Mofongo's 100% PUERTO RICO - Borinquen te llama -

セニョリータ伊藤さんのプエルトリコ旅行記1999.2



1.サンファン〜ポンセの巻

プエルトリコ初日深夜、無事Qちゃんと合流し 朝まで空港の椅子で寝てから まずはオールドサンファンへ。 荷物を背負ったまま、無料バスに乗り町を散策。 特に感動したのが、「Calle luna、Calle sol」があったこと!! HTVで若手歌手がこの歌を今風にしたビデオを見ており、 この付近の風景が一致していたので、更に感激。 その後、ずっと「クイダード、クイダード」とブツブツ言ってました。 オールドサンファンの感想。 観光地ですね。マックの「コンボ オリンピコ」が美味しかった。 (おいおい、そりゃマックの感想だってば)

その足で、情報にあった 「フェリア2000」の開場バヤモンへ。 しかーし、町の人に聞いたところ 「ポンセーニャは昨日ポンセに行っちゃったぜい」と。 ううっ・・・背負った荷物が急に重たく感じたのでした。 バヤモンの感想。 南米っぽいですね。なかなか良いです。 早々にオールドサンファンに戻り アルマス広場前の宿に泊まりました。 ツインで1人$19、共同バーニョ、全く問題なしなのですが、 蚊が多い!500個所くらい刺されました。痒い、痒い。

翌日30日、CDを買いに町へ。 セラ通りへも行きました。 友人はペルーのラジオ番組を録音したカセットを持っていき、 店員に分からない曲目を調べさせていました。 セラ通りにある、食堂(+ビリヤード)に入りました。 この付近はドミニカ人が多いそうですね。 店の人やお客と仲良くなり、一緒に写真撮影。 夜はマリオット ホテルのロビーへ。 人がうじゃうじゃいましたが、しっかり踊ってきました。 皆お金持ちに見えました。

翌日、サントゥルセのホテル ボリバルへ移動、BARRIO OBRERO散策。 公園前の「〜viejo」という名のバーへ行き(昼間)、 お客達と仲良くなる。ビールはおごり。(MEDALLA飲みやすいですね) 天気が良くて風が気持ちよくて、サルサが聞こえて・・・ オジサンばかりでしたが、楽しかった〜。 そう言えば、「19時以降は出歩いちゃ駄目だよ。」と言っていました。 昼間でも所々危険な香りはしましたね。南米っぽい。 マックで子供の誕生会開いている人達もいれば、その近くでは、 明日の米も買えるか分からないような人達も沢山いて複雑・・・。

翌日は例の胸像&壁画探し。 「イスマエル リベラ道り」がくさいぜ!と探していると、 いやぁ〜想像以上に奇麗に描かれてありビックリ。 お次は人に聞きながら胸像探し。 「本当にあるのか、パルケ デ サルセーロ」 「バチャータとかテクノばっかり耳にするからなぁ。 サルサは過去のものになっちゃったのかなぁ、だとしたら悲しいなぁ」 「どーするぅ?マエロに鼻毛とか落書きされちゃってたら」 「鳥の糞とかついてたりして」 な〜んて話ながら、やっと辿り着きました。 一体ずつ写真撮影していると、乞食のオジサンが親指をピンと立てて 「ん、一体ずつ撮ってるのか。グッドだぜ」と微笑んで行きました。 よかった。奇麗にされていて。

2日、ポンセへ。相乗りタクシーで一時間半ほどでした。 途中の景色は奇麗でした。東北自動車道を走っている感じ。 MOFONGOさんのHPにあった「高速料金を払うカゴ」を見て笑っちゃいました。 本当に投げてた〜。 工事中のゲストハウスに宿をとり、町を散策。 ソノーラ ポンセーニャの曲がガンガン聞こえるのかと思っていたけど 静かでのんびりした町ですね。 夜はフェリア2000へ。有名どころは前日までで終了しており、 今日は無名の若者メレンゲグループ。う〜。 帰り、タクシーが沢山待っているだろうと考えていた私達が馬鹿だった。 行きはホリデイ インまでタクシーで行き、 ホテルから開場まで、道路沿いを歩いた為足は無し。 しょうがないので、警察にタクシーを呼んでもらいました。 あー寒かった。

