Diary Backnumber 23


2002年4月30日

今日はローランド・ラッツェンバーガーの8年目の命日...。

「1994年の呪われたサンマリノの週末」っていうと、やっぱり決勝でのセナの事故のことは多くの人が覚えてるだろうけど...オーストリアっていう、モータースポーツ自体はそれなりに盛んでも「世界を目指す」にあたって決して恵まれているとは言えない国で生まれて、自分の実力を信じて、チャンスを求めて日本にやってきて、そこで実績を積み上げたり、自分を支えてくれるスポンサーを捜したりして、ようやく子どもの頃からの夢を叶えたローランドのことを、やっぱ同じ時代にモータースポーツを愛していた人間として忘れることはできないです。

実はシムテックからのF1デビューにしても、豊田紡績をはじめ日本で集めたスポンサーからの支援だけでは、当初チームが必要としていた金額には届いてなくて、チーム側も「腕は立つのにもったいないな〜」みたいな感じだったらしいんです。で、一度はジャン・マルク・グーノンがシムテックの2台目を走らせることが決まっていた。ところが、そのグーノンも全戦を戦うに必要な資金を持ち込めなくなって、それで急遽、テストで好印象だったローランドが呼ばれることになったんだそうです。

開幕戦ブラジルこそ、チームもローランドも実戦走るの初めて、という状況で予選落ちを果たしたものの、第2戦、日本時代に走り慣れていたTIサーキット英田に戻ってきての「凱旋レース」では11位完走を果たして...TVでリザルト見て「やったじゃん」思った記憶があります。全日本ツーリングカー選手権とか全日本F3000とか、日本でずっと頑張ってた彼は、ハーバートやアーヴァインだけじゃなくて、私にとっては日本人ドライバーと同じだけ身近な存在だったから。

ただ、どっちかっつーとハコやCカーでの活躍の印象が強くて、全日本F3000では、92年に鈴鹿でひとつ勝ってるけど、アーヴァインみたいに「すごい速い」っていう印象はなかった。だからローランドがF1行ってホントにやれるかなっていう不安があったんですけど、TIでの結果を見て「大丈夫、いける」って思った。その矢先の事故だったんです。しかも、私あの時は予選見てなくて、決勝レースのオンエアでその話を聞いて(しかも生放送じゃなかったから、決勝が放送開始された時点で既にセナも危篤状態でした)、ホントに凄いショックだったというか、全身の力が抜けるほどだったのを覚えてます。

で、ローランドは、日本でのレースシーズン中は静岡の三ヶ日に住んでたんですけど、モナコにも家を持ってて...F1ドライバーとしての夢のひとつに、「そのモナコの自分ちの前をF1で走ること」もあったという。その夢を叶えられる日は目前に迫っていたのに、永遠に叶えられないまま終わってしまった...。

耐久レースでの粘り強い走りと強靱な体力でも定評があったローランドは、94年も日本の名門耐久チーム、SARDからルマンを走ることが決まっていました。チームを組むのは、日本時代からの親友ジェフ・クロスノフとマウロ・マルティニ。

ラッツェンバーガーの代わりにSARDトヨタをドライブすることになったのは、日本時代からの親友だったエディー・アーヴァイン。そして、マシンのドアに書かれたドライバー名のマーキングには、「R.Ratzenberger」の名もそのまま残されました。

レース終盤までトップを走り続けたサード・トヨタは、最後の最後で突然ミッショントラブルでコース脇にストップ。その窮地を救ったのは、アーヴァインと同じようにラッツェンバーガーの親友だったジェフ・クロスノフ。普段はそんな素振りも見せない「変態ガイジン(笑)」っぷりを発揮しまくってる楽しい奴だったけど、大学で心理学を学んでいた文武両道の男ジェフは、事前ミーティングの時にチームスタッフから聞き出していた「非常時のギアの入れ方」をその場できっちり思い出して、エンジンカウルすら外すことなく、クルマのリアエンドからスッと手を入れて、チームオーナーの加藤眞氏曰く「あそこからピットに、一度もギアチェンジしないで戻ってくるのに最適のギア」に一発で入れて戻ってきた。そして、もはや優勝こそ望めなくなったものの、目の前のポルシェを1台攻め落として2位を奪い返す熱い走りを見せたのがアーヴァインでした。

そして2年後の秋、またも悲劇が襲います。この年から参入したトヨタエンジンの開発も兼ねてCARTシリーズに参戦していたジェフが、トロントでのレース中の事故で命を落としてしまいます。親友のうち2人までもを失ったショックで、マウロはフォーミュラカーレースからの引退を決意。大胆不敵な発言で鳴らすあのアーヴァインさえも、「(日本GPで)鈴鹿を走るために日本に来たら、いつもローランドやジェフと六本木で馬鹿騒ぎをするのがお決まりだったんだ。だけど、ローランドはもう居ない。そして、ジェフ・クロスノフも、もう居ないんだ...」とかなりの落ち込みようだったのを覚えてます。

そして、時は流れて、ローランドがイモラで命を落としてからもう8年にもなるわけですが...直前のCARTもてぎラウンドで、これまでずっとフォードに奪われ続けてきた「CARTもてぎラウンドでの日本製エンジン初勝利」は、親友ジェフが、正直言ってまともに戦えるほどの戦闘力があるとは思えない開発初期のエンジンを少しでも戦えるものにしようと頑張っていた、あのトヨタエンジンによってもたらされました。ここまでトヨタエンジンが獲得してきたいくつもの勝利やポール・ポジション、その全ては、ジェフが蒔いた種から芽吹いたものだったけど、親友の8年目の命日を目の前に、かつて過ごした日本でのラウンドでの勝利。空に向かって「やったじゃん。おめでとう!」なのかな。いや、もし歴史が書き換えられるなら、2人とも、レースを戦えなくたっていいから、せめて生きていて欲しかったよ。


2002年4月29日

ってことでもてぎに行ってまいりました〜。トップページでも触れたとおり、イベントの安全で円滑な運営に携わった全ての関係者の方々に心より感謝。ちなみに、思わずサーキット全体が一瞬静まりかえるほどの激しいクラッシュに見舞われたタウンゼント・ベルも、インディカー・フラッシュの掲示板での情報によると、大事には至らなかったということで一安心。

あと、忘れてはいけない。これだけ素晴らしいサーキットを作るために場所を提供してくれた、そしてイベントの運営にも有形無形の様々な強力を頂いていると思われる、茂木町の皆さんにも心より感謝。地元の何かの公共施設に「熱烈歓迎、CARTご一行様」みたいな、ちょいベタな(笑)横断幕がかかってるの見て、笑っちゃうけどちょいジーンときたしさ。あと沿道とかゲート付近とかで交通誘導してた人達って、いかにも地元商工会とか婦人会とかそんな感じの人達だった。一方でツインリンクもてぎ側も「地元の皆さんの通行を優先頂けるようお願い致します」みたいな立て看を出す気遣いがあったり。ホントに様々な人達の努力や協力の上に、こういうイベントは成り立ってるっていうのを実感。

あと、今回のもてぎのCART第3戦、レース後に「コースウォーク」っていう、まさについさっきまでレースが開催されていたコース上にお客さんが入れるっていうすごい贅沢な企画が組まれてて...で、トップページに貼ったマーシャルカーの画像もそこで撮ったものなんですけど、ピットにああやって3台並んでた他に、第1ターンの辺りにも後ろが沈んじゃうほどに大型消火器を満載したオルティアワゴンのファイヤーレスキューカーが置いてあったりしたんですけど、コースウォークに参加してた家族連れのお子さまには、ペースカーとかレスキューカーとか結構な人気でした(笑)。

