イースト/ウェスト 遥かなる祖国 EST-OUEST |
監督:レジス・ヴァルニエ
出演:サンドリーヌ・ボネール、オレグ・メンシコフ、セルゲイ・ボドロフ・Jr、カトリーヌ・ドヌーブ
1946年6月、スターリンは国外逃亡していたロシア人たちに恩赦を与えると発表。
フランスに移住していたアレクセイは、これを機会にフランス人の妻マリーと一人
息子を連れてロシアに帰ることを決意する。 しかし、この甘い誘惑はロシア政府
の罠だった。多くの移民は殺され、医師という特殊技能を持ったアレクセイは収容
所行きは免れたものの、狭いアパートに監視つきで暮らすことになる。フランス人
のマリーはスパイ容疑で尋問されてフランスのパスポートも取り上げられる。親し
くなったアパートの老婆は、アパートの管理人に密告され収容所送りにされた。住
むところをなくした老婆の孫サーシャはアレクセイ一家に転がり込む。そして、マリ
ーは、なんとかしてソ連を脱出する手段を画策するのであったが…。
夫の言葉を信じ、一度も足を踏み入れたことのないソ連に入ったときの、ぞっとす
るような出迎えと、待っていた過酷な生活はフランス人のマリーには耐えがたい
ものであっただろう。特に衝撃的だったのは、ソ連の地を踏んだとたん、別の班
に分けられてしまった親子が、同じ班に入ろうとしただけで、無惨にも射殺されて
しまったとこと。フランスでの豊かな生活とは裏腹に、狭くてオンボロなアパートで
の共同生活でプライバシーは全くない。食べ物にも事欠くし、何より辛いのは、自
由が全くないことであった。唯一心を開くことが出来た老婆は、フランス語を話す
ことが出来て二人はウォッカを酌み交わしながら親しくなるが、アパートの管理人
の女に密告され、老婆は収容所送りにされて死ぬことになる。そんな毎日だった
ら、たしかに誰だって、故郷であるフランスに帰りたくなるだろう。このあたりの絶
望のどん底への叩き込まれる様子の様はとってもリアルでぞっとする。
しかも、自分をこんな目に遭わせた夫は、いつのまにか体制に順応して、出世ま
でしている。夫婦の間には隙間風が吹き始めた。そんな彼女の心の支えとなる
のは二人の人間。ソ連公演のため訪れたフランスの大女優ガブリエルと、老婆
の孫サーシャだ。サーシャは将来を嘱望された水泳選手だ。祖母、そして両親
が政治犯として処刑された彼は、選手としては優れていても、そのあたりの事
情もあって代表チームから外されてしまうのであった。彼に一縷の希望を託した
マリーは、彼を励まして秘密特訓をするように促す。全身にワセリンを塗って、冷
たい川を早朝から泳ぐサーシャの努力の影には、彼女への思いがあったことも言
うまでもない。来る日も来る日も、彼は泳ぎつづける、その力強い姿の美しいこと。
この映画で最も強烈な印象を残すのは、そう、想像を絶するような冷たい水の中
を泳ぐサーシャの姿である。せっかく代表に選ばれたのに、荷物の中にマリーの
手紙があることを発見されてしまい、国内での練習を余儀なくされたサーシャは、
なんとオデッサから黒海を泳いでソ連を脱出するというとんでもない計画を立てる
のだ。自由を求めて、真っ黒で冷たい水の中、何時間もひたすら泳ぎつづけるサ
ーシャの姿の雄雄しいことよ。人間の、自由を求める気持ちは誰にも、どんな困
難によっても、決して止められるものではないということを表わしている。両腕を
まるで翼のように振り回して泳ぎつづけ、途中溺れそうになったり、監視船に見
つかりそうになっても決して立ち止まらない。人間の美しさが力強く謳われたあ
まりにも素晴らしい描写であり、壮大なクライマックスとして胸に残る名シーンで
ある。
しかしながら、マリーはこの亡命計画に荷担した疑いで捕らえられ、今度こそは
強制収容所に送り込まれた。長い時が経ち、ようやく釈放されたマリーはすっか
り人が変わってしまったようで、めっきり老け込んでしまった。亡命のことなんて
もう忘れてしまったかのよう。だが、ここで、これまでマリーを裏切りつづけていた
