監督:マイケル・マン
出演:ラッセル・クロウ、アル・パチーノ、ダイアン・ヴェノラ、ジーナ・ガーション
大手タバコ会社B&Wを解雇された重役のワインガルトのところへ、CBSの人気報道番組
「60ミニッツ」のプロデューサー、バーグマンから取材の申し込みが入った。タバコの中毒
成分についての情報を握るワインガルトに、番組に出演して欲しいというものだ。会社を解
雇されるにあたり、医療保険や退職金と引き替えに守秘契約を結んだワインガルトは後込
みするが、バーグマンの熱心な説得に折れ、出演を承諾する。しかしその結果嫌がらせや
脅迫にさらされたワインガルトから妻子は去る。そして、バーグマンにもテレビ局から圧力
がかかり、番組は放映できなくなりそうになった…。
この映画は、「誇り」と「信頼」を守るための戦いのドラマ以外の何ものでもない。
ワインガルトはかつてはB&W社の研究部門の担当副社長であり、博士号を持つ科学者で
もある。あまたの一流企業を渡り歩いたエグゼクティブだった。しかしながら、そんな彼が、
落ち度もないのに解雇される。そればかりではない。会社側は医療保険や退職金を打ち
切ると脅して、守秘義務契約にサインをさせようとするのだ。取材を受けた彼に対し、自宅
には謎の脅迫メールが送られ、郵便ポストには銃弾が置かれるなどの嫌がらせを受ける。
FBIに被害の届出をしても、会社の息のかかった捜査員たちは、彼に疑いのまなざしを向け
る。職を失い、プライドを傷つけられたワインガルド。テレビ出演をしたことで、ついに彼の支
えとなるべき家族にまで去られ、すべてを失った彼。それでも、すべてを失ってまで守り通し
たいもの、それは彼の「誇り」であった。彼を侮辱した会社をなんとか見返したい。そして、
彼は有害物質を作っているこの会社を告発しようと決意したのであった。
柔和な顔立ちの、中年太りしたさえない男であったワインガルト。しかし、そんな彼が、この
告発劇に深くかかわるにつれてどんどん引き締まった表情を見せる。彼は証言禁止令が出
ていて逮捕される可能性があったにもかかわらず、裁判に証人として出廷することになった。
散々迷った挙句に証言を決意し、裁判所へと向かう彼の表情、歩き方は、戦場に赴く戦士
のように雄雄しく、これからどんな戦いが繰り広げられるのか、ワクワクさせられた。
ワインガルトは決して完全な人間ではなかった。感情が激しやすい性格であり、やや情緒
も不安定だ。最初にバーグマンから接触を受けたときも、彼に会うことを迷う。このまま黙っ
て会社からの手当てや医療保険を受け取り、家族と平穏な生活を続けたほうがどんなにい
いことかと、いつも揺らいでいる。会社から真綿で首を締められるように追い詰められ、絶望
しかける。彼の性格の弱い部分や、過去のスキャンダルを会社に暴き立てられるという屈
辱的な目にも遭ってしまう。
こういった欠点を持った人間であるという描き方が、彼に生身の人間としてのリアリティを
持たせている。そして、なんと言ってもラッセル・クロウの演技のうまさが光っている。ワイ
ンガルトという人物の複雑な部分も微妙に表現している、絶望したときの、みるみる顔色
を失って行く様子の見事な再現。化学の教師として職を得て、生徒たちの前に立ったとき
の、はにかんだ表情。戦地に赴くときの決意を込めた表情。神経質そうに首を傾げたり、
眼鏡を触ったり、ワインガルトという人間の弱さ、繊細さを全身で表現している。
もう一方の主人公であるバーグマン。彼はよりヒロイックでカッコイイ人物として描かれてい
る。冒頭、中東で目隠しをさせられ、身の危険を肌で感じながらのテロリストのインタビュー。
ワインガルトに何回も何回もファックスを送り、迷っている彼にヒルのように吸い付き離さな
い執念深さ。
そんな彼もまた、ジャーナリストとしての「誇り」を傷つけられた。ワインガルトが多くの犠牲
を払って応じたインタビュー。その放映を、CBSが拒否したのだ。タバコの有害性を証明す
るこのインタビューを放映すれば、B&Wに巨額の賠償を請求され、株価が暴落し、CBS
を身売りしようとした経営陣は大損害をこうむるからだ。あくまでもこの放映に固執したワイ
ンガルトは社内で孤立し、四面楚歌状態。「60ミニッツ」のプロデューサーから降ろされ、
強制的に休暇を取らされる。
