シビラの悪戯 27 Missing Kisses |
監督:ナナ・ジョルジャーゼ
出演:ニノ・クヒアニチェ、エフゲーニ・シディチン、シャルヴァ・イヤシヴィリ
グルジアの小さな村に住む伯母マルタの元にやってきた14歳の少女、シビラ。
美しく天真爛漫な彼女に、同い年のミッキーは一目惚れ。だが、シビラのほうは、
ミッキーの41歳の父親アレクサンドルに恋をした。浮気な人妻ヴェロニカや、ア
レクサンドル、鉄工所の守衛ピョートルなど大人たちは日夜セックスがらみの騒
動を繰り広げる。そして、自由奔放なシビラも、過激な言動で小さな街では有名
になる。幼い彼女を相手にしてくれないアレクサンドルにいらだつシビラが、彼の
ベッドに忍び込み、悲劇が起こるのであった…。
舞台となるグルジアの村の雰囲気がものすごくエッチで面白い。シビラがバスに
乗ってこの村にやってきたときも、ヴェロニカの夫であるイカれた中尉が砲弾を所
構わず発射しまくるので、バスのブレーキが壊れてしまう。いつも真っ赤なドレス
を着ているヴェロニカは年中フェロモンを振り撒いては、村中の男性と関係を持つ。
シビラが恋するアレクサンドルも、ヴェロニカを始め多くのガールフレンドたちと情
事を楽しんでいる。そんな村で、「エマニエル夫人」の上映会が開催されるものだ
からもう大変。村中の人々が鉄工所のホールに押し寄せては興奮しているのだ。
そのおかしいことといったら!もっと凄いことに、映画にすっかりあてられてしまっ
たピョートルとヴェロニカは、守衛室でいざ合体しようとして、彼のペニスが大きす
ぎるというのでベアリングをペニスにはめてしまい、今度は抜けなくなってもう大
変!妻がアレクサンドルと野外の情事に励んでいるのを目撃してしまった中尉は、
怒り狂って二人に向けて砲弾を撃ちまくり、逃げ惑う彼らの姿も強烈に可笑しい。
なんともおおらかで、人生を愛する人々たちが集まっている哀しくも滑稽な場所な
のだ。
そんなふうに、セックスのことばかり考えている村人の中にあって、シビラも当然
性への好奇心を抑えきれないのだが、しかしどこまでもピュアな彼女は、実践す
るのではなく、大人の男であるアレクサンドルに一途な思いを捧げるだけである。
このシビラが、またとないほどの眩しさを放っている。金色の巻き毛、大きな瞳、
柔らかそうな唇と好奇心で輝く大きな瞳、伸びやかな肢体と、意外なほどの低く
てくぐもった声。天使が舞い降りてきたような美少女だ。彼女は、まだ自分の美し
さや魅力に気づいていない。だけど、14歳のミッキーは彼女にとってはまだまだ
子供。とても異性だとは思えない。シビラとミッキーは水遊びしに行ったり、ハチミ
ツを取りに行ったり、幼いキスを交わしたりたくさんの素敵な瞬間を共有する。「エ
マニエル夫人」の上映のときも、子供は入っちゃダメ、といわれてホールに忍び込
みスクリーンの裏側で映画を鑑賞するのだ。美しい月夜の晩、入浴する彼女をカ
ーテン越しに覗こうとするミッキーを、シビラは「裸のプリンセスをカーテン越しに見
てもいいわ」と挑発までするのに、彼には友情しか感じないなんて。背伸びしたが
る少女特有の甘い残酷さである。だけど、それがやがて悲劇を生んでしまうので
ある。
結局アレクサンドルへの思いを遂げられなかったシビラは、村から去ってしまった。
ミッキーと100回くちづけしようと約束したのに、あの夏、73回しかキスできなかっ
た。残る27回のキスは永遠に失われてしまった。哀しい終わり方をする映画なの
だが、不思議と哀しさより、甘酸っぱい余韻が残る。7年間沈んでいた船が引き上
げられ、シビラが老船長とともにその船に乗って、出発していったという幻想的な
終わり方が、この映画に、おとぎ話のような感覚を与える。
グルジア映画というとこれまではパラジャーノフしかほとんど知られていなかった
のではないかと思ったのだが、この作品の脚本イラークリ・クヴィリカッゼは、実は
あのパフティヤル・フドイナザーロフ監督作品「ルナ・パパ」の脚本も担当している
と聞いて、大いに納得。同じ天衣無縫で、想像力を総動員したパワフルな幻想性
