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<新たなる夜明け>
シャケが富士山へ移住してから3年、現メンバーでの実質的デビュー・ライヴとなった04年9月の河口湖ステラシアターからは2年。ようやく、Mt.デリシャスの1stアルバム『夜明けのドラゴン』が発表された。
この3年間、留まるところを知らない創作意欲の高まりを受けて、作曲活動、セッション、各地でのライヴ、レコーディングを同時並行的に繰り返し、出来立ての新曲をCD-Rで発表しながらライヴを敢行するというこれまでにない取り組みもあった。正直に言うと、「新曲をどんどん小出しにするのは少々勿体ないのでは?」とも個人的には思ったが、そんな些細なことよりも、シャケの表現衝動がかつてないほど濁流の様に溢れ出していた数年間だったという事だろうし、その実り多かった時期を経て産み落とされたのが、本作『夜明けのドラゴン』である。
アルバム全体の印象だが、とにかくバンドの発するエネルギーの放射量に先ずは圧倒される。克己&サミーのリズム体は、かつてシャケが組んできたどのバンドよりもハード&ソリッドなグルーヴで音数も多く、初めて聴く者にも新鮮な驚きと感動があるハズだ。シャケのギターもこれまで以上に繊細さと激しさが拮抗している。その間をぬって浮遊するラブリーレイナの柔らかさや透明感は、3人が描き出すゴツゴツとした岩肌の大地からそっと飛び立つ一羽の鳥の様でもあり、時にはバンドの空気を大きく支配する巨大な女神の様でもある。「シーガルフライ」や「光の海」を再演するに至ったのは、彼女の声から新たなイマジネーションを得たからではないだろうか。このメンバーが巡りあった事は、富士山の大自然が手繰り寄せてくれた運命だったとしか思えない。
恐らくファンの多くは<ロック>の文脈で本作に接すると思う。それは間違いではないし、確かに楽器個々の音は紛れも無くロックの音である。あえて括ればプログレッシヴ・ロックか。しかし、その切り口だけでは全く受け止められないほど間口が広く底が深いのがMt.デリシャス最大の特徴である。テーマ主題を混沌と展開させて行く様はエレクトリック期マイルスの様であり、夏の陽炎を幻視させるトリップ感は所謂ヒーリング・ミュージックの様でもある。あるいはこれこそが真性サイケデリックと呼ぶべきものか。・・・決して難解ではないのに、聴き手の想像力しだいで如何様にも受け取れる<解釈の自由度が高い音楽>ということだろう。
収録されているのはライヴの現場で練り上げてきた全8曲。激しいエレクトリックと詩情豊かなアコースティック、突進するリズムと優しいメロディー、エフェクティヴなサウンドとナチュラルなトーン、インスト曲とボーカル曲、肉感的な力強いビートと呪術的な怪しいビート・・・あらゆる要素が溶け合いながら現在のMt.デリシャスの魅力が100%凝縮されている。また、一聴するとプログレ的に複雑な展開をしている長尺ナンバーも、よく聴けば、そこには明確なテーマや壮大なストーリーが描かれており、1曲の流れは極めてシンプルな構造をしている事に気付く。
前述した通り、B「シーガルフライ」は代表曲の再演。サイコデリシャス時代のテイク(*03年のアルバム『Butterfly』に収録)も柔らかい酩酊感のある素晴らしい名演だったが、ここでの演奏は、霧が晴れてもう少し視界が見えた様な印象。壮大な景色が目の前に大きく拡がってくる感じだ。
シャケの新境地を強く感じるのはD「HUNTER」。不気味でクールな反復ビートは、獲物を狙いすましながら徐々に熱気を帯びてゆく。ストラトキャスターの硬質なトーンは、まるで銃口の様に冷んやりとした質感。後半、激しくウネり始めるベースと畳み掛けるギターは獲物への連射攻撃か。逃げ場は無くなる。最後のラブリーレイナの声は追い詰められた獲物が発する断末魔の叫びにも聞こえるし、ハンターから逃げ切った獣の咆哮の様にも響く。本盤ベスト・トラックの1つだろう。
タイトル・ナンバーのF「夜明けのドラゴン」は、ライヴでも盛り上がりを見せる疾走感のあるナンバー。打ち鳴らされる克己のツイン・バスドラの連打に乗って、シャケが<ありがとう>を連呼する。「BIG LOVE」であらゆるものを全肯定したあの時から10年。現在のシャケの想いがシンプルなこの言葉に集約されている気がする。
かつてシャケの音楽には、<ここではない何処か>への飛翔願望が感じられた。
西へ、東へ・・・時には天国の扉へ、時には地獄の一歩手前まで・・・自分も含めたファンの多くは、そのシャケの向かう先に、R&Rの夢や、幻の理想郷を追い求めていたのかもしれない。
しかし、新作『夜明けのドラゴン』には何かを追い求めるシャケの姿はもう無い。自分の場所を見つけた者だけが放つ力強さが存在しているだけだ。
目を閉じて耳をすませば、両足で大地の上に立ち、空に両手を広げているシャケの姿が感じ取れるだろう。そして、これこそが、シャケが20年以上もの長い長い時間を掛けてようやく辿り着いた新たなスタート地点なのだ。
2006年8月 橋口 衛(シャケ評論家)
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