時代にはじめて組んだバンドではビートルズのコピーもしようとしたが、コードが難しくてできなかったと語っています。 さすがにプロになってからは、ライブでは時々ビートルズのカバーを演奏することもありました。 僕が生で聞いたのはツアー「ON THE ROAD 2001」での「MONEY(That's What I Want)」のみ。
2000年にビートルズは究極のベストアルバム「ビートルズ1」を発売し、世界中で大ヒットをとばしますが、 同時期に発売された浜田省吾のベストアルバムにチャート1位をゆずる(発売第1週目のみ)という意外な結果に終わりました。 浜省はきっとうれしくてたまらなかっただろう。(2004年5月 改)

福山雅治(ふくやままさはる)
愛称「マシャ」。90年デビュー。 「桜坂」等のヒット曲あり。ドラマ「明日があるから」等で俳優としても出演多数。
前川清のプロデュースをしたり、ドラマに出演したり、オリンピックに行って写真を撮ったり、マルチな才能を発揮している(どれも中途半端な気がするのはオレだけか?)
彼のラジオ番組「スズキトーキングFM」では浜省の「A NEW STYLE WAR」などをかけたり、「もうひとつの土曜日」の弾き語りを披露するなど明らかに浜省の大ファン。 なんかあのラジオを聞いていると、ときどき笑えることもあるんだけど(特にシモネタ)、あの異様なノリにこっちが恥ずかしくなってくる場合もある。 ラジオでかける選曲もミュージシャンにしてはイマイチ。 作る曲も、なんか素人に気が生えたようなメロディーが多い気がする。「福山、やるじゃん」と思った曲がパ○リだったり・・・。 ああ、別に福山のことが嫌いな訳ではないです、一応。ミュージシャンとしてはちょっと、と思うだけで。
そんな福山もミリオンヒットがアルバム2枚、シングル3枚もあるんだから、どうも納得いかないなあ。(2003年9月 記、2006年5月 改)

ブルース・スプリングスティーン
アメリカを代表するミュージシャン。最近は隠居してしまったみたい。愛称「BOSS」。
浜省が和製スプリングスティーンと呼ばれるなど影響大。アルバム「Father's Son」 のジャケットはBOSSのパロディだと公言しているし、85年頃の浜省のホーンセクションを取り入れたバックバンド「THE FUSE」のビッグバンド形式はBOSSのバンド「E ストリートバンド」の影響だと言われている。
ぼくはBOSSに関してはあんまり詳しくありません。聴いたアルバムは「Born In The U.S.A.」と「Born To Run」くらい。(2006年5月 改)

ボブ・ディラン
フォークの神様。代表曲「風に吹かれて」 「ミスター・タンブリンマン」「ライク・ア・ローリングストーン」等。数えきれない。
浜省にとって、ビートルズ、モハメド・アリに次ぐ3番目のアイドル。 「路地裏の少年」曲中には「覚えたての”風に吹かれて”」というフレーズが登場。 また、「ラストショー」曲中には「お気に入りの”Like a rolling stone”」というフレーズが。
フォークソングを歌っていたディランがエレキギターを持ち出し、フォークロックと言われるサウンドに移行したときには、旧来からのファンからは 大ブーイングがおこった。
浜省がフォークからPOP,ROCKへとその音楽性を変化させていく過程でもそういうファンがいたのかもしれない。
アルバム「生まれたところを遠く離れて」の裏ジャケは、 ディランの「フリー・ホイーリン」をモチーフにしている。(左写真参照)(2003年9月 記)

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ま行のひとたち
増田英彦(ますだひでひこ)
松竹芸能所属。 岡田圭右と93年に漫才コンビ「ますだおかだ」を結成。2002年M-1グランプリ獲得。
かなりの浜省ファンで、時々浜省といっしょに飯を食ったりもしているようである。
日本テレビ系「ダウンタウンDX」出演時には、浜省から「君たちの漫才って トラッドでラディカルだよね。」と言われたというエピソードを披露。 ますだおかだのHPによれば「コンテンポラリーなところもあるよね」と言われたそうだが、ネタかも。
番組中、浜省の話題でのトーク中には「J.BOY」のジャケット画像がちっちゃく映ってました。(浜省っていうと「J.BOY」ってのが短絡的だよな)
また、「ダウンタウンってどっちがボケなの」と聞かれたという話もしていたが、これもネタの可能性有り。
「明石家電視台」では浜省のモノマネしてましたが似てなかったなあ。(J.BOYを歌ってましたが客もひいてたような・・ぼくも思いっきり引きました) (2004年5月 改)

松田優作(まつだゆうさく)
俳優。代表作に「太陽にほえろ!」など。1989年、40才で死去。
浜省から曲を提供された曲「Wondering Road」(1981年)のクレジットは作詞、作曲/浜田省吾、補作詞/松田優作(2003年9月 記)

