ギャラクシー・クエスト Galaxy Quest

監督:ディーン・パリソット
出演:ティム・アレン、アラン・リックマン、シガニー・ウィーヴァー、サム・ロックウェル

1979年から1982年までテレビ放映された人気テレビシリーズ「ギャラクシー・クエスト」。
番組が終了してから20年近く経つのに、熱狂的な「クエスタリアン」と呼ばれるファンが
いて、番組の出演者たちは今やファンを集めたイベントのドサまわりで食いつないでいる
有様。そしていつものイベント会場に、いつになくマジな顔をした一団が紛れ込んでいた。
彼らは人間に化けたエイリアン「サーミアン星人」で、「ギャラクシー・クエスト」を歴史的
ドキュメンタリーだと勘違いし、出演者たちに助けを求めにやってきたのだ!

「ギャラクシー・クエスト」の熱狂的なファンたちの姿がまずとても笑える。登場人物たち
のコスプレを思い思いに楽しみ、熱いまなざしで、今やすっかり老けてしまったテレビス
ターたちを見つめる。彼らは出演者よりも番組に詳しくて、サイン会の時にはマニアック
な質問を投げかけて彼らを困らせたりする。

反面、この番組に出演していた俳優たちの心境は複雑だ。この番組は一世を風靡して
彼らは人気者になった。が、すでに終了して20年たつというのに、この番組での役のイ
メージが染みついてしまったため、他の番組からお呼びがかからなくなってしまい、すっ
かり落ち目に。仕方なく、熱狂的なマニア相手のイベントで食いつないでいる。シェイク
スピア俳優だったアレックスはトカゲと人間のハーフを演じていて、妙ちきりんなカツラを
かぶり、「トカゲヘッドに賭けて」という決めぜりふを言わされることに屈辱を感じている。
紅一点のグエン(なんともう50歳のシガニー・ウィーヴァー)はいい年して寄せ上げブラ
で胸を強調していて、いつも同じ台詞を繰り返し言わされているし、一人でスター風を吹
かしているネズミズは共演者たちに嫌われている滑稽な存在。

すっかり険悪な雰囲気が漂ってしまっているこれら落ち目俳優たちの元に、やってきた
サーミアン星人たちはいたって大まじめ。なんてったって、サーミアン星人たちの辞書に
は、つい最近まで「嘘」という文字はなかったのだから!彼らは「フィクション」というもの
が存在することも知らなくて、ギャラクシー・クエストの出演者たちは世界を救うスーパー
ヒーローだと本気で信じ込んでいた。そう、この映画はぶっちゃけて言えば宇宙版「サボ
テン・ブラザーズ」なのである!もう、彼らの純粋さったら、すごく可笑しいのだけど、思い
っきり泣かせてくれる。テレビに登場するセットと全く同じ宇宙船まで作ってしまって、し
かもテレビとおんなじ方法で操縦までできてしまうんだからすごい。テレビ番組を徹底的
に研究した彼らこそ、究極のおたくでもあったのだ。

大まじめで純粋なサーミアン星人を騙していて申し訳ないという気持がいっぱいでありな
がらも、なかなか本当のことを言えないギャラクシー・クエストの面々。彼らはいつしか、
必死に彼らのために悪のサリス星人と戦うのであった。それは、自分たちの誇りを取り
戻すための戦いでもあった。そして、最大のピンチに直面したときに彼らを救うのは、熱
狂的な「クエスタリアン」たち。番組のファンとしては、至福の瞬間であったことであろう。

「ギャラクシー・クエスト」という番組はあくまでもフィクションだし、俳優たちはこの壮大な
嘘の中に生きている。だけど、熱狂的なファンやサーミアン星人にとってはこの番組は
真実である。そして、番組の中の俳優たちが目の前にいて話しかけてくれたり、助けを
求めてきたときに、虚構の世界は現実となる。この映画は、テレビ番組に熱狂するファン
たち、そして彼らのアイドルであるテレビ俳優たちへの深〜い愛情が感じられる作品な
のだ。

実際にシェイクスピア俳優であるアラン・リックマン、シガニー・ウィーバー、ティム・アレ
ンといった現役の大スターが「落ち目のテレビタレント」を楽しそうに演じているのは、大
スターの余裕からだろうか?特にシガニー・ウィーバーはその年にはとても思えない可
愛らしさ、セクシーさだ。役名もつかないような端役でしか出演したことがなかったのに
いつのまにか俳優たちに紛れ込んでいるサム・ロックウェルも相変わらずいい味を出し
ている。基本的にはバカ映画なんだろうけど、おたくファンへの愛情も感じられるし、宇
宙船のシーンには思いっきりお金もかけているA級作品。おまけにサーミアン星人たち
のあまりの善良さ、純粋さには思わず泣かされるし、笑って感動できる楽しい映画。お
正月作品では随一の面白さを誇る作品なんじゃないか、と思う。

