フリークスも人間も Of Freaks And Men |
監督:アレクセイ・バラバノフ
出演:セルゲイ・マコヴェツキー、ディナラ・ドルカロワ、ヴィクトル・スホルコフ
20世紀初頭のサンクトペテルブルグ。鉄道技師の父ラドロフと女中グルーニャと暮らす少女
リーザは、窓から汽車を眺めこの街から旅発つことを夢見ていた。しかし、彼女は偶然手に入
れたSM写真に密かに興味を持つようになる。一方、医師のスターソフは盲目の美しい妻エカ
テリーナと暮らし、養子にしたモンゴル人シャム双生児トーリャとコ−リャの天使のような歌声
を聴くのが楽しみ。彼の家の召使もSM緊縛写真を集めるのが趣味だった。
このSM緊縛写真を扱っていたのがヨハン、そしてその手下であるヴィクトルとカメラマンのプチ
ーロフ。女中グルーニャは実はラドロフの愛人で、しかもヨハンと通じていた。グルーニャはリー
ザの持っていたSM写真をラドロフに見せたところ、彼はショック死し、グルーニャはリーザの後
見人として遺産を管理することになる。また、ヴィクトルはエカテリーナを誘惑し、その隙に双子
をさらってラドロフ家に住まわせ、ヨハンも乗り込んできてラドロフ家はSM写真スタジオと化す。
ヨハンによって破壊された二組のブルジョワ家庭、リーザと双子の運命は?
20世紀初頭のサンクトペテルブルグを描いた美術が圧倒的に素晴らしい作品。セピアカラーの
中浮かび上がる街並みはすべてロケで撮影され、家の内装や小物、衣装も全て当時のものを
買い集めたのだと言う。下着ひとつとっても、当時の時代のものを忠実に再現している。この雰
囲気作りの丁寧さ、見事さ。チャイコフスキーやムソルグスキーの典雅で重厚、悲劇を予感させ
る音楽も実にマッチしている。その大時代的な雰囲気の中で繰り広げられる物語は、いたいけ
な少女と、シャム双生児が変態の毒牙にかかって転落していく悲劇だ。
変態ヨハンの一味の撮るSM写真がまた独特の世界を持っている。すべて、お尻をこちらに向け
た女性が、婆やによってスパンキングされる構図のバリエーションであり、女性の顔や乳房、陰
部が写ったものではない。写真を撮る人も、これらの写真を買う人も、うら若き娘がお仕置きされ
るがごとく白いお尻を鞭打たれている図にエロスを感じているわけである。普通の人がエッチだ
と思うオッパイ、マ○コではなく、お尻というのがなんとも倒錯的だ。控えめともいえるエロス表
現だからこその淫靡さには、思わず良家の娘も夢中になってしまって転落してしまうのだ。実際
に写真を撮っているところの光景なんて全然いやらしく見えないのに、いざセピア色の写真にな
ってみると、エロいことエロいこと。写真の持つ魔力というものが遺憾なく表現されている。
しかも、途中からヨハンは娘のスパンキング写真には飽きて、シャム双生児のフリークス写真を
撮るようになってしまうのだ。この世のものとは思えないほどの美しい二重奏を聴かせる彼らの
独特の魅力の虜になったヨハン。写真を撮らせたり歌を歌わせるために、双子の片割れをアル
中にしてしまうヨハンの極悪非道変態ぶりったら。裸の少女を目の前にしても、眉一つ動かさな
いその無表情さが、悪辣ぶりを際立たせる。
ヨハンの手下のヴィクトルは実に容貌怪異。スキンヘッドに、歯並びの悪い歯を見せての不気
味な微笑みが張り付いている。しかし、目の見えないエカテリーナは彼の誘惑に簡単に引っか
かってしまう。盲目の美しい目を見開いたエカテリーナがスカートをめくり上げられるシーン、彼
女の歓び、陶酔の表情。そこにほとばしるエロスには思わず息を呑んだ。どんなSM写真よりも
色っぽく妖しい場面だ。雪深いサンクトペテルブルグの街を、くっついたままで歩くシャム双生児
の姿も、なぜか非常に官能的である。官能とは露出度ではなく、そのときにほとばしる感情の
賜物であるというのがよくわかる。
ヨハンに見事にはめられてしまったリーザと双子たちは、地獄めぐりのような経験をする。リーザ
は双子の片割れコーリャに恋をして、もう一人のトーリャはアルコール中毒に。やがてヴィクトル
と婆やが死に、婆やの死にショックを受けたヨハンも逃げ出す。シャム双生児達は自分達のルー
ツを求めて東へ向かい、リーザは、ずっと夢見ていた、この街から出て行くことをついに実現。し
かし、双子たちは観客の前で美しい歌声を披露しつづけ、リーザも結局は鞭打たれることに歓び