もちろん、普通に子どもがパトカーとか消防車とかすごい好きなのと同じように「単純にカッコいい」って思う気持ちだけでも充分だと思うんだけど、もし「レーサー達だけじゃなくて、ペースカードライバーとかレスキューとか、そういう安全を守る立場の人達もサーキットの英雄なんだ」っていう気持ちを持ったまま大人になってくれる子がその中の何人かでも居てくれれば、日本のモータースポーツの未来ってすごい明るいんじゃないかな。

で、今回もアメリカから遠征してきたCARTのレスキュー達。彼らは「プロ」なだけじゃなくて、レスキュートラックの側面に「simple green」って書いてあるでしょ?アメリカの掃除機だか洗剤だかのメーカーらしいんですけど、これ、「CARTレスキューチームのメインスポンサー」だそうなんです。日本だったら「裏方」って言われちゃうところだけど、そこにスポンサーが付く、その価値があるほど彼らは尊重され、尊敬を集めるだけの存在だっていう。

ずっと前から、「日本のレスキュースタッフ達も、モータースポーツの安全のために命張ってるんだから、それなりの代価をもらってもいいはず」っていうレベルでは私プロ化賛成派だったんですけど...やっぱ日本もこうしようよ、っていう気持ちをなおのこと強くした。スポンサーにふさわしいのはどんな会社だろう。保険会社とか警備保障とかだろうか(笑)。

あと、もう一方で、たとえばWRCで三菱やスバルが「ディーラーメカの精鋭を派遣する」っていう企画をやってますけど、それと似たような形で、JAFのロードサービスをやってる人達の精鋭クラスの人を選んで訓練を受けてもらって、とかいうのも、「プロ化」に向けたひとつの方法かもしれない。「完全に同じ」ってことはないにしても、高速道路上でのロードサービスとかも相当危険の伴うものらしいし、技術的に通じる物とかもあるかもしれないから、サーキットレスキューを経験した人がロードサービスの現場に戻って、とかそういう技術のやりとりとかが行えたら結構有益かもしれない。

あ、そうそう。忘れちゃいけないんだけど、今回は「CARTのスタッフご一行のサポート役」だった、もてぎ側のスタッフ達も、レース中はあんまり仕事してるところを見る機会がなかった(第2〜第3ターンのところのFブロックで観戦してたから、グランドスタンドの方はあんまり見えなかったし)けど、レース後のコースウォークの時にパドックの後片付けしたりしてるところを見る限り、すごいカッコいいし動きもキビキビしてました。

そして、コースウォークが始まってしばらくしたあと、レーススケジュールが無事に終わったことを見届けた救急ヘリが、穏やかな西陽の差し始めた空に飛び去って行きました。今日も出番がなかったことが、何よりの幸い。


2002年4月26日

明日ツインリンクもてぎにCART第3戦「BRIDGESTONE POTENZA 500」の決勝を見に行ってくるわけですが、ここでグレッグ・ムーアの名の下、すべてのドライバーや関係者の皆さんの無事を祈ることにします。

99年の第1回大会、最終ラップの最終コーナーで派手なスピンをやって...普通オーバルコースでコーナーリング中に姿勢を乱したら、普通はそのまま壁にガシャンで終わりのところを、激しいタイヤスモークを巻き上げながら巧みに姿勢をコントロールして、真後ろ向いたままコントロールラインをくぐったグレッグの姿は今でもすごい強烈に印象に残ってて...あれこそまさに「神業」っていう表現にふさわしいものだった。まぁ「そもそも勢い余ってスピンして少なからず順位を落としちゃうところが...」っていう見方は当然あるわけだけどさ(苦笑)。

あの時は、それがまさか「グレッグ・ムーア最後のもてぎ」だなんて思いもしなかった。神業級のマシンコントロール能力があって、しかもあの若さなら、きっと次世代のスターになるに違いないと思ってたから。

CARTのドライバー達って、ロードコースとかストリートコースとかで開催されるレースでは結構無茶するんですよ。そのへんの軽い接触だったらそう簡単には壊れないぐらいにクルマも頑丈だし。けど、それでもたとえば「チャンピオン欲しさに相手に突っ込む」なんて愚行は私の記憶する限り(90年代前半ぐらいからね)見たことないし、ましてオーバルでは本当にフェアなバトルをします。自分が、あるいは相手がもし変な考えを起こしたら何が起こるか、その恐ろしさは考えるまでもないことだから。

華やかなレースをしてほしい、結果を残して欲しい、誰よりも速く走って欲しい、それはやっぱレースファンとして願うことですけど、それより先に願うこととして、「結果なんかいいから、とにかくみんな無事に戻ってきてよ。」


2002年4月23日

つーことでトップページの画像を更新〜。あ、ウチ的にはこっちが表ジャケということで(笑)。CDの流通形態ってやつの都合上、例によって表向きの発売日の前日から買えるのでさっそく購入♪

音楽に関する引き出しっつーかスウィートスポットが広いと(お金はかかるけど(^^;)何かと楽しくていいなーと思うと同時に...私アニメ自体はそんな濃いオタクなわけじゃない...つもりなんですけど(笑)、アニメ作品つながりで、普段だったらなかなか聴く機会がなかったりとかCDショップの店頭に並ばないようなアーティストの作品がすごい入手しやすくなったりするのがすごい楽しかったり。今回Funtaが「ぴたテン」のOPテーマやることになったのもそうだし、「逮捕しちゃうぞ」で白井貴子さんや松田樹里亜ちゃんや、あと第1期とワンダフルのときの福井麻利子ちゃんとかそーゆー人選だったのも嬉しかったし。TV版バブルガムクライシスの須藤あきらさんとかね。そいや真行寺恵里ちゃんを初めて知ったのは「ブレンパワード」のOPだったりした。

で、今リピートで再生しつつコレ書いてるわけですが(笑)、これ、ぴたテンのOPでTVサイズで聴いて分かった気になってたらすっげー損するよ(笑)。つーか、「Wake up Angel」のすっげぇ楽しくて可愛い感じで全てだと思ってたら、カップリングの「We are all Dreamer」が美しくて二度ビックリしたりする。普段だったらHP通販じゃなきゃ買えない人のCDが普通にCDショップで買えるんだからとりあえずココは買っておけと(笑)。


2002年4月21日

CARTもてぎラウンドですが、仕事の都合でフリー走行と予選は見れそうにないこと決定(爆)。しかも週末の準備は今週の前半のうちにやっとかないといけない感じ(^^;。

で、TZR号でロングツーリングするためのツールとかも揃ってないし(純正車載工具じゃ全然足りない工具類とかパンク修理セットとかも、学生の頃持ってたのはどっか行っちゃったし(^^;)んで週末に色々ゴソゴソと買い出しに行ってきたわけですが、新宿のハンズに向かう途中(あ、工具類は地元で揃ったけど)の甲州街道で、カワサキZRXのリアシートに乗ってる女の子がショウエイのZ-III被ってたんだけど、「あ、Z-IIIって結構カッコいいな」って思ったりなんかした。

