SWAN LAKE in Paris December 2005

SWAN LAKE一日目(12月14日(水)20時)
ザ・スワン/ザ・ストレンジャー ジェイソン・パイパー
王子 サイモン・ウェイクフィールド
女王 イザベル・モーティマー
ガールフレンド リー・ダニエルズ
執事 アラン・モーズリ−
幼年の王子 ギャヴ・パーサンド
待ちに待ったモガドール劇場でのニューアドベンチャーズ「SWAN
LAKE」 (マシュー・ボーン版)
モガドール劇場はガルニエから程近いモガドール通りにあるのだが、夜になると娼婦が立っていたりと実はそれほど風紀がよろしいところではない。でも、劇場自体は中くらいのサイズながらクラシックなヨーロッパの劇場という感じで雰囲気はある。クロークにコートを預けたらなんと2ユーロも取られた。パンフレットは15ユーロもする。目新しい写真の1枚も無いのに…
私たちはR列なので1階でもかなり後ろの方だけど、この劇場はこじんまりとしているので、舞台からはかなり近い感じがする。オーチャードホールだったら15列目くらいといった感じだろうか。オペラグラスを使う必要はほとんど感じられない。舞台もかなり小さいくて、韓国のLGアートセンター寄りも少し小さいくらい。でも一応オーケストラ付きなのでオケピもある。段差はそれほどは無いので前の人の座高が高いとちょっとかぶってしまうが、オーチャ
ジェイソン・パイパーは良かった。この日はちょっと疲れが見えたのと、王子がいつもはあまり組んでいないサイモンだったので、コンビネーションとしては今ひとつだったかもしれない。が、冒頭の王子のマドに現れるところから、腕がとにかくすごく柔らかくて驚かされた。クラシックダンサーよりも上かもしれない。踊りが、とても完成度が高いし、非常に安定している。スタミナ切れも感じられず、精悍で力強いのに優雅で高潔、成熟が感じられた。以前の"狼"的なシャープな印象は薄れたが、強く雄雄しく美しい。
後ストレンジャーがすごく怖くてテロリストって言葉がぴったり。今までは遊びの部分、軽薄なところも見せて陽気なラテン系のストレンジャーだったのに、3幕の最後で女王と抱き合って高笑いするまではにこりともしなかった。
王子を踊ったサイモン・ウェイクフィールドはロイヤルバレエスクール出身だけあって踊りが美しい。綺麗にアンディオールしているし伸びやかな動きを2幕では見せてくれた。ただし、ちょっと小太りなので、いたいけな面は感じられなかった。パンフレットに載っているプロフィール写真だとほっそりとしてハンサムなのにね。
演技のほうは悪くなかったけど、内向的ですごくダメダメでださくてイケていない王子という感じだった。とにかく内側にこもりがちで。
女王はオカメインコことイザベル。韓国公演で見たときはとても鈍重で、それなのに若い男に飢えている中年女って感じだった。今回も中年女のいやらしさというのを憎たらしいほど発揮していて、それはそれでよいかな、と思った。王子に対しては徹底的に冷淡で、ストレンジャーと踊っているときにはウハウハしている。サイモン王子の母親だったらこんな感じだろう。
幼年王子と木こりのギャヴは相変わらず良い。特に木こりのユーモラスさはもはや芸術品といってもいい。公演直前に怪我をして降板したヘンドリックが女王のエスコートやアフロの男、スワンNo.8で復活したのが嬉しい。ピーターさんは相変わらずビッグスワンでは迫力満点の踊りを、そしてイタリアのエスコートでは最高に可笑しい演技&ひっぱたかれながらのダンスを発揮して目を釘付けにさせた。でも、今回一番目立っていたのは、ビッグスワンを踊った、2003年アジアツアー組のダミエン・スタークだろう。なんてこの人の踊りは美しいのだろう。ほっそりとして優雅な腕の使い方は、女性顔負けである。柔らかい背中、高高としなやかに上がる脚、群舞のどこにいても際立っている。いつかザ・スワンを踊れるのではないかというカリスマ性を持ったダンサーだ。新しい人では、ビッグスワンの一人を踊ったトビーが魅力的だった。やっぱりビッグスワンの踊りは、男性群舞の中でも、とてもパワフルでカッコよくて大好き。
パリの観客は、やはりツボが日本人とは大分違うようで、ストレンジャー登場のシーンやタンゴで女王と王子が入れ替わるところで笑ったりする。ガールフレンドのリアクションや4羽の白鳥の踊りも受けていた。
時差ぼけ、席がやや遠いこと、劇場の空気に慣れないことなどがあって、日本公演の後半ほどの感動は得られなかった。だけど、懐かしい家に帰ってきた、そんな気持ちになった。やっぱりスワンは面白いし大好きだ。あと2回観られると思うと幸せ!

