ロード・キラー Joy Ride

監督:ジョン・ダール
出演:ポール・ウオーカー、スティーブ・ザーン、リリー・ソビエスキー

ルイスは憧れの女の子ヴェナを元気付けるため、帰省途中に彼女をピックアップ
して大陸横断ドライブをすることに。車での帰省を母親へ報告すると、釈放された
ばかりの放蕩者の兄フラーを迎えに遠回りをしてと頼まれる。5年振りに再会した
フラーは途中で無線機を購入。フラーは、ルイスに女性のハンドルネームを名乗ら
せる悪戯を思いつく。不気味な声の交信相手ラスティ・ネイルは見事に騙されたは
ずだった。その夜、モーテルに逗留しようとしたルイスの元へラスティの声でコール
がかかった。フラーは「モーテルの隣室へ呼び出せ」とルイスに指示するが、それ
が悪夢の始まりだった。2人はヴェナをピックアップするが、彼らの車を、姿なき男
ラスティはどこまでも追ってくる…。

アメリカ特有の、原野の中をただただ高速道路が一本通っているだけの風景。そ
の中を走っていく馬鹿でかい中古のボロ車に乗った若者。そして追いかけてくる
姿なき敵、という設定はけっこう手垢にまみれたものである。予算がかかっている
わけでも、大スターが出ているわけでもない、典型的なB級映画。でも、この「低
予算B級サスペンス」という枠内ではきっちりと怖がらせてくれて、93分間の間ま
ったく中だるみしないのだから、なかなかたいしたものである。

この映画の面白い点は、一つは主人公のルイスと、ならず者の兄フラーとの関係
だ。ルイスは私が個人的にちょっと気になっているブロンドの美青年ポール・ウォ
ーカーが演じている。ルイスは、自分の魅力に今ひとつ気がついていなくて、や
や自信がないように見受けられる。彼はヴェナという女の子のことが好きなのだ
が、現時点では友達以上恋人未満というか、片思いで終わっている。ドライヴを
通して、彼女ともう少しお近づきになりたいと思っているわけだ。そんな男の子を
演じるには、ポール・ウォーカーはちょっとハンサムすぎるかもしれない。優等生
のルイスの兄は、刑務所に入れられていた放蕩息子フラーだ。彼は親にも煙た
がられているにもかかわらず、ルイスとは対照的にかなり図々しい男だ。しかし
ながら、今回の恐怖の諸悪の根源であり、どうしようもない奴なのに、なぜか憎
めないキャラクターになっている。だけど、やっぱり三人ともこんなひどい目にあっ
てしまうんだから、やっぱり死ぬほど迷惑な奴かな。この兄弟の関係が面白いの
に対して、ヒロインがあまりにも普通で、怖がっているだけの女の子なのがやや
物足りないけど、この映画においては、ヒロインは、兄弟の関係を描くのに使わ
れた小道具くらいの扱いなのではないかと思う。

事の発端は、フラーがCB無線機を購入し、弟ルイスに女性の振りをして交信をさ
せることから。最初は嫌がっていたルイスだが、無理強いされる形で女性の声色
を使ったら、簡単にひっかかる男がいたので、ついつい悪乗りしてしまう。そして、
走っている間だけにしておけばよかったのに、またまたフラーにそそのかされて、
モーテルの隣室に引っかかった男を呼び出しちゃったものだからさあ大変。恐ろし
いことに、隣室に泊まっていた男が、このラスティ・ネイルと名乗る人物に半殺しに
されてしまったのだから!

フラーが、弟ルイスがちょっと押しに弱い性格であるのを見抜いて、悪戯を半ば無
理強いしたところ、ルイスは断りきれなくてついつい乗ってしまう。その辺の兄弟の
力関係が良く出ている。そして半殺し事件の後、ヴェナをピックアップしたところ、
フラーは一発でルイスが彼女に惚れていることを見抜いて、彼女を誘惑しようとす
るところなんか、いかにも彼がやりそうなことだ。しかし、フラーを演じるスティーヴ・
ザーンが、独特のチャームを持っているので、確かにうざったいけれども憎みきれ
ない。その分、観客の憎しみの矛先は姿なき敵ラスティ・ネールに向かうのだ。