もちろん「カッコいい」には、「リアシートの彼女にフルフェイスを渡す」っていう、おそらくは前席の彼のセンス(その彼はスモールジェットだったけど。もちろん彼女のほーもバイク乗りって線もあるし)もなかなかだと思うけど、Z-IIIっていうヘルメットが、被ってる姿全体を見たときにカッコいいヘルメットなんだなと。まず、衝撃吸収性能は公道用として充分なレベルを確保しつつ、フルフェイスとしてはかなり外形寸法を小さくまとめてるから、女の子とか華奢な体格の場合に「ヘルメットのデカさ」が強調されないっていうのがある。あともうひとつ、ベンチレーション効果と空力特性の向上のために後ろの裾のところがスポイラー状の形をしてるんだけど、このへんの形がすごいキレイ。そろそろ続々と寿命が終わりつつある(少なくともメーカー保証耐用年数はとっくに終わってる)通勤用ヘルの後継機に一気に浮上してきちゃった感じ。で、私はいつも「柄モノ」を選んじゃうんだけど、これだけ「形がキレイ」だったら単色のを買ってもいいかもな。柄モノって「ヘルメット自体の形」があんまりよく分からなくなっちゃうっていうデメリットはあるからね。

それと話変わって...今日岩男さんの5月のアートスフィアのチケット届いて...そこに入ったチラシと、あとオフィシャルHP見たらあっちでも既に公開されてますけど、5月15日にニューアルバムが出るそうで〜。もちろん通販で買うわけだけどさ(笑)やっぱ店頭取り扱いをやってくれる店舗がもうちょっと増えてほしいかなと願うところだな。並みのインディーズアーティストより全然数さばけると思うし。

それと、へきる夏ツアーの先行予約も週明けあたりに振り込もうかと思ってるところですが...今回は関東地区分のうち2公演を予定してます。

ホントは、岩男さんとかへきる嬢だけじゃなく、お気に入りのアーティストさんのライブって、時間とかお金とか体力的なこととか、そういう制約がなければ全部行っちゃいたいぐらいではあるんですよ(笑)。打ち込み系とか高度にショーとしての組み立てが完成されちゃってる場合でさえも、一回として全く同じライブは無い、毎回違うんだからそれを楽しみに行く、っていうのもあるし、あともうひとつ、それがアーティストさん側の事情であれこっちの事情であれ、「いつ、これが最後ってなるか分からない」っていうのもあるし。「まさか、あんなことになって今年もてぎにザナルディが居ないなんて思いもしなかった」みたいな...って、いやもちろん独裁国家とかでもない限り、ミュージシャンがそんなレベルで命張らなきゃいけない商売ではないと思うけどさ。

でも、たとえば鈴木あみのファンの人って...いやもしかしたら本人もそうだったかも知れないけど、前回のツアーファイナルで「これが最後かも」なんて思いもしなかったんじゃないだろうか。あそこまで人気を誇ってた人でさえ、ビジネス絡みの複雑な事情とかでっていうことがあったりすれば、ああいう「まさか」だって起こり得てしまうぐらいだっていう。まあ、まだ完全に復帰の話が無くなったってわけではないし、現状最後の作品なベスト版が、オリコン1位だったかは忘れたけどあれほど売れたし、まだファンが支持してて、なおかつ本人もやる気なら、私自身の好き嫌いとは別に、すごくもったいない話だよ。何とかなってほしい。

やっぱり、「もうやることは全部やった」ってスッキリとハッピー・リタイアメントが出来るのが一番幸せなことだし、ファンとしてはそういうハッピーエンドを見届けられるまで一緒の時間を過ごせるのが一番幸せなことだと思う。まぁ、いつもハッピーな結末だという保証はないにせよ、いずれにせよ最後まで見届けたいじゃない。


2002年4月16日

言葉は泉のように」を更新。家主多忙につきとりあえずこんだけ(^^;。

しかし今日の「プロジェクトX」、マツダの時は、たとえばRX-252iが現物残ってない(ルマン走った「そのもの」はその年のWECinJAPANで事故って潰れちゃったらしい)からFCのIMSA仕様で代用したりとか結構あったけど、S30Zの担当デザイナーの人が若い頃手がけた遊園地のゴーカートですら残ってるあたり日産恐るべしだ(笑)。「遊園地のゴーカートでも、ちゃんとホンモノのクルマの形をしてたほうが楽しいでしょ?(^^)」っていうデザイナーさんのこだわりはすごいステキだったけどね。「子どものオモチャ」って言って手を抜かないところがね。そして、「なればこそのS30Z」だったのかも。

あと、そのデザイナーさんが会心のデザイン引いて、でもメカと人間が入りきらなくて(笑)そこでエンジニアさんから泣きが入って、一応お互いが譲歩して妥協点を見出すのは...あれはいかにも日産だと思ったな(笑)。マツダだったら、おそらくロータリーエンジンだからボンネットに収まらないことはないし(笑)、ホンダだったらあそこは絶対エンジニアリング側が引かざるを得ないところよ(笑)。泣きながらエンジン小さくして、シート薄くして、床下げて対応するんだな(笑)。そして、たぶんドラシャに後退角がついただけで激しい振動で大騒ぎになるのも..当時まだまともにFFやったことのない日産だからなのかもね(笑)。

あともうひとつ...やっぱあのお巡りさんはイキだ(笑)。

しかし...けどやっぱ突っ込みたくなるのは、ココでやっぱ、オジさん達が喜ぶ感動物語にしなきゃ気が済まないのがNHKっつーかプロジェクトX隊なんだな、っていうこと。若者がビール片手に見るとしたら...やっぱ主人公はMr.Kだろうな、とかね。あと、クールなビジネス成功物語だとすれば、「アメリカ人はこんなスポーツカーが欲しいに違いない」って踏んだMr.Kの先見の明があり、それを形にした優秀なエンジニアさん達がいた、っていう話になるんだし。

実はマツダん時にしても、これは個人的好みの問題ではあるけど、後編のルマンはジョニーあたりが軸でも行けたと思うんですよ。F1出世街道まっしぐらだった男が不運な事故で大怪我して、そこから再びF1を目指す過程でマツダのプロジェクトと出会って...で、「凱旋レース」で、目の前で起きた大事故に、思わず「走れないはずの足」で走り出しちゃうっていう...。一方ヴァイドラー軸でいくと...いや、それはちょっと辛すぎるかな。

で、やっぱ「ゴーンさんがアメリカ赴任時代にZを愛車にしてた話」は取り上げられたけど...当時の決して大きくないZ(80年だと年代的にはS30かS130か)に若きゴーンさんが充満してる姿を想像すると、何かすごい楽しいっつーか微笑ましい気持ちにさせられる(笑)。でね、もちろん自動車メーカーって、「生粋の自動車好き」ばっかで、たとえばホンダの藤沢専務みたいな、ちゃんとブレーキかけてくれる金庫番みたいな人が居ないと傾いちゃうとは思うけど、でもやっぱり「生粋のクルマ好き」が権限持てる立場にいなかったらダメなんだよ。

当時のアメリカ日産には、「きっとアメリカの若者はこんなスポーツカー欲しいに違いない」って提案をして、そして自分が提案したとおりのクルマが出来上がってきたら、自分でも楽しみつつ「こう乗りこなしたらカッコいいんだよ!」を提案するかのように自らドレスアップした「Mr.K仕様」を乗り回す、ホントにクルマ好きのボスがいた。そして、かつてそんなステキなボスの作ったクルマに乗って若き日を過ごした人が日産を救い、そして「日産を象徴するスポーツカー」としてもう一度Zカーを蘇らせようとしてる。確かに素晴らしいことなんだよ。

