今年もハマリました!とりあえず2桁の回数は観る予定なので、随時アップします。
English Version of the review
「白鳥の湖」トリビア
Christopher Marneyに夢中!
韓国公演キャスト表
The Swan / The Strangerザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jason Piperジェイソン・パイパー
The Prince王子 Christopher Marney クリストファー・マーニー
The Queen女王 Nicola Tranahニコラ・トラナ
The Private Secretary執事 Alan Mosleyアラン・モーズリー
The Girlfriendガールフレンド Sophia Hurdleyソフィア・ハードリー
The Young Prince幼年の王子 David Rhys デヴィッド・リーズ
クリス王子を見るためだけに、1公演のためにわざわざ神戸まで足を運んだ人もいたくらいで、今日もクリスの日だった。本当にクリスは素晴らしい。一旦彼を観てしまうと、目が離せなくなってしまう。登場した時は素直で普通っぽい男の子。ガールフレンドにキスされて、唇を拭うけどとても嬉しそうだし、母親に交際を反対されるとムキになって怒るどそんなイノセントで純粋な青年が、どんなに求めても母の愛を得られず生きる希望をなくしていく。母親の愛を求めて拒絶されても、歩み寄ってくる母の姿に一瞬喜ぶけど、しゃんとしなさい!と叱られしょんぼり。繊細な彼の心が自分のことのように伝わってくる。
バーを追い出され、ガールフレンドの裏切りに深く傷つく王子。いつ見ても、ここでのクリスのソロが悲しいほど美しいことに心を打たれる。王子の悲しい気持ち、この世の中で誰にも必要とされていないんじゃないかという苦悩。その思いをこめながらも、この世界から飛び立ちたいともがく苦闘の形跡。高く飛ぶことはできないけれど、それでも指の先までぴんと伸ばし、アラベスクはあくまでも美しく、背中や腕の関節は柔らかい。技術的な面を見せつけるような振付ではないけど、身体能力と表現力が求められるところで、難しい技も、いとも簡単にこなしているクリス。
王子は2幕の始め、スワンクバーの前に佇み白鳥たちの幻を見る。苦悩に沈んだ表情の彼の背後に白鳥たちの幻影が現れ、王子は腕を前に差し出す。このシーンに限らず、王子は腕を差し出す仕草を反復する。伸ばした手で何かを必死につかみ取ろうかとするように。少しだけ、王子は微笑んだように見えるが、再び曇る。
ザ・スワンが登場して、おずおずと白鳥に近づく王子。ワイルドで獰猛なザ・スワンに怯えながらも、はやばやとスワンの動きを模倣する。ザ・スワンと王子が接近し、王子が少し遅れて模倣する動きが交錯するさまがとてもスリリング。クリスのダンスの流れるような美しさは、王子が人生の中で初めて出会った美、それを感じた喜びを象徴するものだろうか。ザ・スワンという自由で力強い生き物を知って、彼に憧れ、少しでも近づこうという気持ちが感じられる。ジェイソンのメリハリがあって肉体性を感じさせる踊りに対し、クリスはしなやかで端正で柔軟かつ優雅だ。王子のノーブルさと初々しさを感じさせる。ちょっと前まではカッコいいジェイソンにばかり目が行っていたのだが、今日はクリスから目が離せない。
大きな白鳥の踊りを踊ったのは、レイン・ド・ライ・バレット、サイモン・ウィリアムズ、クリス・キーリー、グレン・グラハム。レインかグレンの代わりにピーターが入ると最強ビッグスワンって感じなのだが、でも今日のビッグスワンも力強く100%のパワーを出し切っていて、見ているだけで泣きそうになった。特にサイモンのスワンがダイナミックでいいね。
そして2幕のクライマックス、コーダ。晴れやかな表情の王子はザ・スワンとユニゾンで踊る。時々「ついてきているか」とザ・スワンが振り返るのが兄貴っぽくて、すごく泣ける。コーダのラストでクリスが見せるジュテ・パセ・アン・ナリエール(いわゆるえびぞりジャンプですな)が、これまた驚異的だった。一瞬のうちに体が柔らかく後ろに反り、すっと後方に伸びた脚が腕の上まで綺麗に上がっているのだから!そのあまりの美しさに、涙が止まらなくなった。優しく王子に視線を送るザ・スワン。ザ・スワンが飛び去った後も、王子はまっすぐ体を伸ばし、2幕の最初のシーンと同じように右腕を前に伸ばし、必死に何かをつかもうとしている。それとも、つかみ取れたのだろうか?
幸せに打ち震え、笑顔を見せる王子。でも、そのこぼれるような笑顔には、どこか必死さと悲しさ、切なさも湛えられていて、胸が締め付けられそうだ。歓びを体中で表現し、遺書を破り捨てて飛び上がるその姿には、来るべき悲劇の予感が漂っている。
3幕。今回は舞踏会の出席者を演じるダンサーたちのキャストが大幅にシャッフルされていた。いつもはドイツの王女を演じている長身のエリザベス・ミシュラーがエッチなイタリアの王女。(エリザベスはスタイルが良くて美人なのだが、イタリアの王女の時のメイクはちょっとおかまっぽい)。メリアムが怪我をしているらしく、蛾の精とフランス王女はピア。
クリス王子は母のことが大好きなので、母と一緒に踊れるのも嬉しくて仕方ない。でも、ここでも母親にダメ出しをされる。さらに、先日彼を裏切ったガールフレンドが招待されてもいないのに、図々しく出席している。ニール王子だったら「ぼくに近寄るんじゃない、クソ女」って感じなのだが、クリスだと「どうしてぼくにあんなにひどいことをしたのにここに来ているの?」と悲しげに怒っている感じだ。そして王子は、思わずザ・スワンの姿を来客の中に探してしまう。そんなところへ、ザ・ストレンジャー登場。彼の姿を見つけて、雷に打たれたようなショックを王子は受ける。彼から目を離すことができない。しかし、姿かたちはザ・スワンに似ているものの、このザ・ストレンジャーは天使の姿をした悪魔であり、魅惑的な笑いを浮かべながら、あけすけなエロスでその場にいる者全員を誘惑していく。心乱される王子。しかも母親はまた例によって男癖の悪さを発揮し、フランスのエスコート(これがまた、詰襟の高校生みたいな若いドミニク・ノース君が演じているのだから余計やらしーって感じ)とともに奥の部屋へと消えていく。母が若い男喰いまくりなのはもちろん前からわかっていた ことなんだろうけど、ナイーブな王子はそのたびに深く傷つく。
そしてなんとこの日、憤然としたクリス王子は母親に対抗すべく、フランスの王女の手を取って奥へと消えた。まさかそんなことをするとは…。
この日のジェイソンは体調が悪そうで、特に3幕ではいつもの軽やかで邪悪な笑いを浮かべつつキビキビとした動きが見られない。スペインの踊りの時には、いつもはジェイソンのストレンジャーが茶々を入れたり、投げキッスを投げたりするのが楽しいのだが、舞台袖に姿を消してしまっていた。
ただし、チャルダッシュの時のガールフレンドとの踊りはとてもよかった。このシーンでは、ガールフレンド役のソフィア・ハードリーの演技力が際立っている。ガールフレンドは本当は王子のことが好きで、お金のために彼を騙してしまって本当に申し訳なく思っている。なんとかして仲直りをしたい。でも、王子は彼女のそんな気持ちを受け容れてくれない。ストレンジャーに無理やり引きずられて踊らされ、意に反して王子の目の前で誘惑されキスされる。王子に向けて「助けて」と手を伸ばしてもそれは届かない。心は王子の方を向いているのに体は裏切っているのが見えるのが悲しい。
王子の方はと言うと、ガールフレンドのそんな気持ちなどまったく気がつかずに、ただただストレンジャーへ目が釘付けになっている。ガールフレンドを弄ぶストレンジャーは、そのことによって同時に王子の心も踏みにじっているのだ。王子は「どうしてこんなことをぼくにするの?あなたはあの時の白鳥だよね。それなのにどうして?」とその大きな瞳で泣きそうな表情を浮かべている。
女王とストレンジャーの踊り。黒鳥の曲に乗ってのダンスは、ホセがとても淫靡に色っぽいのに対して、ジェイソンはかっこいいんだけど明るすぎてそんなにセクシーではない。ジェイソンがストレンジャーを演じる時は、どちらかといえばニコラ女王の動きに注目してしまう。ニコラのここでの動きはあだっぽいのに優雅で、見とれてしまう。誇り高く、若い男性と火遊びをしても決して本気にはならない彼女が、恋に舞い上がってうっとりと身を任せている。待ちきれないわ、とストレンジャーの上着を脱がせる。そんな母親とストレンジャーのダンスを部屋の片隅で心震えながら見守る王子。
