マシュー・ボーン振り付け/演出による「白鳥の湖」ですっかり主演のひとり、ジーザス・パスター(へスス・パストル)に夢中になってしまった私は、5月に韓国に彼を観に行った。が、韓国では彼が出演した回は2回しか観ることができず、しかも、体調不良によるドタキャンや、ルーマニア王女流血事件などのアクシデントはあったし、前半だったので、後半に観に行った人たちの話を聞いて大変な飢餓感に駆られてしまった。その上、カンパニーに所属せず、フリーの立場のダンサーでありWEBサイトもないため、今後のスケジュールも全くわからない状態。これから先、彼のあの美しくしなやかでSexyな踊りを二度と観ることができなくなってしまうのではないか、との激しい不安に駆られた。
そんな矢先、へススが故国スペインで踊る!しかも出身校であり、かつて在籍したカンパニーであるヴィクトル・ウラテのガラ公演に出演する!という情報が舞い込んできて、気がついたら、韓国であった友人と何十通も仕事中にメール交換をして、マドリッドへの航空券を手配していた。いてもたってもいられなかったのだ。オットには「アホか」と呆れられるし。今回は3人で行くことになったのだが、なぜかヨーロッパ便はこの時期、大変混雑していてチケットを取るのが困難。結局3人とも別の航空会社、別の経由地で、バラハス空港で合流することになった。
私はブリティッシュ・エアウェイズでロンドン、ヒースロー空港を経由してのマドリッド入り。途中ヒースローで乗り換えるとき、BAの係員に「マドリッドに行くにはどのターミナルに行けばいいのか?」と聞いたところ「Dos(スペイン語で2の意味)」と返答され、自分はスペイン人に見えたのか?と自問自答。たしかに日本人にしては濃い顔をしているけどさ〜。ヒースローからスペインに向かうエアバスの乗客は90%はスペイン語を話していて、日本人は自分ひとりだった。空港の英語のアナウンスですらスペイン語に聞こえる。
マドリッド入りは夜の10時ごろだったが、街には大勢の人が歩いていた。同行する友人が取ってくれたホテルは、スペイン広場に面したクラウン・プラザ・マドリッド。タクシーで向かう途中、いきなり今回の公演の看板を発見。ホテルと劇場は至近距離にあったのだった。しかもこのホテルが素晴らしい。ロビーこそ狭いものの、部屋はスイートで廊下もあり、クラシックで美しい部屋だ。まずは、へススにプレゼントするお土産を確認する。3人がプレゼントするのは、漢字でそれぞれ「武士道」「愛」と書いてあるTシャツ、白鳥の図柄っぽいのがはいった扇子、そして草履だ。あとは、今回行けない友人から速達で届いた手紙が合計7通ほど。明日に備えようと思ったのに、興奮もあってなかなか寝付けなかった。
スペイン広場近辺。街頭には温度計が設置されていることが多い。夕方には気温は40度を超える。
予想もしていなかったことだが、マドリッドは死ぬほど暑い。正午には大体気温は34、5度となり、地面が暖められた結果夕方にはもう信じがたいほどの暑さとなる。湿気はないので、日本の真夏よりはしのぎやすいが、それでも汗は出るし喉が渇くので大きなペットボトルを持ち歩く羽目になる。昼間はプラド美術館へ。かつて子供時代にも家族で行ったのだが母親が財布をすられてしまったという曰くつきの場所。しかし、今回はそんなに危ないという感じはしなかった。美術館のある一角は緑が多くて非常に美しい。ちょうどティッツィアーノの特別展をやっていて、内容的にも大満足だったが、さすが世界三大美術館、見ているだけでほとんど一日が過ぎてしまった。ヴェラスケスやゴヤのコレクションは流石に壮観で、機会があれば何度でも訪れたい場所だ。ムリーリョの「良い羊飼い」(Buen Pastor)では、タイトルから思わずへススのことを思い出して盛り上がってしまい、ポストカードを何枚か購入。そのあと地下のカフェで軽く食事をして(これがなかなかおいしい)、ビールも飲んでしまう。
The Good Shepherd (El Buen Pastor) BARTOLOME ESTEBAN MURILLO (1618-1682)
プラド美術館の近く。公演の広告を掲げる観光用のバス。
