東京国際映画祭レポート その2

ゴージャス Gorgeous

監督:ヴィンセント・クック
出演:ジャッキー・チェン、スー・チー、トニー・レオン

台湾の小さな島に住む娘プウは、飼っているイルカが運んできた瓶の中の
メッセージを読んで、香港へやってくる。「わたしはあなたのことを待ってい
ます」と書いたメッセージの主を訪ねると、その主はゲイのアルバートだった。
居候しながらアルバートの仕事を手伝っていたプウは、大富豪チャンが命を
狙われているところに遭遇し、チャンを助ける。プウはプレイボーイと評判の
チャンのことが好きになるが、チャンは最強の刺客と対決する羽目になる。

「ゴージャス」のタイトル通り、ジャッキー・チェン演じる大富豪チャンのゴー
ジャスな生活ぶりは華麗を極めている。また、出演者もメーンの3人の他、
一瞬サム・リーとチャウ・シンチーも登場していて華を添えている。中でも
チャウ・シンチーの登場シーンはすごくおかしいので、お見逃しなく。しかし、
ゴージャスな雰囲気があるだけに、素朴でナチュラルなヒロイン・プウの魅
力が際だつのである。マフィアの愛人を騙ったり、一生懸命背伸びしている
ところも可愛らしい。演じるスー・チーは決して美人ではないけれども、伸び
やかな手足、くるくる変わる表情が光っている。今回は脇にまわったトニー・
レオンのゲイ達者ぶりもおかしい。もちろん、ジェッキー・チェンのアクションは
相変わらずすごい。今回は、ライバルに差し向けられた、ボクシング・ライト級
のチャンピオンと対決するのたけど、目にも止まらぬ激しい動きを見せてくれ
て、とても45歳には見えない。しかし、中年の男性の余裕を見せつけるよう
な今回の役柄を見るにつけて、やはり彼も年を取ってしまったんだなぁと実
感してしまう。

目新しいところは何もないけれども、アクションあり、ロマンスあり、そして
笑いもある、安心して楽しめる娯楽作品だ。

風雲 ストームライダース(インターナショナル・ヴァージョン) The Stormriders

監督:アンドリュー・ラウ
出演:イーキン・チェン、アーロン・クオック、千葉真一、クリスティ・ヨン、スー・チー

あの千葉真一が、香港のアカデミー賞である金馬奨の助演男優賞にノミ
ネートされたという話題作。チケットの入手も困難で、なんと前売り開始日
の朝7時から並んだというのに、前売り券を買うことができなかった。オー
ルナイト明けという過酷な状況の下、当日券に並ぶ。ゲストとしてイーキン
・チェン、千葉真一も舞台挨拶したということですごい人気だったが、なんと
か立ち見だけど入場することができた。

群雄割拠の戦国時代。天下を征服しようという野望に燃えている雄覇
(ホンパ)は、「風」と「雲」という名前の少年が天下を取るだろう」という占
い師泥菩薩の予言を受け、少年たちの親を殺害して二人を弟子にした。
やがて彼らは成長するが、再び泥菩薩は予言する。風と雲が力を合わせ
たら、雄覇は滅ぼされる、と。雄覇は、天下征服の悲願を達成するため、
運命にあらがい風と雲を滅ぼそうとする。まず、娘の小慈を風と結婚させ
ようとするが、それは、同じく小慈を愛している雲が風を倒すだろうと読ん
でいたためだった・・・。

この作品は映画祭では90分の「インターナショナル・ヴァージョン」で公開
されたため、ストーリーをばっさり切って、「ボンベイtoナゴヤ」みたいにアク
ション中心に作ってある。そのため、ストーリーが多少説明不足になってし
まっている。しかし、エンターテインメント性は十分な作品だ。コミックスが
原作とのことで、たしかにすごくアニメっぽい。「北斗の拳」あたりを思わせ
る部分があるのだ。見せ場は、やはりSFX技術とワイヤー・スタントを駆使
した、とにかくかっこいいアクションシーン。イーキンが、アーロンが、そして
千葉真一が超能力者のように飛び回り、本当に色んな技や魔術を見せて
くれる。このアクションを観るだけでも、十分価値がある。

それと、登場人物がみな抜群にかっこいいのだ。特にアーロン・クオックは
青い髪をなびかせ、美しい肉体を誇示していてまぶしいほどだ。まさにアニ
メにでてくるヒーローのようにしびれる存在だ。千葉真一の圧倒的なカリス
マ性も、雄覇のキャラクターにピッタリ。風と雲にとっては、師匠であり、父
であり、しかも仇でもあるという複雑な存在は、彼でなければ演じられなか
ったかもしれない。

