Diary BackNumber 15
2001年8月30日
トップの画像を更新〜。ちなみに左のSHOEI製キングケニーレプリカは、先週ヤフオクで落としたもの(笑)。「新品同様」っていう話だったけど、ホントに使った形跡のまるでないような綺麗な状態でした(^^)。
これ、実はずっと欲しかったんですけど、私が免許取れるようになった頃(年齢的にじゃなくて家の方針でね)って、既にショウエイの主力はX-8系に切り替わってた時代で、旧世代のモデルはRSVなら時々在庫処分で店頭に並ぶぐらいの感じだったから、GRVの、しかも限定販売品だったロバーツレプリカなんて既に入手不可能だったんですよ。現行モデルをペイント屋さんに出してこの色に塗ってもらおうかと真剣に考えたぐらいだったし(今はとてもお金無いしムリだけど(^^;)、状態のいいブツをずっと探してて、ようやく手に入りました(^^)。
で、この世代のヘルメットって内装外れないから、宝物な初代X-8SP本間レプリカ同様、汗とかで汚れやすい夏場を避けて、冬になってから使おうかなとか(笑)。そのために同時期にヤフオクで出品されてた雨天・曇天用アンバーオレンジシールド(GRVに使えるC-10Aタイプのね)も買い占めたし(笑)。
あと、そうそう。現行のCX-1タイプのアンバーオレンジシールドもまとめて売りに出してる人が居たんで、これもまとめ買いしたので、今後当分大丈夫なぐらいのスペアが手に入りました(^^)。
話をGRVロバーツのほうに戻しますけど、13年前のハイエンドモデル、やっぱ軽いなぁっていうのが印象。まあ、初代X-8SPの時みたいな強烈な軽さではないけど、今の基準で考えてけっこーフツーにいい感じの軽さだから、当時の技術水準なら相当頑張ってたはず。
ちなみに、うちにあるハカリがへたってて数値が怪しげなんで、正確な計測はできなかったんですけど、SP2と比べて20〜30g増しぐらい。だから1500gちょうどあるかないか...ぐらいの感じですね。
それと...今でもショウエイのヘルメットって結構オシャレなデザインだけど(Z-CRUZ XRとか伊藤真一レプリカとかが最近のお気に入り)、当時のショウエイのデザイナーさんってホントにいい仕事をしてたなっていう印象。同時期にデザインされたジョニー・ハーバートの丹頂鶴みたいな塗り分けのもショウエイの社内デザインらしいけど、シンプルなのに今見ても色あせないデザインなのね。
そういえば、キング・ケニー自身はこれを被って実戦に参加したことは無かったように思うけど(チームロバーツのテストとか、アメリカ国内でのイベントでは使ったみたいね)、GPデビュー間もなかった頃のジョン・コシンスキーが確かコレを使ってたことがあったように思います。
で、土曜にはコレのスペアパーツを漁りに上野に行ったりなんか(笑)。普通にヘルメット使ってて壊れるところといえばシールドホルダーとネジと、あとはシールドそのものぐらいだから、基本的にそれだけ持ってればあとは大丈夫なんですけどね。
ただ、さすがにGRVぐらい昔のヘルメット(確かX-8と入れ替わりなので90年頃で生産終了)になると、メーカーでも既に出るかどーか微妙なところ(ちなみにネジは赤だけなら出る模様。カバーは全色可、ベースもまだ大丈夫)だけに流通在庫を当たるしかないのね。とっくに生産終了のアンバーオレンジシールドなんて、それこそヤフオク当たらないと出ないし(苦笑)。
で、久々にTZRに乗ったらバッテリー上がってて、急遽アクシス初号機に付いてたのを剥がしたりなど(^^;。まあ、それはともかく上野恐るべしで(笑)、メーカーにも既に無いはずの黒のネジセット1セットと、さらにホルダーカバーもベースも各1セット無事に手に入りました。つーかホルダーカバーなんてまだ数セットあったし(笑)。
それと、初号機からハイスピードプーリーが取れないんで長らくそのまんまになってた、アクシス弐号機の駆動系チューンなんですが、フライホイール側(冷却ファンの内側ね)を回り止めするための専用工具買ってきたら無事にバラして組み替え成功しました〜♪っつーか、フライホイール側で回り止めかけて、なおかつ足でレンチ踏まないと緩まないってゆーのはどーよ(^^;>初号機。
