鑑賞予定です(あくまでも予定なので、こなせるかどうかは不明)
| 10月27日 | レイン | |||
| 10月28日 | バレット・オブ・ラブ | 春の日は過ぎゆく | 恋愛ベーカリー | ファイナル・ロマンス |
| 10月29日 | ヘドウィク・アンド・アングリーインチ | 地獄の黙示録 特別完全版 | ||
| 10月30日 | 週末の出来事 | |||
| 10月31日 | ローラーボール | |||
| 11月1日 | 殺し屋の掟 | ラシュミア谷の人々−この20年 | バンジージャンプする | |
| 11月2日 | ふたつの時、ふたりの時間 | |||
| 11月3日 | ティアーズ | ダスト | ノー・マンズ・ランド | |
| 11月4日 | アザ−ズ | 助太刀屋助六 | 痩身男女 |
2000年 タイ
監督・脚本・編集:オクサイト&ダニー・パン
トロント国際映画祭では「タイのウォン・カーウァイ」と賞賛され国際批評家連盟賞
を受賞したスタイリッシュなアクション映画。瓜二つの双子の兄弟オクサイトそして
ダニーのパン兄弟監督は「色の使い方、テンポ゚はMTVやCMより学んだ。1年経
っても2年経っても3年経っても記憶される、そういう映画体験になって欲しい」と語
った。
耳が不自由な孤独な青年コンが、働いていた射撃場で殺し屋のジョーと親しくなり
自分も殺し屋として腕を上げていく。ある日熱を出した彼は、薬局で優しい少女フォ
ンに出会い、恋をする。だが、自分が何をしているのかは彼女には言い出せない。
ジョーの恋人アウムが組織の者に犯されたため、ジョーは復讐を果たすが組織に
殺された。唯一の友人ジョーを失ったコンは、初めて、愛する者を失った人間の悲
しみを理解する。彼は、フォンに手紙を託し、復讐を果たすため単身組織に乗り込
んでいく…。
ステディカムによる疾走感あふれる映像。ジャンプカット、赤や青、グリーンの光、
逆光を多用した映像の美しさは特筆モノ。回想シーンが16ミリフィルムを使ってい
たり、モノクロだったり。死んでしまったジョーが、敵を倒すために乗り込むコンの
横に影のようになって並行して歩いていくなどの斬新な表現も見られる。バンコク
や香港の夜の世界の独特の色鮮やかな妖しさも捉えられている。その一方で、
コンとフォンのデートシーンは穏やかで愛らしく、見事なコントラストをなしている。
コンが聾唖者で、口が利けないという設定は、台詞の数を極端に減らし、静と動
の対比を出すのに有効に活用されている。台詞が少ない分、ドラムンベースなど
のドラマティックな音が、独特の緊張感ある雰囲気を作り上げている。口の利けな
いコンが最後に搾り出すように発する音があまりにも切ない。
ジョー、そしてアウムが倒れ、殺し屋稼業をフォンに知られて絶望したコンがラス
ト、土砂降りの雨の中をのアジトに乗り込むシーンは、ジョン・ウー作品でのチョウ
・ユンファか、というくらいの男泣きアクションぶり。荒削りながらも才能の片鱗を感
じさせて熱いモノを感じた。
2001年 香港
監督:アンドリュー・ラウ、出演:レオン・ライ、瀬戸朝香、テレンス・イン
検事の恋人アンを何者かに殺され、警察を辞めたサムは、2年後、移り住んだ漁
村でアンに瓜二つの日本人女性ユウに出会う。戸惑いながらも彼女を愛するサ
ム。だが、ユウは決してふたりが愛し合うことを許さない哀しい秘密を抱えていた。
このアンとユウという二役を演じたのが、香港映画に初めて出演し、広東語の台
詞も流暢にこなした瀬戸朝香。初めての香港映画経験、苦労した点は?「広東
語の長い台詞が難しかったです。ワイヤーに吊られたりもしましたが、日本でドラ
マを撮影するほうが大変だったと思いました」レオンは「演技は仕事なので、苦労
は気にしなくなった。僕の辞書に苦労という文字はありません」と照れながらも余
裕の回答。
「複雑な思いを抱えてサムの住む漁村にやってきたユウの心境を、瀬戸さんはう
まく演じていたと思います」というレオンの太鼓判通り、瀬戸朝香が意外にも好演
してアクションもとてもキマっているのが印象的。
(感想は後日)
2001年 韓国・日本・香港
監督:ホ・ジノ 出演:ユ・ジテ、イ・ヨンエ