そして王子とストレンジャーのタンゴのシーン。ここは本当にゾクゾクさせられるところだ。ストレンジャーは時には優しく、王子に寄りかかるように誘惑しながら、いざ王子が向かってくるとアグレッシヴに牙を剥く。王子の腕を捻じ曲げてするりと身を引く。ジェイソンのストレンジャーは、首藤王子にはひどく残酷だがクリスに対しては少し優しい。だが、この少しの優しさがかえってクリス王子にとっては仇となる。ぼくに優しくしてくれた、ぼくの想いに気がついてくれたと思った瞬間手のひらを返したように冷淡に接して、彼をどん底へと突き落とすのだから。「どうしてぼくにこんなにひどいことをするの」クリスの王子はいつも質問してばかりだ。なぜ自分の頭の中にこんなにたくさんの疑問符が満たされるのか、わからない。そしてこの疑問符に押しつぶされて、彼は壊れていくのだ。そんなときでも、ストレンジャーに乱されてしまった自分の服装の乱れを直そうとする折り目正しい彼である。額に線を引き「オレがあの時の白鳥だよ」と王子を見るストレンジャー。だが、あのニヤリとした悪魔的な笑いがなかった。ただ、白鳥の動きを模倣しながらもアグレッシヴに、まったく別人の死 神が踊っているかのように動いて見せているところはさすがである。
王子は舞踏会の出席者たちに散々笑いものにされるが、嘲笑されたことより、ストレンジャーが彼を傷つけいたぶったことが彼を苛み、悲劇の引き金を引かせる。
ニコラ女王の優雅で色っぽく、匂いたつように美しいアームスが印象的な踊りに続き、男女対抗ダンス大会。ジェイソンやっぱり調子悪そうだ。いつもなら彼のやんちゃな魅力が発揮されるこのシーンでの精彩がない。でも精一杯一生懸命に踊っているのは見て取れる。足を次々とテーブルに掛けて女王をリフトするところでは、何故か涙が出た。これぞプロの仕事、という根性を見た気がしたからだろうか。
4幕。クリスの凄さはここだ。日本での最後の公演だったということもあるのか、渾身の演技である。
パジャマ姿で精神病院に閉じ込められた王子。彼はなぜこんなところに連れて行かれたのか、理解できない。クリスの王子は狂っていないのだ。ちょっと混乱していただけ。母の姿を認めると、子供のように擦り寄っていく。優しい母の表情になった女王は、しかし執事登場とともに厳しい女王の顔に戻り「やっておしまい」と看護婦軍団や執事にロボトミー手術を命じる。「ママ、どうしてこんなことをぼくにするの」と泣きじゃくる王子。途中で女王は、なんてことを私はしてしまったの、と嘆くがあとの祭り。「どうして?」と疑問符を抱えたまま王子はよろよろとベッドへ。
ベッドの上で目覚めた王子は、ベッドの上を転げまわる。冒頭、まだ幼い王子が白鳥の夢を見て激しくうなされている、その様子を思い出させる。王子は子供へと還って行く。今までの短い人生を、逆回しに再現するように、体じゅうの関節を使ってクリスは表現する。混乱の中に見せる微笑みのなんという悲しさ。何物かが彼の体を縛り付けている。それを振りほどこうと王子はもがくのだが、もがけばもがくほど見えないロープは彼をがんじがらめにする。それが人間の動きとは思えないほど、色んな方向へとぐにゃりと曲がる王子の体。傷ついたザ・スワンがベッドの中から這い出した時、ふと、そのロープは切れるのだった。驚きのあまり、エクソシスト歩きで上手から下手へと猛スピードで王子は移動する。
そしてザ・スワンの、深い悲しみに包まれた瞳。ふたりに残された時間は、わずかしかないことを物語っている。
ジェイソン・パイパーの魅力の多くは、彫刻のような肉体美とともに、彼のシャープなのに時として慈愛、深みを感じさせる眼力がもたらしているのだと思う。2幕のワイルドで聖なる野獣のような、高貴な野生を宿したジェイソンスワンにはたまらない魅力があるが、4幕の瀕死のジェイソンの悲しみを宿した瞳には、胸の奥底深くに眠る感情を刺激してやまない、幾千もの言葉を連ねても表現できない、あまりにも悲しい美しさがこめられている。
青白く輝く肉体に刻まれたいくつもの傷。ザ・スワンは弱った自分の姿を王子に見られることを恥じているかのようだ。王子に生きる歓びを教えた、強く雄雄しいザ・スワンはここにはいない。ザ・スワンは、こんな姿にされてしまい、そして死ぬことを恐れている自分を王子に見て欲しくなかった。だけど、そんな彼に王子は子供のように擦り寄って、その脚にすがりつく。ここでザ・スワンも、そして再びザ・スワンに会えた王子も安堵する。しかしそんな一瞬の安らぎは、白鳥たちの攻撃で断ち切られる。ザ・スワンから引き剥がされる王子はベッドから転げ落ちる。ザ・スワンも王子もお互いの手をつかもうと腕を差し出すが、ギリギリのところで届かない。白鳥たちに攻撃され弱っていく王子を見ても、自身が弱っていてどうすることもできないザ・スワンは、まるで自分自身が切り裂かれ痛めつけられているかのように苦しみ、ベッドの上で激しく悔しがる。残された力を振り絞って白鳥たちを蹴散らしたザ・スワンは、王子が動かないのを見て彼が死んだのではないかと思い、天を仰ぎ涙を流し崩れ落ちるように慟哭する。王子が彼に向かって這い出す。ザ・スワンは王子を堅く堅く抱きしめる。 クリス王子は赤ちゃんに帰ったかのように、穏やかな表情だ。
しかし、一羽、一羽とベッドの上に白鳥たちが飛び乗っていく。シャーっと威嚇するコーディの白鳥。白鳥たちの群れとザ・スワン、対峙する彼らの翼の動きがユニゾンとなって、鳥肌が立ちそうなくらい美しくも恐ろしいシーンだ。ザ・スワンの最後の飛翔は、もうわずかしか残されていない力を振り絞って、王子を守るために戦う姿である。ザ・スワンにとって王子は自分の中の無垢な部分を象徴するものであり、王子を失うことは自分の体が引き裂かれてしまうことを意味しているのだ。それは王子にとっても、同じこと。ザ・スワンはいつしか、王子自身の一部となっていたのだ。同じ人間としてありえないと思えるほど、クリス王子は体をよじり、色んな方向に捻じ曲げてのた打ち回る。
戦う前からひどく痛めつけられていたザ・スワンは、磔にされたキリストのように大きく翼を広げたあと、どんどん弱っていき、白鳥たちに羽根をむしられ噛み付かれ、王子に「君を守ることができなくて本当にごめんね」とあふれるばかりの愛をこめながらも悲しく苦しげな表情を浮かべ、ベッドの中に沈んでいく。まるで咲き誇る大輪の花が一気に散っていくように。ジェイソンの体が力強く美しいほど、その若く美しいものが死んでいく姿が無残で悲しい。
火がついたように号泣し始める王子。こんなにも激しい悲しみを舞台の上で観たことがあっただろうか。大粒の黒い涙を滝のように流し、体をよじって全身で泣いている王子は、スワンの名前を叫び、狂ったようにベッドの周りやベッドの中を、ザ・スワンの姿や残り香を求めて探し回る。ザ・スワンというのは王子にとっては生きることのすべてを意味している存在だった。そしてザ・スワンとは彼自身のことでもあった。ベッドの上に佇んで体中の水分を流しきった王子は、「そうだ、死ねばスワンと一緒になれる」ということに気がつく。彼は再び、右腕を前に差し出す。あの世へと旅立ったザ・スワンに連れて行ってと求めているように。そしてクリスは、日本公演で初めて、死を目の前にして一瞬穏やかな微笑を見せる。キラースワンにとどめを刺されたとき、満足そうな、子供が眠っているような顔で彼はこの世に別れを告げる。死というものがこんなにも幸せであったということは、なんと悲しいことだろう。ここでのクリスの、心境の変化をつぶさに見せる内省的な演技が素晴らしい。
私も、自分の体中の水分がなくなってしまうんじゃないかと思うほど、泣いた。体の中に泉があって、そこからこんこんと湧いてくるように涙がとめどなく流れ落ちる。階段も上がれないほど憔悴しきった。
全身全霊で、持てる力と感情をすべてを出して、この役を演じきったクリスとジェイソンに乾杯。
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The Swan / The Strangerザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jason Piperジェイソン・パイパー
The Prince王子 Yasuyuki Shuto首藤 康之
The Queen女王 Nicola Tranahニコラ・トラナ
The Private Secretary執事 Alan Mosleyアラン・モーズリー
The Girlfriendガールフレンド Sophia Hurdleyソフィア・ハードリー
The Young Prince幼年の王子 Gav Persandギャブ・パーサンド
昨日のマチネも最高だったけど、今日のも素晴らしかったよ!もう神が降りてきたって感じ。もう死んでもいいかも、と思ったほど。
1幕。首藤王子はひりひりするような緊張感、焦燥感の持ち主と見受けられた。登場シーンで手を振るところの、魂ここにあらずという表情。贈り物の彫像(実はザ・スワン役がふんどし一丁で演じている)を目にした時の驚きと戸惑いの混じった表情。女王が今夜のお相手を品定めする時の怒りがこもった傷ついた表情。寝室での母親=女王とのパ・ド・ドゥはものすごく悲しい。王子も、女王も、お互いへの愛情をどうやって表現すればいいのかわからない。王子はすがりつくように女王を激しく求める。しかし心はすれ違うばかり。前回の首藤王子を観た時も思ったけど、彼が演じた時が一番背徳的でエロティックで熱情を感じさせる。首藤の王子は一見自信なさげでおどおどしているように見えるが、すっと伸びた背筋と強い瞳の輝きで、折り目正しく凛としており、内に強い意志を秘めていることが見受けられる。母に拒絶された時の深く傷を負って復讐心すら感じさせる瞳。