丸山圭子(まるやまけいこ)
1972年デビューのシンガー・ソング・ライター。「どうぞこのまま」などのヒット曲を持つ。
「SAND CASTLE」などを手掛けたアレンジャー 佐藤準の奥さんです。
浜省初期の名曲「片想い」をカバー(1984年)。 アレンジはもちろん佐藤準。当時は聞いた覚えが全くないので、あんまり売れなかったんだと思う。
このレコードは中古で30円で手に入れましたが、レンタルレコードのシ−ル付きがあまりにも悲しい(左写真)。
彼女が浜省の北海道でのコンサートに行くために乗った飛行機がハイジャックされ、ちょっぴり話題になりました。 同じ飛行機には浜省のバンドのメンバーも同乗しておりリハーサルができなかったそうです。DVD「ON THE ROAD 2001」ではその時のことを語る浜省が見れます。 (2004年5月 改)

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や行のひとたち
矢沢永吉(やざわえいきち)
日本を代表するロックンローラー(?)
1972年キャロルのボーカルとしてデビュー。キャロル解散後、ソロで活躍。とにかくグレートな男。
彼の著書「成りあがり」は必読の書。
ぼくはずいぶん昔にこの本を読んだが、内容はすっかり忘れてしまった。当時は多少感銘を受けたような気がする。
エルビス・プレスリー没後20年のライブではアジア代表として、ロッド・スチュワートやボン・ジョビらと共演。 相変わらずのビッグぶりを発揮。
浜省はデビュー2年目のころ、矢沢のフィルムコンサートの前座 をつとめた経験あり。(2003年9月 記)

山崎邦正(やまさきほうせい)
吉本興業所属。B級お笑い芸人。
ダウンタウンとからんだ時以外は全く笑えません。
浜省の物真似ができる芸人であるが、そういうことはたぶんあまり知られていない。
「もうひとつの土曜日」のピアノ弾き語りなどをものまね番組で披露。 ピアノは下手だったけど、それなりに似てました。
「ボキャブラ天国」が終わり、「ガキの使い」も放送されない福井県に住むようになってからはほとんど見かけることがなくなりました。
2004年のCX系「27時間テレビ」では、ノースリーブのGジャンに赤いバンダナ、サングラス姿で登場し(ガキの使いの浜省だらけの運動会でおなじみのスタイル)、「もうひとつの土曜日」を歌ってました。
あともちろん「浜省だらけの野球大会」にも出場してます。
(2006年5月 改)

山下達郎(やましたたつろう)
ファルセットボイスが日本一うまい(と思う)ミュージシャン。
大貫妙子、伊藤銀次らとシュガー・ベイブを結成し、1975年デビュー。愛奴でデビューした浜省とは同期。
浜省とは、やってる音楽は全然違うけれど今でも交流があるらしい。
幅広い音楽知識を持ち(はっきりいってオタク)、浜省も大好きだと言うビーチボーイズやラスカルズ、 ジェームス・ブラウンを語らせたら右に出るものはいない。(と思う)
ライブでは「二人の夏」を演奏。 シングルとしても「世界の果てまで」のカップリングでライブ音源を発売している。(左写真)シンプルな演奏でなかなか面白いカバーですが、ライブでのファルセットはちょっときついかな。
また98年福岡で開催された伝説ライブでは浜省、スターダスト・レビューとジョイントでロネッツ「BE MY BABY」とベン・E・キングの「Stand By Me」を演奏。「BE MY BABY」は自身がカバーしているだけあって浜省の歌が一番よかったと思うけど、アカペラの「Stand By Me」はやっぱ達郎のほうが渋かった。 (2006年5月 改)

山口百恵(やまぐちももえ)
元ホリプロ所属のアイドル。当時は大人気だった(らしい。ピンクレディは記憶が有るのだが、山口百恵の記憶ってあまりない)。現三浦友和夫人。
1977年〜79年にかけての3枚のアルバムに浜省の曲が計7曲おさめられている。(作曲のみ、作詞は別の人)
浜省が他人に提供した曲はいくつかありますが、なぜか山口百恵に提供した曲が一番多い。ホリプロの川瀬泰雄の影響が大きかったためだと思われますが、 百恵自身も浜省の書いてくる曲が結構気に入っていたそうで、横須賀恵という名で自ら作詞をしている曲もあります。
これらの曲についてはこちらに詳しく書いてます。 (2004年5月 改)

吉田栄作(よしだえいさく)
88年「ナイスガイコンテスト・イン・ジャパン」 グランプリ(そんなコンテストがあるの?)。 ナイスガイ!?なのかどうかは分からない。一時期は物凄い人気だったと記憶している。
主演したTVドラマ「もう誰も愛さない」は名作。かなーりアツイ、熱すぎる男。最近は「マネーの虎」などで活躍中。 浜省の大ファンであり友人。
海外に行く栄作のために浜省から「真夏の路上」を提供されるが、全く売れず。
浜省が一人旅で訪れたロスで、行動を共にしていた。彼等は一体どういう関係なんでしょうね。興味が有ると言えばあるし、ないと言えばないし。 (2004年5月 改)