かのように見えたアレクセイが、一世一代の賭けに出るのであった。
サーシャの亡命のときと同じように、ここに、また人間の大いなる勇気、そして今
度は愛が発揮される。フランス女優ガブリエルと密かに連絡を取り合っていたア
レクセイが、マリーと息子が今度こそ無事に西側へ亡命できる手はずを整えたの
であった。マリーと息子がガブリエルに連れられてブルガリアのホテルからフラン
ス大使館に駆け込むまでのサスペンスも、相当息詰まるものであったけど、なん
といっても、彼女達をアレクセイが見送る場面が素晴らしい。マリーと息子が手に
手を取っていざ亡命、というときに、「僕は行けない」と告げるアレクセイの万感迫
る表情と言ったら。
マリー親子の姿が見えなくなって大騒ぎになって、実はこの亡命計画を知ってい
たんだろう、とアレクセイはなじられるのだが、彼はシラを切る。そして、最後の最
後まで駅で彼女を待っている。きっと列車に間に合うように、俺の元に帰ってきて
くれる…とつぶやきながら。ここで、彼は、西側での妻子の幸せを祈りながらも、
でも、きっと彼女は自分の元に帰って来てくれるだろうと、あきらめかけながらも
待っているのだ。その待つ表情の切ないこと、切ないこと。
アレクセイというキャラクターは実に複雑で矛盾をはらんでいる。そもそも、この大
いなる災厄をもたらしたのは、自分自身だ。自分が故郷のソ連に帰ろうと決意し
たことで、妻を不幸な目に遭わせてしまった。毎日毎日、妻にそのことをなじられ
る。いくら自分が悪いとはいえ、こんなにも毎日泣き喚かれたらうんざりするのは
当然であろう。しかしながら、彼は黙って耐える。きっと彼にとっても、この生活は
地獄だったに違いない。だが、彼自身は、党で出世をするし、さらには、夫婦喧嘩
の末部屋を追い出されると、アパートの管理人女のところに転がり込んで愛人に
する始末。ガブリエルからの手紙も、マリーには渡さない。マリーから見れば、そ
れらがすべて裏切り行為にしか見えない。彼は敢えて悪役となることを選んだ。
ところが、これらの行為はすべて、何かにつけて目立つ行動をしてしまうマリー
から当局の目をそらすために行ったことなのである。彼は、何十年にも渡ってマ
リーを助けようとする一心で行動してきたのだが、それらの行為の結果、マリー
の気持ちはすっかり彼から離れてしまった。そして彼自身は、マリーと一緒に亡
命はできない。なぜならば、彼はソ連の体制にどっぷり浸かりきってしまい、もは
や、西側では生活できないと思ってしまったからなのである。彼自身にとっては、
ソ連での生活も都になってしまった。その亡命のために命まで賭けたマリーや
息子と、生涯離れて過ごさなければならないこの選択の、なんとつらいことか。
だけど、彼にはもうこの選択しかありえない。男ってつらいね。彼にとっては、自
分は残り、彼女と息子だけを亡命させることが、彼女に与えることの出来た精一
杯の、命がけの愛だったのだ…。
若い男に恋するひたむきな姿を見せたり、必死に亡命の手段を探ったりする強
い女性から、収容所生活を経て意気消沈、人が変わったかのようになってしま
ったマリーの数十年間を演じきったサンドリーヌ・ボネール、大女優の堂々とした
風格のカトリーヌ・ドヌーヴはいうまでもなく素晴らしい。だけど、やっぱりここは
ロシア系のキャスト、オレグ・メンシコフ、セルゲイ・ボドロフ・Jrの二人がなんと
いっても強い印象を残してくれる。マリーの希望の灯火となる若々しく美しい水
泳選手サーシャ、おずおずとして繊細だが力強いセルゲイ・ボドロフ・ジュニア
は、今後間違いなく国際派スターになるでしょう。で、複雑なキャラクターの中に、
深い愛を秘めたアレクセイを演じたオレグ・メンシコフ。悪役になったかのように
見えて、愛する妻に敢えて憎まれながら、何十年も賭けて彼女の希望をかなえ
る男という役は、並大抵の俳優に出来るもんじゃないよ。最後に彼女を、それで
も待つ姿は、いつまでも胸に残るのであった。
人間の自由への渇望を力強く謳い上げ、そして、それを愛する人に与えるため