スワンクバーを追い出された後のソロは相変わらず恐ろしく美しい。クリスが演じている方が内省的な感じで王子の役柄に合っているのではないか、と思えるのだが、王子自身が意識していなくとも内面に持っている美しさがあふれ出ているシーンだ。
さて、まずこの王子が素晴らしいと思ったのは、この後のシーン。暗闇に一人佇む王子の後ろに、翼をはためかす白鳥たちのシルエットが浮かび上がる幻想的で美しい場面だ。ここでの演技は、3人の王子が三様でとても面白いと思うのだが、首藤王子の張り詰めたような、思いつめて崖っぷちに立っているかのようなぎりぎりな感じが、ずしんと胸に響く。ぼくを受け容れてくれるところはこの世のどこにもないと訴えかけているようだ。2幕は、王子の死に際に見た夢なのかもしれない、とこのシーンですでに訴えている。遺書を書く手がぶるぶると小刻みに震えている。感情の奔流が激しい王子は、震える手で書きなぐるように素早く別れの言葉を書く。そして入水自殺しようとした瞬間…。
ザ・スワンが飛び出してくる。ジェイソン・パイパーのザ・スワンは目の光が鋭く、ステージをまさに"走る狼”のように駆け抜けていく。振り返って王子をにらみつける。
鳥というよりは半獣半人の、ギュスターヴ・モローの絵画「オイディプスとスフィンクス」のスフィンクスを思わせる、神話に出てくる魔物のような、野獣的なのに神秘的な美しさがある。
群れのリーダーではあるが、他の白鳥たちとは明らかに違う種族であるのがわかる。ザ・スワンは「レダと白鳥」の白鳥のように、ギリシャ神話の神が白鳥にその姿を変えて人間を誘惑しているようだ。
その美しさに初めは畏れおののく王子。白鳥たちの群れに威嚇され、異界にさまよいこんでしまったことに怯えている。夜の公園が異界か魔界に思えてくるのはこのジェイソン/首藤のコンビのときだけかもしれない。それは、首藤という孤独感、異物感のあるダンサーだからこそ実現できて作り上げることのできた世界観だろう。
やがて少しずつザ・スワンと王子の心が触れ合い始める。力強く戯れる白鳥たちを見て、ザ・スワンに挑発されるように導かれて王子は自分の中に眠っていた美しさに目覚める。一羽で踊るザ・スワンの野生の、生命力を感じさせる躍動に惹きつけられるうち、おずおずと、模倣するかのように王子も踊り始める。1幕の地を這うような踊りとは対照的に、天に近づこうとするイカロスのごとく舞い上がる。
ジェイソンと首藤の踊りはまったく異質のものだ。腕や上半身が柔らかく、手先まですっと伸びてしなやかな首藤。一方でワイルドで肉体性を感じさせて躍動する力と官能に満ち溢れていながら、同時にとてもイノセントでピュアな精神性が宿っているジェイソン。異質の二人の踊りが奏でるハーモニーは、まったく違う世界に存在していた二つの魂が共鳴しあう様子を表しているかのようだ。二つの魂が響きあい、コーダでは見事なまでにシメントリーな動きを見せてくれるまでにいたる。
首藤の踊りが素晴らしいのは言うまでもないことだ。だが、驚いたのはジェイソンの進歩。ヴァリエーションでの弾むような、生き生きとぴちぴちとした動きを見て、彼はザ・スワンの新しい地平を切り開いたのだと確信した。流麗な首藤とは異なり、一挙手一投足に溜めがあり、それが彼の存在感に重みとカリスマ性を与えている。ぴんと張り詰めた筋肉。リズム感。小柄なジェイソンだが、他のどの白鳥にも似ていなくて際立った魅力がある。さらに王子を見つめるその視線!背筋に電流が走りそうな色気と、少年のような純粋さ。王子とザ・スワンの間に流れる感情は、お互いへのリスペクトの気持ちがこもった愛なのだと思う。クリス王子に対するジェイソンは兄貴のような、brotherhoodに近い感情で、もっとやんちゃな番長みたいな感じだったのだが、今回はザ・スワンも王子に対して対等の感情を持っているところが見て取れた。それに答えるように、途中から輝くばかりの笑みをこぼす王子。
コーダで、いつもジェイソンは王子を何度も振り返って視線を送る。ぼくについておいでよ、という暖かい気持ちが感じられて、そこがすごく好きだ。スワンたちが去った後の王子の至福の表情。体中が幸福感に打ち震えているかのようだ。遺書を書いたときと同じ場所にいるのに、その佇まいの差はなんだろう。同じ人間とは思えないほどだ。
そして3幕。王子は、この宴に誰がやってくるのか気になって仕方なくて落ち着かない様子。そこへ黒い天使、白鳥に瓜二つだが悪徳の匂いを漂わせたストレンジャーが舞い降りる。その鋭い魔性の視線に王子は射すくめられ、静かに狂い始める。
ジェイソンのザ・ストレンジャーは舞踏会をかき乱すことを一つのゲームとして捉え、どれだけ自分が愉しめるかを第一に考えている。本気で女王や王子を誘惑して落とそうなんてこれっぽっちも考えていない。ただただ、自分の魅力にどれほどの人たちが惹きつけられるかを見て、同時に身分の高い着飾って気取った男女が欲望を剥き出しにするか、その仮面を引き剥がされた姿を暴露して笑っている。
しかし、彼の人懐っこい笑顔は天使そのものだ。ありあまるほどの陽性の魅力をパーティ中に振りまいて、誰もを夢中にさせてしまう。ハンガリーの眼帯王女はサディスト的な嗜虐趣味を発揮し、ドイツの王女は押し倒されて唇を求める。ルーマニアの王女は彼の股間から胸にかけてタッチし、身をくねらせる。イタリアの王女は
脚を舐めさせストリッパーさながらのエッチな舞いをテーブルの上で見せつける。
彼女たちの欲望にちゃんと応えながらも、愛嬌を振りまきながらも、彼が唯一本当に気にしているのは王子のことだけ。女王が若い男を寝室に引っ張り込んでいることを知っているザ・ストレンジャーにしてみれば、彼女を落とすことなんて朝飯前だし、それは王子を陥れるための策略の序曲に過ぎない。
ロシアの曲でジェイソンが、3人の王女とそれぞれ踊った後に見せるソロ。ここにザ・ストレンジャーの魅力が凝縮されているといえる。曲は違うが古典版で言えば黒鳥のPDDでのオディールのヴァリエーションに該当する個所だ。
彼のダンスは決してバレエではない。ごく短いソロの時間のうちに持てる魅力の全てを爆発させ、その場にいるものすべてを魔法にかける。シャープな腰のひねりとグラインド。リズミカルで軽やかなステップ。悪徳と美徳の混じった、不敵なのに愛嬌のある笑み。慣れた手つきの投げキッス。スパニッシュ・ダンスでもリズムに合わせて手拍子を送る遊び心と茶目っ気があるのが、ジェイソンの魅力の一つだろう。
一方、首藤王子は、ザ・ストレンジャーに気付いた瞬間から、彼から目が離せなくなっている。愛しいザ・スワンの面影を感じながらも、胸騒ぎが押さえられない。母親の厳しい視線にびくびくしている。パーティの主役のはずなのに、王女たちはうわべを取り繕いながらもよそよそしい。その上、その母親がスパニッシュ・ダンスの間に若い男、フランスのエスコートを寝室に引っ張り込んでいるところを目撃してひどく傷つく。首藤は脆く傷つきやすい、でも精一杯背筋を伸ばして優雅に振舞わなければならない王子の悲哀を体現している。チャルダッシュでザ・ストレンジャーはガールフレンドの手を強引に取り、王子はフランスの王女と踊る。が、王女のことなど眼中になく彼の目はザ・ストレンジャーの一点に集中している。それをわかっていて、ガールフレンドと戯れながら、死の天使のような禍禍しくもあり崇高ですらある妖しい視線を王子に送って挑発するジェイソン。王子を手玉に取ることなんて、赤子の手をひねるよりも簡単だと言わんばかりに。彼にとっては、怖いものなんてこの世に一つもない。だって、彼は死の天使なんだから。
女王とザ・ストレンジャーのパ・ド・ドゥ。黒鳥のPDDの曲に乗り、手袋を脱ぎ捨てて白くしなやかな腕を露にした女王。さっきエスコートと満足度いっぱいの表情で戻ってきたばかりなのに、ここでさらにエロさを満ち溢れさせ、女としての自信たっぷりに振舞っている。ザ・ストレンジャーの上着を脱がせる仕草の色っぽいこと。だが、ザ・ストレンジャーに完全に魅入られて理性を失ってしまっていることに彼女は気がついていない。空高く舞い上がり、しまいにはくるくるとテーブルの上を回らされている女王。内面のエクスタシーを象徴させるようなシーンだ。そんな時もザ・ストレンジャーは余裕たっぷりで、女王を手のひらで遊ばせるお釈迦様とでもいうべきか。
この幕のクライマックスは、王子とザ・ストレンジャーのタンゴ。優しく王子に微笑みかけたかと思うと、次の瞬間には驚くほど冷酷に王子をあしらい、いじめる。どうしてぼくにこんな思いをさせるの?と思いつめた瞳で聞き返す王子。アグレッシヴに、攻撃的なステップを踏み王子の心をズタズタに引き裂くストレンジャー。追い討ちをかけるように額に黒い線を引き「オレはここにいるよ」とにやりと笑いながら白鳥のしなやかで強靭な振りを見せる。禍の神が降臨した瞬間だ。タンゴのシーンは完全に王子の妄想の場面だが、自分で自分自身のことを傷つけずにはいられない王子の悲しさ、居場所のなさ、よるべなさが伝わってくる。首藤の限界いっぱいまで思いつめ、傷つき苦悩する表情を見るにつけ、ガラスの心が砕け散る音が聞こえた気がした。