ちなみに弐号機のほうの駆動系ですが、それほど激しくへたってる感じではないし、一方でオーバーホールされてる形跡があるわけでもなく、購入時で8000km前後っていう走行距離で間違いない感じでしたね。とはいえベルト(カメレオンファクトリー製強化ベルトね)とウェイトローラーは新品入れたし、一部状態がいい(っていうか、いい感じに当たってる)パーツは初号機のをニコイチしちゃいましたけど(笑)。
で、組み上げてみたら...なんかウェイトローラーは6.5g(一般にウェイトローラー軽くするほど加速は伸びます。ちなみに初号機はカメファク基準セッティングをベースにした7g、純正は7.5g)でもいいかなっつー感じ(笑)。性能的には現状で初号機と変わらないし、90度ターンの立ち上がりとかで不用意にアクセル全開にしたらどこ飛んでっちゃうか分からないぐらいなのも前と同じなんですけど...もーちょっと速くてもいいのかなっていう(爆)。
ところで...今の通勤環境みたくストップ&ゴーを繰り返す状況っていうのは、けっこー速度とか走行距離の割にフレームとか足回りとかにかかるストレスが大きい模様(^^;。飛行機なんかも、実はいちばん負担がかかるのは離着陸の時で、たとえば同じ747でも国際線用よりも国内線用の機体のほーがヘタりが早くて、日本の航空会社が国内線でガンガン使い倒した747は、退役後に中古放出されても、もはや旅客機としては使えないほどヨレヨレになってるんだとも聞く...それと同じなのね(^^;。
あと、そうそうすっかり忘れてたけど、Profileもよーやく更新。まー見るほどのもんじゃないけど(笑)。
2001年8月26日
かつての名門F1チーム、ティレル・レーシング・オーガニゼーションの総帥ケン・ティレル氏が亡くなられた(中日新聞F1 EXPRESSより)そうです。そういえばオートスポーツの8/16-23号でジェフ・ハッチソンソンが「不治の病で、もう長くない」と言ってたので心配していたのだけれど...。
中日新聞の記事で見ると、BARにチームを売却した直後から膵臓癌で闘病生活を始めていたそうだけど...もしかしたらもしかして、チーム売る決心した時点で既に何らか体調は悪かったのかも。いずれにせよ...古き良きF1を知る人が、また一人居なくなっちゃいましたね。
ところで、せめてもの気持ちでトップに貼った画像のブツですが...これ、高校生ぐらいの時に走らせてたタミヤF101です。よく見るとフロントウィングにはエクステンションまで付いてるのにリアは1枚羽根だったりと、よく見ると結構不自然な状態なのに気付くと思いますが...手元に残ってるパーツで急遽組み直したものなので...。
メカは載ってるんで走行は可能ですが、おそらくこのまま走らせてもバランス的にまともに走らないです。ちなみに現役当時はリアを3枚羽根にしてました。つーか、今付いてるのは元々この018-1990用じゃなくて、020カラーのボディー積んでた時に使ってたものだし。そもそもセッティング以前に、リアショックのオイルシール抜けててオイル滲んでる状態だし。
ちなみに、実はタミヤからは018-1990自体は出てなくて、コレはロータス99T/ウィリアムズFW11用オプションで単品販売された018ボディーに、F101の019(つーか、この映像のクルマそのものも元々は019でした)用のステッカー組み合わせて作ったもの。リアウィングの話でちょっと触れた020とか、ベネトンB190B(91年序盤戦で使われた黄色いやつ)とかも同じような方法で作ったし...あの頃は私も色々そーゆーの一生懸命作ってたっけなぁ...って、そのことも懐かしく思い出したり。あれから色々ありすぎて、今はもうあの頃みたく、モータースポーツに対して純粋な憧れとか情熱とか持たなくなっちゃったからね。
2001年8月19日
結局週末も日記書いてる暇なかったや(^^;。