を見出したままだったのだ…。彼らは自分自身、いたぶられることに快楽を見出すSMの世界か
ら逃れられなくなってしまったのだ。
一つ驚いたのが、リーザを演じたディナラ・ドルカロワは、あの傑作『動くな、死ね、甦れ』のヒロイ
ンの少女役だったということ。10年の間にずいぶんと大きくなったものだが、まさか裸にひんむか
れてお尻を叩かれる役で再会するとは。
ロシアン・ブラザー BRAT |
監督:アレクセイ・バラバノフ
出演:セルゲイ・ボドロフ・ジュニア、ヴィクトル・スホルコフ
兵役を終えて故郷に帰ってきた青年ダニーラは仕事もなく、サンクトペテルブルグに暮らす兄を
頼っていく。母親が自慢していた兄はロシアン・マフィアの殺し屋になっており、ダニーラもいつ
しか一人前の殺し屋となっていたのであった…。
ダニーラを演じるセルゲイ・ボドロフ・ジュニアは、この映画が撮影された1997年当時26歳だっ
たのだが、少年の面影を残している。レオナルド・ディカプリオとベニチオ・デル・トロという全然
似ていない2人を足して2で割ってさらに素朴な感じの好青年だ。ごくごく普通の、ロック好きの
青年が、いつのまにか、殺し屋として生きていくしか道がなくなるというロシアの閉塞した現状。
しかも、こんなに幼さの残るかわいい顔をしていて、心優しき純朴な青年が、そんな道を進まさ
れるとは。
ダニーラは正義感あふれる青年だ。野外マーケットのホームレス男を搾取するヤクザに敢然と
立ち向かい、路面電車で無賃乗車をするチンピラには銃を突きつけて払わせる。暗殺を依頼さ
れた現場で、巻き込まれてしまった無関係な男には、親しみを込めて接し、大好きな音楽の話
をするのだ。そして、マフィアになってしまったコワモテの兄のことを慕っていて、兄の頼みで同
じ仕事につくことになる。
ダニーラはロックが大好き。冒頭、ロックバンドのプロモーションビデオ撮影現場に紛れ込み、
警備員とトラブルを起こして警察沙汰になってしまうのだが、それがきっかけでこのバンド「ノー
チラス」の音楽を愛するようになる。わずかな持ち金を手にCDショップに駆け込むが、売り切れ
てしまっていて、なかなか見つからないので必死に探し回る。ライブのビデオも買うのだが、騙
されて海賊版をつかまされたりする。それでも、やっと手に入れたCDを、飽きもせず聴きまくり、
街で知り合った人たちや、巻き込まれた男にまで聴かせるのであった。殺し屋の青年ではある
が、そんな彼の不器用なところ、純朴さを観客は愛さずにいられないだろう。
そんな彼が犯罪に手を染めさせてしまった、冷え冷えとしたサンクトペテルブルグの街は、す
っかり殺風景で殺伐としている。野外マーケットでのホームレス達の姿。街頭での銃撃戦。人
の命が簡単に売買されている。しかし、同時に西側の文化も入ってきていて、金があるとは到
底思えないダニーラはソニーのCDウォークマンを愛用し、クラブやコンサートに出かける。殺し
屋になっても、ダニーラは少しも変わることがないのに、いつのまにか、こんなに遠いところに
来てしまった自分に気がつくのであった。
初仕事のとき、対立するギャングに追われた自分を救ってくれた路面電車の女性運転手と、
彼は恋をする。かなり年上でしかも人妻の彼女だが、彼の支えとなる存在であった。しかしな
がら、ダニーラとかかわったことで彼女は対立組織にレイプされてしまう。ボロボロの姿でも何
事もなかったかのように微笑む彼女だが、愛する女性を深く傷つけてしまったことに気がつき、
彼は目が覚めるのだった。そのとき、ようやく彼は、兄の言うがままに生きている自分自身の
姿が愚かしいものだったということを知るのである…。
純真で心優しく、モラリストの暗殺者という複雑な人物像を、説得力をもって演じているセルゲ
イ・ボドロフ・ジュニアという俳優は相当実力があると見受けられる。今後はヨーロッパの映画
にもたくさん出演するようで楽しみ。ルックスもいいので、人気が出るかもしれない。ロシアン・
フィルムノワールといった感じの任侠的な雰囲気といい(原題は「ブラザー」という意味だが、同
名の北野武の映画より、兄弟の絆というものが強調されている)、閉塞感の中でも西側ポップ
カルチャーが取り入れられていることといい、これまでのロシア映画とは全く違っている。暗殺
のシーンもスピーディでドキドキさせてくれながらもリアルな痛みが伝わってきて、エンターテイ
ンメント性のある青春ギャング映画となっている。