録音技師のサンウは、地方ラジオ局のディレクター兼パーソナリティのウンスと、
失われていく音を残すための旅に出る。やがて、愛し合うようになるふたり。しか
し離婚歴のある年上のウンスはサンウの一途過ぎる想いに戸惑い、次第に距離を
置きついには別れを告げる。彼女に未練を残すサンウは、失った恋に思いを馳せ、
音を録音するように、愛の記憶を心の中に残していく。ドレッド・ヘアで現れたユ・
ジテは「ウンスとの愛で心に傷を負ってしまったためこんな髪型になってしまった」
と笑わせたが、実は次回作のためのヘアスタイル。理由を告げずにサンウから離
れていくウンスの心境は、韓国でもかなり論争を呼んだが、「監督と何回も話し合
いながらウンスの人物像を作り上げてきました」とイ・ヨンエは語った。シナリオに
書かれている部分より、現場で作りこんでいく所が多く、監督も具体的な指示をし
なかったので、自分なりの感情をこめられて、満足の行く形になったそうだ。
ホ・ジノ監督は、「人と人が出会って一生共に暮らすことが幸せだとは思わない。
過ぎ去った時間の中で記憶はどのように人の心の中に残るのかを考えるのが好
き」と言う。別れを告げられてから悩み苦しみ、愛し合っていた記憶をかみしめ、
そして美しい思い出に変えて再び音を集めに行ったサンウの清清しい表情が、深
い余韻を残してくれる作品であった。
(感想は後日)
1975年 アメリカ
監督:ノーマン・ジュイソン 出演:ジェームズ・カーン
本年度映画祭国際審査委員長、ノーマン・ジュイソンの1975年度監督作品。
2018年、社会は「企業」によって支配され、政府も政治システムも存在せず貧
困も戦争もない。企業は人々の闘争心のはけ口として死者が続出する危険な
ゲーム「ローラーボール」を提供し、人々は熱狂する。スター選手のジョナサン・
Eを危ない存在だと考えた会社は彼に引退を勧告する。企業に支配される抑圧
的な社会にうんざりしたジョナサンは拒絶するが、会社はゲームのルールをゲ
ーム途中で反則なし、時間無制限に変えてジョナサンの抹殺を図る…。
本映画祭のために世界で唯一のニュープリントを用意したジュイソン監督は、
「ローマ帝国のコロッシアムのような円形アリーナが唯一あったミュンヘンで撮
影した。2018年の世界がどうなっているかを考え、全く新しいスポーツを創造し
た。25年前は、どんな25年後の世界を想像していましたか?どの時代にも人
は暴力への志向を持っているが、バイオレンスを大衆の娯楽としようとするの
が、それは、間違った考え方だ」と語った。円形アリーナでこの残酷なゲーム
を観に集まった人々の姿は、剣闘士が殺しあう姿を見て興奮するローマ帝国
の人々と何ら変わるものではないことが実感できる。25年経っても斬新な設
定に驚かされる本作は、「ダイ・ハード」のジョン・マクティアナン監督によるリ
メイクが現在進行中である。
(感想は後日)
監督:アモス・ギタイ
イスラエルを代表する映画作家アモス・ギタイによるヴェネツィア映画祭出品
作。イスラエル北部ハイファ郊外のラシュミア谷では、かつてユダヤ人とアラ
ブ人が共存して暮らしていた。アラブ人のユーゼフとユダヤ人の妻、アラブ人
と結婚したポーランド系ユダヤ人のミリアムなどの人々を10年毎に取材し、
20年間にわたって追った記録。20年の間に近代化が進みショッピングセンタ
ーが建ち、愛し合っていた夫婦は別れ、地域社会が崩壊してアラブとユダヤ
の断絶が明白になっていく姿を描いていく。
アモス・ギタイ監督が帰国したため、ビデオによるメッセージが放映された。
「メディアが爆撃のように突きつける紋切り型の表現を避け、人々の生活の
断片を取りこみながら映画として再現した。今人々が見ているテレビや映画
の映像は、フレームやレンズの使い方がフェティッシュになっているが、その
ような要素はできるだけ解体し、対象に密着して作った。政治家がレンズの
前に立つとき、カメラを通した映像は神格化されるが、装置としてのカメラを
脱神話化したい。小人数の一般の人々の小宇宙を、時間を置いて映画の
中に置き、場所の変化や登場人物の運命を示すことで、彼らを人間的な存
在として描きたい」報道やドキュメンタリーのあり方について問題提起した
