Queen Victoria 至上の恋 Mrs Brown

監督:ジョン・マッデン
出演:ジュディ・デンチ、ビリー・コノリー

ヴィクトリア女王役のジュディ・デンチ、ブラウン役のビリー・コノリー、二
人の演技が素晴らしい。厳しく心を閉ざした女王がブラウンによって一人の女
として扱われたとき、その表情にさす色、恥じらいが魅力的に表現されていま
す。ブラウンも、「粗にして野だが卑ではない」という好漢ぶりで、彼の生ま
れ育ったハイランド(スコットランド)の土地のような、無骨でストレートだ
が誇り高く優しい、男っぷりの良さです。従僕でありながらも、彼こそ本当の
ナイトだったのでしょう。荒々しい海の中へ「俺は誇り高いハイランダーだ!」
と素っ裸で飛び込むところなども、彼の性格をよく表しています。

ある意味で理想的だった二人の関係を引き裂く権力と王室のしばりの冷徹さが、
豪華な調度品の間を流れる空気に漂い、結局女王は王室の人間でありそこを離
れるわけにはいかない、哀しいけど厳然としたその選択に至るまでの心情もき
め細やかに描かれている。
「わたしはあなたなしでは生きていくことができない」という女王の告白は激
しく、このときだけは、女王は女王でなく一人の女なんだな、友情ではなくて
愛情なんだな、と実感。

ブラック・マスク 黒侠

蝶のように舞い、蜂のように刺すとは、ブルース・リーを形容するために
使われた言葉だった。しかし今、こうやってジェット・リーことリー・リ
ンチェイのアクションを見ると、この言葉は彼にも当てはまるということ
がわかる。
実は、恥ずかしながら彼の作品を見るのははじめてだったが、あまりの華
麗なアクションの数々に、圧倒されてしまった。

ストーリーは単純だ。痛みを感じないように神経を改造された兵士たちが
反乱を起こしそうになり、政府によって大部分が抹殺される。その中の一
人だった主人公は過去を忘れることにして、平凡な図書館員として働き、
地道な生活をしている。だが、友人の刑事シック(石頭)(ラウ・チンワ
ン)の危機を救うため、「ブラック・マスク」となり、麻薬取引に暗躍する
兵士たちの残党と闘うことになる。

ストーリーは荒唐無稽といっていい。リー・リンチェイのマスク姿もあまり
かっこいいものではなく安っぽいし、兵士たちの残党が絵に描いたような悪
者だったりして笑ってしまう部分もある。しかし、痛みを感じないという設
定が激しいアクションには効いている。どんな目に遭っても、とことんまで
闘いつづけることができるからだ。麻薬組織のアジトの中での戦いや、鉄塔
の上での空中戦もすごい。とても人間がやっているとは思えない、奇跡のよ
うな動きを見せてくれる。

また、脇役がいい。ブラック・マスクの図書館の同僚カレン・モクはおきゃ
んでかわいいし、寡黙だけど人情に厚い刑事のラウ・チンワンも熱いものを
感じさせてくれる。マスクを取った状態のときはおとなしくて地味でいい人
なのに、なんでこんなにアクションがすごいの、と思わせるリー・リンチェ
イは童顔で得をしている。これら役者のキャラクターが、B級映画に味わい
を与えてくれる。

メイド・イン・ホンコン 香港製造

1997年 香港
監督:フルーツ・チャン
出演:サム・リー(チャウ)
   ネイキー・イム(ペン)
   ウェンバース・リー(ロン)
エグゼクティブ・プロデューサー:アンディ・ラウ


中国への返還という、一つの時代の終焉を背景に、閉塞感が漂う若者たちの
生き方を鮮烈に切り取った、低予算のインディペンデント映画。貧しく、家庭は
崩壊し、未来も夢も感じられない彼らが、必死に生きようとしながらも死にも
魅せられていく様を描ききっている。重病で余命幾ばくもないペン、拾った遺
書を通して自殺した少女と夢を通じて繋がっていくチャウ・・。遺書を受け取
った晩から、夢枕にサンが立つようになり、チャウは夢精する。
そう、何もかも密接に「死」に結びついている。

象徴的なのが、自殺したサンのお墓を探そうと、チャウ、ロン、そしてペンが
高台にある墓地を歩き回りサンの名前を呼ぶ場面。青い空、強烈な日差し、鮮
やかな緑。生き生きと美しい場面なのに、死の匂いも強烈に漂う。中でも、余
命いくばくもないペンは、迫り来る死の気配におののいていなければならない
のに、明るく元気にお墓の上を飛び回っている。そして、フラッシュバックで
繰り返されるのは、サンが飛び降り自殺をして、赤い血がいくつもの筋になっ
て灰色の路面に広がっていく場面。

