アイズワイドシャット  Eyes Wide Shut

監督:スタンリー・キューブリック
出演:トム・クルーズ、ニコール・キッドマン、シドニー・ポラック、リーリー・ソビエトスキー

巨匠キューブリックの最後の作品、テーマは愛(セックス)だった。問題
作ばかり撮り続けた彼が70歳にして、実際に夫婦であるところのスーパ
ーカップルが演じる、嫉妬と妄想の物語、というとどれほどまでに背徳的
で衝撃的なものか、皆期待していたところであろう。

しかしながら、話の筋としては、どちらかというと古めかしく、道徳的な印
象すらする。設定は現代だけど、現代とは思えないのだ。舞台装置にし
てもゴシックな印象が強い。それに、妻が他の男性と浮気を考えること
なんて絶対無い、という確信に近いものを持ち、あまつさえ女性には性
欲が無いものだと考えてしまうような人物(しかもインテリの医者)が現
代のニューヨークにどれくらい存在いるのだろうか?

クライマックスの一つであるところの、仮面乱交パーティの描写にして
も大時代的。仮面に顔を隠した人物が交わり合う姿には美はあるが、
官能は感じられずどこか寒々しく映るだけだ。しかも、結局夫も妻も実
際には一度も肉体の浮気はせず、表面的には元の鞘に収まったかの
ように見える。

しかしながら、やはりある種凄みを感じる作品だ。見るものの精神をひ
どく混乱させる。この映画を観た晩には、眠れなくなってしまったほど
である。この恐ろしさのような感情は、特に既婚者の精神を逆撫でする
ものがある。



ビルとアリスはニューヨークに住む結婚12年目の夫婦。ビルは内科医で、
ヘレナというかわいい娘がいて、裕福な暮らしをしている。
クリスマスパーティの帰り、ビルはアリスより、リゾート地で一度視線を
合わせただけの下士官と浮気をするということを夢想したと告白される。
妻が浮気心を持つことがあるという事実に衝撃を受けるビル。主治医を
担当している患者が亡くなったという知らせを受け、その家で患者の娘
に愛を告白されたた彼は、夜の街をさ迷ううちに、秘密のパーティへと
まぎれ込む。そこで目にしたものとは・・・。



トム・クルーズとニコール・キッドマンといえば、ハリウッドでも最も有名な
夫婦であり、美男美女として知られている。しかしながら、ニコール・キッ
ドマンが背が高くスレンダーで光り輝くばかりに美しく蠱惑的なのに対し、
この映画でのトム・クルーズは弱々しい。たしかにハンサムなのだが、
まず背が低い。意図的に、他の俳優に背の高い人を起用したようにも見
受けられるのだが、背の低さが目立ってしまっている。さらに自信の無
さが方々に表れてしまっている。何かというと、医師会の登録証を見せ
て、自分は社会的な地位のある人間であるとアピールしていることが、
その自信のなさの現れた。しかも鈍感。

何よりも、本当に妻が浮気したわけではなく、ただ浮気したことを夢想
したと告白されただけで、精神が大きく揺らいでしまう事実そのものが、
彼の脆弱性を物語っている。こんな情けない男の役を、トム・クルーズ
がよく引き受けたな、と思ってしまうくらいのvulnerable(傷つきやすい)
役柄だ。

そんな彼をさらに無防備で弱々しい、少年のような存在にさせてしまっ
たのが広大な屋敷での秘密の乱交パーティでのエピソードだ。パーティ
に忍び込んで参加していたことがばれてしまった彼は、大勢の参加者の
前で仮面を取らされ、さらに裸になることを要求される。雰囲気に呑ま
れてパーティを楽しむことさえできず、自分の弱々しさ、未熟さを大勢
の前で露呈してしまうのだった。トム・クルーズがなまじハンサムなだ
けに哀れな印象を与えてしまう。さらに、患者であるビクターにパーテ
ィの種明かしをされ、屋敷に到着した瞬間から、彼は招かざる客であっ
たと判断されていたことを知り、さらに自分に対する自信を失うビル。
誰もビルのせいで傷つけられたわけではない、単に脅していただけだと
説明されても、それが本当のことかどうかなんて誰も証明できない。

この二晩の間に、ビルは一種「地獄めぐり」をする。患者の死。父親の死
を立った今経験したその娘からの突然の愛の告白。学生の集団にゲイ
扱いされ、娼婦ドミノの部屋に上がり込んでも、妻からの電話で浮気を
断念。それでも、下士官と愛を交わす妻の妄想に取り憑かれ、秘密の
パーティに潜り込む。貸衣装屋で会ったロリータとその父の妖しいオーラ。
そして秘密乱交パーティの屋敷。
さらに次の日にはホテルでピアニストが連れ去られたことを知り、昨日
のドミノの家を訪れれば彼女がHIVに感染したことを知る。死体置き
場ではパーティで会った娼婦マンディの死体に対面する・・・。とまる
で悪夢のように、ビルは追いつめられて行く。このあたりの恐怖の描
写はさすがに秀逸である。

