監督:カマル・タブリーズィー
出演:ファテメー・モタメド=アリア、ホセイン・ソレイマニー、ゴルシード・エグバリ
少年院にいる男の子メヘディは、母親の死を受け入れることができない。彼はいつも
微笑む母子像の新聞の切抜きを持ち歩き、その女性を母親だと思い込んでいる。
ある日、少年院にやってきたソーシャル・ワーカーの女性。彼女は、「悪いことをして
はいけません」と少年たちに話をする。メヘディは、この女性が、新聞の切抜きの母
親像にそっくりで、しかも彼女に「坊や」と話し掛けたことから、この先生が自分の本
当のお母さんだと思い込んでしまう。彼は少年院を脱走し、先生の家に押しかける。
困惑する先生だが、情にほだされ一晩だけメヘディを泊めると、彼は先生の幼い娘ア
フーともすっかり仲良くなってしまう。少年院にメヘディを連れ戻そうとする先生だった
が…。
主人公の少年メヘディがなぜ少年院に入ってしまったのかは説明されていないが、
彼の収容されている少年院には、実に沢山の小さな男の子たちが入っている。ソー
シャルワーカーに「あなたはなぜここにいるの?」と彼らが質問され、一人一人答える
シーンがあるが、みんな、もう何回も出たり入ったりを繰り返しているのだ。メヘディも
そうだけど、親がいなかったり貧しかったりで犯罪を犯さなければ生きていけない現
状。メヘディは彼なりにたくましく生きていて、少年院を抜け出し先生の家から追い出
されても、タバコや新聞を売ったり盗みをしてちゃっかりと生きる手段は確保できるの
だ。
しかし、そんな彼が必死に母親を求める姿は本当に切ない。先生の家を訪ね、追い
払われても玄関先で寝起きする。「お母ちゃんが死んだなんてうそだ。お母ちゃんを
見つけたんだ」と友達の風船売りにうれしそうに言う。先生をストーカーのように追い
かける。先生は、とにかく困惑する。先生の娘アフーはメヘディと仲良くなっているし、
見ているこちらとしては「メヘディを引き取ればいいじゃない」と思ってしまうのだけど、
そんなに簡単な話ではなかった。実は先生の夫は、メへディのようなストリート・キッ
ズに殺されていたからである。シングルマザーでお金もない。ここに、イランの深刻な
社会問題が浮き彫りとなる。
先生はなんとかして彼を少年院に連れ戻そうと思い、もう一度メヘディを家に招き入
れ、補導員に通報する。メヘディはギターを手に「お母ちゃんが死んだらこの世は地
獄だ」と歌う。この歌を聴いていて、思わず胸がかきむしられるほど悲しかった。泣き
そうな顔で、悪ガキが切々と母への思いを歌うのである。彼を少年院に連れ戻そうと
する先生だって、やりきれない気持ちだっただろう。だけど、そんなときに少年院から
補導員がやってきて、メヘディは連れ戻されてしまう。「兄貴を連れて行かないで!」
とアフーも泣き叫ぶし、メヘディも必死に抵抗するのだが、先生は背中を向けていた。
先生が、メヘディの優しさを知るのはその後である。先生の財布を盗んだ八百屋が、
メヘディに脅され財布を返しに来たり、隣の人がメヘディから預かったという母の日の
プレゼントを渡しに来る。手荒れをしていた先生を気遣って、彼はゴム手袋を買ってい
たのである。思いがけない彼の心に触れ、先生は少年院に向かうのだが、彼はまた
逃げ出していた。先生にそっくりの母子像の切抜きを残して…。先生はメヘディを探し
回るのだけど、彼はどこにもいなかった。
とにかく主人公のメヘディの、母親を求める悲しそうな瞳、そしてあの悲しい歌声が忘
れがたい印象を残す。メヘディを演じた少年は実際に少年院に入っていた悪ガキで、
監督は3か月分の保釈金を払って彼を出演させたそうだ。ただし、この映画と違うのは、
この撮影をきっかけに彼は立ち直り、今は高校に通っていてオランダの大学に進学が
決まっているほど優秀らしい。また先生の娘であるアフーが、ちょっと西洋人風の顔立
ちで、天使のようにむちゃくちゃ可愛い!
