Diary
まぁココロに移りゆくよしなし事など(^^;
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2004年11月3日その2。
えーと長らく普通にWebページエディタ(FrontPage Express)使って↓こーゆー形式で日記書いてきましたが、最近ftpしたり編集したりサイズ大きくなったら分割したり、っていう作業がめんどくさくなってきたこともあって(爆)さるさる日記のレンタル日記サービス借りることにしました。ということで11月3日以降の日記はこちらへ。
で、今までの過去ログに関してはとりあえず残しておきます。もしかしたら微妙に有益な話とかも残ってるかもしれないし(笑)、個人的覚え書きとしても結構役に立ってるし。
2004年11月3日
「自衛隊は撤退させない。だけど金なら払うと言った」とテロリストは主張してる訳ですね(asahi.com)。自衛隊派遣に反対する立場の者として、だけではなく、納税者としてもそれは本来逆だろうと感じるけど。そして、何よりも「金は払う」と言ったとすれば、その時点で「テロリストには屈しない」はずだった姿勢は破綻していることになる。
そして、拉致事件が発覚した初日の時点で「撤退しない」ときっぱりあっさり言い切った姿勢(asahi.com)も適切なものではなかったと思うし。結果的には折れないつもりだとしても、最初は「交渉したい」ぐらい言っておかなければ時間を稼ぐことすら出来ないくらい誰でも分かるだろう。直接的に手を下したのがテロリストであるとしても、いくらかの責任はこうした、他ならぬ政府や小泉純一郎自身の不用意な行動にもあったと感じる。
場合によっては、前回の3人の時に池澤夏樹氏あたりが提唱していたように、「人質を取られたことが理由ではなく、政治的判断として撤退する」という選択肢も取れるし。というか、派遣の期限は12月14日に迫っていて(asahi.com)、それを継続するかどうかを判断する時期は目の前に控えていたわけだから、「政治的判断としての撤退」も前回ほどには難しくなかったし。
そして、外務大臣氏(文部大臣時代に五輪メダリストのメダル噛むパフォーマンスした人ね)は「国策の根幹」と言う(asahi.com)けど、言わせてもらえばたかだか自衛隊の海外派遣を「続けること」が国策の根幹ですか。それより前にやらなくてはいけないこと、そして「日本という国」の根っこを確立するために必要なことは山ほどある。で、そうしたことが問題なくこなせるようになって、初めて「海外への支援をどうする」とかいう話が出てくるんじゃないか。そして「支援」のために行くべきものが自衛隊なのかどうかも、その段階で議論すべき話だ。
何かこう、たとえば家族の生活費だとか子供の学費だとかで生活いっぱいいっぱいのはずなのにホステスとか愛人囲っちゃう脂ぎったオヤジと、ある意味やってる方向性が変わんないんじゃないかっていう気がするんだ。「マッチョイズムの誇示」っていうか。「俺は男だ」を自分に言い聞かせたり他人に誇示したりするための合理的じゃない行動。まあ、日本の中枢にあるオヤジ共の出方っていつもそういう感じだけどね。
一方、被害者の若者の惨殺遺体を星条旗にくるんだ(asahi.com)テロリスト達は、少なくとも「日本政府の立ち位置」に関してはどういうものか、結構正しく認識しているのかもしれない。ただ、彼らが人質に取って、そして殺害した若者は、そんな日本政府の立場に対してはむしろ逆の立場の人間だった。だから彼らは、自分たちに理解を示すかもしれなかった、味方になるかもしれなかったはずの人間に手をかけたことになる。そして「政府とは逆の立場の人間」を人質に取っての要求に対して、政府がまともな対応をする気になるかどうかだって問題だし。
そんな中、当の自衛隊に対しても敵は少しずつ忍び寄ってきている(asahi.comより)。「非戦闘地域の前提」なんていうものはとっくに崩れているし、まだ起きていないのは直接的な人的被害だけという状況。果たして自衛隊は人的被害を出すことなく任務を終了出来るのか。そして12月以降も現地に居続けることは適切なのか。
2004年11月1日
確かに、彼は不用意だっただろうとは思う(asahi.comの事件特集)。ただ、今までバックパッカーとして1年以上の間、様々な国を無事に旅行してくるぐらいには「海外慣れ」もしていたはずなのに、「何故ここでこういう判断」だったのかを不思議に思いもする。
今までにも何度も、人が不慮の死を遂げた報に触れることはあったけど...「最期の瞬間だけ説明がつかない」っていうことは少なくない。92年の初夏の鈴鹿の1コーナーでの惨劇にしても、当代きっての手堅いドライバーだったはずの小河等さんにしては珍しいと思うくらいには激しい仕掛け方だったし。「無謀」ではなかったし、同じことをエディ・アーヴァインがやるのなら驚きはしないという程度のものではあったと思うけど。
そして...多分私が小河さんについて知っていたこと(も多分大したことじゃないんだけど)以上に、無名の若者だった「彼」については、多分近しい人以外は誰も何も分からないと思うし。
一方で、不用意だとか自己責任だというところから...あげくは「自業自得だ」まであれこれ言ってる私らの立っているところ、やっていることが、彼を笑えるくらいに「安全」かといえば、実はそのことだってすごく疑わしいかもしれないし。「世間並みに比べて特別に何か落ち度があったり不注意なわけじゃなかった」っていうところでも、一瞬の巡り合わせで事故に遭ったり、何か責任を問われるような重大な問題を起こしてしまったりすることはあるし。そして、何でもかんでも保険とか社会保障とかでカバーされることばかりではない。そういうことを目の前にしつつ、ある程度の危険があることを織り込んだ上で人生を歩いていくところに、本来の「自己責任」っていう精神があるんだろうと思う。
そういうリスクを負いたくなければ、それこそ何もしないで家に閉じこもってたり、責任ある立場をなるたけ回避する人生を送ったりしていればいいかもしれないけど。ただ、そうして一生を過ごすことと、「世界中を自分の目で見てきたい」と、実際に多くのことを経験してきて、そのさなかに終わってしまった人生と、どちらが「有意義で濃い人生」だったのかどうかだと思うけど。
そして、今回もやはり被害者の「彼」のご家族への誹謗中傷が相次いだ(asahi.com)ようだけど、「彼」に対しては自己責任を言うそうした発言者達は、果たして自分の発言に対してどういう責任認識を持っているんだろう。被害を受けた側が「これは黙っておくべき状況ではない」と考えた時には10月20日の日記で触れたような状況も発生するし。
そういえば某巨大掲示板の管理人氏もあちこちで裁判とかアクセスログの開示命令を受けたりしてるけど、あそこはあそこで確かに今や結構大きな存在価値を持ってるんだけど、そうした自分たちの存在の大きさを認識しておかないと、それゆえに存在が危うくなりそうな気もする。
2004年10月27日
NHKの22時のニュースの報道では、ただ一人現場に残していかなくてはいけない娘さんのために、レスキューチームは車内に毛布を残してきたそうです<収容作業中断(YOMIURI On-Line)。現状ではあまりにも危険ではあるし、生存の可能性が絶たれるまで、自らの生命すら危険な状況で夜を徹して救出活動を続けてきたレスキュー隊に、今これ以上何を頼めるのかっていう気持ちはあるんだけど...やっぱり「ここから連れて帰る」っていう仕事は残ってる。それを誰が出来るのか、いつ出来るのか、それが見えないことも辛い。
しかし、それにしても...消防士だけは一体どういう度胸でなるものなのかが未だに分からない。「出番がある時は確実に危険な場所」だし。ある意味警官とか軍人とかの方が、自分自身は絶対なりたいと思わないけど、まだ想像は出来る世界だよ。
ニューヨークのテロの時にも、世界貿易センタービルから何とか避難出来た人が途中で消防士に会って「もう無理だ、行ける状態じゃない」って言ったら、彼らは「いや、仕事だ。行かないわけにはいかないんだ」って答えてビルの中に救助に向かって...その直後にビルが倒壊したという話も聞いたし。今回だって、昨日の午前中の余震での新幹線脱線現場の状況とかを見たら、かなり危険な状態だったに違いないし。「それでも行く」っていう、凡人には分かんない部分の力が時折奇跡を起こすんだろうけど...ね。
2004年10月26日その2。
新潟県中越地震と名付けられることになった一連の地震(asahi.com)。あまりにも色々なことが多すぎて、自分自身が被災したわけでもないのに何か気持ちの整理がつかない。今日の午前中の大きなものをはじめとして時折起こる余震にしても、東京では確か「震度2」で片づけられてしまったけれども...震度の基準って確か昔は気象庁の担当者が体感で決めていたものが最近になって機械計測になったと聞いてるけど、普段よくある(そう関東地区では小規模な地震は別に珍しくもない)震度2程度の地震とは全然違う。揺れのストローク自体も全然違う気がして、「これでも同じ震度2っていう扱いだって言うんですか?」と気象庁を問い詰めたくもなる。そのぐらい東京に住んでても結構精神的に来るから、実際に重大な被害を受けた新潟の人達の精神状況は一体どんなものだろう。
しかも、「またいつ激しい地震に襲われるか分からない」っていうだけではない。今の時点で、既に身の回りの全てを...最も不幸なケースでは、既に自分自身や近しい人の生命すら失っていることもあるし、この先に起きるかもしれない余震で、また何かを失うかもしれないんだし。
そして...人が生きていくうえでの、モノの面でも気持ちの面でも、基盤っていうか根っこっていうかよりどころっていうか、それがどれほど不安定で不確かで壊れやすいものなのかっていうのもすごく感じるし。今回の地震の被害に遭われた人達にしても、きっと揺れる一瞬前まで、そんなことを想像もしなかったはずだし。いや...あの日、何かの巡り合わせが違えば、秋葉原のパソコンショップにいるときに揺れてビックリした私の方が「ビックリした」だけでは済まなかったかもしれないし。
奇跡的に息子さんの方が救出された、そして残念ながらお母さんは亡くなって、娘さんの方の救出が今なお続けられているあの母子三人(asahi.com)も、お母さんが以前勤めていた高校の文化祭で久々に懐かしい顔に再会したいと思って出かけた時、まさかこんなことが起きるなんて予想していなかったに違いない。そして、もしかしてあと少し何かの巡り合わせが違ってさえいれば、今頃3人とも無事で、単身赴任先から戻ってきたお父さんに元気な姿を見せていたかもしれない。
人生で起きる災いの多くはこういうものなんだと思う。見るからに「あいつはそのうち何かやらかす」とかいう人っていうのは、確かに統計的には予想通りに何か災難に見舞われる可能性は高いかもしれないけど、そういう「ハイリスクグループ」の人の存在自体が多分割合としてそんなに多くないだろうし。特に不注意だったり落ち度があったりするわけではないような普通の人に、何かの巡り合わせの違いだけで災難はやってくるんだ。
2004年10月26日
また起きたイラクでの日本人人質事件(asahi.com)。正直な話、色々な意味で耳を疑うようなことも、分からないことも多い。人道援助でも報道目的でも、あるいは「反戦運動」でもなくて、旅行目的だっていう動機がホントだとしたらさすがに言葉もないし。そりゃあまりに無茶だよと。
ただ、そうであったとしてさえも、(迫害や中傷を目的とした意味合いではなく)本来の意味での「自己責任」の範囲を超えた責められ方をされるべきではやっぱり、無いし。それに、自衛隊さえイラクに居なければ、戦火に巻き込まれる危険性はあるとしても、取り引きの材料として日本人が指名買いで狙われることはなかったというのも、きっとほぼ間違いなくその通りだ。
まして「自己責任論」に名を借りたバッシングの格好の種にされた形だった、「最初の日本人人質」の人道援助活動の3人は、今回を上回る責められ方をしなくてはならない筋合いは無かったと思うし。その後人質になったり殺害されたジャーナリストの人達も同じで、彼らには十分そこに居るべき理由も価値もあった。
にもかかわらず、今回の政府の記者会見が意外なほど言葉を選んだ慎重なもので、彼に対する情報の扱いとかに関しても慎重だったのに対して、当時は事実上政府自身が国民による「人質バッシング」を煽り立てるかのような態度だったというのは...多分恐らくは、「そこに居るべき価値のあった彼ら」の方が、よほど政府にとっては敵であって政治的脅威だったからなんだろう。
一方で、日本人拉致に関わっている勢力には、「自衛隊を撤退させたい」としたら、自衛隊や政府とは関係無いどころか、むしろ対立する関係にあるような民間人を人質に取るのは何も意味の無いことだということに気付いてもらいたいと思う。「本当の敵が誰であれ弱い奴から狙う」という印象が定着してしまうことは、何らかの形で平和がやってきた後での日本人との関係にも影響を及ぼすだろうし。
2004年10月24日
土曜日の午後って天気が悪くない限りはほとんど定期便みたく秋葉原に行ってて、時間があったり他に買う物があると新宿とか渋谷とか恵比寿とかにも足を延ばすっていう感じ。なので昨日もやっぱり秋葉原に居ました。ちょっと確実に押さえておきたい特売品情報もあったし。
後でレシートに書いてある時間をひっくり返したら17時ちょっと過ぎだったらしいんですけど、某大手パソコンショップに居た時に、何かそんなに大したことのない地震が1回あった。店内放送でも「さほど大きな地震ではないようです。従業員は展示品などの落下が無いか確認してください」とか言ってる程度だったし。時間が正確じゃないからはっきりとは分からないけど、1回目の揺れは東京ではそれほどではなかった、ということなのか、あるいは本格的な揺れの前に小規模な揺れが1回あったということなのか。
そのあと別のお店...某黒いビルのパソコンショップ(ちょうどアニメ「DiGiキャラット」で「ブラックゲーマーズ」っていうネタをやってた頃に、何故か当時のゲーマーズ本店ビルのすぐ近くに建ったトコ)に居た時に、本格的に凄い揺れが来た。私はあんまり平衡感覚がちゃんとしてる方じゃないし、疲れてる時とか軽く目眩起こすこともあるんで、普段からあんまり平衡感覚は当てにしないで視覚と音で空間認識してる、みたいな感じなんですけど、それでも一発で分かるぐらい揺れた。しかも9月5日の日記で触れた紀伊半島の地震の時と同じで、離れたところで大規模な地震が発生してる時特有の嫌な感じの揺れ方。地震で酔いそうになる感じの揺れ方ね。
で、TVチューナー付きパソコンの展示機の周りにやっぱり人だかりが出来てる。画面に映る地震速報では、新潟あたりに震度6の表示(数字の横に「マイナス」の記号が見えた気がしたから、当初は6弱程度と計測されたのかも)。
実を言うと、阪神大震災の時の「震度7」のイメージが強かったこともあって、「震度6」っていう数字を見た時には「大変だけど、人命に関わるような重大な事態でもないのかな」と感じてしまった。でも、何となく落ち着かないままあちこち回って買い物の用事を済ませつつ、行く先々で店頭にあるTVの画面を見ていくと、新幹線の脱線をはじめ、少しずつ重大な状況が見え始めてきた。それでも秋葉原に居るうちは、まだ「人命が失われた」っていうニュースまでは見ることはなかったけど。それが分かったのは家に着いてから。
それにしても...だけど、生後2ヶ月の子を、地震による建物の倒壊とかではなくて、避難する車の中で亡くしてしまった一家の悲しみなんて想像もつかないようなものだろうし、これから先に色々なことがあるはずだった人生をたった2ヶ月で終わってしまうのも...ね。そして、そうした残された人達の悲しみも亡くなった人の無念も、今回、今の時点で分かっている限りで23人分(asahi.com)起きてしまっている。しかも、今の時点で懸命に死と闘っている人もいるだろうし、何より恐ろしいのは、あちこちで交通や情報が寸断されている状況だから、まだ周囲から気付かれていない被災者が居るかもしれない、ということ。
そして「命あるだけ幸い」(asahi.com)という言葉は、被災した当事者の人が自分達を勇気づけるためだったり、せめて自分の気持ちに少しでも整理をつけるためだったりに自ら口にする言葉であるとしても、被災していない側は絶対に言ってはいけないし、考えてもいけないと思う。「一瞬で生命以外の全てを失う」なんていう状況、自分に置き換えたら想像も出来ないししたくもない。だからこそ、考えられる限りの支援を。
2004年10月20日
部落解放同盟関係者に脅迫はがき、容疑の無職男を逮捕(asahi.com)のニュース。最初に思ったのは、また何て想像のつきやすい犯人像(30代前半無職)なんだろうと。そして、最初に思い出したのは「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者を叩く」っていうブルーハーツの「TRAIN TRAIN」だった。その次に思い出したのは、ドイツ在住経験が長い自動車デザイナーの人が以前CG誌の連載コラムに書いていた、「ネオナチというのは、日本でいえば暴走族とかそういう程度のもので、政治的・思想的背景とかそういうものはまず無い」という話。
確かその話を読んだのは90年代後半ぐらいの話で、当時はへーそういうものなのかと思った記憶があるんだけど、何かこう、今になって、日本でも実際にそういう匂いがし始めて、当時そこに書かれていたことが何となく分かった気がする。「NEET」(asahi.com)っていう存在が先にイギリスで認識され、そういう層を表現する「NEET」っていう言葉が生まれて、それが日本にも当てはまる問題であることにようやく気づき始めた、それと同じだと思う。
イラクでの日本人人質事件の時とか某大学の山岳部の雪山遭難事件とか...そのほか色々な事件・事故のたびにインターネットを始めとする様々なところから沸いて出る「自己責任論」だったり当事者を嘲笑するような物言いだったり、あるいはホームレス狩りとか今回みたいな人権に関わる団体への攻撃なんかに代表されるような軽薄な差別主義みたいなものとか、そういう根っこも何か同じところにあるように感じるし。社会に絶望してる層が、自分よりもっと弱そうに見える相手を叩こうとする。
ただ、おそらくは今回は、「自分より弱そうな相手」と思って狙った相手があまりに悪すぎたんだろうな。長年差別とか不利益とかと闘う活動を続けてきた組織だったら、どこまでが「心ない人達からの嫌がらせ」っていう大勢の中の一つとして放っておいてよいもので、どこからが捜査機関や司法の判断に委ねるべき事件かの見極めも、そのためにどういう手順を踏むべきで、何を保全しておいたらいいかとかも熟知していただろうし。そして、「彼」にはもう、そんな簡単なことさえも分からなかったんだ。
2004年10月18日その2。
オリエント・タイ航空機の東京上空超低空飛行問題(MSN-Mainichi INTARACTIVEより)。asahi.comの方は文字が少な目な代わりにルート図が載ってますけど。まあ、とりあえず今回は事故につながることもなく(NHKの22時のニュース見てたら、付近住民の人たちは結構怖い思いをしたそうだけど)無事に羽田に降りたようだし、本来のルート外れた原因とかは今後の究明を待つことになると思うんだけど...まあ747ぐらい巨大な飛行機を扱う者に必要とされる資質とか緊張感とかはあってしかるべきだとしても、「はい、素で間違えました」っていうのが原因だったらそれ以上説明しようが無いし、「実はついでに東京見物でもとm(_ _)m」っていうなら「っ馬鹿野郎!(#゚Д゚)」ってことで、それぞれの原因に沿って、法的にとか航空会社の社内処分とかが下されることになるんでしょう。
