皆月
監督:望月六郎
出演:奥田瑛二、吉本多香美、北村一輝、荻野目慶子
真面目を絵に描いたようなサラリーマンの諏訪は、ある日突然、妻の沙夜子に
家出される。彼女は、「もうがまんの限界です。みんな月でした。さようなら」と
いう書き置きを残し、諏訪の全財産 2千万円を持って姿をくらましたのであった。
仕事にもすっかりやる気をなくした諏訪は、沙夜子の弟でやくざをしているア
キラに高級クラブに連れて行ったもらったり、ソープランドに連れて行ってもら
うが、気後ればかりして、ソープでも達することができない。そうするうちに諏
訪の勤めていた会社が倒産し、あてにしていた退職金もふいになる。こんな
ダメ中年男の諏訪にソープ嬢の由美が惚れてしまい、ふたりは一緒に暮らす
ようになる。そこへ、逃げた沙夜子の行方が分かったというアキラの知らせが
入り、 3人は沙夜子との決着をつけに旅立つ。
花村萬月の作品といえば、過剰なまでの愛と暴力が炸裂する独特の世界を
持っている。でも、この映画化された「皆月」については、もちろん激しすぎる
愛も暴力もあるけれども、この過剰な愛と暴力はアキラが一手に引き受けて
いる感がある。そして、それよりも、妻に逃げられた冴えない中年男、男運の
悪いソープ嬢、そして一匹狼のやくざアキラというダメ人間たちに対する優し
い視線の方を感じるのだ。こんなダメ人間の彼らが、それぞれにキチンと落と
し前をつけて、新しい人生へと踏み出す様は凄絶だけど、爽快でもある。
諏訪の情けなさたるや、相当なもので見ていてとても痛い。冒頭の、ノートパ
ソコンを抱え、背中を丸めて郊外の借家に帰るところから、真面目だけが取り
柄の、冴えなくてつまらない男ぶりが見て取れる、明かりの消えた家の中、
妻の姿が見えない。彼女の書き置きを見つけては狼狽し、金の持ち去られた
米櫃の中の米を床にぶちまけては呆然としている。ただひたすら会社人間と
して生きてきて、妻の心などまったく気遣うこともなかった彼なのに、彼女の
残像を追い求め、仕事をやる気も失ってしまう。唯一の趣味だったパソコンを
アキラに売り払われて唖然とするが、「パソコンで女房出てくるの」なんて言
われてしまっている。そして、アキラから、妻は男と逃げたと聞かされるが、
もちろん諏訪は妻に男がいたことなんて気づいていたはずもなかった。奥田
瑛二のしょぼくれた中年男ぶりははまりすぎるほどで、もう演技うますぎって
感じだ。
そんな情けない男に惚れたのが、借金を抱えたソープ嬢の由美。彼をオッサ
ン呼ばわりする彼女が近づいてきたのは、彼の退職金を目当てにしてのこと
だった。でもそんなオッサンから離れられなくなっていく。彼女は太陽のように
自分で輝くことのできる女。人の光を反射してしか光ることのできない月のよ
うな諏訪、アキラ、そして沙夜子と違って。彼女の最後の台詞「私はお日様な
んかじゃないよ。お月様なんかじゃないよ。私はただのヤリマン女なんだよ〜
!」には泣かされる。全てをさらけ出した女の生の感情が素晴らしい。演じた
吉本多香美はまさに太陽のような美人だけど、ちょっとお嬢様的なのが気に
なったといえばなった。
しかしなんと言っても一番せつないキャラクターはアキラだ。中途半端なヤクザ
者でありながら、義理の兄諏訪には義理堅いし優しい。しかし時として暴力的
な衝動にかられ、一度火がついたら止められない。最も花村萬月的な人物で
ある。なぜここまで沙夜子探しに没頭するか、それは沙夜子の持ち逃げした金
目当てということだけではなかった・・・。警察署に出頭する彼が最後に見せる
あのせつない表情はたまらない。そんな彼を見つめる沙夜子役の荻野目慶子
(めっきり老け込んだ)の圧倒的にダークな存在感も凄絶だけど、アキラを演じ
た北村一輝の役者ぶりは見事。
月のような、自分では輝けない人間たちが、生々しい感情をぶつけ合い泥ま
みれになってもがいた結果、最後に得られた落とし前。情けないタダのオッサ
