アンジェラの灰 Angela's Ashes

監督:アラン・パーカー
出演:エミリー・ワトソン、ロバート・カーライル

大恐慌時代。明るい未来を信じてアメリカに渡ったマラキとアンジェラの夫妻は夢やぶれ、
5人の子供たちと共にアイルランドに戻ってくる。マラキは酒浸りでろくに働かず、アンジェ
ラは物乞いをしながら石炭を拾い、家族を支えていた。貧困のために、子供たちは一人一
人死んでいく。そんなどん底の生活の中でも、長男フランクは夢と希望を持ち続け、たくま
しく明るく育っていく。フランクの目を通した、この一家の物語。

最初から最後まで、貧乏生活の描写が延々と続く。フランクの一家は赤貧洗うが如しの貧
しさで、掘っ建て小屋のような家に住み、子供たちはぼろをまとっている。彼らが住むアイル
ランドのリムリックという街では、いつも雨が降っていて、湿気が多い。この雨と湿気、そし
て飢えもあって、マラキとアンジェラの子供たちは、一人、また一人死んでいく。生まれたば
かりの女の子も、可愛い双子も。カトリックであるため避妊しないので、子供が死んでしまっ
てもどんどん子供を産むアンジェラ。それがまた一家の貧しさに拍車をかける。

いつでも降り注いでいる雨と、濡れた路面、湿った空気。死んでいく子供たち、飢え、貧困。
しかし、決して暗い物語ではない。確かに幼心にも兄弟が一人一人死んでいくのは、この上
なく悲惨なことだし、貧しいあまり靴も買ってもらえず、穴の空いた靴を古タイヤで修理して学
校に履いていけば笑われる。家賃が払えなくて家を追い出されることもたびたびだし、せっか
く引っ越した家は、雨が降れば水浸しになるし、近所が糞尿を捨てていったりして不衛生この
上ない。母親は居候させてもらう代わりに、その家の家主の愛人になることを強いられる。フ
ランクには文章の才能があるのに、貧しい家であることから蔑まされ、学校も中退を余儀なく
される。

陰鬱な話だ。それでも、明るさと希望を感じさせる物語なのである。フランクは、こんな悲惨な
生活の中でも、楽しむ術を心得ている。父親から面白い話を聞いては笑い転げる。悪ガキど
もと一緒に、同級生の姉妹の着替えを覗いてオナニーする。腸チフスで入院すると、その間
シェイクスピアを愛読し、入院の結果留年することになっても素晴らしい作文で教師を唸らせ
て元の学年に復帰する。映画館のもぎりを欺いてタダで映画を観ては興奮する。石炭運びの
バイトをして、結膜炎で目を真っ赤にしながらもお金を稼ぐ喜びを体験する。そして切ない、初
めての恋。フランクのみずみずしい感情がきらめいて、絶望の中の希望の光を感じさせてくれ
る。

この作品のもう一つの魅力は、素晴らしい役者陣だろう。
一家の大黒柱であるべき父親マラキはプライドが高いため、人に頭を下げることができない。
インテリらしく、子供たちに面白い話を聞かせてくれるときにはいい父親なのだが、酒浸りだ。
子供の出産祝いも全部飲んでしまうし、仕事が見つかってもすぐクビになってしまう。生活能
力のない、どうしようもない父親なのだ。アンジェラが苦労して石炭を拾ったりしているのに、
彼は「武士は食わねど高楊枝」的な態度を崩さず、「子供が飢えようが死のうが知らん、オレ
の本当の実力に誰も気がついてくれない。仕方ないからオレは酒を呑むぜ」という完璧な人
間の屑。大体子供が5人もいるのに、妻に襲いかかってまた子作りまでしたりするんだから…。
それでも、リアリティを持たせつつ不思議と憎めないキャラクターになっているのは、彼を演じ
ているロバート・カーライルの演技力と魅力の賜物だ。

アンジェラを演じるエミリー・ワトソンも、いつものエキセントリックさは影を潜めていて抑えた演
技をしているけど、でもただ単に「耐える女」では終わっていない。生き残るためになりふり構
わず強く生き、強烈な情念の「女」を感じさせるのである。少年の目から見た母親の姿なのに
少しも美化されていなくて、やさぐれた女として描かれているのが意外だが、強い印象を残す。
アンジェラは親子が住む場所を確保するために、親戚のデブで気色悪い男と寝ていて、思春
期の息子は、母の喘ぎ声やベッドがきしむ音を聞かされるんだからたまらないはずだ。このア
ンジェラが夫マラキに対してどのような感情を持っていたのか描けていれば、きっと大傑作に
なったのではないかと思う。

非常に丁寧に、細やかに描かれた映画であるけれど、難を言えば物語に緩急がなく、クライ
マックスが際だっていないということが挙げられる。長い苦難の末、フランクはアメリカ行きの
切符を手にする。アメリカは幼い頃、一度は出て行かざるを得なかった夢の国であるのだけど、
なぜ彼がアメリカをそこまで夢見たのか、というのが描けていないから、このクライマックスが
盛り上がらない。たしかに物語の始まりと終わりが両方ともアメリカというのはキレイなまとめ
方ではあるけど。あといくら強欲な金貸し婆さんのお金だからと言って、それをネコババしてい
いものなのかなあ。彼女との出会いがあったからアメリカに行けたのだから、彼女に感謝しな
いと。

