監督:リン・ラムジー
出演:ウィリアム・イーディー、トミー・フラナガン
グラスゴーの低所得者向け住宅に飲んだくれの父、そして母、姉、妹と暮らす12歳の
少年ジェイムズ。清掃局がストを行っていることでゴミはたまり、家の周辺はネズミが
増えて不衛生なことこの上ない。ジェイムズのささやかな夢は、郊外の公共住宅に家
族みんなで移り住むこと。ある日、彼は水路で友人のライアンと遊んでいたが、誰も見
ていないときにライアンは溺死してしまう。罪悪感に震えるジェイムズの心。
ジェイムズはどこか他の子供と違う。大酒飲みで、外に女を作っている父親を嫌悪して
いる彼は、家族の輪から次第に逸脱し始め、一人ぼっちで、ライアンが死んだ水路で遊
んでいた。彼には友だちがほとんどいない。友だちと言えるのは、水路の近くで知り合
った、動物オタクの少年ケニー、そして、年上の奔放な少女マーガレット・アンだけ。彼ら
もまた、まわりの少年たちとはどこか外れていて疎外されている、もしくはおもちゃにされ
ている存在であった。マーガレット・アンとの淡い恋と性の目覚め。ケニーとの仲違い。
孤独なジェイムズ少年の繊細な心象風景が、繰り返し用いられる水路の水、ネズミな
どのモチーフを通して、時にはリアルに、時にはファンタジックに描かれていく。
貧しい人々の、清潔とは言えない暮らしを描きながらも、この映画の映像はどこか写真
を思わせる、美しく斬新で詩的とすら言えるものである。陰鬱なグラスゴーの曇り空や
よどんだ水路。たまったゴミ袋と、ネズミの死骸の山。しかし、冒頭ジェイムズがカーテ
ンで戯れるシーンや、彼の両親が踊る場面の光の加減は絶妙で息を呑むほどの美しさ
だ。ジェイムズが郊外へバスで旅した田園地帯の、黄金色の草原の輝きに、新築の住
宅の窓を額縁のように使ったフレイミングも完璧に美しい。マーガレット・アンとジェイムズ
が一緒に入浴するシーンは、生き生きとしていて楽しい。美しさとは程遠いように思える、
厳しい日常生活の中での、ふとした美しさを見事に捉えている。
この幼さで生と死、そして恋を知った少年の、微妙な心の揺れや震え、歓びそして孤独
を、台詞ではなく映像で語ったこの作品は、見る者の心を打たずに入られないだろう。
社会の底辺で過ごす少年期の美しさと厳しさ、生の儚さを鋭く、そして詩的に描いた傑
作。
ラストシャウト Last Shout
監督:ポール・コンウェイ (アイルランド)
パブでギネスビールを旨そうに飲むおじさん3人組。そこが爆撃され、自分自身もボロボ
ロになっても、なおもビールを飲み続ける彼ら。いつもカウンターには、なみなみと注がれ
たギネスビールがある。そこはかとなくおかしい、彼らのやり取り。アイルランドと言えば
パブ、ビール、そしてIRAによる爆撃。というわけでこのステロタイプのイメージをうまく利
用したブラックコメディ。
我が家 Home
監督:モラグ・マッキノン (スコットランド)
住宅局に勤める福祉委員ボビーは、苦情が出たり、助けを求めている家庭を訪ねるのが
仕事。盲目の双子の兄弟、人知れず死んでいった老婆の家を訪ね、そしてその日最後に
訪ねたのは、悪臭がする家。部屋に入られるのを必死に抵抗する男が隠していたものは…。
ブラックユーモアと共に、孤独の痛みを強く感じさせる作品。スローモーションを多用した
映像が斬新。
ガスマン Gasman
監督:リン・ラムジー (スコットランド)
クリスマスの夜、幼い娘リンは父親に連れられてパーティへ。途中、父の前妻の二人の
子供と合流する。初めて会う異母兄弟に戸惑い、仲良く遊んだと思えば嫉妬して意地悪
をしたりする、子供心の複雑さを描いた作品。異母兄弟とその親が出会い、そして別れた
長い線路の跡地での映像の斬新さがキラリと光る。「ラットキャッチャー」の若い女性監督
リン・ラムジー作品。
冷蔵庫 Fridge
監督:ピーター・ミュラン (スコットランド)
酒浸りのホームレスのカップルは、少年が冷蔵庫に閉じこめられるのを目撃し、必死に