いつまでも二人で With or Without You

監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:クリストファー・エクルトン、デブラ・カーワン、イヴァン・アタル

結婚して4年の夫婦ヴィンセントとロージーはそろそろ子供が欲しいのだが、なかなか
授からない。二人して産婦人科にも通っているのだが不妊症が疑われている。そんな
ときやってきたのが、ロージーの文通相手にして初恋の人であるフランス人ブノワ。真
面目一方のヴィンセントに対して、ブノワはロマンティックでアーティスティックな男性。
ロージーの心は揺れるのであった…。

マイケル・ウィンターボトムといえば、厳しい境遇に悩み苦しむ人々ばかりを描いてきた
作家という印象があるが、この映画は筋を読んでみると普通のラブコメ。だけどウィンタ
ーボトムであるからして、意地悪な部分もしっかりあるところがポイント。ラブコメディなん
だけどベッドシーンがやたら多い。クリストファー・エクルトンの引き締まったお尻を何回
も見る羽目になる。しかも、妻がフランスの伊達男と浮気しているんじゃないかと気が
気でないクセに、実際に浮気しちゃうのは夫だったりするところもちょっと意地悪い。

夫ヴィンセントを演じたクリストファー・エクルトンが相変わらず圧倒的にうまい。彼は真
面目で堅物、サッカーを観戦したり仲間とゴルフしてその後でビールを飲むといった、
いかにもイギリス人(というかアイルランド人)のおやじというか無骨な感じの男性だ。
しかも、妻と結婚するときに警察の仕事を辞めて嫌々ながら妻の父が経営するガラス
工事会社に就職していた。そのことをちょっと悔やんでいるふしがある。そこまで自分
を犠牲にしているのに、彼は今ひとつ妻の実家にも気に入られていない。いかにも世
渡りが下手そうで気の毒な感じの男性だ。

それに対してブノワは、恋愛王国のフランス出身であるからして口も達者だし色気があ
る。クラシックのコンサートに行っては涙を流すようなロマンティストだから、もともと芸術
好きで文化会館で働いているロージーがクラリとするのも無理はない。ヴィンセントはブ
ノワに対して引け目を感じて彼に嫉妬してしまうのであった。ブノワに嫉妬を感じながら
も、北アイルランドまで押し掛けてきた彼に「出て行け」ということもできない弱気なヴィ
ンセント。妻を妊娠させることもできない彼は男としての自信も失ってしまう。なんてか
わいそうなんだろう。そしてタイミングの悪いところで、元の恋人でしかもロージーの旧
友であったキャシー(これがまたビッチな感じの女なんだ)の誘いについ乗ってしまい、
さらに最悪なことにはその情事がロージーにばれてしまうのである。まさにドツボとはこ
のことだ。

今回、ウィンターボトムは細かいところでうまく登場人物のキャラクターを表現している。
10代の頃のロージーがブノワに宛てた手紙では、彼女が薄暗い北アイルランドで朽ち
果ててしまうことへの不安が切々と綴ってあり、いかに彼女が感情豊かな少女であった
かというのがわかる。ロージーが嫌味な上司の悪口を館内放送で流して職場を去って
行くところも胸のすく思いをさせられ、彼女の大胆な性格をあらわしている。ブノワもブノ
ワで、ロージーが贈った手編みのセーターをボロボロになるまで着て、ロージーに自分
が編集したカセットテープを贈ってしまったりするようなやつ。(そういう人って昔よくいた
よね)フランス人とは生活力はなさそうだけどいつも愛や恋を語っていてロマンティックな
もの、というステロタイプそのまんまの男性だ。ブノワがロージーに贈ったテープのU2を
カーステレオで聴きながら二人で家を飛び出すシーンは、ヴィンセントの浮気にロージー
がキレた末の行動とはいえ、爽快だ。

でも結局二人のプチ家出は、彼らの関係が10代の頃の淡い思いとあまり変わっていな
いということを象徴するものであった。結局夫婦は元の鞘に簡単に収まってしまうのであ
る。浮気した夫をそんなに簡単に許せるものなのかなあ、大体ロージーはブノワと寝た
のかどうかもよくわからんぞ、という不満はある。だけど倦怠期を迎え、しかもなかなか
子供ができなくて揺れ動く夫婦の心理がとってもリアルに描かれていて、ちょっとドキッ
とさせられ身につまされる作品だ。