イギリスから来た男 The Limey

監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:テレンス・スタンプ、ピーター・フォンダ、レスリー・アン・ウォーレン

イギリスの刑務所から9年ぶりに出所した男を待っていたのは、愛娘ジェニファーの交
通事故死の知らせだった。しかし彼女の死を信じられない彼は、真相を調べるためにロ
サンゼルスに渡る。そこで彼を待ち受けていたものは…。

『アウト・オブ・サイト』でスティーブン・ソダーバーグが見せてきた手法−画面の止め、
切り返し、登場人物のクローズアップ−をさらに研ぎ澄ませることによって、キャラクタ
ーの心情を描き出そうとする効果がビシッとスタイリッシュにキマっている。

物語そのものは非常に単純だ。自分が刑務所に入っている間に不審な死を遂げた娘。
彼女がなぜ死んだのか、その真相をひたすら追い続ける父親を描いているだけ。そし
て、作り手はただ一点、テレンス・スタンプという俳優をカッコ良く描くということに力を
注いでいる。しかしその一点に絞っているということが、思いがけない効果を生んでい
る。ひたすら積み重ねられるテレンスの顔、そのクローズアップが、何よりも雄弁に物
語を語っているのだ。

テレンス・スタンプ演じる男ウィルソンがどんな男で、なぜ刑務所に9年も入っていたか
ということはほとんど描かれていない。そんな情報は不要なのだ。すっかり銀髪になり
皺が深く刻まれた初老の男がたった一人でアメリカに渡り、見るからにやばそうな所に
単身乗り込む。それだけでも狂気の沙汰なのに、そこで銃を手に、一度は叩き出された
敵の倉庫に戻って、次の瞬間には顔に返り血を浴びた姿のクローズアップ。彼がいか
にエキセントリックで、しかも娘のことを強く思っていたかが伝わってくる。
娘と恋人関係だった音楽プロデューサー、テリーの邸でのパーティに乗り込むときも、
平然と大男を投げ落として殺したり、そんなことがこともなげにできるような男なのだ。
青く澄んで鋭い光を放つ鷹のような目、スリムな体を黒いスーツに包んだ姿が、そのス
トイックな狂気を強調する。

そんな彼を迎え撃つ、60年代の遺産を食って生きている胡散臭い音楽プロデューサー
を演じるのが、やはり60年代のイコンであったピーター・フォンダ。バブリーな邸のプー
ルで栄光の過去を若い愛人に語るようなやなヤツである。しかし、この男はウィルソンと
同じ思いを、ジェニファーに対して持っていたということが明らかになるのだった。

この二人に共通する思い、それをつなぐのが、ウィルソンの過去に起きた、ある出来事。
そして、ウィルソンの20数年前への回想シーンに使われているのが、実際にテレンス・
スタンプが主演した1967年のケン・ローチ監督作品『夜空に星のあるように』だ。妖しい
までの美貌を誇った若き日のテレンス・スタンプ。その回想シーンの中に登場する娘の
行動が、二人の男の間に共通するある感情を呼び覚ましたのであった。その感情の切
なさ。愛する者を永遠に失った二人の男の魂が触れあった瞬間があった。

なぜそこまで、もう死んでしまってこの世にはいない娘についてこだわるのか。長らく刑
務所に入っていたため娘と実際に触れることの少なかったウィルソン。父親としての悔
恨が、彼女の死の真相をたどることによって少しでも彼女の心に近づきたいという思い
を強くさせたのだ。それは、愛する女を、十分理解することもなく死なせてしまったテリー
にもどこか通じる思いであった。

非常に凝った映像表現、そしてテレンス・スタンプの強烈な存在感。この二つの要素だ
けで一本の大胆でスタイリッシュな映画を作ることのできるソダーバーグ。大した映画監
督だと思う。

サルサ! Salsa

監督:ジョイス・シャルマン・ブニュエル
出演:ヴァンサン・ルクール、クリスティアンヌ・グゥ、カトリーヌ・サミー
クラシックの天才ピアニスト・レミは、ラテン音楽への情熱を隠しきれず、大事なコンクール
の時にサルサのフレーズを弾いてクラシック界を去る。大好きなラテンの世界で生きてい
きたいと願うが、キューバ人の友人には「サルサはチョコレート色の肌の人間が演奏しな
いと。お前のようにバニラ色の肌をした人はダメだ」と言われてしまう。そこでレミは肌を黒
くして名前も「モンゴ」に変え、キューバ人作曲家バレートのバーのスペースを借りてサル
サ教室を開く。そこにレッスンを受けにやってきた、保守的な家庭の娘ナタリーと、レミは
恋におちる。が、ナタリーは彼がキューバ人だと信じて疑わなかった…。

白人の青年が大学に入るために黒人のふりをする『ミスター・ソウルマン』という映画があ
ったが、この作品も話の筋だけをとるとその映画に似ている。とーってもストレートで単純
な物語だ。自分がキューバ人であるという嘘を恋人につき、いつ真実を告げようかと悩む
主人公。逆に、「相手がキューバ人であったから恋をしたのであって、フランス人だったら
果たしてどうだったんだろうか?」という疑問がヒロインには投げかけられる。メーンテーマ
としては、秘密と嘘、寛容性についての物語と言うことだろう。

