焼け石に水  Gouttes d'eau sur pierres brulantes

     監督:フランソワ・オゾン
     出演:ベルナール・ジロドー、アンナ・トムソン、マリック・ジディ、リュデヴィーヌ・サニエ

     1970年代のドイツ。20歳のフランツは、50歳の中年男レオポルドに声をかけられ、恋人アナとの
     デートをすっぽかして彼の部屋へ。やがて、百戦錬磨のレオポルドの魅力に惹かれていくフラン
     ツ。アナとの関係を話していくうちに彼女を本当に愛しているのかわからなくなり、そしてついに
     レオポルドの注文のまま彼と関係を結ぶように。やがてレオポルドの部屋で暮らすようになった
     フランツだが、逆にレオポルドは彼に冷淡に。半年経ち、レオポルドの部屋にアナ、そして謎の
     女性ヴェラが訪ねてくる。4人の人物の間に流れる濃密な空気、そしてカタストロフィへ…。

     不良中年レオポルドが空虚な存在であるにもかかわらず、ひどく魅力的だ。タートルネックのシ
     ャツ、ベストとネクタイ、そしてバスローブ姿がそれぞれ似合うこと。さんざん女性、そして男性を
     惑わしてきた色気が50歳になっても健在。それどころか年輪を増してますます、見るだけで腰
     が砕けそうになるほどの性的な空気を漂わせている。彼の部屋のインテリアがさらにおっしゃれ
     〜で、寝室が一面鏡になっていたり、ダークな色彩の部屋に凝ったパターンの壁紙。工業製品
     チックでモダンな家具が整然と配置されているのだが、まるで迷宮のようだ。レオポルドの趣味
     がモロに反映したこの箱庭のような部屋で、彼をかいがいしく待つフランツ。フランツは若さにあ
     ふれ、色白の肌と赤い唇、赤い巻き毛の少年だ。傍から見れば非常に美しいのだが、百戦錬
     磨のレオポルド前では形無し、あっさりとこの中年男に絡め取られ、その小宇宙から逃れること
     ができなくなってしまう。レオポルドは、愛の覇権争いのゲームでは、常に勝者なのだ。

     「より多く愛したほうが、常に敗者となる」というのがこの映画のテーマという。たしかにそうだ。
     レオポルドの部屋で暮らすようになったフランツは、若妻のように彼を待ち、世話を焼くのだが、
     レオポルドのほうがもはや全然相手にしていない。フランツとレオポルドの気持ちはすれ違い、
     「どうして僕を愛してくれないの」と恋愛に不慣れな女の子のように泣く。それに対して、残酷な
     愛のゲームを仕掛けて彼の気持ちをもてあそぶレオポルド。同じように、かつてレオポルドに弄
     ばれ、彼をつなぎ止めるために性転換手術まで受けたのが、ヴェラという女性。フランツとヴェラ
     は似たもの同士だった。この二人が、レオポルドの部屋の窓に向かい、会話するシーンは孤独
     感がひりひり伝わってきて、切なくて、やりきれなくなった。愛されようと懸命に努力しても、それ
     がすべて徒労、焼け石に水になっているからだ。それでも、レオポルドの小宇宙から抜け出すこ
     とができない。

     だけど、こんな風に人の気持ちをおもちゃにしてきた王者レオポルドだって、本当に幸せなのだ
     ろうか。彼には、決定的に人の気持ちを思いやる心が抜け落ちている。最後に何事もなかった
     かのようにヴェラに服を脱いでベッドに行くように命じる。色んな恋愛を経験して、愛そうとするの
     に、人の感情に不感症となってしまっていて、無意識のうちに相手の気持ちを弄んでしまう。そ
     んな彼も、カラッポで不幸な人間なのだ。また、あっけらかんとレオポルドと関係を結んでしまう
     若いアナも、本当はフランツを愛していたのに、愛し合っていてもその実感もわかず、気持ちが
     すれ違ってしまい違和感を感じていた。彼女が可愛らしく(幼顔に不釣合いの巨乳で、まるでバ
     ービー人形のよう!しかも、ずっと下着姿)何も考えていないように軽く描かれているからなおさ
     ら、恋愛の不毛を感じさせてしまう。