作品である。そして今私たちがテレビのニュースで見ているイスラエルでの
紛争の根源が、20年間にわたる市井の人々の営みの中から垣間見えてくる。
(感想は後日)
2001年 台湾/フランス
監督:ツァイ・ミンリャン
出演:リー・カンション、チェン・シアンチー、ミャオ・ティエン、ジャン・ピエール・レオー
台北の路上で腕時計を売るシャオカンは、父親を亡くして数日後、明日パリに
旅立つという女性シアンチーに出会う。死後の世界から夫を呼び戻そうとする
情緒不安定な母親にうんざりしたシャオカンは、シアンチーを想い、周り中の
時計をパリ時間に直して歩く。一方異国で不安にさいなまれるシアンチーには、
不思議な出来事が起きるのだった…。ツァイ・ミンリャン監督の一貫したテー
マである都会の人間の孤独感が、奥行きのある画面、フィックスされたカメラ
によるワンシーン、サンショットの寡黙な語り口で綴られるが、同時に時間に
縛られた人間をユーモラスに描き、新境地を開いている。
ツァイ・ミンリャンに加え、彼の作品常連のシャオカンことリー・カンション、シア
ンチー役のキュートなチェン・シアンチーを迎えてのティーチイン。「前作「Hole」
の撮影直前、親しくしていたシャオカンの父が亡くなり、作品が完成して映画
祭をまわって飛行機に乗っている時彼の辛そうな寝顔を見て、自分が父親を
亡くした時のことを思い出し、肉親の死についての映画を撮ろうと思った。どう
しても撮らなければならない映画だった。」シャオカンはパリに思いを馳せF・ト
リュフォー監督の「大人は判ってくれない」のビデオを観るが、パリのシアンチ
ーはなんとジャン・ピエール・レオーに遭遇する。「ジャン・ピエール・レオーは
僕のアイドル。ジャン・ピエールが出演してくれただけで幸せだし、彼が出てい
ただけで観客は満足してくれると思った。そのことを彼に伝えたら、僕を抱きし
めて「ありがとう」と言ったよ」とツァイ・ミンリャンは意外な映画青年ぶりを見せ
た。一方チェン・シアンチーは女同士のラブシーンで「非常に激しいセックスを
してくれ」と言われ悩んだとのこと。作風からは想像できないツァイ・ミンリャン
の軽妙な受け答えが、超満員の場内で爆笑を呼んでいた。
(感想は後日)
2000年韓国
監督/脚本:イム・サンス
ソウルの歓楽街に集まった4人の少年少女。近親相姦の辛い記憶から、男性
に心を開くことが出来ずシンナーやガスを吸うときだけが幸せなサリ。愛を信じ
ない彼女を一途に愛する家出少年ハン。女性にだらしなく暴力を振るうが幼児
を虐待する母親を見てキレるチャン、そんな彼のために援助交際も厭わず尽く
す不運な娘ラン。あまりにも辛い現実から逃げ出そうとする彼らを待つ、さらに
過酷な運命。監督のイム・サンスは、韓国現代女性のセックス観を軽やかに
描いた前作「ディナーのあとに」とはうって変わり痛々しい青春群像を綴る。
「夜の街にたむろする少年少女があまりにも多いのにショックを受けてこの映
画を作ることにした。7、8ヶ月間若い子達と一緒に旅行に出かけたり飲みに行
ったりしてリサーチを行った。彼らは悲しいときにも涙を流さず感情を出さなくな
っている。そんな彼らに対して私が流した苦い涙が、題名の由来だ。」この中
に描かれている若者達は現実にどれくらい迫っているのか、という質問に対し
ては「何回も受けた質問だ。映画の中に描かれた世界が現実に則しているか
どうかについては大きな問題ではないと個人的には思っている。映画の中で
の彼らに説得力があることが大事だ。しかし、韓国で公開されたときには、こ
れが若者の現実なのか、と問題になり、青少年団体のセミナーに呼び出され
て質問攻めに遭った。」過酷な現実に押し潰されそうになり救いもないまま絶
望の底に突き落とされそうになってもなお、生き抜こうとする登場人物たちの
姿は、あまりにも痛く胸に響いてくる。
(感想は後日)
2001年 イギリス
監督/脚本:ミルチョ・マンチェフスキー
現代のニューヨークで、老女アンジェラの部屋に押し入った泥棒エッジは逆に
彼女に脅され、100年前にアメリカからマケドニアに渡った兄弟の物語を聞か
される羽目に陥る。フランス人娼婦リリスをめぐり兄弟でありながら宿命のラ