SWAN LAKE二日目 12月15日(木)20時
ザ・スワン/ザ・ストレンジャー アラン・ヴィンセント
王子 サイモン・ウェイクフィールド
女王 イザベル・モーティマー
ガールフレンド アニエス・ヴァンダーポート
執事 アラン・モーズリ−
幼年の王子 ウィル・アチソン
今日のザ・スワンはアラン・ヴィンセント。一昨年の韓国公演でザ・スワンを演じたところ「地を這うようなジュテ」「腹がベッドに引っかかって出てこられなかった」「土俵入りのようなプリエ」「オリヴァー・カーン似」など散々な評判だったお方である。その前評判のせいか、今日は日本人の観客の姿をほとんど見なかった。私たちの前の2列は丸々空席となっているなど、客の入りは良くない。その空席を見つけて移動してくる人が多数。
幼い王子のベッドの上の窓に現れるザ・スワンの影。なんだかとてもでかい。1幕で一瞬だけザ・スワン役のダンサーが後姿で出演するシーンがある。褌一丁で、女王に贈られた彫像としての登場だ。この彫像、ジェイソンが演じるとまさにギリシャ彫刻って感じで美しいのだが、こっちはウエストのくびれがなくてあちゃー、これはオッサンの裸だって感じだった。
ところが、2幕で白鳥を踊らせて見ると、これが案外悪くない。胴体が太いのはまあ仕方ないんだけど、大柄なだけあって腕が長く、しかも意外と柔らかい。跳躍にしても、ちゃんと跳んでいるし、バレエダンサーではないからアン・ディオールしていないもののアラベスクの脚は高く上がっている。この白鳥の場合、足音をさせてしまって問題はないわけだし。力強く男らしい白鳥(というよりは半分人間の半分トリって感じだが)で、これはこれでアリだな、と思った。難を言えばやはりクラシカルダンサーではないので背中が硬いことだが、まあそれを求めるのは酷であろう。頼れる兄貴感が充満していた。王子役のサイモン・ウェイクフィールドもどっちかといえばかなり太めなので、なんというかデブコンビで切なさがちょっと伝わりにくい。4幕でザ・スワンはあまり弱っていなくて、襲われていても死にそうにないように見えたし。でもちゃんとスムーズにベッドの中から出てきたし、俺に任せろ、と雄雄しくスワンズと戦っていて男前であった。しかしこれでは泣けない。
ストレンジャーに関しては、独特のオレ様セックスアピールがあって、個性的だけど魅力的だったのではないかと思う。マシューがアランというダンサーを重用する理由の一つは演技力というのがあるように思えて、ジェイソンが今では決して見せなくなってしまったユーモアも感じられるし、彼にしか出せない色気があったのは確か。
幼年王子&木こり&スクールボーイ&四羽の小白鳥は、今回ニューキャストのウィル・アチソン。小柄でルックスはなかなか可愛らしいし、幼年王子としては悪くないのだけど、木こりの踊りと演技は今一歩か。ガールフレンドは、Agnes
Vandrepote(フランス人だからアニエス?)。前日のリー・ダニエルズが天然キャラの頭の弱そうな可愛さがあるのに対して、もっとお笑い方面に走った、ちょっと蓮っ葉な感じで演技もオーバーだ。そのオーバーな演技は、オペラハウスのシーンでパリの観客に相当受けていた。個人的には、ガールフレンドはちょっと薄幸そうな感じのほうが好き。前回キャストのソフィアのような。
全体的に、1日目がアジアツアーのキャストがほぼそのままなのに対して、新しいメンバーが多かった。イタリアのエスコートはダミエン。ダミエンは踊りは美しいけどイタリアはやっぱりピーターの方が面白くて好き。スペインのエスコートはコーディで、持ち前の顔芸がこれまたフランス人に大受けだった。
4幕のスワンNo.9=とどめスワン、新メンバーのポール・ジェームズ・ルーニーはいまいちだった。やっぱり前日美しいトゥール・ザン・レールで王子にとどめを刺したドミニクの優雅さには到底かないっこない。
そんな感じで、思っていたほどは悪くなかったけど、感動というところまでは行かなくて、それは観客も同じだったようでスタンディングオベーションをした客は昨日よりもずいぶんと少なかった気がする。

SWAN LAKE二日目 12月15日(木)20時
ザ・スワン/ザ・ストレンジャー ジェイソン・パイパー
王子 ニール・ペリントン
女王 イザベル・モーティマー
ガールフレンド リー・ダニエルズ
執事 アラン・モーズリ−
幼年の王子 ギャヴ・パーサンド
そしてついに、SWAN LAKEをみるのも最後の日となってしまった。今日は当初は観る予定ではなかったのに、初日に到着してから窓口で買ったら思いがけず良い席が取れた。睡眠も十分取ったし、腹ごしらえもしたし、用意は万端だ。
この日の王子は、王子役としては初めて観るニール・ペリントン。マシュー・ボーンの「くるみ割り人形」の来日公演でボンボン(フリッツ)やキューピッドを踊っていて、そのときはちょっとベン・スティラーに似ていて、とてもユーモラスな印象が強かった。そんな彼が、この作品での要というか感情移入のポイントと言える王子役を演じられるのだろうか?