部屋に到着し、服を着替えていざ出陣だ。私たち三人は、服装にも化粧にもけっこう気合を入れて臨んだ。私のコンセプトは「謎のラティーナ」。赤と黒のワンピースで、日本人離れした怪しい女って感じである。
会場Teatro Coliseumに掲げられた看板
Teatro Coliseumは拍子抜けするくらい小さな劇場である。窓口で、チケットを取ってくれた友人がチケットを受け取ろうとするが、英語は全く通じない。四苦八苦した上入手したチケットの席は、真中より少し後ろくらいのセンターだ。(とはいっても、小さな劇場なので11列目である) どうやら、良い席=前のほうの席ではないようなので、当日券ではいっていた人が前のほうで観ていたようだ。近くでへススを見たかった私たちにとってはちょっと失敗。当日券で買う人がかなり多い。服装も、着飾った人たちもいるものの、基本的にはカジュアルな感じである。係員のお姉さんに席まで案内され、その際にリーフレットと本日のキャスト表を受け取る。がーん、「ラ・バヤデール」にへススが登場すると思っていたのに、いない!何のために無理してスペインまで行ったのか!が、裏面をひっくり返すと、後半の最初の演目「Solo」にへススの名前があって少し安心した。予鈴もないままに会場が暗転し、突如ガラが始まった。
「ラ・バヤデール」の婚約式でのパ・ド・ドゥ。長めの前奏に続き、幕が開き、4人のコール・ドの女性ダンサーが登場。オレンジ色のチュチュを着て、おへそを出した衣装だ。が、このコールドが全然揃わないのである。特に左端の人!軽く跳んだときにもトウシューズの音が響いて気になる。出だしからめっちゃ不安になる。そしてソロルとガムザッティの登場。二人ともすらりと背が高くルックスは良い。ソロル役のダンサーLuca Vetereは顔が少し長めだが、ほっそりとスリムで軽く踊るダンサーだ。難を言えばやや落ちてくるのが早い点か。これから4回の公演すべてでガムザッティ役を踊ったNatalia Tapia del Brioが、しかしダメなのである。手足が長く顔も小さく美人だが、安定感がない。グラン・ジュテでも高さがなく落ちてくるのが早いし、トウシューズの音もカタンとさせている。致命的なのは、この演目の見せ場はラストのガムザッティのグラン・フェッテなのに軸が定まらず、ソロル役のダンサーの手を借りてなんとか回転しているという感じであること。脚もあまり上がっていない。最初がこれだと、先が思いやられると言うか、「なんのために金もないし死ぬほど忙しいのにスペインくんだりまで出かけたんだろう」という気持ちにさせられてしまう。さらにいえば、衣装が非常に安っぽくてダサかった。特にソロルの紫の上着に金色のパンツというのはどうしたものか。この衣装をへススも着るんだろうか…。
一転して、舞台は暗転。薄暗い、まるでジャズクラブのような雰囲気の中を、男性ヴォーカル曲が響く。キューバの伝統音楽のようだ。ダンサーのシルエットが浮かび上がる。上半身は裸に黒いパンツ、サスペンダー姿に帽子の男性ダンサーがタバコの火を消し、踊り始めた。このダンサーの動きがまた大変滑らかで美しい。ジャンプしたあと、床に倒れこむように着地し、倒れこんだ上体からまた起き上がるときには、とてもスムーズで流れるようなきれいな弧を描いている。大げさな回転もジャンプもないが、高度なテクニックを持ち合わせているのがわかる。パントマイム的な動きだが、とてもスタイリッシュでクールだ。この日のダンサー、Reinol Moralesは肌の色が浅黒く、少し髪が縮れていて、南米系かアフリカ系に見受けられるが、今回のガラの中でも非常に卓越した技術と身体能力をもっていることがこの時点でわかった。なお、この演目、他のダンサーの時には、上半身裸ではなく白いシャツを着用している。
「眠りの森の美女」というタイトルだが、音楽はチャイコフスキーであるものの、振り付けはオリジナルのようだ。全身が純白のふわっとした衣装を身につけた男女によるパ・ド・ドゥ。女性を空中で廻す、小さめのリフトを多用し、空気のような浮遊感のある美しい踊りだ。とても繊細でふわふわしていて綺麗なんだけど、チャイコフスキーによるゆっくりとした音楽ということもあり、そろそろ時差ぼけの影響もあって眠気が誘われる。
