11月5日(ファンタ最終日)
今日はいよいよ、ファンタのクロージングの日だ。しかしながら、今回の映画
祭最大のピンチ、でもあった。この日は会社の引越しの日だったのだ。引越し
といっても同じフロアの中を動くだけなのだが、それでも自分が管理している
膨大な荷物がある。そして、自分の引越し作業が終った後でも、会社では誰も
帰ろうとしていない。気の小さいわたしは、なかなか会社を出ることができな
い。ようやく会社を出ることができたときには、もうすでに開演時間であった。
というわけで、パンテオンに到着できたのは開演時間の20分遅れの時間だった
のだ。
監督:デビット・リンチ
出演:リチャード・ファーンズワース、シシー・スパイセク、ハリー・ディーン・スタントン
上記の事情により、映画が始まってから10分間ほどは、観ることができなかっ
た。非常に悔しいが仕方ない。
デビッド・リンチが新境地を開いたというこの作品。実話に基づいた涙のスト
ーリーということで、実はそれほど期待していなかった。しかし、観ていく内
に、方々でリンチ節が出て来ているのは、さすがというべきか。
アイオワ州に住む73歳のアルヴィン・ストレイトは、長年疎遠となっていた兄が
病で倒れたことを知り、彼に会いに行くと決心する。彼は目も足も不自由なので、
車を運転することはできない。頑固な性格ゆえ、人に車に乗せてもらって行くと
いう選択肢もとらない。唯一彼が乗ることができるのは、時速5マイルのトラク
ター。そのトラクターで、彼は300マイル離れたウィスコンシン州へ向かう。
一人の老人がノロノロ走るトラクターで、 6週間もかけて兄に会いに行くという、
たったそれだけの話。それなのに、決して飽きることなく観ていられる。こんな
無謀な旅行に父を送り出した、唯一同居するちょっと知恵遅れの娘。最初のトラ
クターは途中で故障して再度出直すことを余儀なくされる。道中出会ういろんな
人たち。ちょっとしたアクシデント。リンチ特有の、アメリカの田舎の不思議さ、
奇妙さがここでも出ているのがとても面白い。鹿を轢いてしまった女性、双子の
修理工などなど・・・。これまでのリンチの映画に登場してきた奇妙な人々は、
どちらかというと得体の知れない不気味さを感じさせていたのが、今回はなんだ
か楽しさ、おかしさをもたらすものになっている。
なんといっても惹かれるのが、アルヴィン・ストレイトという老人のキャラクターだ。
とにかく頑固一徹。トラクターで兄の住むマウント・ザイオンまで行くと決めたら譲
らず、途中親切な人が車で送ってくれるといっても遠慮する。トラクターが故障し
たときも、民家に泊めてもらわずにその庭先で野宿するし、修理代に困って娘に
電話するため電話を借りたときも、お金がないのに電話代を置いていく律義さ。
こんな性格だから、あのノロノロしたトラクターであんなに長い旅を続けられるの
だろう。普通の人間からすればほとんど狂気の沙汰である行動も、彼の場合説
得力がある。出会う人との対話の中でポロリと出てくる、味わい深い言葉。決し
てお涙頂戴にならずに、彼の人格の崇高さをシンプルに語っている。
そして、印象的なのが、トラクターのゆっくりしたスピードの視線で見る自然の
美しさと爽快さ。たそがれていく空の色の変化、そしてラストシーンの星空も宝
石のように美しい。本当になんてことはないのだけど、そういったシンプルなも
のにも感動させてしまうという不思議な魔力を持った映画になっている。
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映画の余韻も冷めぬ内に、今度はファンタスティック映画祭のクロージングセレ
