まぶだち |
監督/脚本:古厩智之
出演:沖津和、高橋涼輔、中島裕太、清水幹生、光石研、矢代朝子
長野県の田舎町の中学生サダトモ、テツヤ、周二は、厳格な担任教師小林から、
人間に満たないクズだと言われ続けていた。サダトモたちは遊び半分で万引きし、
学校へ通報され、小林はホームルームの時間に問うが名乗り出なかった。周二
から万引きのことを聞き出した小林は、彼らの父親を呼び出す。父に殴られたサ
ダトモはショックを受け、これまでの素行を心から反省した文を書く。サダトモの反
省文に初めて正直な告白を見た小林は、サダトモの「人間グラフ」を「クズ」から「
優等生」へと移動。だが大人からの「評価」に嫌悪感を抱くサダトモは、「クズでい
いです」と言い放つ。ロッテルダム国際映画祭タイガーアワード受賞作品。
この映画を観てからというものの、「評価に値する」という表現が引っかかって仕方
なくなった。それくらい、ここに登場する小林教師のキャラクターが強烈なのであっ
た。何が凄いって、生徒を三種類に分けてしまうこと。それも「クズ」「人間」「優等
生」で、それを「人間グラフ」と称して教室に張り出してしまうんだもの。「クズ」とい
のは人間ですらないと決め付けちゃうって、もの凄いことだよね。それを、小林教師
は、悪意もなく、ごくごく自然に、「オレは貴様達に人間になるための方法を教えて
やってるんだ」という、教師としての信念に基づいた行動として実践しているのだ。
小林という存在は、圧倒的にダークなパワーを持つ、絶対的な権力者である。人間
の価値もオレ様が決めるものだし、教師とは、人の道を教えるための存在であると
信じている。彼が説く人間論というのは、至極真っ当なものであるし、言っているこ
とはほとんどが正しいのだが、その唯一絶対的な価値基準は一種恐怖すら感じさ
せる。
当然、万引きをして、しかも名乗り出ないサダトモ、テツヤ、周二は小林からクズの
中のクズとしての扱いを受ける。サダトモは「僕はタマネギ」という見事な反省文を
書いて、小林に「評価に値する」という言葉を与えられた上、「人間グラフ」を「優等
生」にランクアップされるが、彼は「クズでいいです」と小林からの評価を拒否。川に
反省文を流してしまう。彼のように、大人からの評価を押し付けを拒否できる人間は
強い。だけど、全ての生徒達が、彼のように強いわけではない。ほとんどの生徒は、
小林からの評価を甘んじて受けることしかできないのだ。
サダトモは、自分なりに、教師から、親からの押し付けではない「自分自身」を模索
してきた。それをやってきたので評価を拒否しても生き抜くことが出来るのであった。
小林の押し付けをそのまま何も考えないで受け容れ漫然と過ごしていたのでは、彼
のような生き方は出来ない。そういう意味で、必死に格闘してきたサダトモは美しい。
サダトモのように強くはない生徒はどうやって生き延びればいいのか。小林の抑圧
を受けて悶々と過ごすしかない。反省文を提出できない生徒達は、小林に体罰を受
けたり、灼熱のグランドを何周も走らされる。それでも、どうしても反省文を提出でき
なかった、要領が悪く気の弱い周二は、図画工作の時間に自らの手にノミを刺して
しまう。そして、その後彼に起こったことは…。このあたりはもう、胸の潰れる思いで
画面に釘付けとなってしまったのである。周二のように純粋な生徒が、中学時代の
生存競争に生き残れないなんて…。周二が唯一できた自己主張は、「死」であった。
そして、最後のナレーション「あの夏から、僕達は一緒に遊ばなくなった」がぐさりと
胸に突き刺さる。
この映画の舞台は、およそ20年前。この頃の生徒達のリアリティが非常によく再現
されている。今の中学生は、「リリィ・シュシュのすべて」に出てくるような、あからさ
まないじめとか、援助交際といった問題があったり、ポップカルチャーの洪水にさら
されているわけなのだが、この時代は違っていた。女の子もほとんど出てこない。
古厩監督とほぼ同世代である私が過ごした中学時代に、感触が似ている。(私は
都内の私立中学だったので雰囲気は全然違うけど) 中学生の男の子達の微妙な
力関係も「わかる、わかる」って感じだ。廃バスの屋上から少年達が見上げた田舎
町の風景が美しいだけに、彼らが3人で空を見上げることはもう二度とないんだ、と
いう悲しみを胸に刻ませるものである。
周二という田舎臭くてドン臭い少年のキャラクターの切なさ、痛さは今でも私の胸の
中にうずいている。灼熱のグラウンドで走らされる生徒の横で、一人黙って水の満
たされたバケツを持たされている姿。走らされた生徒が声援を受け、他の生徒達に
拍手喝采されながらゴールインした後も、たった一人ぽつんと立たされている姿は
涙なくして観ることが出来ず、その光景は今も脳裏に浮かんでくる。さらに、サダト
モの家の窓の下で何時間も、声をかけることも出来ずにたたずんでいるその姿。彼
がサダトモとテツヤの目の前で姿を消した後、いつまでも周二を探しつづけていた
テツヤと、早々にあきらめてしまったサダトモ。生き方の器用さ、不器用さはここに
も出ている。でも、サダトモとて、この一連の出来事では深い傷を負ってしまい、そ
の傷は大人となった今もうずいているのだ。
20年前の中学生たちを描いているというのに、ノスタルジーは微塵も出ていなくて、
甘いことは一つもなくて、やるせなくて、だけど圧倒的に力強く美しい映画になって