に、その心を犠牲にした男の大いなる愛をも語ったこの映画。いうまでもなくド
ラマティックで、映画を観た!という満足感で心をいっぱいにさせてくれる。
スパイ・ゲーム SPY GAME |
監督:トニー・スコット
出演:ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピット、キャサリン・マコーマック
CIAのエージェント、ネイサン・ミューアは定年で退職する当日の朝、香港から
一本の電話を受ける。かつての部下、同じくCIAエージェントのトム・ビショップ
が、中国の刑務所に侵入して受刑者を救出しようとして捕らえられたというの
だ。ビショップは処刑されることになり、タイムリミットは迫っているのだが、任
務外の行動ということでアメリカがビショップを見殺しにする気でいることを悟
る。CIAの会議室で上層部の動きをうかがいながら、ミューアは一世一代の
救出作戦に打って出るのだった…。
CIA勤務最後の日を、かつての部下を救出する作戦のために、会議室内で
奔走するロバート・レッドフォードは確かにカッコいい。整形手術を拒否してし
わくちゃになってしまった彼だが、美貌と引き換えに、男の年輪と味を身に
つけている。運転しているのが古いポルシェで、会議室内でも、紺色のスー
ツ軍団に混じって、ツイードのジャケット姿というのがまた、彼のちょっと型破
りな生き方を象徴していて、これまた素敵だ。会議室ですっとぼけて周りを
ケムにまいて、そこから一歩も出ないのに捕らえられたビショップを助けよう
とする男気はたいしたもの。しかも、退職後悠悠自適で住むつもりだったリゾ
ート購入をあきらめてまで!一人の男が、会議室でふんぞり返っている組織
の人間に対して徹底的に戦う姿は、美しい。
しかし、残念ながら、彼がそこまでして助けようとするビショップは、正直ミュ
ーアの骨折りに値しない男である。時には非情なスパイとして生きてきたミ
ューアの贖罪の意味もあるんだろうけど、ビショップはあまりにもプロ意識に
欠如している。ものすごく甘い。スパイという仕事を選んだ以上、仕事関係で
本気の恋なんてしてはならないのだ。しかも、この相手の女というのが、また
最悪。全然美しくないし、やっていることも、テロリスト同然。キャサリン・マコ
ーマックという女優は華がないし、年齢の割に老けているし、とっても安い感
じでミスキャストだ。似通った部分のあるスパイ物『テイラー・オブ・パナマ』に
も出ているし、大体、友人とか家族だったら、まだ無謀な救出というのも、百
歩譲って許せるのだが、そんなどうしようもないクソ女を助けるために、任務
外行動で刑務所に侵入して、殺されたとしても全く同情に値しないというか、
自業自得。それで中国との外交関係が悪くなったんだから、逆に国家に甚
大な被害を与えたってことにならないか?そんな馬鹿は、さっさとスパイを廃
業するべきである。非人間的な任務が嫌なら、なんでこんなトンマな行動を
起こす前にCIAをやめなかったのか?とにかく、スパイ失格であることは一目
瞭然である。
全体的な構成について言えば、ビショップが処刑されるまでのタイムリミット
があって、一刻を争う展開になるはずなのだが、タイムリミットに向けてのス
リルもあまり感じられない。なぜかというと、映画の大半が回想シーンに費
やされているからだ。時間軸が、タイムリミットに向かっているのと、過去に
遡っているのと2方向あるというのは、よほど上手くやらないと、バラバラな
感じになってしまう。回想シーンそのものは、ベトナムから始まって、東欧と
か中東などあちこちに飛び、それぞれは良く出来ているのだが、あまりにも
多岐にわたっているのでやや散漫。その中では、大使夫人を演じたシャーロ
ット・ランプリングが相変わらず美しいのに息を飲んだ。東欧の薄暗い雰囲気
も非常に魅惑的ではあったし、ミューアが若き部下にスパイの心得を教え込
む所も面白い。なのに結局ビショップが全然その心得に従っていないのが、