ザ・ストレンジャーは王子に対して容赦なく、ひときわ手荒く接する。それなのに、時々王子に身を預けるようにもたれかけたり、熱い視線を送ったりするものだから王子は激しく混乱する。天使と悪魔の二面性を同時に露にした存在に、さらにザ・スワンの姿が二重写しになる。王子には、愛、苦悩、誰にも理解されない孤独や悲しみ、母親に裏切られた気持ち、自己嫌悪…いろいろな感情がいっぺんに押し寄せてくるのが見える。ついに彼は母親に銃を向けるにいたるのだった。ガールフレンドが王子をかばって射殺され、引きずり出される王子の目に映ったのは母親と抱き合い、不敵にほくそえむザ・ストレンジャー。
ニールやクリスが演じた王子と違い、首藤の王子は狂気に陥ってからも服装の乱れが少なく折り目正しく、背筋がきちんと伸びていてしゃんとしてる。心の底からの苦しみにのた打ち回っている時ですら、ナルシスティックなまでに優雅で美しい。だからこそ、その千々に乱れ引き裂かれた脆い精神性が際立ってくる。怯えきった表情から、彼が静かに狂っているのがわかる。
4幕の精神病院のシーン。王子はなぜ自分がこんなところに連れて行かれたのか理解できていない。母親の姿を見て一瞬だけ喜んだのもつかの間(彼は明らかに母親に性的な感情を抱いているのだ)、彼の内に潜む、自分自身が生み出してしまった魔物が彼を苛む。ロボトミー手術を施されてふらふらとベッドへと歩いていく。ベッドの下から白鳥たちが出てきたのに気付いた彼が、混乱のうちに繰り広げるソロ。さすがザ・スワン役を経験しただけあって、白鳥の2幕の動きを模倣するところは力強いが、その踊りの中にまた様々な感情が混濁していくのが見える。王子らしい品を保ちながらも、隠し切れない優雅さのある柔軟な動きを見せながらも、彼は内なる悪魔と格闘している。ソロの最後はしなやかに高く跳んで、地面に落下。これが王子の最後の跳躍なのだ。ベッドの中から傷ついたザ・スワンが這い出てくる。駆け寄る王子。
満身創痍のザ・スワンが這い出て後ろ向きになってから王子の方を振り返って見つめる、その時の慈しみと悲しみの混じった視線。これを見るともうたまらない気持ちになる。ズタボロにされたけど君を助けるために、帰ってきたよと潤んだ瞳で訴えかけている。ザ・スワンの足元に寄り添い視線を交わす王子は、とても無防備で子供のようだ。が、二人は白鳥たちに引き離され、王子はボコボコに攻撃される。それを見ても自身が弱っていてなす術のないザ・スワンは腕をベッドに叩きつけて、地団駄を踏むように悔しがり、体を震わせる。いてもたってもいられなくなったザ・スワンは渾身の力で白鳥たちと戦い、一旦は追い払った後、天を仰いで激しく慟哭する。幼い子供のように体を丸めた王子を抱きかかえる。ジェイソンと首藤は身長の差があまりない。その上、ジェイソンのザ・スワンは鳥というよりは半獣半人を思わせるため、ここにはエロスを含んだ根源的な愛が感じられる。
一度はいなくなった白鳥たちが、一羽一羽ベッドの上に飛び乗ってくる。シャーっと音を立てながら。白鳥たちが群れになって翼をはためかすのと、ザ・スワンの腕の動きがシンクロする演出にはいつも鳥肌が立つ。美しくも恐ろしい場面だ。ベッドの上で白鳥たちとザ・スワンが戦い、無残にもザ・スワンはかじられたり、羽根をむしられたり(ピーターさん、いつも楽しそうにザ・スワンを噛んでいるね)。突如立ち上がって翼を広げたザ・スワンは殉教者のようにたちすくみ、神々しいまでの光を放つ。が、白鳥たちに襲撃され、王子に向けて腕を伸ばして彼に少しでも近寄ろうとするのに届かず、そのままベッドの中に吸い込まれるように消えていく。
スワンが消えた瞬間の王子の演技。首藤は、クリスほどの、わが身が引き裂かれてしまったかのような激しい演技は見せない。だが、ザ・スワンがこの世から永遠に失われてしまったという事実をにわかには信じることができず、ひどく動揺しているのがわかる。なんということだ、生きていく上での唯一の支えが消えてしまった…。ベッドの上、ザ・スワンの姿を捜し求める。ザ・スワンが死んでしまったことに気がついた彼は、大きな瞳に悲しみを湛えて泉のように涙をあふれさせる。そして、あの世にぼくも連れて行ってと強く願う。死というのが、王子の積極的な選択であるという風に私には感じられた。首藤の王子は芯が強くて決意を秘めた存在であるから。その願いをかなえるかのように、死のスワンが介錯人を務めて王子は絶命する。(が、ちょっと死ぬタイミングが早すぎるよ、首藤さん)ジェイソン・首藤コンビを観るのはこれで4回目だけど、いつ観ても、この二人の終わり方は悲しい。あんなに魂が結びついているのに、この世では二人は結ばれなかった、死ななければ一緒になれなかったことが感じさせられるからだろうか。
(了)
The Swan / The Strangerザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jason Piperジェイソン・パイパー
The Prince王子 Christopher Marneyクリストファー・マーニー
The Queen女王 Nicola Tranahニコラ・トラナ
The Private Secretary執事 Alan Mosleyアラン・モーズリー
The Girlfriendガールフレンド Leigh Danielsリー・ダニエルズ
The Young Prince幼年の王子 Simon Karaiskosサイモン・カレイスコス
ジェイソン・パイパー&クリストファー・マーニーのコンビ。クリス王子を観るのは一ヶ月ぶりである。で、実は3人の王子の中でクリスが一番好き、と改めて思った。もちろん、首藤王子もニール王子もそれぞれ素晴らしいのだが。
今日は最前列センターという席。リピーター濃度の濃い席だ。ジェイソンにきっと釘付けだろうと思っていたら、意外にもクリスに目が行くことの方が多かった。
クリス王子は、純粋すぎて最初から歪んでいて狂っているニール王子と違っていて、等身大の若い男の子って感じの人物像だ。もともとはイノセントでまっすぐ。王室での窮屈な生活のせいでちょっとひねくれており、いじめられキャラではあるが。女王にガールフレンドとの交際を反対されて一番反抗的なのが彼である。感情を顔にすぐ出す直情的な王子。踊りはとても繊細で柔らかく、いくつ関節があるのか、と思うくらいだ。女王との(ちょっと近親相姦的な匂いのする)パ・ド・ドゥは 「ママ、もっと僕のことを愛して!」と叫んでいるかのようだ。そして酔ってバーを追い出された王子のソロは柔らかくて哀しげで静謐でいい。ガールフレンドが執事に金をもらっているところを目撃した時の、裏切られた悲しみの表情。背景に白鳥たちが幻のように浮かび上がるシーンでのすべてを観念したような寂しげな微笑。目がパッチリと大きいクリスは、瞳の演技がとてもエモーショナルだ。
2幕のザ・スワンとのシーン。夢の中に迷い込みスワンの幻影を追いかけているニール王子に対して、クリスは実態としてのザ・スワンを追っているように思える。本当は白鳥たちは幻なのかもしれないけど、間違いなく王子にとってはそれが現実のものとして感じられているように見えた。おそるおそるザ・スワンに近づこうとして、おずおずと歩み寄る王子。ザ・スワンと一緒にいれば、王室での息が詰まるような日々を忘れることができて、普通の男の子のようにのびのびと戯れることができる。初めて知る自由におののきながらも、生まれて初めて王子という立場を忘れてその甘美さを味わい尽くそうとしている。とても切ないのが、日ごろのプレッシャーから開放されているというのに、その自由を満喫するために全身全霊を傾けて、すごく一生懸命になっていること。常にいっぱいいっぱいで生きている彼を象徴しているかのようだ。それでも、少しずつ呪縛から解放され、瞳をキラキラと輝かせて幸せそうな、柔らかく無邪気な表情へと変わっていく王子。やがて彼の踊りはザ・スワンと完全な対をなして、音楽と一体化して軽やかに愛を奏でていく。走り去っていくザ・スワンへと差し出したそ の手は、生きる意味をつかみとった、と語りかけているようだった。
3幕、ザ・スワンが舞踏会にやってきていないので少し残念そうな王子。ザ・ストレンジャーが登場した途端、まるで雷に打たれたかのような表情を見せ、ずっと彼から目を離さない王子。母親である女王とのパ・ド・ドゥを見せ付けられる時にはさすがに耐えられないのか、目をそらすがそれまでは吸い寄せられたかのよう。ストレンジャーとのタンゴのシーンではいいようにいたぶられ、挑発され、怯える。他の王子の時よりジェイソンの王子いじめはマイルドに思えるのだが、クリス王子はニールほど狂気の兆しを感じさせない普通の繊細な男の子っぽいので、かわいそうでかわいそうで。銃を片手に登場した時には、以前とは違ってシャツの前をはだけ、思いっきり暴れてきた形跡があった。ストレンジャーを突き飛ばした時にジェイソンが思いっきり吹っ飛んでテーブルに衝突したほど。怒る時には激しい王子なのであった。
まだ4幕にたどりついていないのに、ジェイソンまでたどり着いていないのに、書いているこちらが王子に感情移入しちゃってもうダメだよ、泣けてきた…。
