ムーラン・ルージュ  Moulin Rouge

監督、脚本 バズ・ラーマン
出演:ユアン・マクレガー、ニコール・キッドマン、ジョン・レグイザモ、ジム・ブロードベント、リチャード・ロクスボロウ

1900年、パリ。イギリスから流れ着いた貧しい作家志望の青年クリスチャンは、モンマルトル
のナイトクラブ「ムーラン・ルージュ」の踊り子にして高級娼婦のサティーヌと恋に落ちる。彼女
を主演にしたショーの脚本を書いたクリスチャンは、サティーヌのパトロン、ウースター公爵を公
演のスポンサーにつけることに成功した。が、ウースター公爵は二人の関係に気づき、さらに
サティーヌは不治の病に冒されていたのであった…。



予告編では、世紀末のパリのキャバレーに繰り広げられる美しい悲恋をアピールしているのだ
が、この映画は、上記の陳腐ともいえる筋書きを見せることはどうでもいいことだと考えられて
いる。物語の筋はいかに、このメロドラマを派手でキッチュに仕立てるか、という舞台装置に過
ぎないのだ。

これほどまでにテンションが異常に高く、息をつかせぬほど密度の詰まった作品はなかったと
いうくらい凄まじく大胆なパラノイア的映画だ。時代背景も、リアリティもことごとく嘲笑するかの
ような奇想天外な映像の数々。「ムーラン・ルージュ」で客が帽子を一斉に投げると、遠く離れ
た場所からも、モンマルトルの丘の頂上に帽子が飛んでいるのが見えてしまうくらいなんだか
ら!クリスチャンの目の前には、ティンカーベルが何匹も飛ぶ(しかも演じるのはオーストラリア
の誇るカイリー・ミノーグ!)。そして、あまりにもきらびやかでキッチュな舞台装置。サティーヌ
が客を迎える部屋は、ネオンで彩られた象の形をしているし、そこではまるで『ムトゥ 踊るマハ
ラジャ』のようにキンキラキンの世界が展開する。実際、ラスト近くではニコール・キッドマンはマ
サラ・ムービーの女優のようなきらびやかなヘソ出し衣装を身に付けて、インド式に踊るのだ。

そう、この映画はインド映画から相当多くの意匠を借りている。貧しい青年と美しき姫、そして
憎き大金持ちの悪役。心の動きを表わすのに歌が用いられ、それらは多くの場合口パクで演
じられている。まさにマサラではないか!それに、西洋的なデカダンスを加えると、この映画の
できあがり。

もう一つの特徴が、音楽。この映画では、70年代、80年代のロックの名曲が、登場人物の台
詞代わりに歌われるのだ。たとえばクリスチャンが愛の告白をするために、エルトン・ジョンの
「ユア・ソング」を歌い、歌詞が台詞代わりにぴったりはまっているのである。時には、「オール・
ユー・ニード・イズ・ラブ」「愛と青春の旅立ち」「イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」など名曲がパッチ
ワークのようにメドレー形式で歌われ、思わずクラクラ眩暈がしてしまう。さらには、「ライク・ア・
ヴァージン」が男達だけによって歌われたり、「ロクサーヌ」がドラマティックなタンゴに変身して
いたり。ニコール・キッドマンが歌う「紳士は金髪がお好き」もよくマッチしているし、よくもまあ、
これだけ膨大な音楽を集めてきて、パズルのように見事に映画の中にあてはめてロック・ミュ
ージカル化したものだ。
さらに、グレタ・ガルボやマレーネ・ディートリッヒ、マリリン・モンローといったハリウッド全盛期
のイコンのイメージを重ねたり、「ロッキー・ホラー・ショー」からのあからさまな影響も加わって、
20世紀のエンターテインメント記号の引用の嵐になっている。

サティーヌ役のニコール・キッドマンは、もともとのお人形的な美しさを最大限に発揮。これほど
までに人間離れした美しい彼女をこれまで観たことがなかった。陶器のような白い肌に映える
黒い下着。くちびるから流れ出る真っ赤な血。人工美の極致だ。お馬鹿な踊りまでさせられて
も、美しく品を失わないのはさすが。ユアン・マクレガーも徹底的にイノセンスと透明感のある繊
細さを発揮していて、魅力的に撮られている。情感を描くような映画ではないので、彼らはあく
までも映画を引き立てるための麗しきパーツとして存在しているのだが。

そして、このゴテゴテと豪華絢爛な映画は、ゲイテイスト満載でもある。「ムーラン・ルージュ」
の太ったオカマの支配人が胡散臭いことといったら、もう。小人であったロートレックを演じるの
がジョン・レグイザモというキャスティングも最高。ショービジネスの持つ怪しさ、泥臭さ、悪趣
味さ、ダークさ、チープなゴージャスさ。白粉の匂いやセックスの匂いが漂う。これぞ、ショービ
ジネス賛歌なのではないだろうか。

このような喧騒と虚飾と悪趣味の中にこそ、芸術の真の姿があるというバズ・ラーマンの主張
には大いに共感するのだった。最後には炎のように心の中に、Truth, Beauty, Freedom,そし
てLoveという芸術の4大要素であり、この映画のテーマを表わす言葉が浮かび上がるのである。
とにかくけばけばしく悪趣味な映画で、しかも物語自体はあってなきが如しなのだが、(よって
好き嫌いは激しく分かれるものと思われる)観ている間じゅう、興奮を隠すことが出来なかった。