むしろ素人でも分かる問題その1は、管制官は一体何やってたんだろうっていうことだし。毎日新聞のほうの記事を見ると「気付いてたけど放っといた」みたいに読めるんだけど、それはそれでえらく危機感の欠如した話なような気がする。っていうかこの場合「実は気付いてませんでした」っていうのは口が裂けても言えないのかもな。それだともしかして「航空法上の違反はありませんでした」って言えなくなるのかもしれないし。
そして問題その2は一体東京上空の防空体制ってどうなってますかっていうことだし(爆)。対テロの戦いが聞いて呆れるっていうか、「この程度」なのにあんなに「敵」を挑発しまくってたわけね。しかも、もしかしたら敵はブッシュと共通の敵だけじゃないかもしれないんだよ。靖国問題でも相変わらず相手を逆撫ですること言ってる(asahi.com)し。
2004年10月18日
なるほどヤフーBB顧客情報漏洩事件(INTERNET Watchより)での被害者への補償は1人当たりたった500円(同)だったのにプロ野球球団ひとつ買い取る金はある(同)訳ですね。電話会社ひとつ買う金もあった(ケータイWatch)し。
まあ、それがビジネスとしてとか企業姿勢として「アリか無しか」に関しては話は別だけど...っていうか、もう分かんなくなってるからな。この国で何が正義で何が悪や不正義かっていうのは。まあ日本テレコム買収のニュースがあった5月の日記で書いたとおりというか、「この手法で成功するなら今の日本ではそれはアリ」っていうことになるんだろう。
2004年10月14日
ここんとこ自分の身辺に起こる物事を片づけるのに精一杯でなかなかニュースに関してあれこれ、とかいう感じでは無かったんですけど...本宮ひろ志氏の連載漫画休載問題(MSN-Mainichi INTARACTIVEより)は何か色々と気になる。ちなみにこのニュース、asahi.comは毎日新聞とおおむね同じ水準の取り上げ方で...一方産経新聞のサイトはある意味彼らの立場において非常に分かりやすく具体的な書かれ方なんだけど...記事直リンクはしてもらいたくないらしいのでトップから入って「本宮ひろ志」で検索してください。
で、何か今回も...まあご承知のとおりというかインターネットでも活発なバッシングが展開されてたりもするし、例のイラク人質事件の時の「自己責任論」の時と似たような匂いがたなびいてる感じ。そういえば声優の雪野五月さん(私のイメージだとTV版ヤマモトヨーコ製作直前に病に倒れた故新山志保さんから引き継いだ松明屋紅葉役とか、TV版バブルガムクライシスのシリアお姉様役とかの人)が自身のサイトで自衛隊のイラク派遣について疑問を呈した時にも相当執拗なバッシングを受けたし。
何かこう、思想的に「真ん中から左側」に居る人たちの失態は程度を問わず徹底的に非難を受ける、みたいな流れが出来上がりつつある印象を受ける。一方でバッシングしてる側の物言いがきちんとした根拠に基づいてたり、行動がきちんと順序立てられた適切なものかといえば、正直そうは言い難いケースが少なくない。たとえば今回の本宮氏の話にしても、「大虐殺があったという確証は無い」といっても、「無かった」という確証も無いんだったらどちらが正義と言い切れる材料は無いっていうことだし、まして「歴史の歪曲」というところまで話を持っていくことを正義とする姿勢がフェアなのかどうかね。
個人的には、集英社と本宮氏が、単純で無難な娯楽作品のつもりではなくて、何らかのポリシーとかメッセージを織り込む意志をもってこの作品を作り上げてきたのだとしたら、「屈した」わけではない答えの出し方をしてほしいとは思う。あくまで思った通りの方向性を貫くならそれはそれだし、今回の一件を踏まえてさらに昇華させる方向に行くならそれはそれだと。
しかし...人ってそんなに失敗を犯さない生き物じゃないと思うし。自分自身だって少なからずミスを犯すのに、他人の失態をそう簡単に非難したり嘲笑したりする態度って果たしてアリなのかなと。っていうか最近、「自分自身の立場」とか「自分自身の選択」とかの正しさに疑問を持たない人ってあまりに多すぎる気がするし。言わせてもらえば事実上の交戦地帯のイラクに人道援助に赴くのと某ダイヤモンドスターの車乗ってるのとどっちが無駄に勇敢な行動なのかはわかんないし。あ...もしかすると牛丼屋に自衛官募集のチラシ置いとくと結構効果的かもわかんないな<勇敢さを持て余してる感じ。
2004年10月5日
「郵政民営化は私が首相じゃなきゃ議題にもならない」(asahi.com)っていうのは、まあ「やる価値があると思ってるのはマシリトと取り巻きだけ」っていう見方だって出来るだろうと。マシリト以外が首相だったら議題にならない理由が、単純に利権の問題なのか、他のもっと優先度の高い課題と比べると取り組む価値が無いということなのか、それとも「かえって悪影響しか無い」って踏んでるからなのか。少なくともマシリトとして、内閣として「郵政民営化によってこうしたメリットが」とか、一方で考えられるリスクが、とか、そういうきちんとした説明もない流れに、いつものことだけどすごくマシリトお得意の「独善」の匂いを感じるし...逆にそれに対して問題を感じてないとすれば、日本人の民度がせいぜいそれくらいなのかなとも思う。
で、ヤマト運輸がここ最近の郵政公社の出方に怒りを露わにしていること(提訴に関するリリースとゆうパックリニューアルに関する見解のリリース)に関して。まあ私はヤマトの気持ちの方が分かる。調べたら郵政公社がローソンと組んだ時点でこうした意見広告を出していた(ヤマト運輸ホームページより)そうだけど、その内容だって理解出来るし。この辺の話は時間が出来たら改めて触れようと思いますけど、所詮は同じ土俵にあるわけじゃない、規制とか法律とか...それ以前に「所詮は税金親方日の丸」の連中の「企業経営ごっこ」みたいなものがいかにはた迷惑な存在かっていうことだとも思う。まあはっきり言えば鉄道や通信もそうだけど、日本の場合は見た目に民営化されたように見えても、登記簿上完全に「株式会社」に見えても、国策会社は百年経っても国策会社のままだ。そういう水準の「企業経営ごっこ」の民営化にどこまで意味があるか。
その一方で、郵便サービスが「ライフラインとか国民の重要な権利に関わる部分」のサービスとして、日本中どこに住んでいる人に対しても、最低ラインを支える意味での平等なサービスとして必要なんだという立場に立った場合には、それは果たして民営化しちゃっていいのかどうかという問題だってあるし。他の公共サービスに関してもそうだけど、必ずしも「小さな政府」とか「スリム化と民営化」とかが正しいとは限らない。あるべき姿を模索したら、かえってお役所の仕事は増えるかもしれない。で、場合によっては「それで雇用が創出されればかえってアリ」っていう答えが出る可能性だってあるし。
それから、ヤマト運輸の怒りを目の前にして思い出したことがある。確かマシリト@内閣総理大臣小泉純一郎氏にあっては、それこそバブルの頃あたりから郵政民営化論者として知られていた。で、当時は確か「郵便貯金は民業圧迫にあたるから廃止すべきだ」なんてことを言ってた。銀行をはじめとする民間金融機関と郵政省(当時)の関係ではそういう見方だったのに、運輸業者と郵政公社の関係となると全く別の話になっちゃうのね。何かこう、「(しかるべき業界団体とかから何らかの金品とか)握らされてますか?」とか単刀直入に聞きたくなる。まあ、もちろんそうした事実の有無とか知るべき立場にあるわけじゃないから、とりあえず「素朴な疑問として言ってみるだけ」だけどね。
2004年9月18日その2
もっと手近で進行してる話題の経過報告も掲示板のレスもつけてる余裕がなかなか無いな(^^;
今日の毎日新聞夕刊1面コラム「近事片々」(MSN-Mainichi INTARACTIVE)。「何もセ6パ6の2リーグが絶対だという根拠はない。が、誰が見てもセ6パ5新提案は現行からの後退だ。」ってのは実際その通りで。毎日新聞がベイスターズの母体企業(TBSね)のグループ会社であることを考えたら、随分とフェアな物言いだと思う。いや...もしかすると本来これが普通のことで、「たかが欲ボケ老人ひとりの顔色うかがうことしか出来ない巨大メディアグループ」の方が報道機関と言うに値しないほど程度が低いだけなのかもわかんないけど。
まぁ個人的には「12球団で1リーグ」っていうんならそれならそれで行けると思うけど(笑)。Jリーグなんかそのぐらいの感じ(実は今正確に何チームだったか覚えてない(^^;)で、しかも週2回だからプロ野球より試合数少ないのにきちんと全チーム総当たりでシリーズ成立してるし。14とか16とかでも不可能な話ではないでしょ。増える分には1リーグ制でも2リーグ制でも結構何とかなる。
大体それ以前のところで、およそプロアマ問わずスポーツイベント全般について、「参加者が減って喜ぶ主催者」なんてものがドコに居るんだよ...って、あ、居るわ。F1グランプリ(爆)。前にも触れたけど新規参入を嫌がったり、ほんの一部の有力チームの顔色だけうかがって弱小チームを切り捨てようとする姿勢とか、そういう面の類似性がすごく高いと思うね。赤い車が連戦連勝を重ねれば盛り上がるわけじゃない。予選落ちが出るほどの台数が決勝グリッドを争う緊張感も、弱小チームが時折見せる奇跡の走りもシリーズ全体を盛り上げるために必要だった。そういうことを考えると「シリーズのステイタスを保つために参加チームを厳選すべき」なんてーのは嘘ですよ。減れば減るほど見せ場も減るし層も薄くなる。
2004年9月18日
個人的には一貫して選手会の出方を支持しますよ<ここまでの流れ、そしてついにスト突入(asahi.comより)
先週結果として選手会側がストを回避したのは、先週の交渉で「とりあえずの前進があった」っていう判断だったと思うし、そこには当然「来週(というのはつまり昨日ね)の交渉である程度の進展が無ければ来週こそやりますよ」っていうのは大前提だったというのは容易に理解出来る。そこで進展が無かった...だけじゃなくて、正直昨日までの一週間の、球団経営側であったりコミッショナー@事実上オーナー達の飼い犬の言動っていうのは、まさに選手会側に不信感を抱かせるに充分なだけのものだったと思うし。
ところでコミッショナー氏、昨日の交渉に進退をかけていた(asahi.com)ようですが、はいそうですかお疲れさまでした。別に止めやしませんよ。先週ぐらいの「クローズアップ現代」でキャスターの國谷女史がインタビューしながら半ば呆れた態度だったのが大変に印象に残ってるぐらいの問題解決能力と言語能力だったし、去ってもらうに充分だ。
てゆーか「強そうな側の飼い犬」として振る舞うことが「理屈の世界である法曹界」の住人だった人のやる事ですかそうですか。仮にも大学で法律やってた人間として失望を隠し切れ...いや実は想像はつくし、そこでそもそも法律屋を一歩冷めた目で見る習慣はついてるけどさ。
それにしても昨日の交渉、まず最初の交渉期限から2時間伸びた時点で、「はー、こりゃ多分(ストを)やるつもりなんだな」って何となく想像がついた(笑)。少なくとも選手会側は、もういつストに突入してもいいだけの腹はくくってるわけだから、まとまらない交渉を無理して引き延ばす必要はない。明らかに経営側が「ストに突入しようというのを小手先程度の譲歩だけで阻止するために必死になっての延長」だなと(笑)。まあ、何とか「先週よりちょっと前進」ぐらいで解決を図りたかったのなら、この一週間の間にあんなに失礼な態度を取らなければよかったことだ。
ところでファンの皆さん、正直、プロ野球の未来のために、もうココで今シーズンのペナントレースが終わってもいいぐらいの覚悟はしておいた方がいいと思うね。そしてもうひとつ。母体企業に対してもしかるべき形で目に物見せる態度でいかないと。もちろん企業テロとか恐喝とかそういう違法行為にあたることは断じて非難されるべきだけど、不買運動とかボイコットとか「武器のない戦争」の手は幾らでもある。
2004年9月8日
さてTZR号の後継機問題ですが...実はけっこー着々と進んでたり(笑)。てゆーかやっぱスポーツバイクが無い生活っていうのが何ヶ月も耐えられないし(^^;。
とりあえずかなり無理矢理金策は何とかなりそーなメドをつけたし、車種も大体固まってるところ。ただ、出物の問題とかで今後どう動くかが分かんないから、とりあえず買ってからのお楽しみということで。
2004年9月7日
プロ野球を取り巻く一連の問題(asahi.com)。個人的にはプロ野球に関する世間話以上の興味っていうのはだいぶ前に無くなっちゃってるからアレだけど...選手会がストを選択肢に置き始めたところから段々労働問題としての匂いもし始めてきたな。で...今のところ選手会側の動きっていうのは、きちんとした手順を踏んで、きちんとした説明もあって、とても慎重かつ緻密なものであると感じる。確かに横浜のオーナーが口にした「選手は個人事業主である」(asahi.comより)っていうのは一理あるといえばあるから、その点は選手会側が団体交渉権とかスト権とかを行使出来るのかどうかに影響を与えるのかもしれない。ただ、それじゃ例えば工事現場の日雇い労働者の人とか、あるいは最近流行の軽貨物車運送業とかみたいな、確か労働法で「一人親方」って表現だったと思うけど、それじゃそういう労働形態の人達が事実上の雇用者に対して争議権を持たないと明示した法律とか判例とかあるのかな。むしろ逆の方がありそうな気もするし。
しかし昨日の夜のニュースのインタビューでサラリーマン風の人が、選手会側がスト打つ打たないの状況になったことに関して「こんな状況を子供に見せられない」みたいなこと言ってたけど...もうアホかと馬鹿かと(爆)。明らかに理不尽な状況を目の前にした時に人はどう振る舞うべきかというときに、今回の選手会の出方っていうのは最高のサンプルだと思うんだけど。逆にオーナー側が、仮にもみんなチームの母体となる大企業の要職を受け持ってるメンツが揃っているはずの割には、球団経営についても、労働問題についても、「エンターテイメント」についても何も分かっちゃいないっていう印象が強い。見せられないとしたら、よっぽどこっちの方だ。
2004年9月5日
今のところ重大な被害は伝わってきていないし、実際それが発生していないことを祈るけど...19時頃の最初の揺れ(asahi.com)の時にも、何か「離れた地域で大地震が起きている時」特有の、はるか遠くでとてつもないエネルギーが揺れてるっていうか、特有の嫌な感じのユルユルした長時間の揺れ方っていうのを東京でもはっきり感じた。同じように震度1とか2程度の地震でもいつもとは全然感触が違うのね。
そして、ついさっき(日付変わって6日になるかならないかの頃)来た二度目(asahi.com)は明らかにそれより大きい揺れ方だったし。大変なことになったんじゃないかと感じさせるような。
もうそろそろ3年を迎えるニューヨークのテロの直後、F1ドライバーのマーク・ウェバーが「テロリストが馬鹿げたことを止めてくれるように願うよ。そのことから比べたら、アンダーステアかオーバーステアかなんていうのはほんの些細な問題でしかない」って言ってたのを思い出すけど...重大な事件とか災害とかのニュースに接すると、本当にそんな気持ちになることってあるな。実は今日もちょっと振るネタがあって日記書こうかと思ってたんですけど...それはまた別の機会に。まずは紀伊半島を中心にした地震の被災地に重大な損害が無いことを願うし...「棚に載ってたものが落ちて壊れちゃった」とかいうのも結構悔しかったりするんだよね。そうした被害も少しは少ないことを願うし、遭われた方にはお見舞いを申し上げます。
2004年9月3日
絶望の匂いがする...<ロシアの学校占拠事件の幕切れ(MSN-Mainichi INTARACTIVEより)。まだ実際どれくら居るかどうか分からない犠牲者の人達やその近しい人達に対して、そして事件発生以来想像も出来ないほど恐ろしい状況に身を置いていた人達に対して言うべき言葉もない。そして...おそらくは「救出された」という数の中に含まれている人達の中にも、生死の境をさまよっている人達は少なくないはず。
そして...あれからもう3年を迎えるニューヨークのテロ事件の時。こういう言い方をするのがあまり適切ではないだろうことは分かっているけれども、あの日の犠牲者達の多くは、世界貿易センタービルへの飛行機の突入だったりハイジャックだったり、そうしたテロリストの直接攻撃そのもので亡くなった。それに対して今回の犠牲者の多くは、ロシア軍がテロリストを武力鎮圧しようとした一連の動きの中で命を落としたように見える。そして...あの劇場占拠事件の時もそうだった。何かこう...プーチンのロシアは、自分達の体制が維持出来れば、そして(何故それほどまでに執着するかがもはや分からないけど)チェチェンの支配権を守り続けられさえすれば、一般市民がどれほど犠牲になろうと構わないのか。
7時のニュースの途中で第一報を聞いた時、中にいると想定されていた人質の数よりはるかに少ない人数を挙げて「人質を救出した」「武装勢力を鎮圧した」という内容を聞いた時、すごく嫌な予感がした。「それじゃ残りの人達はどうしたんだ」っていうことに触れないし、触れさせない、最初に一番良い情報しか出さない、いかにも元KGBの闇の帝王プーチンらしい情報の出し方。きっと、あの劇場占拠事件の時以上の悲劇が起きたんだろうと簡単に想像出来た。「敵」だってあの日と同じ手は食わないつもりで来ているだろうし...何より、仮に「救出作戦が大成功」だったなら、真っ先にそういう発表があるに決まってる。
何か最近、この間出稼ぎ労働者の人がイラクの武装勢力に人質に取られた時のフィリピン政府の対応だったり、さらにはもっと昔、「人の命は地球より重い」とテロリストに譲歩した当時の日本政府の対応だとかを、むしろ再評価したい気持ちにもなってきてる。むしろ譲歩したケースのほうがよほど血が流れていないのではないか...と。ここ最近の流れは、武力で解決した場合、そこで殺されたテロリストの仲間が、同胞を殺された憎しみに加えて、事件の一部始終を振り返って「さらに知恵をつけて」もっと破壊力の高いテロ行為を行うっていう暴力の連鎖が進んでいるように見える。それも特にロシアの場合にね。
武力解決の、ここ最近での数少ない「成功例」(とはいえ突入した軍人のうち2人と、さらに人質になっていた最高裁判事が犠牲になっているけど)といわれるペルーの日本大使公邸は...ある意味であれは本当に奇跡的なケースだったように思うし。テロリスト達が「ホントに芯まで冷酷な連中じゃなかった」というか、日が経つにつれて人質と仲良くなっちゃったり、事態が膠着しているうちに緊張感が薄れてきていたらしいような話も聞くし...さらに、あの時立てこもった十数人というのは、彼らの属する組織の事実上最後の主力みたいなメンツだったために、彼らを倒してしまえば事実上組織そのものが終わってしまう、というような状況だったようだし。
フジモリがそこまで踏んだうえで決断を下したのかっていうのも何とも言えないけど...そこまで条件が揃っていなければ(というか、ある程度の条件が揃うまでかなり粘って、綿密に準備を重ねたというのは、あの地下トンネルを見ればある程度想像はつく)武力での解決なんて危険過ぎるという証明なのかもしれないし。そして実は...今でも複雑な心境として残るのは、人質と仲良くなっちゃうし暇潰しに1階の広間でサッカー始めちゃうし(ちょうどその時間帯を狙って広間を爆破されたとか)っていうような、そんな呑気で間抜けな敵だったら、何も全員をその場で処刑することも無かったんじゃないか、ということでもあるし。まあ「ここで始末しておけばほぼ組織は壊滅するけど、でも完全じゃない」っていうことで報復の可能性を考えてとかいう面も確かにあっただろうし、あの手の武力作戦だと「見られちゃいけない行動」っていうのも多分少なからずあったっていうのは想像出来るから、それで...っていうような、綺麗事だけじゃ行かない部分がそこで現れたんだろうけど。