で、実は後日談というか、アメリカでの任を終えて日本に帰ってきたあとのMr.Kは、当時の日産社内ではソリが合わなくて冷遇されてたらしい...つーか今だってNISMOの相談役か何かだから、出世街道からいえば全然話にならないようなポストにいるんだけど。「世界最強のレーシングエンジンを作った男」林義正氏も、結局社内の権力闘争で弾き出されて東海大に移っちゃったわけだし。ルノーが来る、ゴーン社長が来る前の日産上層部がいかに不毛なことをやってたかのサンプルみたいなもの。で、ホントは上質なドキュメントをやろうとしたらそこまで突き詰めなきゃいけないとか言ってみる...それやったら果たして2時間でも終わるかね(苦笑)。


2002年4月11日

トップの画像を久々更新。つーか、偉そうなこと言いつつも、手前のX-Four LightIIは「JAF国内公認仕様」(ネックパッドとアゴヒモカバーのみ耐火仕様)で、奥にあるGP-4Xに至っては「見た目は4輪用GP-4だけど完全2輪用」なのだが(^^;。まぁ雰囲気カットだと思ってもらえれば(爆)。

けど、「セーフティエクィップメントは、かつて犠牲になった人達の遺産」ってのはホント。いや「道具」だけじゃなく、ソフト面や人的な面をすべて含めた「安全対策」トータルについて言えることでもある。それも、何も「サーキット」に限定した話じゃない。射出座席すら無かった時代に事故に遭った戦闘機パイロットとか...さらには、「救急車」すら無かった時代に命に関わる急病にかかったりとか、そういう色々があって、そして2002年現在の、まだまだ不十分ではあるけど「安全に関わるシステム」っていうものが存在する。

話をモータースポーツに限ったとして...映画「グッバイ・ヒーロー」を見た人ならきっと印象に残ってるであろうシーンのひとつ、ロジャー・ウィリアムソンのクルマが、ドライバー乗せて裏返ったまま炎に包まれて、あまりの激しい猛火に、耐火装備をしているわけではないマーシャルは手出しできない。そこに通りがかった後続車のドライバーのひとり、デビッド・パーレイが、マーシャルから消火器奪って...グローブに火が点くぐらいまで必死で火を消そうとするんだけど、やっぱりどうにもならなくて肩を落とす...そんなシーンがあったんだけど...あの時代(70年代)はホントに「そんなもん」だったんだ。炎に包まれたまま自力脱出できない状況になってしまったら、どうすることもできないっていう。

そんな数々の犠牲があって、ヘルメットやレーシングスーツは、30秒程度は炎に耐えられるようにという厳しい耐火基準が設定され、重装備のファイヤーレスキューが、イギリスRACのガイドラインに基づけば「ドライバーが酸欠死するのを防ぐため、必ず出火から30秒以内に鎮火させる」というような体制が確保されるようになった。89年のイモラでのベルガーのあの事故は、まさにそんな安全対策に関わる人々の努力が、炎との戦いに勝った瞬間だった。

さらに、ヘルメットに関して世界的に権威をもつ安全規格「スネル規格」を制定する「スネル財団」の名前の由来となったビート・スネルという人名は、かつて満足なヘルメットが存在しなかった時代のレース中の事故で命を落としたレーサーの名前。彼にゆかりのあった人達が、悲劇を繰り返さないようにとヘルメットの安全性に関する研究や認証を行う団体として立ち上げたのがスネル財団です。

同じように、CARTマシンやF1、さらに今やF3にまで装備されるようになった、タイヤ&ホイールの脱落防止用流れ止めワイヤー「ホイールテザー」とか、他にも様々な安全対策多くが生まれたり、あるいは進歩した過程には、そうした多くの人々の犠牲と、悲劇を繰り返さないための努力とがあった。それを考えたら、当然のように出来る対策をとらない、既に世の中に存在していて、さほど非現実的でもない水準で導入できるような安全装備を使わないこと、それは、かつて犠牲になった人々を軽んじる行為であると考えます...って、確かAS誌の連載コラムで熊倉氏が似たよーなことを以前書いてたな。ブルティの事故の前後だったと思うけど、そのちょっと前に私がうちの日記で書いた内容と驚くぐらい似てて、その偶然に驚いたものだが(笑)。

別にパクったの何のという話ではなく(つーか、あれほど有名なジャーナリスト氏がわざわざウチ見ること自体想像できないし(^^;)、何か私は、エコカーに関することとかコンパクトカーに関することとか、熊倉氏とセンス的に似た部分があるようで(違う部分も相当あるけど)、だからおのずと結論も似てきちゃうのかもしんない。つーか「なんか似たよーなこと言いそうだな〜」っていう時はなんとなく予想できる(苦笑)。


2002年4月9日その3。

ミュージックコラムを更新〜。いや、当初は日記に何となく書き散らしてたんだけど、段々話が大きくなって向こうへいっちゃったのだ(笑)。


2002年4月9日その2。

プロ野球広島カープのロペス選手が、ケガから回復したばかりの両足を庇って走塁していたチームメイトの前田選手を、やる気のないプレーだと勘違いして暴行を働いてしまった事件(Yahoo!newsより)なんだけど...なんつーか、不幸な出来事だったと言う他ないな。ロペス選手が前田選手のケガの事情とかをちゃんと知らされていなければ、足を庇って無理のできない前田選手の走塁を見て誤解してしまっても無理はないし。実際こういう誤解は結構よくあることだし、なんか両方の気持ちが分かるんだよ。

私はどっちかつーと前田選手側っつーか、元々そんなに体力あるわけじゃないし、去年の7月ぐらいに救急車騒ぎやったって書いたとおり、割と軽度とはいえ喘息持ってて薬も飲んでるし、時々調子悪くて無理出来ない時とかに傍目には誤解を受けることとかもあったりしたから、この手の誤解に基づくトラブルって他人事じゃないのよ。

逆に、もしかしたら私のほーが誰かに対してそういう誤解をしてることだってあるかもしれない...つーかおそらくあると思う。そーゆーのを感じ取る感覚は全然鈍いし(苦笑)。人はそれぞれ、身体的なことだったり精神的なことだったり色々な事情を抱えていたりするし、その全部が他人に言えるものだったり、相手から見て察しのつくものだったり、あるいは真相を確かめていい種類のものではなかったりもするし。だから今回の一件にしても「ロペスが悪い」で済まされる問題ではないよ。

山本監督は「自分のことだけしか考えないような選手は要らない」とか言ったらしいけど...これ、もしロペス選手の耳に前田選手のケガの事情とかをチーム側がちゃんと伝えてなかったとかそういう問題があれば、それはチーム側のマネージメント能力の問題だよ。そうすると、もしかしたら責任取らなくちゃいけないのは監督のほうかもしれないよ。


2002年4月9日

大橋巨泉氏、三木睦子さん達が「巨悪と小悪とを区別せよ」とのアピール文を発表したという(asahi.comより)。

別に私は社民党支持者なつもりはないし(そもそも死刑反対派じゃねーし、見れば見るほど結構意見は違うと思う)、このアピール文を発表したメンツとか内容とかだって全面的に支持する立場ではない。けど、何か同じような危機感は感じるのよね。

独裁国家とかで、たとえば少数民族の子どもがパン一切れとかその程度のものを万引きして、それを市場の人々がよってたかってリンチしてて、で警官とか治安部隊とかはそれを止めるどころか黙認...どころか実際にはむしろ積極的にその場の人々を扇動したりしてる、何かそれに似た匂いを感じる。