モニーとなった。パンテオンの天井から降ってくる桜吹雪。そして、ゲストが登
壇する。なんと、あの「美少年の恋」の監督とダニエル・ウー、テレンス・インも
いる。(彼らはなんと自腹を切って来日したとのこと)ダニエル・ウーはもう輝き
が違う!そして、テンガロンハットをかぶった千葉真一、剣太郎セガール、
佐伯日菜子、石川三千花、奥山和由、カン・スギョン、ダンス・マンなどなどの
ゲストが登場。小松沢プロデューサーは「人間はバカにならないといけないんだ。
そのバカの代表が、ここにいる千葉真一だ。日本でも大スターなのに、敢えて裸
一貫で香港の映画界に飛び込んで、ついに「風雲」で大ブレークするんだから」
と熱く語った。スポンサーが降板するなど開催が危ぶまれたファンタスティック
映画祭だったが、なんとか今年も開催することができて本当に良かったと思う。
ここにいるファンタのファンたちがいるからこそ、やり通すことができたのだ、
と実感したクロージングだった。
そして、幸運にも打ち上げパーティに顔を出すことができたのだが、やっぱり目は
ダニエル・ウーとテレンス・インの「美少年の恋」コンビに釘付け。ダニエル・ウーの
顔の小さいこと!テレンス・インも目がキラキラしていて、一瞬目があってニコっと
微笑まれたときには、もう天にも昇るような気分になってしまった。わたしはあん
まりアイドルとか興味がないはずなのに。狭いパーティ会場にはまるで満員電車
のように業界関係者やら芸能人やら文化人がいる。ちょっとすれ違った千葉真一
はとても愛想が良くて、とってもいいイメージを持ってしまった。
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11月6日
いよいよ映画祭も終わりに近づいてきた。この日は、最初の映画は5時スタートということで
比較的余裕のある日程だったはずだ。昼過ぎまで、たまっていた家事を片づけた。そして、
開演1時間前に到着したら、会場前はすでに長蛇の列。映画祭では見たことのなかった
ダフ屋まで出現。(このダフ屋たちは、午前中の「ガラスの脳」の流れで残っているようだっ
た)でも、なんとかそこそこの席を確保することができた。しかし、周りを見回してみると、ほ
とんどの人があの赤い招待券か、渋谷区発行のハガキ(招待状)持参で、チケットぴあなど
のチケットを持っている人はほとんどいないのだった。わたしはこの映画はどうしても見たく
て、「クリミナル・ラバーズ」蹴ってまで行ったので別に1000円払っても全く不服はないのだ
が、この招待券の多さには驚いた。そして、開映間際の時間に、外を見てみると、まだもの
すごい数の人が並んでいる。後で聞いた話だと、なんと1500人もの人が入れなかったとの
こと。で、入れなかった人は次の日に緊急で上映をしたそうだが、次の日に予定が空けられ
ない人だっていたわけだし、これこそとんでもない不手際だったと思う。
しかも「シュリ」の上映の前にアジア映画賞の授賞式があったのだが、審査委員長の崔洋
一による長いスピーチと、通訳の技術的未熟により、なんと1時間にもわたる長い授賞式と
なった。賞はひとつしかないのに。しかも客席の大部分が、招待券を持っていた人だったと
いうこともあって、みんな飽きて席を立つは、客席で携帯電話で話し出す人はいるわ、子
連れで子供は泣き出すわ・・・。映画が素晴らしかっただけに、あの上映環境のひどさと、
運営の不手際には呆れた。また、あまりにも授賞式が長引いたため、次の映画「シチリア!