さて、このコンビが一番光るのが4幕である。冒頭、舞台の裏から何かが落ちる大きな音があったが、一体何が起こったのだろう。精神病院に連れて行かれた王子。母である女王の姿を見ると一瞬嬉しそうな顔をして、「ママ、ぼくを助けて」と助けを求める。女王は一瞬母親らしい優しい表情をする。が、王子の思いは次の瞬間に裏切られる。執事、そして女王の顔をかぶった看護婦軍団を見て恐怖におののく。パジャマのボタンが全部は止まっていないので、背中や腹が露になる。ロボトミー手術された後ですらも、王子は混乱しながらも思考はとてもクリアーなように見える。
ベッドに横たわっていた王子が目を覚ました後、今までの人生のフラッシュバックを体現するように、彼の体は色んな形にぐにゃりと曲がる。あるときはザ・スワンの動きを模倣し、また別の時には3幕でザ・ストレンジャーによって捻じ曲げられた形を再現している。パンフレットでクリス自身が語っているように、そしてここで王子は人々に手を振ってお辞儀をする仕草をする。幼い頃からそうすることを義務付けられていた彼には、この仕草が植え付けられてしまっていることが見て取れて、胸が締め付けられそうになる。彼の頭の中が色んな想いで爆発しそうになっているのだ。
傷ついたザ・スワンがベッドの中から出てきて、王子の嘆きはますます大きくなる。ジェイソンとクリスのコンビが一番、王子とザ・スワンの絆が強固に見える。二人をつなぐ糸がしっかり見えているのだ。つぶらな瞳にいっぱい涙をためて、ザ・スワンにしがみつく王子。白鳥たちに容赦なく襲われるザ・スワンが少しずつ弱っていくのを見て、泣き叫ぶ王子。彼の泣き喚く声が聞こえてくるようだ。クリスは自分の持てるすべての感情をこめ、ぼくを置いていかないでとスワンを求めるが、ついにザ・スワンは力尽きて消えていく。狂ったようにベッドの上を、中を、絶望的にスワンの姿や残り香を捜し求める王子。ザ・スワンが欲しい。体中の水分がカラカラに涸れ果てるまで全身を使って泣いた王子はついに果てて、キラースワンの一撃でこの世に別れを告げる。
クリスの演技は凄絶の一言。もう4幕のベッドのシーンから涙で目が曇ってしまって。誰かを死ぬほど求める気持ち。誰にも愛されなかった寂しさ。世界中のすべての人々が敵であると思い込んでしまうナイーブさ。牢獄のような日々。そんな中でも、たった一つの光に出会えた歓びとそれを永遠に失ってしまう悲しみ。この世に別れを告げなければ手に入れられなかった愛。王子がその短い人生の中で経験してきたであろう思いが、4幕のエモーショナルで繊細な演技にこめられていて、たまらない気持ちになった。
クリス一人についてここまで語ってしまったので、ジェイソンについては簡単に一言。3幕、ザ・ストレンジャーを演じたジェイソンは“死の天使”という表現がぴったりだった。天使のような邪気のない微笑で、その場にいる人間すべてを殺すのだ。美しい姿形の下には、魔物が住んでいるが、それは決して悪魔ではない。その存在自体は悪を志しているのではなく、ただ己に忠実に生きている結果が、禍をもたらしているだけなのだから。それほどまでに魅力的な存在なのである、ジェイソンが演じるザ・ストレンジャーは。
The Swan / The Strangerザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jose Tiradoホセ・ティラード
The Prince王子 Neil Westmorelandニール・ウエストモーランド
The Queen女王 Nicola Tranahニコラ・トラナ
The Private Secretary執事 Alan Mosleyアラン・モーズリー
The Girlfriendガールフレンド Leigh Danielsリー・ダニエルズ
The Young Prince幼年の王子 Gav Persandギャブ・パーサンド
ザ・スワンがホセ・テイラード、王子がニール・ウェストモアランド。調子が悪いらしいと聞いていたホセだが、ちょっと驚くくらい良くなっていた。女王と息があっていない部分は散見されるものの、踊りがクラシカルで美しい。2幕のグラン・ジュテが高く、脚がすっと伸びていて気持ちよいほど開脚している。バランスもよくなっていて、片脚でプリエしながらもう片脚をア・ラ・ズゴンドするところのバランス時間も長くてびっくり。3幕のザ・ストレンジャー時のロシアの踊りの時に見せるピルエットが速く、軸がしっかりしていてきれいだった。たまにバランスを崩している以外は合格点といえる。腕がとても長い上、上半身がとても柔らかく、前方に倒した時にぺたんとしなやかに床に落ちている感じがいい。バリエーションの時の踊りは優雅でノーブルで素敵だった。 ちょっと痩せた感じ。
ホセのザ・スワンは大きくて、雄雄しくて、荒鷲のようだ。実際に大柄な長いわけだが、本物以上にひときわ大きく見える。彼には王子の憧れの対象たりえる風格と、父親のような大きな愛情を持っているようだ。寡黙で男らしく強い。他の白鳥たちに一目も二目も置かれていて尊敬されているリーダー。王子に対しては「黙ってオレについて来い」って感じだ。この作品では王子には父親がいない。その父親代わりの存在としてのザ・スワンというわけだ。
3幕のザ・ストレンジャー。ホセはラテン系の割にはフェロモン系ではないのだがクールでエキゾチックでちょっと怖そうでかっこいい。スワンと同じくすごく寡黙で、絶対に自分を安売りしない感じがモテ系のワルな感じでよいのでは。たまに見せる薄笑いが、独特の色気を感じさせてくれる。
4幕のザ・スワンは慟哭の表情がすごく哀しげでいいね。瀕死のはずなのに踊りがきれいでジャンプも高いのは彼の中に残っている風格がそれをさせるのではと思わせる。大きくて立派な白鳥が、小さ目の白鳥たちにかじられたり頭突きされたりして弱ってついには倒れていくところを観るのは悲しい。その死は、巨星墜つって感じだ。
さて、王子役のニールだが、1幕のところはあれれ、ちょっと調子悪いのかと思った。スワンクバーの後のソロがすこしもっさりとしていて若干雑。演技の方は相変わらずうまくて、すらりと背が高くハンサムで育ちが良いのにどこか歪んでいる感じが出ている。
2幕では今までの最初からエキセントリックな部分が消えて、夢見るように踊っているのがわかってきた。ニールは2幕4幕は幻想だと思って演じているとのことだが、確かに王子が死ぬ前に見た夢なのではないかと思わせる。甘く美しい夢で、その夢の中で王子はどんどんザ・スワンに恋していて、うっとりとその甘美な感情に浸っている。現実から完全に遊離している危うさが王子に漂っているところがこの人らしくて。コーダではザ・スワンの動きを模倣するかのように、同じように端正に大きく踊っていた。今まで夢に見てきた美しい白鳥が、本当に現れたという幻想に酔うように。
3幕ニールはその壊れ方がさらにすごいことになっていた。3幕の登場のところから熱っぽく浮かれていて、現実が見えていないかのような様子。ストレンジャー登場のときには、彼を目で追いかけちゃって大変。嫉妬に心乱れた王子が銃を持って服装も髪も乱れまくりで出てきたときには、体をわなわなと震わせ、ぴくぴくと唇を動かしている。以前はもっと激しい怒りを感じたのに、今回は内に秘めた狂気で、静かに深く狂っていっている感じだ。
4幕では、体は大きいけど窮屈そうに立ちすくむパジャマ姿の彼はすっかり子供にかえっていた(友人弁)。そのまま、ラストのザ・スワンに抱かれる子供時代の王子の姿そのものと言ってもいい。ザ・スワンが死んでベッドの中に吸い込まれていった時、慟哭は魂の死へとつながり、抜け殻となって呆然とベッドの上にへたり込む王子は、とどめを刺される前に死んでいたも同然だった。ザ・スワンの死とともに王子の魂もこの世を去ってしまった。最後の白鳥の一撃は、彼をスワンとの再会へと導く黄泉の国の案内人の役割を果たしていたのだ。父親のように大きく翼を広げたザ・スワンに抱かれた王子は幸せそうだった。この2人の組み合わせが、一番幸せな結末と言ってもいいのではないだろうか。
ニコラ・トラナの女王は、熟年女性の色香を感じさせる。3幕の舞踏会では、スペインの踊りの時にエスコートの男性と奥へと消えて、しばらくしてから満ち足りた表情で戻ってくる。エスコートの男性はご丁寧にシャツの乱れを直しながらでてくるところから、舞踏会場の奥で何があったのかは明らかだ。まあエッチ。ニコラ女王は腕の使い方が本当に美しくて、気品がありなおかつ官能的だ。最初のうちは自分に主導権があると思ってザ・ストレンジャーと踊っているが、いつのまにか完全に彼に操られてしまっている、というところを的確に演じている。演技の方も素晴らしい。厳しいけど王子に間違いなく母親らしい愛情は持っているのがわかるのだ。
The Swan / The Stranger ザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jason Piper ジェイソン・パイパー
The Prince 王子 Neil Westmoreland ニール・ウエストモーランド
The Queen 女王 Nicola Tranah ニコラ・タラナ
The Private Secretary 執事 Alan Mosley アラン・モーズリー
The Girlfriend ガールフレンド Leigh Daniels リー・ダニエルズ