プライドを傷つけられることと同じ位、バーグマンにとって致命的なのは、信頼を失うこと。
バーグマンが接触してきた後、ワインガルトはB&Wの経営陣に、屈辱的な守秘義務契約
に署名することを強いられた。ワインガルトは、バーグマンが会社に告発のことを告げ口し
たのではないかと疑うが、バーグマンは、これまで一度も取材対象との約束を破ったこと
はない、相手に信頼されているからこそ、スクープをものにし、良い番組を作り続けること
ができたのだという。バーグマンは、すべてを捨てて番組に出演することを承諾したワイン
ガルトに、必ず彼のインタビューを放映すると約束する。しかしながら、上層部の干渉によ
り放映できなくなりそうだと聞いたとき…。バーグマンは戦う。「あなた方はビジネスマンか、
報道の男か!」と迫る。男と男の約束を守るためにも、インタビューは放映されなくてはな
らない。これは彼の男としての誇りを賭けた戦いである。そして、戦いに勝つため、バーグ
マンは自分自身がインサイダー=告発者になるのであった。
しょぼくれたオヤジという風情のワインガルトにくらべて、バーグマンは格好いい。とても熱
い男だが、迷うこともほとんどなく、使命感に突き進んでいく人間だ。一匹狼的な存在であ
るけど、人気番組のプロデューサーというパワーがある。それゆえ、陰影に富み、人間くさ
いワインガルトに比べて、バーグマンは類型的なキャラクターで、アル・パチーノの暑苦しい
演技と相俟って、格好いいのだが一本調子になってしまっている。バーグマンの話が中心
になる後半部が、前半に比べて弱く感じられるのも、ワインガルトのほうが描き甲斐のある
人物であるからだ。オスカーにノミネートされたのがアル・パチーノではなくラッセル・クロウ
であるということも納得。
この映画は、実話に基づいている。事実とは多少違うところもあるようだが、B&WやCBS
など実在の会社名も登場するし、登場人物も実名で登場しているというのがすごい。日本
では絶対出来ないことである。しかし、この映画はどう考えても、タバコの害とか、企業によ
る妨害活動や、報道倫理の問題を扱ったものではない。二人の男の熱い生き様を描いた
作品なのだ。全編にみなぎる熱さは半端ではない。同じマイケル・マン作品「ヒート」でも観
られた、向かい合わせに座る二人の男の表情を、相手の背中越しに見せる構図がとても
効いている。反発しあいながらも、心を通い合わせ共に戦った二人の戦士。二人は、お互
いの約束を守るため、そして誇りを守るため、すべてを賭けたのであった。2時間40分とい
う長い映画であったが、血を熱くたぎらせ、全く飽きることなく彼らの生き様にしびれて観る
ことができたのであった。
しかしタバコについての話なのに、登場人物が誰もタバコを吸わないとは、製作者の強い
心意気が伝わってくるではないか。
監督:金子修介
出演:矢田亜希子、伊藤英明、桃井かおり、原田龍二、吉沢悠、永島敏行、徳山秀典
念じることで火を起こすことのできる特殊な能力、パイロキネシスを持った21歳のOL青木
淳子。彼女はその力を恐れ、母の言い伝え通り人と接触することを避け、身を隠すように生
きてきた。彼女が唯一好意を持っていた会社の同僚多田の妹が、連続少女殺人事件を起
こしていた少年グループに惨殺された。しかし彼らは少年法の壁に阻まれ罰せられない。
淳子は少年たちに激しい怒りを抱き、ついに封印していた力を解き放つ。が、彼女は警察
に追われるようになるばかりでなく、巨大な陰謀にも巻き込まれる。
特殊な能力を生まれつき持っていることは、幸せなことではない。淳子は子供の頃、彼女
に乱暴しようとした少年をその力で焼き殺してしまい、以後、人と深いかかわりを持つこと
のないように生きてきた。まるで死人のようなオーラをいつも漂わせている。強い感情を持
てば、火を起こし、人に危害を加えてしまうから、人を愛することもなければ、親しくすること
もない。彼女は想像を絶するような孤独な世界に生きている。恋とか、友情などは彼女に
とっては夢のまた夢の世界なのであった。
しかし彼女は、多田、そしてその妹雪江とふれあい、好意を持ってしまったことから、彼ら
に危害を加えた少年たちに激しい怒りを抱いてしまう。人間らしい感情を持つということが、
彼女に、封印していた恐るべき力を解き放たせてしまうということになるという悲劇。淳子