別に辻元元議員の行為を正当化するわけじゃないけど、それでも「万引きで重罪に問われるようなもの」じゃねーかなという気はする。やっぱムネヲちゃんがいまだに辞めなくていいんだったら辻元議員は必ずしも辞める必要はなかった気がするし、ムネヲと加藤と2人も問題な人物を出したところの党首(つーか国民的大人気な首相だわな)が何の責任も取らないんであれば、別に土井さんだって辞めなくたっていいだろ。上の「市場の万引き」のたとえで言えば、同じことをやっても権力に近い人間は不問に付されて、少数民族だと重罪に処されたりリンチ喰らったりする、それと同じでしょ。

そういえば、とある新聞社が国会議員にアンケート調査してみたら、二大政党に関しては30%ほどの議員が、事実上辻元議員と似たようなやり方をしていることを認めたらしいんだけど...そうすると何で、辻元元議員だったり田中元外相だったりと、現政権とは割と敵対する立場の人ばっかりの疑惑が都合よく浮かんでくるんだ?と疑問に思ってみたりもする。割合からいえばおそらく、「現政権主流派」にも大差ないぐらいの感じでは居るんじゃないか...つーか絶対1人や2人は居るでしょ。特ダネを抜いたつもりが誰かの思惑に動かされてたりとか、あるいは確信犯的に片棒を担ごうとしてたりとかする?


2002年4月8日その2。

LinkページにHANS DeviceTAKATAのサイトを追加。英語が使えて、20万円以上払ってまでHANSを導入するかどうかを検討する人が、そのきっかけにココ見るとは考えづらいんだけど...TAKATAのほうは結構役に立つと思います。モータースポーツが、もっと安全なものでありますように。


2002年4月8日

道上選手、とりあえず深刻な状態ではないようで一安心(中日新聞F1 EXPRESSより)。

しかし、今やCARTでは装着が義務化され、F1でも導入の方向に向かっている頸椎保護装備「HANS DEVICE」とか、95年のアデレードでのハッキネンの大事故以降マクラーレンが導入していた(最近はステアリングホイール上に制御スイッチを多数設けなくてはいけないせいか、付いてないけど)分厚いセンターパッド付きステアリングホイールとか、そういった既に実用化されているセーフティエクィップメントがきちんと導入されているだけでも、道上選手はあんな大怪我しなくて済んだはず。

セーフティエクィップメントはいつもアメリカからやってきて、モータースポーツ先進国の中で一番最後に日本が導入する、それがお決まりのパターンみたいになってるけど...たとえばの話、フォーミュラニッポンが「三大トップフォーミュラの中で最も安全であること」を誇れるようになったっていいはずだよ。

そういえばセナの事故の直後ぐらいに、スポーツ医学の分野で結構有名な外科医の先生が、4点式シートベルトの機能をさらに高めるための装備を提案していたのを思い出した。形状としては...世の中にあるものでたとえると、野球のキャッチャーの前半身のプロテクターを薄くしたようなもの。それでシートベルトの圧力が、ベルトという「線」の範囲に集中しないようにしたものだった。

実際、衝突時にシートベルトにかかる力っていうのは相当なもので...今回の道上選手も肺に内出血を起こすほどの激しい衝撃が加わったようだし、かつてスバルラリーチームのポッサム・ボーンのナビ、ロジャー・フリースが亡くなったのは、コースアウトして立木に激突した時の激しい衝撃で、シートベルトで肺を押し潰されたのが致命傷だったと言われています。

逆にいうと、衝突時にシートベルトが伸びるのは、その衝撃を致命的でない程度に和らげる意味ではある程度必要なことで...実戦で多くの経験をもつレーシングシートベルトメーカーは、そういうのも長い経験の中で見込んで「わざと伸びる」ように作っているようです。こないだまでフェスティバに付けてたsabeltの安いグレードのやつでも、純正の3点式よりよっぽどゴツくて、ちょっと触った程度だと「ほんとにコレが伸びるの?」って思うほどしっかりした作りなんですけどね。

実際今回の道上選手のオンボードカメラを見ても、結構ビックリするほど伸びてます。結果としてハッキネンの時と同じで、スピードがあまりに速過ぎるために身体が止まり切らなくて、ステアリングに顔突っ込んじゃってるんですけどね。それだけ伸びても軽度の肺挫傷を起こすぐらいとなると、現状のシートベルトのカタチを保つ限りでは、今より強くドライバーの身体を引き留めるわけにはいかない。やっぱり「ぶつかる先」のステアリングにセンターパッドを付けるとかの対策を取る、HANSのような装備でドライバーの頭が前に行くのを押さえる、ベルトの力でケガをしないように、さっきの「キャッチャー用プロテクターみたいな装備」を導入する、そうした対策が必要でしょう。

あと...もちろん今回はフォーミュラの事故だから現実的にはありえないことだけど、「これがもしフルフェイスじゃなかったら...。」もはやあれを見ちゃったらハコだから、走行会だからってジェットヘルでいいとは思えないな。しかも、フルフェイスでも重いやつだったら首にくる。

もしかして走行会仕様とかそのぐらいだと、ドライバーが「鍛えてない」つーか頑丈じゃないこととかスピードレベルとかまで含めて考えると、ショルダーウェビング(肩ベルトのことね)が2.5インチとかの細いタイプを使って、積極的に「ベルトの伸び」を衝撃吸収に使うっていうのも手なのかな。もしそれで、フルフェイス被ってても大怪我をするほど激しくステアリングに顔を打ち付けるほどの衝撃だったら、多分モノコックのほうが耐えられないだろうし。

そういえば、道上選手のオンボードで見る限り、独特の緑色のウェビングが見えたから、おそらく彼が使ってたのは市販車用純正ベルトでおなじみ、TAKATA(ちなみにsabeltもマセラッティなんかに純正導入してるようですが)のベルトだったようですけど...TAKATAユーザーの中ではおそらく最初の大事故じゃないかな。仕立ての丁寧さは間違いないけど実戦での経験の積み重ねという点でいまひとつ不安があったTAKATAだけど、今回の事故から挙がってくるであろうデータを最大限に生かして、さらに優れたベルトを作ってもらえるよう期待してます。ヘルメットを提供してたアライにもね。GP-5系導入後おそらく最初の、最大の大事故であろうし。

あと、6日の日記で苦言を呈しまくった、さらには他にも不十分な点は多くある(マーシャルの動きが鈍いとか)富士スピードウェイではあるけど、今回評価することがひとつあります。今回は事故現場の100Rに直接救急ヘリを下ろして、そこから神奈川県伊勢原にある、高度な救急救命設備をもつ東海大学病院へ直接向かったという。その対応はラウジッツリンクでのザナルディの事故の時のCARTのオフィシャルと同様のものだし、その点では、4年前に同じ富士で起きた太田哲也選手の事故の時からは大幅に進歩してる。


2002年4月6日

富士で開催されたフォーミュラニッポン第2戦、予選第一回目のアクシデントで道上龍選手が骨折を伴う重傷を負った模様です(Motorsports@nifty。さらにフォーミュラニッポン公式ニュース)。場所は、村松栄紀さんがあそこで命を落とした、あの100R。

この場所の危険性(進入速度に対して圧倒的にエスケープゾーンやクラッシュバリアの機能が不足している)に関しては、もう10年も前、村松選手の事故からしばらくして当時全日本F3000ドライバーの選手団体を代表して、中谷明彦選手と今は亡きジェフ・クロスノフから富士スピードウェイに対して改善要求が出されていました。にもかかわらず、根本的な解決はなされないまま、またしても事故が...。命があったのは、10年の間のクルマやドライバーの安全装備の進歩によるものでしょう。逆にいえば、そっち側の進歩を差し引いたら、サーキット側は何もやってなかったことを証明するようなもの。