The Young Prince 幼年の王子 Gav Persand ギャブ・パーサンド
3週間の地方公演が終わってやっと東京に帰ってきた。この日を指折り数えて待ちくたびれた、って感じ。
舞台を観てこんなにぐったりと疲れたのは初めてかもしれない。ものすごく集中して観た気がする。一瞬でも見逃してなるものかと息をひそめて食い入るように観てしまったし、観る側のエモーションに激しく訴える作品だから、精気を吸い取られたような気分になる。
今日はなんとジェイソンとニールというレアな組み合わせ。実は今まで9回観たうち、8回までもがジェイソンなのだ。
そう、この組み合わせは王子役ニールのほうが身長がずっと高いのである。2幕や4幕でザ・スワンが王子をリフトするときにかなり大変そうだった。リフトに失敗していることがあった。ニールが復帰1日目ということもあって、ちょっと調子が悪そう。1幕終わりのソロでの2番のグランプリエは深く美しかったし、気持ちの高ぶりがそうさせるのか、後半になればなるほど踊りが馴染んできた。
思ったより二人の演技のかみ合わせはうまくいっていた。ジェイソンは一生懸命ドゥミ・ポアントで立って背伸びをしていた。アダムのように長身のスワンやストレンジャーのほうがカリスマ性を感じさせそうなので、王子よりも小柄なスワンってどうかな、と観る前には思っていた。が、ジェイソンはいつもよりも強さ、獰猛さ、獣性を感じさせる演技だった。目の力がものすごく強い。それなのに、無垢で高潔で真っ白で透明な存在に見えた。群れには決して馴染んでいないが、一目を置かれている存在。ニールがほっそりとしていて背が高い分、“なんか無駄に背だけ高いけど弱々しくvulnerableなお坊ちゃま王子”って感じで、それに対して野生の生存本能が発達していて、生きる力がみなぎっている白鳥が別の世界を教えてあげていた。2幕でのニールはまるで夢の中にいるような現実感のない存在で、知らず知らずのうちに白鳥の世界に引き込まれていき、気がつけばザ・スワンへの恋に落ちていた。彼は夢、幻想の中に生きている。「幻想〜白鳥の湖のように」での、舞台に引き込まれていって気がつけばジークフリート王子に成り代わっていた王のようだった。
白鳥たちが去った時の王子の嬉しそうな、思わず笑みがこぼれて恋しているような、昨夜の恋の余韻を楽しんでいるような熱っぽいところが印象的。 もうこの段階で、3幕後半からの狂気の予感が漂っている。
ニールの本領発揮はやはり3幕の舞踏会からだろう。ガールフレンドを人一倍嫌っている感じで、「触るんじゃない、この女」と台詞が聞こえてきそう。彼はすでにこの時点でも夢うつつの中にいて、現実と夢の区別がつかなくなっているのだ。対照的に、ストレンジャーに対しては、見た時から好き好きオーラが全開。さっそくストレンジャーの胸をナデナデと触りまくり。タンゴのシーンでもストレンジャーに擦り寄り甘えようとして振りほどかれる。その分、ストレンジャーへの王子の邪険な態度はいつも以上で、暴力的だった。ストレンジャーは小さい分、自分をいつも以上に大きく見せようと大きな態度に出ているのだ。その態度が、王子の熱情をさらにかきたててしまうことを知っての行為である。
そして3幕の終わりの銃を持ち出したシーンでのニール王子の憔悴しきった演技には、2度目ながら目を見張らされる。シャツの全面をはだけ(胸毛どころかギャランドゥまで丸見えだよ、ニール)髪は乱れ、上着の袖はまくれあがっている。もっとすごいのが目。時には白目を剥き、時にはガラス玉のように澄みきった青い目を見開き哀しみと怯えを表現し、本当に正気をなくしたようだった。4幕のロボトミーシーンの、薬を打たれてちょっと暴れる感じの狂気の表現もすごい。この人は本当に演技者だな、と思う。ラスト、ザ・スワンが目の前で死んでいくのを見て、悲しみのあまり気が触れてしまい抜け殻のようになった姿は正視するのがつらいほど。生きていても、もうすでに魂は先に別の世界へと旅立ってしまっているのがわかる。白鳥の一人にとどめを刺されて死んだ時、この人にとってこの世界は生きていくのがあまりにもつらかったんだな、死ぬことが彼にとっては救済だったんだな、と思わされる。
3幕のジェイソン=ストレンジャーは、相変わらずノリの軽い、みんなに愛嬌と色気を振りまきながらも実は誰に対しても興味がなく好きなのは自分自身だけって感じの、堕天使のような男だった。いつもに輪をかけて悪くていじめっ子。罪の意識のかけらもなく、そうするのが自分にとっては当然で自然なことだという振る舞いがさらに罪深い。3幕の終わりで王子に殴られて盛大に吹っ飛んでいったのは驚いた。コーダの男女対抗ダンスではちょっと疲れているのか、いつもほどの軽やかさはなかった。汗が滝のように流れていて、こちらにも飛んできそうなほど。
4幕のザ・スワンは3幕ストレンジャーとは裏腹に、ものすごく優しく哀しい。体に刻まれた赤い傷が痛ましくも美しい。白鳥たちにいたぶられる王子を見て、僕の大事な人に手を出すな、僕が守ってあげないと誰が彼を守ってやれるのか、彼が痛めつけられていると自分も同じように傷を負ってしまう、いまや彼は僕自身の大切な一部分なんだから、彼を守りぬけない自分は生きている価値がない、という絶望的なまでの強い愛を表現していた。彼の体に刻まれた夥しい傷は、肉体の傷というよりも心に負った傷なんじゃないかと思った。人を想う気持ちが初めて生まれて、それゆえ傷つくことも知ったというイノセンスの喪失の痛み。
瀕死の白鳥の演技は、胸にきりきり響いてきて、観る側のエネルギーも消耗させる。同じように憔悴した気持ちになりそうだ。
相変わらずスタミナ面ではちょっとはらはらさせるジェイソンではあるが(だって、結局3連投だもんね)、演技も踊りもどんどん良くなっているし、体はどんどん柔らかくなってきていると思う。アームスもしなやかで脚が上がるようになった。背中も柔らかさを増している。コンビネーションとしてはいつものパートナー、クリスとの演技のほうがいいとは思うけど、相手が変わるとやっぱり演技は変わるのか、と実感した。いろんなバリエーションが見られるのは面白い。
今日から登場の女王役、ニコラ・タラナは今までのオクサーナ・パンチェンコと比べて年齢も上の分、落ち着いて威厳があった。すごく厳しい女王様という感じ。踊りはさすがに美しいが、まだ少し不慣れなところもあるかも。3幕の手袋を脱ぐシーン、エロいよな。厳格で立派な女王様なだけに、ストレンジャーによって狂わされた性を感じさせた。2幕の王子とのパ・ド・ドゥも、オクサーナのときよりも背徳的。
いろいろな組み合わせを観られるのが、この作品の醍醐味の一つである。こうやってチケットが増えていってしまうのだ。そして、観ることによって、王子の人生を自分も追体験し、自分のうちに眠っていたトラウマや悲しみや喜びを目覚めさせてしまう、恐ろしい作品でもある。
ザ・スワン/ザ・ストレンジャー ジェイソン・パイパー Jason Piper
王子 首藤康之 Yasuyuki Shuto
女王 オクサーナ・パンチェンコ Oxana Panchenko
ガールフレンド リー・ダニエルズ Leigh Daniels
執事 アラン・モーズリー Alan Mosley
幼年の王子 ギャブ・パーサンド Gav Persand
ザ・スワンにジェイソン・パイパー、王子に首藤康之。水曜日に見に行った時は3階が閉鎖されている寂しい入りだったが、さすがに今日は前半最終回だったので入りが良く、客席も大盛り上がりだった。
Act 1
首藤王子は、王子の衣装である軍服チックな礼服が不思議に似合う。今回の3人の王子の中でも一番だろう。ちょっと幼くて甘えん坊なクリス、キャラクターのモデルであっただろうチャールズ皇太子に雰囲気が似ている(似せている)ニール王子もそれぞれ魅力的なのだが、首藤さんの軍服姿は耽美的でちょっと妖しい。西洋人に比べると顔が大きめなのだが、弱々しそうに見せかけて実はきりりとしている。あの制服や制帽は彼にかぶせられた仮面の象徴である気がした。制服を脱いでちょっと下着っぽい服装になると、それまでの心ここにあらずという風情から、急に無防備で無垢な裸の姿を見せられた気がしてドキリとさせられる。女王と王子のPDDも、3組の中で一番危ないというか倒錯的で、見てはいけないものを見てしまった罪悪感を感じてしまう。
スワンクバー。ブラック・エクスプロイテーション映画に出てくるようなファンキーなアフロのお兄さんをヘンドリック・ジャニュアリーが演じていた。他の人がこの役を踊った時よりずっとファンキーでカッコいい。ギャヴのスクールボーイがとてもかわいい。ファンダンサーたちのセクシーダンスでの悪ふざけがエスカレートしてきて、こういう発見がリピート鑑賞の醍醐味だと思ってしまう。水兵たちに引きずられる王子、引きずられる姿もエレガントで美しい。
Act 2
ジェイソン、ちょっと怪我をしていたみたいで、万全ではないと思わせるところもあったが(汗の量が半端じゃなかった)、演技は実にエモーショナルで表現力はますます研ぎ澄まされている。2幕はやや疲れが見えた。が、少しずつスワンと王子の間の距離が縮まってくる様子が手にとるようにわかる。ザ・スワンの存在感も増していて、最初のうちはチンピラグループの大将くらいのやんちゃな感じだったのが、今は2幕の時点から孤高を感じさせるのだ。狼の群れの中でもひときわ獰猛で眼光鋭く他を寄せ付けない聖なる野獣。孤独な狼を思わせるワイルドな風貌。目力がすごいんだよね、彼は。