そしてこの時、フジモリは現場のすぐそこ(一説には公邸の真下に掘った問題のトンネルの中)で状況を見守っていて、事件解決後の現場にすぐに姿を見せて、救出された人質ひとりひとりと握手を交わしたりしていた。他ならぬ最大の援助国のひとつである日本の、しかも現地での有力者達が人質に取られていたからこそ慎重でもあり、それなりに政治生命がかかっていた、という面もあっただろうけど...そのことを思い出したあと、この2週間ほどの間に続発したロシアでの悲劇に対するプーチンの出方を見ると...「奴は元KGBだから」っていうことに起因する薄ら寒さというか、「要は人の命なんて何とも思っちゃいない」っていうこととは別の恐ろしさを感じる。要はあの国では、こうしてテロを未然に防げなかったり、解決に失敗したりということがこれほど続いても、誰も過ちを認めなくても、責任を取らなくても許されてしまう、ということ。
2004年8月30日
今朝起きて母親から男子マラソンの顛末(asahi.com)を聞いた時はそれはそれで結構ビックリした...と同時に、「国際的なスポーツイベントでの奇行」という意味で、直感的に去年のF1英国GPハンガーストレートでの「死の舞」(中日新聞 F1 EXPRESS)を思い出したんですけど...さらに続けて母親が言うには「F1レースでの乱入経験もある人らしい」...おい、またアイツか煤i ̄□ ̄;)(爆)
正直なところ被害に遭ったブラジルのデルマ選手には、こんな馬鹿げた災難に遭ったことについて、かけるべき言葉も見つからない。何かそうした不測の事態が起きたからといって、やり直すことも、問題が発生した時点で競技を打ち切って結果を確定させるわけにもいかない競技だし。ホントに、目の前に金メダルが見えていた(確かにこの事件が無くても、金を獲得したバルディニと最後は微妙な勝負になったかもしれないけど、それならそれで真後ろに敵が見えたら人間結構踏ん張るものだし)、もしかしたら一生に一度かもしれないし、どれほどの努力をして、幸運に恵まれても次の機会は4年後まで来ないし。
それゆえに、諦めずに最後まで走り切って何とか銅メダルを手にした...しかも、一部始終を見届けた世界中の人達が彼の心中を痛いほど想像出来る状況で努めて明るく振る舞った彼の姿(asahi.com)に救われた気持ちになったけど。あのままいけば金メダル、という展開を台無しにされたばかりか、危害を加えられるかもしれないとさえ感じるような目に遭ったというのにね。
いや...もちろん本人の内心は分かんない。もしかしたらもしかしてホントに気持ちを切り替えて「これでいいんだ」って思ってるかも、あるいはめちゃくちゃ悔しいかもしれないけど...いずれにせよ、あそこで彼が怒りを露わに大荒れな態度だったら...今回の大会そのものが色褪せてしまうかもしれなかった。
で...私としては今回の事件については、アテネ五輪組織委員会より、「彼」の動静を把握していなかったイギリス政府を真っ先に非難しますね。動静を把握しなかったというか、仮にも去年のイギリスGPで、一歩間違えば重大な事故を発生させかねないような行動を取った人物がオリンピック期間中にギリシャに出国しようとしているという時点で、何が起こりうるかを予想出来なくてはいけなかった。仮にも世界を代表する先進国にひとつに数えられ、しかもここ最近はブッシュのアメリカのケツ持ち役として「テロとの戦い」を全面に押し出してる...全く聞いて呆れるわ。ある意味では、生命にこそ危険を及ぼさなかったとはいえ、これとてある意味で宗教的テロのひとつと言えなくもないわけだし、英国政府はそれを全く阻止出来なかった。
一方で今回の日本代表は過去最大のメダルラッシュに沸いているけど...実は今回けっこう感じたのは、メダルの本命とか有力候補とかいわれる人達に不運とか予想外の事態とかが襲うことが少なくなかった。逆に過去のオリンピックで、日本人選手をそうした不運が襲ったことだって何度もあったし。今回はそれが無かった。ある意味それだけのような気もする。
もちろん、「何事もなければ優勝間違いなし」とか、あるいは「上位の選手に何かがあればメダルが転がり込んでくる」とか、そういう位置を安定して確保出来るようになったという点で、数多くの種目で日本人選手のレベルが充分に高くなってきた、というのは間違いないと思うけど。でも、「そこから先」、ホントに勝てるか勝てないか、頂点に立てるか立てないかという領域というのは、それが出来レース系スポーツでない限り、「真剣勝負のスポーツ」である限り、すごく危ういものであるように感じる。
だからこそ、不運に見舞われて優勝やメダルを逃した選手を責めることもできないし、「国を挙げてメダル獲得に力を注いだから」とかそういう問題でもないと思う。今回こうして日本代表にとって素晴らしい結果が手に入ったから、この路線をさらに押し進めればもっとうまくいくかといえば、それはたぶん人間には分かんない世界の話だと思うし。
そういう点で、「日本人が陥りやすい勘違い」っていうか、JOCとか各競技連盟とかが、選手への支援の仕方の方向性を誤らないように願いたいし、何より思うように結果を残せなかった選手への対応を間違ってはいけない。足りなかった「何か」は、必ずしも努力とか精神面の強さとかじゃ無いかもしれない。「Lack of Luck」(幸運の欠乏)としか言うほかない状況だってあるし、支援する側の何かが足りなかった...なんていう状況は多分山ほどあるんだから。いつでも「現場に出てる人達に持てる力をフルに発揮してもらえる環境を用意すること」。それが後方支援をする人の仕事だ。
2004年8月29日その2
毎日新聞の朝刊1面連載コラム(要は朝日新聞でいう「天声人語」だけど、こういうやつを一般名称としてどう言うんだかわかんない(^^;)「余録」の8月29日分(Mainichi INTARACTIVEより)によると、日本最南端の「領土」沖ノ鳥島について、中国が「ありゃ(領土というか島じゃなくて)岩だ」と主張しているようですが...はい、一般常識に照らして確かにありゃー島というより岩ですm(_ _)m(爆)。
私は少なくとも「自分の母国が主張しているから正義です」って断言出来るほどお気楽じゃないから。やっぱ母国であろうと間違いは間違いだと認めなくてはいけないし、もっと身近な話、たとえば取引先の請求書の金額が違ってたとして...まあ何百円とかの端数だったら「ま、いーかな(^^;」とかいって向こうが気付くまでほっとくかもしれないけど(笑)、やっぱ何万とかのケタだったら気になって向こうに連絡するだろうし、個人としての自分自身に届いた請求書だとしても同じ対応をするだろう。やっぱり「些細な違いだからどっちでもいい」って言える水準ではない、明確に利害に関わる話だったら、どちらに理があるのか、きちんと話をはっきりさせておくべきだ。
で、この場合についていえば...国際条約とか慣習法とか(「国際法」っていうのはこの両方をひっくるめてそう言うそうだけど)に照らして、「どこからが『島』であり『領土』で、どこまでが『岩』か」っていう基準があるのかどうかで、どっちの言い分に理があるのかが決まるべきだと思う。それこそ人が乗っかれるだけの面積とか、そういう一定のサイズじゃないと「領土」って認定されないのか、それとも(たぶん地質学とかそういう観点でいえばあり得ないけど)シャーペンの芯ぐらいの太さでも存在していればその時点で「領土」なのかと。
実はそういう意味で、北方領土とか竹島問題とかに関しても、たまに新聞の隅っこに「政府広報」の枠で広告枠買って(←もちろん広告費は税金ね)「北方四島は日本の領土です」ってただそれだけしか書いてないのも非常に疑問を持つところで。「こういう根拠と歴史的背景があるから日本の領土だと主張しています」っていうことをきちんと説明しないのは、なんか国民をナメてる気がする。「国民は政府の言うとおり宗教みたいに信じてればいいんです」っていうシステムの愛国心っていうのは、いま世界中を混乱に陥れている状況を見れば分かるとおりで、国家や世界を良い方向には導かない。
2004年8月29日
いよいよinfoweb.ne.jpドメインの運用終了期限が近づいてきたので移転関係の最終的な仕上げなど。ちゃんとリンクが繋がらない(というか旧サイト側に飛ばされてた(^^;)ところを、少なくとも気付いた分だけは対策したり(結構あった(^^;)、アクシス弐号機の最新スペックとか(笑)これを機会に記述を更新したり追記を施したところも何点か。それにしてもリアル引っ越しはもちろんだけど、ネット上の引っ越しだけでも結構手間がかかるのね(苦笑)。
2004年8月26日
まあ私はこの状況で韓国の出方を支持しますね<都教委の教科書採択問題(いずれもMainichi INTARACTIVE)
少なくとも日本は「ヒロシマ・ナガサキや東京大空襲をはじめとして連合国側から恐ろしい攻撃を受けた」というだけではないということははっきり記憶に留めておかなくてはいけない。
そして、「太平洋戦争」であり「第二次世界大戦」であった戦争(扶桑社流に「大東亜戦争」と呼ぶのは物事の本質を見誤ると思うし、そもそも「スタンダード」を教えるべき教科書としてそれでは役に立たない)で、その当時日本の植民地であった国や日本が侵略をもくろんだ国、その他の戦争当事国に対して行った行為について、「戦争中だったんだから仕方ない」とか「その当時日本が主権を保つためには」とかいう考え方があるのも承知しているけれども...よく法学の世界で「カルネアデスの板」という伝説だか神話だかが話題に上ることがある。水難事故で何人もが海に投げ出された時に、1人だけなら掴まって浮かぶことが出来る板切れが流れてきた時にどう振る舞うかの話。
ここで「勇者は沈みぬ」の逸話(これは神話じゃなく、ホントに1980年代のアメリカで起きた実話)のアーランド・ウィリアムズ氏のように、1人だけが助かる権利を他の人に譲って自分は沈んでいくというのが「正義」と言えるかどうかは分からない。けど、流れている板を...少なくとも自分のところにたまたま流れ着いたから掴まった、というならまだしも、他にも板に手が届く人が居たのに無理矢理奪い取ったとか、自分が板を掴み取るために誰かを犠牲にした、とかいう状況で「私は人として当然のことをしたまでだ」とか胸を張れるかどうか、あるいは自分が助かった代わりに沈んでいった人の遺族に対して自分の行為を当然のことと正当化できるのか、そういう問題のような気もする。
何ていうか...そういう状況で「いや俺はやっぱ助かりたいから」っていう選択をした場合っていうのは、それによって犠牲になった人達の存在を一生背負っていかなくてはいけないんじゃないだろうか。ほんのちょっと何かが違えば、沈んでいったのは自分かもしれないということだし。
で、おそらくこうした教科書を出すことを企業として認めた扶桑社は明確に「そんなの知ったことじゃない」という立場を組織全体として打ち出したんだと考えていいとして、今回この教科書を選んだ都教委だったり東京都庁だったりが、将来を担う人材としてどういう若者を育てたいか、というときの答えもたぶん同じことなんだろう。自分一人じゃ石油も取れない国、自分一人じゃ食料も電気も確保出来ない...どころか「ろくにゴミも捨てられない自治体」がそれでいいのかどうかっていうのは分かんないけどな。
2004年8月25日
テロなのか、それとも何か別の力が働いた結果なのか...あるいは、もはや可能性としてはかなり低くなったけれども「あまりにも偶然過ぎる事故」なのかは分からないけれども、いずれにせよロシアで起きた今回の2機の航空機の墜落事故(asahi.com)で、「すべてが善人や聖人君子だったかは分からないけど、少なくとも命を失わなくてはならないような落ち度があったわけではない」89人の人命が失われたことについてお悔やみを申し上げます。
一方でロシアの場合、飛行機を移動手段として使える人がいる一方で、明日の生活すら描けない人だったり、原子力技術をはじめとする安全や人命を軽視した政策によって生活をおびやかされている人も少なくないし、今回の2機の航空機の墜落の原因をテロであると仮定する場合に...というか、この国でテロが疑われる場合に常に真っ先に犯人として疑われる国内の独立勢力の問題もある。
というか、たとえばブッシュの戦争は明らかに「国と国の戦争」だから世界的に議論の対象になるけど、プーチンが今こうしてチェチェンとの間でやっていることだったり、東ティモールの独立が決定的な状況になった時にインドネシア政府がやった事(東ティモール全土のうち7割〜8割ほどがインドネシア政府の手の者によって焼き尽くされたとされる)とかは「国内問題だから」で片づけられてしまう。そういう状況が放置されていいのかっていうことも考えられなければいけないと思うし。
それにしても「ブッシュのアメリカ」が当のアメリカ人にこれだけ疑われている...そしてそれにしがみついていたブレアのイギリスでも国民の疑いの目が強まっている。それを考えると、「強いリーダー」なんて国家に必要なのかどうかっていうのもすごく疑わしい話に思える。少なくとも利害が対立する相手を力で押し潰すようなタイプの強いリーダーっていうものがね。プーチンのロシアも終わらない恐怖と暴力の連鎖の中に入ってしまったし。そして「小泉の日本」はどうだろう。
そしてふと思い出したのは...「89人もの人命に危険が及んでる状態」っていうのは、国家として救助活動とかが最優先で行われる必要がある...ロシアも実際そういう判断に至ったようだけど、そうなると、19年前の8月に、524人の生命に危険が及んでいる状況で「明日でいい」っていう判断が一体どういう神経で行われたのかということ。そういえばあの時の日本の首相も「リーダーシップの人」だったけど。
国家とかリーダーの体面を維持するために、危機に陥っている人命(それは巡り合わせによっては、自分自身や近しい人かもしれない)がそのまま見捨てられることがあったり、わざわざ「敵」に対して挑発的な態度をとってテロや戦争の危険を増やしたり。それが国家としてあるべき姿なのかは、やっぱり疑ってみる必要があると思う。
そしてもうひとつの悲報。美浜原発の事故から2週間、ずっと死と戦い続けてきた方のひとりが亡くなられました(asahi.com)。
重度の熱傷っていうのは...モータースポーツにある程度の興味のある人なら記憶にある太田哲也選手の事故だったり、60年代のモナコGPで起きたロレンゾ・バンディーニの事故の例があったように、3日目ぐらいで最初の危機がやってくる。そのことを心配していたから、実は今回の事故で重体になられていたお2人が、その最初の3日間を何とか乗り切ったことで、何とか最初の危機は乗り越えられたかと思っていたんだけど...実際には太田選手の例でもその後1ヶ月ぐらいはかなり危険な状況が続いていたし、70年代のインディ500で炎上事故(この後インディの使用燃料がガソリンからメタノールに変更になったきっかけのひとつ)に遭ったスウェード・サベージも、事故直後は割と元気そうに見える(意識はあるし、担架の上に座ってレスキューと言葉を交わしたりもしている)のに、2週間ほど経ってから亡くなったし。そして生命の危険が去ってからも、日常生活を送れるぐらいに回復するまでは本当に長くて困難な道のりが続くし。今回(おそらくは生命に危険が無い程度の)「重軽傷」と判断された人達にも、そうした長い道のりが待っている。
そうしたことを考えると、やはり事故に遭った人達に対して、正当な補償や支援(物質的、技術的な面からも気持ちの面からも)が行われるべきだというか...やっぱり「将来の心配をしなくていい状況」っていうのを用意しなければならないし、それでも失われた人命は帰らないし、生き残った人達にも決して軽くはない後遺症を残したりする、そのことの重さをきちんと認識しなくてはならない。少なくとも今までみたいな、そこで働く人や、周辺の住民の人達をあまりに馬鹿にしたとしか思えないような安全意識がそのままにされてはいけない。
2004年8月21日
そして今日は椎名へきるデビュー10周年「記念日」の大宮ソニックシティ。
セットリスト自体にも多少手が加えられてて、「夏のライブなのに無いのが寂しい」って思ってた「MOTTOスイーツ」も聴けたし、さらに記念日にふさわしい豪華ゲストとして、木根さんと葛城哲哉さんが来て弾いてくれたりとか...個人的にここまで今年の夏はTZR手放したとかアクシスの意味不明な電装系トラブル(結局原因はメインハーネスじゃなくてすげぇ馬鹿馬鹿しいところだった、っていう話はまた別の機会に)あたりから始まって、仕事でもくだらない失敗したりとか散々だったんですけど、今日のライブ終わったら「こりゃ今年の夏は思い残すことねーな」とか別の意味で縁起でもない境地に達したりとか(笑)。
ただ、やっぱ人間いつ万が一っていうことがあるかは分かんないし、その時にあんまり思い残すことが一杯ありすぎるのも嫌だし、最後の走馬燈であんまり情けないことが回るのも嫌だし(笑)。そういえば社会現象にもなった伝説のアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で例の赤い革ジャン着た酔っ払いの作戦部長ミサトさんが「しまったカーペット替えときゃよかった...」とか呟くシーンがあったけど。まあそれはともかく...というか私の方は秋に向けてそれなりに物欲系企みが進行中なんで多分大丈夫だ。色々な意味で(笑)。
ところで公演中にへきるがこれまでの10年間にお世話になった色々な関係者や近しい人達への感謝の言葉を語っているのを見てふと思い出したのが、アメリカで活躍する日本人レーシングドライバー・服部茂章選手が、インディーライツ(「チャンプカー」と「IRLインディーカー」の2つに分裂したトップカテゴリーの、そのひとつ下のクラスね)で初優勝した時の優勝インタビューのこと。正直、これだけ長く続く感謝の言葉の例って他に見たことないし。
その服部茂章選手の時っていうのは...残念ながら実は動画とかで見る機会はなくて(たぶんCSでESPN契約してれば見れたんだろうけど)雑誌報道とかで読んだ話になってしまうのだけれど、メインスポンサーであるエプソンUSAや茨城トヨペットへの感謝の言葉から始まり...最後にはそれこそ「いやそんな人誰も知らないって(^^;」って思うようなシゲさんの個人的な知人とかに至るまで、これまで支援してくれたあらゆる人達への感謝の言葉が続いたのだという。裕福な家庭に生まれて子供の頃からカートに乗ったりしてエリート街道まっしぐら、というタイプではなくて、「自分が今ここにいるのは、支えてくれた皆さんのおかげ」っていうことをずっと公言してきた人がようやく成功にたどり着いての言葉、ということですごく印象に残ってる。
で、実はそういう節目の時とかに、「これまで支えてきてくれた人達への感謝」っていうのが出てくることはすごく大事。それがホントに本心で自分の言葉ならもちろんのことだけど、「ビジネス上の言葉」であったとしてさえもね。それとて支援してきた側の人達にとって決して無意味ではないだけの誠意とか気持ちの区切りとかを感じることができるし。逆にいうと今時は「成功はすべて自分の手柄」みたいな態度があまりにも多すぎるっていうことも言えるけど。「人生いろいろ」の総理閣下にしても、選挙活動に専念してる若造を社員扱いにして給料も年金も払ってくれた(それが法律上とか社会通念上アリかどうかは別ね)「恩人」の社長のその後について全然知らなくて「もう亡くなったと思いますが」とか平気で言っちゃったし<実際には今も健在らしい。
