監督・出演:ジョン・タットゥーロ
出演:スーザン・サランドン、クリストファー・ウォーケン、ベン・ギャザーラ、
キャサリン・ボロヴィッツ、ルーファス・シーウェル
映画の舞台は20世紀初頭のニューヨーク。舞台の上演を控え、若手スターのドミ
ニクは女優シモーヌと愛を交わしたり、その後でシモーヌは座付き作家のトゥッチ
に色目を使ったり、みだらな物語の予感がする。俳優たちは忙しい。そして芝居が
始まったが、主役の俳優ピエーロが舞台の上で倒れてしまい、中断してしまう。ト
ゥッチオは、これをチャンスと、恋人で看板女優のレイチェルのために書いた芝居「
イルミナータ」を急遽上演する。しかしながら、この舞台は大不評。ホモセクシャル
の批評家ベヴァラクァは新聞でこの舞台を酷評し、ほめたのは、彼好みの男優マ
ルコのことだけだった。
戯曲「イルミナータ」は一組の夫婦と、夫の若い愛人との間の三角関係の愛憎を
描いたもの。レイチェルは、愛人役のシモーヌに、「トウッチオに対する気持ちを
ぶつけて」と稽古をつける。劇場の女主人は、不評の「イルミナータ」の代わりに、
イプセンの「人形の家」を上演しようと言い出す。さらに、マルコはベヴァラクァの部
屋に招待されて嫌々ながらも劇場のために訪れたら彼に迫られる。トウッチオもま
た、ベテラン大女優セリメンに招待され、愛人にならないかと誘惑される。他の俳
優や劇場関係者たちも、それぞれ奇妙でみだらな一夜を過ごす。夜が明けると、
劇団の関係者の間で、トゥッチオは劇団を捨て、セリメンとともにパリで公演を行う
という噂が広がっていた・・・。
登場人物がみんなクセがあって面白いキャラクターとなっている。主人公カップル
のトゥッチオ(ジョン・タットゥーロ)とレイチェル(キャサリン・ボロヴィッツ)は至極
真っ当で平凡な人間なだけに、他の登場人物たちのぶっ飛び具合が強調され
る結果となっている。なかでも、クリストファー・ウォーケン演じる男色家の演劇
評論家ベヴァラクァは強烈。サロメが大好きというベヴァラクァはマルコを誘惑す
るため、ガーターベルト姿でサロメの踊りを踊り狂ったりして物凄いことになって
いる。大変態というのがいやに似合ってしまっていて、「ディア・ハンター」のころ
のウォーケンよ今いずこ、という感じ。。また、セリメン(スーザン・サランドン)も
年増の濃厚な色気でトゥッチオに迫るが、どんなときでも女優である彼女に、ト
ゥッチオはとてもついていけなくなる。他の俳優たちの人間模様もおもしろおか
しい。実際に演じている俳優たちが実に楽しそうなのがわかる。
それぞれのエピソードが面白すぎるためか、映画全体の作りは散漫になってし
まっているのが残念。それに、戯曲「イルミナータ」はいかにも古くさい筋の作品
だ。
20世紀初頭の様子を再現させた美術、そして独特の官能を漂わせたコルセット
やフロックコートなどの舞台衣装、ラストの「イルミナータ」の舞台装置は大変凝
っていて美しい。ストーリーの筋がどうこうと言うより、劇団員たちの群像劇を通
しての、演劇賛歌であり人間賛歌としてみるべき映画である。
監督:ジェームズ・ユエン
出演:トニー・レオン、ビビアン・スー、アレックス・フォン、エイダ・チョイ、スーキ・クァン
ワイ(トニー・レオン)はやり手のCMディレクター。しかしながら、女運はきわめて
悪い。CMの仕事で知り合った女の子とすぐ恋におちるが、彼女たちは皆、売れ
てくると彼を振ってしまう。彼の部屋には、女の子たちが置いていった荷物が段
ボールに詰められて、うずたかく積まれている。仕事は順調だったはずなのに、
今度はバリバリの女性上司ビビアンがやってきて、大リストラを敢行する。
日本企業のCMのプレゼンをすることになったワイは、屋台の売り子をしていた
少女アーユーを抜擢。みるみるうちに彼女は売れっ子になる。同僚パトリックの
おせっかいで、彼女のマネージャー役も務めることになったワイはやがて、彼女と
恋におちる。しかし、どうやらビビアンも彼に気があるようだ。そしてアーユーは
さらに飛躍するために日本に進出することになる。恋のゆくえは?