不幸にして、またしても事故は起きてしまった。今はただ、とりあえず道上選手の生命そのものに危険がある状況ではないらしいことをただ不幸中の幸いと思うことと、そして、このケガが選手生命に関わるものでないこと、一刻も早く彼がサーキットに戻ってこれることを願います。思えば94年のマカオでもリスボアまっすぐ行っちゃって「死んだか?」言われつつも何事もなかったんだもん。今回もきっと大丈夫だよね。

(23:28追加)

続報。全治4ヶ月(中日新聞 F1 EXPRESSより)だそうです...。100Rをまっすぐって...それホントに栄紀さんの事故の時と同じだよ。

記事を見てちょっと心配になったのは、高い安全性を確保している最新鋭のフルフェイスヘルメット(おそらくアライのGP-5)を被っていてさえも頭蓋骨にまでダメージが及ぶほどの衝撃が加わったとしたら...脳はホントに大丈夫なのかなっていうこと。中野信治選手が一昨年のCARTでクラッシュした時も、当初は大したことないって言われてたのが、後から小規模な出血が見られるっていうのが判明したりしたから。いや...何事もないことを祈りたいけど。

(2:13追加)

CX系ニュース番組「すぽると」にて事故の瞬間の車載カメラ画像が放映されましたが...100Rへのターンイン時、ステアリングは正常に切れててタイヤ自体はちゃんと操舵されてて、エンジン音だけが異常に甲高く響いたまま、前輪からタイヤスモークを吹き上げながらそのままタイヤバリアへ突き刺さってます。確かに、ここまで色々情報が挙がってきてるとおりスロットル系のトラブルであって、道上選手のミスじゃないですね。

今日は久々に上野行って買い出ししてきたんですけど...帰ってきて道上選手のこのニュースを見て、ちょっと書く気にならないんでそのへんは後日。ただ、ひとつだけ触れておこうというか、これ偶然にも道上選手の事故にも関係することですけど、帰り道にコンビニで週刊フライデー立ち読みしてたら、ザナルディのあのラウジッツリンクでの事故の写真が載ってて...。それも、今までに公開されたことのない恐ろしいカット。増刊号の「スポーツフライデー」ではもっと凄いのを載せてる...らしいんだけど、さすがにそっちは立ち読みする気すら起きなかった。

連中、たとえばの話、あの横山崇選手のあの事故の時でさえも、写真が手に入ったら載せたんだろうな...。歌舞伎町の火災の時のFLASHの報道の時も思ったけど、報道する側...だけじゃなくて、それを買う側にしても「知る権利」ってそこまで認められるべきものなのかと疑問に思う。

横山選手の事故の時に関していえば、事故の前後の連続写真が手に入った、そして悩んだ末に「何が起きたのかを検証するために載せた」という、あるレース雑誌では、シグナルブリッジに横山選手を乗せたままの車両が直撃した瞬間の画像に関しては、検証するという目的を果たすだけの最小限のサイズに縮小されたものを掲載していた。「報道」という大義名分があろうと、必要なことはそこまでで充分だった。そして、普段からモータースポーツを積極的に報道する、とあるスポーツ雑誌は...私この日の紙面持ってるけど、ドライバーが収容された後の現場画像を使っていた。

にもかかわらず、事故直後のドライバーの写真を載せたのは、普段だったらそんな大々的にモータースポーツを報道なんかしない、とあるスポーツ紙だった。


2002年4月4日

ったく何言っても結局は自分が思った通りやりたい&やってもらいたいんだったら、最初っから部下の意見なんか求めるなよ。つーか、「俺はこーする」って一貫したビジョンがあの人にあるのかどうか俺はわからんけど...とか仕事関連の毒吐いてみる(爆)。そんな感じで順調にMP((c)榎本あっちゃん)低下気味...。で、このあっちゃん的例えでいうMPとHPなんですけど、HP(つまり体力のほう)が消耗気味でも、MPのほうがちゃんとあれば...つまり「疲れてるけど気力はすごくあってやる気マンマンな状態」なら案外無理は効いちゃうと思うし、HPって休めば回復すると思うんだけど、MP低下気味状況っていうのはどうにも...ね。

だいたい私、一生食うに困らないんだったらそもそも働きたいとは思わないほうのタイプだし(苦笑)。「自己実現のための職業生活」つーのは既に気が済んじゃってっから。

...と、そんな話を延々してても面白くないし、風呂浸かりながらふと思った話など。シーズン開幕からすっかり明暗分けちゃってる感のあるトヨタとホンダのF1プロジェクト。

おそらくホンダのほうは「なまじ第二期('83年〜92年)が上手くいっちゃったから」難しいんじゃないかと思う。あの頃と今とでは、全然F1の戦い方って違うでしょ。まず、あの当時はエンジン屋さんとクルマ屋さん(グランプリチーム=コンストラクターね)が、もちろん双方のパッケージングの組み方に関してそれなりに情報交換はあるにせよ、基本的には「分業」みたいな部分があった。ホンダ自身も「日の丸を掲げて(=つまりオールホンダで)やる時代じゃない」って言ってたし。

それが、今はそれこそフェラーリ(=フィアットグループ)にメルセデスにBMW、ルノー、そういう巨大資本メーカーが、事実上チームと一体化して力ずくで戦うものになってる。技術的な面でも、一説によると「カムシャフトを取っ払って電磁駆動でバルブをコントロールしてる」なんていう話も言われるぐらいで...もはやどこまでが市販車にフィードバックできる技術か分からないような領域でやってる。それがモータースポーツとして正しいカタチなのか、健全なのかっていうのとは別の話としてね。

で、ホンダはおそらく、今のそういうF1の戦い方に対応できてないんじゃないのかな。おそらく第二期の「多国籍軍」と「走る実験室」をやっぱり引きずってるんじゃないか。企業として、そして自動車メーカーとして見た時に、私はそういうホンダを嫌いではないっていうかむしろ好きではあるんだけど、勝負を言い出すと、おそらくそれじゃ通らないんだ。

そういえば、第二期の後半、3.5リッターNA時代から既に、「車体とエンジンのマッチング」っていうところでホンダは結構悩みを抱えてた部分があった。マクラーレンの場合は、はっきり言ってハンドリングがあんまり良くない理由がどこにあるか分からないぐらい車体側にも問題があった(爆)一方で、セナとベルガーっていう腕利き二人だったから、曲がらないはずのクルマが結構速く走っちゃってたけど、ティレルやロータスは結構V10の重さに悩まされてたからね。

ティレルなんてホンダV10で苦戦した翌年、スポンサーにも逃げられてカツカツ状態のなか、車体はそのまんまでエンジンだけイルモアV10(当時からV8並みに小さくて軽いと評判だった)に積み換えたら、見違えるように速くなっちゃって(苦笑)。そう。ホンダがもし、もっとクルマに積んだ時のバランスを重視して、ジャッドやイルモア並みに軽いV10を作れていたなら、中嶋さんもあんなに苦戦しなくてよかったかもしれないし、チームロータスは潰れずに済んでたかもしれない。

で、ホンダと同じように、当時の成功を引きずって苦闘してると思われるところがおそらくもうひとつある。それはフォードね。フォードのほうは、スチュワートグランプリを事実上完全に傘下に置いて、「ジャガーF1チーム」っていうカタチで運営して、見た目は今時の「大資本メーカーのパワーゲーム」の流れに乗っているようには見えるんだけど、中身の技術がとか意志決定の流れがとか、おそらくそういう部分が「イマドキ」じゃないんじゃないかと。

