とらばいゆ

監督/脚本:大谷健太郎
出演:瀬戸朝香、塚本晋也、市川実日子、村上淳、山口美也子、大杉漣、鈴木一真

女流棋士の姉妹、麻美と里奈は名人戦のB級リーグに所属。麻美はサラリーマン
の一哉と結婚しているが、スランプでなかなか勝てない。里奈の家には売れない
ミュージシャンの弘樹が居候中。ある日麻美は一哉に仕事と嘘をついて棋士仲間
と競馬場に出かけたが、そこで里奈が元カレといるのを発見。口裏を合わせてくれ
と頼みにきた里奈に「嘘つき」と言い放ったことで、一哉に彼女も嘘をついていたこ
とがバレてしまう。対局で負けた麻美は、一哉と大喧嘩して家出。里奈のアパート
を訪ねるが、弘樹に里奈が実は料理が得意だという話をしてしまい、姉妹の仲は
さらにこじれ、夫婦仲も危機に。麻美が負ければC級リーグ゙に落ちてしまう最終局
は、姉妹対決となるのだが…。


瀬戸朝香演じる麻美は相当イヤな女なのだが、同じく働く奥さんである私には、わ
かるわぁ〜というところもあった。うちはオットが相当できたオットで、妻に全く家事
を要求せず、せいぜい部屋が死ぬほど散らかっているときに小言を言うくらいだが、
多分そんな人はなかなかいないと思う。それでも、仕事で凄く疲れているときに、
メシがないなんて言われたらちょっとキレるかも。仕事だとウソをついて遊びに行っ
たこともあるし、そういうことをしたくなる気持ちもなんか理解できちゃうわ。

麻美の、女流棋士という職業に対する意識はなかなか立派なものだと思う。彼女
は何よりも将棋が大事なのだ。演じる瀬戸朝香はすごく綺麗な女優さんなんだけ
ど、わざとセクシャルな感じを避けた服装―一度もスカートは穿かないし、トップス
もシャツかタートルネックかのどちらかになっていて、「闘う女」って感じがする。も
のすごく肩に力が入りまくりで、あれでは人生なかなか生きづらいだろうな、とは
思うものの、ハッキリと「家庭より将棋が大事」と言い切り、「C級リーグに落ちたら
離婚だからね」と言い切る姿勢は潔い。最終局、妹に「私は負けてもいいと思って
いる」と言われても断固拒否して、戦い抜くなんて、カッコいいじゃないの。

麻美と里奈はとても似た姉妹だ。二人ともへらず口で、気が強くて絶対に自分の
非を認めない。頑固だけど頼もしい女たち。彼女たちの違いは、妹である里奈の
方が少し柔軟性があって、世渡りが上手で、気配りができること。麻美はとにかく
猪突猛進型で絶対に自分を曲げない信念の女だ。象徴的なのが、彼女が対局に
負けた日に、オットの一哉が買ってきたお弁当を見事に叩き落とすところ。ひえ〜
って感じのところだが、あまりの見事さにあっけにとられてしまった。そんなわけで、
似た者同士の気の強い姉妹が喧嘩を始めたら、もう止まらない止まらない。へらず
口が二人ぶつかるわけだから!そして、お互いの罵倒合戦の楽しいことといったら!

大谷監督の前回の作品『avec mon mari』も、とにかく台詞が多い映画だったけど、
この映画の台詞の応酬も凄い。これだけたくさんの台詞をよくもまあ覚えられたも
のだ。しかも、ほとんどが喧嘩口調なのが面白い。前述の「弁当叩き落とし」のシ
ークエンスの瀬戸朝香のマシンガントークなんてもう実に見事なまでの勢いでテン
ポ良く台詞がぽんぽん飛び出してきて、気持ちいいほどだ。

映画のポスターやチラシのビジュアルでも象徴させているように、二人で向き合う
ことを大事にした映画だといえる。とにかく、二人の登場人物が顔を突き合わせあ
って、コミュニケートする場面というのがとっても多いのだ。大谷監督の演出はとい
うと、長廻しを多用していて、将棋会館のシーンや、複数の登場人物が登場する
シークエンスなどにそれが観られるわけだ。が、丁丁発止でやり合っているときの、
二人の人物がお互いに顔を突き付け合い、向かい合ってシメントリーな形でいると
きの構図が一番印象に残る。ラスト近く、麻美と一哉の夫婦がソファーの角で将棋
を指している姿の構図の左右対称の構図は実に安定していて美しい。実は、さんざ
ん減らず口の応酬を繰り広げてきた二人なのだが、この将棋のシークエンスでよう
やくこの二人は本当にわかりあえたんだな、という暖かい気持ちになれるシーンだ。

麻美の部屋にしても、里奈の部屋にしても、テーストは違うけれども将棋盤の目を
意識した四角を多用したインテリアの使い方がとっても巧みだ。映画業界の人には
おなじみの映画美学校がロケに使われていたのにはちょっと笑ってしまったが。

とことん気の強い女たちに対して、とても優しくて物分かりの良いのが、麻美の夫
一哉と、里奈の恋人である弘樹。ただし、優しさというのはずるさとか保身と表裏
一体のものであるという部分もきちんと描けている。こんなに思いやりがある男だ
と見せかけて、妻の悩みよりも食べることのほうが大事な一哉の姿というのがとー
っても笑わせる。っていうか、人間ってちゃんと食べているかどうかというのが実は
すごく大事なのであって、おなかがすいていたら何もできないし考えられないもの
であるという一方の事実を語っているのだ。でも、相手にしてみれば、「あたしのこ
とより食べ物のほうが大事なの!?キーっ!」って感じになってしまうのだ。休みの日
に家事をやらない妻をしっかりなじっているし、塚本晋也の人のよさそうな表情に
騙されてしまうし、キツイ麻美にくらべておだやかなのだけど、冷静に考えると意外
とカレにも保守的な面があるという感じがする。

それにしても、塚本晋也のいまいちさえない感じのサラリーマンぶりは実に見事。
とても、『殺し屋1』の怪しいジジイを演じたり、『バレット・バレエ』のようなハードな
映画を撮っているような人には見えない。なんとなくしょぼくれていて、気の強い奥
さんの尻に敷かれている情けない、でも優しいリーマンぶりが堂に入っている。
だけど、こんな二流サラリーマンがあの高級マンションに住めるとは(だって、巨人
の松井だって住んでいるところなのよ、あそこは)思えないし、奥さんが将棋に熱中
していて家のことをやらないわりには、とっても片付いていて生活感がないのがちょ
っと難だと思うけど。

ツッコミどころもないわけではないけれども、テンポがよく楽しい台詞の応酬、仕事
に賭ける女の強さと、そのパートナーとして向き合おうとする男たちの姿が可笑しく
も身につまされる、とっても楽しい映画だ。