助け出そうとする。助けを求めても、誰も相手にしてくれない。時間だけが無情に過ぎて
いく。孤独なホームレスの、お互いに対する気持ちの強さ、優しさ、そして絶望が胸に
突き刺さると同時に、普通の生活をしている人の冷たさも感じて切ない。「マイ・ネーム・
イズ・ジョー」のピーター・ミュラン作品。
岸辺の姉妹 A'Bhean Eudach(Jealous Sister)
監督:ドーナル・ルー (スコットランド)
荒涼とした海辺に住む美しい姉妹と、妹の夫。口の利けない姉は、妹の長い髪をとき、
編み込む毎日。そして妹の夫を誘惑し、妹を海辺で殺す。妹の死体は髪で縛り付けられ
波間を漂う。古代の伝統歌をもとにした、幻想的で残酷な物語。ロセッティの絵画を思わ
せる美しい姉妹。地の果ての、荒々しい自然と、神々しい青い光、そして妹の歌うゲール
語の美しい歌声が、神話のような雰囲気を醸し出す。
フィールド・オブ・ボーン Gort Na Gcamh (Field of Bones)
監督:キャロル・ムーア (北アイルランド)
30年代のアイルランドの、暴力的な父親に支配さた貧しい農家。娘は幼いときから父
親に犯される。父の子を身ごもってしまった彼女は、ついに彼に立ち向かう。登場人物
の顔はほとんど写らず、台詞も2カ所のみ。地面や足の映像が強調されるが、それは
アイルランドの人の土地への信仰や執着、そして父の非人間性を象徴するものである。
10分という短い上映時間で、心に強烈なインパクトを残す作品。
監督:デヴィッド・キャフリー
出演:デビッド・シュリース、レイチェル・グリフィス
ベルファストのタブロイド紙のコラムニストであるダンは、可愛い美大生の女の子マーガレ
ットと知り合い、浮気。そのことを知った妻は逆上する。ふと目をそらした隙にマーガレット
は殺された。「Divorcing Jack」と言い残して。マーガレット殺しの容疑者にされてしまった
ダンは、警察だけでなく、IRA、軍隊、アルスター義勇軍などに追われ大ピンチ!折しも、
この日は北アイルランドの首相選挙を目前に控えた日であった。
北アイルランドの首相選挙を背景に、ハイテンションでアナーキーなブラックユーモアが
炸裂する、滅法面白いコメディ。主人公のダンのキャラクターがとても楽しい。大酒飲み
で楽天家、コラムではいつも政治を皮肉って会社ではひんしゅくを買っているが、庶民に
は人気のあるコラムニストだ。妻を愛している、といいつつ可愛い女の子が目の前にいる
とその誘惑に勝つことができず、それゆえトラブルに巻き込まれる。
ギャグの一つ一つがとてもひねりが利いている。中でも笑ってしまうのは、逆上した妻が
マーガレットのアパートに投げ込んだモノ。それはなんとジャガイモだった!投げ込まれた
ジャガイモを見て「これはいいジャガイモだ。あいつ張り込んだな」とつぶやくダン。アイル
ランドの特産と言えばジャガイモであり、かつてジャガイモの不作による飢饉で多くの国民
が餓死したのであった。マーガレットをナンパしたときも、「専攻は文学?医学?サイコロジ
ー?スカトロジー?」といったしょうもない言葉遊びの駄洒落を連発。憎めない奴だ。言葉
遊びは色んな場面で登場して、そのたびに笑わせてくれる。どんなピンチに巻き込まれて
も、笑いを忘れないことが、ダンの強みなのであった。
そんなちょっとふざけたような男が、のっぴきならない事件に巻き込まれる。勤め先のタブ
ロイド紙にデカデカと手配写真が載る。女物のカツラで変装して逃げ回っているとき(また
この姿がとてつもなく間抜けで笑える)、助けてくれたのは、網タイツを穿いた謎の尼僧。
この尼僧が実に頼もしくてかっこいい女だ。彼らは数々の危機を、持ち前の機転で乗り切
っていく。
しかしこの物語のオチはとんでもなくブラックだ。コメディの体裁を取りながらも、北アイルラ
ンドの政治状況を皮肉たっぷりに描いている。首相の最有力候補と目されるブリンは、か
つてIRAのテロに遭い、全身の30%に大やけどを追ったことを売り物にしている男。彼は