ポンセへ向かう途中の小さな港町で通行人が持っていた大きなエビ。 「うわぁー見たぁ?あの伊勢エビ!披露宴で出る奴とは大違い!」 「いや、伊勢じゃないだろう・・・」 その伊勢エビだかリコ エビだかを食べたくて翌日グアニカへ。 (正式名称は「海の仲間達図鑑」等で調べて下さい) 今回の旅で始めて椅子を引いてもらえるようなレストランで「お食事」。 今迄は「飯」って感じだったもんなぁ。ま、その方が気楽でいいんだけど。 つかの間の贅沢を味わった後、バスでヤウコへ戻りました。

2.マヤグエスの巻

お腹一杯エビを食べ、ヤウコへ向かうバスで マヤグエス行きのバスについて聞くと「この時間はもうないよ」と。 そりゃないぜアミーゴ。ヤウコに泊まるのは嫌だなぁと話していると、 運転手の友達も加わり(気づいたらいた。ヒルベルト サンタ ロサに似ていた) バスを貸し切って向かう事に。

Qちゃんが「ここはUFOがよく来るとか?」「チュパカブラはいるのか?」 と質問をすると「ハハハ、いるわけないでしょ」で終わってしまった・・・。 ああ・・・チュパカブラ捕獲作戦失敗。

マヤグエスの町に入るとはしゃぎ出す2人、満腹のあまりバク睡の日本人2人。 パラドールにチェックインし町を散策。 夜は無料バスの運転手が教えてくれた祭りの会場へ。 ゲームや食べ物屋台、移動式遊園地、うーんフェリア2000みたいだ。 ステージ脇の車に若い女の子が集まっていました。 「ポンセのフェリアみたいに無名の歌手かなぁ」 「バスの運ちゃんも今日来るサルサ歌手知らないって 言ってたからね。期待するのやめようぜ」 「どんな奴か、この目で見てやる!」

Qちゃんがビールを買いに行っている間、 遠目に車内を眺めていると、濃い顔のツルピカ頭君が CDにサインをしていた。 「あれ?あのCD見た事あ・・・ああぁぁっ!!」(‘ =‘ ;)←目が点状態 マッ・・マイケル スチュアートォォ?! ラティーナをかき分け窓越しへ行き、 私「ここにサインお願いできます?」 M 「勿論、名前は?」 私 「***。あなたは日本でとっても有名ですよ」 M 「えー!日本から来たの?3月日本に行くんだよ!」 私「えー!本当?!あの〜写真撮ってもいいですか?」 M 「勿論さ(ニコッ)」 私「どうもありがとう」 M「チュッ」 私(@∵@)ポ〜 いざっていう時はスペイン語が出るもんだと自分でも感心。

Michael Stuart ステージに上がる前に今度は一緒に写真撮影。 「サインと写真は家宝だよぉ〜。ありがたい〜。ミ アモォ〜ル」 「いるんだよなぁ。本物に会うとファンになる奴。明日絶対CD買うだろ」

ライブはとっても楽しかったです。物まねも上手い。 ステージから私を紹介してくれたり、( ° °)←またまた目が点・・・ 歌の途中「ハポン〜」と言ってくれたりとサービス満点、惚れました。(単純) こんなステージが無料で見られるなんて・・・

第二部はメレンゲのグルーポ マキナ。よく動く若者達だー。 女の子達がウキャウキャ騒いでいました。

翌日、昼間は町をフラつき、夕方宿の前にある 八畳くらいのバーへ。 何故かというと大好きなサルサ クラシカをガンガンにかけていたから。 CDではなく、レコードが沢山置いてありました。 おじさん達と楽器を叩いたり踊ったりしていると、 通りすがりの人や車に乗っている人達が驚いた顔をして見ていました。 飛び入り参加の人もいて、すっご〜く楽しかったです。 「現地の人と踊る」目的達成!!