     レオポルドとアナという勝者、フランツとヴェラは敗者。支配者と被支配者の構図は、コートを着
     て裸になるように命令するレオポルド、床に這いつくばり裸体をさらすフランツの姿に象徴的に
     表現されている。しかしながら、4人は4人とも、それぞれ同じくすれ違う気持ちを抱えている愛
     の迷い子になっていたのだ。男対男、男対女のどちらでも、その「愛しているのに、愛の歯車が
     合わない」というジレンマを抱え孤独になっているのは同じ。その4人が唐突にサンバを踊る場
     面の滑稽で切ない感じは、実に映画的な快楽を見る者に与えてくれる。この軽やかさが、ラスト
     のあまりにも哀しく胸を切り裂くような寂寥感へとなだれ込む流れの巧みさには、思わず舌を巻
     く。4人の力関係の描き方といい、ポップで軽やかなのに濃密で悪趣味、しかも切ない余韻を残
     していくオゾンの演出法は、彼が只者ではないというところを感じさせてくれる。

息もできない長いKISS

     監督:キム・テグワン
     出演:かとうあつき、中松俊哉、鈴木一功
 
     在日韓国人のホテトル嬢ユリカが呼ばれたのは、明日対抗組織のヤクザを殺すという若い日系
     ボリビア人のヤクザ、ヤマザキの部屋。思いがけず運命的な恋に落ちた二人。無事に帰ってき
     たときには、息もできない長いキスをして、と彼女はせがみ、別れがたく思いながらも一旦別れ
     る。しかし、翌日、二人は思いがけない再会を果たすのだった…。

     テクニックとかで語れない勢いとエネルギーのある映画。正直、ヒロインのベタベタしたボイスオ
     ーバーの独白には辟易させられた部分もあって、途中まではダメだこりゃ、と思ったのだけど。
     最近の日本映画では観られない元気のよさとひねりがあって楽しめた。タランティーノの『ジャッ
     キー・ブラウン』に見られるような、時制を前後させて、それぞれの登場人物の視点で語らせる手
     法を採用している。このやり方って一歩間違えると大変なことになるというか、物語が散漫になる
     危険性があるのだが、この映画では成功していて、独特のグルーヴを生んでいる。
     
     日本という国で、日本人ではない人たちによって繰り広げられることによって、無国籍な空気が
     流れる物語。登場人物たちは、それぞれのアイデンティティを主張する。ヤマザキは決して幸せ
     ではなかった故郷のボリビアでの話を何度も語って聞かせる。だけど、それが決して湿っぽくな
     らないのがいい。ヒロインの親友は近親相姦で妊娠してしまうのだが、それでも、話は暗くならな
     い。ときどきびっくりするほどクサい台詞もあるのだが、あっけらかんと突き抜けているので、許せ
     てしまうのだ。映画の中で語られていない、登場人物それぞれの生活ぶりもなんとなく見えてく
     るし、これはハッピーエンドにならなければならない、という確信も生まれてくる。

     クライマックスとなる討ち入りのシーンの見せ方は非常に上手い。実はヤマザキは自分の組織
     にはめられていて、その襲撃はあらかじめ敵のボスに知らされていた。絶体絶命のピンチなの
     である。そこで、この「時制の前後」が実に上手く作用している。何回も騙されそうになったし、
     果たしてヤマザキが無事に生きて帰れるのか、最後までハラハラして気が抜けなかった。ヤク
     ザの部屋の扉が何回かノックされるのだが、そのたびに新しい仕掛けがあるというのが、すごく
     面白かったのだ。出会いのシーンで白い羽根を雪のように降らせたりする描写も、ダサくなる一
     歩手前で、スタイリッシュにきまっている。テンポもとてもいい。討ち入り相手のヤクザが変態で、
     ベビーベッドがあったり、ヒロインに新婚さんごっこをさせているなんてのも、なかなか人を食って
     いて楽しかった。ただ、ヒロインがちょっと老け気味で、しかもファッションのセンスがとっても悪か
     ったりするのが、クールな雰囲気に水をさした感じで、惜しまれる。

     いずれにしても、これだけ大胆でタイトな娯楽恋愛アクションはありそうで、これまでなかった。
     何か新しいものが始まる予感を感じさせてくれて、楽しみである。