しかしニールの王子は良かった。踊りも端正で丁寧だし、何より演技が上手だ。演技のタイプとしては、クリスに近いのではないかと思う。鬱々としている内向的なサイモンとは対照的に、感情を比較的ストレートに素直に出すタイプである。本当は普通の青年なのに、たまたま王室に生まれついてしまったため、様々なプレッシャーに押しつぶされそうになっているという感じだ。女王に対しては一丁前に反抗的なところも見せている。女王からの扱いは、昨日のサイモンに対しての方が冷たく、ニールに対しては母親らしい思いやりが少し感じられた。小柄で細身のため、ジェイソンとのバランスも良い。顔立ち的にも、ちょっとチャールズ皇太子系おやじ入り気味なのがこの役柄に合っている。
4幕、ザ・スワンが白鳥たちに殺されてしまった後の、感情を爆発させたような泣きっぷりも上手で、観ているこちら側も感情移入して涙が出てきた。
しかし、クリスに演技の性質が似ているだけに、クリスの王子が思い出されて、やっぱりクリスの王子は別格といっていいほど素晴らしかったとその幻影が頭をよぎってしまうのである。この日の王子がクリスだったらどんなに良いだろう。
もうザ・スワンは踊らないと言っているジェイソン、彼のスワンを観るのはこの日が最後になるであろう。そして、まさに渾身の演技を彼はここで見せてくれた。王子との相性も今日のほうが良かったし、圧倒的な力が全体的にみなぎっていた。2幕の登場シーンでの神々しいまでの輝き。聖なる野獣だったのが、もはや野獣ではなく、美しい肩から白い翼が生えているのが見えるほどだ。腕の動き一つとっても、波打つような滑らかなしなやかさ。鋭い視線。去り際に王子に振り向いたときの片脚バランスの長さと安定感。柔らかい野のシャープなキック。いつの間に彼はこんな高みに上り詰めてしまったのだろうか。そして、これは滅び行くものだけが持つ美しさであるということに気付いてしまった。
ジェイソンの白鳥は、予め自分の先が長くない、王子と出会ってしまったからには、待っているのは死であるということを知ってしまっている。残された短い生の中でいかに光り輝くか。そして王子を輝かせるか。その決意がザ・スワンの踊りの中に見えるから、ますます孤高の輝きを放つのである。ジェイソンの一つ一つのパを観るだけで、思わず涙ぐんでしまう。2幕はいい踊りがたくさんあるけれども、私はコーダが一番好きだ。(その次にはビッグ・スワンの踊りが好き)ザ・スワンと王子の魂が共鳴し、高まっていくクライマックス。そしてザ・スワンが「オレについてきているか」と王子に振り返る慈愛に満ちた視線。つられて王子もとても美しく踊るのだ。ニールとジェイソンは見事な対になって、素晴らしいハーモニーを奏でていた。二人とも背中が柔らかく、腕も脚も後方へすっと伸びて美しい弧を描いていた。このコーダはこうでなくっちゃ。
3幕でザ・ストレンジャーとして登場したジェイソン。一昨日と同じく、ほとんど笑わない、スナイパーのような目をした、黒い影のような異邦人。純真な王子はたちまち魅入られたように射すくめられてしまう。各国の姫君たちは吸い寄せられるようにストレンジャーと踊るが、相変わらずストレンジャーはにこりともしない。たとえばハンガリーの王女との踊りでは、王女はストレンジャーの革パンツをぴしゃりと叩く。今までだったらジェイソンは叩かれた尻を見てから観客の方を向いてにやりと笑うのだが、にやり笑いは消えていた。本当にストレンジャーは王女たちには全然関心は無いんだな、ってわかる。彼はこの舞踏会に送り込まれたテロリストであり、標的は王子だけなのだ。女王にだって、実はぜんぜーん興味はない。女王とストレンジャーとのパ・ド・ドゥは、女王が一人で陶酔していてとろけそうになっているけどストレンジャーはクールそのもの。そういえば、ここの振り付けはアジアツアーのとは変わった気がする。イザベルの演じる女王が重いのか、リフトが以前のような、女王を逆さまにするような高さではなくて控えめなものに変えられているのだ。
全然笑わない、冷酷なストレンジャーは、でも実は自分の弱さや底の浅さを隠すために虚勢を張っているような印象も与えた。銃を持つ人間は、恐怖があるから銃を持つのと同じで、攻撃は最大の防御とばかり、ストレンジャーは精一杯恐ろしいセクシャル・テロリストの振りをしている気がした。彼は、王子の純真さ、無垢さが怖かったのだ。だからこそ、王子に対してあんなにアグレッシブに振舞ったのかもしれない。ストレンジャーは、実はそんなに悪い人ではなくて、悲しい存在なのだ。