ニジンスキー振り付けで有名な「牧神の午後」だが、こちらはヴィクトル・ウラテによるもの。私が観た4公演すべてを、当カンパニーの芸術監督であるところのエドゥアルド・ラオが牧神役が踊った。もともとこの演目はセックスそのものを描いている作品であるということもあって、動きがとてもセクシャルだ。基本的に牧神は横たわったり膝立ちをしていたりと低い姿勢でいることが多く、立ち上がることはほとんどないということでも、異色の作品。そのものズバリ性行為を連想させるような動きまである。うずくまる牧神の前に現れるニンフ、欲望に悶え身をくねらせる牧神。エドゥアルド・ラオの動きは人間であることを忘れさせ、動物っぽいし、ニンフ役の女性ダンサーも、体にぴったりと吸い付くような衣装を身につけ、脚を高くあげる、デヴロッぺをいかに美しく見せるかがポイントとなる。ラスト、ニンフが後方へと少しずつ消えていく演出もドラマティックだ。
そのエドゥアルド・ラオ振り付けの作品。月夜の下、赤いドレスをまとった女性と、男性ダンサーによるパ・ド・ドゥが繰り広げられる。スペイン的なエキゾチックな音楽にあわせ、床の上を流れるような流麗なダンスが繰り広げられる。フラメンコやタンゴとはまた違った、男女関係の駆け引き的なセクシーな雰囲気が漂う。男女ダンサーが背中合わせとなり、反対側へと体を引きあう動きなど、ドラマティックな演出だ。
しかし、やっぱりへススは出ていないし時差ぼけだし(大体、公演が始まったのが9時と遅いのである)、休憩時間前には眠さは頂点に達していた。ただ、このためにわざわざスペインくんだりまで行ってきたへススの出番の時には絶対眠くなることなんてありえない、と思っており、果たして、そのとおりになったのだった。意外といけている男性の少ないマドリッドの街中ではなかなか見かけられないような、超美形の男性がいたり、売店には15歳くらいの黒い髪に黒くて大きな瞳の美少年がいたりと目の保養ができるのは幸い。なんとなく、彼らもヴィクトル・ウラテのカンパニーかバレエスクールの関係者といった感じの風情である。
休憩時間が何分かという表示もなく、落ち着いて過ごせないまま(眠くなった時に備えてコーヒーでも、と思ったのだがアルコールしか売っていなかった)、席に戻る。
音楽はヨハン・セバスチャン・バッハということで果たしてどんな演目だろう、と思ったのだがダンスそのものはコンテンポラリー作品。3人の男性ダンサーがひとりずつ登場し、ソロで技を競うという趣向。振り付けも非常に特徴的で、ジュテはほとんどなく、パントマイムっぽい、コミカルな動きも取り混ぜながらかなりの速さでの回転がメーンの動きを見せてくれる。Tシャツ(紺と、それぞれ黄色、オレンジ、赤(赤はもちろんへスス)の重ね着)にグレーのレギンスというカジュアルな衣裳。そして、待望のへススの登場!一瞬、少し髪が伸びて顔が丸くなったような気がしなくもなかった。本当に動きが素早く、くるくると独楽のように回り、しなやかに腕を振り回す。先ほど見事な踊りを見せてくれたReinol Moralesも登場していたが、この演目では、へススが、登場シーンが一番長いというわけでもないのに、存在感も、技の安定感もピカイチ。すべての観客の目線を盗んで行ってしまうという言葉がピッタリ。3人並んでグラン・フェッテするフィニッシュでは、特に他の二人と比べて彼の技術は際立っているのだった。3人の中では一番小柄で、しかも全体的に体型が太い(笑)のだけど、一番力強い。(ほかの二人のダンサーはスリムなのである)へススのグラン・フェッテはスピードも速いし、鞭がぴゅんぴゅんしなっているかのようなビシッとしたところが、見ていて本当に気持ちよいのだ。軸がぶれないし、腕の動きも力強い。短い時間だが、へススの高度なテクニックを堪能できる演目だった。今日はへススが踊るのはこの作品だけで、ちょっと物足りない気持ちと、でも、本当にまた踊るへススの姿が観られたんだ!という喜びがないまぜになった気持ちに。カーテンコールの時のぴょ〜ん!と勢いよく飛び出す元気のよさと、観客や共演したダンサーたちに注がれた太陽のような微笑も健在。ここまできて本当に良かった!
