山の郵便配達  那山 那人 那狗

監督 フォ・ジェンチイ
出演:トン・ルゥジュン、リィウ・イェ

中国の湖南省の山里で郵便配達を長年務めてきた父親が引退することになり、
その後を息子が引き継ぐこととなった。この仕事は、一日40kmの山道を歩いて、
リュック一杯の手紙や新聞などを配達して回り、差し出された郵便を受け取って
2泊3日で戻ってくるという過酷なもの。息子は一人で出かける予定だったが、道
案内の犬「次男坊」は父親になついていて、次男にはついていかない。やむなく、
父親も配達に帯同することになり、母親に見送られながら、息子の初めての配達
と、父親の最後の配達の3日間が始まった…。

一面の緑色がなんとも目に眩しい作品。一口に緑色といっても、山道の濃い緑と
か、田んぼの若々しい鮮やかな緑とか、本当に色んな色があるのだと感心してし
まった。心が洗われるような、目に快い自然に包まれた山々なのだが、ここに郵
便物を配達して回る父の仕事は、並大抵の大変さではない。重い郵便袋を担い
で山道を一日40kmも歩くだけでなく、橋のないところでは、冷たい川に入って渡
らなければならないため、父親は足を悪くしてしまった。もう初老という年代に差
し掛かった父親の仕事の過酷さを見かねて、局長が彼に引退を勧めたわけだが、
それまで彼は不平一つ言わず、何十年も誇りを持ってこの仕事を続けてきたの
である。

ところが、息子は父親の仕事のことをあまりよく知らなかった。父親は3日に一回
しか家に帰って来られなかったので、息子は父親と十分触れ合うことが出来ずに
寂しい思いをしていたのだ。そして、そのように不在がちの父親に対し、わだかま
りのようなものを抱くようになり、「父さん」とすら呼べなくなっていた。しかし、彼も
父親と帯同しての初仕事で、いかに大変だが重要な仕事を彼がしていたのかを
知るとともに、初めて親子水入らずの旅が出来たのである。初めて郵便物の入っ
たリュックを担いで、その重さにふらつき、音を上げてしまい、リュックを置いて父
を探しに行き怒鳴られる息子。この3日間は父と子との心の交流であるとともに、
かけがえのない、人間教育の場となった。

これまでの触れ合いの欠落が十分に語られているからこそ、川のシーンで息子
が父親を背負って川を渡り、焚き火で冷えた体を温めているときに思わず出た
「父さん」という呼びかけが静かな感動を呼ぶのだ。このときの、水車がゆっくり
と回り、水の音が聞こえて悠久の時が流れていくのを感じるとき、映画を観るこ
との幸せが身にしみていくのであった。

物語そのものはきわめてシンプルでストレートであるのだが、一つ一つの描写
が非常にこまやかなので、父と子が打ち解けていく様子が的確に伝わってくる。
たとえば、田園で出会ったトン族の美しい娘とのエピソード。父子はこの娘に、
一族の結婚式に招待され、息子と娘は言葉を交わしたり踊ったり、それからラ
ジオに丼鉢を被せて響かせたりするというだけのことで、二人の間にまだ恋愛
感情の目覚めは感じられない。だけど、父親は自分のことのように嬉しそうに
目を細めて二人を見守る。息子の母親、つまり自分の妻との出会いは、やはり
配達の途中であったからだ。いつか息子も、自分と同じように、この娘と恋をし
て結婚するかもしれない。そして、この仕事を継いだからには、自分と同じよう
に、不在がちで妻には寂しい思いをさせてしまうかもしれない。そんな万感の
思いが胸に迫っている様が、彼の表情から読み取れる。

2番目の夜、一つの布団の中、疲れて眠る息子の体に、自分の体を寄せる父
親の幸せそうな顔の美しさ。なんてことのない物語なのに、素直な感動を呼ぶ。
そして、無事家に着いた翌朝、今度は自分ではなく息子についていく「次男坊
」とともに出発する息子の後姿が、山々の中へ消えていくのを見守る父の至福
の表情からは、もはや寂しさは消え、その晴れがましい様子が、いつまでも記
憶に残る。

忘れてはならないのが、配達の旅のナビゲーターである犬の「次男坊」。風に
飛ばされてしまった郵便物をキャッチしたり、父子のピンチを救う次男坊の存在
が、この映画の中ではすごく大きい。息子も、長い距離を一人で歩いていくの
に、次男坊というお供がいれば寂しくないだろう。なんてったって、原題は「あ
の山、あの人、あの犬」なんだから!動物っていうのは、人間以上に人の心
が読めるのね。

この映画は舞台が20年前ということで、ノスタルジックな匂いがある。しかしな
がら、わずか20年前まで、山の郵便配達が徒歩で行われてきたという事実に
は驚く。しかも、こんな過酷な仕事には後継者がないため、初老の父が続けて
きたという事実。この仕事の大変さがわかっているだけに、父も「無理して継が
なくていいんだよ」と言うが、逆に言うと、息子にはあまりいい仕事がなかったと
いうことでもある。というふうに、当時の中国の社会の問題点もさりげなく盛り込
まれている。犬の名前が「次男坊」というのも、中国の一人っ子政策を象徴して
いるし。ノスタルジーだけに終わらず、ちゃんと社会問題も視野に取り入れつつ、
詩情あふれ、かつ、堂々とした作品に仕上げたフォ・ジェンチイ監督の手腕に、
拍手。