そして、もう一つの長所は、この映画の恐怖表現である。ラスティ・ネールは結局
最後までまったく姿を見せない。もしかしてこの人がそうなのかもしれない、と思
わせる場面はあっても、それはことごとく裏切られる。いくら兄弟が謝っても、彼は
決して二人を許そうとはしない。それどころか、謝罪のときに使った言い訳を彼は
逆に利用して、二人+ヴェナに対する行為を正当化して、やることをエスカレート
させるのだ。ネットオカマ的な悪戯に対してこれだけ逆恨みするサイコ野郎は見た
こともないし、関係ない第三者を半殺しにして、その悲惨な姿を兄弟に見せつける
ことで恐怖をさらに増幅させるという手段も、非常に凝っている。終わり方も、新た
な恐怖を予感させて、使い古された手ではあるが非常に後味が悪くて怖い。

それにしても原題の「Joy Ride」って皮肉と言うか、作り手の意地悪さを感じさせて
くれて、いいタイトルだな。恋のきっかけになるはずだった、楽しいはずのドライブが
とんでもない悪夢になるんだもの。

PAIN/ペイン 

監督:石岡正人
出演:松本未来、中泉英雄、藤本由佳、吉家明仁、小室友里、下元史朗

東京の近郊都市から家出してきた真理と敦。真理は少し足が不自由。お金も少な
くなり、泊まる所もない2人は仕事を捜すがうまく見つからない。そんな時、真理は
街中でパー券を売る女の子、可奈に声をかけられる。一方敦は、道でAV女優の
美樹に逆ナンパされてホテルヘ。そして美樹の所属事務所の社長、杉下の言わ
れるままにAVスカウトの世界に足を踏み入れていく…。

近年、援助交際などをテーマにした邦画が何本かあったのだが、ほとんどの場合、
援助交際とかストリートでの青春というのは、通過儀礼であり、最終的には「援助
交際=悪」みたいな図式に矮小化されてきた気がする。だけど、それは、実際の
少年少女たちの目線に立って描かれているのではなく、大人が高みから見下ろ
して「大きなお世話」的に語っているに過ぎないように見えてならない。この映画
は、タイトル「ペイン=痛み」がダイレクトに伝わってきて、少年達、少女達の心の
叫びが生々しく、リアルに肌で感じられる映画なのだ。

家出をしてきて、頼るべきものも何もない真理と敦。住所不定なのでバイトも見つ
からないし、しかも真理は足が悪い。バイト情報誌片手に電話しつづけても方々
で断られ、足を引きずって歩く彼女。そんな彼女が出会ったのが、道行く人にパ
ーティ券を売り歩く可奈だった。可奈は、真理と違ってとてもしたたかで、たくまし
い女の子。真理の足の悪さと可愛らしいルックスを利用して、パーティ券を売りま
くるだけでなく、女子高生の援助交際の元締めもやっている、一種の「やり手婆」
だ。彼女は真理に必要以上に同情したり、甘えさせたりもしないけれども、東京
のストリートで生き抜いていく知恵としたたかさを教えていく。それが、彼女が真
理に示した精一杯の友情であった。

それにしても、真理の噛んだガムを可奈がオヤジに売りつけるというくだりには、
びっくりしてしまった。生理的な不快感をカラダで感じてしまうようなこの表現の斬
新なこと。ストリートを生き抜いてきた可奈が身に付けてきた「生きる術」であり、
彼女がいかにこでまで必死に戦ってきたかを示す行動でもある。やがて、真理も
ここで生き抜いていくための知恵を身につけていくのだった。

さて、一方の敦。彼はもともとのナンパ気質があって、真理という恋人がいるにも
かかわらず、ホイホイと美樹と寝てしまい、いとも簡単にAVスカウトの世界に足を
踏み入れて行く。池袋の街角を、ナンパを装って女の子に声をかけ、しかしそれ
はAV女優のスカウトであるということをちゃんと説明しないといけないというのは
案外難しいものである。敦は、初めてスカウトに挑戦したときには相当苦労して、
何回も失敗し、怒鳴られながらようやくスカウトに成功する。しかし、うまくいったと
きには充実感もあるし、胡散臭く思えた先輩スカウトや事務所の社長も、親身に
励ましてくれる。AVの撮影現場も、まるで文化祭のノリで楽しいし、女優達も、ま
るで自分の居場所を見つけたかのように明るく振舞っている。