古代中国のようでもあり、中世ヨーロッパのようでもあり、さらには近未来
のようにも見えるスタイリッシュな衣裳も見事。二人の兄弟の宿命、ふたり
と小慈の悲劇的なロマンスといったスパイスも十分。ぜひ、オリジナルの
長いヴァージョンを観てみたい。実写がアニメに追いついたアクションシー
ンの魅力は、必ずハリウッド映画に大きな影響を与えるに違いない。

ルナ・パパ Luna Papa

監督:バフティヤル・フドイナザーロフ
出演:チュルパン・カマトヴァ、モーリッツ・ブライブトロイ、アト・ムカメドシャンフ

タジキスタンの小さな村に住む17歳の少女マムラカット。女優志望の彼
女は、父親と、戦争に行ったために少し頭がおかしくなってしまった兄
ナスレディンと暮らしている。父親はウサギを飼育して売り、マムラカット
は喫茶店でウェイトレスをしている。
マムラカットはある日大好きな芝居を見に行った。その帰り、トム・クル
ーズと握手したと自称する役者に、暗がりに誘い込まれ顔も見ないま
ま犯されてしまう。その上、彼女は妊娠してしまったのだ。
保守的な小さな村では、父なし子を身ごもったということで一家は村八
分にされてしまう。父と兄、そしてマムラカットは彼女を妊娠させた男
を探しに、中央アジア中の劇団を訪ね歩く。しかしなかなかその男は見
つからない。そんなある日、マムラカットは若い医師と出会い、彼は彼
女の子の父親になると言うのだった。

話の筋だけを追うと、なんだか暗くて悲惨な話のようだが、まったく違
う。この映画は、「愛」についての物語である。物語のナレーションを
行なうのは、なんとマムラカットのお腹の中の子供だ。お腹の子供への
マムラカットの愛、父や兄がマムラカットに捧げる愛、壊れてしまった
けどこの上なく純真な兄への、マムラカットの愛。子供の父親になろう
とした医師とマムラカットの愛。父なし子を宿してしまった娘、気が触れ
てしまった息子を優しく包み込む父の愛。「愛」が生み出す生命力が、
この映画を生き生きと楽しいものにしている。そう、この映画には生命
力、躍動感があふれている。村人たちの冷たい目にも負けず、伸びやか
に明るくパワフルに、そして過剰なまでに感情をむき出しにして生きる
マムラカットの家族のことを、観るものはみんな大好きになることだろう。

その伸び伸びとした印象に拍車をかけるのが、中央アジアの広大な原
野を駆けめぐる映像。小型飛行機で旅をする劇団員たち。車にウサギた
ちを乗せて子供の父親を探して中央アジアを走り回る一家。自分が飛行
機になったつもりで走り回るマムラカットの兄。マムラカットが医師と出会
う列車。大地を駆け巡る彼らの姿。走り抜ける馬たち、空から降ってくる
牛。家の中を走りまわるウサギ。そして、海の上での結婚式。

色彩感覚も独特のものがある。芝居の極彩色の衣装や装置も美しいし、
マムラカットが他の娘たちと、果物や農作物を模った妙な衣装を身に着
けてくるくる踊るところも、躍動感があって彼女の生命力を印象づける
ものだ。空からの撮影が多いことも、この独特のファンタスティックで浮
遊感のある雰囲気を作り上げる効果を作っている。

最後の空を飛ぶシーンのファンタスティックで爽快な場面も素晴らしい。
日常的に殺し合いがあったり、戦車が通りぬけたりするようなリアリズ
ム的な描写があるのに、同時におとぎばなしのようでもある。マムラカ
ット役の女優は可愛らしくしかも上手い。「ラン・ローラ・ラン」のマニ役
が印象的だったモーリッツ・ブライプトロイが、壊れてしまった兄という
難しい役を堂々と演じている。