んで今日は椎名へきる夏のツアー大宮公演行ってきたわけですが...とりあえず椎名さんがけっこー怪しいテンションだった(笑)ことと、木根さんを初めてナマで見たこと、それから、今年も椎名さんの御祖母様が作ってくれたという浴衣を今日着てた、とゆーことは、近々ライブレポ書くかもしれないから記憶にとどめておこうφ(..)(笑)。
あと、実はその浴衣、ソニックシティーの目の前でやってた盆踊りにお忍び参加しようかと、ツアースタッフの女性陣と相談して用意してきたものだったのに、たいらく氏の知るところとなって、「んじゃそれライブにも着て出てね」言われた...らしいのですが。おかげでいいモノ見れましたm(_ _)m(笑)>たいらく氏
んで木根さんですけど、ただライブ見に来ただけだったのがステージに上げられちゃったそーですが(笑)。TM時代にTVで見てた印象どおりの、才能溢れてるのに気取らない方でした。トークの雰囲気からして、4ヶ月連続リリースされるシングルの第2弾以降や、さらにはアルバムのデキも期待できそうな感じだったし。
あと、8月30日だったかに、TFMでやってるTMネットワークのラジオ番組に椎名さんがゲスト出演するらしい...というのも覚え書きφ(..)。
で、今回ライブの開演前には...だいたいいつも釣るんで喋ってるメンツの他に、へきるオフィシャルサイトとかTFMのラジオ番組「PRECIOUS GARDEN」のサイトとかの掲示板でもおなじみなMTBレーサーの無限さんに初対面。今日は愛車も一緒だったんですが...私ジャンルを限らずハイテクなモノとか実戦モノとか大好きなので...いいモノ見させて頂きましたm(_ _)m>無限さん。あと、スクーター用のMAXXIS(旧チェンシン)のタイヤは、ドライ&ウェット問わずグリップに優れるだけじゃなくて、寿命もかなり長いですよ〜。
さらに会場内では...2〜3人ぐらい左の席がSWさん一行だったりした(笑)。去年はSWさん、確かRF400Rで来てたんだけど、今日はMR2だそーで。つーか、大宮って駐車場が有料だし、市原のときみたくゆ〜っくり喋ったりとか出来なかったのが残念でした〜(^^;。
そういえばその大宮。覚えてる人は覚えてると思いますが、一週間だけ通勤で通ってたことがあるのよね。で、そのあと去年の夏のツアーで、ちょうど1年前に行った、それ以来1年ぶりだったんですけど...覚えてるもんだなーっていう感じ。道順自体は当然としても、辺りの風景とかね。あっちでやってた仕事っつーか会社自体にはあんまりいい思い出はなかったけど、それでも一応懐かしく思い出せるようになってきた感じですね〜。
それと、フェスティバのシート替えてから長距離走るのは初めてだったけど、ブリッドのシートって、レカロみたいに医学的見地に基づいてどうこう、とかを全面に押し出してるわけじゃない、どちらかっつーと武闘派系スポーツシートっていう印象が強いですけど、相当いい感じに快適でした。どこか痛くなるとかそういうこともなかったし、あと、前にも書いたとおりで私、腰が悪いっつーか脊椎自体も微妙に歪んでるっぽいんですけど(^^;、なんか、座ってるうちに結構矯正されちゃったよーな感じ(笑)。スポーツシート系って程度の差こそあれ、「正しい運転姿勢」に固定する機能を持ってますからね。ってことで狙い通りの効果があったから、買い物としては成功だったかな。
ちなみに、今まで使ってたシフトノブだとサイドサポートに肘やノブ自体が当たったりしてたので、シフトノブも最近替えたりなんかしてますが...そのへんの話はまた後日(^^;。
2001年8月16日
昨日、日テレの「今日の出来事」で、「つくる会」の歴史教科書について、どこかの主婦の団体が勉強会をやったという特集で、だったと思うけど(昨日は他にニュース23やNHKでもこの教科書に触れてたから記憶違いがあるかも)、その人達が指摘していた内容で、「従軍慰安婦については『高校生に理解できない』という理由で記述がない一方で、神話での性的表現はきっちり掲載されている」というのがあった。