とても気になるのが、メヘディのその後のことだ。再び脱走していた少年院に母子像
の写真が残されていたことから、きっと彼は母親を求めることはもうやめ、どこかでた
くましく生きているのだろうか…。ハッピーエンドにも、悲しい終わり方にも取ることが
できる終わりかただ。
ベルリンこども映画祭グランプリなど、子供向けの映画祭のグランプリをいくつも獲得
している作品だが、ケン・ローチ映画風の味わいもあり、大人の鑑賞に十分堪える作
品だと思う。子供が主人公ではあるけれども、社会問題に目を向け、子供たちの将来
があまり明るくないことを告発しているからだ。メヘディとアフーが無邪気に遊ぶ姿が
本当に楽しそうなだけに、切ない余韻がある。
監督:原恵一
声の出演:矢島 晶子、ならはし みき、藤原 啓治、こおろぎ さとみ、津嘉山正種
幼稚園児野原しんのすけの住む春日部市に、「20世紀博覧会」という大阪万博そっ
くりの博覧会が開かれる。懐かしのヒーローになってみることができたり、子供の頃
遊んだおもちゃや遊びが体験できるとあって、大人たちは大喜び。子供たちをほった
らかしにして、彼らは夢中になって遊ぶ。しんのすけの父親ひろしや、母親みさえも
20世紀博にすっかりはまってしまい、しんのすけの妹ひまわりのオムツさえも替えな
いので、しんのすけが妹の面倒を見ている始末。ついに、ひろしを始めお父さんたち
は会社にも行かなくなってしまう。やがて、大人たちは20世紀博に行ったきり帰って
こなくなった。それは、ケンちゃん、チャコちゃんという一組のカップルをリーダーとす
るテロ集団「イエスタデー・ワンス・モア」の陰謀であった。彼らは、自分たちが夢見
てきた未来とはかけ離れてしまった現代に愛想を尽かし、懐かしい世界に戻そうとし
ていたのであった…。
クレヨンしんちゃん、と聞いただけで大人の多くは「子供向けの、しかも低俗なアニメ」
とそっぽを向いてしまうだろうけど、これこそ、大人に見てもらいたい大変な問題作で
あると思う。だまされたと思ってみて欲しい。映画館での上映は終わってしまったけど
近いうちにビデオも出るだろうし。
まず度肝を抜かれるのが、冒頭、大阪万博のモニュメントとして名高い太陽の塔(岡
本太郎作)から始まるということ。1970年にトリップしてしまったかと思うほどだ。ソ連
館や月の石が展示されたパビリオンなど、精巧な再現がしてあるところへ、突如襲い
掛かる怪獣と、それをやっつけるウルトラマン。このウルトラマンというのが、なんとし
んのすけの父親の扮装なのである。そう、この「20世紀博」は、大人が子供の頃に実
現したかった夢を、本当に実現させて見せる懐かしさいっぱいの魔法の場所なのだ。
大人たちは、現実から逃避するかのように、20世紀博の世界に耽溺し、社会生活や
家族を放棄する。彼らは、やがて「イエスタデー・ワンスモア」の一団に、まるでハメル
ンの笛吹きについていった子供たちのように、トラックに乗せられ連れ去られてしまう。
街に残されたのは、子供たちだけ。大人がいなくなった町は、ゴーストタウンと化す。
子供たちの食べるものも底をつき、コンビニにはいじめっ子が跋扈する。発電所にも人
がいなくなってしまったことから電気も止まる。死んだような町の底知れぬ恐怖といっ
たら、子供には刺激が強すぎるかもしれない。しんのすけは妹ひまわりを背負い、仲