こういう楽しくて素敵な映画に出会えるのが、映画祭の醍醐味といえる。

オネーギン Onegin

監督:マーサ・ファインズ
出演:レイフ・ファインズ、リブ・タイラー、リナ・ヒーディ

19世紀ロシア。没落貴族のオネーギンは、伯父の財産が転がり込み、地方の
大きな屋敷と土地を相続する。その地で、彼はウラジミールという若い地主
と親しくなり、彼の婚約者オルガと、オルガの姉タチアーナを紹介される。
オネーギンは、美しくかつ聡明で進歩的なタチアーナを愛するようになり、
タチアーナも、都会的なオネーギンに思いを寄せる。しかし情熱的な恋文を
送ったタチアーナの告白に対し、オネーギンは拒絶する。そして些細な行き
違いからウラジミールはオネーギンに決闘を申し込む。決闘に敗れウラジ
ミールが倒れたことによりオネーギンはその地から去り、旅に出る。

それから6年後、サントペテルブルグでの舞踏会で、オネーギンはさらに美し
く成長したタチアーナを見かける。彼女は、オネーギンの従兄弟の妻となっ
ていたのだった。

美しく端正な映画だ。サントペテルブルグでのロケ、そして室内のシーンで
の華麗な調度品や衣装。しかし、美しさという点で一番印象的なのは、セッ
ト撮影だったという、湖の桟橋の上での決闘シーンだった。画面構成、カメ
ラの動き方や演出が非常にうまい。また、真夜中、眠れなくなったタチアー
ナがオネーギンへの熱い想いを手紙に綴るところの、彼女の情熱を表現する
演出も独創的で印象的だった。そんな美しい画面の中で、美男美女が苦悩す
るという映画は、私の好みである。中でも、リブ・タイラーが思いのほか非
常に好演していて、ちゃんと上流階級の聡明な女性に見えているし、情熱や
抑え気味の揺れ動く感情まで微妙に表現している。

タチアーナは、オネーギンの亡くなった伯父から本を借りて読むなど知的で、
農奴制にも反対するなど進歩的な女性だった。結婚話にも耳を貸さなかった
彼女が、結局は貴族の妻となり、華やかだけど窮屈な都会での貴族社会に押
し込められる。田舎で野山を駆け巡り、好きな読書に没頭できたほうが余程
幸せだったのに。自身も貴族だった原作者のプーシキンは、ここで暗に貴族
社会を批判している。

そして、タチアーナを愛していながら、自身のプライドの高さから拒絶し、
その結果孤独と絶望だけを残したオネーギン。長い旅から帰って来て(この
へんの時間の経過はわかりにくい)、美しさに磨きをかけたタチアーナを見
かけて恋焦がれた彼は、ストーカーのように彼女の姿を追い求める。でも、
一度は拒絶した相手に、今更想われても彼女は困惑するばかりだ。
タチアーナは、今の貴族社会での暮らしは一種の牢獄だと言う。でも、もう
遅すぎるのだ。今でも、相手を愛しているけれども、どうにもならない。貴族
社会という、規範で感じがらめにされているところに生きているからだ。ふた
りとも、心の中の地獄に堕ちてしまったのだった。タチアーナの邸で、オネー
ギンが彼女に愛を告白する場面は切なさとともに、どこか冷え冷えとした感
覚に囚われてしまった。オネーギンにとっても地獄だけど、タチアーナにとっ
てもこの結末は地獄で、表面上は努めて平静を装っていた彼女の心が、壊
れてしまったことを感じさせた。

雨あがる

監督:小泉堯史
脚本:黒澤明
出演:寺尾聰、宮崎美子、三船史郎、原田美枝子、吉岡秀隆

剣の腕前は天下一品だが、世渡りが下手で不器用な性格が災いして浪人
の身分に甘んじている三沢伊兵衛。彼とその妻たよは、大雨のため安宿に
足止めを食らう。安宿で伊兵衛は、疎んじられている娼婦おきんに優しく接し、
宿の貧しい宿泊客たちとささやかな宴を催して、人々に温かい気持ちを運ん
でくる。ひょんなことから剣の腕を見込まれ、伊兵衛は宿場町がある藩の若
殿様に「師範にならないか」と招かれる。

伊兵衛、その妻たよ、そして若殿様の3人のキャラクターが非常に魅力的だ。
伊兵衛は穏やかで優しい人だが、あまりにも剣術の腕が立ちすぎ、またスト
レートで裏表のない性格がかえって仇となっている。しかし、彼の存在によっ
て宿の人たちや、若殿様の元には温かい風が吹いてくるのだ。人に媚びず、
驕らず、貧しくても信念のままに生きる彼を尊敬し、広い心で見守るのは賢夫
人のたよ。
そして、豪放磊落でちょっと変わり者、血気盛んな若殿様。彼を演じる三船史
郎はなんと20数年ぶりの映画出演。演技派揃いの役者陣の中では、ぶっき
らぼうでやや大根気味ではあるが、なんとも魅力的な若殿様にぴったりはま
っているのだ。血は争えないというか、三船敏郎の面影を残していて、やんち
ゃぶりが絵になっている。なかなか伊兵衛に勝てない家臣に業を煮やし、自
ら槍を持って伊兵衛と勝負しようとするところなんて、とてもほほえましく楽し
い。

