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1.サンファン〜ポンセの巻 その足で、情報にあった 「フェリア2000」の開場バヤモンへ。 しかーし、町の人に聞いたところ 「ポンセーニャは昨日ポンセに行っちゃったぜい」と。 ううっ・・・背負った荷物が急に重たく感じたのでした。 バヤモンの感想。 南米っぽいですね。なかなか良いです。 早々にオールドサンファンに戻り アルマス広場前の宿に泊まりました。 ツインで1人$19、共同バーニョ、全く問題なしなのですが、 蚊が多い!500個所くらい刺されました。痒い、痒い。 翌日30日、CDを買いに町へ。 セラ通りへも行きました。 友人はペルーのラジオ番組を録音したカセットを持っていき、 店員に分からない曲目を調べさせていました。 セラ通りにある、食堂(+ビリヤード)に入りました。 この付近はドミニカ人が多いそうですね。 店の人やお客と仲良くなり、一緒に写真撮影。 夜はマリオット ホテルのロビーへ。 人がうじゃうじゃいましたが、しっかり踊ってきました。 皆お金持ちに見えました。 翌日、サントゥルセのホテル ボリバルへ移動、BARRIO OBRERO散策。 公園前の「〜viejo」という名のバーへ行き(昼間)、 お客達と仲良くなる。ビールはおごり。(MEDALLA飲みやすいですね) 天気が良くて風が気持ちよくて、サルサが聞こえて・・・ オジサンばかりでしたが、楽しかった〜。 そう言えば、「19時以降は出歩いちゃ駄目だよ。」と言っていました。 昼間でも所々危険な香りはしましたね。南米っぽい。 マックで子供の誕生会開いている人達もいれば、その近くでは、 明日の米も買えるか分からないような人達も沢山いて複雑・・・。 2日、ポンセへ。相乗りタクシーで一時間半ほどでした。 途中の景色は奇麗でした。東北自動車道を走っている感じ。 MOFONGOさんのHPにあった「高速料金を払うカゴ」を見て笑っちゃいました。 本当に投げてた〜。 工事中のゲストハウスに宿をとり、町を散策。 ソノーラ ポンセーニャの曲がガンガン聞こえるのかと思っていたけど 静かでのんびりした町ですね。 夜はフェリア2000へ。有名どころは前日までで終了しており、 今日は無名の若者メレンゲグループ。う〜。 帰り、タクシーが沢山待っているだろうと考えていた私達が馬鹿だった。 行きはホリデイ インまでタクシーで行き、 ホテルから開場まで、道路沿いを歩いた為足は無し。 しょうがないので、警察にタクシーを呼んでもらいました。 あー寒かった。 ポンセへ向かう途中の小さな港町で通行人が持っていた大きなエビ。 「うわぁー見たぁ?あの伊勢エビ!披露宴で出る奴とは大違い!」
「いや、伊勢じゃないだろう・・・」 その伊勢エビだかリコ エビだかを食べたくて翌日グアニカへ。 (正式名称は「海の仲間達図鑑」等で調べて下さい) 今回の旅で始めて椅子を引いてもらえるようなレストランで「お食事」。
今迄は「飯」って感じだったもんなぁ。ま、その方が気楽でいいんだけど。 つかの間の贅沢を味わった後、バスでヤウコへ戻りました。 3.再びサンファンへの巻 サンファンへ戻り、ホテルボリバルで仮眠を取った後、 コンダードプラザホテルでのエディーパルミエリのショーへ。 スニーカーしか持っていなかったQちゃん、 迷った挙げ句、ジーンズ&スニーカーで行く事に。 「駄目だったら私1人で行くからいいよ」 「ああ。別にピアノ ソロとか好きじゃないから。 駄目なら他のところ行ってるよ」 会場はお金持ちそうな人がいっぱい。 Qちゃん、無事検問(?)通過。 皆、飲みながら会話を楽しんで待っている。 「ねぇ、Mofongoさん居るかな?」 「よし!Mofongoさんを探せ!」 待てど暮らせどエディーおじさんは出てこない。 お腹を空かせたQちゃんはご飯を食べに行ってしまう。 「何だよぉ、一人ぼっちじゃないかー。でも、こういう豪華な雰囲気は 滅多に味わえないから、いいや、きどってビール飲んでよっと。」 翌日、夕方まで別行動。 Qちゃんは音楽探求の旅、私はイスラ ベルデへ。 5番バスで一緒だったおばあちゃんと仲良くなり、途中まで一緒に散歩。 「待てよ。カリブ海来てビーチに行ってないよ。」 まぁ、なんて奇麗なんでしょう。ビーチでしばらくボケ〜ッとする。 