があるのだ。
周囲の年中発情している大人たちと、奔放に見えて実は非常に一途なシビラと
の対比が鮮やかだ。
大人への階段を駈け上ろうとして、悲劇を引き起こしてしまう少女。そんな事件を
起こしてしまうほどの、彼女の妖精のようなイノセントな魅力。そのイノセンスの残
り香が、いつまでも胸に残る。
夏至 A la Verticale de l' Ete |
監督/脚本:トラン・アン・ユン 撮影:リー・ピンビン
出演: トラン・ヌー・イエン・ケー /グエン・ニュー・クイン/レ・カイン/ゴー・クアン・ハイ
ハノイに暮らす三人姉妹と一人の兄。写真家と結婚した長女スオンはカフェを経
営し、娘が一人いるが夫婦は上手く行っていない。次女カインは作家と新婚ほ
やほやで妊娠がわかったばかり。そして末娘リエンは、兄ハイと恋人同士のよう
に仲良しで、実際の恋人よりも親しくしている。この三人が母の命日に集まり、も
しかして母は父とは別の男性を愛したのではないかという小さな疑問が生まれて
きた…。
「花様年華」やホウ・シャウシェン作品の撮影で知られるリー・ピンビンの撮るベト
ナムの映像があまりにも美しい。南国でありながら、ねっとりとした蒸し暑さやむ
っとする熱い空気、東南アジア特有の匂いとは無縁。映像から想起されるのは、
木陰を通り抜ける涼しい風や、シャワーを浴びた後の爽やかさ。彼女達が暮らす
家の内部も、まるで女性誌のアジアン・インテリア特集にでも出てきそうなお洒落
さで、濃い緑やオレンジに塗られた壁、アンティークの雑貨が配置されている。窓
から差し込む光と蔭の対比も見事だ。そして、特筆すべきは、水の表現の美しさ。
アジア女性特有の滑らかな肌を滑る水、艶やかな黒髪から滴り落ちる水、女性た
ちが鶏の足を剥きながら浸す水、そして、スオンが手を浸す器の水。水はサラサラ
とではなく、どこか粘り気を感じさせながら揺らめき、伝わる。そんな調子で、映像
はひたすらフェティッシュさを追求していて、目の保養となることおびただしい。そし
て、西洋では考えられないほど、時間はゆっくり流れていく。
三人姉妹のうち、長女スオンははっきり言ってオカメ顔のおばさんだし、次女は可
愛らしいのだが目尻に皺が寄っていて、西洋的な美人とは程遠いのだが、それで
も、一瞬はとても美しく見えるような気がするのは、すべて映像のマジックだろう。
彼女達は、料理の準備をしながら顔を寄せ合って、鈴の鳴るような声でささやく。
会話の内容は、恋愛とかセックスに関するきわどいもの。その様子が、とってもエ
ロティックと感じるか、いやらしいと感じるかで、この映画が気に入るかどうか分か
れるだろう。私は自分の兄弟と恋愛やセックスについては絶対話さないタイプの
人間なので、ちょっとこの辺が理解しづらい。
三人姉妹の日常を追っている作品でありながら、生活臭はほとんど感じられない。
とにかく映像はスタイリッシュだし、三人姉妹のパートナーはみな作家とか写真家
とか学生とかだし兄も俳優の卵だったりして、高等遊民という感じだ。みんな小奇
麗なハンサムをそろえていて、存在感も、相手と流れる感情も希薄。近親相姦的
な匂いが濃厚なリエンと兄は、仲良く添い寝して、毎朝ルー・リードの曲で目覚め
る。末娘は一度でもセックスすれば妊娠するものと思い込んでしまうほどのネンネ
だったりするのも、なんだか現実離れしていて、不思議。母親の恋の話をたどるこ
とで、自分達の恋愛生活を振り返るという趣向なのだが、その試みは見事に失敗
していてきわめて薄味の出来。
言ってみれば、西洋人が考える、もしくは日本のファッション雑誌で紹介されるよう
な、ベトナムのおっしゃれ〜な一家のお話なのだ。監督トラン・アン・ユンはベトナ
ム人だがフランスで育ったという。それがすごく納得できるような映画。環境ビデオ
として部屋で流すと、狭い我が家も優雅なベトナムの昼下がりの雰囲気になって
くれるかしら?とにかく映像は五感を刺激するフェティシズムに満ち満ちて素晴ら
しいのだが、美意識の高さと雰囲気だけを味わう映画となっている。