監督:キャメロン・クロウ 脚本:アレハンドロ・アメナバール/マテオ・ヒル/キャメロン・クロウ
出演:トム・クルーズ、ペネロペ・クルス、キャメロン・ディアス、ジェイソン・リー、
ティモシー・スポール、ティルダ・スウィントン、カート・ラッセル、ノア・テイラー
マンハッタンの豪邸に住む出版界の実力者、デヴィッド。裕福でカリスマ性に満ちた
彼は人々を魅了していた。その日も、彼のベッドにはジュリーという魅力的な女性が。
だが、デヴィッドは親友ブライアンがパーティーに連れてきたソフィアに、一目惚れ。
デヴィッドの心変わりを見抜いたジュリーは思い詰めて、彼を車に乗せて崖にめがけ
猛スピードで突っ込む。デヴィッドは一命は取りとめたものの、ハンサムだった顔が、
醜く変貌してしまった。絶望の中をさまよい続けたデヴィッドの運命は、思わぬ方向
へと転がり始める。予期せぬ人生のジェットコースターに投げ込まれた彼は、愛の本
質を求めながら旅を続けていく。旅の終わりに彼が見たものは…。
言わずと知れたアレハンドロ・アメナバールの「オープン・ユア・アイズ」のリメイク。初
めて観たときのクラクラする、眩暈のような感覚にしびれてしまい、身震いするほどの
衝撃を受けた「オープン・ユア・アイズ」の悪夢世界、そのインパクトがここにあるはず
はない。夢と現実の境界線が曖昧で難解だった「OYE」では、自分の足元が崩れて
いくような恐怖があったわけだが、「バニラ・スカイ」にはその感覚は全然ないのだ。
何しろ、判りやす過ぎるんだもん。最後の種明かしで、拍子抜けしてしまったわ。
ストーリーそのものは、オリジナルにきわめて忠実なんだけど、この差は一体何なん
だろう、と考えると、一つは監督のキャメロン・クロウの資質というのがある。キャメロ
ン・クロウは基本的に青春映画の監督で、サスペンスとか恐怖とか悪夢というものに
関心がないように見受けられる。もちろん、「OYE」と全く同じモノを作ってしまうという
のはリメイクの意味がないわけだから、そういう解釈というのはアリだと思う。だけど
何しろ、甘いのだ。大金持ちハンサム甘ったれお坊ちゃまの成長物語になっちゃって!
トムちん演じる主人公は、ほ〜んとカラッポな男で、ルックスはいいし(でも背は低い
けど)親から受け継いだ莫大な遺産と、下品な雑誌を出している大出版社の社長の
地位があって、フェラーリを乗り回し、キャメロン・ディアスをファック・バディにしている
という絵に描いたように薄っぺらい主人公だ。ナルシストのトムちんにはぴったりの
役柄といえよう。だけど、そんな彼にも、ルサンチマンはあった。「七人の小人」と彼
が呼ぶ取締役のえらそうな老人達。結局、彼の今の地位は、恵まれた出生に由来
して得られたものであり、彼自身、自分がその地位には相応しくないんじゃないかと
青臭くも悩んでいるわけである。そんな悩みも、一般人からすればおめでたいという
かあまりにも贅沢な悩みというわけだが。
この男がいかに薄っぺらいか、というのを象徴させるためには、いろんな記号が使わ
れている。途中で映画は彼の夢の世界に突入するのだが、その夢の中には、いろ
んな「ポップカルチャー(笑)」の記号が埋め込まれている。彼の好きなトリュフォーの
「突然炎のごとく」のような恋愛。タイトルの由来にもなっている、モネの睡蓮の絵に
使われているバニラ色の色彩。突然鳴り響くビーチ・ボーイズの「グッド・ヴァイブレー
ションズ」(テルミンのぎゅ〜んという使い方がいかにも悪夢っぽい)。彼の内的な世
界は、記号に埋め尽くされていたってわけだ。まるでブランド崇拝主義者「アメリカン
・サイコ」の主人公みたいだね。ブラックですな。ペネロペが描いたトムちんの似顔絵