先ほどの作品とは打って変わって、今回は女性ダンサーが主役。4回の公演がすべて同じ女性ダンサー(Christina Pizzadini)だった。暗闇の中に、椅子と、そこに腰掛けるうら若い少女が浮かび上がる。緑色の長い、お嬢さんぽいドレスをまとって幼さを残した金髪の彼女が、大胆に脚を開くところから始まった。コンセプトとしては、少女が戸惑い、揺らぎ、憧れ、悲しみを知りながらも大人の階段を上っていき、目覚めていく姿を描いているものと思われる。繊細な感情を表現するマイムは儚く美しい。時折やや年齢が高めの男性が現れ(4回のうち2回は、かのエドゥアルド・ラオだ)、彼女のリフトをサポートするが、イメージとしては彼女を大人の世界へと導いていく教師といった感じで、二人の関係は秘め事っぽく感じられどことなく隠微だ。テクニックよりも演技力を要求される演目だが、ダンサーは非常に体も柔らかくデヴロッぺも美しくて実力は十分。
久々の古典作品は、「ノートルダム・ド・パリ」で有名な「エスメラルダ」のパ・ド・ドゥ。フェビュスの婚礼の場で踊られるジプシー娘の情熱的なダンスで、タンバリンを持って踊るところが特徴的だ。そしてなんといっても、この演目はエスメラルダ役の竹島由美子(オランダ国立バレエのプリンシパル)があまりにも素晴らしかった。凛とした雰囲気、ピンと伸びた姿勢、大輪の花のような華やかさがあり、その存在感は強烈。ひとつひとつの動きがダイナミックで、きりりとしてカッコいい。日本人なので確かに多少体型上のハンディはあるが(少々胴長)、それを補ってあまりある技術力と表現力を持っている。放り投げられるように跳躍しながら高くリフトされ、男性の肩の上にふわっと着地する難しい動きも難なくこなしているし、キメのところではぴたっと静止。グラン・フェッテも安定している。そして見せ場であるタンバリン使い。手だけでなく足や膝を使い、リズムに合わせて鳴らすのはかなり難しいのだが、これも見事に音楽に合っているし、グラン・ジュテの跳躍の最中に両手足を使ってタンバリンを鳴らし、えびぞり状態になるという驚異的な技まで見せてくれた。後でステージを 降りた竹島さんを見ることができたのだが、実際にはかなり小柄な方なのに、ステージ上では非常に大きく見えた。ジプシー娘エスメラルダの情熱、勝気さ、強い想いを見事に伝えられている熱演で、今回彼女の踊りが見られて本当に良かった。カンパニーのどの女性ダンサーよりも素晴らしい演技だ。惜しむらくは、やっぱり古典の場合の衣装がかなり垢抜けないものであったことくらいか。
英語で"THEY SEE THAT IT TOUCHES TO YOU"という意味。非常にSexyでSteamy(熱情で湯気が上がってくるようなイメージ)のパ・ド・ドゥである(ヴィクトル・ウラテによる振り付け)。バレエというよりはほとんどフラメンコであり、音楽も手拍子が印象的なフラメンコの曲。暗い照明の中、椅子に座った女性の後ろに男性が立ち、ステップと共に大胆に男が腕を広げ、絡みつくようなダンスが始まる。一つ一つのポーズがメリハリがあってスタイリッシュだし、光と影を巧みに使った照明の中、女性ダンサーが長いスカートを翻して脚を高く上げ、脚線を露にしてくるくると踊るのも魅惑的だ。男と女のあやうい駆け引き、恋の主導権争い、激しい息遣い、裏切り、熱情。ここがバレエを観るための劇場であることを忘れるほどだ。アルゼンチン・タンゴを思わせるような官能的なステップも。カルロス・サウラ監督、フリオ・ボッカも出演した映画「タンゴ」を思い出した。
灰色の幾何学的な?模様のスクリーンと暗めの照明。ボフスラフ・マルチヌーの「Double Concierto」の不協和音が非常に不穏な雰囲気をかもし出し、男女ペアのダンサーが一組ずつ、合計6組登場した。全員灰色の衣装。内容的にはやや難解だがドラマティックな演出で、全員がトウシューズで舞台を横切るところなどは非常にインパクトがある。ラストでは全員が倒れこみ、ひとりだけ男性のダンサーが身を起こす。具体的な描写はないのだが、どう考えてもこれは戦争の恐怖、中でもスペイン内戦を描いたように思えてくる。派手さはないのだが、心に引っ掛かりを残すような、インパクトは強い作品だ。
そして"BEFORE NIGHT FALLS"の出演者が一礼をした後、今回登場したダンサーがすべて集まってカーテンコールとなった。今回はヴィクトル・ウラテのカンパニーに加えて、へススと竹島さんという二人がゲストというわけで、Soloの衣装のままのへススがセンターのポジションに立った。日本や韓国で見たのと同じ笑顔だけど、地元マドリッドということもあって、さらにリラックスした、人を幸せにしてしまう甘い笑顔を浮かべている。隣に立っているダンサーにも笑いかけ、観客席をきょろきょろ見回しながら笑いかけ、うんうん、とうなずいている様子は、白鳥の日本公演での時と同じ。そして出演者と手をつないで、客席に向かってぴょーんと跳ぶところも同じ。スワンメイクをしていなくて、素顔に近い状態であることだけが違う。(そして素顔の時のほうがちょっと顔が丸く見えてしまう)ただし、カーテンコールは2回と少なめで、けっこうあっけなく終わってしまった。もっとゆっくり観ていたかったよ〜!