イバルとなったルークとイライジャは、賞金稼ぎのためにバルカン半島に渡り、
オスマントルコ軍とマケドニア軍との激しい戦いに巻き込まれていく。西部劇
ばりの派手なガンアクションと、老婆と泥棒の不思議な交流の対比が一つに
合わさっていく快感。時空を越え、ホラ話のように虚実織り交ぜた変幻自在の
語り口はスケール大きく、実にユニークだ。前作「ビフォア・ザ・レイン」がアカ
デミー賞外国語映画賞にノミネートされたミルチョ・マンチェフスキー監督は、
「これはストーリーテリングの芸術を描いた作品だ。キュビズムの絵画に例え
た人もいる。物語の構造がファンキーだからだ。「ビフォア・ザ・レイン」とは全
く違っている作品なので、先入観なしで観て欲しい」と「マケドニアから心より
の挨拶」をしてくれた。
(感想は後日)
2001年 ボスニア・フランス・イギリス
監督/脚本:ダニス・タノビッチ
実際にボスニア紛争に参戦し最前線でカメラを廻していたダニス・タノビッチが、
自らの経験に基づいて脚本を書き、カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した話題作。
ボスニア紛争真っ只中の1993年。ボスニア軍兵士チキとセルビア人新兵ニノが
チキの戦友ツェラとともに戦線の中間地帯「ノーマンズ・ランド」に取り残される。
ツエラの体の下にはセルビア軍兵士によってピンを抜いた地雷が置かれており、
ツェラが動くと地雷が爆発して彼らは全滅してしまうのだ。敵同士が反目し合い
憎しみを募らせながらも、ふと心の交流が生まれていくが…。そして彼らを助け
ようとする国連保護軍兵士、さらにはテレビ局も群がり悲喜劇が展開される。
戦争を扱ってはいるが、戦闘シーンはほとんどない。同じ国の人間が憎みあい
殺し合う戦争の愚かさ、ただ傍観しているだけの国連保護軍上層部の事なか
れ主義、戦争報道で視聴率を上げようとするマスコミの狂想曲などが冴えたブ
ラックユーモアで描かれている。
監督・脚本・音楽まで手がけたダニス・タノビッチは、「映画というものはそれ自
体で全てを語るものだと信じているので、映画の内容についてはここでは言い
ません。私がこの映画を作るのを楽しんだように、皆さんも楽しんでください」と
挨拶し、プロデューサーのセドミール・コラールは「今日がアジアで最初の上映
となります。日本の文化の日に上映されることを光栄に思います」と喜んでいた。
スペクタクルでなくても、小さな物語で戦争の真実を描けることを証明した、批
評精神に富んだ逸品だ。
(感想は後日)
監督:アレハンドロ・アメナバール
第11回東京国際映画祭グランプリ作品「オープン・ユア・アイズ」のアレハンド
ロ・アメナバール監督の新作は、トム・クルーズのプロデュース、主演はニコー
ル・キッドマンという注目作。すでに全米では大ヒットを記録している。残念なが
らアメナバール監督の来日は中止になってしまったが、メッセージが代読され
た。「”オープン・ユア・アイズ”が賞を取った東京という街に素晴らしい思い出
があります。本作が劇場公開される時には必ず来日します。ニコール・キッド
マンは、一度も訪れたことのないスペインで、しかもスタッフが全員スペイン人
というところで、毎日毎日新しいことを学び取り、この作品を素晴らしいものに
してくれました。トムはレンズやフレーム、ポストプロダクションなど映画技術に
効果的なアドバイスをしてくれた上、私の決定を尊重してくれました。私はこの
作品を、部分部分ではなく観客が全体を一つとして楽しんでくれるように作って
います。あえて言うとしたら、クライマックス付近で最も感動できるようになって
います。」
スリラーではあるが、こけおどしで怖がらせるのではなく、全体に漂う重厚な雰
囲気と陰鬱な空気が作り出す緊迫感にあふれている。光アレルギーの子供達
と暮らしているため、カーテンを閉め切り外の光を一切シャットアウトした古い館
に住むグレースを演じたニコールは、往年のヒッチコック作品のヒロインを思わ
せるクラシックな美貌、そして静けさに満ちた映像を引っ張っていく「恐怖にお
ののく演技」で力を発揮して、単なるホラー映画とは一線を画した風格のある
作品にしている。
(感想は後日)
監督/脚本:岡本喜八