は、そんな彼を見事にカリカチュアしていて、笑ってしまったよ。事故に遭った後のト
ムの顔も、「OYE」でのエドゥアルド・ノリエガほどひどくはなかったけど、ナルシスト
な彼には、それでも耐えられなかったってことだな。
「OYE」ではあまり目立っていなかった、主人公を地獄の淵へと叩き込む女性の役
だが、ここでは、なんとキャメロン・ディアスである。彼女は執拗に「一晩に4回もやっ
たのよ」「飲んであげたのよ」なんて繰り返しているわけだけど、そんなことにそこま
でこだわる人ってはじめて見た気がする。男性諸氏は、たとえいい女でもセックスは
一晩に3回までにしましょうね、なんて言っても、イザというときにはそんなこと関係
ないよね。飲んであげたからってそんなに威張ることでもないような気がするけど。
それに、トムちんみたいなカラッポ最低男に振られたからといって、道連れにして死
のうと思うものなんだろうか。キャメロンくらい綺麗でナイスバディだったら、いくらで
も相手はいるだろうに。それはさておき、キャメロンはなかなか熱演していて、少し
ずつ衰えてきた容色も相まって、女の怖さと哀れさを体現している。
一方、「OYE」と同じ役を演じているペネロペ。「OYE」の彼女は本当にものすごく綺
麗でしかもおっぱいは大きいし、神秘的でとても魅力的だったのに、なぜかこの映
画の彼女はすごく安い感じがしている。トムちんとくっついてしまって、映画が私生
活の再現みたいになってしまったというのもあるんだけど。とにかく彼女はここでは
キャピキャピしすぎ。トムちんという大スターをつかんで幸せの絶頂にあるのはよく
わかるんだけどさ。「OYE」で女優である彼女が、雨の中、ピエロの扮装をして濡れ
ながら佇んでいるという美しいシーンが印象的なだけに、このギャップは寂しいもの
がある。劇中での彼らの恋愛ったら、中学生か高校生か、と思ってしまうほどの甘
酸っぱさだし。
さてさて、このストーリーは、おぼっちゃまくんの成長物語で、「本当の人生を選びた
い!」という意志に基づき、彼はある選択をするのである。「OYE」の不気味さとは対
照的だ。ハリウッド作品だし、トムちん主演だし、キャメロン・クロウだし、そういう結
論はたしかにアリだと思う。トムちんの人生が悪夢に向かって一直線だったのは、
実は彼自身の意思に左右されていたという皮肉さがあるはずなんだけど、(つまり、
あの地獄めぐりは彼自身が作り出してしまったものであったということ)その恐ろしさ
はこの甘酸っぱい雰囲気からは全然伝わってこなかったね。それはキャメロン・クロ
ウの作風でもあるから、それがイカンということではないし、キャメロン・クロウらしさ
は十分出ているのだけど。でも、もともとの「OYE」という映画が持っていた、不気味
で足元が崩れ落ちそうな不安さの魅力は、殺されてしまったのだな。
監督 金子修介 脚本 長谷川圭一/横谷昌宏/金子修介
出演:新山千春、宇崎竜童、佐野史郎、南果歩、大和田伸也、村井国夫
渡辺裕之、布川敏和、津川雅彦、天本英世
グアム島沖で米国の原潜と探索に向かった作業艇が、巨大な背びれをもつ生物と
遭遇して消えた。1954年のゴジラ上陸で両親を失った防衛軍准将・立花は、ゴジラ
の襲来を警戒するよう軍に促すが、軍は黙殺。同じ頃日本国内で次々と奇妙な現象
が起こっていた。立花の娘で、TV番組スタッフの由里は、超常現象の発生地点と、
民間伝説でヤマトの守り神"獲国三聖獣"が眠るとされる場所が一致するすることを
発見。そしてついに破壊神ゴジラが日本へ上陸。"護国三聖獣"キングギドラ・モスラ
・バラゴンは覚醒し、立花と共にゴジラに戦いを挑んでいく。由里もゴジラとの戦いを
最期までTV中継することを決心し、戦場へと繰り出す…。