ズーランダー』と恥ずかしすぎてめくるめく世界


2003年は六本木復権の年?

2003年4月25日、六本木の大規模再開発「六本木ヒルズ」がオープンする。都心にヴァーシンシネマズ 六本木ヒルズというシネコンがオープンすることも大きな話題だ。この再開発計画について特集記事を組んでいたファッション週刊紙「WWD for JAPAN」を読んでいたら、かつて六本木がブイブイ言わせていた頃の恥ずかしい写真が色々と載っていた。マハラジャという一世を風靡したディスコの黒服店員達の写真がその最たるもので、ノーズシャドーくっきりの濃い化粧と肩パッドの入った服装は今観ると相当笑えるが、こんな私もかつては六本木のマハラジャに踊りに行っていたんだと思うと感慨深いものがる。

また、夜遊び文化とは別に、かつてWAVEというレコード(!)ショップや映画館があるビルがあって、そこのビニール袋を下げているのがお洒落だったという時代でもあった。WAVEにあったシネ・ヴィヴァン六本木という映画館は、ミニシアター文化のはしりである。今でこそ、ミニシアターといえば渋谷だし、渋谷にあるミニシアターでかかる映画も、かなりわかりやすい作品が多いわけだが、かつてシネ・ヴィヴァンではエリック・ロメールやパラジャーノフ、タルコフスキーといった、時にはちょっと難しい映画も上映してきて、知的スノッブの牙城であった。私も大学生の時には背伸びして通ったものであるが、3年程前に残念ながら閉館してしまった。そして再開発のために、WAVEも取り壊された。

一時期は裏原宿だの三宿だのに隠れていた六本木という土地も、六本木ヒルズの完成、オープンによってようやく復権に向かって動き出してきたわけだ。ここで、六本木のディスコやMTV文化など80年代カルチャーを、最近の映画『ズーランダー』にからめて語ってみたいと思う。

1968年生まれ女子のポップ音楽史

さて、私は1968年生まれだ。私がポップミュージックを聴くようになったのは、中学一年生くらいの頃。FMを聴いて(その頃は、J-WAVEもなくて、FM東京しかなかった)エアチェックなどをし始めたのが、音楽に対する目覚めだった。そして、その頃は毎週土曜日の深夜に小林克也の司会による「ベストヒットUSA」なる番組があって毎週末見ていたばかりでなく、ビデオにも録画していた。やがてブリティッシュ・インベージョンというムーヴメントがあり、MTVでプロモーションビデオを流すという戦略が始まった頃。中学の担任の先生に、お勧めのアルバムは何かと聞いて、マイケル・ジャクソンの『スリラー』を勧められたのが、一番最初に買ったレコードだった。

その頃、私は友達も少なく学校に行くのも全然楽しくなくて、音楽が唯一の友達だった。土曜日が待ちきれなくて、「ベストヒットUSA」のオンエアが終わった後の深夜にはラジオ日本というAM局で数時間に渡って全米TOP40が放送されていたので、毎週末にはTOP40のランキングをノートにつけていたのだ。そこらへんの音楽評論家よりもマニアックだったのだ。

その頃の記憶に残る音楽といえば、トーキング・ヘッズの「Burning Down The House」(1980)とか、ホール&オーツの「Maneater」や「One on One」、スパンダー・バレエの「True」あたりかな。また、その頃、デュラン・デュランやカルチャー・クラブが大人気となり、デュラン・デュランの来日公演はとても行きたかったのに行けなかったという悲しい思い出もある。毎号「ミュージック・ライフ」という雑誌を買って、丸暗記するくらい読んでいた。

しかし、中学3年生くらいから、ハード・ロック、ヘヴィ・メタルの方に音楽の好みが変わり(その頃から、LAメタルというムーヴメントが始まった)、ミニコミ誌を作ったりコンサートに通いまくったりするようになり、さらに大学にはいると世の中はとってもバブリーになっていった。私も多分に漏れずボディコンを着てディスコに通うように。その頃はやっていたものといえば、デッド・オア・アライヴ。そして3年生くらいからはソウル系に好みが移っていき、やがて結婚して音楽そのものを以前ほど聴かなくなってしまった。

80‘s音楽の復権?