ヘスススワンのような回転の時のしなやかさ、柔らかさはないけどその代わりぐいっとシャープで力がみなぎり、情熱を感じさせてくれる。野獣らしくシャーっと音出ししまくる。首藤王子とのパ・ド・ドゥも息が合っている。もちろん、首藤王子のほうが踊りは全然綺麗なのだけど、王子のノーブルさに対応しての野生、動物らしさということを考えればこれはこれでOKなのでは。ジェイソンのスワンは、最初は強引に王子に「ついて来い」と呼びかけながらも、王子の目覚めに呼応しているように晴れやかになっていく。王子の精神が解放されるにしたがって、ザ・スワンの踊りも生気をみなぎらせ、ナイフのようにとんがった部分が取れて柔らかくポジティヴな力に包まれているかにようになっていく。
首藤さんの王子の踊りは観るたびに惚れ惚れするほど美しい。特に2幕コーダのところで踊りがシンクロするところは、ザ・スワンと対になったような、シメントリーな振りを見せて、しかもより優雅で柔らかく凛として繊細だ。指先まで血が通って、体中が翼になったよう。途中まで地を這うような動きばかりだったのが、天から引っ張られているように高らかに生きる歓びを歌い上げている。陳腐な表現だけど歌うようにリズミカルに踊っているのだ。そして自分が気がついていなかった、生まれ持った高貴な美しさを始めて認識した王子。 1幕の地を這うような、閉ざされたような踊りが次第に高らかに、開放的になっていく。
スワンたちが去った後の、地面から解き放たれて自由になった王子の伸びやかな舞。内にこもっていたかのようなスワンクバー後のシーンとは対照的に、外へ、外へと広がっていくような、生の実感に満ち溢れた力強い希望を放っている。まるで初めて彼自身に本当の朝が訪れたかのような。
Act 3
3幕のザ・ストレンジャーは“ナチュラル・ボーン悪魔”って感じで罪悪感のかけらもなく軽やかに誘惑のゲームを楽しんでいる。王女たちをたらしこんではいるけど、本気ではなく彼女たちの欲望に火をつけて高笑い。彼女たちに身を預けている振りをして、余韻を残しながらもすっと引く。フェロモン過剰、エロス過剰なんだが、ねっとりしているわけではなく、いい意味で軽く明るい。額に黒い線を描いてザ・スワンを模した振りの所は悪魔的で、禍の神という印象もあり、身震いさせられた。
ジェイソン演じるストレンジャーは、その役名の通り、“異形の者”という印象が鮮烈だ。お高く止まっている上流階級のパーティの中に紛れ込んだ、黒い羊。ダークなルックスの彼は黒い染みのように際立ち、存在感を誇示する。しかも観る者に共犯意識を抱かせる、不穏で不遜でふしだらだけど愛すべき存在なのだ。
ストレンジャーと女王のPDD。今回の女王のオクサーナ・パンチェンコは「私は女性としてまだまだ現役なのよ」と常に物語っている存在。若く美しく艶っぽく、反面母親としての自覚が希薄で冷たい。このPDDは、クラシック版の白鳥だと「黒鳥のパ・ド・ドゥ」としてオディールが持てる魅力のすべてを艶やかに振り撒き、王子を誘惑していく踊りだ。オクサーナの華やかで優雅な踊り(アームスの使い方などはまさに黒鳥)は、オディールを思わせる。私はこんなにも美しくて高貴な存在でオンナとして最高なのよ、最高の男を手に入れてしかるべき存在よ、と誇示するダンス。ストレンジャーはそんな女王の感情を巧みに盛り上げていき、毒牙を絡めつけている。
そして王子とのPDD(タンゴ)へ。ここでのストレンジャーは、挑発的で戦闘的だ。王子に何かをけしかけるように、噛み付くように挑みながら攻撃的な小刻みステップを踏む。堕天使のような悪魔。怯える王子はここから壊れていく。 嘲笑される王子。もともとこの舞踏会では、彼に優しい顔をしてくれる人なんかひとりもいなかった。彼の孤独がここで際立つ。ストレンジャーの高笑いは、いたって無邪気なだけに王子をさらに深く傷つけるものだ。首藤王子は繊細で高貴、ガラス細工のようでいともたやすく心が砕け散ってしまう。その心が砕け散る音が聞こえた気がした。
男女対抗ダンス合戦。ここでのストレンジャーは、本来のガキ大将キャラに戻って、楽しそうにのびのびとステップを踏む。女性陣が踊っている時の腕フリフリのポーズなんか、イケイケで最高!女王の前での腰振りダンスはかなりエッチな感じなのに、ここでのジェイソンはすごく健全で明るい。明るすぎるところが悪魔〜ってわけなのだが。
Act 4
4幕のスワンたちベッド下から登場の後、目覚めてベッドの周りで混乱して踊る王子。心を千々に乱された王子の踊りが2幕のザ・スワンの動きをたどる。放物線を描く足の動きの美しさは、またしてもザ・スワンをはるかに超えるもの。
ジェイソンの魅力が一番発揮されているのは4幕だろう。2幕のやんちゃ坊主や3幕のナチュラルボーン悪魔とは打って変わって、とても懸命で優しく哀しい存在。若くて美しくて元気にあふれた青年が、ボロボロに傷つけられて瀕死になってもなお、王子を守ろうとする。ザ・スワンと王子の間の感情は愛であることには変わりはないのだが、愛といってもブラザーフッドというべき友愛がここにはある。(たとえばヘススのスワンは間違いなく性愛なのだ)
ジェイソンのスワンは他のスワンの誰よりも哀しい。王子の命は自分の命よりも大切なもの、彼が死んでしまえば自分は生きていても仕方ない、彼を守るためには自分の身がバラバラにされてもいいという気持ちが感じられた。あまりにも哀しみを満ち溢れさせたザ・スワンと王子の視線。ジェイソンも首藤さんも瞳に大粒の涙を湛えている。首藤さんにいたっては、瞳の奥に深い泉があって、とめどなくあふれ出てくる涙を止めることができないという按配だ。二人とも目力が強いだけに、しっかりと二人を結ぶ絆が目に見えてくる。何度も死に瀕しながらもそのたびに渾身の力を振り絞っていくザ・スワンだが、そのたびに少しずつ弱々しくなって、最後の天を仰ぐところでは崩れ落ちるように倒れていく。
ザ・スワンが消えた後おろおろとベッドの上で彼の痕跡、残り香を捜し求める王子。彼が死んだことを知った彼は魂の抜け殻となり、スワンズの一員(通称とどめスワン)の一撃でその苦悩から永遠に解放される。それでも、死後の世界で幸せになってよかった、というよりは果てしなき哀しみ、彼の幸せになれる世界はこの地上にはなかったという絶望感が重く心にのしかかって幕が下りる。
凄絶なものを見せていただいた。スワンなしの3週間あまり、どうやって生きていけばいいのだろうか。
3/5 13:00
The Swan / The Strangerザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jose Tirado ホセ・ティラード
The Prince王子 Neil Westmoorland ニール・ウエストモーランド
The Queen女王 Oxana Panchenko オクサーナ・パンチェンコ
The Private Secretary執事 Alan Mosely アラン・モーズリー
The Girlfriendガールフレンド Lee Daniels リー・ダニエルズ
The Young Prince幼年の王子 Gav Persand ギャブ・パーサンド
3/6 13:00
The Swan / The Stranger ザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jason Piper ジェイソン・パイパー
The Prince王子 Yasuyuki Shuto 首藤 康之
The Queen女王 Oxana Panchenko オクサーナ・パンチェンコ
The Private Secretary執事 Alan Mosel yアラン・モーズリー
The Girlfriend ガールフレンド Sophia Hurdley ソフィア・ハードリー
The Young Prince幼年の王子 Gav Persand ギャブ・パーサンド
気がつけば最初に買ったチケット6枚が倍くらいに増えているし、もう5回も観ている。頭の中に3幕のコーダの曲がぐるぐるまわっていたり、スワンク・バーのシーン(プティパ/イワーノフ版だと乾杯の踊り)の早回しの曲も鳴っている。
観ている間は胸がどきどきしちゃって、ステージに吸い寄せられる。一昨年から通算してももう数え切れないくらい観ているのに、毎回胸をかきむしられるような思いがするのはなぜだろう。
『オペラ座の怪人』が好きなのとマシュー・ボーン版の『白鳥の湖』にひきつけられるのは、この2つの作品にある種共通点があるからかもしれない。ファントムも、王子も、誰からも愛されていない、この世界で冷たくあしらわれている中、唯一の希望の光を見つけ、すべてをそこに捧げ裏切られたと思い死んでいく。闇が深ければ深いほど、光は美しく輝き、その反射がわが身を照らすのだ。
ザ・スワン/ザ・ストレンジャーを踊るダンサーが一番目立つ作品なのだが、これは王子の物語。よって、王子がどれほど演技者として優れているかがとても大事だ。
