監督:ファイト・ヘルマー
出演:ドニ・ラヴァン、チュルパン・ハマートヴァ
アントンは、父親が経営する古ぼけた室内プールで働いている。彼はずっとこの
プールの外から出たことがなくて双眼鏡で外の世界を覗くだけなのであった。あ
る日プールに泳ぎにやってきた美しい少女エヴァに一目惚れするアントン。しかし
このプールを潰して再開発プロジェクトで設けようと企むアントンの兄グレゴール
の落とした石が、エヴァの父親に当たり父親は死んでしまう。安全面の問題を指
摘されたプールは閉鎖の危機に陥るが…。
モノクロで、数少ない台詞も独特の言語で話されているという、サイレント映画に
似た手法で作られた作品。だからといって、決して難解ではない。台詞が不要な
くらいシンプルな物語で、まるでパントマイムを思わせるようなやや大袈裟な俳優
たちの仕草がコミカルで楽しい。
どこの国の、どの時代のお話なのかは特定されていない。ノスタルジックな衣裳、
古色蒼然とした雰囲気。微妙に傾き崩れかかったプールの建物が、荒野の中ぽ
つんと佇む。この廃墟のような建物の崩れ加減がロマンティックで魅惑的だ。建
物内部の雰囲気はさらに素敵。プールの温度調節や水圧調整を行う地下室の
古めかしい機械は、蒸気の音を立てながらガタゴトと動く。大昔の映画『メトロポ
リス』を思いっきりローテクにしたような雰囲気の舞台装置である。
アントンの父でプールの経営者であるカールは盲目で、彼に未だにプールは賑
わっていると信じ込ませるため、従業員たちは毎日カセットテープで歓声や水の
音を流している。プールの入場料だって、お金ではなくボタンで支払われている。
そしてホームレスたちが半ばプールに住み着くような形で常連となっているのだ
った。ところどころ床が抜けたり、雨漏りがしたり、おんぼろのプールだが、その
ボロボロさ加減がとてもいとおしいのである。プールの検査官が訪れたときに、
必死になってプールを守ろうとする従業員や、雨漏り箇所に屋根の上から傘を
差して漏水を誤魔化そうとするホームレスの姿には、この場所に対するこよなき
愛情が感じられる。
エヴァに恋し、プールを守ろうとすることで、一歩も外に出たことのなかったアン
トンは、ついに外の世界に踏み出すのであった。エヴァが着替えるところを覗き、
更衣室の隙間越しに彼女のブラジャーをもらって(普通の人がこれをやったらた
だの変態だけど)そのかぐわしい香りを嗅ぎながら眠りにつくアントン。もう中年
の域に達しているのに、年齢不詳で大人子供のようなドニ・ラヴァンだからそれ
が生臭くならずに済むのだ。そして、彼はエヴァの亡き父親が残した船と、南の
島ツバルの地図に魅せられ、外に出ること、ツバルに向かって漕ぎ出すことを決
意する。モノクロの画面が、プールの内部は暖かいセピア色に着色されている
のに対し、外の世界は冷たいブルー。プールは、アントンがそれまでこもってい
た母親の胎内を象徴するもので、そこに湛えられた水は羊水なのであった。
みんなの心のよりどころで、母胎のように心地よい空間を壊そうとするのが、(クリ
ストファー・ドイル似の)グレゴールである。彼は「テクノロジー・システム・プロフィッ
ト」と名付けられた自動発券機を導入しようとし、お題目のように「テクノロジー・シ
ステム・プロフィット」と唱え続ける。こんなものを導入しちゃったら、これまで受付
のマルタがボタンを入場料代わりに受け取っていたという牧歌的な良さがなくなっ
ちゃうじゃない!映画作りにおいてもテクノロジー、システム、そして利益主義(プ
ロフィット)を拒絶する作り手の姿勢が現れるエピソードである。
