オープニング・ガラ「春の祭典」(ニジンスキー版)と兵庫県立芸術文化センター

「春の祭典」
振付:ヴァーツラフ・ニジンスキー 音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー 復元振付:ミリセント・ホドソン
選ばれし乙女:平山素子 賢者:薄井憲二 兵庫県洋舞家協会
国内制作日本初演。
上演される前に、一抹の不安があった。オーケストラのことである。第一部の「白鳥の湖」の演奏はかなりお粗末だったのだ。2幕コーダがびっくりするくらいの速いテンポになってしまっていて、連続パッセをするヤンヤン・タンがかなり大変そうだった。また、音のバランスも悪かったのだ。
ここのオーケストラは、兵庫県芸術文化センター管弦楽団という専属のオーケストラで、できたてなのである。しかし幸運にも、その心配は杞憂に終わった。休憩時間の間中ずっと「春の祭典」を練習しており、またこの演目のためにオーケストラの人員がかなり増えた模様である。おかげで、音の厚みがあり、素晴らしい演奏を聴くことができた。このオーケストラはアカデミー形式といって、世界から団員を募集し、ここで育てていくというコンセプト。外国人の演奏家もかなり混じっていた。
プログラムに全部の役名が書いてあって、それを読むとなんとなく雰囲気がつかめると思うので紹介する。ありがたいことに、なんとプログラムは無料で配布してくれた。財布の中の残金が2000円を切っていたので助かった。しかもちゃんと冊子になっていて、それぞれの作品についての解説もついている。中でも、「春の祭典」に関しては復刻に携わったミリセント・ホドソンによる解説なのである。太っ腹!
第一部 大地への讃仰
三百歳の老女/三人の小柄な乙女/七人の乙女/七人の若い乙女/三人の長身の娘/青年たち/若い男たち/若者たち/長老たち/
賢者
第二部 いけにえの祭
四人の女T/四人の女U/四人の女V/熊の皮をかぶった六人の祖先/十四人の祖先/
選ばれし乙女
舞台装置(といっても緞帳と後ろの幕のみ)と衣裳はフィンランド国立オペラから借り受けたもの。緞帳の絵は、素朴で原始的なのだが、不穏なまでの禍禍しさを感じさせる。右側には、馬の皮をかぶった男が二人、右側には佇む少女の絵が描いてある。バックドロップの方はもっと謎で、空を飛ぶ馬が二頭。
スモックのようなだぶっとした衣裳が色鮮やかで、素晴らしく美しいし、振付上も非常に有効に機能している。
まず、三つ編み髪の乙女たちが登場し、続いて三百歳の老女、それから若者たちが入ってくる。みな一様に腰や膝を曲げ、首をかしげ、内股だ。数人ずつ組になり、床を激しく踏み鳴らしたり、大地を這いつくばったようにすり足で進む。おおよそバレエの常識を覆すような踊りなのだけど、しかしやっぱりこれはバレエとしか言いようがないと思った。バレエのテクニックを知り尽くした上で、その真逆のことをやっていると。
賢者が重々しく大地に口付けをする。演じるのは、今回の企画アドバイザーを務めた薄井憲二氏だ。
やがて舞台の上は狂乱の渦に。カオス状態となり、乙女たちも若者たちも、首を曲げたまま、膝を曲げたままで狂ったように足を踏み鳴らしてトランス状態で音楽に合わせ激しく踊る。だが、不思議にここには秩序が感じられた。それは、三角形、円といった衣裳にも使われたモチーフが、隊形に使用されているからである。
第2部では、女たちが登場。ついで、熊の皮をかぶった六人の祖先たちも。女たちが輪になって舞う中、一人の乙女が転び輪の中から外れてしまう。彼女が、「選ばれし乙女」となり、神に生贄として捧げられることになる。
狂乱の渦に取り囲まれ、首を傾げ、内股の不自然な姿勢で、死の恐怖に怯え目を見開いた乙女は10分近く微動だにしない。
そして突然、内股のまま、足先はフレックスで120回もの跳躍を見せるのである。圧倒的なリズムに合わせ、膝をまっすぐ伸ばした美しいジュテだが、アンドォールでつま先を伸ばすというバレエの原則とは真逆のことをやって飛べるのは非常に大変なことに違いない。トランス状態のまま全身全霊で跳び続けた乙女は、バタンと息絶え、彼女の亡骸を男たちは神に捧げて幕。
凄まじい緊張感と高揚感。演奏も大変力が入って音も分厚く言うこと無し。素晴らしい舞台だった。選ばれし乙女役の平山素子は、音に精密に合わせた、何者かが取り憑いたような踊りだった。ただ、役の解釈としては、想像していたものとは少々違っていた。トランス状態にはあるが、恍惚感、選ばれたことに対する思いというのが見えず、恐怖に打ち震え怯えきったvulnerableな少女であり、犠牲者という印象が強かった。