黒澤明の遺稿が脚本となっているため、黒澤色の強い作品に仕上がってい
るが、決して模倣に終わっていないところが素晴らしい映画だ。冒頭の大雨
のシーンや森の中での殺陣は「羅生門」を思わせるし、安宿での宴会シーン
は「どん底」。黒澤の志が息づいている。
何しろ、この作品は、地道に生きる心優しい人間を温かく包み込む視線がい
い。何とも言えないさわやかな気持ちにさせてくれる。ラストシーンの美しい
自然の景観は、まさに雨が上がった後の気持ちよさを感じさせる。

アローン〜ひとり Solas (ローサのぬくもり)

監督・脚本:ベニト・サンブラノ
出演:アナ・フェルナンデス、マリア・ガリアナ、カルロス・アルバレス=ノボア

スペインの大都会。暴力的な父の元を離れるため、田舎での生活を捨てて
一人で暮らすマリア。しかし父親に進学を反対されたため清掃の仕事しか
ない。付き合う男性も、父親のような人ばかり。昼間からバーにたむろし、
半ばアルコール中毒となっている。しかも、愛してもいない相手の子供を身
ごもってしまったのだ。

ある時、その父親が倒れ、アンナの住む街の病院に入院した。彼の介護を
するため、母も田舎から出て来てアンナのアパートに滞在する。母親は娘
のことが心配で仕方ない。娘がいない間、部屋を片付け、料理をする。少
しでも潤いのある生活ができるよう、花を買う。買い物に出かけたスーパー
で、母親は隣人の老人に出会う。老人は、身寄りがなく犬だけがかすがい
となっていた。いつしか、母親と老人の間に友情のような愛情が育まれて
いく。
やがて、父親が退院することになり、母親も一緒に田舎に帰ることになっ
た。文盲の母親は手紙を読むこともできない。母と老人のつながりはそれ
までだと思われた。しかしマリアの元を老人が訪れ、新しい絆が生まれ始
めた。


都会で一人ぼっちで生きるマリアは孤独で何もかもうまくいかず、酒にお
ぼれている。マリアの母ローサも、ずっと働かず暴力的な夫に仕え、やは
り清掃の仕事でマリアを育ててきた。夫と心は通い合わず、孤独な存在だ
った。そして老人は早くに妻子に先立たれている。3人とも一人ぼっちだ
った。しかし、母親がマリアの部屋に滞在することがきっかけで、彼らは
みな実は決して一人ぼっちではなかったということが発見されてくる。

マリアは、夫に長年苦しめられてきた母のような人生は送りたくないと考
えている。こまごまと身の回りの世話を焼きたがる母親を鬱陶しく思って
いる。しかしながら、結局彼女が付き合う男性は父のように暴力的で身勝
手な男だ。彼女は自分の不幸な境遇を、父親のせいにし、いつも怒りっぽ
い。そして、アルコールに逃げ込んでいる。

マリアの母は確かに愛のない結婚生活に疲れ果てているし、学もないけれ
ども、娘を思いやり、隣近所の老人が困ったときには助ける優しい心を持
ちあわせている。彼女が夫の主治医の赤ちゃんのために、一生懸命編ん
でいたベビー服をプレゼントするシーンは素晴らしい。贈り物を受け取れな
いと一度は断った医師が、「まるで芸術品だ」とその可愛らしい服を称え
て受け取る。ローサの美しい心をそのまま映し出したような素晴らしいベ
ビー服だったのだ。また、隣人の老人も、裕福ではないけれども、飼い犬
をかわいがり、そして余裕を持ってローサに接する「心の豊かさ」を感じさ
せる、素敵な人間だ。ローサと老人の、遠慮がちながらも深い思いやり
や敬意を感じさせる関係の描き方がとてもいい。こんな年長のふたりの愛、
心のゆとりがやがて、マリアにもゆっくりと伝わっていく。その様子が、
光を効果的に使った美しい演出で表現されている。

