監督:行定勲
出演:窪塚洋介、山崎努、大竹しのぶ、柴咲コウ、山本太郎、細山田隆人、萩原聖人
高校3年生の杉原は、普段はまったく意識しないが韓国の国籍を持つ「在日」。中学まで
は民族学校に通っていたが、広い世界を見たくなり、父・秀吉に触発されて日本の普通
高校へ入学した。秀吉は元ボクサーで、杉原も現在喧嘩では連勝中。杉原は、パーティ
で出会った少女、桜井と突然恋に落ちる。いつかは彼女に自分が在日であることを告白
しなければならないと思うのだが…。そんな矢先、民族学校時代の親友ジョンイルには
思わぬ悲劇が襲いかかる。
在日韓国人の少年が、国境という壁を軽やかに越える様子がいきいきと描かれていて、
観終わった後に爽やかな余韻が残る。冒頭のチキンレースで杉原=窪塚洋介が走る場
面から、ラストまで疾走感がペースダウンしないで続いているのは立派だ。この疾走感は、
駆け抜けるように生きている杉原という存在そのものを象徴している。そして、杉原は父
秀吉から、その生き方を理想的な形で受け継いでいるのだ。
杉原の父秀吉の凶暴な存在感には、頭を殴られたような衝撃を食らった。元ボクサーで
今でも息子にも絶対負けない強い肉体。杉原が学校で喧嘩して呼び出しを食らうと、有
無を言わさず殴り倒す暴力親父。だが、腕のリーチが届く範囲でリスクを回避して生きる
のではなく、外の世界と対決しろという父の教えを守ることで、杉原は絶えず走りつづけ
るかっこいい生き方を手に入れて、軽々と心の中の国境を越えることができたのだ。しか
も、秀吉は、ハワイに旅行できるようになるためという安易な理由で、国籍をいとも簡単
に朝鮮から韓国に変えてしまうような、自由な考え方の持ち主であった。
しかし、杉原にも、本当に自分の中の国境と対決しなければならない日がやってきた。
それは、美しい少女桜井との恋がきっかけだ。順調に進んでいた恋愛。だが、桜井と初
めての夜を過ごそうとしていた日に、杉原は突然、嫌というほど自分の国籍について考
えさせられることになる。アタマでは、国籍なんて関係ない、引用されていた「ロミオとジ
ュリエット」の台詞のように、花にはどんな名前がついていたとしても香りも姿も同じ美し
さであると理解している。杉原は杉原という人間であって、日本人だろうと韓国人だろうと
変わらない、とわかっていても、桜井のココロやカラダは、これまでの人生の中での刷り
込みによって、拒絶という行為へとつながってしまったのだ。翳りゆく光が美しく差し込む
ホテルのベッドの上で、初めて本当に自分のアイデンティティについて悩み苦悩する杉
原の姿の切ないこと…。初めて本当に傷つけられた少年の繊細な哀しみが、観る者の
胸をえぐるようだった。
そして、親友ジョンイルの不幸な死、喧嘩に明け暮れる日々、父親との全身全霊を傾
けた対決…杉原はもがき、悪戦苦闘し、傷つきながらも、振り返ることなくまっすぐに疾
走する。終盤杉原が父とボクシングで対決する場面、父親の屍を越えて生き抜いてい
こうとする強い意志が感じられ、躍動感、リズム感が溢れ出す快感が素晴らしい。父親
と息子の関係は、かくのごとく血の通ったものであって欲しいものだな、と思った。(また、
それを観戦する大杉漣扮するタクシー運転手という登場人物がとても有効に機能して
いる)
このように、エピソードがいくつもある映画というのは散漫な印象を与えがちなのだが、
一つ一つが実にうまく散りばめられて、作品のテーマを伝えるのに役立っている。(警
官との交流の場面だけは余計な印象があるが)その上、前後する時制も上手く使い分
けられていて、観る側は混乱しないで観ていられ、疾走感も殺さない構成になっている
のは見事だ。
もちろん、欠点もある作品ではある。一つは、ダイアログがいかにも小劇場系の大仰な
台詞運びが目立ち、リアリティに欠けること。こんなこと、普通の高校生が喋らないよ、
という臭い台詞が目立ちすぎるのだ。私が個人的に小劇場演劇が嫌いと言うこともある
が、宮藤官九郎の脚本は過大評価されすぎ。特に杉原と桜井のやり取りは不自然な
台詞が多い。桜井というキャラクターは、原作での知的なイメージがあまり採用されて
いなくて、不思議ちゃんな性格に設定されているのも不満だ。ラスト、杉原と桜井が再
会するのだが、彼女が彼に会わない間に、日韓関係の本などをたくさん読んで、彼の
ことを理解しようと努力したという原作の内容が映画には現れていない。そのため、クリ
スマスイヴに彼女から電話がかかってくる必然性が全然感じられないのだ。
さらに、桜井の父親は「一見リベラルと見せかけてゴリゴリの差別主義者」なのだが、
日本人はそういう人間ばかりではないはずなのに、それを典型的日本人の反応として
見せてしまっていて、海外で公開されたときに、日本では在日韓国人差別がものすご
くひどいと誤解される可能性があるんじゃないかと余計な心配をしてしまった。
だが、この映画は、上記の欠点を補って余りある、魅力的でエネルギーにみちた作品
といえる。中だるみのない演出もいいし、もちろん原作の魅力もある。でも、なんといっ
ても、役者がみんな生き生きと芝居をしていて、輝くような表情を見せているのが、観
る側としては一番うれしい。窪塚洋介は、最初のうちは台詞まわしがつたなく、非常に
心配だったが、リアルな感情を表現できる技術があって「杉原」という少年が本当にそ
のへんに生きているんじゃないかと思わせてくれる。優等生ジョンイル役の細山田隆
人も、国家とは、国境とは、そして自分のアイデンティティを真剣に考えて、懸命に生き
て、生き急いでしまった少年の初々しいまなざしに射すくめっれそうだ。そんな若い役
者達を引き立てながらも、突出した凶暴だが時にはユーモラスな存在感でそびえ立つ
山崎努、彼は本当に凄い。それ以外の役者もみんな、とにかくいい顔をしている。彼ら
の表情の変化の一つ一つを、引き立つようにきちんと捉えた撮影も素晴らしい。
こういう「リスクを回避して生きるのではなく、外の世界と対決する」映画がもっとたくさ
ん出てきたら、日本映画界も活性化するのにね。