ところが、最近になって80年代の懐かしい音楽がやけに耳につくようになってき。映画で言えば、アダム・サンドラー主演の「ウェディング・シンガー」は、冒頭、恥ずかしい髪形をしたアダム・サンドラーがデッド・オア・アライヴの「You Spin Me Round」を歌い、エンディングではスティーヴ・ブシェミがスパンダー・バレエの「True」を熱唱。しかも、サンドラーが飛行機の中で遭遇するのはかのビリー・アイドル!(老けてはいるものの、それ以外は全く変わっていない所が泣かせますわ) サントラの選曲もトンプソン・ツインズの「Hold Me Now」やカルチャー・クラブの「君は完璧さ」(にせボーイ・ジョージに扮したアレクシス・アークエットの気持ち悪さもまたオツなもの)など、もう涙がちょちょ切れる名曲揃い。映画そのものもとてもスウィートだし、少し太めなドリュー・バリモアがこれ以上可愛く撮れている映画は他にないのではないのでは?

バズ・ラーマンの天才性が遺憾なく発揮されたゴージャスなミュージカル『ムーラン・ルージュ』では、20世紀の各年代の音楽をパッチワークのようにサンプリングしているが、男どもがダミ声で合唱する『ライク・ア・ヴァージン』や、ドラマティックなタンゴ・スタイルの『ロクサーヌ』など80年代ヒットがかなり使われていた。パティ・ラベルのヒット曲だった『レディ・マーマレード』の中にニルヴァーナの『Smells Like Teen's Spirit』をサンプリングするなんて芸当は凄いし、愛をテーマにしたメドレーの中にキッスやU2、『愛と青春の旅立ち』までつなげるというのは普通の人ではなかなか思いつかないと思う。

映画とは別に、今年は80年代音楽のコンピレーションアルバムがいくつか発売され、中でもベストセラーとなったその名も『80‘s』の選曲は実に見事である。デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、カジャグーグーといったブリティッシュのMTV系アーティストだけでなく、ブリティッシュではあるがディスコで大人気だったヒューマン・リーグの『愛の残り火』や一発屋ストロベリー・スウィッチブレイド、リック・アストリー、さらにはアメリカからはデビー・ギブソンやGo-Go'sといったアイドル・ポップ、そして『ロック・ミー・アマデウス』まで本当にツボを押さえている。私と同年代の人間にとっては涙が出るほど嬉しいヒット曲の宝箱だ。

そして究極の80’sギャグ『ズーランダー



そして、とっても小規模な公開ながら、ハートをぎゅっと鷲掴みにしたのが「ズーランダー」。80年代ネタ炸裂の大バカ映画として、最高のクオリティを誇っている。オープニング(アヴァンタイトル)はブロンディの「Call Me」。やたらとギラギラ光っていて、肩パッドが目立つ80年代チックなズーランダーの衣装もかなり恥ずかしい。この映画の中の大爆笑ポイントであるところの、ガソリンスタンド大爆発の前触れの軽薄な「オレンジ・モカ・フラペチーノ」片手にスーパー(バカ)モデルたちが踊るワム!の「ウキウキウェイクミ−アップ」なんてもう最高。思い出しただけで笑いがこみ上げてくる。その後の大爆発シーンも、不謹慎ながら死ぬほど笑ってしまった。

しかも、マレーシアの首相を暗殺するためのマインドコントロールのキーワードが『リラックス』で、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのかの名曲をバックに洗脳が行われるというのも凄すぎるし、ベン・スティラーとオーウェン・ウィルソンの対決シーンの審査員は、『レッツ・ダンス』に乗って登場するデヴィッド・ボウイ(老いても惚れ惚れするくらいの美しさ)だし、BGMはエドワード・ヴァン・ヘイレンのギターソロもカッコいいマイケル・ジャクソンの『今夜はビート・イット」だ。パリ・ヒルトンやビリー・ゼイン、そしてあの万引き女優ウィノナ・ライダーといったセレブレティが集まるディスコ(決してクラブではない!)のドアマンたちの姿は、まんま日本の80年代の六本木ディスコでの服装チェック風景を思わせてくれちゃう。
ラストの暗殺計画の場所であるファッションショーで、オーウェン・ウィルソンとDJはブレイクダンスを踊りながら戦い、『リラックス』と交互にかかる曲は、やはり一世を風靡したハービー・ハンコックの『Rock It』と徹底的に、80’s恥ずかしいヒット曲満載で、80年代育ちの私の琴線に触れまくりなのである。このときのズーランダーの宇宙的な衣装もいかにも80年代的。