他にも...こっちは今日のNHKニュースでの話だったけど、「歴史の中にほとんど女性が出てこない構成になっている」ともいう。どういう価値観とかバランス感覚に基づくものなのか...って、少なくとも私にとっては絶対相容れない、理解しようのない立場の人達だからアレだけど、それ以前に、「何で検定通っちゃったんだ」っていうことのほうに疑問をもつ感じ。
ちなみに、当初は「シェア10%が目標」言ってたのが、当人達からすれば不本意なほどの採用実績しか無かったことについて、こんなこと言ってるらしい(asahi.comより)けど...何つーか、他人を殴っても何とも思わない人ほど、自分がやられると大騒ぎする、そんな感じね。
何かここんとこ歴史観とかそういう小難しい話ばっかで、書いてる方もあんまり楽しくなかったりするんですけど...身近な話題とか日常とかそーゆーのは明日以降じっくり書くということに。つーか、書けたらいいよホントに。「日記」なのに、そこで延々語らなければ我慢ならないような種類のニュースなんて、本当はそうそうないに越したことはないんだから。
あと、そうそう。私んとこに、今猛威を振るってるコンピューターウィルス「Sircam」が最近ちょくちょく来てるんですけど、うちのサイト見てる人とかで誰か感染してないですか?心当たりのある方はチェックしてみるのをお勧めします。私んとこはノートン先生のおかげで、貰っても今んとこ感染はしてない様子ですが。
2001年8月14日
昨日の「ニュース23」見てたら、そこに出てた元軍人の人が、靖国にある兵士の遺書について、「あれは上の命令で書かされて、上が内容を検閲してたから、ああいう内容でしか書けないんだ」という内容の発言をしていた。
当時の「兵士の遺書」がおおむねそういうものだとしたら...首相が靖国参拝を決意するきっかけになったのは、「知覧(特攻記念館)で少年兵の遺書を見て涙した」という話らしいけど、そうなると、その理由が揺らいでくることになる。仮に、その少年兵が本心で書いたものではない、「上の命令で書かされた」その内容に涙したんだとすればね。
私はむしろ、そうだとしたら、「最後の最後にさえも本心を書くことを許されなかった」のだとすれば、その事実のほうによほど胸を締め付けられる。そして、誰がそういう恐ろしい状況をもたらしたかを考えたとき、その責任者までが一緒に祀られてると聞いたら、俺はそこを拝みに行くのは遠慮させてもらう。
2001年8月13日
何かこう...熟慮が聞いて呆れるような結果だと思ったな<首相の靖国参拝(asahi.comより)
つーか、私にはあれ、何か「騙し討ち」に思えるんだけど。もちろんホントに参拝するかしないかを、真剣に熟慮なんかしてるわけはないと思ったけど、それにしたって、対外的に「熟慮」言ってる以上ギリギリまで結論引っ張るだろうから、仮に15日を外すとしても「前倒し」はないだろうっていう。
本人とか周辺は、15日を照準に抗議運動とかを考えてた反対派の裏をかいて「してやったり」のつもりか、あるいはもっと別の理由(特に騙し討ちする意図はなかった、も含めてね)があったかもしれない、その真意は分からないけど、結果として与えたイメージはあんまり良くなかったんじゃないかと思う。一方で、参拝賛成派の人達は意地でも15日にやってもらいたかったんだろうし、熱烈な小泉支持者の人を除けば誰にも納得してもらえない結論だったんじゃないかと思う。なおかつ、一度やっちゃったことは、もう「無かったこと」には出来ない。
で、今日はこの話は一旦ここまでにしてココ最近の話題など。まず通勤用に使ってたグローブが1セット寿命を迎えてしまったり(^^;。うちのサイトでもインプレ書いたFORZA FO-130GPのトリコロールカラーの方ね。左の掌のところが破れてきてる...逆にいうと他は大丈夫なんだけど、ついこないだ事故った人間として、やっぱり「万が一」を考えると、少なくともこのまま使い続けるのは危ないかなと(^^;。そういえば、事故った時に使ってたのがちょうどこのグローブそのものだったはずで...そこでも多少ダメージがあったのかもしれないし、それ以前に2年ぐらい使ってるし、何度となく雨にも降られたりしてるし...寿命といえば寿命かな。