あと、ホンダに関してはうまくいってない理由としては...やっぱエンジン供給先のチームの問題もあると思うんだけど。おそらくは、今のホンダパワーの実力を示す基準になりうるのはジョーダンの、それもフィジケラの方ぐらいじゃないのかな。フィジコの走りを見て「まぁ、こんなもん」と。クルマが−1ポイントぐらいかもしれないのを、ドライバーのほうが+1ポイント以上の能力だろうから。琢磨のほうは、別に遅いというつもりはないけど、おそらくはまだ実力を発揮できてない。そしてBARは...以下略(爆)。

で、実はジョーダンにしてもBARにしても、F1チームとしては比較的新しいほうに属する(BARなんてトヨタの次に新しいチームだし)割に、組織構造とか人的な面とかでは割と「古い」のよ(苦笑)。つーか偶然というか、ジョーダンも元はF3000時代にレイナードのワークスチームで、デザイナーのゲイリー・アンダーソンも元々レイナードに居た人(F3000の90D、F3の903あたりまでが彼の作品)だし、人的にはレイナード系の流れが中心になってる2チームがホンダエンジン使ってる、っていう状況ですけど。

で、実は、レイナードって90年代前半のF3000とか、すごい進歩的でシャープなデザインのクルマ作るから一見オシャレで進歩的なイメージを感じがちですけど...実はあそこ徒弟制度を敷いてたというし(笑)。たとえサザンプトン大学航空工学科卒、流体力学の魔術師ですみたいなエリート街道まっしぐら、スパナ握らずコンピューターと風洞が得意分野です、みたいな人でさえも、最初はファクトリーの掃除とかそーゆー丁稚奉公から始めるっていう(笑)。例外はエイドリアン・レイナードとマーケティングディレクター(辞めちゃったけど)だったリック・ゴーン...あとはさすがに92年頃に一時居たことのある天才デザイナー、ロリー・バーンも、いくらなんでもファクトリーの掃除なんてやらされなかったと思うけどね。そういう職人の世界の会社なの。

さらに、そんなレイナード出身の現ジョーダンのデザイナー、ゲイリー・アンダーソンにしても、あの人イマドキのF1デザイナーとしてはすごい珍しく航空工学・流体力学畑のインテリエリート系じゃなくて、メカニック出身の叩き上げな人なんですよ。「史上最も美しいF1マシン」を語る時、必ずといっていいほど名前が挙がる彼の過去最高の名作ジョーダン191にしても、タメ息が出るほど美しいボディシェイプをよーく眺めると、実はものすごく簡単な、作りやすーいカタチなんですよ(笑)。もしF1でも量産市販シャシーの使用が認められていたならば、これでジョーダンとアンダーソンはひと商売出来たんじゃないかって思うほどに(笑)。

ちなみに「美しいマシン」で対極に位置するのが「モータースポーツ界の永野護」エイドリアン・ニューウィの、それもレイトンハウス時代の作品。あのモノコックをちゃんと焼けたんだったら、当時のレイトンのコンポジット部品製作能力はものすごかったと思いますよ。まぁ当時全日本F3000では、ラルフ・ベラミィっていうちょっと一時代前の名デザイナーを起用したせいで、「仕立ては緻密だけどカタチは古くさい、なんか10年ぐらい前のF1みたいなクルマ」を走らせちゃったりしてたんだけど(苦笑)<レイトン

そして話をアンダーソンに戻すと、彼はたぶんメカニックとして、チームに届いたクルマを実際に組み立てたりメンテしたりしたときの経験則から「こうやればすごくメカが仕事をしやすいんじゃないか」とか「こういうカタチにすればモノコックが焼きやすくて、剛性高くばらつき少なく作れそう」とか、きっとそういう観点でクルマを作ってきたんじゃないかと思わせる。

そういう「レイナード系人脈」がうまくいかないっていうのは...今のF1がそういう職人気質とか経験主義とかでは、もう立ち行かなくなっちゃったからなんじゃないかなとそう感じるんですよ。あ...あとつい最近までBARの総帥だったクレイグ・ポラックは...ジャック・ヴィルヌーヴが通ってた寄宿学校の体育の先生(苦笑)。「ジャックのマネージャー」としては優秀だったのかもしれないけど、レーシングチームの運営って意味では有能ではなかったな。つーか想像するだけで「体育の先生(ポラック)と職人の棟梁(エイドリアン・レイナード)が運営するチーム」って...イヤな予感がするじゃん(苦笑)。

で一方のトヨタですが...やっぱまず一番最初に挙げておきたい勝因は、おそらく現実的に選べる限りのドライバーの中から最良の2人を選んだ、っていうこと。メルボルンでの初参戦初入賞は、まさにサロが「走りきってくれたからこそ」だった。つーか「入賞」つーからいかにも凄そうな気がするけど、ミナルディの後ろだったんだぜ(笑)。ドライバーとしての、経験も含めた能力でいえばウェーバーよりかサロのほうが上だろうと思うから、そういう意味では「あの日、メルボルンのコースを2時間弱走り切るための性能」って意味では...まーそんなもんだったってことだから(苦笑)。

そういう意味では、個人的には当日現地に赴いたトヨタ本社の首脳陣の物言いっていうのはちょっと気分悪かったけどさ。何より、まずはサバイバルレースを最後まで走り切ったことで入賞をもたらしたドライバーに、そして優秀なるケルン・コマンド達(TMGの前身だったトヨタのラリー部門、TTEのメカ達の緻密な仕事ぶりと、本拠地がドイツのケルンにあったからそう言われたのね)に対して感謝の言葉があるべきだった。偉そうな経営のウンチクとかはそのあとに来るべきだったと思うんだけど...ソロバン持ってトヨタにやってきて、成功は全て自分の手柄、みたいな連中だとああいう出方しか出来ないのかな。いや...実はホンダの吉野現社長もちょっとだけ同じ匂いがするんだけどさ...少なくとも川本前社長とか「ホンダのオヤジさん」みたいな生粋のクルマ好き、レース好きの匂いはしないな。

もうひとつのトヨタの「いまのところの勝因」っていうのは...ホンダとは逆で、旧来の手法とか色々なしがらみとか、そういうのと全然無縁でいられたこと。その上で予算はホンダどころじゃなくじゃぶじゃぶ使えるだろうから、「最強の組織に必要なもの」を人材も道具も「すべて買い集めてこれる」。最初に元プジョーのアンドレ・デ・コルタンツをプロジェクトの統括者に引っ張ってきたのは必ずしも成功とは言えなかった、らしいけど(ただ、実戦チームの前身であるテスト段階で全く意味がなかったのか、とか詳しいことは分からないけどね)、グスタフ・ブルナーという、特にとんがったところのない、手堅くそこそこ速いクルマを作るには優秀なデザイナーを引っ張ってこれたのは正解。さらに、去年のテストカーは実はローラがやってた、とかいう話もあったし。そしてチームオペレーションを担当するのは、F1こそ経験がないもののWRCでかつて無敵を誇り、ルマンでも最高2位の入賞経験をもつあのケルン・コマンド達。少なくとも「スタートラインに立つ」っていうには充分過ぎるほどの体制をそろえてこれた。