ズーランダーの父親役が、アンジェリーナ・ジョリー(に絶交宣言をされてしまった)パパとして最近は有名なジョン・ヴォイト、兄はサイコ役が得意なヴィンス・ヴォーン(二人とも炭鉱夫姿がセクシー)だし、マレーシア首相暗殺計画を立てた謎のデザイナー(元フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのメンバー)ムガトゥの手下のモデルは、ロシア語訛りバリバリで(ウクライナ出身)ボンデージルックが麗しいミラ・ジョヴォビッチ。陰謀計画を明かす手タレはデヴィッド・ドゥカヴニーと、一流のキャストがかなりバカな役を楽しそうに演じているのも最高。

さらに最大の爆笑ポイントは、マッキントッシュの中に、証拠となるファイルがあると聞いても起動の仕方がわからず、猿のようにキャンキャン吠えるベンとオーウェンが思わず骨を手にしたところ、『2001年宇宙の旅』よろしく「ツァトゥストラはかく語りき」が流れるところではないだろうか。天然のバカは、時代が進化しても変化していないという証拠ともなっている!

しかし、ポイントは、このズーランダー青年、バカではあるけれども非常に心優しい人間であるということだ。仲間のスーパーモデルたちが事故で爆死したことにショックを受け、彼はモデルを引退して、字が読めない子供達のための学校を作りたいと言い出す。単なる思い付きではなく、それを本当に実行しちゃうところが凄い。学生時代太っていて劣等感の塊だった女性記者マチルダにも思いやりのある言葉をかけるし、それにマレーシアの児童労働問題についても一応考えているみたいだ。ニュージャージーの炭鉱で働いている父親や兄弟たちのことも忘れていない。だからこそ、彼はこの映画の中でヒーローとなり、MTVでも「ズーランダー」というキャラクターはみんなに愛されたわけだ。ただのバカではないのだ。

そもそも、ズーランダーというキャラクターは、MTV(そう!80年代文化の落とし子だ)のVH1アワードという番組から生まれたものである。それがウケたので、ついに映画化と相成ったわけだ。『ズーランダー』のDVD特典には、MTVでのクリップも収録されているので、ぜひご覧を。

ベン・スティラーとオーウェン・ウィルソンの二人はこんなバカな映画を作っていながらも、実は才人である。ベンは『リアリティ・バイツ』やこの作品の監督である。しかも記者マチルダ役のクリスティン・テイラーは彼の奥さんだし、モデル・エージェンシーのモーリーは実父、と家族を大切にしている。オーウェン・ウィルソンは絶賛された『天才マックスの世界』の脚本家であり、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』の脚本でオスカーにノミネートされた(『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』で共演しているルーク・ウィルソンは弟)。この二人は大の仲良しで、今年のオスカーでオーウェンはハリー・ポッターのコスプレをしてベンと一緒に寸劇を演じたし、二人はかの『スタースキー&ハッチ』のリメイクにも出演するとのことだ。ますます目が離せない。

いつのまにか80’sを離れて『ズーランダー』話になってしまったけど、2002年末という時にあって、このバブリーでお祭り騒ぎっぽくて意味もなく浮かれていた時代を思い出すと、甘酸っぱくてちょっと恥ずかしいけど懐かしくて。そんな80年代にもいいことがあったし21世紀の今にも、そのよさを伝えていきたいなとふと思うのだった。それには、まず、かの六本木ヒルズに成功して欲しいなと願う2002年の12月だった。