しかしながら、同じ池袋のストリートで生きている真理と敦との距離は、広がる一
方である。コンプレックスの裏返しでもある自分の魅力を生かして、ハードな毎日
を精一杯したたかに生きている真理と、サークルのようなノリで、でも、いっぱしの
スカウトとして生きて、美樹とセックスして楽しんでいる敦。

だが、このような毎日は長くは続かない。可奈は援助交際の仲介をして金を稼い
でいるのだが、上納金を払えずに、危ない男たちに追いまわされる。可奈が痛々
しいほど必死に大人ぶっていて危ない橋を渡っているのに、援助交際を実際にし
ている女子高生達は、ブランド品を買うためにいとも簡単にカジュアルに、自分を
売ってしまっているのが、皮肉。最後に可奈は、自称の18歳ではなく、本来の年
齢、15歳の女子中学生として髪を黒く染め、裏ビデオの面接を受けることになって
しまうのだ。可奈と真理が電車に乗って遠くの町に逃げようとするところの描写の
ひりひりとした切なさといったら…。

敦の事務所の社長は、売上が上がらないため、18歳未満の少女を裏ビデオに出
演させるところまで追い込まれて、お縄に。美樹はAV女優としての全盛期が過ぎ
てしまったことを悟って風俗嬢に。そして、真理は敦に「私を売って」と進んで風俗
店に売られる。元の彼女を風俗店に売ったくせに、彼女が客に「こんな足の悪い
女はダメだ」と罵倒されるとその客につかみかかる敦。なんとも哀しいシーンであ
る。必要以上の感情は排除しての描写が、胸にずしんとこたえる。彼らはこれから
も、どのような形であれ、ストリートで生き抜いていくのだろう。彼らに同情するわけ
でも、裁くわけでもない、寄り添うような視線が厳しくも暖かく感じられる映画であ
る。

よく雑誌などでは、10代の女の子が「10代のうちだけが、女として珍重されて、
ちやほやされるのだから、自分に価値がある今を精一杯利用するのよ。そして
その後はお嫁さんになって旦那に食べさせてもらうの」」なんてうそぶいている。
でも、人生は20代になっても、30代になっても続いていくのである。AV女優とし
て若さと美しさを売り物にしていった美樹も、飽きられてきた自分に気づき、風俗
嬢という別の生き方を選ばなくてはならない。一方、本当は15歳なのに、大人っ
ぽい風貌を生かして18歳と偽ってきた可奈は、最後には、自分の15歳という幼い
年齢を利用しなければならなくなる。AV事務所の社長も、ビデオ店側に「もっと若
い、未成年の子はいないの?」と言われて、違法と知りつつ女子中・高校生をAV
に出演させることになって逮捕されてしまう。人間の価値は年齢ではないのに、
大人たちの歪んだ欲望のひずみが、こんなところに出ていることも鋭く指摘した作
品である。

みすゞ

監督:五十嵐匠
出演:田中美里、中村嘉葎雄、永島暎子、寺島進、加瀬亮、小嶺麗奈、イッセー尾形

1919年、金子テルは店番のかたわら書いた詩を、"みすゞ"というペンネームで雑
誌に投稿。はじめての投稿作品が西條八十に絶賛され彼女の作品は人気誌に
次々と掲載、テルは一躍童謡詩人の憧れの的となる。その頃、東京へ丁稚修行
に出ていた従兄弟の正祐が帰ってくる。互いに心密かに慕いあう2人。だが 叔父
の松蔵は店の奉公人葛原信爾とみすゞの縁談を進める。正祐は実は幼い頃、養
子に出されたみすゞの実の弟であった。 結婚して一子をもうけたものの遊郭通い
が絶えない夫からみすゞは淋病を移されてしまい。以後、徐々に心身とも翳りを見
せ始めていくのであった…。

金子みすゞは、あふれるほどの詩の才能に恵まれながらも、決して叶えられるこ
とのなかった悲しい恋、不幸な結婚生活の果てに埋もれなければならなかった。
大正時代という、まだ女性が自己実現するのが難しい時代、しかも地方都市で生
活していた彼女は、ひっそりと生きて、そして26歳の若さで自らの命を絶つという
薄幸な人生を送ることになる。

