ちょっとサルサな観光案内(工事中)
サン・ファン旧市街
スペイン植民地時代に思いをはせ、その文化が今も生活、 文化音楽に生きている事を実感する事の出来る場所の一つ。エル・モロ要塞、スペイン時代からの
青い石畳、様々なデザインのドアとバルコニー・・・。当地の人が「サンファン」と言う時、今の 「大サンファン圏:ホテル地区のコンダード、イスラ・ベルデや旧商業地のサントゥルセなどを含む」を
意味せず、この旧市街を指す事も多い。ニューヨリカンの友人によれば、昼間の飛行機での里帰りの 時、窓から見える旧市街に「ああ、帰ってきたなあ」と思うのだそうである。
エル・モロ要塞 (El Morro/Fort
San Felipe del Morro)
プエルトリコの観光のシンボル。 タクシーのドア、車のナンバープレートなどに砦の見張り台がデザインされている。 (このデザインはプエルトリコに限らず、ドミニカ、キューバ、コロンビア海岸地区他
旧スペイン領の砦では一般的な形ですが)ここでアルバムのジャケットを撮影したサルサのオルケスタも 多い。プエルトリカン・パワーはけっこう好きですね。
1539年建築がスタートし1793年にほぼ現在の姿に完成するまで、イギリス、フランス、ポルトガルや 海賊に何度も攻撃され、そして最終的に打ち破った、スパニッシュ・プエルトリコ、
またはクリオージャ・プエルトリコのプライドの象徴でもある。要塞の中に小さな博物館があり 簡単な説明がある。エアコンが効いている唯一の所でもあり、ちょっと立ち寄るといい。
一方、この要塞や旧市街の建設には、アフリカからの黒人奴隷も多く従事させられ、また工事後は プランテーション労働などに使役された。その黒人達が逃げ込んでコミュニティーを形成した
一つの場所が、島の北東部にあるロイサ(LOIZA)である。そして、そこには他の黒人コミュニティー同様、 ボンバという音楽が受け継がれる。それは、
サルサが誕生する一つの要素になるのである。
キューバ・ハバナにも「エル・モロ」の名の要塞がある。「キューバとプエルトリコは鳥の両翼という」 表現があるが、植民地時代、独立運動の連帯、旗のデザイン、そして音楽と共通のものをもちながら、
違った道を歩んだ二つの島の事を考えるのもおもしろい。
要塞の高い所から東の方を見てみよう。手前に墓地が見える。ここにはプエルトリコの代表的作曲家の ラファエル・エルナンデスが眠っている。マーク・アンソニーが98年年末の当地バンコ・ポプラールの企画盤
で歌った「プレシオサ(Preciosa)」は、この人の代表的な、プエルトリコ人なら誰でも知っている 曲だ。ここには、他にもダニエル・サントスなどが眠っている。
その墓地の先に海岸にへばりつくようにある住宅地がある。"ラ・ペルラ(La Perla)-真珠"と 呼ばれる、決して裕福でない庶民が住むこの地区は、整った旧市街でないプエルトリコを
教えてくれる。路上のデスカルガ「ルンボン(Rumbon) 」がまだ生きている場所の一つだ。(観光地ではないので注意)
サンホセ広場
ここには初代総督のポンセ・ デ・レオンの像が立つ。彼の名前からプエルトリコ第二の南部の都市ポンセの名前が
取られ、その地出身のソノーラ・ポンセーニャの名前に歴史は入り込む。
パブロ・カサルス博物館
クラシックの愛好者でなくても世界的な チェロ奏者であったパブロ・カサルスの名前は聞いたことがあるのでは。お茶の水にも カサルス・ホールなんてのがありますね。スペイン出身のカサルスは晩年を当地で過ごし、
当地の交響楽団の指導に貢献した。今でも毎年カサルス・フェスティバルという 世界各地から演奏家の集まる大イベントがある。このオルケスタでサルサの管楽器の何人かは
鍛えられている。また最近のヒルベルト・サンタ・ロサの「エン・ビボ・デスデ・カーネギーホール」 「サルサ・シンフォニカ」と言った交響楽団との共演への注力は、このような当地のクラシックの伝統と
無縁ではない。
プエルトリコのクラシックへ
アフリカン・ルーツ博物館
99.5月に完成したばかりの当地ににおける アフリカ系文化に集中した博物館。ボンバや
プレーナ、 ルンバというサルサの
誕生になくてはならない黒人系クリオージャ、アフロ・アンティジャーナの音楽が 生まれた背景を見ることができる。当地のサルサの作品にしばしば登場する
作曲家のラファエル・エルナンデス、ペドロ・フローレスそしてコルティーホや イスマエル・リベラと言った音楽家が愛されているのは、この黒人系文化の
"タンボール"の音が当地の大きな要素なのだ。
そぞろ歩き
クリスト通りへ
サンホセ広場からクリスト通り(Calle Cristo)を 下がる風景は旧市街の美しさを見せてくれる。一つ目に交差する通りがCalle Sol、二本目が
Calle Luna。そう、エクトル・ラボーの名曲 "カジェ・ルナ、カジェ・ソル"だ。Calle Solを クリスト通りから離れて住宅地域へ入って行くと、サルサが聞こえてきたりすることも。
この通りにはサンファン大聖堂やブランドのアウトレットなんか もあり観光客が多い。クリスト通りのサンファン大聖堂の前の広場を左手に下りて行くと
サンファン門 ( La Puerto de San Juan)に出る。ここはこの要塞都市の昔の入り口の一つ。 そのまま行くとパセオ・デ・プリンセサ(Paseo
de Princesa)に出る。このコースは夕方の デートコースの一つ。パセオに出る手前にある銅像の植え込みには注意。 コルティーホとボンチェが隠れている可能性がある。(な、訳ない)。同じく、パセオの手前のベンチに
足をかけて、湾を眺めるのも一興。あなたは、ラファエル・デ・ヘスースのプエルトリコへの 愛情を感じるでしょうか?
