殺し屋の掟 Mr In-Between

監督/脚本:ポール・サロッシー
出演:アンドリュー・ハワード、ジェラルディーン・オーロー、アンドリュー・ティアナン
    デヴィッド・コールダー

孤独な殺し屋ジョンは、刺青を入れた初老の男の指令を受け、「殺人マシーン」と
呼ばれるほどてきぱきと殺しを行う。刺青男は大金持ちで、ジョンに凝った料理と
瀟洒な住まい、麻薬を与え、奇妙な愛情を注いでいた。ある日ジョンは偶然高校
時代の同級生アンディに遭遇する。失業中のアンディは、やはり同級生でかつて
ジョンに思いを寄せていたキャシーと結婚していた。刺青男とバーでの飲み仲間し
かいなかったジョンは、貧しくても平凡で幸せな暮らしを送るアンディ一家と親しく
交流し、彼らの生活に憧れる。心を入れ替えて生まれ変わりたいと彼は願うが、
刺青男はそれを許さなかった…。

                *****

アトム・エゴイヤン監督の一連の作品や、『白い刻印』の撮影監督として知られる
ポール・サロッシーの監督デビュー作。撮影監督出身だけあって、とにかく言葉を
失うほどの素晴らしい映像を堪能できる。イギリスの寒寒とした風景が、ジョンの
荒涼とした心象風景を捉える。殺しのシーンのカット割の鮮やかさは、ジョンの殺
し屋としての腕の熟達を表現する。それでいて、殺しが行われる実際の場面は画
面に写らないのがいい。逆光やシルエットを多用した緊張感あふれる画面は、ク
ールで美しい。

原題の「Mr In-Between」とは、善にも悪にもなりきれないジョンという男を表現し
た男だ。彼は殺人マシーンと呼ばれるほどこともなげに人を殺すが、それは刺青
男の愛に報いるため。冒頭の殺人を犯した現場の近くに、アンディが住んでいる
わけだが、そこを通るたびに、人を殺したときの光景が頭の中にフラッシュバック
して彼を苦しめる。彼は贖罪をするかのように、アンディの家族に親切にする。失
業中のアンディのために仕事を見つけてやり、花を買ってキャシーにプレゼントす
る。ところが、アンディはジョンが紹介した自動車工場での仕事で事故に遭い、死
んでしまうのだった…。ジョンは、アンディの死は自分のせいだと自分自身を責め、
残されたキャシーとその幼い娘を守り抜こうと考える。ところが、アンディが亡くな
る前にも実はジョンとキャシーがお互いに惹かれあっていたというのがさらに厄介
な問題となる。実はアンディがいなくなればいい、と一瞬でも考えたことがあった
かと彼は自問自答して、さらに罪悪感を感じるのであった。

ジョンと不思議な関係を結んでいる刺青男という存在が、この作品に哲学性とポリ
フォニックな多面性を与えている。刺青男は、ある時は息子のように、ある時は愛
人のようにジョンを愛している。彼はジョンに全てを与え、全てを奪う存在だ。その
愛は、束縛でもある。物語の終盤まで「刺青男」と呼ばれながら刺青姿は登場し
ないが、彼の刺青は恐ろしい情念を感じさせるものである。なぜなら、その刺青は
全て、これまでジョンが殺した人たちの顔を彫りこんだものだからだ!ジョンに注ぎ
込む異常な愛情が、そのあまりにも恐ろしい刺青に象徴されている。刺青男はそ
の凶暴さとは裏腹に、非常に知的な人間でもあり、ジョンに難しい本を貸して読ま
せるし、数え切れないほど人を殺させているのに、神や信仰や愛を大切にしろと
説諭するのだ。彼自身が、善と悪の二面性を持っているのだ。それに対し、ジョン
は愛も神も信じない。そんな虚無的無神論者のジョンが、最後には神父のところ
に行きこんな自分も神に愛される資格があるのか、と涙ながらに訴えるところに
は、胸がぎゅーっと締めつけられる思いがした。

最初は「アンディを殺せといわれたら殺せるか」と問われ「一秒で殺してみせる」と
答えたジョン。その彼が、足を洗いたいと刺青男に告白する。刺青男の返事は、こ
うだ。「お前は、平凡な生活を送っている彼らが本当の人生を生きている、我々の
行っていることは悪夢だと思っているのだろうが、違う。悪がなければ善は存在し
ないし、誰かが悪をなさなければならない。我々の生き方こそ、真実なのであり、
彼らの人生は偽りなのだ」 そして、ジョンは悪にも善にもなりきれないのであっ
た。アンディたちの生活をうらやましいと思いながらも、刺青男の庇護から逃れら
れない。彼の体に染み付いた殺しの習性は抜けることはなかった。彼は、キャシ
ーを深く深く愛していたのに、「愛」を「愛」という形ではなく「殺し」という形でしか
返すことが出来なかったのだ…。なんと哀しいことだろう。もし、彼が刺青男に出
会っていなかったら、普通の善良で心優しい男だっただろうに。もし、彼がアンデ
ィ一家に出会っていなければ、彼らの悲劇も避けられただろうに。

ジョンの裏切りを知り、「お前は私の大切なもの、私の愛や信頼を奪った。お前の
一番大切なものを奪ってやる」と刺青男は言い放つ。搾り出すように「キャシー…」
とこぼすジョン。だが、刺青男はジョンを殺そうとも、キャシー親子を殺そうともし
なかった。それよりも最悪な、恐ろしい方法でジョンから一番大切なものを奪おう
としたのである。しかも、刺青男は、たとえジョンが裏切り追放され、キャシーの
もとに走ったとしても、愛の呪縛から逃れられない彼は必ず帰ってくると確信して
いたのだ。そしてついにカタストロフィへと向かうのだが、このような結末に至るだ
ろうという予想や期待を鮮やかに、スルリと裏切って思いがけない展開へとまと
めていく演出の手腕が遺憾なく発揮されていて、ゾクゾクするほどスリリングだ。

刺青男によって悪に染まりきってしまって人を殺しまくった男が、平凡な幸せを目
の当たりにして本来の心優しさ、純粋さに目覚めていくが、そちらの世界に行くこ
とは出来ない。そのような穢れた男でも、罪を告白し懺悔し神の愛を求めれば、
救済されるのか。善と悪との葛藤、愛と憎しみという哲学的テーマが非常に明快
に表現されている。

スタイリッシュな撮影とリリカルでエモーショナルなキャラクター描写、「殺し屋の
映画」という一つのジャンル映画である。一歩間違えたら類型的になったり甘く
なったり、スタイルに溺れがちなテーマだ。しかし、この映画は知的でクールか
つ哀しく切ない美しい作品に仕上がっている。ジョン役のアンドリュー・ハワード
の抑えぎみながらも、時として感情が奔流のようにあふれる演技は素晴らしい。
刺青男役デヴィッド・コールダーが持つ圧倒的なカリスマ性も忘れがたい。