ンだった諏訪も、愛する者のために命を張れるような男に成長した。爽快なエ
ンディングに救われる。人間のくずのような人たちにも、ハッピーエンドはある
のだった。愛と暴力、情念と優しさ、中でも優しさと救いを感じるいい作品だ。
スパイシー・ラブ・スープ Spicy Love Soup 愛情麻辣湯
監督:チャン・ヤン
出演:ワン・シュエピン、リウ・チエ、カオ・ユアンユアン、シャオ・ピン、シュイ・チンレイ
辛い火鍋をつつく結婚間近の恋人たちのシーンで、この映画は始まる。恋人の
両親に会う緊張感と辛い鍋で青年が腹を下してしまう微笑ましいエピソード。この
若いカップルが狂言廻しとなり、5つの辛口の恋物語が軽やかに語られる。
音に魅せられた少年がこれまで聴いた最も美しい音は、同級生の美少女の声だっ
たという初恋の物語<声>。第二の人生を歩もうとする老婦人の婿選びには麻雀
が役立ったという熟年の再婚物語<麻雀>。倦怠期の夫婦が、おもちゃを通じて
愛情を復活させるという結婚生活の物語<おもちゃ>。離婚寸前の両親を何とか
仲直りさせようという少年のせつない奮闘の語<十三香>。そして、出会いとすれ
違いを繰り返す若いカップルの恋<写真>。
これから結婚しようとするカップルと一瞬だけすれ違わせながら5つの物語を綴って
行く方法がなかなか洒落ている。一つの映画の中に5つもエピソードがあるとなると
一つ一つのストーリーが希薄になってしまうと言う心配もあるが、この映画にはその
ようなことはない。一粒で5度おいしい作品だ。「スパーシー・ラブ・スープ」のタイト
ルが象徴する、ほとんどのエピソードに「食べ物」がからんでくるというのもいかにも
中国らしくていい。
中でも秀逸なのが2番目の「麻雀」と3番目の「おもちゃ」のエピソード。上品で美し
い老婦人が再婚相手をテレビ番組で募集すると、山のように手紙が舞い込む。彼女
はいろんな男性と手紙を交換したり会ったりするがなかなかこれという人が見つか
らない。考えあぐねた彼女の娘が、3人の男性を家に招待する。最初はぎくしゃくし
ていた3人と老婦人だったが、麻雀をやり始めたことで話が弾み、やがて3人の男
性はそれぞれの得意技を見せたりして楽しい夜となるという話だ。初対面で、しか
も結婚相手を奪い合うライバルという立場の男性たちがうち解けてきて、それぞれ
の個性を発揮し始め、しまいにはみんな仲良しになってしまうというのがとてもいい
感じだ。
「おもちゃ」のエピソードは少し辛口だがこれも面白い。倦怠期を迎えた夫婦。妻は
家事が苦手だし、夫は家に帰っても妻に対する不平不満ばかり。一緒に食事をし
ていても会話もない。砂を噛むような味気ない夫婦生活が、結婚記念日に妻が夫
にねだったリモコンカーがきっかけで楽しいものに変わる。おもちゃによって夫婦の
愛が復活したように見えたが、しかし些細なことで仲直りした夫婦は再び、些細な
ことですれ違ってしまう。
離婚しようとする両親を必死に引き留めようとして料理を作る少年がとても健気な
「十三香」のストーリーはとてもせつなくて胸に迫ってくる。「写真」は美男美女の
不条理な恋物語で、スタイリッシュだけど面白さという意味では少し物足りない。
でも、恋がふとしたきっかけで生まれ、またちょっとしたことで去っていってしまう
せつなさは上手く描けていると思う。観る者は、思わず自分のこれまでの恋を振り
返るに違いない。5つの物語のうち一つくらいは、自分の恋に少し似ているような
気がしてしまうから。
おそらく観た者全員が、この映画が舞台となっている北京の人々の暮らしぶりに
驚くだろう。ほとんど東京と変わらないのだ。若夫婦の部屋はトレンディ・ドラマに出
て来そうな瀟洒な部屋だし、<写真>のエピソードの若い女性が働くデパートや、
彼女の服装もおしゃれだ。<声>の美少女(むちゃくちゃ可愛い)の白いワンピー
スも清楚でセンスがよい。このおしゃれな雰囲気を盛り上げるのが、カレン・モクや