世界一困った顔が似合う男、トニー・レオン。彼の演じる、仕事はできるけど女性
には振られてばかり、うまくいっても優柔不断の「フラート」な存在感がいい味を
出している。テレビをつければ元恋人のモデルにバカにされ、部屋中に過去の
女性たちの幻が現れては彼をなじる描写は、まるでウッディ・アレンの「世界は
女で回っている」のようで笑える。さらに、同僚のパトリックも女好きで軽薄で口
八丁だけど憎めないキャラクターで、いいコンビとなっている。パトリックが同棲
相手に振られ、男ふたり、ワイの部屋でドラムを叩きギターをかき鳴らしわめき
散らす場面は情けなくて爆笑ものだ。ワイの部屋にサッカーをテレビ観戦するた
め上がり込む父親も、ちょっとエロオヤジって感じだけど、含蓄に富んだ言葉を
残していっていい感じだし、ふたりの同僚でパトリックに恋をする真面目な同僚
の女の子の心理描写も細やかだ。バスルームでワイを挑発するアーユーは
とっても可愛いし、挑発されてまた困った顔をしながらも我慢できなくなるワイは
素直なヤツでいいな、と思う。レズビアンと噂される怖い女性上司のビビアンも
実は可愛かったりするし、わき役たちもみんなリアリティがあっていい味を出し
ている。
深く人生を考えさせられるような映画ではないけど、ウェルメイドなラブコメディと
はこんな映画のことなんだろうな、と思う。あるときは「こんなヤツっているよね」
と思い、またあるときには「この人たちはこんなにかっこいいのに、なんでこんな
に情けないんだろうな」と笑う。時には胸をきゅんとさせられ、時には大笑い。
出てくる人みんなが魅力的で、人物の配置も絶妙。ニコニコしながら家路につく
ことのできる、大傑作映画だ。
アーユーがスターの階段を駆け上がってきた過程は、実際にビビアン・スーが
売れっ子になっていって日本に進出したところとだぶっていて、そんな工夫をし
ながらもこんなに楽しく作ってしまうなんて、すごい。香港映画は侮れない。
監督:ホ・ジノ
出演:ハン・ソッキュ、シム・ウナ
美しく人生に幕を閉じるというのは、この映画で描かれていたジョンウォンの
ことを表す言葉だと思う。
もし、自分がもう長くは生きられないと知ったとき、人はどうするだろうか。気は
動転し、運命を呪い、そして愛する者と一瞬でも長くいたいと思うに違いない。
しかし、ジョンウォンはこういう行動とは無縁だった。彼はそのような心境をとっ
くに乗り越えていたのだと思う。一種の諦念が彼を支配していたのだろうが、
淡々と毎日を生きている。自分がいなくなっても、機械に弱い父が困らないよ
うにビデオや現像機の操作の仕方を写真入りで解説するメモを残し、そして大
好きな写真の仕事に打ち込んだ。たまには友人と飲んで暴れたり、夜寝られ
ずに一人で涙を流すことはあっても、弱音は吐かなかった。こんなふうにきれい
に人生を終えられる人はなかなかいない。
暑い季節に物語は始まった。写真館を経営する青年ジョンウォンの店に、交通
取り締まり員の若い女性タリムがやってきた。やがて、仕事の合間にタリムは
店を時折訪れるようになり、親しくなる。少しずつ相手への思いが募っていく。
時々病院に通ったり、薬を飲んでいるところから、ジョンウォンは病気である
ことが観客に伝わってくるが、タリムにはそのそぶりを見せない。自分の先が
長くないことを知っている彼は、急接近したり愛の言葉を伝えることもなく、ただ
包み込むような愛情で彼女に接する。写真館でお茶やビールを飲んだり、アイ
