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キューバで思った事 99末
その1:
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キューバは急速に変わりつつあるのを感じました。 アメリカが鎖国してようと、スペイン、カナダ、メキシコ、フランス、ポルトガル
などの企業の攻勢はますます激しくなっていますし、何と言ってもキューバ自身が 経済政策の舵を大きく切り始めている。製造業を呼び込むには相当無理のある
法制度とインフラは、とりあえず前外相の進めた観光へと傾くのは当然。 市街の修復や観光ポイントの整備、ドル・ショップの充実(VEDADOの
"PLAZA DE PACEO"はなかなかですね)、空港のファシリティーなどの 観光インフラの整備とそして合弁ホテル(例えはメリア・コイーバ)
などの他のカリビアン・リゾートとの競合を意識した価格設定(他より安いが しっかり外貨を稼げるMAXの設定)など、施策はクリアです。 |
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PLAZA DE PACEO
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MELIA COHIBA |
でも、外相更迭の原因となった身内の荒稼ぎは、彼のファミリーだけの問題では 当然ないでしょう。当然そこら中で多かれ少なかれ起こってしかるべしでしょう。
生活を良くしたいというのは当然ですから。
タクシーの運転手が一生懸命街の事を説明してくれる、レストランでピアノを弾いてくれたプレーヤーが よい演奏をしてくれると思わずチップを渡しますが、これはキューバの将来の
混乱に加担することなのかなあ、とちょっと考えてしまう。(でも、自分の受けた 満足に対する対価として、妥当だと思った金額をしっかりと払ってしまいますけどね)
以前の駐在地アフリカでも感じましたが、田舎の村落に小型トラックを売る--> その家族は小さな商売を始め、だんだん裕福になる。そのお客さんから「病人が出てもその村の
住人が町の医者に 見せにいけるようになってよかった」と言われたり、町で安くて便利なものが 気軽に買えるようになったも言われる。でも、その内その村落の
昔のCLOSEDに近い社会や経済圏は、変容せざるを得なくなり、良いこと、悪いこと 両面が出て来る・・・。
まあ、こんなミクロな例を出すまでもなく経済の構成の変化と社会の変容は何処でも 避けがたい訳ですが、速度が早いとしんどいのは確か。プエルトリコだって、きっと日本だって
同じなのでしょう。キューバ、負けるなよ、と思うのみです。
その2: チェは悪い奴
今回小学生の娘もつれて行ったんですな。クラーベにうるさい娘でして、
それなら本場で情操教育を、とい事で。 革命広場のみならずそこらへん中にチェの肖像があるのを見て 「あれはだれであるか?」と聞くわけです。しかし旧親米国政権の腐敗、
から革命への事情を小学生に語るのはなかなか骨が折れる。 「・・つまり、今のキューバを作った大事な人と言うわけ?」 というので、まあそういうことだ、と説明は終わりました。
で、旅行からプエルトリコに帰って学校に行くわけです。クラスの友人に クーバへ行って来たのよ、旧市街のボデギータでは使っていたクラーベは プエルトリコの一般的なものとは違い、竹輪風のものだったけど、クラーベの
基本はプエルトリコと同じで、ルンバ・クラーベの使用された頻度は当地より 高かった・・などと 友人と話す訳ですな。(な、訳ないが)
で、チェの話になったらしく、それはだれだというクラスメートに 「・・つまり、今のキューバを作った大事な人」と説明をした所、 級友のロベルト君が一言
「ちがう。チェはとっても悪いやつなんだぞ」
私は家に帰った娘からその話を聞いて、ご両親のことを思い出しました。 キューバ系なのです。一度お母さんから聞いたのは、ロベルト君の おじいさんとおばあさんはハバナで商売をやっていたそうです。
朝から晩まで働き、ようやくミラマールに家を持つことも出来、 頑張っていたそうです。またもう一方のご両親は小作農から一生懸命 働き、ようやく小作人を何人も使うようになった農家だったそうです。
そこへ革命。 経緯はわかりませんが、会社や農地は 革命側に没収され、家も捨てざるを得なくなりプエルトリコヘ 来たそうです。ですから、ロベルト君の家ではチェはとんでもない
「理不尽なやつの代表」として語られていたのでしょう。
ベダードの南側の一地域にはなんとも素晴らしいお屋敷が並んで いました。革命直前のハバナの経済はブーストしていたでしょうね。 もちろん何時の世の中も、何処の国でも同じように当時のキューバにも
権力・資本側でとんでもない事をやっていた一群の人々がいたでしょう。 そして革命が搾取、抑圧されていた人々を救ったのでしょう。 一方、もし、真面目にやっていて、革命の時代に翻弄されて国を離れる
事を余儀なくされた人たちもいたのでしょう。
覇権大国アメリカと周辺国という図式。植民地主義や米ソのイデオロギー に翻弄されるその他の国、という図式で漠然とキューバを見る事が多かった 私は亡命キューバ人の人達の中にある気持ちには無頓着だったんだ
なあと、つくづく思いました。
カジェ・オチョのアンディー・モンタニェス排斥事件、バンバンの マイアミ初公演に対する大規模反対行動、グロリア・エステファンや ウイリー・チレーノを上げるでもなくアメリカン・キューバンの
アーティストの表現から、そういう気持ちがあるのは知ってましたが アメリカン・キューバンの政治的デモンストレーションのイメージの方が印象強く残っていた。
だから身近な人の反応は非常にショックでした。
過日オーランド(つまりディズニー・ワールド)に行った時 グロリア&エミリオ夫妻が出資しているディズニー内のキューバン・ レストラン「ボンゴス」に行ってみました。壁に描かれている絵は
全て革命前のキューバで(そりゃチェの絵を描く訳もありませんが) 飯もまずまず(コングリはいまいちでしたが)、バンドも大変よろしい。
ただ以前だったらよく分からなかっただろう、このエンターテイメントの 殿堂ディズニーにあるこのレストランの裏側の反カストロの立場を取る人の 背景がなんだか感じられ、不思議な気持ちでした。
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