」はほとんど見ることができなかったのだ。
監督:カン・シェギュ
出演:ハン・ソッキュ、キム・ユンジン、チェ・ミンスク
韓国の情報機関に勤めているジュンウォンは、恋人ミョンヒョンとの結婚を間近に
控えていた。そんなとき、彼が接触を図った武器密輸商人と、特殊兵器を研究す
る研究者が殺されるという事件が相次いだ。ジュンウォンは、これらの事件の犯
人を、北朝鮮特殊部隊の腕利き女性工作員イ・バンヒとにらむ。殺された研究者
が開発していた新型液体爆弾CTXを彼女の特殊部隊が狙っていることを知り阻
止しようとするが、呆気なく強奪されてしまう。そのころ、熱帯魚の店を経営して
いるミョンヒョンの精神状態が不安定になっていく。そして、盗まれたCTXは、南
北の首脳が観戦する2002年のワールドカップに向けた南北朝鮮交流試合が
催されている、満員のサッカースタジアムに仕掛けられていたのだった・・・。
冒頭の北朝鮮特殊部隊の訓練風景にまず度肝を抜かれる。スタイリッシュでハ
ードなアクションシーンには頭を殴られた衝撃を受ける。ハリウッド映画も真っ青
の迫力があふれ、香港ノワールの影響も受けたようなカッコ良さだ。しかも、大が
かりなアクションだけではない。ジュンウォンとミョンヒョンの運命的な、悲劇的な
恋愛もドラマティックに描かれている。
すごいのは、北朝鮮の工作員を一方的に悪者に仕立てているわけではないこと。
北朝鮮特殊部隊のリーダー、パク・ムヨン(世良公則と西岡徳馬を足して二で割
ったような渋い男)はいつか南北の民族がまた一つになることを願っている。タイ
トルの「シュリ」とは、朝鮮半島の水のきれいな川に住む淡水魚であり、北朝鮮
特殊部隊のコードネームでもある。南北の民族がいつの日か一つの川で泳ぐこ
とができるよう願いが込められた名前なのだ。そして、ミョンヒョンが熱帯魚を愛し
ていることにも隠喩がある。分断された民族の悲劇が心に響いてくる描写が随
所に出てくる。最後の方はもう涙なくしては観られない。
ミョンヒョンの正体、サッカースタジアムに仕掛けられた爆弾と、これまでの映画
でも使い古されたモチーフがちりばめられているのに、この映画は大きな感動と
震えるほどのインパクトを持っている。まず、これは朝鮮民族にしか作ることので
きない、民族の悲劇を扱っていて、しかも一面的な見方ではないということ。こ
の悲劇がストーリーの根底に流れていて、エモーショナルに歌い上げられている。
そして息詰まるスパイ合戦。悲恋。同志愛。「魚」のモチーフの巧みさ。そしても
ちろん、アクションシーンの高い技術。スペクタクル。これが一つになって、エンタ
ーテインメントとして非常に質の高い映画ができた。ハリウッドでなくても、アジア
でもこんな一級品の映画を作ることができるのだから、日本映画界もがんばらな
くてはならない、と思わせる。
監督:ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ
出演:ジャンニ・ブリスカーノ、アンジェラ・ヌガラ、ヴィットリオ・ヴィニェリ
アジア映画賞の長いスピーチのおかげで、この66分しかない映画のうち、なんと
ラストの20分しか見ることができなかった。そのため、ちゃんとした感想は書けない
のが残念だ。とても面白い映画だったから、余計惜しい。
アメリカで15年間を過ごしたシルヴェストロは故郷のシチリアに帰ってくる。道中
いろんな人に出会い、そして夫を捨て一人で暮らしている年老いた母親に再会
する。この母親の話がめっぽう面白い。母親は、夫が女遊びが激しく、女たちを
家にまで連れてくるのに我慢ならなくて彼を追い出した。厳しい存在だった彼女
の父親より、優しいけど女好きな夫の方を憎んでいる。しかし、そんなことを言っ
ていても、母も実は浮気をしていたのだった。浮気相手について息子に得々と
語る母親。そして広場に出かけたシルヴェストロは、ナイフ研ぎ職人に出会う。
ナイフ研ぎの職人は、この世の中の美と罪について、詩のように語る。しかし
このシーケンスもとても不思議でユーモラスだ。モノクロ映像が美しい。機会が
あればぜひ全編通して観たい映画だ。
監督:ラム・ゴハル・ヴァルマ
出演:チャクラヴァーティ、ウルミラ・マートンドカル
インドではちょっと珍しいギャング映画。もちろん踊りや歌のシーンもあるが、他の
作品に比べればだいぶ少ない。その代わり、アクション場面、バイオレンスに満ち
ている。埃っぽいムンバイの街は、いかにもノワールな作品に似合っている。古典
的ともいえるギャングストーリーだが、「インド映画」的に消化しているのはなかな