サンディ・ラムらによるポップな歌声の数々。とても可愛らしくて、でもあの辛いスー
プのように辛口でせつない映画だ。
ストレンジャー・ザン・パラダイス Stranger Than Paradise
監督:ジム・ジャームッシュ
出演:ジョン・ルーリー、エスター・バリント、リチャード・エドソン
ニューヨークに住むハンガリー移民のウィリーのもとに、ハンガリーから従姉妹のエヴァ
が転がり込む。そっけない彼女は10日間ほどウィリーの家に滞在したのち、伯母のロ
ッテが住むクリーヴランドへと去っていく。そして、1年後、ウィリーと友人のエディはエ
ヴァに会いに雪深く何もないクリーヴランドへ旅立ち、さらに3人でフロリダへ向かう。
物語としては、本当にこれだけの話だ。基本的に、何も起こらない。エヴァはどちらかと
言えば無愛想でそっけなく、タバコを吸いながらスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの曲を
聴いているだけ。ウィリーにプレゼントされたドレスも、ゴミ箱に捨てて去っていくような
女の子だ。さっぱりとして率直な性格は清々しいほどだ。ウィリーはそんな彼女をどちら
かといえば邪険に扱い、大好きな競馬に賭博仲間のエディと出かけていくときも、彼女
に留守番をさせてしまうようなヤツ。そして、エディはお人好しで、いつも間が悪くてソン
しているタイプ。こんな3人の物語だから、当然のようにおかしい。さりげない間がとても
ぎくしゃくしていて、奇妙で笑えるのだ。
そのおかしさが加速するのが、エヴァを尋ねてウィリーとエディがクリーヴランドへ出か
けていくくだりのところ。思い立ったようにクリーヴランドに出かけたら、一面雪ばかりで
何もない。エヴァにはビリーというボーイフレンドがいて、彼らのアッシー代わりに使わ
れる。頑固な伯母のロッテはハンガリア語しか喋れない。このロッテおばさんがまた
すごく面白い人物だ。カードゲームにめっぽう強く、何かというとハンガリア語で悪態を
つく。正確には、ののしる言葉だけは英語だったりすることもあるが・・。
そして、また彼らが唐突に出かけていく先は常夏のフロリダ。といっても、マイアミに行
くわけでもなく相変わらずウィリーとエディはギャンブルに出かける。そして唐突に訪れ
る呆気ないエンディング。一体何が起こったのかわからなくなり戸惑ってしまうが、これ
もまたインパクトを強めている。
物語に起伏があるわけでもなければ、ドラマがあるわけでもない。でも、なんだかとって
も魅力的な映画なのだ。それぞれの登場人物が際だって個性的なわけでもない。だけ
ど、彼らの何気ないやり取りが微妙にズレていたり、気持ちがすれ違ったりするさまが
なんともおかしい。「間」もまた絶妙なのだ。その絶妙な間を強調するのが、コントラスト
の強いモノクロの映像と、エピソードの間に挟み込まれる黒い画面。映画の新しい可能
性を示したということで、やはりエポックメイキングな作品だったわけだ。なんとなく、だ
がこの作品の15年後に作られたキアロスタミの「風が吹くまま」に通じるおかしみがあ
る。テーマは全く違う作品なのに。(そもそも、この映画にはテーマはないような気がす
るが)
I Love ペッカー Pecker
監督:ジョン・ウォーターズ
出演:エドワード・ファーロング、クリスティーナ・リッチ、リリ・テイラー、マーサ・プリンプトン
メリーランド州のボルチモアに住むカメラ小僧のペッカー。彼はあたり構わず家族やボル
チモアの人々、日常を古ぼけたカメラに収めていた。撮りためた写真をバイト先のファー
ストフードショップで展示したら、たまたまボルチモアを訪れていたアート・エージェントの
ローレンが彼の写真を気に入り、購入。そして、いつしか彼の写真はニューヨークのアー
トシーンで大評判となり、彼は時代の寵児になったが・・・。