しかし、この作品の大きな魅力は、なんといっても音楽とダンスの素晴らしさだ。キューバ
の人気グループ、シエラ・マエストラによる演奏は素晴らしいし、キューバン・ミュージシャ
ンたちが演奏しているときの表情の生き生きとしていて楽しそうな様子は、見ているだけ
で幸せになる。お堅い家庭に育ち、地味なOLだったヒロインのナタリーも、初めてサルサ
クラブに足を踏み入れ踊り始めると、パッと花が開いたようにセクシーに、情熱的に踊る。
これまで自分を縛っていた様々なものを解き放ち、光り輝くその姿には、音楽とダンスのと
てつもない力を感じさせられる。生きることの歓びを伝える彼女のダンスと、キューバ音楽
を見て聞いていると、こちらまで嫌なことを忘れて至福の時に連れて行かれてしまうのだっ
た。

また、この映画ではヨーロッパに横行している人種的な偏見に対する警鐘も鳴らされてい
る。キューバ人だという理由で不法滞在の外国人だと疑われ、レミが屈辱的な取り調べを
受けるシーンや、保守的なナタリーの家族や婚約者がレミの祖国を馬鹿にする場面など
に、その愚かさが現れている。(ナタリーの婚約者がとってもイヤミな高級官僚だというの
もあまりにも王道の展開)そして、キューバ人だからセクシーで情熱的だ、嫌なことを音楽
やダンスで忘れる、というステロタイプを逆手に取ったりしている。でも、この辺の描写は
型どおりのものだ。「悲しみは笑顔で隠すのがキューバ人だよ」という台詞はとても素敵だ
けど。

とても素敵なのが、ナタリーの祖母のエピソード。なんといっても、遠い昔にキューバ人と恋
をして相手を何十年も忘れずにいたという彼女が、ナタリーのダンスの手ほどきをしたという
のはロマンティックではないか。この後に出てくる出生の秘密、そして祖母とその恋の相手
との意外な再会というエピソードは、今時そんなのあり?というくらいベタだけど、でもロマン
ティックコメディの王道を行っていて好ましい。

ものすごい傑作とかすごく良くできた作品、というわけではないし突っ込みどころも沢山ある
けど、見ている間はとにかく幸せ、終わった後もニコニコできる映画だ。音楽の持つ圧倒的な
パワーを実感。

グリーン・フィッシュ The Green Fish

監督:イ・チャンドン
出演:ハン・ソッキュ

兵役から故郷の町へと戻ってきた青年マクトン。帰る途中の列車の中で、一人の魅力的な
女性を助ける。町ではいい仕事を見つけることのできなかった彼は、ソウルに出かけ、列車
で出会った女性ミエと偶然再会。彼女はヤクザの情婦だった。やがてヤクザのボスに気に
入られ、彼も黒社会の一員となるが…。

マクトンはごく普通の心優しい、家族思いの青年。3人の兄弟、とりわけ知的障害のある兄、
そして母親や兄の子供たちとも仲良くしている。しかし、彼の故郷の農村には仕事がない。
ヤクザの親分に「お前の夢は何か」と聞かれ、彼は語る。いつの日か、お金を貯めて故郷で
家族と共に食堂を開くことだと。そんな気のいい若者が、いつしか都会の闇にからめ取られ、
ヤクザの抗争に参加し、人を殺しそして滅びていく様を描いたフィルム・ノワールだ。

どんなにどっぷりとヤクザの世界にはまっても、マクトンという人間の本質は変わらない。見た
感じは、ごく普通の朴訥な青年のままだ。ヤクザのボス・テゴンが彼のことを気に入るのも、
そのことが理由なのではないかと思う。テゴンは無一文の状態からヤクザの組織を始め、今
や再開発事業まで仕切るような大物にまでのし上がっている。マクトンという存在は、テゴン
にとっては若い頃の自分をどこか思い出させるのであった。

そしてミエも、そんなマクトンのことを気に入っていて、時には二人でふらりと電車に乗って遠
くへと旅をした。幼い頃の自分を写した写真を彼女にプレゼントするマクトン。一瞬心が触れあ
いながらも、それ以上近くまで寄ることはできない二人。物語の終わり、ふと立ち寄った食堂
で、マクトンからもらったのと同じ写真を見つけて、ひっそりと涙を流すミエだった。

組織の一員となっても、時には故郷に帰って家族と楽しい時を過ごすマクトン。しかし、もはや
彼はもうこの故郷には戻ってくることはできない。急速にベットタウン化する農村には、彼の居
場所はもうなくなっていた。家族に見せる優しい顔とうって変わって、抗争の時にマクトンが見
せるのは凶暴性。マクトンに限らず、この映画の中のバイオレンス・シーンは突発的で、しかも
非常に痛そうだ。人が人を殴ったときの鈍い音がやけにリアル。銃が登場する場面はなく、人
の体と体のぶつかり合いばかりであるのが、暴力の中に情念を感じさせる。

平凡で優しい青年がいつしか暴力の道に為す術もなく堕ちていき、その中でも人間らしさを失
わないようにもがく様を演じたハン・ソッキュ。いつ見ても、演技が素晴らしくうまい役者だ。「グ
リーン・フィッシュ」とは、彼が故郷の兄と、電話で幼い頃の思い出話を話したときに登場した魚
のことである。