スクリームを食べたり。秋になって、ふたりは初めてのデートで遊園地に出かけ
る。キラキラするような時間が流れる。ふたりは追いかけっこをするが、体力の
弱っているジョンウォンは彼女に追いつけない。
それからまもなくジョンウォンは倒れ、入院する。タリムは写真館を何回も訪れ
るが店は閉まっていて、手紙を置いていっても、ずっとそのまま扉に挟まったま
ま。彼女は彼が入院したことを知らず、ただなぜ彼に会えないのかをわかりか
ねている。写真館の窓ガラスを泣きながら割ってしまう。そんな彼女の気持ちを
知らないジョンウォンは、病院で「会いたい女性はいない」と妹に言う。
やがてジョンウォンに死期が迫ったころ、彼は駐車違反を取り締まるタリムを喫
茶店の窓越しにいとおしそうに見つめる。そして写真館に戻り、自分の最後の
写真を撮る。黒いリボンがかけられ、そのまま遺影となった写真は微笑んでいた。
昭和30年代の日本を思わせるような、どこかノスタルジックな韓国の風景。日
本ではもう見られないような、楚々とした美しさのタリム。決してハンサムでは
ないけど、優しくて包容力のある性格が現れているジョンウォン。台詞は最小限
に抑えられていて、変わりゆく美しい季節が淡々と過ぎていく様子がフィルムに
焼き付けられている。
ジョンウォンは写真の仕事を愛している。子供たちが、好きな女の子の写真を
引き延ばしてくれと頼んできたら、からかいながら応じる。老い先短い老婦人が
遺影の写真を撮りに来たとき、精一杯美しく撮ってあげる。同級生たちと遊んだ
後の記念写真。家族の写真。写真は、一瞬一瞬の時を印画紙に焼き付け、生
きた証を永遠に残すもの。そして、ラストシーンの、写真館の店先に飾って
あった、タリムの写真。雪の季節、それを見て微笑むタリム。最後に自分の遺
影用の写真を撮ったときの、幸せそうな、でも少しとまどいを残したジョンウォン
の微笑み。彼の人生は、この写真のようであった。
タリムのことを本当に愛しているからこそ、先の短い自分は愛を告白できない。
彼女を悲しませたくない、悲しむ彼女の姿を見たくないから、病気であることも
彼女に言えない。ひっそりと、この世から立ち去った彼。結局投函できなかった
彼女への手紙「君だけは思い出ではありません。愛を胸に秘めたまま旅立た
せてくれた君に「ありがとう」の言葉を残します」には、涙が止まらなくなった。
彼女に死期が近いことを言わなかったことが、本当に誠実だったことだったか
どうかはわからない。だけど、それが彼女への愛の示し方だったのだ。
愛は思い出としては残らず、ただふたりの思いは、タリムの写真と、ジョンウォン
の遺影の中に一緒に封じ込められ、永遠に残されていたのだ。
お涙頂戴になりそうなテーマなのに、まったく押しつけがましいところがなく、
平凡で淡々とした毎日の積み重ねが生のきらめきを感じさせることによって、
より印象深い作品になっているといえる。
監督:エイドリアン・ライン
出演:ジェレミー・アイアンズ、ドミニク・スウェイン、メラニー・グリフィス
堕ちていく中年エロ親父ジェレミー・アイアンズを見せつけるために存在する
ような映画。彼の心境は本当に痛いとしか言いようがないほどよく伝わってくる。
「ダメージ」「戦慄の絆」「チャイニーズ・ボックス」などで見られたジェレミーの
演じた役の集大成というか、堕落中年ジェレミーのファンは必見だ。それ以外
の人にはどうなんでしょう?