頼まれもしないのに他人の仇討ちの助太刀を買って出る流れ者の助六が、そ
うとは知らずにまだ見ぬ父の仇討ちに巻き込まれていく一大事を、笑いあり、
涙ありで描いた痛快時代劇。監督歴43年の名匠、岡本喜八の6年ぶりの新作。
岡本監督をはじめ、出演の真田広之、鈴木京香、村田雄浩、岸田今日子、音
楽の山下洋輔という大変豪華な顔ぶれでの舞台挨拶となった。手元にあるメ
モを見ながら挨拶しようとした岡本監督は、いきなり「えーと…字が見えない」
と困惑して場内は大爆笑、そこを真田広之が見事に助太刀。「引退しようかと
思ったが、もう少々長生きして、もう少しみんなと一緒に映画作りを楽しみたい」
と挨拶。真田広之は「脚本を見たときに「この映画が観たい、出演したい」と思
った。みなさんも喜八ワールド゙を楽しんでください」と熱く語り、あでやかな赤い
ドレス姿の鈴木京香は「岸田今日子さんに自主トレーニングで大変お世話にな
りました」村田雄浩は「もともと岡本喜八監督の大ファンでした。誠心誠意作ら
れた、けれど監督はじめ全員が楽しくて楽しくてしょうがない状況で作られた映
画です」岸田今日子は「人里離れたホテルで、真田さんの意外な鍋奉行ぶり
拝見できたり合宿みたいでした」と和気藹々とした撮影の様子がうかがえるコ
メントが口々に語られた。また、時代劇にジャズをマッチさせて作品に飄々とし
た味わいを加えた山下洋輔は、「監督から「スタッフロールが終わるまで観客
を立たせるな」という指令を受けましたので最後まで音楽を楽しんでください」
と観客にアピール。
テンポがよくて小気味良い作品に場内から笑いが絶えず、バルコニーで鑑賞
していた岡本監督はじめゲストが上映後退場するときには、ほとんどの観客
が立ち上がってスタンディングオベーションで見送った。大病から復活した77
歳の岡本監督への温かい心遣いと満足感が感じられる、和やかでほのぼの
とした上映だった。
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監督:ジョニー・トー/ワイ・カーファイ
「ザ・ミッション/非情の掟」など香港ノワール作品で知られるジョニー・トー監
督が、「Needing You」でも組んだワイ・カーファイと共同監督した爆笑コメディ。
トップスターのアンディ・ラウと、やはり人気シンガーのサミー・チェンが特殊メ
イクで体重130キロの巨体に変身。日本を舞台に、去ってしまった日本人の恋
人に再会するためにダイエットに励むミニと、彼女を痩せさせるために殴られ屋
になる同じく太っちょのピギーの切なくて可笑しい恋物語が展開する。めでたく
痩せてもとのカッコよさに戻ったアンディ・ラウと、スリムで美しくなったサミー・
チェンが再会するシーンは、見慣れた新宿や横浜とは思えない異国情緒があ
ふれていて新鮮だ。一流二枚目スターのアンディ・ラウが巨体を揺らし「痩せた
い!早く人間になりたい!」と横浜の中華街を叫びながら走り回るという、俳優
根性を見せつけるシーンも凄すぎる。
ジョニー・トーが帰国したため、ティーチインは共同監督のワイ・カーファイが参
加して行われた。「ジョニー・トーと、作品の成功の鍵は特殊メイクにあると話し
合い、「ナッティ・プロフェッサー」で知られるハリウッドのメイクアップアーティス
トを呼んだ。特殊メイクにお金を使いすぎて音楽にまで予算が回らなかったよ。」
と当初使う予定だった日本のドラマ「Gメン’75」のテーマ曲を歌うワイ・カーファ
イに場内は爆笑。アンディ・ラウは、やはり太っているジョニー・トー監督から太
っている人の演技を盗んだとのこと。日本が舞台になっているのは、今香港の
若い女性の関心はダイエットと日本なのだからだそうだが、ピギーが「関孫六」
の包丁売りをやっていたり、新宿で実際にいる「殴られ屋」が登場したり、日本
の風俗をよく?研究しているのがわかる。「ザ・ミッション」で登場する紙つぶて
をサッカーボールに見立ててサッカーをするシーンの引用は脚本にはなく、撮
影でスタッフが疲れていて紙つぶての蹴り合いをしたら面白かったので採用し
たなど、撮影時の楽しい逸話に事欠かないティーチインとなった。
(感想は後日)
(長文につき、別ページへ)