群舞についても、異例の長さのリハーサル期間で、復元を担当したミリセント・ホドソンと、フィンランド国立バレエで選ばれし乙女を踊った中川真樹が振付アシスタントとして指導にあたったということもあってよく訓練されていた。
1913年の初演では、観客が暴動を起こしかねないほどの大騒ぎそしてスキャンダルとなったというが、いまだ新鮮さは失われていない。
カーテンコールにはミリセント・ホリゾンと中川真樹も登場。出演者たちはカーテンコールでも内股で立っていて、役から抜けきっていなかったようだ。
さて、会場の共通ロビーでは、薄井憲二氏のディアギレフ関連コレクション、ミリセント・ホドソンによるスケッチ(これが、赤が印象的でとてもかわいくて、ぜひポストカードが欲しい!)、フィンランド国立バレエやジョフリー・バレエで上演された際の写真パネルなど貴重な資料が展示されていて、とても面白かった。

オープニング・ガラ、ヤンヤン・タン&ディアナ・ヴィシニョーワ
「白鳥の湖」より第2幕 ヤンヤン・タン&デヴィッド・アーシー
グラン・アダージオだけだと思っていたら2幕丸ごと、コール・ドつきで上演だったのでちょっと驚く。最初にロットバルトも出てくるけど一瞬だけだったのが残念。振付はオリジナルとのことだけど、プティパ/イワノフ版のもっともオーソドックスなもの。例のオデットのマイムは省略している。大きな白鳥の踊りは4羽で踊るのだが、この振付が大変つまらないもので、長旅の疲れもあって一瞬意識が遠のく。
ヤンヤン・タンは華奢で手足がとても長くスタイルが良いし技術的にはとても精緻。同じ東洋人の顔をしているのに、さすがに際立った存在感があるのがとても不思議な感じがした。特にポール・ド・ブラがとても柔らかい。清楚で、すごく孤独で気高い美しい白鳥だったが、もう少し感情表現を出して欲しかった気がした。デヴィッド・アーシーのサポートはかなり上手。でも白鳥の2幕は王子の見せ場がほとんどないからもったいない。
このコンビではもう一作品。この日だけの上演で、日本では初演となるクリストファー・ウィールダンの「コンティヌウム」。赤い線が奥に光っているだけの暗い照明の中浮かび上がる緑色のレオタード姿の二人。いかにもウィールダンって感じの、ストイックでシャープ、しかしゆっくりとしたテンポの振付。緊張感があり、ヤンヤンの高い身体能力も生かせて素敵だった。
「眠れる森の美女」より3幕グラン・パ・ド・ドゥ
ディアナ・ヴィシニョーワ、アンドリアン・ファジェーエフ
ヴィシニョーワは当初「ドン・キホーテ」だったのが「眠り」に替わってしまって。ドンキの方が向いている気がするのだが。とても丁寧に踊っていて表情も華やかで良かったのだけど、やっぱりオーロラには少し妖艶すぎる気がした。よくみると彼女って、すごく上半身が逞しいのね。背中の筋肉、肩の筋肉がすごい。それがあるから高い技術もあるのだと思うけど。少し水色かかった衣装はキラキラしていて似合っており、とても素敵。でも、せっかくの結婚式のPDDだから、シャンデリアの一つくらい吊るしておいても罰は当たらないと思うのだ。「眠り」の王子はこれまた、ほとんどオーロラ姫のバーのようなもので、ヴァリエーションくらいしか見せ場がない。とりあえずファジェーエフはサラサラの金髪にブルーアイズ、見た目が大変麗しい、(若干寝癖?があったが)絵に描いたような王子様なので、それだけで十分役割を果たしているといえる。サポートも上手だし、マネージュなども後ろ脚がすっと伸びてきれい。
「ラ・ジョコンダ」より「時の踊り」(振付:マリウス・プティパ)
上村未香、貞松正一郎
コール・ドの衣装が朝、昼、夕、夜をイメージした4色に分かれていてとてもきれい。しかしこのあたりで疲れが頂点に達していてまたしても意識を失う。ソリストの貞松正一郎は、ローマ風の衣装で、ジュテも高くて技術的には大変優れたものを持っていると思った。
「ロミオとジュリエット」バルコニーシーン
ディアナ・ヴィシニョーワ、アンドリアン・ファジェーエフ
振付が誰によるものかはパンフレットにも記述なしだが、ラブロフスキー版のようだ。私は3階席の右端だったので、ひょっとしたらバルコニーが見えないかと心配していたのだが、心配するには及ばなかった。なぜならば、バルコニーがなかったからである!