アリスが語る悪夢は、ビルが覗いた乱交パーティの内容とシンクロして
いた。そして、次の晩、ベッドの上、眠っているアリスの横に置かれた
のは、ビルが貸衣装屋から借りていた仮面。一体なぜこんなものがある
のか?誰か追っ手が置いていったのか、アリスが見つけてしまって、
ビルの過ごした妖しい夜について何かを知ってしまったのか。ここで
ビルの恐怖は頂点に達する。

さて、この映画でキューブリックが言いたかったこととは何か。

一度も不貞を働いたことのない、理想的な夫婦関係も、ほんのちょっと
の嫉妬心、妄想でたやすく崩れてしまう、そんな脆いものであるという
こと。この映画のビルは、徹底的に妄想に取り憑かれ、その妄想の導
くまま危険な冒険へと出かけていった。しかしながら、偶然が重なって
結局彼自身には何の危険も及ばず、それどころかアリスに対しても
まったく不貞を働くこともなかった。もしあのときアリスからの電話がか
かって来なくてドミノと寝ていたらHIVに感染していたかもしれないし、
屋敷のパーティでも、身代わりとなってくれた女(実は娼婦のマンディ)
がいなかったらどうなっていたかわからない。人の人生とは、本当に
一寸先は闇なのである。マンディの死に衝撃を受けたビルに、ビクター
は言う。「君のせいでマンディは死んだ訳ではない。彼女はもともと麻薬
中毒なんだし、人間は毎日のように死んでいるんだ」と自身の死を目前
としたキューブリックの死生観が現れている。

「エロス」と「タナトゥス」は表裏一体だ。父親の死を今経験したばかりの
女は急にエロスに目覚めて、ビルに愛を告白する。仮面乱交パーティで
ビルが一瞬味わった死の恐怖。そして、死体置き場で、マンディの美しい
死体と対面して思わずキスをしそうになったビル。「死」があるからこそ、
人間のエロスは光り輝くものであることを隠喩している。

すべてを告白したビルと、アリスは娘のヘレナを連れてクリスマスの買い
物に出かける。一見夫婦は元の鞘に収まったように見えた。「私たちに
必要なものはファックよ」とアリスは言う。しかし、本当に彼らは何事もなか
ったかのように、同じように生活し続けることができるのだろうか?それを
考えると恐ろしくて眠れない。

カスケーダー CASCADEUR


監督・製作・原案・主演:ハーディ・マーティンス
出演:レグラ・グラウヴィラー、ハイナー・ラウターバッハほか
98年ドイツ映画/1時間46分

No CG, No Story, All Stunt という宣伝文句の通り、一大スタント馬鹿
が作った映画。ドイツ出身で、世界中で活躍しているというスタントマン、
ハーディ・マーティンスが、スタント技術を使わないドイツの映画界に失
望して、自ら監督・製作・主演・スタントコーディネートを行なったとい
う。

No Storyとはいっても、思ったほどのバカ映画ではなくてストーリーは
ちゃんとある。しかし、スタント場面を先に撮って、ストーリーの部分は
それに合わせて作ったのだそうだ。それでも、ちゃんと「インディ・ジョ
ーンズ」のようなまっとうな冒険アクション映画になっているところがす
ごいといえばすごい。

事故による妻の死をきっかけに、スタントの世界から足を洗ったヴィンセ
ントは、樅の木の種を拾って生計を立て、森の中でひっそりと生活してい
た。しかし、ある日、空から古代遺跡を研究している女性クリスティンが
降ってきた。彼女はナチスの残した秘宝である「琥珀の部屋」を探してい
たのだが、同じくそれを狙う悪の手に追われていて、命がけで彼らのヘリ
コプターから飛び降りたのだった。ヴィンセントは厭々ながらもこの事件
に巻き込まれる。クリスティンの命と、彼女が持っている手がかりの鎖を
狙う連中と対決し、彼はかつて映画を一緒に作った仲間たちと協力しな
がら秘宝を探しに行く。