「俺は保険屋で一応ちゃんとした仕事なんだ。 (言われてみれば背広姿はこの方だけ) 周りの皆はどうしてあんな店に行くんだ?って言うんだけど、 そんなの関係ないんだよ。」 うん、うん、おじさんの言いたい事分かるよ。 英語とスペイン語混ざってるけど・・・。

この日のフェリアは、ヒバロを歌うアンドレ・"エル・ヒバロ"・ヒメネス というおじさま。 初めて聞きましたが、良いなと思う曲が2〜3曲ありました。 曲目が分からないのが残念。 第二部はグルーポ カリス。またまたよく動く若者メレンゲグループ。

翌日、バスでサンファンへ。 再びホテル ボリバルにチェックイン。

マヤグエスの感想。 広くも狭くもなく、適度に活気付いていて気に入りました。 役所の窓から広場をボケ〜ッと眺めていた時 「ああ、ここにもう一度来たいなぁ」と思いました。

3.再びサンファンへの巻

サンファンへ戻り、ホテルボリバルで仮眠を取った後、 コンダードプラザホテルでのエディーパルミエリのショーへ。 スニーカーしか持っていなかったQちゃん、 迷った挙げ句、ジーンズ&スニーカーで行く事に。 「駄目だったら私1人で行くからいいよ」 「ああ。別にピアノ ソロとか好きじゃないから。 駄目なら他のところ行ってるよ」 会場はお金持ちそうな人がいっぱい。 Qちゃん、無事検問(?)通過。 皆、飲みながら会話を楽しんで待っている。 「ねぇ、Mofongoさん居るかな?」 「よし!Mofongoさんを探せ!」 待てど暮らせどエディーおじさんは出てこない。 お腹を空かせたQちゃんはご飯を食べに行ってしまう。 「何だよぉ、一人ぼっちじゃないかー。でも、こういう豪華な雰囲気は 滅多に味わえないから、いいや、きどってビール飲んでよっと。」

結局会場入りして4時間後、開演。演奏は一時間弱といったところか。 「あれれ?これだけ?」 「許せない!!」Qちゃんプンプン。 「そぉ〜お?私はピアノソロとかラテンジャズも良いと思うから・・・」 「@#¥&%$!!!」友人爆発寸前。 このままでは帰れないと、タクシーでEl Coabey(だと思った)へ。 しかし、向かう途中タクシーの運転手に 「あんたら、本当に行くのか?俺は知らないよ。 危ないんだから、この辺。タクシーなんて捕まらないよ」 店に到着。雰囲気はよくあるディスコテカといった感じ。 「ねえ、私帰るよ。楽しくっても危険なのは嫌だね」 結局、安全そうなDaiquiriという店へ。 しかし踊っている人は無し。おとなしくホテルへ戻る。 「いろんなサルサがあってもいいと思うんだけどなぁ。・・・」何だか気が滅入ってしまった。

翌日、夕方まで別行動。 Qちゃんは音楽探求の旅、私はイスラ ベルデへ。 5番バスで一緒だったおばあちゃんと仲良くなり、途中まで一緒に散歩。 「待てよ。カリブ海来てビーチに行ってないよ。」 まぁ、なんて奇麗なんでしょう。ビーチでしばらくボケ〜ッとする。 「ああ、リゾート地は彼氏と来るべきだわ・・・」 お互いの1日の行動を報告後、 夜はSanJuan Chateauへ。ここでもQちゃん検問突破。 「ねぇ、Mofongoさん居るかな?」 「よし!Mofongoさんを探せ!」 またまたMofongoさん探し。

時間があったので近所のコンビニ探索。ご当地商品を見て楽しむ。 店に戻る途中、オッサン達がたむろしていた。 「もぉ〜っ邪魔なオッサンだなぁ〜」 バンド演奏が始まるまで、かかっている曲で皆踊っている。 上手い人がいっぱい。皆プロの人かい? ドレスアップして皆きれいでした。 年をとっても、ドレスアップして夫婦で踊りに行くなんていいなぁ。 おばさんになっても、おばあちゃんになっても踊っていたいです。私の夢。

さてさて、ドンペリニョン&オルケスタ ムレンセ登場。 恥ずかしながら、私はこの方達の名前を知りませんでした。 「あ、私この曲のカセット持ってる!な〜んだ、そっくりさんじゃなぁ〜い? やけにサルサ声してるしぃ〜。」 「え?俺知らないコレ。でも、本当サルサ声してるよなー」 「顔が良く見えないよぉ〜。ちょっと見てくる」 「・・・・!!」 「あ、さっ、さっき外に居た邪魔なオッサンだ!」 何と、店の前で邪魔だと思っていたオッサンは ドンペリニョン本人だったのでした。 「声がそっくりなんじゃなくて、本人だったのか・・・」 反省・・・(* *;