そういうところでも、今日のへきるのその挨拶には「今時珍しい、でも重要な『まとも』」っていうのを見たし。そういう出方っていうのは、支えてきた人達が何となく報われた気持ちになるっていうだけじゃなくて、見に来たお客さん達にもやっぱ影響与えると思うし。「自分がとりあえずの成功を収めた時、どれくらい多くの人に感謝を捧げなくてはいけないか」とかね。いや...私の場合、感謝を捧げなきゃいけない人がすごい一杯いそうな割に、一息つけるぐらいの成功とも縁が無さそうなんで、それはそれで問題なんだけど(苦笑)。
もうひとつ、確か今日のライブ中に「世間的にすごい大ヒット曲みたいなのは無いままだったんですけど」みたいなことを言ってたと思うけど...ちょうど今CDTVの総集編見てて、10年っていう歳月の重さっていうのは半端じゃないっていうのと、それに加えて「世間的にはすごいヒット曲」っていうのが出た人達のその先に必ずしも幸せなアーティスト人生が待っていたかどうか、っていうのを考えると...ね。椎名へきるの10年間はかなり幸せだったと思うし、それを見てるファンの側も幸せだったと思う。しかもこの先も当分その幸せは続きそうだし。
で、やっぱりそういう「幸せ」は、へきるが今日感謝を捧げた人達の支援無しには実現できなかったことが多いだろうと思うし。単純に「客です」っていう立場に立ってさえも、音楽不況の中でもずっとへきるを手元に残し続けたソニーレコードには本当にどれほど感謝していいか分からないし、アーツの松田社長が「ウチは声優の事務所なんだから」とか言ってたら今頃どうなってたか分かんないんだし。そして何より...へきるの家庭がどういうものであったか分かんないけど(あんまりそういうことを語る人ではないし)、椎名へきるを産んで、育ててくれた存在に感謝。まずそこから始まっていなければ、出会える可能性自体が無かったんだし。
2004年8月14日
本日は椎名へきる10年目の夏のツアー「HEKIRU SHIINA 10th Anniversary TOUR」SHIBUYA-AXでの東京2Daysの初日でもあり個人的にも今回のツアーの初日だったわけですけど...えーとまず駐禁札貼られて各方面にご心配をおかけしたことをお詫びしなくてはm(_ _)m。
幸いというか、警告札だけだったことや早々にお知らせ頂いたおかげで切符は切られずに済んだわけですけど...今までバイクの駐禁っていうのは何だかんだでけっこう大目に見られてきてたこともあって、なるべく迷惑にならず、かつ危なくないように置いておけば、充分な広さのある歩道なら停めても大丈夫っていう認識でいたんですよね。まあ、今まではまるっきり野放しだった歩きタバコとかがダメだって言われるようにもなってきた(個人的にはそれには賛成だけど(^^;)というのと同じで、社会通念とかそういうものは確実に変化していくし...そもそも元々バイクの路駐とか歩道駐車とか、今までだって法的にいえば車と同じ扱いだったのは事実だからね。そういうものだと思って気を付けないと。
で、肝心のライブの方ですが...今日は貴賓席...じゃなかった2階指定席の最前列なんていうなかなか良い席で(笑)。今までにも何度も思ったけど、2階の最前列って「時々落ちそうで怖い」っていうことを除けばかなり素晴らしい席で、個人的には500円とか千円増しとかでも確実にココ取れるっていう料金体系になってたら是非お願いしたいところだったり(笑)。
そういう良席だったから、もうステージの方を見てるだけ、へきるを目で追ってるだけでも充分楽しいんで、もうそればっか見てたんですけど(笑)、構成自体も10周年にふわさしいOld&Newの組み合わせ...というか、アルバム「Baby blue eyes」に収録されていたバラードの名曲のひとつだった「あなたの名前」(MCでのへきる本人の話では、99年のツアー以来演ってなかったらしい)を久々に演ったりもしたし。そういう定番以外の「Old」はやっぱり結構楽しいし嬉しい。
そして実はひとつ気付いたのは...定番に属する「Old」はそれはそれでもちろん楽しいし、懐かしい(やっぱり初お披露目のツアーの時とか、今まで多く参加したライブとかのことも思い出すし)し素晴らしいんだけど、私の場合、聴いて自然に身体が動くのはむしろ最近の、木根さんが関わるようになってからの曲だったりするということ。おそらくこれ自体は良し悪しとか優劣とかの話ではなくて、要は90年代あたりに何聴いてたかの違いだろうな(笑)。私の場合、椎名へきるは97年からの存在だし。で、そういう音楽的バックグラウンドに関わるところでいうと、やっぱり中山加奈子の詞は思わずニヤリとするしね(笑)。
んで...明日は普通に1階立ち見なんですよね。それはそれで楽しいし、1日ずつ別々の楽しみ方が出来るっていう意味ではいい取り合わせだと思う。ただ...その場合荷物はなるべく持ちたくないから、それで物販関係で欲しいモノを今日買いまくって...まーそれも駐禁警告札騒ぎに影響を及ぼしたかもね(苦笑)。
2004年8月13日
まずは球界の独裁者の自滅(asahi.com)に祝杯を挙げなくてはいけませんね(*゚Д゚)⊃∇
まあ何ていうか...この世に金で買えないものはない、人心はもちろんのこと「正義」だって買えるものと信じて疑わなかった者にふさわしい地位の失い方だと言えるな。
というか、実は「本当にこの裏金問題だけが辞任の理由ですか?」っていう気もするけど。そもそもここしばらくの言動と、それに対する選手会やファンの反発っていうのが、まさにルーマニアの独裁者だったチャウシェスクの「最後の演説」を思わせたから。あの日、国民の前でいつもどおり演説をはじめたチャウシェスクを出迎えたのは、「この人殺し野郎!」という1人の男の罵声と、それに続いて起こった、まるで地の果てから湧き上がるかのような民衆の怒りの叫びだった。そして、もはや民衆の怒りを止められないと判断した軍や政府関係者がチャウシェスクを見放したことが、あの衝撃の展開につながる。
で、今回の転落劇にしても、もちろん「裏金問題」っていうのはかなり重大な問題として存在したとは思う。けど、その一方で、たとえば普段高潔な振る舞いで知られて各方面に人望のあったチームオーナーであれば、「何かの間違いだ」とか「魔が差したんだ」とかそういう同情的な声が出たりして、場合によってはオーナーの立場を失わずにすむ可能性だってあるかもしれない。逆に、ここでもはや辞任しなくては人々の怒りを止められないという状況になったのは、まさにこれまでの振る舞いの集大成だと言えるだろうね。
で...問題のオーナー氏、引き続き新聞屋の会長と「主筆」は続けるそうだけれども、確かに相手が公職者ではないから法では罰せられないにせよ、要は「贈賄」とか「買収」とかに類する行為を行った者がそうした立場に座り続けること自体、社会通念上許されることなのかどうか。
まあ独裁オーナーが今後どうなろうと知ったことではないが(まあ少なくとも、しばらくは球界に対する発言力がだいぶ低下するだろうね)、ひとつ不安に思うことは、今回の買収工作の対象になった選手の今後について。もちろん「渡されても受け取ってはいけない」っていうのは本来の正義ではあろうけど、意中の球団からの「好意」とされた場合にその場で断ることができるものかどうかっていう面もあるのと、もうひとつ...これは私個人の感覚なんだけど、今までお金に関してあんまりいい思いをしてこなかった立場として、目の前に大金チラつかされてその場で「いりません」って言えるかどうかっていう...ね(苦笑)。
まあ私大の野球部のエースとなると、おそらくはそこまでお金に関して悔しい思いとかしてないだろうけど(苦笑)、でも、その代わりに「目の前に洋々たる未来が開けてる者特有の自信に満ちあふれた感じ」っていうのはあるだろうから、事の重大さを見誤っちゃった可能性はある。このことについて彼がきちんと見つめ直して今後に活かせるのであれば、今から野球選手としての可能性を絶ってしまうような処遇をするべきではないと思うし。いずれにせよ、才能ある若者の未来を危機的状況に向かわせたのが誰のせいか、そして彼らがどう身を処すべきか。そのことははっきりさせておく必要がある。
2004年8月12日
ここ数年、毎年のように「あれからそんなに経っちゃったのか...」って驚く8月12日だったけど、今年でもう19年(asahi.com)。そして、ふと思ったのは、戦争も大災害もこんな感じなのかなということ。当事者やその家族や知人といった、直接的に悲劇に接した人達だけではなく、同じ時代を共有して、リアルタイムで知っている人達もどんどん年老いて少しずつこの世を去っていく。ただ、だからといって忘れたり風化させてはいけないんだけど。忘れないことと繰り返さないこと。本来それを可能にするために努力するのが人間の英知であるべきだ。
ところで、旅客機の画像サイトairliners.netで、つい最近になって事故機「Boing767SR-46 JA8119」の、悲劇の約1年前の写真を見る機会があった。で、これを見て思ったのが、事故の御遺族の皆さんのことを考えると適切な言い方かどうかが分からないんだけど、「死相の出てる機械」っていうのはあるものなんだなと。
身近な例でいうと、ちょうど手放す直前のTZR号もそんな状況だったんだけど...正常なコンディションを維持するための努力が放棄されてそうな気配っていうやつ。問題の写真を見て、確かに写真自体が多少古くなって(あと多分、撮影された日の天候もそんなに良さそうではない)発色が悪いっていう感じはするからそれは差し引くとしても、それにしても「仮にもナショナルフラッグキャリアの機体」として疑問を感じるような、嫌な感じの煤け方をしてるように感じた。
ちゃんとした「生きてる機械」っていうのは、建設機械とかトラックとかだと分かりやすいけど、常時ピカピカに洗車したりできる環境にはなくても、安全とか性能に関わるポイントにはきちんと気を遣われていて、整備したり油引いたりっていう対応がきちんとされてる。逆にいうと、全体が埃かぶっちゃってるような状態だったら明らかにほったらかしの証拠だし、一番良くないのは…安全に関わって重点的に見なければいけないポイント(「生きてる機械」の場合にきちんと手が入れられて良い状態に管理されてる部分ね)のほうがかえって嫌な感じに煤けてたり汚れてたりするっていう状況で...JA8119の問題の写真を見ると、何かその一番よくない状態の匂いがする。
しかもこの個体に関しては、以前に機体後部を破損する事故を起こして、素人感覚からいえば決して小規模とはいえないような修理をする経験をしていたというから、本来は他の同型機より気を遣わなくてはならなかっただろうと思うんだけど...そうした配慮は無かったということなのか、あるいは他の機体はもっと苛酷な使われ方をしてたんだろうか。いずれにせよ、この写真を最初に見た時、「これでは何が起こっても不思議ではなかったんだな」っていうのを感じたし、それゆえに一部で言われてる撃墜説とかそういうのを、元々信じちゃいなかったけど、今まで以上にきっぱり否定する気になった。
ところで新生JALグループ発足に伴って新塗装(JALグループのブランドアイデンティティ解説ページの「機体デザイン」参照)に切り替わった時、インターネット上で「あの時の123便の尾翼の欠損部分の解説図みたいな塗り分けだ」みたいな意見を目にして、一度そう言われちゃうとそうしか見えなくなっちゃうんだけど...新塗装のデザインを引く段階で、社内でそうした疑問っていうのはどこからも上がってこなかったんだろうか。だとすると、日航的にこの事故はもう過去の出来事になっちゃったのかな。
で...airliner.netの画像をよく見ると(Largeを選択するとよく分かる)機体側面に「▲TSUKUBA EXPO'85」って科学万博の記念ロゴマークが描かれてるんですよね。日航が科学万博のオフィシャルエアラインとかそういう立場にあったのか、あるいは全日空や東亜国内航空(そう当時はまだ日本エアシステムじゃなかった)も同じマーキングを施していたかは分からないけど...ここにもホントに時の流れの重さを感じるし。
多分機体の撮影当時は、開幕前の科学万博をアピールするっていう段階だったと思うし(だから今でいうと愛知万博のロゴマークが描いてあるような感じか)...そしてきっと、19年前のあの夜にも、同じロゴマークが描かれて飛んでいたんだろうな。夏休みの東京−大阪便だから、もしかして筑波から東京を経由して大阪に帰る途中の人とかも居たかも。私自身も万博行って、結構盛り上がってたあの頃の記憶を共有してるだけに何か複雑な気持ちになる。そして...何より当時は、「科学は人を幸せにするんだ」っていうことを疑わなくていい時代だったよな。
2004年8月1日
以前にも日記とか掲示板とかで触れたかと思うんですが、niftyのユーザー向けホームページ開設サービスの統合に伴って旧infowebユーザー向けのHP開設サービス「My Sweet Homepage」が8月31日で終了ということで、サイトを移転させて頂くことになりました。
確かinfowebって、元々パソコン通信サービス(まだ「インターネット」じゃなかった頃ね(^^;)を提供していたniftyが来るべきインターネットブームに向けて、インターネットプロバイダに特化したブランドとして立ち上げた組織で...もしかして当初はこっちにまとめる予定だったかも知れないんですけど、色々あった結果として(多分「nifty」の方がパソコンやってる人にとって伝説的ブランドだったとかそういう事情もあるのかも)、日本にインターネットが当たり前になった頃、確か20世紀の終わりを待たずにniftyに統合されたんだったはず。
そういうことなので、ホームページのURLだったりメールアドレスだったりでinfoweb.ne.jpのドメイン持ってる人っていうのは、「日本でインターネットが当たり前になる直前ぐらいからネットやってた人」っていう証明みたいな部分で個人的にはけっこー気に入ってたので(でも多分iijあたりを使ってた人ほどマニアではなく、たぶん大半は元or現FMVユーザー(^^;)、そういう証みたいなものが消えていっちゃうのは残念ではあるわけですけど。っていうかもしかしてメールアドレスの方も遠からぬうちにnifty.ne.jp(もしくはnifty.com)に統合になっちゃうのかもね。
そういえば...と思い出したんですけど、商用パソコン通信サービス時代の巨頭のひとつだったniftyはインターネット時代になってからそういう流れをたどった(niftyに加えてinfowebを立ち上げ→結局またniftyに統合)んですけど、そういえばPC-VANをやってたNECグループの方は、確かBIGLOBEとMESHNETっていう2つのプロバイダを立ち上げて、そのあと結局BIGLOBEに統合したんだっけと思い出した。あと確かアスキーも通常のプロバイダサービスとは「アスキーインターネットフリーウェイ」っていう、後にライブドアが始めたのと同じような無料インターネットサービスをいち早く立ち上げたけど、結局あんまり成功しなくて普通のプロバイダサービスに一本化したりしてた。「パソ通」の時代の立て役者達は何かみんな似たような道をたどってるな。
と、そういうことで8月以降の新しいURLは「http://homepage3.nifty.com/r_k/」となります。旧infowebサイトの方は、今日のこの日記を最後に更新停止して、一応プロバイダ側での運用終了となる8月末ギリギリまで残しておく形にしようかと思います。
で、実は新サイトの方も先週時点で一応URL取得してコンテンツの大半を移動して、っていうのは済んでたんですけど、公開するのは相互リンク先のサイトの家主さんにお知らせしてから、ということで...ようやくメールしたのがついさっきなんですよね(^^;。まあ、そういうことでようやく移転先公開となったわけですが、それにしても今までもいくつも知り合いのサイトの移転も目にしたし移転通知ももらったけど、意外とめんどくさいんだなっていうのが初めて分かりました(^^;。
とりあえず先週末〜今週は移転だけでいっぱいいっぱいだったんですけど、今後コンテンツの方も拡充していく予定なので引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m。
2004年7月11日
実はアクシス弐号機の電装系がめちゃくちゃ不調だったりして。ブレーキランプ点けると即座にメインヒューズが飛ぶっていう一見些細な問題なんだけど...当のブレーキランプそのものに問題は無いようなので、メインハーネスそのものとか結構深いところに問題がある可能性が高そう。
で、とりあえず走行は出来る(少なくともヘッドランプ辺りまでオルタネーター直のAC電源でまかなってるような小排気量車の場合、メインヒューズ飛んでも点火系は無事らしいのね)とはいえ、ブレーキランプもウィンカーも点かないから、応急的に自走で帰ってくることは出来たけど安全上アシとしては乗れない、ということで、とりあえず問題発生後は応急的に初号機をアシに使ってるんですけど...「アクシスの形をしてるけど爆撃機みたいな雰囲気」の弐号機(とはいえ道楽でイジり倒してるんじゃなくて、メインマシンとしての要求仕様を小さい車体に詰め込みたいと思うと結局こういう仕様になるのね)と比べて、純正状態に近い初号機のほうはすごく軽快な感じが気持ちいい。しかも3〜4ヶ月ぐらい乗ってなかったのをいきなり引っ張り出した割に至って調子いいし。
なのに来週末あたりにココから電装剥ぎ取って弐号機に移植しないといけないっていうのが辛いところ。やっぱり2台あるうちどちらに優先順位つけて復活させるかっていう時に、追突事故で7cm縮まったのを修理した方と、通勤から長距離走行まで全てをこなせるように手を加えた方とどっちが先かっていうのは迷うまでもない当たり前の話になってくるし...。お金に余裕が出来たら必ず直してあげるからしばらく部品貸してよ、っていう感じ。
そういえばTZR号も末期の頃には電装系の怪奇現象が顔を出すようになっていて、そのことも手放す決心をする理由のひとつだったんだけど...それにしても何でこういうことが続くかな。しかも色々忙しい時に限って。ホントに昨日あたりは「神様はTZR号に続いてアクシスまで連れ去ろうっていうのか」とか思って凹みまくったし。まあアクシスの場合TZRほど複雑ではないからある程度時間が出来れば問題解決に付き合えるけど...でもやっぱ、せめて一息つくぐらいの余裕はくれてもいいじゃないかと、運命を司る何かに呟きたくなる。
2004年7月10日
まぁ私は「投票に行きましょう」とかそこら中で言われてるような台詞を言うつもりはない感じ。
はっきり言っちゃえば、自分の立場が多分世間の多数派と同じで、別に不自由も不満もない人は安閑としてたって構わないんだよ。むしろマイノリティだったり、自分の周りを不自由や不満が取り囲んでいるような立場の人こそ自分の立場を主張したり、自分の意見を上に上げたりしなくてはいけないし、まして諦めてはいけない。
二大政党化が進んだといわれた前回の衆院選で、落選した弱小政党候補のひとりが「二大政党って言われても、それじゃ3番目から先の意見の人はどうすればいいんだ」って敗戦の弁を述べたけど、それは確かにその通りだし。だから、そういう立場の人は必ず存在をアピールしなくてはいけない。諦めたらそのまま居なかったことにされちゃうだけだ。
2004年7月8日
はぁ?たかが選手(asahi.com)ですか?