間の園児たちと「かすかべ防衛隊」を結成する。「イエスタデー・ワンスモア」の一団は
今度は残された子供たちも連れ去ろうとするが、かすかべ防衛隊だけは敢然と戦うの
だった。
20世紀博の囲いの中ですっかり洗脳され、懐かしいおもちゃや遊びにはまっている大
人たち。しんのすけはみさえとひろしを探し出し、目を覚まさせようとする。しんのすけ
がひろしを目覚めさせるのに使ったのは、なんとひろしの靴のくさい匂いだった!靴の
匂いを嗅いだひろしに、これまでの彼の人生が走馬灯のように甦ってくる。小学生のと
き、大阪万博に連れて行ってもらったのに混雑していて月の石が見られなかった悲し
い思い出。高校受験、大学生活、初恋、就職、結婚…。このシーンで、思わず目頭を
ぬぐう大人の観客が沢山見られたのだった。だって、私だって思わずグッときてしまう
もの。
「イエスタデー・ワンスモア」の首謀者、ケンちゃんとチャコちゃんは、まるで70年代の
学生運動の闘士で、ラブ&ピースな雰囲気を漂わせているのだ。ケンちゃんはマッシ
ュルームカットに丸メガネとジョン・レノンに似ているし、チャコちゃんはミニスカートにブ
ーツの「オー!モーレツ」的なファッション。ロングヘアでアンニュイな雰囲気を漂わせ
ている。彼らが暮らしているのは、「同棲時代」的な木造アパートで、チャコちゃんはミ
シンを踏み、結婚制度は否定している。20世紀博の中には昭和30年代のような懐か
しい町並があり、連れて来られた大人たちはここに住むのだ。出前の蕎麦屋さんが自
転車で走り、豆腐売りのラッパが鳴り響く。円筒型の郵便ボックスが立ち、夕ご飯の
匂いが漂う。いつもセピア色をしている、この「夕日町商店街」の町の造形が、実に美
しいのだ。そして流れる歌は「白い色は恋人の色」!なんという美しい過去の姿。
ケンちゃんは言う。「20世紀の高度成長時代に見つづけていた夢が実現すると思って
いたのに。これが俺たちが待ち望んでいた未来か?」環境汚染、不景気そして犯罪の
多発。科学技術は進歩したが、果たして人々の心は豊かになったのか、問い掛けて
いるのだった。
しかし、それに対してひろしと、しんのすけは素晴らしい回答を用意していたのである。
「貴様らに、家族を持つ幸せがわかるか!」というひろしは、子供たちの未来のために
必死で奮戦する。そして、しんのすけの一言がまた凄い。「おねいさんのようなきれい
な女の人とたくさんつきあいたいから、オラは大人になりたいんだ!」。これぞ、人生の
真実。過去の美しい時代への賛歌を歌いながらも、未来に向かって生きることを宣言し
ているのである!しんのすけは、最後はたった一人で、未来を邪魔する者と戦うのだ!
なんてかっこいいんだ!しんのすけ!すごいぞ!
ケンちゃん、チャコちゃんが最後に見せる敗者の美学というのにも痺れてしまう。敗れ去
る左翼革命家という感じで、『シュリ』の北朝鮮の隊長と同じ系列だ。最後、夕日町の
人々に「もう好きにしていい」と放送するところなんて、もう涙、涙である。彼らがその後
どうなってしまったのかがとっても気になってしまう。
そして最後に流れるのは、吉田拓郎の名曲「今日までそして明日から」。なんという見
事な幕切れ!昔はよかった。今が一番いいとは思わない。だけど、これからはもっと素
晴らしくなるのだ。この見事なポジティブ性、未来志向を、私たちは見習わなければなら
ない。「クレヨンしんちゃん」でこんなに感動するとは思わなかった。