平和主義を掲げている。しかし、相変わらずIRAやアルスター義勇軍は暗躍しているし、争
いごとは終わったようには見えるが、実は少しも終わっていない。人々の心には深い傷が
残っている。テロリストたちも理想を語るばかりで、人々の本当の苦しみがわかっていない。
ラスト近くのダンがブリンに言った言葉、「1万人の死とか、テロでの13人の死体とか、人
を数字で考えるのはやめよう。数字は愛し合ったり、それ自体で考えたりしない。僕も一人
の個人だし、あんたも一人の個人だ。一人一人のことを考えたら紛争なんてできないはず
だ」は深く心に突き刺さる。
最初から最後までテンポがよく、洒落にならないような場面でも思わず腹を抱えて笑って
しまう作品。公開が決まっていないそうだが、これは日本でもヒットするかもしれない。英
語の言葉遊びのギャグがどこまで通じるかはわからないけど、それがなくても十分面白
い。
監督:フィル・デイビス
出演:クリスティーヌ・トレマルコ、スチュワート・シンクレア・ブリス、シーラ・ハンコック
父と諍いを起こし家を飛び出した少女シャーリーン。彼女は犬を助けようとして、森林保護
運動の活動をしていた青年デクランと出会う。テントを撤去した警官を殴ってしまったことで
警察に追われた二人は、偶然潜り込んだワゴン車の老女ヴェラと意気投合して3人と犬一
匹は北へと旅する。シャーリーンはエジンバラに住む伯父に会いに行くため、そしてヴェラ
は北の最果ての地オークニー諸島のストーンサークルの夜明けを見に行くために。そうする
うちに、シャーリーンの傷ついた魂の理由、そしてヴェラの秘密が明らかになってくる。
シャーリーンは傷ついた魂を抱えた少女である。しかしながら、中盤までの彼女は「ナイフ
みたいに尖っては、近づく者すべて傷つける」という存在だ。麻薬中毒だし、すぐキレる。そ
んな彼女を包み込むように愛するデクランにも素直になれなくて「あたしの何がわかるの」
と傷つけようとする。いくらこれまでの人生が不幸だったからといって、こんな態度をとり続
ける彼女には、最初のうちはイライラさせられる。しかし、次第に彼女がどれだけ悲惨な境
遇であったかが明かされる。知的障害を負った妹と父と3人で暮らしていたが、彼女と妹は
父に長年性的に虐待されていたのだ。その上、エジンバラでの伯父との再会も、彼女の心
の傷をさらに深くするものであった。
性的な虐待を長年受けてきたことによる心の傷、そしてそんな目に遭ってしまう自分を責め
てしまう気持ち。さらに、知的障害のある妹を父親から守ることができなかったことで、シャ
ーリーンはさらに罪悪感を募らせてしまう。彼女は男性に対して根本的な憎しみを抱いてし
まっていて、デクランと寝ても髪を触られたり、キスをされるのも嫌がっていたほどだ。その
他にも「死への準備」「同性愛」など重いテーマをいくつも抱えた作品だが、暗い印象はない。
スコットランドの美しい自然や、一緒に旅をする「バカ犬」が心を和ませてくれるからだ。
デクラン、そしてヴェラとの出会いがシャーリーンを変えていく。動物や自然を愛する、根無し
草だが心優しい青年デクランは不器用ながらも彼女を支えようとする。そして一人で最果て
の地を目指して旅を続けるヴェラは、元兵士で、毅然とした美しさのある老婦人だ。ひとりぼ
っちだったはずの3人が疑似家族のようになって、旅していくうちにそれぞれの心は癒されて
いく。いくつも事件が起こり、3人はそれぞれバラバラになったりするが、いつしかできあがっ
た絆が、必ず3人を結びつけていった。最後にはちょっと泣いて、でもさわやかな気分で見終
わることができた。
もう一つの主役が、スコットランドの美しい自然。中でも、ヴェラが夢見ていた、オークニー諸
島のリング・オブ・ブロッガーの夜明けの美しさと言ったら!神秘的でこの世のものとも思え
ないほどだ。(ちょっと「ノッキン・オン・ヘブンス・ドア」のラストを思わせる)。この大自然の
広大な美の前では、人間の諍いなんてちっぽけなものであると実感させられる。