頭髪も髭も白髪の、またもやサルサ声の歌手登場。 彼が登場してから、踊っていた人達もステージに寄り、 彼の歌声を聞いている。 「うわぁー、見て見て。顔にカビがはえてるみたーい。でも曲いいねぇ」 彼が有名な歌手、Cano Estremeraだと知ったのは後になってから。 またまた反省・・・(* *;; ステージが終わり、 ドンペリニョンと一緒に写真撮影。プエルトリコ最後の夜。とても楽しく過ごせました。

2月6日(土)、 翌日、カラカス行きのチケットを手に空港へ。 Qちゃんはペネズエラ滞在後コロンビアへ。 私はベネズエラ滞在後ペルーへ行く事になりました。

約2週間のプエルト リコ、やり残した事がまだまだあるような・・・。 また行きたいです。今度は何処をまわろうかな。 色々情報を下さった方々、Qちゃん、そして旅先で出会った方々、 この場をお借りして、本当にありがとうございます!!

4.プエルトリコで思った事いろいろの巻

その1:プエルトリコはアジア系の人種は少ないのでしょうか。 こんな出来事がありました。 オールドサンファンの公 衆電話から日本に電話していると、 小学校のスクールバスがやってきました。 子供たちのウキャウキャした声を聞きな がら話していると 妙に熱い視線を感じたのです。 いつの間にやら電話をしている私の周りには、小学生の集団が・・ ・。 しかも珍しい生き物でも見るような顔で。 「なっ、何ですかぁ?」とニコッとすると引き攣った顔をしていまし た。 そんなに珍しかったのでしょうか、私。 他の国に比べると、中華料理店も少ない様に感じました。

栄養補給の為、セラ通り付近にある中華料理店に入ったので すが、 店内は汚いし、店主は営業意欲無しなので出てしまいました。 あ、ホテルのロビーに踊りに行った時、 日本人女性らしき人が現地の方と来ていました。 あちらも「あ、日本人だ」っ て顔をして見ていたので間違いないでしょう。 ダンス留学でしょうか。私もやってみるかな。 アジア系観光客も見かけませんでした。 ポンセのバーでアジア系男性2人を発見したので、 「何人か確かめよう」と言 う事になり 友人がわざとらしく水を買いに行き、 彼等の周りをフラフラしたのですが気にも留められず。 「日本人 だったらさー絶対声かけるよな。あっ、日本人ですか?なんて。 きっと中国人だな」と、勝手に決め付けていました。 街を歩いていてアジア系の人種を見つけるたび、 「アジア系発見、アジア系発見」とお互い報告していました。

その2:やはり若者達はサルサ離れしているのでしょうか。 日本に居るラティーノの若者達(十代から二十代前半位) もそうですが、 ラップやロック、テクノがお得意で、 サルサになると踊っている人達の年齢層が変わりますね。 (選 曲にもよりますが) サルサではないですが、私達がやっているムシカ クリオージャを 聞いたり踊ったりするのも若者 達の姿はほとんど無しです。 友人は「プエルトリコ自体サルサが無くなっている」とか何とか 嘆いていましたが、私はそんな事はないと思うので すが・・・。

その3:あやしい人形屋敷の謎。 Calle Luna、Calle Sol付近だったと思います。 海に面している道だったかなぁ。 窓 や戸に人形を沢山吊るしている家があったんですけど、 何ですかね、ありゃ。 ちょっと恐かったです。 ぬいぐるみは ダニがいるので日干ししていたのでしょうか。 「夜行ってみよう!」と話していたのですが、断念。

その4:とにかく美男美女が多い! もぉホレまくりましたね。通りすがりの兄ちゃん、店員のおじさま等など。 女性も 美人だしスタイル良くて、羨ましかったです。 「こりゃブービー賞でしょう」って方はほとんど見かけなかった。 で も、南米より半端じゃない「おデブさん」が多かったようです。 何ですかねー。あのー「キューピーマヨネーズ」を逆 さにしたような感じですか ねぇ。 (「あなたの喩はハズレすぎ」と言われます) お尻がボボーンとあって、足首は細 いというおばさま達。 やはり食生活でしょうか。

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