前回はクリス王子のことを書いたけど、この週末はニール・ウェストモ−ランドと首藤康之の王子を観ることができた。ニールは『くるみ割り人形』で観たことはあったものの、こんなに素晴らしい演技力の持ち主とは思わなかった。澄んだ大きな青い目が(決して若くはないのに)純粋培養でどこかいびつなイノセンスを感じさせる。そして3幕からの壊れていく演技といったら。土曜日マチネは最前列中央で見ていたのだが、冗談じゃなく吸い込まれそうだった。3幕、ザ・ストレンジャーが白鳥の仮面をつけたときから音を立てて彼という存在が壊れていき、震え怯え、狂気の世界へと足を踏み入れていくのがわかる。
『くるみ割り人形』を観るとわかるように、マシュー・ボーンはハマーホラーなどの古典的な怪奇映画が大好きなのだが、ニールの演技はまさに怪奇映画の犠牲者の様相を呈していた。女王とストレンジャーのパ・ド・ドゥを目の当たりにして、胸をはだけ髪を振り乱し狂っていくずたぼろの彼の姿は見る者の涙を誘わずにはいられない。
4幕では、とても大柄な彼が小柄な白鳥たちにも蹂躙され小さく弱々しくでも意志とスワンとの絆だけは強く見えた。役への入り込みっぷりは半端じゃない。凄まじいものに触れた思いがした。
そして首藤さん。2年前にザ・スワン/ストレンジャーを観た時とても端正で美意識の高い存在感があった。今回も、自信なさげでありながら、彼独特の滅び行く者の美しさを感じさせる妖しい王子であった。1幕の成人した彼が登場するシーンでは、魂ここにあらず、どこか宙をさまよっている感じが印象的。自分はここではないどこかに行きたいのに、どうしても鎖を解き放って行けないというもどかしさを表現しているかに思えた。ニールが演じた王子とはまた別のピュアな存在。触れれば壊れそうな儚さ。
スワンクバーの後のシーンのソロは、クラシックの美しい踊りではない、粘っこく内省的な踊りを見せなければならないのだが、ここも彼らしい精神性を感じさせる振りになっていたと思う。 混沌として明かりの見えない闇をさまようような踊りなのだが、グラン・プリエ(深く腰を落とす振り。クラシックの基本)が綺麗。
2幕でザ・スワンと触れ合って魂が解き放たれていく様子を観ると、こちらの意識も解放されていく気がする。生きる純粋な歓びに満ち溢れた様子。踊りは手先足先まで伸びてとても伸びやかで綺麗だ。ジュテ(跳躍)も美しくすっとアンドォールしていて、気持ちが良いほど。しかも、それを軽々と、どうってことないって感じでたやすく踊ってしまうのはさすがだ。クラシック出身だけあって、2幕のコーダではザ・スワン役のジェイソンよりも白鳥らしく優雅で美しかった。自分の持っている本来の美しさに目覚めたという覚醒を感じさせる。
首藤さんはザ・ストレンジャーがちょっと弱いと前回の公演のときに感じたのだが、今回は演技面も頑張っていた。パーティの参加者にバカにされるときの傷ついた様子は痛々しい。ニールのような派手な壊れ方はしていないが、周囲の人々の残酷さが浮き彫りになるような深い手負いを感じさせる怯え方だった。
4幕で驚いたのは、ザ・スワンが白鳥たちに攻撃され命の灯を消してベッドに吸い込まれていった後、必死にザ・スワンの姿を追い求め、おろおろとその残り香を嗅いでいる演技を見せたこと。大きな瞳に涙をためていとしいしと(ゴラムじゃないって)の幻影を追い求める姿を観ると、こちらも胸がキリキリと痛む。ストレートプレイの経験を積んだ成果が生かされている、見事な演技だった。
そして首藤さんの気合がジェイソンにも乗り移ったようで、ジェイソンの踊りも力強くリズミカル、素晴らしかった。二人の間には化学作用が働いていたとしか思えない。4幕ではザ・スワンと王子の間の絆がしっかりと目に見えるようだった。兄のように王子を庇護しようとするザ・スワンの渾身の舞にはやられたよ。ジェイソンはコンテンポラリー系のダンサーらしく、リズム感がよく細かいステップが得意。3幕の男性軍団群舞の切れの良さには参った。女性チーム踊っている最中の腕を振り振り、はかわいいし。キスの雨を降らせていて、その場にいる者全員に愛を振りまき、やんちゃでワルいけどかわいいやつだった。今回はジェイソンに一番やられたよ。
The Swan / The Strangerザ・スワン/ザ・ストレンジャー Jason Piper ジェイソン・パイパー
The Prince王子 Christopher Marney クリストファー・マーニー
The Queen女王 Oxana Panchenko オクサーナ・パンチェンコ
The Private Secretary 執事 Alan Mosely アラン・モーズリー
The Girlfriend ガールフレンド Lee Daniels リー・ダニエルズ
The Young Prince 幼年の王子 Gav Persand ギャブ・パーサンド
一昨年熱狂して東京で6回劇場に通い(ついでに韓国にも)、バレエ鑑賞生活再突入のきっかけになった作品。ヘスス君を追っかけてスペインとかニューヨーク(3回>ばか)まで行ったくらいだから…。
一昨年の6月に韓国で観てから個人的にこの作品の映像は封印しており、DVDにいたっては封を切っていないも同然なので久しぶりに観た気がした。3幕は、特に黒鳥のPDDの曲を使ったところで「こんな振りつけだったっけ」と思うほどだった(ボケ)。ずっと「白鳥の湖」はクラシックの方に馴染んでいたから。でも改めて観てみると、本当に良くできている上に、胸をかき乱す凄絶な作品だと思う。2幕の湖畔の白鳥のシーンはしっかりプティパ/ワイノーネンの元振り付けを尊重しながらも見事に換骨奪胎しているし。3幕黒鳥のPDDを、ミュージカルの男性軍vs女性軍のダンス合戦に変えているという発想が独創的だと認識を新たにした。 しかも毎回見るたび、胸がぎゅうぎゅう締め付けられ、心臓の鼓動が早くなるような魔法を秘めている作品である。
気になるスワン/ストレンジャー役だが、ジェイソン・パイパーはルックスが甘くかつワイルドでとても良い。濃い人好きなんで、本当に理想的なまでのカッコよさだ。1幕の彫像裸体後姿のシーンの、浅黒く輝く肉体の造形美はため息もの。小柄で、シャープな狼か猛禽類を思わせる白鳥だった。クラシックのダンサーではないので、上半身、特に背中がちょっと堅いかな、と思わせるところもあったけど、腕の使い方は工夫していたと思った。身長が小柄な割に腕が長いし。クラシック・ダンサーではないと聞いて期待していなかったというのもあり、意外とよく踊っていたという印象。きびきびとした動きが心地よい。
3幕のストレンジャーには艶があり、視線の使い方が危険な魅力を放って性的な魅力があった。これから踊りこんでいけば、ザ・スワンの方も良くなるだろう。
王子役のクリストファー・マーニーは踊り、演技ともとてもよかった。踊りに関してはこっちの方がこなれているし、ある意味この作品の主役である王子を感情豊かに、哀しく演じていた。王子にいかに感情移入させるかがこの作品のポイントだと思うのだ。体も柔らかく小柄ながらもすっと伸びた股関節が綺麗。でも、髪の毛がちょっとやばいかも。地肌が透けて見える王子…
クラシック・バレエを見慣れている目には、ニュー・アドベンチャーズのダンサーの踊りには違和感がある向きもあるかと思うが、でもこの演目にはこのダンスでいいとおもう。2幕の4羽の小さな白鳥の踊りも前回より弾けていて楽しかった。このシーンを始め、妙に早かったり遅かったりする 録音テープのテンポには違和感があった。
前回との振り付けの違いは、1幕のオペラハウスのシーンとスワンク・バー、それから3幕の黒鳥PDDのところなど。1幕は見慣れているせいか前回の方が良かったと思う。黒鳥PDDは今回の方が踊りが派手になっていて、見せ場っぽくなっていた。3幕の各国の王女たちの衣装は、より露出度が上がってちょっと品がないけど、女王(オクサーナ・パンチェンコ。好演!)の深紅の衣装はとても綺麗だった。 3幕はよりエロティックに、欲望露になっていたという感じ。4幕のザ・スワンや王子に加えられる白鳥たちによるヴァイオレンスが容赦なくて、特にザ・スワンは頭突きされるわ、かじられるわ、すごい。より獰猛になった白鳥たちを観たという感じだ。ジェイソンの甘く若く美しくてワイルドな姿が痛めつけられると、より一層哀しさが増す。そんな暴力の雨あられの中で王子を守り抜こうとする姿には、強いシンパシーを感じずにはいられない。
これから出演者たちがどんな風に成長し変わっていくのかが楽しみだ。ヘススのスワンを見たときほどは心打たれなかったけど、まずまず良いスタートを切ったと思う。カーテンコールにはツアーディレクターのアンドリュー・コルベット(前回は王子役でも出演)とヴィッキー・エヴァンスが登場。アンドリューさんの髪型が豹柄金髪でかなりヘン。
Jason Piper Interview 翻訳
www.ballet.co.ukのMatthew Bourne's Swan Lake
'The Swans and Princes'
Jason Piper, Jose Maria Tirado, Neil Westmoreland, Christopher Marney Interview 翻訳