シュツットガルト・バレエによるクランコ版の素晴らしい全幕モノを観てしまったばかりだから、かなり形勢は不利である。しかsヴィシニョーワのジュリエットは思ったよりは良かった。やっぱり妖艶で情熱的なんだけど、精一杯可愛らしく見せようとしているのはわかった。難しいリフトなどは一切なかったけど、二人とも(バルコニーもないのに)丁寧に踊っていた。私はあまりヴィシニョーワが好きではないけど、自分なりのジュリエットを表現しようときちんと踊っている姿を見て、ちょっと見直した。
兵庫県立芸術センター

兵庫県立芸術センターは、西宮北口駅とデッキで直結している。西宮北口の駅前自体、とても広々としていて建物もすべて新しい。震災の被害が大きかったこともあるのだろうけど。
大ホール、中ホールそして小ホールを兼ね備えているのだが、三つのホールの間のロビーのような空間が吹き抜けになっていて、とてもゆとりがある。1階のエントランスは立派だけど駅から来る人はデッキを通じていくのであまり使われないんだろうな。
小さなショップがあって、かわいいポストカードとか、なぜかNYCBのTシャツとか、新書館のバレエカレンダーとか、フェアリーで売っているバレリーナ柄タオルとかグッズが色々と売っていた。
内部は木目調の落ち着いていてシックなインテリア。やはり吹き抜けを多用していており、一面はガラス張りで明るく開放感がある。エレベーターで4階まで上がれる。そして1階だけでなく3階にもビュッフェがあるので、上層階の席になっても下に降りていく必要がないのは便利。有名レストランのイグレッグが入っているのだが、そこのクッキーなどが売っている。ただしコーヒー500円は高い。トイレの数も多く、しかも扉の上部のマークを見ればどこが空いているのか一目瞭然となっている。お手洗いもウッディで落ち着いた空間だし3階ともなると空いていてストレスがたまらず良い。
さて、肝心のホールだが、4階席まであり、1階は28列。横は54席と幅が広い。1階席には行かなかったので傾斜がどれくらいあるかは不明。この会場のコンセプトなのか、ホール内もウッディなインテリアで、さすがに新しいので気持ちよい。私が座ったのは3階席の正面だが一番右端。足元はとても広く、手すりも細くてあまり気にならない。しかし、残念ながらちょっと上手側が欠けるし下手側は見切れてしまう。その代わり、舞台との距離感はあまりなくて比較的近くに感じられた。新国立劇場の3階席と同じような感じだろうか。サイド席は、びわ湖ホールなどと同様、やや斜め方向に舞台を向いているので観やすそうだ。音の響きはとても良いし、舞台はとても広くて奥行きがある。
途中の休憩で気がついたのだが、なんと3階には屋上庭園がある。ただし、喫煙所状態になってしまっているのだが。ホワイエを歩いている分には、光がたくさん入ってきて気持ちよい構造だ。
「本日の当日券はありません」完全にソールドアウトだった。