吉田拓郎(よしだたくろう)
日本を代表するフォークシンガー。
かつて「フォーク界のプリンス」とも呼ばれていたらしい。 浅田美代子の元ダンナ。今は森下愛子のダンナ。
日本ではじめて全国ツアーというものを行ったということで意外と偉大なミュージシャンかもしれない。
有名な話だが、拓郎の74年のツアーでは浜省がバックでドラムを叩いていた。
拓郎のデビュー曲「イメージの詩」を浜省がカバー。 レコーディングには吉田拓郎もアコースティック・ギターで参加している。
カップスターのCMでベースをひきながら歌ってた姿が忘れられない。(結構、格好よかったね。あれは) (2004年5月 改)

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ら行のひとたち
リューベン辻野(りゅーべんつじの)
日本を代表する(していた?)ロック御三家のひとり、ギタリスト Charのバックでドラムを叩いてたが人気が出たため 78年ソロデビュー、その後「リューベン&カンパニー」を結成。
ホリプロつながりで浜省が何曲か提供。これらの楽曲についてはこちらに詳しく書いてます。
この人には濱田金吾も曲を提供しているからまたややこしい。
最近は原田真二や松田聖子のバックでドラムを叩いているらしい。
ドラムの教則本なんかも書いちゃったりしてます。 (2004年5月 改)

リンダ・ロンシュタット
70年デビュー。75,76年と連続してグラミー賞受賞。
「ウエスト・コーストの歌姫」と呼ばれ、70年代に絶大な人気を誇った。
一方では、派手な男関係で有名。 ミック・ジャガーからカリフォルニア州知事まで。
彼女の場合、カバー曲が多いがカントリー・ロック調のアレンジがはまっている。
浜省も音楽的には、すくなからず影響を受けているようである。
竹内まりやも初期のライブではリンダのカバーをしていたらしい。
ちなみに、リンダは「LOVE HAS NO PRIDE」(邦題「愛は惜しみなく」)という歌を歌ってました。 (2003年9月 記)

ロッド・スチュワート
1964年デビュー。ジェフ・ベック・グループ、フェイセズなどを経て現在までソロ活動中。 代表作「SAILING」など。
浜省のファーストアルバム「生まれたところを遠く離れて」収録の「街角の天使」は、 ロッドにインスパイアされてできた曲。っていうかほとんどパクリ。
浜省ってアメリカン・ロックの影響が大きいというイメージがありますが、ロッドはブリティッシュ・ロックですね。ビートルズももちろんブリティッシュだけど。 (2004年5月 改)

ロネッツ
女性3人組のヴォーカルグループ。61年デビュー。 フィル・スペクターによるプロデュースにより63〜65年には次々とヒットを飛ばす。
なんといってもロニーのボーカルがすごい。独特のヴィブラート、パワフルな歌声。そんな歌声に参ってしまった フィル・スペクターはその当時の奥さんと離婚し、ロニーと結婚してしまう。その後フィルのパラノイアのせいで二人は離婚。
浜省がカバーした「BE MY BABY」は全米2位のヒット曲。スペクター・サウンドの代名詞。
ちなみに、「BE MY BABY」と男にむかって言ってるのか女に向かって言ってるのか分からないけど、 原曲では「BABY」って言うのは男のことなんでしょう。だって邦題は「あたしのベイビー」なんだから。
ちなみに「BE MY BABY」は浜省の大好きなリンダ・ロンシュタットもカバーしている。
ほかにもいろんな人たちがこの曲をカバーしているが、有名なのはベイ・シティ・ローラーズあたりか。意外なところでは田中美奈子。
ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンもロネッツ(特にロニー)の大ファンで来日コンサートでは「BE MY BABY」を歌っている。 (2003年9月 記)

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わ行のひとたち
和田アキ子
通称「和田アキオ」。女性。酒乱の気あり。ホリプロ所属。
68年「星空の孤独」でデビュー。かつて「R&Bの女王」「ブルースの女王」と呼ばれたらしい。(ホンマかいな)
浜省がホリプロに所属していた頃、何曲か彼女に曲を提供。
左のレコードジャケット「愛して」は浜省の「愛を眠らせて」の歌詞ちがいの曲です。 詳しくはこちら
和田アキ子も出演していたドラマ「必殺!シリーズ」の「跳べ!必殺うら殺し」で主題歌として使われていたそうです。
日曜日の昼って他に見る番組がないから、「アッコにおまかせ!」を結構見てたりする。 (2004年5月 改)

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