このようにとにかく古めかしく不思議な雰囲気がとても魅力的な映画なのだけど、
一番の魅力は、文句なくエヴァを演じたチュルパン・ハマートヴァだろう!もう可愛
いったらありゃしない。マシュマロのような白くて柔らかそうな肌。まん丸い目とピ
ュアな表情。彼女が全裸で金魚鉢の金魚と戯れながらプールの中を泳ぐシーン
があるのだけど、美しい夢を見ているように思えてしまうほどの、圧倒的な開放感
のあるファンタジックさと、ミロのヴィーナスのような生まれたての美を感じてしまう。
こんな現実離れした可愛らしさを持つ彼女だからこそ、大人子供のアントンと一緒
に、遠い南の国に船で漕ぎ出そうという荒唐無稽な設定に違和感を感じずに済む
のだ。
一つ一つの画面が一枚の絵になりそうなほど美しくて、いとおしくて、ファニーで、
魅力の塊のような映画。台詞なんてなくても、センスと魅力的な俳優さえあれば、
これだけ楽しくてファンタジックなものを作ることができるという見本のような作品。
映像が本来持つ力を実感してしまう。
監督:アン・リー
出演:トビー・マグワイヤ、スキート・ウーリッチ、ジェフリー・ライト、ジョナサン・リース・マイヤーズ
ジム・カヴィーゼル、ジュエル
南北戦争では、南部に位置しているのに北軍側についたミズーリ州。そこに住む
ドイツ系の青年ジェイクは、兄弟のように育ったジャックの父親が北軍派に殺され
たので、共に南軍のゲリラ部隊ブッシュワーカーに入った。北軍の制服を着て近づ
き、いきなり攻撃をするゲリラ戦に身を投じたのである。身内同士が殺し合いをす
る最悪の時代を、若者たちはどのように生きたのか。
終盤、戦争が終わるまで切らないと誓い、長く伸びた髪と髭を切り落としたトビー・
マグワイア演じるジェイク。似合わないむさ苦しい長髪の下から現れた、幼さの残
る表情にはっとする。こんな苛酷な青春を送っていた彼は、実はまだ19歳だった
のだ…。彼を大人びて見せていた長い髪は、それまで奪われていた彼の少年期を
象徴していた。
戦争の中でも、南北戦争のように内戦というのはとても悲惨なものだ。中でも、ミズ
ーリ州は奴隷州でありながらも北軍側についているという複雑な立場であり、また
ミズーリ協定によって定められた境界線に接しているため、北軍派、南軍派に別れ
ている。ジェイクはドイツ系の父親が北軍派であるにもかかわらず、親友ジャックの
父の敵を討つため南軍のゲリラとなる。しかしドイツ系であるため、ゲリラの中でも
いつか裏切るのではないかと目を付けられてしまったいる。同じ街に住んでいても
敵味方に分かれ家族ですら信用することもできない。
そんな狂気の時代にあっても、人間らしさを保とうとする、ジェイクやジャックであっ
た。情報収集のために、彼らは北軍派の郵便物を盗み読むのだが、それらの手紙
には子を気遣う母親の細やかな愛情が感じられた。敵といえども同じ感情を持った
人間であることを彼らは実感するのであった。北軍派であっても、南軍派であっても、
彼らは決して女性は殺さない。それが、自分たちにはまだ人間らしい感情を持って
いることを思い起こさせる行為だった。
ジェイクとジャック、ジョージとその奴隷ダニエルを匿った牧場には、この戦争で結婚
したばかりの夫を亡くしたスー・リーがいた。ジャックと彼女は恋に落ちる。馬でアメ
リカの大地を翔るふたりの姿のみずみずしさ。他のメンバーを追い出して、山の中に
掘った狭いアジトの中で愛し合うふたり。戦いの中の小さな幸せだったが、ジョージ
の死で無惨にも断ち切られてしまう。
一人一人の登場人物が、それぞれあることを象徴している。ジェイクは、戦いの中で
