監督:トニー・ガトリフ
出演:アントニオ・カナーレス、オレステス・ビリャサン・ロドリゲス、ファン・ルイス・コリエンテス
スペイン・アンダルシアに住むカコは、最愛の娘ペパを亡くし深い悲しみに沈んでいた。
その悲しみを癒すため、彼は日夜フラメンコのパーティを開き歌い踊る。彼の兄マリオは、
カラバカ家のサンドロを殺してしまって行方をくらましてしまった。そのため、カラバカ家は、
カコの家族に憎しみを向け、中でも、マリオの息子であるディエゴの命が狙われていた。
ディエゴは体こそ不自由だが、踊ることで生きる喜びを全身で表し純粋な性格の青年。
カコも、娘を亡くした今とあっては、ディエゴに惜しみない愛情を注いでいた。しかし、カラ
バカ家はサンドロの娘の洗礼式までにマリオの身柄の引渡しを要求していた…。
(注意:ネタばれしています)
カコを演じたアントニオ・カナーレスはフラメンコ界のカリスマ的なダンサーだ。しかし、ここ
では彼は踊らない。だけど、彼は、アンダルシアのロマの誇り高き魂を体現してこの上な
い濃厚な味わいを見せてくれる。愛する甥のディエゴを守るために彼ができるただ一つの
ことは、自分の命を代わりに差し出すことだった。カラバカ家のメンバーに刺された彼が、
刺すような真っ青な空の下、倒れこんで絶命するまでの長い動きが悲痛なまでに美しく、
まるで舞を舞っているかのようだった。自分自身がフラメンコそのものであるカナーレスの、
一世一代のフラメンコだったのだ。
彫りの深い顔だち、長い巻き毛、深い瞳。黒いスーツとエルメスのきらびやかなスカーフ、
ゴールドのアクセサリーが似合う誇り高き男たちの、なんてセクシーなことか!もう観て
いて腰がくだけそうになった。こんな男と恋がしてみたい。そして、彼らは、俳優ですらな
い、アンダルシアに住む普通の人々だというから驚きだ。彼らをかくのごとく美しく見せて
いるのは、生きていく上で燃やしつづけている情念であろう。
彼らは何かというと踊る。最愛の娘を失った悲しみを紛らすために、そしてフラメンコを愛
するディエゴのために、カコは金に糸目はつけずに最高のミュージシャンたちを集め、一
晩中歌と踊りとギターは絶えることがない。美しい女たちも官能的に腰をくねらせる。ロマ
の歌い女の歌声というのは、未だかつて聴いたことのないような、ディープで土着的なパ
ワーを感じさせるもので、一度聴いたら呪文のようにもう耳にこびりついて離れない。
しかし、踊る女たちも、歌い女の魂の声も、琴線を狂おしくくすぐるギターの音色がなくて
も、男たちは道端でも踊ることができるのだ。リズムが血となって彼らの体の中を脈々と
波打っているからだ。そして、その血が一番濃いのが、ディエゴなのだ。ディエゴを演じる
オレステス・ビリャサン・ロドリゲスは実際に運動神経に障害があって、四肢も言葉も不自
由なのに、フラメンコを一番血とし肉としていて、体中で踊る歓びを、爆発した火山のよう
に表している。フラメンコの女神に愛された青年なのだ。だからこそ、カコは体を張って彼
を守ろうとする。
そして、この映画は、『ゴッドファーザー』のごとくファミリーの血の絆についての作品である。
洗礼式やパーティ、ゴッドマザーの霊的な歌声で一族の結束の堅さを確かめ合うカコ、そ
してカラバカの一家。愛する家族を守るために、死の恐怖と戦いおののきながらも、あらか
じめ定められた宿命に従って血を流すカコの姿は、ギリシャ悲劇のようである。カコの決意
に気がついた従弟のトレスが、「行くな」と無言で語りかけるときの、あの深い泉のような
静かに燃える瞳。ジョン・ウー映画でのチョウ・ユンファをどこか思わせる、その美しくも哀
しい表情にはしばしくぎ付けとなってしまった。こんな瞳にだったら、人生を狂わされてもい
い。
愛する者を守るために自らを犠牲にする血と復讐のドラマというモチーフは、すでに幾多の
小説や映画で使い古されたものである。しかしながら、いつの時代にも、どの国ででもあり
える普遍的な物語なのだ。普遍的なストーリーであるからこそ、フラメンコの魂を込めること
で、まったく違った光を反射するプリズムのような力強い寓話となりえたのだ。