一方で、結構気に入ってるだけに「修理すれば使えるかな」っていう気持ちも多少はあって...送り返しでの修理を受けてもらえるのかどうか(んで、それだと幾らぐらいか)、あるいは自分で直すとすればどうやるのがいいかとか、メーカーに聞いてみようかと思ってるところ。そういえば、同じく事故った時に被ってたヘルメットのダメージチェックも、まだ出さないまんまほったらかしだな...数足りないんだから急がないといけないんだけど(^^;。
それと、98年の夏前ぐらいに中古購入してから、99年春にEndeavor導入まで色々手を加えつつメインマシンとして使ってて、その後もリビングルームPCとして使ってたエプソンPC586RXを、ついに退役させることに。別に壊れたわけじゃなくて、マシンとしては元気な状態なんだけど、ここ最近Win95 OSR2以降とかWin98以降必須なソフトが増えてきたし、「Direct何ちゃら」を必要とするものは基本的にダメだったりっていうのがさすがに不自由することが増えてきてて、リビングでネット繋ぐ時とかでもVAIO505を使うことが増えてたからね。
さすがに今までさんざん働いてもらって、まだ使えるのに「廃棄処分」っていうのも可哀想だし、とりあえず箱に詰めて保管してありますけど...今後使う機会があるかどうかっていうとおそらくそれは...って感じ。
一方で、次期メインマシンとしてA4ノートを導入しようかなっていうのも考え中だったり。もちろんそれで今持ってるEndeavor改が要らなくなるかというとそういうわけでもないというか、サーバー的用途とかCRTディスプレイの画質が必要な状況ではやっぱり必要なんだけど、「普段メインで使うPC」っていう意味では、ノートのほうが色々楽でいいかなと思い始めてるし。
2001年8月12日
短期集中連載気味になってる話題その3(爆)。
何か...めちゃくちゃ初歩的な疑問なんだけど、A級戦犯として東京裁判で裁かれた面々っていうのは、そもそも「戦没者」なのかっていう、ね。終戦からだいぶ経ってから、戦後処理の過程で責任を問われて処刑されたわけだからね。逆にゆーと、「戦争にまつわる原因で命を失った人」っていうことであれば、軍人だけじゃなく、一般市民の戦争犠牲者の人、それも空襲とかで亡くなった人だけじゃなくて、栄養失調で亡くなったり軍需工場の事故でとか、そういう全ての人が含まれることになってくるわけじゃない。
その一方で、これは確か職務中の事故で亡くなった自衛隊員に関する話で裁判になった記憶があるけど、国家神道を信じる立場以外の戦没者はどうなのかっていう。戦争中は明示的にそういう意思表示が出来たかどうか分からないけど、絶対に居たんじゃないかと思うから。さらには、同じように国家神道を信じる立場ではない、「戦没者の遺族の人」となると、おそらくもっと多いんじゃないかと思うからね。
「靖国で会おう」とか「死ねばみんな神様仏様」とか、そういう立場の人だけが「日本人」じゃないでしょう。それ以外の宗教とか死生観をもつ人も、「自分は安全な場所に居ながら、国民に国のため死ねと命令した人物」が、自分の身内と同じように祀られることを受け入れられない人もいる。そういうことを考えた時、やっぱり、「神社」である靖国神社っていうのが、「国民が共通に戦没者を悼むための場所」として適切なのかどうかっていう。
そして、今日は「16年目の御巣鷹の夏」。去年もこの話題は書いた記憶があるし、最近更新が滞ってるOpinionのページにも書いたように色々思うところがある。
けど、実は風化させちゃいけないのは、「御巣鷹」だけではない。本当だったら、全ての事故が忘れられてはいけないし、全ての犠牲者が忘れられてはいけないんじゃないのかな。雪祭りの季節には、羽田の海に祈りを捧げられるべきだろうし、他にも雫石とかね。