14歳の時に恋におちた少女アナベルの幻影から逃れられない大学教授の
ハンバートは、下宿先でアナベルを彷彿させる少女ロー(ロリータ)に出会う。
彼はローの母親シャーロットと結婚するが、ローの魅力に取り憑かれ、ローも
無邪気に彼を挑発する。ローへの思いを綴った日記を読んでショックを受けた
シャーロットは道に飛び出して車に轢かれて死に、ハンバートとローは放浪の
旅に出かける。しかし、彼らを追うもう一台の車があり、ハンバートはその影に
怯え、嫉妬心をたぎらせながら、快楽に満ちた逃避行を続ける。
ロリータにどんどん耽溺し、嫉妬心の塊となって堕ちていくハンバート。
彼の視点にフォーカスを当てていて、その描写はすごいとしかいいようがない。
そして、彼を無邪気に惑わすロリータも、まさにロリータとしかいいようのない
小悪魔ぶりではまっている。あのお行儀悪さ、そして頭が悪そうに見えながら
もとってもしたたかでハンバートよりも一枚上手なところなどは、まさにニンフェ
ットそのもの。
語り口は長くゆったりとしていて、そのゆったりとした時間の流れの中でハンバ
ートがどんどん深みにはまっていくところを目の当たりにする。エイドリアン・ライ
ンらしい、あざとい芝居がかった演出も、クサいけど効果をあげている。しかし、
なんといっても、あのジェレミーの潤んだ瞳、いやらしさと純粋さの紙一重の狂
気はすごい。彼にしか出せない妖気だ。
時代背景は1940年代となっていて、甘ったるい音楽、いかにも終戦直後のア
メリカっぽい服装や美術がノスタルジックでなかなかいい感じではある。そして、
ロリータの衣装!まさにロリコン向きの、なんだかエッチだけど可愛い服ばかり
でこれはもう鼻血ブーという感じ。しかし、一番そそられるのが地味な制服という
のもロリコン趣味をうまく突いている。
監督:ルイス・マンドキ
出演:ケヴィン・コスナー、ロビン・ライト・ペン、ポール・ニューマン
シカゴの新聞社で働くテレーザは、息子とふたりで暮らすバツイチの女性。偶然
海岸で拾った瓶の中に、手紙を発見する。それは、この世を去ってしまった妻へ
宛てられた、美しい愛の言葉だった。早速この話は新聞記事になり、テレーザは
この手紙の差出人を捜し当てる。ノースカロライナに住むギャレットという男だ。
テレーザは彼に会いに行き、そして恋におちる。
過去の恋愛に生きるか、それとも未来を見つめて生きていくか・・。それを突きつ
けた作品である。主人公のふたりは、深く傷ついている。ギャレットは亡き妻キャ
サリンのことが忘れられず、自分のせいで彼女は死んでしまったのではないかと
自身を責め続けている。テレーザは夫の浮気が原因で離婚した。毎日潤いのな
い生活を送っている。
そして、恋におちたふたりではあったが、問題なのは、テレーザが愛しているのは
現実のギャレットではなく、瓶の中の手紙を書いた人物であったこと。そして、ギ
ャレットはずっとキャサリンのことが忘れられない。一度は彼に逢いに戻ったテレ
ーザを追いかけて捕まえることもできなかった。テレーザが、ギャレットに出会っ
たのは偶然ではなく、瓶の中の手紙を拾ったからであったことを、彼は知らなかっ
た。そしてその手紙が新聞の記事になったことを知った彼は、彼女の元を去って
しまう。過去に生きるという選択をしてしまったのだ。そして、本当の愛に気づいた
ときには・・・。
とても切ない話なのだが、もう少し、現実の、生身の人間同士の恋愛の葛藤を描
いて欲しかった気がする。役者は好演しているだけに、そして筋立てはロマンティ
ックなだけにもったいない。一人一人の孤独感、苦悩は十分描かれているのに、