クリスト通りをサンファン門に向けて曲がらずまっすぐ行くと、小礼拝堂 カピージャ・デ・クリスト(Capilia del Cristo)に 突き当たる。
なんてことない建物だが、サルサ・ロマンティカのエディー・サンティアゴのアルバム "SIGO ATREVIDO"になぜ鳩が沢山いるのか分かるだろう。ジョニー・リベラの
"CUANDO PARARA LLUVIA"で傘を手に空を見上げるジョニーもここ。なんか奥まっていて、妙に カジュアルだがいごこちの良い、カップル向きのロマンチックな場所。
ここも地元のデートコースの一つなのである。
サン・セバスチャン通りへ
サン・セバスチャン通り(calle San Sebastian)は 昼間は落ち着いた通り。土産物屋もほとんどなく、旧市街の静けさが楽しめる。サンホセ広場
から通りを東に行くと、左手に独立の志士ペドロ・アルビス・カンポスの絵とドミニカの 旗が壁に書いてある。マイケル・スチュアートのデビュー作のジャケットだ。
(99.12書き直された)サンホセ広場よりにはレストランやバー、パブが いくつかある。この内"Rumba"という店では週末、まさに今のルンバが聴ける。今の所
木曜夜はプレーナ・グループ"PLENERIUM"のベースであり、ラロ・ロドリゲス在籍時代の エディー・パルミエリのベースを務め、 一時MPの録音にほとんど登場していたPolito
Huertas 率いるグループ、金曜夜はカチェーテ・マルドナドのグループ"MAJADORES"
、土曜はPUPY SANTIAGOのキューバ風味あふれるルンバ。夜11頃から。
この通りは毎年1月にカーニバルのお祭が行なわれる。もちろんプレーナやルンバの演奏もあり 「タンボール」(アフリカを起源とする太鼓とそのビート)がプエルトリコに無くては
ならないのを感じるだろう。そしてタンボールがスペイン風の街並に響く時、サルサの そしてラテン音楽のご先祖から生まれた色々な音楽を思ったりする。
その他のサン・ファン
1.パルケ・サルセーロ サルセーロ公園と名付けられた小さな公園が2つの観光ホテル地区の
イスラ・ベルデISLA VERDEとコンダードCONDADOの間の幹線26号(Av.Baldrioty de Castro) 沿いにある。なんの変哲もない地域の小公園。もちろん観光地ではない。ただ、ここにはサルサ
3師匠の銅像がある。ラファエル・コルティーホ、イスマエル・リベラ、ペジン・ロドリゲス。 たったそれだけ。サルサも流れていません。だた、この3つの銅像が見つめている道路を
挟んだ「ジョレンス・トレス団地」はコルティーホとボンチェのアルバムにあるような 昔からの超庶民の棲みかであり、この団地の名前も当地の黒人詩人から取られている事を
申しそえます。サルサが超庶民に熟成され、コルティーホが団地の陰から顔を出しているのを 妄想するもよし。ただしこの団地はなかなか「ホット」な所ですので、夜はあまりうろうろしたり
しないように。
2.この団地の西方しばらく行くと旧カルマ通りCalle Calma、今はイスマエル・リベラ通り (Calle Ismael Rivera)がある。その名の通りイスマエル・"マエロ"・リベラが住んでいた
通りである。全くの穏やかな下町。ここにはマエロの絵を壁に書いたところがある。 '95年のBrutas誌のプエルトリコ特集で日本にも広く(?)知られるようになった。
日本の グループ "Mambossa"のCDで知っている人も多いかもしれない。その向い側にはマエロの レリーフもある。ちょっと裏手のバーでビールでも買って来て、ここのベンチで一休み
すれば暇なおっさんや兄ちゃんがサルサの話に付き合ってくれる。なんかほっとする所。 しかし、深夜はあんまりうろうろしないように。
ポンセ / PONCE
当地第2の都市、かつての南部プランテーションの 中心地でありカリブ海に向き合う商業港でもあった。
ソノーラ・ポンセーニャの地元だからサルサがかかりまくっている訳もなく、 むしろポンセーニャの瀟洒な雰囲気との共通点を見るべきかもしれない。