ハーディ・マーテジンスはまさに「スタント馬鹿」という人間だ。本当に
ここまでやるの?!というくらいすごいスタント技を見せてくれる。アウ
トバーンでのハードなカーチェイスや、飛行機の後ろにロープでぶら下が
って飛んでいったりするのは朝飯前。車でジャンプして串刺しになっても
どっこい生きているし、爆弾を仕掛けられても冷蔵庫や棺桶に隠れて生き
延びている。しかも、スタントの技一つ一つがとても面白くて笑える。試
写会場でも、拍手や爆笑の渦となる場面がいくつもあった。映画仲間の
部屋も、いかにも映画オタクっぽくいろんな仕掛けがしてあったり、「恋す
る惑星」などのポスターが貼ってあったりして面白い。

とにかく、ハーディ・マーティンスという男がかなり無謀にも、自分の肉
体一つで一本の映画を作ってしまったというだけでも拍手もの。しかも、
彼はニヒルでなかなかいい男だ。(ちょっとT2のロバート・パトリック似
だが)前売券は 1,000円で売っているということだし、何も考えずにスカ
ッとするにはちょうどいい、楽しい映画だ


ヒーロー・ネバー・ダイ 眞心英雄 A Hero Never Dies

監督:ジョニー・トゥ
出演:レオン・ライ、ラウ・チンワン

香港を支配する黒社会(暴力団)の2大組織。対立する二つの組織で
名うての殺し屋として暗躍していたのが、ジャック(レオン・ライ)とチャウ
(ラウ・チンワン)だった。彼らは対立する組織にいてお互いの命を狙っ
ているが、酒場で出くわしたときは、言葉は少ないがシンパシーを持ち
あっていることを確認し、ふたりの名前を書いたワインのボトルを残して
いく。そして、タイの麻薬王を二つの組織が襲ったとき、凄まじい銃撃
戦が起こりふたりはひどく傷ついた。ジャックは意識不明となり眠り続
ける。そして、チャウは両足を失う。それぞれの恋人が彼らを必死に支
えるが、2つの組織は和解し、彼らはもはや組織にとっては邪魔者以
外の何者でもなかった。恋人の努力で香港に戻ったチャウは恋人を
殺され、ジャックは意識を回復するが組織の刺客から彼を守ろうとした
恋人は焼けただれてしまう。そして、ふたりの男たちは、組織に復讐を
誓うのだった。

ジョニー・トゥ監督のダーク・トリロジー(3部作)のトリを飾る本作は、
まさにノワールそのものの世界だ。あの「男たちの挽歌」の世界を引き
継いでいる。ひたすら暗く、救いのないストーリー。その中でも情念の
炎を燃やし、一瞬輝ける男たちのきらめきがある。

特に素晴らしいのは、ラウ・チンワン。登場したときはテンガロン・ハッ
トに葉巻をくわえた伊達男。そんな彼が、両足を失い、恋人を失う。そ
れでも、執念の塊となって体を鍛え、物乞いをしながらもゴミの山を走
り回り射撃の訓練をする。彼の復讐に燃える凄まじい執念と、対照的
にクールなのはレオン・ライ。しかし彼もそれ以上に地獄を抱えてしま
った。命を助けてくれた恋人はふためと見られぬ姿にされてしまったの
だ。そんな彼の優しさを、抑えた演技で物語っていた。

ふたりの男たちはライバルであり、敵であった、しかし、この二人には、
友情なんて安っぽい言葉では語れないシンパシーがあった。酒場の
シーンでは会話はほとんど交わされないのに、気持ちの通じ合いがあ
った。対照的な性格の二人は、しかしお互いを映す鏡のような存在で
あった。同じように占い師の足を撃ったり、同じような足跡をたどる。
タイの麻薬王の屋敷では、壁越しにお互いを撃ち合う。(フェイス/オフ
のケイジとトラボルタのシーンを思わせる) 二人の執念は、ついに実を
結ぶことができた。しかし、二人は生きて再会することもなかったのだ。

ラスト、ボスたちの店に乗り込んで復讐を果たすシーンのバイオレンス
は凄まじい。店内のガラスの間仕切りが割れて雨のように降りそそぐ
中でのレオン・ライの二丁拳銃。そして、ラウ・チンワンの手で完結した
復讐。ここまでに情念のこもった凄惨な復讐は、未だかつて観たことが
なかった。

そして、哀しいのが彼らの愛した女たちだ。愛した男性を助けるために
徹底的に不幸になる彼女たち、こんな尽くし方があったのかと思ってし
まう。徹底的にウエットでベタベタなストーリーだが、観る者の心を深く
打つ作品である。

(蛇足:友人でラウ・チンワンに似ている人がいるので、ついつい彼が
あんなにひどい目にあっているのか、とさらに感情移入してしまったの
だった)