そんなに言うんなら、その「たかが選手」無しで球団は成り立たないんだということを示すことも、選手会の選択肢として考えた方がいいんじゃないかと思うけどさ。実際メジャーリーグではそういうことが起きたこともあったし。
で、プロ野球ファンの皆さんは...正直このプロ野球全体の存亡の危機の状況を考えたら、場合によっては「今シーズンがこのまま終わり」とかそういう状況が起きたとしても、それを受け入れるぐらいの覚悟は必要かもしれない。というか、選手達の事実上の総意として仮にそういう選択肢を取るような状況になったとして...今回ばかりはそんなワガママも受け入れてあげていいんじゃないか。そんな気がする。
2004年7月7日
ところでプロ野球で一体何がどうなってるんだかさっぱり良く分かんないんだけど...。
やっぱ6月19日の日記で触れたとおりで、帝王フェラーリの方ばっか向いて連中の意向ばっか気にしてるF1が緩やかにダメになっていこうとしている、それと同じ道を歩んでいるように見える。
ここで参考として挙げておきたいのがアメリカのオープンホイールレース(フォーミュラカーのアメリカ的呼び名ね。タイヤ&ホイールがボディに覆われていないため)で起きていること。かつてF1と双璧をなす世界のトップフォーミュラとして鳴らしたチャンプカー(旧CART)シリーズは、アメリカのモータースポーツの伝説ともいうべきトップチーム、ペンスキーに去られ、そしてトヨタとホンダという2つの日本のエンジンメーカーに去られたことで、ここ2年ほどは存亡の危機だと言われてきた。実際昨シーズン終了後には、ついに運営団体が破綻して破産競売にかかるという状況になったんですけど、参加チームの雄志をはじめとする人々が結集してシリーズを存続させることに成功。南米ラウンド(ここ最近のチャンプカーでは若い南米人ドライバーが多く出走していることも関係している)を中心に順調に観客動員を延ばし、大手TV局とのTV放映権契約を結べなかったという不利も、有料インターネット生中継でカバー出来ているという。
しかも、「トヨタとホンダとペンスキー」という3つの巨大なパワーと、シリーズで最も歴史と伝統のあるレースだった「インディ500」が移っていったことで一気に繁栄を築き上げたはずの「インディ・レーシング・リーグ」(通称IRL)に参加しているチームやドライバーの中に、IRLの急激な高コスト化や強権的な運営方針を理由に、今度は逆にチャンプカーへの鞍替えを検討する動きが出始めているというし。何より、トップチームも優秀なエンジンメーカーも奪い取ることに成功したはずのIRLの総帥、トニー・ジョージと、IRL最大のトップチームとして強大な力を誇るペンスキーが、まるで何かに怯えるかのようにチャンプカー潰しに必死になっているし。しかも、彼らの強大な力をもってしても、ことは思うように運んでいない。
こうした動きの中で重要なことは...もともと旧CART→現OWRS(新生チャンプカーを運営している団体)っていうのが、インディ500を運営していたUSACの運営方針に反発して、参加するチームの中で民主的に、平等に物事を進めることを目的に立ち上がった組織である、という根っこの部分の話だと思う。確か2台以上フル参戦させるチームは平等に「フランチャイズ」と呼ばれる権利を持っていて、それに従って、シリーズの運営に関わる投票権とか、興行利益の分配権とかを持つシステム。1台参戦のチームに関してどうだったかはちょっと忘れてしまったけど、3台以上参戦させる場合には3台目以降に関してはフランチャイズの権利が加算されなかったはず。ただ、いずれにせよそのへんの権利関係は明確に規定されていて、「権利関係はこうなっています。そのことに同意する方は参加してください」っていうシステム。
で、どうもペンスキーがIRLのほうに移っていった経緯の中で、「他のチームと同じだけの権利しか与えられない」ということに関する不満みたいなものはあったらしい。つまり2台体制のチームだったら、巨大帝国ペンスキーから弱小チームだったデイル・コインやヘルデス(今やどちらも結構な有力チームに成長したけど)まで与えられる権利は一緒だということが面白くなかったと。一方でCARTの側も、別にそんなペンスキーを引き留めるために必死の利益供与とかをしたわけではなく、ある意味では「出ていくんなら出ていけば」になった。で、実際のところペンスキーが出ていっただけではさほどCARTにとって重大な危機ではなかったしね。
むしろ本当の危機は、有力なエンジンサプライヤーであるトヨタとホンダが、彼らと強いパートナーシップを持つ有力チーム(トヨタはチップガナッシ、ホンダはモー・ナン)とともに去っていってしまった時に起きたのだけれども。
しかし、「チャンプカー」は、それこそ一時は絶体絶命に追い込まれつつも何とか危機を乗り切った。それは、最後にひとつ残ったエンジンサプライヤーであり、そして世界の自動車メーカーの中で最もモータースポーツに深い理解を示す会社のひとつであるフォードが、全チームに対して平等な、しかも破格の条件でエンジンを提供し続ける決断を下したことであり(しかもフォードが結んだ巧妙な契約は、昨年末に破産したCARTからエンジン供給契約を奪い取ろうというトニー・ジョージの企みを阻んだ)、チャンプカーの可能性を信じ続けたチーム関係者達が、何とかシリーズを続けようと策を練り、個々のレースの主催者をはじめとする多くの利害関係者に対して誠意を尽くしたことの結晶だった。巨万の富や物量によるものではなくて、「当たり前の積み重ね」が崖っぷちからチャンプカーを救ったのだといえる。ひとつ残念なことは、彼らが誇ったフランチャイズシステムはついに終わってしまって、現OWRSは株式会社組織なんだそうだけど。ただし株式は公開されているそうなので、それはひとつのオープンなシステムには違いない。
そういうことだから...日本プロ野球も、メディア王や鉄道王が何を言おうが恐れるな、と言いたい。シリーズ全体をなるべく今のまま続けていくにはどうすればいいか、その最善の施策を、12球団が平等にものを言える環境で考えればいい。自称球界の盟主がその結果に対して気に入らないならば、むしろ出ていくのはそっちの方だし。目下の課題の近鉄問題の方は、ライブドアの社長に「お願いします」を言えば何とかなる話なんだし。
あと、私個人がJリーグがそれなりの成功を得た理由のひとつとして思うのは...要は「例のメディア王の言うことを必要以上に聞かなかった」っていうことに尽きると思う。リーグ屈指の有力球団の持ち主で、かつ巨大メディアを一手に抱える相手であろうとも、リーグ全体の利益にかなわない要求は絶対に聞き入れてはいけないという確固たる姿勢が成功の秘訣だったと。当初こそ空前のスター集団だったはずのメディア王チームも、今や「トップ数チームのうちのひとつ」に落ち着いちゃってるし。
ところでアメリカンオープンホイールの状況についてひとつ余談。CART黄金期はちょうどクリントン政権の時期(90年代初頭〜2000年頃)と重なって、IRLが急激に力を伸ばしはじめてきた時期っていうのはブッシュ政権が始まった頃から。しかも、ブッシュの再選が危ぶまれてる今、まさにタイミングを合わせるようにIRLの将来に陰りが見え始め、一方で新生チャンプカーが存亡の危機から徐々に体制を立て直しつつある。「真のモータースポーツ」と「真のThe World」が帰ってくる日は、そう遠くないかもしれない。
アメリカ人が、「世界一素晴らしい国を作ろう」っていうエネルギーっていうのは、ポジティブに向かう時には凄いパワーを発揮する。クリントン政権末期には、仮にもイスラエルで戦火を止めさせることにだって成功したし。そしてあの頃、彼らは世界最速の真のモータースポーツをも実現していた。「世界最強」っていうパワーはそうやって示してこそ価値を持つものだと、大統領選挙を目の前に控えた彼らにそう伝えたいね。
2004年7月6日
両親と死別して日本の祖母に引き取られたタイ人の女の子の在留資格確認も曽我さん一家の再会も(リンク先はいずれもasahi.com)、何で両方とも選挙の直前のこの時期なんだろう。当たり前の結論を導き出すために一つ一つの仕事をきちんと進めていけば、もっと早くたどり着ける結果じゃなかったのか。特に女の子の在留資格確認の方なんかね。大きく報道はされていなかったようだけど、何も今に始まった問題じゃない、しかも外交みたく相手が居る問題ではなくて、要は「担当するお役所や大臣が常識に従って判断すれば済む話」だったわけだから。
「選挙の直前になってタイミングよく今までたまってた問題が片づく」っていうのは、本来そんなの褒められるべき状況ではない。その時その時に出てきた問題をひとつひとつきっちりと、国民が同意するような形で解決されていって、選挙の直前になって振り返って「そういえば不都合な状況とか変なこととかが積み残されてないな。きっちりと処理されてきたんだな」って、そういう評価がされるのが尊敬される政府与党のやり方だと思うし、そういう基準で判断出来るのが、きちんと民主主義の成熟した国民の見方なんだと思う。
逆にいえば、「わざと積み残して選挙の直前にまとめて片づけた方が国民受けがいいな」って思われるっていうのは...これはすごくバカにされてるんだと思わなきゃいけないし。「どうせ問題をすぐに解決しても選挙の時には忘れちゃってるだろう」っていう出方っていうのは、つまりは国民を鳥頭扱いしてるんだから。しかも、在留資格が与えられていなくて、このままでは身寄りがない(少なくとも探さなくてはいけない)タイに送り返されなくてはいけないとか、拉致問題に関わって家族が引き裂かれたままだとか、そういう明らかに不利益な扱いにさらされている人達を「あとちょっとで選挙だから」っていうことでそれまでほったらかす。そういうことを人として許せるかどうか。そういうことが問われていると思うね。
2004年7月5日
1988年に起きた、戦後日本の殺人事件の中で最も残虐なもののひとつ「女子高校生コンクリート詰め殺人事件」で有罪判決を受けた、当時少年だった容疑者の1人が、今年の5月中旬に知人男性に暴行を加え監禁したとして逮捕されたという事件(Yahoo!Newsより)があったらしい。
もちろん事件そのものに関してとか、少年法の問題とか、言いたいことは色々あるんだけど...疑問に思ったのは、5月に起きた事件に関する話がなぜ今、参議院選挙の投票日直前になって出てきたのかということ。
公開されなければならないとか、公開されるべき情報だとすれば、それはなるべく早い時期に公開される必要があるはずで、2ヶ月も経ってからというのは遅すぎる。一方で、公開されるべき情報でないならば絶対に出てこないように管理されていなくてはいけないはずだし。
何か「年金法案強行裁決後に空前の低出生率を発表」っていうのと似た匂いがする。発表にあたって「こういう事件が起きたから少年法について真剣に議論しましょう」とかそういうことは実は考えちゃいないんだよ。それが本当に必要だと思っていて、それで発表すべきだと思ったんだったら、少なくとも2ヶ月ほったらかして投票日直前まで引っ張ることはないはず。逆に、こうしたことを選挙のネタに使おうと考えるのは...拉致問題と同じで、不幸な事件の被害者への対応を先送りして選挙の道具に使うような行為なんじゃないだろうか。
2004年7月2日
明日の名古屋ボトムライン公演からスタートする椎名へきる夏のコンサートツアー「HEKIRU SHIINA 10th Anniversary TOUR」。実は言ってなかったんですが初日の名古屋公演、最近ロングドライブとかご無沙汰気味だしと思って(笑)密かに行くつもりでチケットも確保してあったんですけど...急用が入ってキャンセルに(; ;)。
しかも行けないのが決定的になったのが今晩の話で、チケットの引き取り先を探す余裕もないぐらい急な話だったし。椎名へきるでは今回が初めてだけど、岩男さんとか他の人のライブでは今までにもこういう、直前になって不測の事態で行けなくなるっていうケースは何回かあったけど...毎度の事ながらめちゃくちゃ凹むな。まあ、今まで(はっきり言うと病欠が多かった)みたく不幸な理由でのドタキャンではないからその点ではまだいいんだけど。あと、日頃「アーティストさんの取り分」とかについてあれこれ言ってる(だからその意味でCCCDとか必ずしも反対派ではないし)立場としては、「とりあえず前売りでチケット買ってるから、アーティストサイドへは支払い済み」っていうのはせめてもの救いといえば救いだけど。
とはいうもののやっぱ結構落ち込むことは落ち込む。名古屋を外すと、あとは8月半ばの渋谷2Daysまでは事実上行ける公演無いし。早い時期で分かってればともかく、「前日の夜にもなっておあずけ食らう」っていうのはやっぱ凹むな(^^;。
2004年6月26日
本日TZR号を手放してきました。まぁ理由としては...今後予想されるメンテナンスコストが相当な金額になりそうで金銭的に限界が来た、っていうこともあるけど、むしろ最終的な決断のきっかけになったのは、2〜3年前に喘息持ってからどうも体調がダメなんで、バイクの方を今後小金が出来てきっちりと直せるような状況になったとしてもほとんど乗ることが無いだろうな、っていうところの方で。元々体力とか体格的にはTZR250で結構いっぱいいっぱいの感じだったのが、こう半端に年取った段階で体調崩しちゃったから簡単に乗れる状態じゃ無くなっちゃったんですよね。
実際、「たまには乗らなきゃ」って思っても、実際いざ出かけようっていう時になって「いや今日はいいや(^^;」ってなっちゃうことが多くて。そういう状況で、今度いつ乗るかも分からないまま走行出来る状況を維持し続けるっていうだけの資金的余裕とか時間的余裕とかもそろそろいっぱいいっぱいになってきたから、それならせめて、流しのバイク回収業とかに渡すぐらいなら、自走できるうちに活用先を見つけた方がいいな、と。
で、近所では有数のヤマハ2stスペシャリストであるYSP小金井さんに持って行ったんですが...やっぱ色々あまりに状態が悪すぎるんで中古車としての値段は付きませんでした(^^;。まあ、仮に再商品化するためにあれこれ整備したら、多分それだけで中古車1台分の値段(現状で後方排気TZRって20万円前後ぐらいの感じだと思うけど、それぐらいの額ってことね)になるだろうから無理はないところ。まあ、いずれにせよあそこなら、復活させて再商品化させるにせよ、お店のお客さんや他の状態のいい中古車のために部品を剥がすにせよ、悪くないように使ってもらえるだろう。そのことを考えてあそこに持って行ったし。
で、今後何か代わりのバイクを買うかどうかについていうと...もうちょっと体力的にも維持費的にも気軽に乗れそうなところで125cc以下のレーサーレプリカとかどうだろうとは思ってますけど...それもまぁ一息ついてからの感じかな。お金の面では相変わらず厳しいままだし。
で...TZRに関しては、買った時点でも必ずしも状態は良くなかったし、完調状態で乗れた期間っていうのはすごく短かったように思うんだけど、それでも正直乗ってよかったっていうのは思う。今までのクルマバイク生活の中で、それこそ新車発売当時(っていうのは確か中学生ぐらい)からずっと乗りたいと思ってて、願った通りに乗れた唯一の車種だったから。逆にクルマの方はそこですごく後悔があって...もはやRX-7とかAZ-1とか乗ることは多分一生ありえないし。
で、やっぱそういう経験があるから、「○○がすごく好きなんだけど、免許取り立ての初心者が乗っても大丈夫ですか?」とか質問されると「好きなんだったら乗っとけよ」って答えることにしてる。TZRも確かに色々大変だったけど、マイナスの部分についても、乗れて、それで経験出来たから気持ちの整理がついたって部分は多いし、逆にプラスの部分っていうのはすごく山ほどあって...何にせよ想像してるだけじゃ、経験しなきゃ分かんないことっていうのはすごく沢山あったし、他のクルマやバイクもそういう面はものすごく多いと思うから(大体アクシス90があんなに色々ムチャ出来るスクーターだっていうんだって乗ってから分かったし(^^;)。しかも、人生って分かんないから、いつどんな理由でクルマとかバイクとか乗れなくなるかも分かんないし。そうなった時に「アレに乗っとけばよかった」っていうような後悔を残すよりは乗れるうちに乗っておいた方が絶対いいから。
それにしても...もうあの奇跡みたいな車体バランスの高さに感動することも、「またフォークシール持ってるぅ〜(TT」って頭抱えることももう二度と無いんだな。お疲れさまTZR号。
2004年6月23日
戦場の真実を伝えるため現地に向かい、かつ現地で知り合った戦災で目を痛めた子を救おうと奔走していた2人の日本人ジャーナリストの殺害事件に続き、「韓国軍の撤退を求める」という要求のもとに非戦闘員の韓国人の方が殺害されたという、現地で続発する悲劇に対して申し上げるべき言葉もない。橋田氏の奥様の、戦場ジャーナリストとその家族に求められる覚悟のほどを語ったというか、ここ最近まるで集団ヒステリーのように言われてきた無責任な「自己責任論」がいかに価値のない低レベルの物言いであったかを痛感させるような会見(asahi.comより)もショッキングなものであったけれども、今回の御遺族の悲嘆に暮れる姿もやはり言葉を失うようなものだった。
そうして多くの民間人や、さらには外交官にさえも犠牲が出ている状況の中で、まるでそれとは別の世界にいるように自衛隊には何事も起きていないけれども...ある意味でそれはつまり、彼らがそうした危険からはるか遠い場所に立っていることの証明でもある。人道援助に行った民間人が、実際に彼らの必要とされている場所へ向かったら生命の危険にさらされるような状況下で、この「重武装と世界有数の高い待遇と、さらに手厚い公務災害補償に守られた『事実上の職業軍人』」が一体何をやっているんだ。そんな安全な場所であれば、むしろ彼らがそこに行く必要は無かった。一方で「戦闘地域」だったら、憲法の定めるところに基づき、彼らはそこに行ってはいけない。
今まで現地に居る自衛官自身について直接的にあれこれ言うのはなるべく避けてきたけど、派遣中の自衛隊員によって開催されたという川柳大会の記事(asahi.comより)なんかを見ても、その緊張感の無さというか「要は税金使って一体何をやりに行ってるんだ」という疑問がなおさら深まるし。そういえば本隊第一陣の派遣の時だかのニュース映像で、女性自衛官の1人が「皆様のオアシスに(笑)」とか言ってたのも記憶にあるけど。
「民間人」の方が、よほどの覚悟で行かなきゃいけなかったり、分かり切ってるはずの(かつ合理的な範囲の)自己責任について、自分の身の回りにある危険すら想像出来ないような連中からあれこれ非難されるような状況を見て、それからこっちを見ると...何かこう、目を疑うとかそういう以前に、通常ありえないようなものすごいシュールな光景だよなと...世間様に公開する範囲で書く表現としてはそれ以上言いようが無いな。
2004年6月21日