マリアがこれまでの人生の中で、父親や恋人にどれだけ傷つけられてきて、
なぜいつも怒っていて酒におぼれているのかを、老人に説明するシーンは
ひりひりするほど痛い。お腹の子供を産みたいのに、自分と同じような人
間が生まれてしまうことを怖がっているマリア。そんな彼女のむき出しの
感情を、おろおろしながらも受け止める老人。たしかに、マリアには何も
ないかもしれないけれど、先の短い老人にくらべればまだ若い。それに、
素晴らしい母親もいるのだ。

ラスト、マリアの母は、このふたりに素晴らしい贈り物を残したことがわ
かる。思わず涙あふれてしまう。人生に希望をなくしかけている人、親と
の確執を抱えている人、には是非見て欲しい、素晴らしい映画だ。(日本
公開は未定だとのことだが、ぜひ公開して欲しい)

海の上のピアニスト The Legend of 1900

監督:ジョゼッペ・トルナトーレ
出演:ティム・ロス、ブルート・テイラー・ヴィンス、クラレンス・ウィリアムズ3世

中古楽器店にトランペットを売りに来た男。売る前に最後に一度、と彼が
吹いた曲と同じ曲のレコードが、この店にあった。存在しているはずでは
なかったこのレコードを録音したピアニストの物語について、トランペッター
は話し始めた。そして、そのピアニストが乗っていた船は、今まさに使命を
終え、爆破されようとしていたのだった。

このピアニストは、大西洋を航海する豪華客船「ヴァージニアン」のピア
ノの上で拾われた赤ん坊だった。黒人機関士が父親代わりにこの子を育て、
生まれた年にちなんで1900(ナインティーンハンドレッド)と名づけた。
ナインティーンハンドレッドは幼いときからピアノの才能を発揮し、船上
のジャズバンドでピアノを弾き大人気となる。そして、そのバンドに加わ
ったのが、トランペッターのマックスだ。ナインティーンハンドレッドの
名声は陸地まで広まったが、彼は、一度も船を下りたことがない。船の乗
客たちと、一瞬だけずれ違うだけ。心を許しているのはマックスだけ。そ
んな彼も、ついに船を下りる決心をするが・・・。

一度も船を下りたことがないピアニスト、ナインティーンハンドレッドが
本当に実在した人間なのかどうかは分からない。もしかしたら、マックス
のほら話なのかもしれない。ファンタジーのような物語なのだ。ナインテ
ィーンハンドレッドという人物の現実感も乏しい。存在したかどうかもわ
からず、地上に降りたことがないから浮世離れしているのだ。ピアノの腕
にしても、現実離れした技巧を誇っている。ティム・ロスは、地上に降り
たことがないため非常にピュアな人間として演出されていて、その点にお
いては説得力がある。現実とファンタジーの間を揺れ動くストーリーとい
うのはとても魅力的なプロットのだけど、あまりにも現実感が乏しい気も
する。

素晴らしいシーンはいくつかある。中でも、初めてマックスがナインティ
ーンハンドレッドに出会った嵐の夜のシーンは見事だ。人気のないホール
で、ピアノのストッパーを外し、船のゆれに合わせてグラグラとピアノが
転がりながらナインティーンハンドレッドが演奏する様子は、幻想的で強
く惹かれる。

もう一つの見せ場は、天才ピアニストの噂を聞きつけて、ジャズの創始者
ジェリー・ロール・モートンが決闘を挑んでくるシーン。ジェリーの挑戦
を軽く受け流したかのように見せて、実際はその凄まじいテクニックを見
せ付けるところだ。ここの演出は実はさほど好きではない。もっとナイン
ティーンハンドレッドに正統的な演奏をして欲しかった。あからさまに技
術を見せ付けるだけの演奏になっているというのはちょっと・・・。

そして、ナインティーンハンドレッドのただ一つの恋。甘くて儚い淡い恋
愛の物語は美しいのだけど、やはりちょっと描き込みが足りないような気
がする。どうやら、この映画には「ニューシネマパラダイス」と同じく完
全版が存在していて、この恋愛の部分についてもっと掘り下げているらし
いのでそちらに期待したい。

甘くノスタルジックでファンタジックな雰囲気はよく出ているし、エンリ
ア・モリコーネによる音楽もいい。豪華船の華やかな雰囲気、そして戦争
が終り壊される前のうらぶれたヴァージニアン号の寂寥感も魅力的だが、
もう少し心に響いてくる映画にできたような気もして惜しい。