日本で友人から多くの手紙やプレゼントを預かっていた私たちは、ここまで来たからにはへススに絶対会わなければ!という気持ちになっていた。友人のひとりがどうすればダンサーに会えるのか、と聞いたところ、ロビーで待っていればいいとの返事。たしかに、ダンサーらしい人たちが、一般のお客と同じ正面の出口から出てくるのである。私たち3人と、もうひとり、出発前にメールで連絡してきてくださった日本人の女性の4人でしばし待つ。ロビーの照明は落とされたが、ほどなくへススが出て来た。なんと!韓国のときと同じ臙脂色の柄シャツ、ボタンを半分以上あけてバッグを斜めがけ、という風体である。私たちを見かけると、一緒にいた仲間のダンサーに「ちょっと待ってね」と言い、やってきてくれた。「ハポンから来たの」というと嬉しそうに笑ってくれて、大きな黒い瞳をキラキラさせた。本当に素顔のへススは愛らしい(27歳の男性に向かってそんな表現は失礼かもしれないが本当にそうとしか言いようがないのだ)。プレゼントや手紙を手渡しし、一緒に写真に収まってもらった。もう心臓がバクバク言ってしまって、舞い上がってしまって、こういうときには何を言っていいのか困 ってしまう。友人は「Tシャツをプレゼントするから、着てね」と言った。私は「また見ることができて本当に嬉しかった」とどうにか言うことはできた。へススは英語はかなり上達している。「今日はぼくのオフの日みたいなもので一つしか出なかったけど、明日は「ラ・バヤデール」とあのフラメンコ調の曲を踊るよ」と教えてくれた。ごくごく短い時間だけど、もう天にも上るような気持ちである。「よく寝て明日に備えてね」っていらぬおせっかいまで話してしまった。ああ、それにしてもなんてへススは素敵なんだろう。とても美しい純粋な魂を持った若者であるということが良く伝わってくる。「白鳥の湖」で日本や韓国では相当ちやほやされただろうに、そして今回のガラでもゲストスターなのに、まったく驕りとは無縁の素朴で優しい人柄が感じられた。
今回、毎晩お世話になったお店。ダンサーたちも利用していた。
興奮さめやらないままだったが、もう夜の11時を回っていてお腹がすいたので、劇場の向かいにあるお店に入る。値段も手ごろでなかなかいい感じのところだ。そこで生ハムとかポテトとかトマトのサラダとかを頼むが、英語がやはり全く通じなくて困った。本当に知っているわずかばかりのボキャブラリーを駆使し、会話集を引きながらウェイトレスと会話するが、小さな黒板のようなものを渡されて、ここにメニューの番号を書けという(もちろん、メニューはスペイン語しか書いていない)。しかも、チョークの具合が悪くて全然書けない。ワインを頼み、それからグラスを二つ頼もうとしたのに、グラスワインが二つとビールが二本出てきてしまったりした。でも、食事はとてもおいしいし、パンもおいしかった。このお店、外にも席があるのだが、よく見るとさっき踊っていたダンサーたちもそこにいる。あの超絶技巧を披露していたReinol Moralesなどは、頭からすっかりフードをかぶっていた…。話は尽きることなく、ホテルに帰ってからもなかなか眠れそうになかった。