は少年グループに正義の鉄槌を下すのであるが、たとえどんな極悪人であっても、殺して
しまうのは罪に当たる。彼女は警察に追われる。
彼女が起こした激しい炎は、一度起きてしまったらもう彼女の手には負えない。無関係な者
さえも巻き込んでしまうほどだ。彼女は一種のモンスターである。自分の意志とは裏腹に、
強い感情は炎を起こしてしまうのだから。彼女は、銃が自分に向けられたらやはりその意志
とは裏腹に、自動的に巨大な兵器、銃に変身してしまう『アイアン・ジャイアント』の鉄巨人と
同じような存在なのだ。モンスターである彼女は普通の人間にはなれないし、普通の人間の
中で生きていくことはとても困難だ。
というわけで、彼女の前には、超能力を備えた少年木戸、そして同じくパイロキネシスの力
を持った少女かおりが出現する。異能の者たちは、人間社会に溶け込めないゆえ、身を寄
せ合うように生きていくのだ。しかし、そんな淳子を多田は愛そうとする。
『デッドゾーン』等に見られるような超能力者の哀しみがメーンテーマである。そして、また「
正義」とは何か、ということもここでは問われている。現実の世界でも、少年犯罪が多発して
いるが、どんなに凶悪な犯罪を犯しても、少年法の関係で、犯人はその罪にふさわしい刑
罰を受けることがない。そんな由々しき状況に、生まれ持った力を使って淳子は復讐を果た
すのだが、本当に極悪人である少年たちが法では裁かれず、正義の鉄槌を下した淳子が
警察に終われるという矛盾。
パイロキネシスという超能力がモチーフとなっているため、炎の表現にとても凝っている作品
となっている。中でも、警察署の中で、淳子が風に舞う書類を発火させ、いくつもの炎のつい
た書類が飛び回るシーン、そしてクライマックスの遊園地の炎上シーンは高揚感をもたらす
ものだ。炎に煽られた淳子の切ない表情の美しさといったら、言葉を失うほどである。
怒りだけでなく、ちょっとした感情の高ぶりでも、淳子の体は熱を放つ。雪の降る中、多田と
淳子が抱き合うシーンで、淳子の体から放たれた熱がオーラ状に二人の体を包み、雪を跳ね
返すシーンも幻想的で美しい。ラストシーンと併せて、この作品は、ファンタジーなのではない
かと思わせる。
淳子を演じる矢田亜希子はとても綺麗なのに、どこか暗い、化け物じみたイメージを持たせる
のに成功していて、尋常ではない存在感を漂わせている。他の若い俳優たちもとても魅力的
なのだが、台詞廻しが下手な人ばかりなのが残念。淳子を追う女刑事役の桃井かおりはさす
がに貫禄があって安心してみていられるし、ダークなストーリーにユーモアを加えている。
連続殺人犯の少年グループを操っている超能力者のグループ、そして黒幕の関係が説明不
足でよくわからないのがこの作品の欠点。また、淳子を愛するのが、多田と、もう一人の超能
力者木戸の二人なのだが、男性のキャラクターが二人となっててしまっているため、二人とも
十分描かれているとは言えない。しかし、モンスターである淳子の哀しみ、多田と淳子のせ
つない恋という哀しい要素は情感深く描かれている。そしてファンタジックな部分と炎のスペク
タクルをあわせると、エンターテインメント性もあるし、なかなか魅力的な作品に仕上がってい
ると思う。
監督:ラッセ・ハルストレム
原作・脚本:ジョン・アーヴィング
出演:トビー・マグワイア、マイケル・ケイン、シャリーズ・セロン、ポール・ラッド、デルロイ・リンド
メイン州の片田舎の街セイント・クラウズにある孤児院。院長のラーチ医師は、孤児を預かる
だけではなく、望まない妊娠をした女性の堕胎手術も手がける。この孤児院で育ったホーマ
ーはラーチの助手として「人の役に立て」という言いつけを守り、数々の出産や堕胎の手伝い
をする。ある日ここに堕胎手術のためにやってきたのがキャンディとウォリーという若いカップ
ル。自分の生き方に疑問を持っていたホーマーは、彼らと共に孤児院を飛び出し、ウォリーの
家が経営するリンゴ園で働くことになる。やがてウォリーは戦争に出征し、残されたキャンディ
とホーマーは恋におちて…。
キャンディとウォリーとともに孤児院を出たホーマーは、生まれて初めて海を見て、そして孤児
院でいつも観ていた「キングコング」以外の映画を、初めてドライブインシアターでキャンディと