社会からは落ちこぼれ、父とも母ともはぐれ暗黒社会ともつながりを持つチャ
ウだが、知恵遅れでいじめられているロンをかわいがり、ペンのために腎臓を
提供しようとするなど、優しさを持ちあわせていて、懸命に自分の存在価値を
探し求めようとしている。しかしもがけばもがくほど、事態は悪化し、追いつ
められていく。今の香港社会の底辺に漂うやるせなさがひしひしと伝わってい
く。こんな社会の中で、チャウ、ロン、ペン、サンは「死」を通して強く繋
がっていく。サンはなぜ死を選んだのか、ペンの家はなぜ借金まみれなのか、
そんなことは誰も知らない。それよりも、お互いを求める気持ちが強いのだ。

そして、若くて純粋な心を持った者たちが、不条理な「死」にたおれていく様
はやるせない。この映画で初めて知ったのだが、香港のお墓には、そこに埋め
られている者の遺影が貼ってある。墓石に若い人の遺影があるだけで、なんと
もいえない悲しみに襲われるのだ。

この映画は、余ったフィルムを集めて、低予算で作り上げた作品である。出演
者も、ほとんどが演技初体験の人ばかりだ。しかしなが
ら、街でスケボーしているところをスカウトされたチャウ役のサム・リーは、
まさにチャウそのものの、ぎりぎりのところを生きている格好良さが光り、存
在感が素晴らしい。

現代の香港を映し出す、「リアル」でせつない映画だ。

キラー・コンドーム

「キラー・コンドーム」このタイトルを聞いたら、ホラー映画か、とんでもな
いC級映画を想像すると思う。たしかに、おバカでしょーもない映画だ。だけ
ど、想像したよりはまともで、愛のある映画なんです。

基本的な設定はとっても笑える。舞台はニューヨーク。だけど、ドイツ映画な
ので、登場人物は全員ドイツ語を喋っている。大統領候補まで出てくるのに、
彼ですらドイツ語で演説してしまう。

主人公はイタリアのシチリア島出身のニヒルな刑事。その名もマカロニ!もち
ろんドイツ語を話し、大都会の生活に心はすさみ、シチリア島の故郷に思いを
馳せている。この刑事はゲイである。しかも、美しくない。

ある日刑事は美少年の男娼をナンパして、いい思いをしようとしたところ、連
れ込み宿に備え付けてあったコンドームに、歯を剥かれタマをかじられてしま
う。そこで、執念を燃やし、まわりからは信じてもらえないのだが、この恐る
べきキラーコンドームと対決するのだ。

キラーコンドームというと恐ろしいものを想像すると思う。だけど、このコン
ドームが恐るべき牙を剥く前の姿は、ぴょこぴょこ音を立てて動いていて、な
んだかとってもかわいらしい。男性の大事なものをガブリと噛みきり、くわえ
たままテケテケと走り去っていく姿も凶暴なのだけど愛嬌がある。そして、大
統領候補の豪華なホテルのバスに浮かべたあひるちゃんの上で、ジョーズの
テーマとともに襲いかかってしまったりするのは怖いのだけど、間抜け。

刑事と美少年の恋、刑事をストーカーする不気味な女装男、とこの映画はなぜ
か愛がいっぱい詰まっている。そして、キラーコンドームの正体とは?

「エイリアン」のデザインでとっても有名なH.R.ギーガーが、マッドサイエン
ティストの実験室をデザインしたとかで、この映画は彼の関わったすべての映
画の中で一番良かったと絶賛したそうだ。どんな感じかは、見てのお楽しみ!

途中間延びするところも正直あったけど、意外と拾いものをしたと思う。登場
人物がみんな愛すべき存在なのも、なんだかいい。

天使が見た夢


監督:エリック・ゾンカ
出演:エロディ・ブシェーズ、ナターシャ・レニエ、グレゴワール・コラン

気ままに、流れるように生きている女の子イザと、繊細で突発的にキレる女
の子マリー。偶然知り合った孤独な彼女たちが、マリーの知り合いで交通事
故で入院しているサンドリーヌのアパートで一緒に暮らし始める。はじめは
仲の良かった彼女たちだが、マリーがプレイボーイで金持ちの男と恋に落ち
たことから、関係が崩れていく。

この映画を観ながら、自分自身の経験がだぶってしまいました。親友の女の
子がろくでもない男とつきあっていて(私が紹介したんですけど)、あんな
男とは別れてしまえ、とこちらがさんざん言ったのに彼女は思いっきり彼に
傷つけられたあげく、私のせいで別れることになったと恨んて、絶交状態に
なってしまったのです。マリーにちょっと似た、生命力の細そうな女の子で
した。女性なら、一度くらいこういう経験もあるのではないでしょうか。だ
からこの作品は、客観的に観ることができなかったです。

マリーの、誰からも本当に愛された経験がないだけに、必死に愛を求める姿
がとてもせつなく思えます。自由気ままに生きているように見えるイザも、
本当は同じくらい傷つきやすく、病院で眠りつづけるサンドリーヌの存在で
かろうじて救われていたのでしょう。(マリーがあそこまで脆い理由をもう
少し描いてもらったら説得力もさらに増したはず)孤独のつらさ、貧しさ、
一人で生きていくことの厳しさ。彼女たちのライフスタイルはさておき、と
ても「リアル」で心に痛い映画でした。ふたりの女優の演技は素晴らしく、
本当にイザとマリーがそばにいるような気がしました。