双生児

監督;塚本晋也
出演:本木雅弘、りょう、藤村志保、筒井康隆、浅野忠信、竹中直人

明治末期。大徳寺雪雄は軍医としての功績から勲章を授かり、医師と
しての名誉、さらに謎めいてはいるが美しい妻りんと、両親、使用人に
囲まれて裕福に暮らしていた。ところが両親が相次いで謎の死を遂げ、
雪雄も謎の視線にまとわりつかれる。そして、ある日庭で襲われる。
彼を襲った男は、自分とうり二つ。その男捨吉は雪雄を井戸に突き落と
し、雪雄に成り代わって生活を始めるのだった。

雪雄に成り代わった捨吉は、井戸の底に突き落とした雪雄をサディステ
ィックなまでにいたぶるのだが(ここでの本木雅弘のキレっぷりがまた良
い)、反面、雪雄でなく捨吉であることをりんに早々に見破られてしまい、
彼女に接する態度は完璧に雪雄そのものとなってしまう。(ナイーブな面
を持っていた捨吉は、夫婦の間の行為だけは覗くことができなかったの
だ)
捨吉はかつて貧民窟でりんを愛していたにもかかわらず、人格そのもの
までもが雪雄化してしまい、捨吉を求めていたりんに対する態度も、慎ま
しやかだった雪雄のものとなってしまう。りんは自分を迎えに来なかった
捨吉に対して恨み言を言い彼をいたぶる。捨吉は井戸の底の雪雄をいた
ぶり続け生きるのに最低限の残飯だけを与えて雪雄を狂気の縁へと追い
やっていき、雪雄は逆に彼がこれまで蔑んでいた貧民窟の人間のような
身なりとなっていく。というふうに、3人の関係は微妙な三角形を為してい
き、捨吉と雪雄は人格までもが入れ替わり、さらに自分自身を見失ってい
く。まさに「三すくみ」の関係性となるわけだ。

階級意識が歴然とあった明治時代。裕福な暮らしをしている大徳寺家
の人間は、当然のように貧民窟の人々を蔑んでいる。ところが、静かで
上品で息苦しいような彼らの生活よりも、貧民窟の人々のほうがよほど
刺激的な暮らしをしているところが面白い。彼らのカラフルでパンキッシ
ュな衣裳やヘアメイクの乱調の美には強烈に感覚を刺激するものがあ
る。そして、捨吉とりんの腿にある蛇のような痣の妖しさといったら・・。

貧民窟の「動」「色」の世界に対して、大徳寺家の世界は「静」「モノトー
ン」である。この対比が、実に鮮烈。特に、これまでの静謐で淡々として
いた小宇宙を破った、初めて捨吉が雪雄の母の前に現れた場面の鮮烈
なインパクトにはどきまぎさせられた。雪雄と全く同じ顔をしている捨吉だが、
「異形の者」の匂いをぷんぷん振りまき、毒々しい美しさを見せつけてくれ
る。

この映画には、ゾクゾクするような美しい刺激に満ちている。物語そのもの
よりも、映像のシズル感が素晴らしい。静謐な場面が突如スパークしたか
のように一転して動き始めるときのスリルと快感。役者もみな素晴らしい。
実に楽しそうに演じている本木雅弘は、多少滑舌が悪いものの、「人格者」
の雪雄と、キレていて偽悪的な捨吉を見事に演じ分けている。そして、他
の女優では決してみられないような魅力を持つのが、りょう。彼女の独特
の容貌がなんともいえない味をりんに加えている。あのキノコのような髪型
のときの、物静かで貞淑だけどちょっと宇宙人チックな雰囲気を湛えた表
情。それとは対照的な、貧民窟にいたときの彼女のパンクな髪型と、奔放
な魅力。浴衣姿で川に入ろうとするときの妖しさ。この役は、彼女以外には
決してできないだろうと思われる。ちょっとしか登場しない浅野忠信も、鮮
烈な印象を残し、竹中直人も不気味な存在感を発揮。

富裕層が、貧民窟の人間に持っていた強烈な差別意識も、この映画の大
きな鍵となるものである。ペストに感染していたらしい貧民窟の親子に接す
るため、大徳寺医院の人々は、鎧のようなマスクと防疫服を着用する。彼
らの持っている「不潔」という要素が、雪雄にとっては一番大きな底知れぬ
恐怖となっている。そんな彼が、知らずに貧民窟出身の女を愛するという
皮肉。そして、自分自身が井戸の底で同じように不潔の塊となっていく。
そして、りんが身を清めた川が、富裕層と貧民を隔てるものの象徴となって
いる。最後には、雪雄もこの川を越えることができるようになるわけだ。

こんなに毒に満ち、ゾクゾクする妖しい魅力に満ちた映画を目にすることが
できるとは!カルトの傑作と言えよう。