冒頭、ペッカーがバスの中から、そしてバスを降りてからもボルチモアの街の人々や日
常をカメラに収めていくシーンが最高に面白い。バスの中で脚のむだ毛を剃る金髪の年
増女をパチリ。バスの中から、カツラを風に吹き飛ばされた男をパチリ。バスを降りて、「
恐ろしいデブ」というタイトルの本を恐ろしい顔をして読む太った女性をパチリ。ストリップ
クラブを覗き、レズビアン・ストリッパーの陰毛のどアップをパチリ。そして、極めつけが
ネズミの性交シーン!ボルチモアというのは一見普通の地方都市のようで、実はすごく
変なところなんじゃないかと、この一連のシーンでまず印象づける。ジョン・ウォーターズ
といえば悪趣味の帝王と呼ばれているが、この冒頭シーンで彼の変態さ加減が満開で
あることを思い知らされる。
そしてさらにおかしいのがペッカーの家族。
姉は男性ストリップクラブのMCをしていて、ゲイが大好き。小さな妹は砂糖ばっかり舐
めていて栄養が偏っている。さらに、おばあちゃんは信心深くて7歳の時からマリア様の
像に祈りを捧げている。マリア様が奇跡を起こして喋っているのではないかと信じている
がそれはおばあちゃんの腹話術なのである。お父さんもお母さんもいい人たちなのだが
ちょっとズレている。ガールフレンドのシェリーはコインロッカーのオーナーをしていて、
客に対する不満を爆発させている口が悪くて強気な娘。親友のマットは万引き少年で、
ペッカーは彼が万引きする様子までカメラに収めている。
平和な生活は、ペッカーの写真がローレンに見出されたときから崩れ始める。一躍時の
人になり、ニューヨークのおしゃれなギャラリーをペッカーのピンぼけで露出過多な写
真が飾るようになる。ペッカーが単にボルチモアの街で、自分の撮りたい写真を撮って
いたらそれがアートとして崇め奉られるようになったのだ。しかし、有名になったことで、
ペッカーは自由に写真が撮れなくなり街の人たちからつまはじきにされ、シェリーとの
仲までおかしくなるし、家族もぎくしゃくする。ローレンは泥棒に入られて悲しんでいる
ときの彼の家族の写真まで撮るように要求してしまうのだ。そんな写真ですら、アート
だとニューヨークのおしゃれな人間たちは勘違いしているのである。
そんなとき、どうやってペッカーはどうやって一発逆転を行うか、それは観てのお楽しみ
だがこれは実に鮮やかな手口である。見事にアートシーンを皮肉っていて、爽快だ。
ペッカーやボルチモアの人々からすれば単なる奇妙なスナップ写真なのが、アート業界
の人にとっては芸術。というふうに彼らを皮肉っているが、これだけではこの映画は凡
庸な作品で終わってしまう。それよりも面白いと思ったのが、アート音痴のシェリーに、
ペッカーがアートとは何か、目覚めさせるところだ。洗濯物についた草のシミや、こびりつ
いたカビや、洗剤の青い色も、想像力を働かせれば芸術になりうるということを、ジョン・
ウォーターズはペッカーの口を借りて語る。ここでの表現方法がポップでファンタスティッ
クな映像表現を用いていてすごく魅力的。アートってやっぱり楽しくなくちゃ、と思った次
第。
それゆえ、ボルチモアの奇妙な人たちのスナップも、スノッブなアート業界の人々の隠し
撮り写真も、もちろん芸術になり得るわけだ。
でも、やっぱりこの映画の魅力は、ボルチモアの街に生きるちょっとへんな人たちの
生態に尽きる。全編を通じてプンプン匂ってくるへんてこりんさ、そしてそんな彼らに対
するウォーターズの愛情が感じられていて楽しい。中でも、何よりもコインランドリーを愛
するシェリーを演じたクリスティーナ・リッチの不機嫌な表情が印象的だ。広いおでこの
したの大きな目はいつも怒っていて、アンバランスに太った体がふてぶてしさとともに
何とも言えない色気を感じさせる。この役は、彼女にしか演じられないだろう。とっても
小さな体に大きな目が可愛らしいけど、やっぱりちょっとヘンな妹にもインパクトがある。