も極力人間性を失わないようにともがく存在。人間の良心の象徴である。逃がしてや
った友人に父親を殺されるなど、手痛い裏切りに遭い、友人を失いながらも、それで
も人の心を信じようとする人間だ。ジャックは、血よりも濃い絆を結んだ親友ジェイクに
行動を起こさせる起爆剤。彼の父の死が、ゲリラ戦に身を投じる結果となった。そして
スー・リーがジャックの子を宿したことで、ジェイクも自分の戦いを終えて別の人生を選
ぶことになる。
ダニエルには、人間の尊厳とは何かということを考えさせられる。彼は奴隷ではある
が、どこか威厳や高潔さを感じさせる男。主人であったジョージに愛され、自由の身
になったとはいうものの、やはり元主人と元奴隷という関係は消えない。だけどジェイ
クとは、まったく対等の人間として親しくなることができた。ジェイクの読む、北軍派の
手紙に心を動かされる感情豊かな人間でもある。そしてスー・リーは女性の持つ強さ
の象徴だ。新婚の夫を失い、恋人も失ったのにそれでも強く逞しく生きる。ジェイクの
目の前で堂々と赤ちゃんに乳を含ませる姿には、ドギマギさせられる。そして、ふた
りが結婚した夜、人は15人も殺したのに女性経験はゼロのジェイクを、貫禄を持って
リードするのであった。アラスカ出身で、馬で大地を駆け回って育ったジュエルが、
スー・リーに土の香りを与えている。
腰を妖しくくねらせ、ハエを叩き落とすように人を殺しまくる死の天使ピット。彼はジョー
ジとダニエルの主従関係を超えた友情や、ジェイクとダニエルの魂の結びつきを憎み、
味方であるはずのダニエルやジェイクにまで銃を向ける卑劣な男。だけど、彼は単なる
ヒール役ではなく、とても哀しい男。ジェイクやジャック、ダニエルのような熱い友情や愛
を得ることができなかったため、彼らがとても羨ましくて、憎むのであった。戦争というの
は、結局主義主張や大義名分ではなく、私怨の果たし合いとなってしまうものであると
いうことも象徴している。
大義名分というのは、さほど重要ではないという、この矛盾を体現しているのが、奴隷で
あったダニエル。南北戦争では、誰もが知っている通り北軍は奴隷解放、南軍は奴隷制
の維持を掲げた戦いだった。ところが、黒人奴隷であるダニエルは、自分が尊敬する主
人や、熱い友情で結ばれた白人たちとともに南軍ゲリラとして戦うのである。どんなに立
派なお題目を抱えた戦いであったとしても、戦争が自分の愛する者たちの命を奪うもの
である以上、主義主張ではなく、自分にとって大切な友情や愛のためにしか、戦えない
と彼らは感じていたのだ。
ラスト近く、新天地に旅立とうとしていたジェイクとスー・リーは、ジェイクの命を狙ってい
ると噂されていたピットに出くわしてしまう。思わず銃をピットに向けるジェイク。だけど
ピットの目からは、あれほど燃えさかっていた憎しみの炎が消えていた。彼は北軍派
が優勢で、行けば確実に死が待っている町を目指すという。まるで自ら死を望むかの
ように。ピットは自分との戦いに負けたことを自ら認めたのであり、あとは自分の死に
様を自分で決めたいと思ったのだ。ピットの観念したような微笑みを見て、ジェイクは
銃を下ろしてピットを行かせる。ここで、彼の戦いは本当に終わったのだった。
自分の大切な者の命を奪ってしまう戦争とは愚かしいものだ。だけど、歴史の流れは
一人の人間の力では簡単に変えられない。最悪の時代を、どうやって人間らしく生き
抜くか問い続けた男たち。そして、自分の戦いの幕を下ろしたときに、幼い表情の中
にも一人前の男となって凛々しいジェイクの姿があった。