観る側の気力が萎えてしまう原因となってしまっているんだな。
やっぱり、スパイである以上は、プロフェッショナルに徹するべし。「007」を
見習わなくては!『テイラー・オブ・パナマ』くらい人を食っているんだったら
逆に許せてしまうんだけど…。
シャンプー台のむこうに BLOW DRY |
監督:パディ・ブレスナック
脚本:サイモン・ボーフォイ
出演:アラン・リックマン、ナターシャ・リチャードソン、レイチェル・グリフィス、
ジョッシュ・ハートネット、レイチェル・リー・クック、ビル・ナイ
ヨークシャーの小さな町が、突如お祭り騒ぎに。市長の肝入りで、全英ヘアド
レッサー選手権が開催されるのだ。父フィルの理髪店で下働きをしながら、
葬儀場で死体相手にカットの練習に励んでいるブライアンは色めき立つ。だ
が、フィルは「息子と組んで出場しろ」と促す市長の言葉にも耳を貸さない。
フィルは、かつてこの選手権で連覇した伝説の男だったが、3連覇を目前に
妻のシェリーが、ヘア・モデルのサンドラと共に家出。以来10年間、夢破れ
たフィルは、別の店を構えたシェリーとサンドラを決して許さなかった。しかし、
フィル親子の店を訪ねて来たシェリーが、サンドラも交えた「家族」で、選手
権に出場しないかと持ちかけたのだ…。
悪く言えば、まったく予想通りの展開で進む映画である。ヘアドレッサー選
手権がきっかけで、しょぼくれていたオヤジが復活し、家族の絆も復活し、
息子はライバルの可愛い娘と恋に落ちるという筋には、意外性のかけらも
ない。ヘアドレッサー選手権では、たしかに奇抜なスタイリングが登場する
けれども、市長さんが一人でノリノリなわりには、思ったほどバカっぽいノリ
にはならなくて意外と地味でマイナー感が漂う。最近のイギリス映画にはよ
くあるタイプのコテコテな作品である。
でも、さすがに、大傑作ではないけれどもウェルメイドな逸品にはなっている
のだ。俳優一人一人がとてもよい。特に、実質的な主人公である、理髪店
の頑固おやぢアラン・リックマンは最高ですな。最初のうちは本当にしょぼ
くれていて、とても選手権で連覇した男には見えず、人生半分投げている
ようなオッサンが、やっとのことで選手権に参加を決めてから俄然輝きだす。
実は足の裏にハサミの刺青までしていて、それをさりげなさを装ってわざと
らしく見せびらかすところなんて、お笑い一歩手前だが、でもカッコいいのだ。
選手権が進むにつれて、どんどん衣装が派手になっていってほとんどプレ
スリー状態になってしまう市長さんは、とーっても楽しい。何しろ、エンディン
グクレジットのバックで、ワンマンショーをやってしまうくらいで、こんな市長
がいる町だったら楽しいかもしれない。
ブライアンが死体相手にカットの練習をしているという設定もさることながら、
彼が恋に落ちるクリスティーナが死体でヘアダイの練習をして、パンクヘア
のまま葬式に出す羽目になったりするのは、かなり危ないギャグだが可笑
しい。『スティル・クレイジー』とほとんど同じキャラクターで登場している、ビ
ル・ナイ演じるライバルの前年優勝者レイの、虚栄心の強さとせこさには大
笑い。というふうに、それぞれの小ネタはなかなか楽しいのである。
もう一つ、ちょっと変わっているのが、フィルの妻が女性であるサンドラと駆
け落ちしたということ。妻を女に取られたということが、フィルにとってはさら
にショックだったように見受けられる。この女二人の関係という設定は、ラス
トまではほとんど生かされていないのだが、決勝戦での、モデルとして登
場したサンドラのいでたちには、度肝を抜かれた。これは一見の価値があ
るというか、ものすごく斬新で奇抜なんだけど、非常に美しく崇高ですらあ
るのだ。これを演じたレイチェル・グリフィスの勇気もたたえたい。この場面
だけは、素直に魂が震えるほどの感動をしてしまった。ここのシーンが素晴
らしいからこそ、「家族」4人が一緒になって帰る後姿に象徴される「家族の
再生」が、余韻を持って伝わってくるのだな、と思った。