「ああ、リゾート地は彼氏と来るべきだわ・・・」 お互いの1日の行動を報告後、 夜はSanJuan Chateauへ。ここでもQちゃん検問突破。 「ねぇ、Mofongoさん居るかな?」 「よし!Mofongoさんを探せ!」 またまたMofongoさん探し。 時間があったので近所のコンビニ探索。ご当地商品を見て楽しむ。 店に戻る途中、オッサン達がたむろしていた。 「もぉ〜っ邪魔なオッサンだなぁ〜」 バンド演奏が始まるまで、かかっている曲で皆踊っている。 上手い人がいっぱい。皆プロの人かい? ドレスアップして皆きれいでした。 年をとっても、ドレスアップして夫婦で踊りに行くなんていいなぁ。 おばさんになっても、おばあちゃんになっても踊っていたいです。私の夢。 さてさて、ドンペリニョン&オルケスタ ムレンセ登場。 恥ずかしながら、私はこの方達の名前を知りませんでした。 「あ、私この曲のカセット持ってる!な〜んだ、そっくりさんじゃなぁ〜い? やけにサルサ声してるしぃ〜。」 「え?俺知らないコレ。でも、本当サルサ声してるよなー」 「顔が良く見えないよぉ〜。ちょっと見てくる」 「・・・・!!」 「あ、さっ、さっき外に居た邪魔なオッサンだ!」 何と、店の前で邪魔だと思っていたオッサンは ドンペリニョン本人だったのでした。 「声がそっくりなんじゃなくて、本人だったのか・・・」 反省・・・(* *; 2月6日(土)、 翌日、カラカス行きのチケットを手に空港へ。 Qちゃんはペネズエラ滞在後コロンビアへ。
私はベネズエラ滞在後ペルーへ行く事になりました。 4.プエルトリコで思った事いろいろの巻 その1:プエルトリコはアジア系の人種は少ないのでしょうか。 こんな出来事がありました。 オールドサンファンの公 衆電話から日本に電話していると、 小学校のスクールバスがやってきました。 子供たちのウキャウキャした声を聞きな がら話していると 妙に熱い視線を感じたのです。 いつの間にやら電話をしている私の周りには、小学生の集団が・・ ・。 しかも珍しい生き物でも見るような顔で。 「なっ、何ですかぁ?」とニコッとすると引き攣った顔をしていまし た。 そんなに珍しかったのでしょうか、私。 他の国に比べると、中華料理店も少ない様に感じました。 栄養補給の為、セラ通り付近にある中華料理店に入ったので すが、 店内は汚いし、店主は営業意欲無しなので出てしまいました。 あ、ホテルのロビーに踊りに行った時、 日本人女性らしき人が現地の方と来ていました。 あちらも「あ、日本人だ」っ て顔をして見ていたので間違いないでしょう。 ダンス留学でしょうか。私もやってみるかな。 アジア系観光客も見かけませんでした。 ポンセのバーでアジア系男性2人を発見したので、 「何人か確かめよう」と言 う事になり 友人がわざとらしく水を買いに行き、 彼等の周りをフラフラしたのですが気にも留められず。 「日本人 だったらさー絶対声かけるよな。あっ、日本人ですか?なんて。 きっと中国人だな」と、勝手に決め付けていました。 街を歩いていてアジア系の人種を見つけるたび、 「アジア系発見、アジア系発見」とお互い報告していました。 その2:やはり若者達はサルサ離れしているのでしょうか。 日本に居るラティーノの若者達(十代から二十代前半位) もそうですが、 ラップやロック、テクノがお得意で、 サルサになると踊っている人達の年齢層が変わりますね。 (選 曲にもよりますが) サルサではないですが、私達がやっているムシカ クリオージャを 聞いたり踊ったりするのも若者 達の姿はほとんど無しです。 友人は「プエルトリコ自体サルサが無くなっている」とか何とか 嘆いていましたが、私はそんな事はないと思うので すが・・・。 All documents, images and photographs included in this site are owned by Mofongo. Unauthorized use is strictly prohibited, unless permitted by local law. Copyright(C) 1999 MOFONGO'S 100% PUERTO RICO & 2000 Miss Ito
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