でも、日航にとっては、それがそうではないらしい。保存されていた事故機の残骸を廃棄するとか、持ち主の分からない遺品を焼却するとか...。今回の慰霊祭では、それに対する抗議も行われたという。
実は日航だけじゃなくて、日本人の事故とか災害とかに対する意識が、全てそうなんじゃないかと思うこともある。犠牲者を悼む姿勢とか、命は助かっても色々な重荷を抱え込むことになる被害者を支える姿勢、さらに原因究明や対策、そういった全てが充分に行われないまま、また何かが起きる。その繰り返しなのね。
2001年8月11日
総理の靖国参拝問題関連の話題その2(爆)。
何かこう、この手の話になると、戦争責任に関する話を、「東京裁判」だけで括られちゃうところに疑問を感じてきた。今回の話に関していえば、反対派の人は「A級戦犯まで一緒に祀られてるところに」って言うし(それ以外に「政教分離の問題」っていう論点もあるけど)、一方で賛成派の人は「あれは連合国側の報復裁判に過ぎないんだから、それ自体が不当なもの」とか、「戦争遂行に反対したのに、責任のある職にあったためにA級戦犯として処刑された者もいる」って言う。
けど、何か違うっていうか、それでは結局、東京裁判っていう「連合国サイドの正義」によってしか戦争責任に関する切り分けが出来てないの?っていう。東京裁判の結果と関係なく、それじゃ誰に、勝ち目のない戦争を始めたこと、続けたことに関する責任があったのかっていう、そのことをはっきりさせないと。その結果として名誉を回復させられる人もいるだろうし、逆に新たに責任を問われる人も出てくるかもしれないけどね。
で、それは、東京裁判の正当性に対して疑問を投げかける立場の人ならなおさらね。「東京裁判とは違う、戦争責任の所在に関する立場」っていうのを提示するべきだと思う。対外的な話だけじゃなくて、自国民に対して犠牲を強いたことについてっていうのもそうだし、さらには、その両方について「法的にはともかく人道的にどうなのか」っていうところに至るまでね。
で、戦中戦後史の業界の人の仕事っていうのは、戦争中、意志決定に関わる立場にいた人達が、具体的にどんなふうに関わってたか、何をしたか、その辺の事実関係を出来るだけ正確に掘り返してくることだと思う。「どうだった」っていうのをみんなが議論したり判断するための、その材料をね。逆にゆーと、「特定の答え」まで押し付けるのは歴史家の仕事ではないのよ。
2001年8月8日
国民的人気な総理大臣が、終戦記念日に靖国神社に参拝するかどーかの話。
内外から...だけじゃなく、それこそ「身内」からさえも反対意見が出てるんで「熟慮する」言ってはいるけど、こーゆータイプの人物がこーゆー状況で「配慮する」言って、直前で結論がひっくり返った例っていうのは記憶にない。
まぁ、自分がしたことによって起こる全てのことについて、何が起ころうとも本当に責任が取れるならば、問題が解決できるならば勝手にすればいい。俺は支持しないけど。
で、「責任が取れる、解決できる」っていうのは、心構えだの予測だの努力だの、そーゆーのを聞いてるんではない。結果の話を聞いてるんだから念のため。「大丈夫です」なんか、言うだけなら誰にでもできるんだから。
私自身は、幸いというか、存在を知っている範囲の親類縁者に戦没者はいない。そこで「本当の遺族の気持ち」なんか理解できてないとは思う。けど、こないだの参院選で、「一度は歳が歳だし引退するつもりだったけど、現状に危機感を覚えて立候補した」という、元特攻隊員だったという野党候補のひとりが、「『靖国で遭おう』なんて言って死んだ奴は、私の周りには誰一人居なかったんだ」という。「そこにも」真実も、尊重されるべき立場もある。力を持つ側の人間が、一方的に弱者や少数者を踏み潰していいなら、それはもう民主主義国家ではない。
それから、明石の花火大会事故に関するニュース(KYODO NEWSより)。当初言われていた「茶髪の若者が暴れていた」という情報は、警備サイドの人間が責任逃れのために言ったこと(同じくKYODO NEWS)であるらしいという。