か大したものだ。
ムンバイにふらりとやってきた若者サティヤ。チンピラとして刑務所に入り、そこで
知り合ったビクに可愛がられ、持ち前の頭の良さで次第に出世していく。ギャング
からは議員となる男も出てきたりして我が世の春を謳歌するサティヤ。暗黒街での
自分の仕事の内容を隠し、美しい歌手の恋人ヴィディヤも手に入れる。しかし、栄
光の日々は長く続かなかった・・・。
まるでアメリカのギャング映画にでもありそうな話だが、インドらしく、歌、踊り、ロ
マンスも盛り込まれている。サティヤと彼の先輩格ビクとの師弟愛、激しいアクシ
ョンと見所も多い。街頭でのアクション場面はなかなか迫力がある。映画の中で
印象的なのは、サティヤが恋人と映画館に行き、出口でいきなり検問が行われる
ところ。いつ見つかってしまうのか、すごくドキドキした。祭りの最中の暗殺シーン
もインド映画ならではの豪華さだ。
サティヤはいかにも頭のいいギャングらしく、シャープな風貌と、肝の据わった暗い
目が印象的。若いとき(「セルピコ」あたり)のアル・パチーノを思わせるところがある。
恋人役のウルミラの美しさはまた格別だ。インド女優にしてはスリムでお姫様の
ように古典的で上品な美貌の持ち主である。しかし、それだけに、サティヤをまっ
とうな人間だと信じて愛した彼女の悲劇が際だってしまうのである。あともう少し
で自由の身となれると思ったのに、全てがむなしく消え去ってしまうこのやるせな
さ。結局暴力でのし上がっていた人間は、暴力によって滅びてしまうのだった。
こんな悲劇的でアンチ・ハッピーエンドの作品はインド映画には珍しい気がするが、
後味は悪くない。難を言えば、インド映画なので当たり前だけど上映時間が若干
長いのと、前半がちょっともたついているくらいだろうか。
監督:アッバス・キアロスタミ
出演:ベーザード・ドーラニー
クルド人の小さな村に、テヘランから一人の男性ベーザードがやってくる。最初は宝
探しに来たということになっていたのだが、実は、彼はドキュメンタリーを撮っていた。
この村の葬式が独特だということで、彼はある老婆の死を待っていたのだ。ところが、
老婆はなかなか亡くならない。そのため、彼は一向にこの村を出ることができない。
村人たちも、薄々彼の目的に気が付いていく。そして、ある日穴を掘っていた男性が
生き埋めになり、偶然近くで電話していたベーザードの機転で男性は助けられるのだ
った。
まず、このイランの小さな村での映像の美しさに魅せられる。黄金色に輝きたなびく草
原。白い壁と青い扉の建物、美しい民族衣装の女たち。草原の中を車やバイクが疾走し
ていく場面は息を呑むほどの美だ。しかしこの映画の魅力はその風景の美にのみあ
るのではない。
まずは、思わず笑いを誘われる場面。この村では、携帯電話を着信することはできる
のだが、電波の状態が悪いので、電波が良く入る丘の上まで走らなくてはならない。
ベーサードにテレビ局や家族から電話がかかってくるたび、彼は車で丘の上の墓地
まで走る。小さな村で、都会と接点を保ち続け、文明の利器に振り回されている男の
滑稽な姿がある。
電話に限らず、多くの場合、ベーザードの話す相手は姿が見えない。たとえば、彼が
いつも電話を受信するたび車で乗り付ける丘の上。ここの下の墓地では、ケーブルの
敷設工事のため穴に潜っている男がいる。ベーザードは、この姿の見えない男と対話
をする。丘の上のベーザードと、穴の中の男。村の中でも、階段を上ったり下りたり、
縦の動線を感じさせる場面が多い。この穴掘りの男性の恋人にベーザードは牛乳を
もらいにいくが、彼女も暗い部屋の中にいて姿が見えない。でも、そんな彼女が美しい
詩を読む。映画のタイトル「風が吹くまま」はこの詩の中のフレーズである。こんな詩を
読む女性はどんな姿をしているのか、好奇心に駆られても見ることはできない。死に
瀕している老婆もまた、姿を見せることはない。姿が見えないだけに、イマジネーショ
ンを刺激するのだ。
大きなお腹を抱えていた妊婦がある日突然子供を産んでいて、何事もなかったかの
ように働く姿。ひっくり返された亀が懸命に元通りになる姿、フンコロガシが糞を転が
していく様子。何気ない日常の営みの美しさ、力強さは、まさに生の賛歌である。老
婆の葬式のために村にやってきたことが知られてばつが悪い思いをしたベーザードが、
穴掘りの男性を助けたことで救われるという幸運。言葉だけでなく、風景自体も雄弁
に人生の哲学を語り、観客に人生の意味を考えさせているという希有な作品である。