まずはこれまで少なからず過小評価してたことを謝らなければ(^^;<佐藤琢磨、アメリカGPで3位入賞(中日新聞 F1 EXPRESS)。少なくとも「琢磨は絶対やると思ってたんだ」とかそーゆーことを偉そうに言える立場には無いです(^^;。
正直なところ「何故バトンは大丈夫なのに琢磨のエンジンばっかり壊れるのか」みたいなのも、そりゃー2人に完全な同スペックが渡っているとは限らないとしても、90年代フリーク的見方でいうと、同じエンジンでも使い方の違いで全然トラブル発生率は違ってくるっていうのが少なくとも当時は常識だったから(多分フォーミュラニッポン用MF308とかF3のMF204や3S-Gとか、そういった旧世代型エンジンはいまだにその常識が通るはず。最新のF1用となるともはや何が何だか分かんないけど)、そこは琢磨の使い方に問題がある可能性を考えるし。
ただ、このところずっと予選で好位置の常連ではあり続けたし、日本人初のフロントローも獲得した。だから、走り切れさえすれば好結果が期待出来るだろうっていう印象はさすがにあったから、その意味では来るべくして来た表彰台だっていう感じはする。
ただ...やっぱ個人的に惜しまれるのはヨーロッパGPなんだけど...。あそこで前を行くバリチェロに仕掛けたのがアリかナシか、っていうのは色々な意味合いで(「あのコーナーで仕掛けるべきだったか」っていう意味だったり、そのままポジションキープで3位をもらっておくべきだったか、ていう意味だったり)議論になったけど、個人的には、そういう状況ならチームのためにも3位を押さえておくべきだったんじゃないかっていう気がするのと、あとは...相手がバリチェロとかラルフとか微妙なドライバー(この2人に関しての私の評価は2001年の日本GPの時の日記参照(^^;)の場合、気を付けないと割とあっさり全てを失う羽目になるっていう事ね。相手がモントーヤならそういう心配は要らないし、格下のクルマでミハエルとの頂上決戦になって、そこで弾き出されても十分過ぎるぐらいに評価は上がるけど、言っちゃ悪いが「バリチェロやラルフ程度で必死になって危険を冒す必要はない」てー感じ。あの手のドライバーに対してはなるべくならコース上での直接対決じゃないところで前に出る(それこそピット戦略とかね)か、リスクの低いポイントを探して仕掛けるとか、そういうスキルを身につけられればもっと上のステップが開けてくるんじゃないかと思う。
もうひとつ今回のアメリカGPで触れておきたいのはラルフ・シューマッハーの大クラッシュについて。「インディアナポリスの魔物がついにグランプリサーカスに牙を剥いたか」っていう感じ。幸い現状言われている限りでは深刻な怪我とかは無いようだし、アメリカグランプリがインディアナポリスで開催されることになった当初に心配していたほどには車体の安全性についての問題点は無いというか、とりあえずF1マシンがオーバルコースを走るスピードにおいて最低必要な基準は満たしてると言えるかな。おそらくはチャンプカーやIRLインディカーと比較して車重が軽いということは、吸収しなければならない衝撃を減らす意味ではプラスだろうし。
ただ、それでもチャンプカーやIRLを見慣れた目でいうと、あっちの方がよっぽどスピード出てるにもかかわらず、単独クラッシュだったら普通にドライバーが自力脱出しちゃう光景が珍しくない。それを考えると「今回はこれで大丈夫だったけど...」っていう不安はぬぐえない。あと、原因がタイヤや足回りの破損で急激にリアのグリップを失ったことであるとしても、巻き込んで後ろからぶつかっちゃうっていうのはオーバルでは危険な当たり方だし。IRLカーが当初よりだいぶ安全になったとは言われつつも、今でもドライバーが背中や腰を痛める事故が多いのは、前後の重心や空力バランスの関係で後ろから巻き込む事故が多いせいでもあるし。
チャンプカーはその辺のバランスが適正なために姿勢が乱れずに浅い角度で当たるから、そのとてつもない速度(最も速かった時期には最高速400km/h以上、周回平均が380km/h前後、ターンでも350km/hとかそういう水準)からすると驚くほどに人的ダメージが少ない。それだけじゃなく、不幸にして後ろから巻き込んだ時にリアセクションがきっちり潰れて衝撃を吸収することまで想定されてるし。ツインリンクもてぎで開催されたPOTENZA500を見に行った時、唯一大きなクラッシュに見舞われたタウンゼント・ベルのクルマ(きちんとほぼ真横から当たったこともあってドライバーは軽傷)を、レース終了後のピットウォークで間近で見る機会があったけど、ミッションがねじれるように変形して、ぶつかったのとは反対側のアーム基部まで変形が伝わりつつきっちり衝撃を吸収していた(→参照画像。ちなみにリアからの絵なので車体右側=画像右側から壁をヒットしてます)。
そういうことを考えると、普段ロードコースを走っている車を軽くセッティングの範囲で直した程度のクルマでインディアナポリスを走るっていう発想は、そろそろ見直した方がいいんじゃないかなと思う。オーバル専用のIRLインディカーは最初からそれに特化したクルマだし、チャンプカーの場合はロードコースを走る場合とは足回りとか空力部品とかかなり色々なところが変更される。それを考えるとF1も「インディアナポリス仕様(というかオーバル仕様)特別車両規定」みたいなものを作った方がいいんじゃないのかな。もちろんそれが大規模すぎると中小チームにとって負担が大きくなってしまうから、そういう面も考慮しつつ可能な範囲でね。
そして実はそのことよりももっと問題が大きいと思ったのは...ウォールに叩き付けられたラルフのクルマが跳ね返ってきて、ドライバーが閉じこめられたままメインストレートの真ん中で止まってる...なのにCARTあたりを見慣れた目には信じられないほどいつまで経ってもレスキューが来ないし、フルコースコーションが出てセーフティーカーが入ったのも一呼吸おいてから、みたいな感じ。正直そのことに一番目を疑った。CARTで見慣れた光景っていうのは、クルマが姿勢を乱した瞬間に、コントロールタワーがフルコースコーションを出して、ペースカーとレスキュートラックが動き始める。そして事故車両がコース上に停止した時には、停めたレスキューカーで現場を守りつつ救助活動が始められる。「それで当たり前」だと思っていただけに、今回のアメリカグランプリでのそうした動きの緩慢さっていうのはショックだった。
まだTBSが放送権を持っていた頃のインディ500でのこと。だからもう10年ぐらい前のことになるけど、解説の寺田陽次朗さんが「インディアナポリスのレスキュー達は、ターンでのクルマの姿勢をきちんと見てますね。姿勢が乱れたら、もう立て直せることはまず無いから、その時点でレスキューカーが動き出してます」って目ざとくそのことに気付いていた。そういう「オーバルでの常識」っていうのをきっちり考えた上で安全体制を考えないと...奇跡はそう何度も起こってくれるものではない。
2004年6月19日
あくまで聞いた話で、ちゃんとウラ取ったわけではないのでアレですけど、かつて宣伝部に、後に偉大な作家として成功を収める開高健氏をはじめとする多くの偉大な才能を抱えていたことでも知られるサントリーの名物会長、佐治敬三氏はプロ野球球団の経営にものすごく興味を持っていたらしい。しかし、佐治会長とサントリーをしても、球団経営にかかるコストに加えて、プロ野球への新規参入チームに課せられる、およそ法外な金額(十億の桁だったはず)までを注ぎ込むというわけにはいかなくてやむなく諦めたという。で...「それじゃせめてCMの中だけでも」ということで作ったのが、モルツのCMのために往年の名選手達を集めて作った、あの「新球団モルツ」だったとかいう何か微笑ましい話があったんですけど(笑)、今オリックスと近鉄を取り巻く状況を見て、ふと佐治会長がご健在だったらどういう判断をするかなというのを思った。
要は2つのうちのどっちかを買い取れば、長年の夢を叶える千載一遇のチャンスだし。それで例えば自分の球団を売って身軽になった方が、もう一方のサポートに回ったりすれば、そっちもそっちで資金的不安は無くなるから。まぁ問題は...パリーグにまで今の巨人みたいなタイプの球団が要るかどうか、なんだけどね(爆)<佐治会長も多分あーゆー感じで選手集めるの好きそう
で、実はプロ野球でのあの状況を見て思い出したのが、今のF1の退潮ぶりだったりもする。確か80年代末か90年代初頭あたりから、全ての参戦チームに「全戦参加義務」が敷かれているために、たとえば遠征費用がかさむ南米/アジア太平洋ラウンドは外してヨーロッパラウンドだけとか、逆に昔のコジマみたく「日本GPだけ走る」とかそういう戦い方は出来なくなった。で、確か新規参戦チームは供託金を支払わなくてはいけないとかいうルールもこの頃出来たはず。
そして時は流れて...今や1シーズンを戦うだけで強烈にコストがかさむようになって、一方で資金確保は当時(まぁあの頃はバブル経済の日本の企業にアプローチすれば幾らでもお金は出たし)と比較にならず難しくなって、アロウズみたいに歴史ある中堅チームがついに耐えられなくなって潰れてしまったり(まぁアロウズの場合、創設者ジャッキー・オリヴァーからチームを買い取ったレーシングビジネスマン、トム・ウォーキンショーが基本的に状況を読み違えてたという面が大きいとは思うけど)、ジョーダンが資金不足に苦しんでるのは一体何年前からだろう、っていうぐらい、中堅チームにとって苦しい状況が続いてる。
そういう状況にもかかわらず、新規参入チームの負担金はもっと増えたし、さらには参戦チーム数の上限(確か12チーム)まで設けられたりと、新たなチャレンジャーを積極的に迎え入れようという状況ではない。で、アロウズが潰れて枠がひとつ空いたとはいえ、このご時世に何十億の負担金を払ってまで新規参入しようなんておめでたい奴が居るものか、と思ってたら...「日本のゴリアーテ」とでも言うべき巨大自動車メーカー様が参戦されましたm(_ _)m(爆)。一方でオーストラリアの有能なビジネスマン、ポール・ストッダード(確か航空会社経営で成功して財をなした人)はミナルディを買収して、しかも前オーナーのジャンカルロ・ミナルディにも名誉職的なポストを用意して現場にも来てもらってる、なんていうあたりに金の使い方というか立ち位置の違いが現れてるな<2つの参入のやり方。
で、仮にこの先またどこかが潰れると(実際そういう危機にさらされてるところは常時1〜2チームある)また枠がひとつ空くけど、そこに参入しようというおめでたいところがまた出てくるかどうか。少なくとも既存チームの買収で出ようというストッダードみたいなことを考えてる人が他に居るとすれば、既にジョーダンあたりの買収工作に出ていて不思議はないけど、今のところそうした気配は見えないし。そうなると、まして「それに加えて新規参入負担金」で参入しようなんていうところが現れる可能性っていうのはなおさら期待しづらい気がする。
確かに億単位の供託金が要って、しかも16戦全戦参加義務は出来たとはいえ、それでもまだあれやこれやに今ほどお金がかからなかった80年代後半〜90年代前半あたりは、それこそ大富豪が勢い余って作っちゃったようなチームとか、あるいは自分が開発した革命的なエンジンの可能性を試したくて参加してきたチームとかあって、参戦台数が30台を超えたことで、新規参入組&弱小チームを中心とした数チームを「予備予選」でさらに振り落とすシステムなんかも用意されて、「予備予選で初めて1周走れたけど18分かかった」とかそーゆー凄まじい伝説とかも生まれたんだけど(笑)、一方で予備予選から勝ち上がって決勝で3位とか、傍目にどう考えてもまともに走りそうにないような車なのに、ドライバーの懸命の走りで、たった1レースだけ決勝を走ることが出来たとか、そういう楽しい奇跡を見ることも出来た。
さらに、そもそも全戦参加規定も無いし、2台参戦じゃなくて1台きりでもOK、クルマの方も技術規定をちゃんと満たしていれば、「コンストラクター・チーム規則」(チーム自身がクルマの製造者でなくてはならず、他から買った車は不可という規則)の運用とかは今ほど厳格ではなかった80年代、たとえばフジTVの全戦中継が始まった87年を例に取ると、その後驚くべき成功を収めることになったレイトンハウス・マーチの出発点は、自社製の市販F3000マシンをF1の規定を満たせるように改造した車(しかもこれが入賞争いをするに十分なほどまともに走った)だったし、90年代初頭まで細々と活動を続けたフランスの片田舎からの挑戦者AGS(佐藤琢磨のマネージャーのギルバート・スコット卿とはイニシャルが同じだけで無関係)なんかは前年限りで撤退したルノーF1チームの中古車を改造して使っていたし。
さらに同じく90年代初頭まで走っていたイタリアのチーム、コローニ(F3の名門チームが勢いでF1に出てきちゃった感じだった)は、クルマはちゃんと自社製(しかも初めて作って重量制限ギリギリまで軽く作れたそうだから結構大した出来だった)だったけど、彼らにとって最初のシーズンは、後にフェラーリの敏腕テストドライバーとして知られる若き日のニコラ・ラリーニが走らせる1台だけ、しかもヨーロッパラウンド中盤の2レースを走っただけで終わり。彼らにとっては1年目はそれだけ出来れば満足だったし、そこで体制を作り直して翌年以降数年にわたって、テールエンダーの常連ではあり続けたけど彼らは参戦を続けることが出来たし。
で、今だったら「F1を続けられなくて撤退した」となると、例えばそれまで帝国のような総合モータースポーツ産業グループ「TWR」を運営していたトム・ウォーキンショーの場合でさえも、彼の帝国はアロウズの崩壊とともに、完全消滅こそしていないようだけど見る影も無いほどに没落してしまった、というように悲惨な運命が待っていることが多いけど、コローニの場合は今でもイタリアF3のトップチームとして今でも活躍中だし。去年生みの親ですらまともに走らせられなかった童夢のF3シャシーを、足回りまで作り直して世界で唯一まともに走らせることに成功したことで日本のモータースポーツファンに久々に存在をアピールしてました。
そういえば87年というと...同じくこの年に新規参入したラルースは、確かシーズン前の参戦登録の時には「1カー参戦です」って登録してたのに、ヨーロッパラウンドに入ったら何故か2台目が出てきて(笑)、しかもその2台目のドライバー(ちなみに後にプジョーのルマン・プロジェクトとかで活躍するヤニック・ダルマス)がなかなか大した走りで5位入賞してしまって、「2台目は登録してなかったから得点は無効です」とか言われちゃうんですけど...それ以前の問題として、その本来出れないはずの2台目がそもそも何でレース走れちゃったんだよ(笑)。なんつーか、牧歌的っていうか、えらくおおらかな時代だったんだな(^^;。
2004年6月14日
まずは今年のルマン24時間(中日新聞 F1 EXPRESS)を制したチーム郷と、トム・クリステンセン、リナルド・カペッロ、荒聖治の3人のドライバーに心から最大級の賛辞を。
それにしても...おそらくはここ最近のルマンそのものの停滞とか、さらには日本国内での視聴率低下とかが理由だろうとは思うけど、長年テレビ朝日が続けてきた地上波中継がついに打ち切られた今年になって「日本人ドライバーを含む日本チームが初優勝」っていう快挙がやってくる巡り合わせっていうのも何とも...ね(^^;。
まぁ思い出してみれば、91年のマツダの優勝にしても、「素人目にはもっと勝ちそうな他の日本の大手メーカー」が軒並み撤退してしまって、当時のイメージでは「地味に完走とクラス優勝を目指すチーム」と思われていたマツダだけが残った、ある意味では前後数年の中で一番期待されてなかった年だったと言えば言えるとは思うけど。
もちろん実際にはマツダは、既に前年の時点から確実に必勝体制で動いていて、一部の海外チームやジャーナリストからは、フルカーボンモノコックや新設計のR26Bエンジンを導入した787(成功しなかったとされる90年型の方ね)の時点でかなり警戒される存在だったようですけど。だから、ある意味では当の日本のファンが過小評価してただけで、後から見ればマツダは勝つべくして勝ったんですよね。前を行くザウバーメルセデスは、公式なリタイヤ原因としては冷却系のトラブルに起因するオーバーヒートがエンジンに致命傷を与えた、ということになっているけど、実際には「あそこで直して走り出したところで、もはや残りのレースを走り切れるだけの(燃費規則によって使用量が定められた)燃料が無いから諦めた」というのが真相だったし。
そもそも燃費を稼ぐために薄い燃調セッティング(これをやると燃焼温度が上がるので熱的には厳しくなる)で走っていたこともオーバーヒートの一因だったんですけど、そんなギリギリの走りをしている後ろをマツダが影のように張り付いてくる。振り切ろうとしてペースを上げると燃費も水温も厳しくなり...しかもマツダは涼しい顔でそれに合わせてペースを上げてくる。結局「水温」と「燃料残量」っていう両方の問題が同時に襲ってきてメルセデスはレースを失ったんですね。
そういえば残りの2台のメルセデスも、1台はつまらないコースアウトでアンダーパネル(ただの床板ではなく、空力バランスを司る重要な部品でもある)を破損して本来の性能が出ない状態で走る羽目になり、一番結果の良かった1台、若きシューマッハーやヴェンドリンガーがドライブしていた車も、予想外のハイペースな戦いの中で「何とあのシューマッハーが」スピンを喫したりしてたし。それまでどんなライバルに対してもどこか余裕の横綱相撲だったメルセデスが、この年だけは異様な浮き足立ちっぷりだった。そしてジャガーは、メルセデスとマツダのハイペースの戦いについていけないことを早々に悟ってタナボタを狙う方向に作戦変更。マツダだけが、まさに予定通りの仕事をこなしてそのまま勝っちゃった、という感じだった。
んで91年の話をすると長くなるので(笑)、今年の話に戻します。優勝した3人の顔ぶれを見た時、なんか「不遇の腕利き3人組だよなぁ」ってのをふと思った。荒選手もすごく優秀なドライバーで、全日本F3でトップチームのひとつ、トムスに迎えられた最初のレース(しかも開幕直前テスト中の不幸な事故で、舘代表の息子である信吾選手が亡くなったばかりだった)でいきなり劇的な優勝っていうのは今でも印象に残っているし。他にもフォーミュラニッポンデビュー後には、長い闘病生活の末に亡くなった妹さんが一時的に病状が好転した、ちょうどそれと同時に表彰台っていうのもあった。そういうふうに、すごく印象に残る節目節目で素晴らしい結果を残すドライバーなんだけど...F3でトムスの車に乗ってた時を除くと、いまひとつトップクラスの体制とかに恵まれてない印象がある。ただ、郷レーシングのルマンプロジェクトには結構早い時期から起用されてたから、郷オーナー自身は彼の才能を早くから高く買ってたんでしょうね。