これだけの事故...っていうか「事件」が起きてしまって、そこでなおかつ保身のためなら嘘でもつくのかよっていう。しかも、その「茶髪の若者って言っておけば」っていう、その偏見っていうか差別意識っていうか、それがなおのこと許せない。何かこう...もちろん事故原因そのものはこれから調査されるんだけど、何となく「何故こんなことになったのか」が分かった気がした。
2001年8月7日
東京都教育委員会が、都立養護学校の一部で「つくる会」の教科書を採択することを決めた(Yahoo!Newsより)というニュース。
政治的な立場がどうこう、をとりあえず置いておいたとしても、「普通の教科書」のスタンダードから大幅に外れているものをわざわざ選ぶこと自体、慎重になるのが普通だと思うんだけど。作った側が当初息巻いてたとは裏腹に、ほとんどここまで採用実績がなかったことの理由は、それだけで充分だと思う。まして、その内容について、国内での反対運動だけではなくて、国際問題にもなっているとなればなおさらのこと。栃木県が一度採択して、慌てて引っ込める羽目になったのは要はそういう理由だろうし。
一方で今回の、この東京の場合についていえば...そういった事情があった上に、採択の噂があった時点から、市民団体だけでなく、現場の教員とかからも反対運動があって、それでもなおかつ採用することになった理由っていうのは、どこにあるんだろう。
それだけではなくて...養護学校に通う人を「弱者」と言ってしまっていいのかどうかは分からない。分からないけど、納得のいかない事とか疑問に思ったこととか、そういうことを外に向けて発信することが難しいかったり、「嫌だから転校する、転校させる」とか、そういう選択肢が充分になかったり、そういう立場の人を「狙い撃ち」する形になる。それがフェアなやり方なのかどうか、説明してもらいたい。
今回こういう結論を出すことになった、その都教委の人事にも関わった「あの男」は、自分に敵対する人物に対しては、卑劣だとか愚劣だとか、おそらく自身が持ってるボキャブラリーの中でもっとも下品な言葉を使って攻撃するけど...ホントに卑劣で愚劣なのは誰だろうね。
2001年8月6日
Linkページをちょびっと更新。桃蘭さんのサイトがfreewebからinfoseekにドメイン変更されたのに伴ってURL変わったので。
その他けっこーサイトのネタは水面下でじわじわ用意してるので乞うご期待〜って、時間が欲しいな(^^;。
2001年8月4日
フォーミュラニッポンで活躍する若手レーシングドライバー、荒聖治選手の妹さんが亡くなられた(中日新聞トーチュウF1 EXPRESSより)そうです。
荒選手の妹さんが入院してるという話は、開幕戦だったかで表彰台に立った荒選手が、「入院中の妹の意識が戻ったって、さっき連絡があったんです!」って言ってたのを聞いて知ったんだけど...ここまで危機的な状況だったとまでは知らなかった。
その時だけでなく、その後も荒選手がレースで好走を見せるたび、奇跡のように病状が好転していたそうですけれど...。
5月にマウリシオ・グージェルミンの息子さんで、長く闘病中だったジュリアーノ君が亡くなった時、グージェルミンは「神様が私の息子を、より素晴らしい世界に連れて行くことを決めたのです」と言ったというのを思い出したけど。天国とか死後の世界とかがあるかどうかなんて分からないけど、ジュリアーノ君にしても荒選手の妹さんにしても、もうこれ以上病気に苦しめられることはないっていう、それだけでも...ね。
そういえば、荒選手といえば、チームオーナーの舘信秀氏が息子の信吾選手をテスト中の事故で失った、その直後の全日本F3開幕戦で追悼の1勝を挙げたことが今も印象に残ってます。信吾選手のため、舘オーナーのため、そしてチームのために何としても勝ちが欲しい、そこで力を発揮できる強さの持ち主なのね。
そして、その荒選手の妹さんも、ここまで7ヶ月間、病気と戦い続け、そして荒選手の活躍に支えられつつ、荒選手を支えてきた。何のゆかりもない他人の私にかけられる言葉なんかないとは思うけど、心からお悔やみ申し上げます。