街は中央広場のバロック様式の教会とビクトリア様式の赤と黒の派手な消防署(Parque de Bombas) を見て街をふらふらするのが良いだろう。スパニッシュ・コロニアル・スタイルの
建築が往時の華やかな上流階級の生活を想像させる。ダンサと呼ばれる 音楽があふれていた。これもプエルトリコの音楽のルーツの一つである。マニー・オケンド
とリブレのアルバムのダンサの美しさはこのこの街の風景が映し出されるようだ。
この美しい街並のコロニアル経済は、もちろん当時の黒人労働力に支えられていた。 グァイヤマ、サリナス、サンタ・イサベラ、グァヤニージャ・・・。砂糖きびから砂糖が作られ、
その他の農作物などと共にこのポンセの街に集まり、港から船積みされる。 大西洋に面するサンファンと異なり、カリブ海に開かれた穏やかなポンセの港には
交易船が出入りする。現キューバの西領サンティアゴ・デ・クーバ、現ハイチの仏領 ポルト・オ・プランス、現ドミニカの西領サント・ドミンゴ、英領バルバドスやトリニダッド・
トバゴ・・。一度元英領のドミニカに行ったとき、博物館でポンセ向け、マヤグエス向けの ライム・ジュースの輸出の資料を見た事がある。そしてきっとドミニカの当時の特産品の
一つのように人も商品としての奴隷も島々の間を行き来したのだろう。
経済の活況は人を呼ぶ。ポンセの下町のバリオ・サン・アントンは黒人労働者の町。 ここに生まれたと言われるのがプレーナ。プレーナのビートはカリプソやメレンゲなどと
似た要素を持つ。カリブの島々の交流の背景を感じる。
ポンセ出身のサルセーロと言えばまずチェオ・フェリシアーノ、盟友ジミー・ サバテール、ヨランダ・リベラなど「黒い」いが端正な個性が浮かぶ。個々の個性とは
なにも直接関係ないのだが、ポンセの色と合うのが不思議。そうそう、ポンセには エクトル・ラボーもいる。
マヤグエス / MAYAGUEZ
マヤグエスの観光場所は街の中心部の コロニアルなムードだろうか。この街は良港であるため、昔からビールや缶詰め工場など
輸出型の産業が元気だった。(最近は元気がないが)その産業を支える労働者も多く、 それが音楽を元気にする元だったかもしれない。ボンバも盛んなバリオが
あった街でもあり、フランキー・ルイスの在籍したラ・ソルシオンもこの街の オルケスタである。
ロイサ / LOIZA
この町は観光地ではない。町の真ん中におきまりの 教会のある広場があり、噴水があるだけの海沿いの田舎町。しかし、サンファンから来ると、
気づく事がある。肌の黒いまたは褐色な人たちの比率が高いのである。
この町はサンファンのバリオ・オブレロ、ビジャ・パルメラス、ポンセのバリオ・サン・アントン、 マヤゲスの下町などと共に、アフロ文化の伝承を歴史的につかさどっている町なのだ。
毎年7月に行なわれるこの町の年一回の祭はこのアフリカ文化を見ることができる。
オロコビス / OROCOVIS
この町は観光地ではない。ここも町の真ん中におきまりの 教会のある広場があり、噴水があるだけの山間の田舎町。しかし、山あいの町に
サンファンから来ると、気づく事がある。肌の黒い人が少ないのである。 目も碧眼だったり、金髪も多い。そう、山間はヒバロの地域。トニー・ベガの
顔なんかヒバロだねえ。まあ全員そうだという訳ではないけど。このオロコビスからは 何人かプエルトリコの重要なアーティストが輩出している。 まず"REY
DEL BAJO"ボビー・バレンティン。ヒバロではエドウイン・コロン・サヤス。 メレンゲではマニー・マヌエル。
アレシボ / ARECIBO
ここはサルサ・ファンより天文ファンに有名かもしれない。 映画007シリーズにも登場した巨大な反射望遠鏡のアレシボ天文台があるからだ。
しかしここの市長は音楽好きで有名でCD出したりしている。サルサではマイケル・スチュアートの住む街でもある。ここから西のアグアディージャに行く途中の小さな町
イサベラIsabelaはビクトル・マヌエルが住む。こういう小さな町のバリオに住むことが 自分の音楽にとってとても肥やしになっているとビクトルは語っている。
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