観る。そしてキャンディとの初めての恋。リンゴ園での生活は楽しかった。孤児院の院長の座
を追われそうになったラーチが、ホーマーに後継者になって欲しいと手紙を書くが、ホーマーは
戻らないという。キャンディと過ごした輝かしい時間。しかし、その幸せな日々は長く続かなか
った。リンゴ園の労働者たちの頭の娘ローズに起きた出来事。戦争に行ったウォリーを襲った
悲劇。
少年が様々な出来事、旅立ち、そして恋を通して大人になっていく過程を丁寧に描いた作品。
普遍的な青春ストーリーである。だけど変わっているのが、主人公の生まれ育った境遇、堕胎
を多く行う孤児院で育ったということ。たくさんの女性がここで子供を産んでは預けたり、妊娠中
絶を行う。新しい命がやってきたと思ったら、消えていく命もある。里親が見つかってここを出て
いく子供もいる。生と死、出会いと別れが繰り返される場所なのだ。そこで、ホーマーは人一倍
多感な青年として育っていく。
サイダーハウス・ルールとは、ホーマーが働くことになったリンゴ園の規則だ。リンゴ園では、
黒人の季節労働者が、季節の移り変わりと共にやってきて宿舎に泊まり働く。その労働者た
ちのために規則が定められているのだが、黒人労働者たちは文字が読めないため、これらを
読むことが出来ない。そしてホーマーがこれら規則を読み上げたとき、彼らはそれを全く守って
いないと言うことに気がつく。しかしながら、これらの規則はどうでもいいような些細なきまりで
あり、守っていないからといって何ら支障のないようなシロモノである。規則なんて、実際にこ
こで働いている人間たちが決めればよいものなのだ。そして、このことは、リンゴ園だけでなく、
人生においてもあてはまるものであった。
孤児院でホーマーはラーチの助手として、堕胎手術をいくつも手がけるが、彼はそのことに疑
問を持つ。なぜ、生まれてくるはずの命を自分の手で断ち切らなくてはならないのか。この作
品の舞台となっている1943年、まだ妊娠中絶は違法であった。それに対して、ラーチは、こう
するのが最善の方法である人もいるのだという。ここにやってくる患者の中には、望まない妊
娠をしてしまい、自分で処理しようとして命を落としてしまう女性もいた。法や自然の摂理に反
していたとしても、自分の生き方を選んだ人間に対して、手助けをすることこそが「人の役に立
つこと」であるとラーチは教える。堕胎を行うことで救われる人もいる。後に、ホーマーはリンゴ
園で、産婦人科医として身に付けた技術を使い、本当に人の役に立つということは何なのか、
思い知ることになる。
人に役に立つことを為すためには、ときには世の中で決められたルールではなく、自分で決め
たルールに従って行動することも必要だという教え。その教えは、彼がリンゴ園に行ってからも
役に立つことになる。ホーマーは、恋人ウォリーが戦争に行ってしまい、ひとりぼっちになってし
まったキャンディの相手をしているうちに、恋におちる。リンゴ園での仕事を世話してくれた恩人
ウォリーの恋人を奪うなんて、人の道に反しているのかも知れないけど、寂しがり屋のキャンデ
ィには、ホーマーが必要だったのだ。そして、リンゴ園で起きた一つの悲劇的な出来事につい
ても、ホーマーは役に立つことが出来た。
孤児院では、ラーチは孤児たちの父親のような役割を果たし、毎晩子供たちに本を読んでやる。
運良く里親が見つかり孤児院を出ていく子供がいると、その晩、ラーチは「おやすみなさい、ホ
ーマー」という風に孤児たちに呼びかけ、みんなでその別れを惜しむ。このような温かいところ
でホーマーは育った。しかし彼は広い世界を覗いてみたくなり、孤児院を後にする。手塩に掛
けて育てた息子のようなホーマーがこの場所を去っていくのを見るラーチの表情が、胸を打つ。
型破りな老医師ラーチを演じたマイケル・ケインの演技は文句のつけようがないほどの名演で
あり、オスカー受賞も納得できる。自分の主義に忠実に生きた男がふと見せるさみしい表情に
は胸をかきむしられそう。彼の意志をホーマーが引き継ぎ、そしてホーマーから他の孤児たちに
も脈々と伝えられるのかと思うと感慨もひとしおである。原作/脚色のジョン・アーヴィング作品
特有の、清濁併せ呑み、様々な生や死のドラマが繰り広げられながらも、幸福感を感じさせられ
るみずみずしい物語。ぜひ若い人には見てもらいたい作品だ。