いる。
テルミン Thermin, an Electronic Odessey |
監督・脚本:スティーヴン・M・マーティン
出演:レオン・テルミン/クララ・ロックモア
世界初の電子楽器、テルミンを発明したロシア出身、レオン・テルミン博士の数奇
な半生を、楽器テルミンに魅せられた人々の証言を交えて綴るドキュメンタリー。
1994年のサンダンス映画祭でベスト・ドキュメンタリー賞を受賞。
実はこの映画を観るまでは、テルミンという楽器について何も知らなかった。それ
どころか、存在も知らなかった。ところが、実は私が聴いていた音楽、特に70年代
あたりのロックにかなり使われていたらしい。予告編でも使われていた、ビーチ・ボ
ーイズの「グッド・ヴァイブレーションズ」や、レッド・ツェッペリンの曲でも聴くことが
できる。(余談だけど、「バニラ・スカイ」で「グッド・ヴァイブレーションズ」が、現実と
夢の狭間を説明するシーンで使われていて、テルミンの音がぎゅんぎゅん鳴ってい
るのが不思議にマッチしていた)
この奇妙な楽器は、存在そのものが、ものすごく面白い。まず音色だが、この映画
でも、劇中で『白い恐怖』『失われた週末』『地球の静止する日』など昔の映画のシ
ーンでテルミンが使われているところをいくつか紹介している。恐怖映画やサスペン
スで不安を煽ったり、SF映画で多用されているのも納得できるような、とにかく不思
議で人工的で宇宙的な音色だ。シンセサイザーの元祖とも言われているのだが(シ
ンセサイザーの父コルグも、テルミンに魅せられて、それをもとにシンセを発明した
のだ)、テルミンでしか出せない音色は、一度聞いたら忘れられない。そして、演奏
方法も、他の楽器では絶対にありえない。何しろ、楽器に触れないで演奏するのだ
から。テルミンの前に両手をかざして、そっと手のひらを動かすことで演奏する。その
演奏するときの手つきが非常に色っぽい。女性の体のシルエットをなぞっているかの
ようだ。あの空中の手の動きだけで微妙な音色が出せるのだから、摩訶不思議であ
る。テルミンの音を踊りで表現しようとした「テルミン・ダンサー」なる存在まであった
のも、妖しげで可笑しい。
色っぽいといえば、テルミンを発明したレオン・テルミン博士である。若い頃、テルミ
ンはニューヨークで生活していたのだが、その頃の写真を見ると、彼は俳優にでもな
れそうなくらい知的でハンサムな紳士である。横にいるのは、彼の恋人といわれた
テルミン演奏家のクララ。記録映像でうら若きクララと博士が踊る映像が映し出され
るが、これも、白黒映画を思わせるような美男美女のカップルなのである。ところが、
この二人は間違いなく愛し合っていたにもかかわらず、触れ合うこともほとんどなく
プラトニックなままで終わり、テルミンは黒人のダンサーと結婚する。やがて、第二
次世界大戦の直前にテルミンはニューヨークから拉致され、長年行方不明になって
しまうのだ。
ここで、テルミンという楽器をめぐる話が、いつのまにかサスペンスになる。テルミン
は殺されたという説まであった。ところが、いきなり、すっかり年老いたテルミン博士
本人が登場し、その間に何があったのか話してくれる。彼はソ連に連れ戻され、収
容所で何年かを過ごして、その後もKGBのために色んな発明を作らされた。戦前か
ら冷戦時代、そして雪解けという波乱万丈の時代を彼は生き抜いたのである。彼は
93歳まで生きたのだが、それは、彼が晩年ソ連で行っていた不老不死の研究の成
果なのかもしれない、なんてまことしやかにささやかれていたそうだ。この胡散臭さ
がたまらない。そして、ついに、53年ぶりに彼はアメリカにやってきた!おお、なんと
いうドラマチックな展開!
月並みすぎる表現だが、事実は小説よりも面白いと実感。しかも、あのクララにも再
会するのである。年をとっても、大輪の花のようにゴージャスで美しいクララと、ソ連
で苦労したためか、すっかりしぼんでしまったテルミン。しかし、クララが、テルミン博
士に贈られ、大切にしていたテルミンでいとおしそうに「サマータイム」を演奏するシ
ーンには、プラトニックだったゆえ尊い愛が感じられて、思わず目頭が熱くなってしま
ったのである。50年以上もこんなに一途に愛されたテルミン博士はなんという果報者
だろう…。
もう一つ強烈に興味深いのが、この楽器を愛した人々へのインタビュー。テルミン・
ダンサー、ミュージシャンや映画監督等など…。中でも一番ウケたのは、前述の「グ
ッド・ヴァイブレーションズ」を作ったビーチ・ボーイズのブライアン・ジョーンズの話だ。
相当年を取っているはずにもかかわらず、彼は異常なまでに若々しく、しかも、この
曲を作ったときの話をし始めると、立て板に水とばかり話が止まらない。よく聴けば
この曲ってばむちゃくちゃヘンな曲だし、作ったときは誰もこんな歌がヒットするなん
て思わなかったのに、何十年後にも、「バニラ・スカイ」でも使われたりするようなクラ
シックになるなんて、音楽って凄い力を持っているんだな。
単なる実在の人物を追った音楽ドキュメンタリーにとどまらず、大河ロマンとサスペン
スもたっぷり含んでいて、最後には感動で震えるほど。旧作で一見地味な、だけど
こんなにも滅法面白いドキュメンタリーをよくもまあ、見つけてきたものだ。配給会社
の人には感謝したいほどである。