若い女性の心情を赤裸々なまでに綴っているから、男の人には少しキツイか
もしれません。

ガッジョ・ディーロ Gadjo Dilo

ガッジョ・ディーロとは、ロマ語(ジプシーの言葉)で「よそ者」という意味。主人公の
ステファンはロマの音楽に魅せられ、幻の歌姫ノラ・ルカを求めてパリからルーマニ
アにあるロマの村にたどりつく。よそ者には冷たいロマの人々も、やがて心を開くよう
になり、そして彼の人生も変わる。

この映画は、よそ者としてロマの共同体に入り込んだ青年が、やがてよそ者では
なくなる過程を描いたものだ。ロマの人々は音楽を中心とした生活を送り、誇り高く
情熱的に生きている。他の民族の人々には理解できないような生き方をしているた
め、差別されたり、忌み嫌われたり、弾圧されることもある。しかし、この映画を観て
いると彼らのことが大好きになってしまう。音楽も、これまで聴いたことがないような
ものだが素晴らしい。ロマの人たちの悲しみ、怒りなどの情念が込められている。

村の音楽師の老人イジドールを演じるのは俳優でなく、本物のロマの音楽師。音楽
をまさしく自分の血肉として生きていて、喜怒哀楽も激しいが全身で音楽を感じ、
表現するさまは強烈な存在感があり、ロマの生き方を体現している。ステファンが
やがて恋に落ちる女性サビーナも魅力的だ。ベルギーにて夫とともにダンサーを
していてフランス語がわかることからステファンとロマの人々との通訳を務め、彼と
ロマとの橋渡し役となる。夫を捨てて生きる奔放な性格の彼女が、全身で感情を
表現するダンスの魅惑的なこと。ステファンとサビーナだけがプロの俳優によって
演じられているのだが、サビーナを演じるローナ・ハートナーは人並み外れていて、
まるで爆弾のような熱い熱い情熱を魅せてくれる。

歌姫ノラ・ルカがすでにこの世にいないことを知ったステファンは、ロマの音楽を集
めることに熱中する。彼がロマの共同体に溶けこみつつあったある日、悲劇的な
事件が起き、彼は村を去ることを決意する。しかし、結局彼はこれまで集めた音
楽のテープを葬り、その上で踊り始める。そう、ロマの音楽を蒐集品として集める
のではなく、彼自身の血肉とし、彼自身が音楽となり、ついに「よそ者」ではなく
なったことを象徴する場面だ。

まるでドキュメンタリーのようにロマの生活を描いていて、どちらかというと淡々と
した感じがしながらも、描かれている人々の生活がヴィヴィッドなため、パワフル
で心に残る作品に仕上がっている。


ウェディング・シンガー The Wedding Singer

監督:フランク・コラチ
出演:ドリュー・バリモア、アダム・サンドラー、スティーブ・ブシェーミ

舞台は1985年。私が高校生だった時代、ベストヒットUSAで洋楽に親しんだ時
代だ(若干ずれていて、本当は1983年くらいではないかと思う)。というわけ
で、この映画の場合、なんといっても音楽が懐かしくて、これだけで点数が甘
くなってしまう。クライマックスで本人登場のビリー・アイドルにはびっくり
するとともに、歳月を実感。(しかし、彼はすっかり老けたね。衣装や髪型は
当時のままなのに)。サントラも迷わず買ったが、2枚あるので貧乏になって
しまった。

ケバケバしい色使い、今となっては恥ずかしいファッション。全体的にチープ
な感じも良くて、80年代って良くも悪くも脳天気で平和な時代だったんだな、
と実感。薄っぺらなドリューの婚約者や、すっかりどこかに行ってしまったカ
ジャ・グーグーやトンプソン・ツインズ、デッド・オア・アライブの音楽を聴いて
ますますその思いが増幅する。

映画は正統派のロマンティック・コメディで、目新しいところは何もないが、
ドリュー・バリモアがとにかくかわいくて、観ているだけでシアワセな気分に
なる。ぽっちゃりしていて、思わずほっぺたを引っ張りたくなるところや輝く
笑顔が良い。ウェディング・シンガーのアダム・サンドラーも情けなくて弱い
面があるけど、とってもいいやつだ。前半と後半が極端に違う、自作の歌には
大笑い。歌のレッスン代をミートボールで払っていた老婦人が、晴れ舞台でラ
ップを歌ってはじけるのもグッド。親戚の口の悪い子供にも爆笑。そして、冒
頭とシメに登場して美味しいところを持っていくスティーブ・ブシェミ、最高!

デートには最適の映画で、愛する人とずっと一緒にいたいという気分にさせて
くれる。そういう意味で「好きな人と観ると結ばれるという噂がある」という
コピーは当たっている。