というふうに欠点はあるけど、かくのごとく細部まで少年の心の揺れ動きを描いて、暗いはず
なのに爽やかな青春映画に仕上げたのは、流石アラン・パーカーの職人芸と言える。カーラ
イルとエミリー・ワトソンの熱演、そしてフランクの成長ぶりを見るだけで十分価値があると言
える。旅立つ前のフランクの目の前に現れた自分の子供時代、そして少年時代の姿の幻。
過去の自分たちの分身に彼がサヨナラを告げた場面にはじーんとした。

キンスキー、我が最愛の敵 Meine Liebster Feind

監督・出演:ヴェルナー・ヘルツォーク
出演:クラウス・キンスキー、クラウディア・カルディナーレ、エーファ・マッテス

ナスターシャ・キンスキーの父親としても知られるドイツの怪優クラウス・キンスキー。91年に
亡くなったこの強烈な俳優を、5本の自作に起用した映画監督ヴェルナー・ヘルツォークが述
懐し、キンスキーの出演作を通して振り返る。

クラウス・キンスキーは強烈としか言いようがない、とんでもない役者だ。まず、容貌が怪異。
ギョロッとしたでっかい目に狂気の光。『アギーレ・神の怒り』『フィッツカラルド』で彼が演じる
人物像も狂人であり、これらの出演作での彼は、スクリーンから飛び出して、今にも観客に飛
びかかりそうな勢いがある。

ヘルツォークが語るエピソードの一つ一つが物凄い。13歳のヘルツォークが下宿先で初めて
遭遇したキンスキーは、風呂場に立てこもり48時間も叫び続けた。3オクターブの声でワイン
グラスを割った。撮影中、エキストラが血だらけになるまで頭を殴り続け(かわいそうに、その
エキストラの頭には未だに傷跡が残っている)た。その上彼はエキストラのテントに向かって銃
弾をぶっ放し、指先を吹き飛ばされた人もいた。自分が画面の中心に映っていなければ気が
済まないし、監督の言うことなんて聞くわけない。エキセントリックなことこの上ない。そのくせ、
金を積まれればどんな監督の作品にも出るし、どんな奥地へも出かけていく。彼には、時とし
てキリストまでもが憑依する。自分のことをキリストだと本気で思いこんだりすることがあるのだ。

しかしこの狂人キンスキーのエピソードを語るヘルツォークの表情は、嬉しそうなことこの上な
い。どんなにキンスキーがとんでもない奴だと言っていても、愛する人のことをノロケているよう
な雰囲気があるのだ。最初は一方的にキチガイの仕打ちに耐えている善良な男だというふう
に見せかけていて、実は彼も相当な食わせ物なのだ。『フィッツカラルド』でエキストラが毒蛇
に足を噛まれ、命を失うよりはと彼の足を切断したエピソードを彼は披露するが、映画撮影に
較べて足の一本や二本、どうってことないという口振りなのである。映画撮影のためにペルー
やアマゾンまで出かけ、原住民たちとやり取りするのだから、たしかに並大抵の人間ではない。

キンスキーとヘルツォークの間に流れていた感情は、半端ではない愛憎だった。『フィッツカラ
ルド』の撮影中、あまりのキンスキーのキレっぷりと横暴さに我慢の限界まで来た原住民たち
はキンスキー暗殺計画をヘルツォークに持ちかける。「彼は撮影に必要だ」と一旦申し出を断っ
たヘルツォークだったが「やっぱり計画を実行した方が良かった」と後悔したりしている。実際、
その後もキンスキーの家を放火しようとしたり、撮影現場から去ろうとするキンスキーに、「お前
が脱出するまで8発お見舞いして、9発目の銃弾は自分に取っておく」と脅したりしていた。そ
んな恐ろしげな話まで、平静に淡々と語ってしまうヘルツォークは、映画が進むにつれてどんど
ん変態に見えてくる。

ヘルツォークは、キンスキーにひどい仕打ちをされればされるほど、歓びを感じてしまう真性の
マゾヒストなのだ。そして、こんなとんでもない奴と二度と仕事するか、こんな奴なんて殺してし
まえ、と思うほど憎んでいても、でも一旦別れてしまうと寂しくなって忘れられなくて、また再び
コンビを組む。彼らは呪縛のように離れられない、恋人同士なのである。

そしてヘルツォークがその変態ぶりを最大限に発揮するのは、大女優クラウディア・カルディナ
ーレをインタビューしているとき。彼は当時の日誌を披露するのだが、誰にも読みことが不可能
な、暗号のような細かい字でびっしり書き込まれているのだ。こんな日誌をつけることができる
のは、やっぱり変態というかビョーキの人しかいない。なんだかんだ言って、あのスーパーエキ
セントリックなキンスキーの魅力が最大限に発揮されているのは、ヘルツォークの作品なので
あり、猛獣遣いのごとく彼を操ることができたのだから、ヘルツォークもとんでもない人なのだ。

キンスキーは61歳という若さでこの世を去ってしまうのだが、彼の異常なまでにハイテンション
な生き方を見ていると、61歳まで長生きできたのが不思議なくらいだ。それくらい、彼は全身全
霊役者であり、猛スピードで人生を駆け抜けた、希有な個性なのであった。この映画は、ヘルツ
ォークからキンスキーへのラブレターである。事実は映画よりも奇なり、というが、怪人二人の愛
憎関係を描いたこのドキュメンタリーは、並大抵の映画よりもずっと面白い。