あとリナルド・カペッロは...実はこの人はそんなに良く知らないんですけど(爆)、スーパーツーリング(90年代後半に2リッタークラスの4ドアセダンで戦われた国際規格のツーリングカーレースね)全盛期によく名前を聞いた記憶がある。そういえばアウディドライバーだったかなという気もするけど(いやBMWか?)、ハコのトップドライバーという印象は強いかな。
そしてトム・クリステンセン。えーと90年代からのモータースポーツファンでこの人知らない人はモグリですから(爆)。日本デビューは多分92年の全日本F3。ラルト最後のアルミハニカムモノコック車である91年型のRT35(手堅い作りでセッティングが神経質でなかったことから92年も引き続き使うチームが多かった)にワークス仕様のトヨタ3S-Gエンジン積んだ車をドライブしてたんですけど...元々モノコック剛性が高くない上に2シーズン目で距離を走り込んだ車ということもあって、シーズン終盤は車のヘタりが激しくて「前後が全然別々の動きをするんだ(^^;」とか言いつつ、それにしては随分速かった記憶があるし。不運な失格(バトル中にインを指したらピットロード出口の黄線を引っかけて失格とか、車重がほんの200g足りなかったとか、トップでゴールしたのにエアボックスにヒビが入ってて車両規定違反とか)で失ったレースがあったためにランキング3位に終わったけど、走り自体はワークス仕様のトムス032F(トムスが自製してた凄まじく金のかかったスペシャルマシン)をドライブしてランキング2位に入ったジャック・ヴィルヌーヴを上回るぐらいのものだった。
で、翌年は開幕戦からトムスのエース格として033F(032Fの後継車ね)をドライブして横綱相撲でチャンピオン。その後全日本F3000とか全日本ツーリングカー選手権、GT選手権と様々な日本のトップカテゴリーで活躍するものの、「当時日本に居たガイジンドライバーのお約束」というか、同郷の友人リカルド・リデルと同様、腕は一流なのに決して豊かではないデンマークという国の生まれであるために、F1へのステップアップを支えてくれるスポンサーやパトロンに恵まれず、結局ついにF1には行けずじまいだった。確か97年頃、ミナルディからデビュー出来る一歩手前ぐらいまで話が行ったんだけど...例によってというか直前でもっと資金が用意出来るドライバーに横取りされて、今にして思うとあれが最初で最後のチャンスだったんだな。
そういえばその頃、F1への可能性を模索する意味も兼ねて1年だけ国際F3000を走ってみたら...やっぱ持ち込み資金が無いんで恵まれた体制ではなかったのにチャンピオン争いを繰り広げたりしてた。実はこのときの逸話で、シーズン終盤になって、何かビジネス上のトラブルでチームのメインスポンサーは逃げちゃうしクリステンセンは元々持ち込める資金は無いし、っていう状況下で、クリステンセンの腕に惚れ込んだチームオーナーが自腹切って何とか最後まで走らせてくれたっていう話がある。結局確か最終戦で不運な接触事故かなんかでタイトルは逃してしまったんだけど。どこへ行っても「走れる車さえあれば結果を残せる職人」っていう印象はやっぱり強いな。
で、そのクリステンセン。気が付けばルマン24時間連続優勝記録保持者になってしまったそうで。確か初優勝の時は今回と同じアウディで、チームメイトはステファン・ヨハンソンと故ミケーレ・アルボレートだった。で、その渋いオジさん2人に「俺たちはこんなに長くレースをやってて、やっとルマンで初優勝出来たっていうのに...全くこの若造はツイてるぜ」かなんか冷やかされたそうですけど(笑)。それが今や「ルマンに勝ちたいチームオーナーはクリステンセンに連絡を取るべきだ」って断言出来るようなところまで来ちゃったんだな。ちなみに同じアウディで2位に入ったハーバートは91年にマツダで優勝したドライバー、3位のJJレートは95年にマクラーレンで関谷正徳さんと組んでの優勝経験者と、なんか90年代フリークには懐かしい名前が続々と(笑)。4位のペスカロロ(ってあのアンリ・ペスカロロのオリジナルマシンか何か?)をドライブしたエリック・コマスや7位のヤン・ラマースも日本ではおなじみの名前だし。そしてもはやおなじみの...「気が付けばクリステンセンが連続優勝記録保持者」ってのと同じで、最多参加記録を更新し続ける鉄人・寺田陽次朗さんも27位完走。
ところで個人的に注目なのは6位に入ってる(で、多分GTクラス優勝ですね)コルベットC5-R。確か90年代末あたり、ちょうどキャラウェイ・コルベットの後を受け継ぐぐらいの頃にデビューした車だから随分ライフサイクル長いんですけど、確か基本的に主要構成部品のほとんどがGMモータースポーツのカタログに載ってて、だからプライベーターがほぼ同等の車を作って戦えるっていうのが売りだったはず。その割にはGMワークスチーム以外が使ってるのを見たこと無いんですけど、プライベーターがルマンに出るとしたらこの車は結構面白いんじゃないかな。それだけじゃなく全日本GT選手権に持ってきて...コレならGT500で優勝争いするのも夢じゃなさそうだし。
んでドライバーの顔ぶれが...オリヴァー・ギャヴィンとオリヴィエ・ベレッタとヤン・マグネッセン...90年代国際F3000の同窓会みたいだ(笑)。っていうかこの3人もやっぱりスポンサーとかチームとかにいまいち恵まれなくてF1では成功を収められなかった(マグネッセンは一応スチュワートからF1デビューすることは出来たけど)けど、3人ともまだバリバリ現役だったのね。ヨーロッパのこういう層の厚さっていうのは何か見ていて羨ましいっていうか向こうのモータースポーツの深さを感じるな。一方で、日本のモータースポーツ界が、例えば若き日のクリステンセンがそうであったように、ちょっとした巡り合わせで向こうで居場所を失ってしまったドライバーが才能を開花させる場所を提供し続けている、そのことは誇りに思っていいんだなと思う。
2004年6月4日
なんか今見てたNHKニュースで、例の「はい私は苦労知らずです(・▽・) 」が顔に出てる自民党幹事長氏が「物理的妨害や肉体的消耗を目的とした戦術は時代にそぐわない」とかなんとか言ってたけど...まあそりゃ彼らからすれば、牛歩戦術に限らず「人間の鎖」とかそういう運動っていうのは「ナシ」なんだろうな。物量に恵まれた側が相手を押し潰すのが正義。少数者は黙って地べたを這いつくばってなさい、っていうのがずっと彼らの取ってきた手法だし。
まあ、先進国でそういうことが何の疑問もなく通るのは、日本と「ブッシュのアメリカ」(民主党政権時代は確かに手法が違った)ぐらいでしょ。それ以外の例を探すとしたら、それはおよそ民主主義国家とは言えないような国々の話になってくる。何かこう「程度が知れるね」っていう以上に言うべき言葉は無い。
2004年6月3日
佐世保市の小学校で起きた殺人事件(asahi.com特集ページ)について。分かんないことがあまりに多すぎるっていうこともあるし、一方で、特に同じ年頃の子どもを持つ人達とか教育に携わる人達とかは、ただの「興味本位」とは違う切実な意味合いで情報を求めているだろうとも思うんだけど...でも一連の過熱報道っぷりに対しては何かすごく疑問と不安を持つ。故人の尊厳が傷付けられる可能性も、一方で加害者となってしまった子の側が実際以上に責められる可能性もあるし。
交通死亡事故とかでもよく言われるように、「語ることが出来るのは生き残った側だけ」っていうのはその通りだから、亡くなった側は何一つ自分の正当性を主張することも、仮に自分の側に何か非があったとしても、そのことを謝罪することも出来ない。一方で生き残った側にしても、今回の事件みたいな場合、「気持ちの整理がついてない」っていう言い方が適切かどうかは分からないけど、やっぱり動揺とかもあると思うし、こういうお互いの行き違いみたいな中では「自分の分かってなかった相手の立場とか行動」なんていうこともあるだろうし...そこで生き残った側の言葉だけで構成された話が一人歩きしてしまうっていうのも結構危険な気はする。捜査機関とかはある程度「証拠」も押さえているだろうから、もう少し真実に近いところにいるとは思うけど。
毎度のことだけど、こういう状況の時のメディアの仕事って...もちろん事件が風化してしまったり、モノや記憶が失われてしまう前に取材をしておくことは必要だけど、それをすぐに記事にするのが良いかといえば話は別だと思う。しばらく整理して、その上で公的機関とかの発表とも突き合わせて、公式発表はこうだけどウチの取材ではこうです、みたいな形の報道っていうのが役に立つ情報になるんじゃないかと思う。
ところで、補導された子の担当弁護士の会見をTVで見てて引っかかったことがあって...。何か、話すべきことと伏せるべきことが逆じゃないかみたいな印象が。「将来はどういう生活を送りたいかと聞いたら、普通の生活を送りたいという答えだった」とかいうことを、今こういう微妙な状況(やっぱり御遺族側の立場っていうのを考えるとね)なのに言ってしまうかと思えば、報道で事件の発端となったとされる「掲示板やチャット、交換日記でのトラブル」っていうことについて、具体的にどういう状況があったかについては「それは(本人に)聞いていないです」と。たぶん事件の核心っていうか、「どっちに理があったのか」(っていう言い方もあんまり適切じゃない気はするけど)っていうことを判断する上で、それが多分いちばん重要なことだと思うんだけど。
こういう対人関係の行き違いみたいなことって、言う側が明らかに悪意を持って言ってる場合と、悪意は無かったけど失礼なことを言ってしまった場合、逆に聞く側が誤解して受け止めてしまった場合とか、あるいは「言った側にとっては罪のない言葉だったのに、相手のコンプレックスとか罪悪感とかを思いっきりえぐってしまった」とか色々な状況があるだろうし。そういうことを考えると、弁護士さんはそのことについては、少なくとも本人に対して聞いておくべきだとは思う。それを記者会見で喋るかどうかは別だけどね...っていうか、多分今の時点では公開するに適切ではない話になるとは思うけど。ただ、その場合の記者会見での表現としては「本人から聞きましたが、公開するには適切ではないと判断しました」だったり、「聞いたけど話してくれませんでした」だったり、あるいは「聞かなかった」にしても、「現状で本人の心境を考えて、まだ聞くべき段階にはないと判断しました」とか。で、弁護士さんのそうした慎重な配慮の積み重ねが十分かどうかっていうことも、弁護の対象になる人に対する社会の目にも影響を与えるだろうと思うし。
ところで今回も例によって、ネット上で補導された子の実名や写真が公開されたりとかいう状況があるようだけど...少年法とか国民の知る権利の範囲とか、そういったことに疑問を持ったり、今回の事件をテーマに一般論としてそのことを語ったりする権利っていうのは誰にでもある一方で、その法が適切なものだと考えられるかどうかに関わらず「法に触れる形での実力行使をする行為」とか「法律で保証された誰かの権利を侵害する行為」とかは認められているわけではない、というか明確に違法行為。法治国家に生きる以上、そのことははっきりさせておかなくてはいけない。
例のWinny事件に関しても、「47氏」(確か2chで、ファイル交換関連の何かのスレッドで47番目の書き込みをした人なのでそれ以降そう呼ばれてるらしい)が逮捕される前後に、日本の著作権制度に対する挑戦を匂わせる発言(Mainichi-INTARACTIVE)があって、それを聞いたら、まあ逮捕した判断は間違ってなかったんだなと思うし。この人はきっとプログラマーとしては優秀だったんだろうけど、法治国家の人として持つべき重要な認識が欠けていたんだと感じるし。
で、そういう問題っていうのは何もインターネットに限った話じゃないし。普通にオフラインの社会で日常的にあるようなことになってきてるし。何か日本全体ですごく重要な規範意識とかが壊れてきてるな。
2004年5月27日
何でまたこの人はこういう尊敬されないような仕事をするかね、とか思った<ソフトバンク3400億円で日本テレコムを買収(INTERNET Watch)。もちろん純粋にビジネスの機会という観点だけで見れば、おそらくは「この時期にこの金額」っていうのが最適ではあったんだろうけど...でも、ちょっと前に起きたばかりの顧客情報漏洩事件の時に提示した「1人たったの500円」を思い出すと、それでも今ここで3400億円支払う金はあるのね、と…。まあ、ユーザーとしての日本人の感覚が「顧客に対する礼節や誠意」とか「個人情報の価値やそれを保護することに対する認識」っていう企業道徳的な面を重視するのか、それとも「絶好のビジネスチャンスを逃さない商才」の方を重視するのかということで、この買収の正否だったりソフトバンクグループのビジネススタイルの正否が決まるっていう感じか。
もうひとつ呆れかえったニュースというと、まあ「やるやる詐欺師」(by民主党前党首の人)の感覚でいうとこういう社長が太っ腹で良い社長だというニュース(asahi.com)。こうした種類の素晴らしいコネに恵まれているわけじゃない人間としては、やっぱこういう話って面白いものでは無い。どんなに必死になってもたどり着けないような山の上に涼しい顔して突っ立ってる奴が居る、ってのはやっぱ社会の現実としてあるんだけど...実際そうやって頂上に突っ立ってる奴に、当たり前の権利みたいな物言いをされるとやっぱり改めて腹が立つ、っていう感じね。
2004年5月24日
1992年5月24日、鈴鹿サーキットで開催された全日本F3000選手権。そのレース終盤に起きたあの惨劇。あれからもう12年か...と、時の流れのあまりの早さに驚く。確かに日付こそ、何かきっかけが無いと正確には思い出せなかったけど、あの事故そのものはまるで昨日のことのように覚えていたから。そして、確かに派手さこそ無かったけれども、それでも手堅い走りの賜物として1989年の全日本F3000タイトルを獲得し、トヨタが走るレースではいつも重要な役割を果たしていた小河等というドライバーのことも、12年経った今でもはっきり覚えているし。
ところで、「あの日の1コーナーで一体何が起きたか」については色々な見方があるのも事実で...当時はきっと、レース誌の編集部とかに寄せられたけど表には出なかった声だったり、あるいは「レースファン同士の内輪の話」として語られていたような話がインターネットの普及に伴って表に出るようになってきたんじゃないかっていう気もするけど。
そんなこともあって最近当時のTV中継画像を改めて見ることがあったんだけど、「あーそっかぁ…」って呟いてそのまま言葉を失う感じ。何かこう、あの時2人がドライブしていた別々のメーカーの車同士の特性を思い出して、そしてレースも終盤を迎えた2人の心境とか、そういう色々なことを想像したら、何が起きたのかが分かった気がしたから。
あの時前を行くアンドリュー・ギルバート・スコット(よくAGSとかギルバート・スコットと呼ばれます。現在は第一線を退いて佐藤琢磨のマネージャー)がドライブしていたのはレイナード92D/無限MF308で、そのAGSを攻め落とそうとしていた小河さんがドライブしていたのはローラT92-50/無限MF308。80年代後半から長らくF3000のスタンダード的存在だったローラは、割ととんがったところの無い、手堅くまとめたバランスに優れたレーシングカーだったのに対して、レイナードはその優れた空力特性によって戦闘力を発揮する方向性の車で、それゆえに路面状況の変化に弱いとかタイヤへの負担が大きいとか、足回りのバランスが多少神経質な面があった。
で、そのために当時レイナードを使っているユーザー達のセッティングの方向性っていうのは大きく分けて2種類あって、当時世界唯一のレイナードワークスドライバーだったロス・チーヴァーをはじめ、比較的パワフルなエンジンを手にしていたユーザーは、ダウンフォースを目一杯削り取って圧倒的な最高速を確保し、ストレートでライバル達を完全に振り切って、コーナーではブロックラインを取って前に出さないという手法を取ることが多かった。一方で、例えばCOX無限(ワーゲンのエンジンチューンでは有名だけど無限MF308に関してはキャリアが浅かった)を使っていたムーンクラフトの2台とか、無限やDFVより25kg軽いことが売りだったけど、まだ開発初期でパワー的に厳しかったジャッドKVを使っていた関谷正徳選手なんかは、ちゃんとダウンフォースを確保して「ストレートでの不利は空気抵抗の少なさでローラ勢と同等ぐらいにカバーしつつ、コーナーではちゃんと曲がれる」みたいな合わせ方をしていたんですけど、AGSの車は確かチーヴァーと同じ東名か、あるいは尾川自動車だったか、いずれにせよ比較的パワーのあるエンジンを使っていたと記憶しているし、チーヴァーみたいなセッティングをしていたと思うんです。実際当時のレース雑誌でAGS自身がレイナードの戦闘力の鍵としてそういう話をしていたし。
そうなると...AGSの方は何としてもあそこで小河さんを行かせるわけにはいかなかったし(チーヴァーもそうだったけど、この手のセッティングをしてる車は一度相手に前に出られちゃうとどうしようもない)、小河さんの方はあそこで前に出ないわけにはいかなかった。一度前に出てしまえば、最高速重視のセッティングを取ったレイナードはコーナーでは無理が利かないから抜き返されることはまず無い(さすがにストレートで無造作に抜き返せるほどの速度差は無いし)から。
で、ネット上でよく言われてる話として、「AGSが無理なブロックをしたんじゃないか」とか、いわゆる「ブレーキテスト」って言われる、後続車のドライバーを威嚇するために故意に早めのブレーキングをしたんじゃないかという声もあったし、私自身も当時の記憶で、ブレーキテストはともかくブロックはしていたかもしれないっていう印象を持ってたんですけど、実際に当時の画像を見返してみると、AGSはちょうど、イン側に1台分のスペースは無い、アウト側も常識的に車が走るラインとしては事実上スペースは無い、ぐらいの、まさに後続のドライバーを牽制するに最適なラインをキープしながら走ってて、一方小河さんの方は、一瞬「インから抜くぞ」っていうそぶりを見せるようにインに振って、相手の意識をイン側の防御に向けておいて実際はアウトから行くっていう、鈴鹿の1コーナーでの定番のひとつに当たる抜き方をしようとしていた。結果として、インを押さえには行かなかった(小河さんの出方を読んでいたのか、あるいは車体バランスやタイヤの消耗とかの問題で反応出来なかったか、とかは分からないけど)スコットと、スリップストリームを使って加速しつつアウトに振った小河さんのラインが一番危険な状況でクロスしてしまった。