ドキュメンタリー出身の五十嵐匠監督の演出は、まさに記録映画を観ているかの
ように、極力ドラマティックな要素を排して、みすゞの毎日をひそやかに追っていく。
東京に出て行けば、いくらでも羽ばたいていく可能性があったのに、みすゞは小宇
宙のような自分の小さな世界にとどまることを選んだ。だが、みすゞの詩は、この
小宇宙のような世界の中の、ささやかな美しさを宝石のような言葉で繊細に表現
し、しかも力強さと真っ直ぐさがあるのだ。だから、この映画には、このように静か
にひそやかにみすゞを描いていくのが、似つかわしいのである。彼女が暮らす家
の階段の上で横たわるように座った彼女の姿の美しさは、一枚の絵のようであっ
たが、自身に降りかかったすべての不幸を超越する、超然としたものを感じさせる。

実のところ、みすゞが何を考えて毎日生きていたのかは、この映画からはなかな
か見えてこない。そもそも、彼女は自分の意志を表に出すことはなく、控えめに生
きていた。恋した男性が実は弟だったという残酷な運命が明らかになり、その時
点で彼女は、人生とは思い通りにはならないものだと悟ったのだろう。だが、創作
をしたいという強い意志だけは、みすゞは死ぬまで持ちつづけた。夫に詩作を禁じ
られても、彼女は鉛筆を、まるで自分の命のように短くなるまで削り、病に倒れて
も病床で詩を書きつづける。すべての苦難を乗り越え、日常生活では抑制してい
る感情を詩に込めているゆえ、彼女の残した詩に現れる言葉は力強く凛としてい
るというのがよくわかる表現だ。

みすゞの人生に現れる二人の男性。従兄弟の正祐は彼女を慕っていて、みすゞ
も彼のことを愛するが、実は血のつながった姉弟であった。結婚が決まったみす
ゞに「結婚しないでくれ」と迫り、森の中足早に歩く彼女を正祐が追いかけていく
シーンの息詰まるような熱情あふれるシーンは、この映画の中で珍しく情熱が
ほとばしるドラマチックなクライマックスだ。しかし、お坊ちゃん育ちの正祐は、宿
命を乗り越えていくだけの強さは持っていなかった。ただなす術もなく、不幸にな
っていくみすゞを見守るだけである。

その正祐は、みすゞの夫葛原に「これ以上彼女を苦しめないでください」というが、
「それはできないね」とあっさり返されてしまう。そこまで悪役に徹するのが、葛
原なのであるが、彼は彼なりの葛藤はあったのが伺える。結婚当初から、みす
ゞの気持ちは全く彼のほうを向いていなかった。しかも、もともと、みすゞの叔父
の店の奉公人という弱い立場の彼は、店に居場所がなく、遊郭通いにはまって
しまってみすゞに病気を移してしまう。さらに、離婚後も二人の間の子供を奪おう
とまでするのだ。寺島進の演技が、鬼気迫るもので、みすゞに「案外悪い人なん
です」と言われてしまうほどの、とても悪い夫であるのだが、独特の色気と子供
っぽさが憎めない気もする。

そして、みすゞの不幸は、彼女をめぐる二人の男性が、とても彼女には及びもつ
かないほどの平凡な人たちであったということだろう。彼女は彼らの手の届かな
いところに屹立する天才だったのだから。彼女の才能に見合う人間は、ほんの
少しだけ接点があった西条八十、そして親友の田辺豊々代である。しかし、み
すゞの才能を最初に認めた西条は、彼女に上京を勧めるが彼女は従わず、そし
て美しく才能のあった豊々代は、早世してしまうのであった…。豊々代を演じる
小嶺麗奈のなんという美しさ。この世に長く存在してはならない人間のようにし
か見えない。自己主張することはなくとも、強い意志で命を削りつつ詩作に身を
捧げた、みすゞの芯の強さを表現している田中美里も健闘している。

いくつかの章立てで、まるで一冊の本のように、静かに綴られるみすゞの人生。
しかし、一番印象的なのは、映画の中に挿入されるみすゞの詩の数々である。