レクイエム・フォー・ドリーム Requiem for a Dream |
監督:ダレン・アロノフスキー
出演:エレン・バースティン、ジャレド・レト、ジェニファー・コネリー
マーロン・ウェイアンズ
コニー・アイランドに住む孤独な初老の女性サラは、テレビ番組に夢中。ある
日、番組に出演できるという電話を受け取った彼女は、お気に入りの赤いドレ
スを着るには太りすぎていたことに気がつき、医師にダイエット・ピルを処方
してもらう。ところが、このピルは実は覚醒剤であり、彼女は中毒地獄へと真
逆さまに堕ちていく。一方、サラの息子ハリーは、友人のタイロンに誘われ、
麻薬の取引で一山当て恋人のマリオンと幸せに暮らすことを夢見ている。とこ
ろが、ハリーもマリオンも、商売道具のドラッグに手を出して同じく中毒に…。
この映画、麻薬や覚醒剤中毒になったときのトリップする映像ばかりが話題に
なっている。たしかに繰り返される、血液の中に薬物が吸収されて行く様子や
開く瞳孔のクローズアップが、早回しコマ落しそして画面分割などの手法を使っ
て畳み掛けるように襲いかかる映像は強烈で、薬物中毒者の見る悪夢のよう
だ。だけど、薬物中毒の恐ろしさを訴えるために作られた作品ではない。人が
何かに依存し、夢のために手段を選ばなくなってのめりこんで行く先に待ち受
ける底無し地獄を描いているのだ。その地獄の深さといったら、半端なもので
はない。しばしその恐ろしさに取り憑かれて心が冷え切り、食欲までなくなって
しまった。
淋しい生活を送るサラは、自分が一番輝いていた時代に着た赤いドレスをまと
って、テレビに出たかった。ハリーも恋人マリオンのブティックを開くという夢を叶
えてあげて、幸せに暮らしたかった。マーロンもまた然り。ささやかな夢を見た
だけの彼らは、こんな凄絶な結末に値するような悪行を重ねたわけではない。
「ダイエットしてテレビに出れば幸せになれる」「ドラッグで金儲けができれば幸
せになれる」と信じこんだだけ。幸せをつかむための手段である「ドラッグ」が、
いつしか目的にすりかわり、それ無しでは生きられなくなる。そして底無しの地
獄がぽっかりと穴をあけて待っていた。
たまたまこの映画では、登場人物が耽溺するのが「ドラッグ」となっているが、
何にでも入れ替えることができるのが恐ろしいところである。それはセックス
だったり、金だったり名誉や権力だったり。そして、それらは決して観客にとっ
ても他人事ではない。あなたにも、こんな地獄への落とし穴が待っているのだ
から。「ブランド物が手に入ったら」「もう少しスタイルが良かったら」「恋人さえ
いれば」なんて誰だって思っていることでしょう?それと彼らの夢の本質は同じ
なのだ。
訪ねてきたハリーは、サラが妙にハイになっているのを見て「それはアンタフ
ェミンなのでやめろ」と注意する。が、「私は年寄りだし孤独なの。でも、今の
自分が好きなの。赤いドレスやお前のことやパパのことを考える自分が好き
なの。日光浴をして笑顔をふりまく自分が。テレビに出るということで、みん
なが私を見る目が違ってきてて、誰もが私のことを愛してくれるの」とサラが
切々と訴えると、もう何も言えなくなる。母親の底無しの孤独、そして幸せを
求める気持ちが痛いほど伝わってきたからだ。彼女がいつも夢見ている、テ
レビに登場した晴れ姿のあまりの陳腐さ、それが、彼女の悲しさを表わしてい
る。
神様は彼らには存在していなかった。想像を絶するほどの絶望が用意されて
いたのだから。彼らの落ちていく煉獄の描写はこれ以上ありえないというほど、
これっぽちの救済も夢も残さない、容赦の無い絶望の無間地獄だ。目の下に
どす黒い隈を作り男たちの欲望の生贄となるジェニファー・コネリーのあられも
ない姿態と虚ろな眼差し。髪を振り乱し意味不明の言葉をブツブツつぶやいて
テレビ局にさ迷いこむエレン・バースティンの幽鬼のような姿。洪水のようなテ
レビの音、冷蔵庫が神経を逆撫でするように暴れまわり、観ている側まで、「お
願いだからもうやめて、助けて!」と叫びたくなる。登場人物たちも、観客も逃げ
場が無いところまで追い詰められてしまうのだ。観る側も、嫌でも自分の弱さを
無理やり見せつけられている気分になって胃がキリキリ痛んでくる。
このように、登場人物を何ら救いも癒しも無い状況にまで追い込んで行く映画
ではあるのだが、不思議と残酷さはない。人間は弱い存在で、ほんの少しのき
っかけで断崖絶壁から踏み外してしまうものだ、それは決して彼らのせいでは
ないという優しい視線が感じられるからだ。すべてを失い絶望の底に叩きこま
れた主要人物4人が、揃いも揃って胎児のように体を丸めて横たわる姿を上か
ら見下ろす映像で映画は終わる。静かで暗い絶望が漂うが、ここから、もしか
したら赤ん坊のように彼らは生まれ変わるのかもしれない、そんな僅かな祈り
が感じ取られる、ギリシャ悲劇のような荘厳さであった。クロノス・カルテットの
奏でる哀しい調べがいつまでも耳に残る。
いうまでもなく、エレン・バースティンの凄まじいまでの熱演には感服するほか
ない。日長テレビのクイズ番組を見て、近所の老人たちと日光浴するほかに
楽しみのない孤独で優しい老女が、ほんのわずかの夢を持ったために正気を
失い地獄の底まで引き摺り下ろされた恐ろしさ、哀しさを体当たりで表現して
いる。