ストレンジャーと王子のタンゴでは、日本公演のときのようなサディストぶりは息を潜めているが、突き放したような冷たさと容赦のない攻撃性が感じられて、王子がかわいそうでたまらなくなる。見事にストレンジャーが女王を誘惑することに成功し、キスをしたところへ割って入る王子。日本公演のときにニール・ウェストモーランドなどは乱れた服装と髪で登場したが、こちらのニール(・ペリントン)はあくまでもきちんとした折り目正しい外見をしているのが、さらに切ない感じだ。そこへぞっとするような高笑いを見せるストレンジャー。
昨日、一昨日とちょっと大人しいかな、と思っていた男女対抗群舞合戦だが、この日はメンバー一同かなり弾けていた。前二日間はあまり大きくなかった「うぉ〜」というかけ声も出ていたし。ここはやっぱりノリノリじゃないとね。クールなストレンジャーもここではノッていた。アランのストレンジャーはあまりここ、ノリノリじゃなかったのだ。
精神病院に担ぎ込まれた王子。かわいそうなくらい怯えていて、小さな体がますます小さく見える。「なんで僕にこんなことをするの」と激しい悲しみを見せていた。手術をされてしまって、横たわる王子を見つめる女王はちょっと心配そうだが、でもしかたなかったのよね〜って感じで母親らしい優しさとは無縁の様子。
ついに4幕になってしまった。ベッドから這い出るジェイソンの傷ついた姿がどうしてこんなに美しいのだろう。肉体だけでなく、精神までも完膚なまでに痛めつけられている。傷ついた獣の中にある絶望的にやるせない愛がこめられた視線の優しさ。残された力を振り絞って立ち上がり王子を守ろうとするが引き離される。なす術もなく襲撃され傷つけられている王子を見て、地団駄を踏んで悔しがる。すでにここでザ・スワンは泣いていた。倒れた王子をくちばしで引きずり、頬を摺り寄せ、死んだと思って慟哭する。まだ息があった王子とザ・スワンが身を寄せ合い心を通い合わせるところで流れる温かい感情が好きだ。チャイコフスキーの白鳥のテーマ「情景」が流れ、白鳥たちが一羽一羽ベッドの上に飛び乗って恐ろしい群れを作る。その群れとユニゾンとなって翼を上下させるザ・スワン。そう、ここでザ・スワンの肩から再び羽根が生えるのが見えた。折れて羽根が抜けてボロボロにはなっているけど、しかしそれでも力強くはばたいている。力強さと傷ついた面を同時に表現するのは非常に難しいことだと思うけど、それが唯一できるのがジェイソンのスワンだと思った。
ベッドの上に追い詰められ、聖セバスチャンのように磔になったザ・スワンはここで再び真っ白に輝き、強い光を放ったかと思ったら王子の方に手を伸ばしながらも燃え尽き消えていった。
放心したように宙を見つめながらも、残されたわずかな力でザ・スワンの姿を求めた王子。その必死な姿に思わず涙が一筋目を伝う。だが、その生命の灯火はスワンNo.9のドミニクの一撃で消えた。
カーテンコールのジェイソンとニールは、素晴らしい舞台を踊り終えた満足感で、とても幸せそうな顔をしていた。はしゃぐわけでもなく、ただただ、いいパフォーマンスができたことの嬉しさが感じられる顔を見られたのは嬉しい。そして他の出演者もみな、とても嬉しそうだった。観客も皆立ち上がって素晴らしい演技を称えた。
パリでこのような素晴らしいパフォーマンスが見られてとても幸せだ。しかし、あまりにも完成度の高い舞台なので、立ち上がれなくなるほど動揺するとか、憔悴するといった気持ちにはならなかった。もしかしてこれ以上すごいSWAN
LAKEを見ることはないのかもしれない。ジェイソンの踊りはこれ以上のことはないというくらい完璧で、一点の曇りもないザ・スワン、ザ・ストレンジャー像を確立した。おそらく彼も、もはやこれ以上のパフォーマンスはできないと考えていたのではないか。そして、やっぱり、首藤さんやクリス相手でも見たかったという思いを新たにした。もちろん、ニール・ぺリントンの王子もとても良い。だがパートナーシップとエモーションいう意味では、首藤やクリスとのほうが優れていたと思う。だから、満足はできたけど、心が震えるほどの感動はここには無かった。いつか、ジェイソンが三度ザ・スワンに返り咲いて、クリスと踊ってくれたらなあ…。