どうしてふたりは愛し合うようになったかという恋愛の部分が弱い気がする。
ギャレットの父親役を演じたポール・ニューマンは文句無く素晴らしい。わたしが
テレーザだったら、絶対父親のほうに惚れると思う。かなり老けてしまっているが、
人生の先輩としての人間的な魅力にあふれている。
監督:フランソワ・オゾン
出演:サーシャ・ヘイルズ、マリナ・ド・ヴァン
海のそばの家。平穏な暮らしをしている妻と、可愛い赤ちゃん。妻サーシャの夫は
出張に出かけていて不在で、彼女はそこはかとない不安を抱えている。
そこへ訪ねてきたのがバックパッカーの女性タチアナ。サーシャに「テントを庭に
張ってもいいか」と尋ね、最初は戸惑いながらもサーシャは応じる。しかし、そのこと
は、平和な生活の崩壊を意味していた。
やがて、少しずつタチアナと親しくなるサーシャ。食事を与えたり、風呂を貸したり、
赤ん坊の世話を頼んだり。そして、サーシャは、タチアナを通して少しずつ秘められ
た欲望に目覚めていく。一方、タチアナは少しずつその悪意を表面化させる。数日
後、サーシャの夫が出張から帰ってくるが、彼が見たものは・・。
美しい海岸沿いの家で、幼い娘と恵まれた生活を送るサーシャ。水着に着替えて
海辺に出るのが日課だ。しかし、タチアナの出現で、強い緊張状態が生まれてくる。
もともと得体の知れない女性として現れたタチアナが、強烈な悪意を次第に現して
いって、さらに画面の緊張感を高めていく。そして、サーシャの幼い娘を抱くタチアナ
の表情は、尋常ならざるものを感じさせる。一方、最初はタチアナに不審感を持ちな
がらもどこか彼女に魅せられていき、自分の中にある欲望を目覚めさせるサーシャの
表情の変化。ふたりの女優の演技力が、日常に潜む底知れない恐怖を感じさせる。
中でも、タチアナがサーシャに、出産の時のことを尋ねるシーンの緊張感は、息をつ
ことすらためらわれるほどだ。そして一気に、クライマックスで吹き出す強烈な恐怖。
50分という短い時間を感じさせないものを作ってしまうとは、フランソワ・オゾンの才
能も大したものだ。決して後味のいい映画ではないが強いインパクトがあり、まとわ
りつかれるような作品である。
監督:フランソワ・オゾン
出演:フレデリック・マンジュノ、ルシア・サンチェス、セバスチャン・シャルル
ミックとリュックの少年ふたりは一緒に旅行に出かける。リュックはラジカセから流れ
るシェイラの「バン・バン」という曲に合わせて体をくねらせている。ラジカセからの音
に閉口したミックは自転車に乗って海岸に出かける。水着も脱ぎ捨てて海水浴をす
ると、ルシアが「タバコの火を貸して」と声をかけ、セックスしようと森へと誘う。ルシ
アは、サマードレスの下には何も着ていない。ミックは女性とする初めてのセックス
であったことを告白する。海岸に戻ると、ミックの水着は盗まれていた。ルシアは水
着を着ていたので、裸で自転車に乗るよりはましでしょ、と彼女のサマードレスを貸す。
サマードレスを着て自転車に乗るミックは、最初は恥ずかしがっていたが、そのうち、
なんだかうれしくなってしまって、「バン・バン」を口ずさみ、部屋に戻ってリュックと
男同士のセックスをする。そして、翌朝、港でルシアにサマードレスを返しに行く。
たった15分の作品なのに、同性愛と異性愛を行ったり来たりするセクシャリティの
目覚めを巧みに描いている。最初からミックと寝るつもりでサマードレスの下には
何もつけていないルシアのあっけらかんとした姿。若い裸体の上にサマードレスを
まとって、自転車で疾走するミックの爽やかさ。突き抜けた明るさのエロティズムが
何とも言えず、いい感じ。