しかも...チーヴァーやAGSみたいなストレート重視型セッティングのレイナードっていうのは、セッティングがバッチリ決まっている状態のローラと比べると比較にならないほどにコーナーの突っ込みで無理が効かない。実際チーヴァーなんか、当時ニッシンが開発したばかりの6ピストンキャリパーと、同じく当時出たばかりのPFC社製カーボンメタルパッドをいち早く導入してまで、何とかブレーキングで頑張れるようにと手を打とうとしてたし。一方AGSの車はエンジンこそチーヴァーと同等のものを手に入れていたとしても、車体側は普通にカスタマー仕様だったはずで、そうなるとやっぱりローラ勢よりブレーキングポイントが手前に来ていた...それで結果として、小河さんの車が吸い込まれるようにドカンと行っちゃったっていうあの悲劇に繋がったんだろうなと思った。
逆にいうと...TVの画面で見る限り、AGSのブレーキングポイントが「ブレーキテスト」を思わせるほど近いと言えるほどの極端な印象は受けなかったし。そのへんの真相は、AGS自身か、あるいは当時データロガーを吸い出したステラのエンジニアリングの人でもないと分かんないんだろうけど、少なくとも私は危険なブロックやブレーキテストが起こした事故だという説は否定しておく。本当にどちらにも「落ち度」があったわけではなくて、お互いが自分の車の性能や自分のドライビング能力をフルに引き出して、かつ相手との駆け引きとか思惑とかがぶつかり合った結果が最悪の方向に向かってしまったんだと。
で...モータースポーツにおいては、悲しいことだけれども、そうして双方がまっとうに戦っている状況でさえも、そして考えられるだけの安全対策が取られている環境でさえも、一歩間違えばそういうことが起こりうる。それゆえに「フェアでない戦い方」っていうのは厳しく非難されるべきでもあるし、何よりも...モータースポーツに関わるすべての人々の無事を祈る。
2004年5月23日
何か結局、「お互いの政権維持のためのお手打ち」っていう印象を強く受ける<日朝首脳会談の結果。はっきり言うと、先方は何か政権が傾くような失敗をしてしまった場合に、もしかしたら自分たちの身に危険が及ぶ可能性すらあるかも知れないし、それならやっぱり慎重になるっていうのは分かる。けど、日本の総理大臣の方は、別に内閣が吹っ飛ぶような状況が起きたところで死ぬわけじゃない...どころか、とりあえず1人の国会議員に戻るだけの話で、引き続き人の羨むような高給で雇われるポストが保証され続けるんだし...そしたら一体何を恐れる必要があるんだか。
英語圏ではノブレス・オブリージュ(Noble's Oblige=和訳すると「高貴なる者の義務」みたいな感じ)という言葉があって...高貴な家柄だったり高い地位にある者の義務...まーはっきり言っちゃえば、日銭を稼ぐのに必死、家族を養うのに必死で当たり前の一般庶民に任せるわけにはいかないような困難なことだったり高度なことだったり、場合によっては危険の伴うことにさえも進んで身を捧げなくてはいけないのが上に立つ者の義務という考え方がある...らしいけど、今の日本だとそんなこと言うだけ無駄っぽいな、っていうような無力感は何か常にあるな。
別に階級差別とかするわけじゃないけど、4月30日の日記で触れた「勇者は沈みぬ」のエピソードで、周囲で救助を待っていた人達に次々に浮き輪を譲って、自らは犠牲になったアーランド・ウィリアムズ氏は連邦準備銀行で管理官を務める人で、自ら凍てつく川に飛び込んで生存者の1人を救助した人は連邦議会職員だったそうなんだけど...日本の場合にそういうポストに居る人達を想像すると...まずそういう時に英雄的な行動から最も遠い姿が想像されるから。新大久保の列車事故の時は年老いた母親と2人暮らしのフリーカメラマンの人と、アルバイト帰りの留学生の人だったし。
あと、曽我ひとみさんの夫であるジェンキンス軍曹の脱走容疑の扱いに関して。「あれ?サウスパークのお下品ネタにでもなりそうなくらいに親密な日米関係じゃないんですか?」っていうのはやっぱり言いたくなる。こういう時に役にも立たないんだったら一体何のためにアメリカの提灯担ぎしてるんだと。
一方でアメリカ側が、そう簡単に免責するわけにはいかないっていう理由も分かんないことはなくて、だからこそそれがまた難しいところなんだけど。まず、普段駐屯地とかから脱走する場合とは話が違って、戦時中の脱走っていうのは死刑にすら問われかねない重罪なんだそうです。時代背景が違うとはいえ、「おしん」で主人公のおしんを助けた脱走兵(日本人ね)の人なんて、兵隊に発見されたその場で、おしんの目の前で射殺されてたっけ。そうなると、やっぱり少なくとも軍法会議にかける前の段階で「免責します」はあり得ない話なのかも。一方で「軍法会議にはかけますけど量刑はこのくらい」とか「高齢や体調を理由に実際には刑の執行はありません」とかいうのを政府間で事前に約束してしまうのも、それは今度「軍法会議」っていう、軍隊が自分たちの秩序を守るために持つ裁判制度の独立を侵すことになってしまうし。
そしておそらくそれよりもっと問題なのは...脱走行為自体が事実だとしたら、それを許してしまうことは、朝鮮戦争に出征した人達、それも特に、亡くなったり後遺症が残るほどの傷を負った人達やその家族に対して説明が付かないっていうか申し訳が立たないっていうことだと思う。「こうして許してもらえると分かっていれば、脱走すればあの子は死なずに済んだ」とか、今さらそんなことを突きつけられる立場を想像すると、簡単に「曽我さんのたった1人の旦那さんだから許してあげてください」とも言えない部分はある。
で、実はそういう「示し」とか「法治国家として超えるわけにはいかない壁」の部分っていうのは...それはよど号ハイジャック犯とかについても同じことが言えるし。支援者の人達から「昔のことだし、当時この国のことを考えてのことだったから」と無罪帰国を求める動きっていうのは随分前からあるけど、やっぱりそれは、ハイジャックという行為が結構厳しく裁かれる罪であることとか、海外に逃亡中は時効が成立しないこと、それに加えて、あの飛行機に乗り合わせた人達の人生に少なからず影響を与えただろうことや、さらには乗員乗客に対しても日本航空に対しても償わなければならない民事責任が、これもおそらく刑事責任同様に時効が止まったままで残っているだろうこととか色々な問題が残ってる。さらに「拉致事件」との関係があるのか無いのか、もしあるのならばそれに対しても責任を取らなければならなくなってくる。その辺をどう考えるかの話になってくると思う。
2004年5月17日
何かもう一連の年金未納問題(asahi.com)も何が何だか。菅氏の後釜に座るはずだった小沢一郎氏までついさっき未納問題が発覚したし(苦笑)。ただ、いくつか出てきた問題の中で、菅直人氏と奥さんが発表した内容で何となく掴めた気がした。大臣になった時に健康保険が国家公務員共済に変更になるから武蔵野市の健康保険・年金の窓口で手続きをしたら、年金の方も脱退の手続きが行われたという話。今さらになって社会保険事務所が当時の手続きを取り消した対応(asahi.com)を見ると、これはやっぱり武蔵野市役所と社会保険事務所が「やっちゃった」可能性が高いと感じる。
だって、仮に菅氏の奥さん側から「夫の国民年金を脱退させたい」って積極的に手続きを進めようとしたのだとしても、それが法的に不適切なものだったら役所側はどんな事情があろうと受理してはいけないし、たまたま窓口の担当者が「間違えた」ということだったら、すぐに手続きを取り消して本人にその旨を伝えなければいけない。その当たり前のことすら出来ていなかったということは、社会保険庁側が認めないとしても、状況証拠やその後の対応を見て理解出来た。大臣になる人に対する対応が一般のケースと比べて多少特殊な扱いになる(健康保険だけ公務員共済で、年金は国民年金のまま)ということを現場の担当者レベルでは素で分からなかったのか、あるいは社会保険庁側が「それは大臣の恩典」みたいな感じで黙認していたか、というところまでは分からないけど。
で、そういう状況が発生しうることが菅夫妻の説明で分かったところで...そうなると「未納大臣」のうちで、当初からその旨主張していた人達に関しては、なるほど同様のケースであるなら事情は了解しました、って事でまとめるしか仕方ないかな。本人の落ち度でないなら辞めろと言える状況にはない。ただ、そうならそうで菅氏も実は辞めなくて良かったことになるけど。逆に、菅氏の辞任を求めるならば、公明党の神崎代表も辞める必要が出てくるな。「同等の落ち度なのに相手は辞めさせといて自分は涼しい顔」ってのも変な話だと思うし。
一方で福田官房長官が辞めなきゃいけないのはまた別の事情があるわけだけどさ。だから、「菅氏が辞めるべきなら神崎氏も辞めるべき。一方で、福田官房長官が辞めても菅氏や神崎氏が辞めなくていい可能性はある」と思う。福田官房長官の場合、要は自分も払ってなかったし、内閣や党内にもっと多くの未納者が居る、ということを隠すために「個人情報ですから」っていう物言いをするのは、本人も辞任会見で言った「内閣のスポークスマンとしての資質」ということに加えて、法治国家の大臣としての資質にも問題があることを意味するから。それならまだ、菅氏の場合みたく(まあ流れとしてはだいぶ往生際の悪い振る舞いがあった後の話ではあったけど)「こういう事情があって未納だった」っていうことをはっきりさせる方が話は分かる。
で、まあ首相@マシリトに至っては...まあいつもの通りで論外だな。最初の「(未納者の大臣が)うっかりしていたんでしょ」っていうのもそれ自体、随分と人をバカにした、かつ制度自体をナメ切った発言だと思うけど、その上で自分の未納期間が出たら出たで(asahi.com)適当なこと言って誤魔化してるし。で、「当時学生は任意加入だけど予備校生は強制加入だった」ということだと、これは明らかに故意の未納ということでよろしいですねと。
で、いつもの通りということでいうと、こっちの太陽族の人(asahi.com)の方も何を謝ったらいいんだか良く分かってないような感じなのも一緒だし。まあ大臣経験者の場合は社会保険事務所や市区町村の判断ミスで未納状態が起こりうることが分かったから、そのことは今さら責めようとは思わないけど。ただ、それならそれで何が起きたかははっきりさせるべきだし。「良くわかんないけど謝る」みたいなのはちょっと違う。
一方で、筑紫哲也氏をはじめとする何人かのニュースキャスターなんかに起きたことは...これはこれで、まあ明確に手続き漏れか微妙にズルしてたのかも知れないっていうのは確かだけど、実際んとこ会社員からフリーランスになったとかいう人の場合、「良いことではないけど現実問題として結構やっちゃうこと」の範疇ではあると思うね。その意味では「あ〜あ(^^;」の水準の話だと思う。
私自身はとゆーと、まあ今は職場の年金で給料天引きになってるとして、学生時代とかプー時代とかは、ある意味万が一の時の障害者年金欲しさに払ってたみたいなもんだし。逆にその辺のリスクをどう考えるかによっては、「払わなくても特に問題にならないんだったら払わない」っていうのも気持ちは分かんなくもない。金銭面でいえば生命保険とか個人年金とか入ってればカバー出来るっていう発想もあろうし。ただ、「公職者の場合は絶対それは通らない」っていうのははっきり言っておくけど。国や地方自治体として、制度として国民年金というものを押し進めていて、国民に対して「支払いは義務です」っていう立場で、それで給料を貰ってる人間にあっては、それはやはり一般の人より高いレベルで非難されるべき話になって当然だと思う。
もうひとつ今回出てきた年金制度の問題点に関する疑問としては、「滞納から2年を超えた分は支払えない」っていう点と、「加入期間が30年だかに達してないと年金が出ない」という点。これをやっちゃうと、滞納して2年過ぎちゃった分はそのまま支払われないままになるし、「今から払っても30年に達しない」っていう人は支払う意味が無くなるしで、そうするとなおさら徴収率が下がるだけの話じゃない?滞納した分を後から支払う意志がある場合には何年経ってからでもOKですよとか、そうして払った分を含めて30年分の金額を満たすなら満額出しますとか、30年に達してない人も積んだ金額に応じてもらえますとか、そういう形にして、なるべく滞納や未加入期間のある人も拾われる形にした方が、「それなら払おうか」っていう気持ちを掘り起こせると思うんだけど。
やっぱ権限を持ってる立場のお役人が、自分たちは若い時から公務員年金に入って給与天引きで「支払う金額を意識してない」「未加入期間の有無とかを心配しなくていい」っていうこともあってなのか、「支払う側の気持ち」っていうのを全く想像すら出来てない。少なくとも、世間から見て決して安くはない(キャリアとかじゃない普通の公務員の場合「高くもない」ようだけど、世の中もっと低収入かつ不安定な立場で厳しい仕事をしてる人は多いし)ギャラを貰って仕事をしてるんだったら、自分たちが仕事上相手にする人々の気持ちを「想像出来る能力」っていうのは求められるんじゃないのかな。何かこう...お役所とか国策会社とか、ここ最近多発する「病める大企業」とかは、そういう意識がやっぱり欠けてるように思う。
2004年5月11日その2。
アニメ周りの音楽とかに興味がある人にとっては、数々の人気作品のテーマ曲を手がけたことや、多くの人気声優さんへの楽曲提供とかで知られた存在だったシンガーソングライターの岡崎律子さんが5日に亡くなられていた(asahi.comより)という突然の訃報に、ご家族や近しい方々とかファンの皆さんの心中を思うと申し上げるべき言葉もない...だけでなく、6月にアルバムのリリースを控えていたご本人の気持ちを思うのも辛い。時間が止まったままのご本人のサイトの近況報告(「岡崎Today」のページね)でも、それに向かって気持ちが前に向かってたことが伺えるし。
私自身は特に岡崎さんのファンというわけでもなかったけど、あちこちでその作品に接する機会は少なくなかったし、その才能を尊敬する存在ではあった。この業界で才能ある人の中には色々な種類の花を咲かせる人がいて、何百万枚のセールスを誇るスーパープロデューサーとして開花する人もいれば、大島ミチル女史とか城之内ミサ女史とか、いわゆる「劇伴」やドラマの楽曲とかで開花する人、さらに「天才」菅野女史や梶浦由紀さん、さらに岡崎さんみたくアニメ周りの音楽で開花する人もいる。そして、岡崎さんは自分の花が咲いた場所で、今後もしなやかに名曲を作り続けていくんだろうと疑いもしなかったから...だから残念でもあるし、何より驚いてる。
ところで6月にリリースされるはずだった新譜について、一部のショップサイトとかでは岡崎さんが亡くなられたことに伴って発売中止の可能性が言われていたけど、個人的には音源だけでも商品として成立出来るクォリティで出来上がっているのならば、おそらくはその作品が世に出ることを岡崎さんは心待ちにしていたのではと思う。本人が沢山作ったであろう曲の中から「今度のアルバムにはこの曲」ってセレクトして、レコーディングまで終わっていたとすれば、その楽曲達は発表されるべき運命のもとに生まれていたと思うから。もちろんまだデモテープとか仮歌とかの時点までしか仕上がっていなかったとかであれば、その状態のものを今後何らかの形でリリースすべきなのかどうかは時間をかけて考えなければいけない問題ではあると思うけれども。
そうしたことも含めて、「故人が最期にどうしたいと思っていたか」っていうことを尊重して、可能な限りそれに沿った答えを出すことが、残された人達が故人に対して出来る最良のことだと思う。岡崎さんに限らず、すべての人の死についてそれが基本だと思うし。そういうことで、関係者の皆さんには、岡崎さんの遺志を尊重した判断をされることをお願いします。その結果が「発売を見送ることが適切」ということになるのならば、それはそれで受け止めなくてはならないし。
いずれにせよ、何より、会ったことがあるとか個人的に親しいとかではないにせよ、やっぱり「知っている」人が亡くなるっていうことは辛いし、偉大な才能が失われることも残念だし。つい先月には自らのユニット「メロキュア」の新作リリースに合わせたライブ&握手会でファンの前に姿を見せたばかりだったというし、そこで会ったばっかりだったり、あるいはどうしても都合がつかなくて諦めたりしたファンの皆さんの心境を思うと、それもまた辛い。
2004年5月11日
ということで今日の1枚は5/12発売のD-LOOPの「6年振りのファーストアルバム」、「grace mode」。
正直なところ、6年前に時間が止まる前の作品と、今年再び動き出してからの作品を1枚にまとめて、本当に作品として違和感なく出来上がるのかっていう不安はあったんだけど、それは作品にネガティブな影響を及ぼすものではない、っていう感じ。もちろん「6年前の声」(ヴォーカルは撮り直してない)と今の声とは明らかに分かるくらい違うけど、それはむしろ独特の不思議感みたいなものを生み出してる。普通のベスト盤とかだと、少しずつ時を追っての変化を1枚にまとめて聴くことになるけど、「6年前からいきなり今」っていうのは滅多に無いし。しかし...アレンジ触って今日的な音にしても、6年前に葉山氏が作った楽曲そのものも、MINAMIの声も全く色褪せることなく2004年の作品として通るだけに、6年前に彼らを襲った悲劇的な出来事がなおのこと惜しまれる。
で、6年振りの復活を果たしたD-LOOPですけど、今後の活動に関しては、CDの帯に書かれた「6年振りの復活から、最終章へ…」という言葉をストレートに受け止めると、「これで終わり」っていうように取れる。そうすると、やっぱ6年前に止まったままだった時間に、自分達で区切りを付けたかったっていうことなのかな。アレックス・ザナルディが自らのフォーミュラカードライバーとしてのキャリアに区切りを付けるために、1年半前に事故に遭った同じコースで、あの日走れなかった残りの13周をレーシングスピードで走り切ったみたいに。
ザナルディの場合はその後ハコのレースで復帰を果たすという嬉しいニュースがあったけど、D-LOOPに関しては、D-LOOPとしてはこれで終わりだとしても葉山氏はきっとこのままプロデューサー業を続けていくだろうし、MINAMIの方はソロプロジェクトとかがあるのか、それともこのまま業界を離れて1人の女性として生きていくのか分からないけど、この先に素晴らしい人生があることを願う。この奇跡の再結成にオリジナルメンバーとして唯一揃わなかったギターの山川氏も含め、3人の未来に幸多きことを願う。
それにしても今回avexもずいぶん粋なことしたよな、っていうのも思ったり。6年前を覚えてる人にとっては「伝説のユニット」だけど、それだけで商業的成功を見込めるプロジェクトではなかったと思うし、葉山氏がやりたいって言ってもインディーズでとかいう話になっても不思議ではなかっただろうから。しかも、6年前は結構お金かけてプロモーションしたのに不測の事態での活動停止だったから、結構avex的には損失出てた可能性もあるし。CCCDの積極的な導入なんかを理由に最近叩かれることが多かったけど、一方で例えばスカパラとか、「爆発的に枚数は出ないけど優れたアーティスト」にもきちんと目を向ける会社でもある。派手なイメージの一面で持っているそういう一面が、今回の奇跡の復活を支える力になったかもね。