ただトヨタの落とし穴っつーか...あそこ、WRC以外では世界クラスのレースで「総合優勝」って経験ないんだよ、確か。ルマンの時も、トムスGBが運営してた時もTTE→TMGに移ってからも通じて、2位が最高位。だから、表彰台の一角を占めるところまでは割とあっさり行くかもしれないけど「優勝」の手前で壁にぶつかると思う。そこを超えられるかどうか、だね。


2002年4月3日

なんか最近「ミナルディのテストドライバー」みたいな心境(謎爆)<仕事関連。まぁこの例えで分かってくれる人だけ分かってくれれば(謎爆)。

そーかと思えば本家ミナルディは近年にないほど絶好調だけどさ(笑)。あの99年のル・マンで「決勝で空を飛んだピーターの方が目立ってたけど、実は予選と朝のフリー走行で2度も空を飛んだ...上に公式テストデイにも事故ってる散々な人(笑)」オーストラリアの若き腕利きマーク・ウェーバーを雇ったのが効いたか、それともメルボルンでの開幕戦で、チームオーナーもエースドライバーのウェーバーもオーストラリア人な繋がりで、かの「世界一幸運な金メダリスト(笑)」ブラッドベリーをゲストに呼んだのが効いたのか(笑)。

そういえばウェーバー、「彼(ブラッドベリー)からは、強い奴らをやっつける方法を教えてもらったよ(^^)」かなんか言ってたそーで(笑)。99年のルマンの時、二度に渡って自分のドライブ中にメルセデスCLRが空を舞って、さすがに決勝出場が不可能になったあと「これからイギリスに帰って、飛ばないクルマを買うことにするよ!」って言ってサルテサーキットを後にした...と言われるけど、当時はそれを悲壮な言葉と受け止めたんだけど...もしかしたらアレも素でジョークだったのか?(笑)

んで...本日フェスティバにつけてたsabeltの4点式シートベルト、早くも撤去(苦笑)。最初っから目的は腰痛対策(つーかシートからの座りズレ対策)だったわけですけど、昨日シート合わせに励んでたら、何も4点式締めてなくても座りズレしないセッティングが発見できてしまったので(笑)。

ブリッドのリクライニング機能付きバケットシートって、実は本来のシートの「アンコ」の部分の下をめくると、そこに四角い板状の...そう、まさに「タダのスポンジ(笑)」が1枚仕込んであって...それを抜き取るとシートポジションがさらに1〜2cm下げられるようになってるんですが、そのスポンジを前方にズラして、ちょうどお尻が当たるところだけ微妙に低くなって、ちょうどはまり込むような感じにして...一方で太腿の下あたりは柔らかく支えるようにすればちょうどいい感じになると。

しかしブリッドのシートって...やっぱ何か全体に仕立てが安いよ(苦笑)。もちろんホンモノレカロなんか到底比較にならないとして、ホンダのTypeR用純正レカロ(基本的な設計仕様はちゃんとレカロだけど、やっぱコストダウンのために安い材質使ってるらしい)と比べても...いやおそらくフェスティバの純正シートのほうが構造自体はよほど凝ってるかもしれない(苦笑)。だってシートの骨格部分が、パイプ...とすら言えないぐらいの「鉄棒」がハシゴ状に溶接されてるだけなんだもん(苦笑)。で、フェスティバの純正シートでさえも座面の下にはS字バネが仕込んであったりするのに、それもなし(苦笑)。座面も背もたれ部分も、ウレタンに表皮張ったものが載せてあるっつーかはめ込んであるっていうか、ただ、それだけ(苦笑)。で、さらに座面の下に微調整用に入れてあるパッドは、さっきも書いた「ただの四角いスポンジ板」だし(苦笑)。

ただ、だからダメかというと全然そんなわけじゃなくて、その「かぶせてあるだけ」の表皮+クッション部分のカタチの作り方自体は結構絶妙で、なればこそばっちり合わせれば(今まででも4点式ベルトで座りズレを解消しちゃえば)全然疲れないシートなわけですけど。さらには、ある意味「ただの四角いスポンジ板」も、可能な限り安いコストで座面の微調整を図るための知恵だといえば...いえなくもない(苦笑)。

で、「普段は使わない」だけじゃなくて4点式シートベルトそのものを取っ払っちゃった理由ですが...けっこー見た目に恥ずかしいのと、あと実用性がね(^^;。荷物載せる時とかリアシートに人載せる時とか結構めんどいので、必要無いなら外してしまいたかったのよ(^^;。あと一説によると...「ロールバー組んでないクルマの場合、屋根が潰れるとかえって危ない(爆)」とか、「カムロック式(ホンモノの競技車両に使われる、センターのボタンを押すとベルトが全部バラけるタイプ)じゃない安物4点式は、横転すると自力脱出できない」とか色々恐ろしい話も聞いたし(^^;。つーことで、4点式シートベルト入れる人は、ちょい高くてもちゃんと競技用のカムロックタイプを入れるのをお勧めしますです、つーことでおそらくウチの4点式シートベルト使用レポート終了(^^;。

この手のセーフティデバイスに関しては、他でも同じことが言えるし。ヘルメットも2輪用とかジェットヘルとかじゃなくて、最初っからスネルSAをクリアした耐火仕様のフルフェイス(ちなみにアライだと、カート用のSK-5以外の4輪用フルフェイスは耐火内装標準装備らしいけど)にしておいたほうがいいとか、レーシングスーツもFIA公認のものを買っておいたほうがいいとかね。半端なもの買ってあとから買い換えるぐらいなら、最初っから最高水準のものを買っておいたほうが、トータルではお金かからないし。


2002年4月1日

Linkページにmogi氏のサイト「Crazy about Racing!」さらに、mogi氏より教えていただいた、ヘルメットメーカーBELL社の4輪向けサイト、さらにBELL社の太平洋地域代理店、S.P.O.R.T.S Europe社のサイトを追加。

で、もう0時過ぎて日付自体は替わってるんで今さらやろうとしてもダメだけど(笑)、エイプリルフールネタやろうかなと思って色々考えたんですけど、なんか「出来たら嘘だったらよかったような現実」とか「現実だったら真剣に嬉しいような嘘」とかあまりに多すぎて、シャレにならなさそーなこと書いちゃいそうだったんで止めたんですよ。それこそザナルディの話とかモレノさんの話とか世界情勢に関することとか色々ね。

で、Motorsports@niftyこんなのやっちゃったら、福田選手のオフィシャルサイトの掲示板とかで素で大騒ぎになっちゃったそーで(^^;。

個人的にはこれって、福田選手サイドのほうも、早々にNIftyサイドに事実関係確認したあと「ホントだよ乗るよ乗るよ〜♪」ってウソ公式リリースとかも出しちゃって(笑)、0時過ぎた瞬間に「すみませんウソですm(_ _)m」やっちゃったりできたら最高だったかなとか思わなくもないけど..さらに、NIftyのほうも事前に福田選手んとことか、果てはBARにまで事前にご挨拶して仕込みやっといて三者共同で担いじゃったりしたら面白かったのに(笑)。.でも、ファンの人達が「あまりにリアルに望み過ぎてる」から、やっぱそれではジョークでは済まされなくなっちゃったかなぁ。

あと、ブラジルGPのウォームアップセッションで、エンリケ・ベルノルディ(って俺、去年モナコでクルサードを激怒させた人、つー記憶しかないが(^^;)のマシンが炎上、救助に駆けつけたメディカルカー(確かFIAのオーダーでAMGが特製したむちゃくちゃ高価なメルセデスEクラスワゴン(^^;)のドライバーがドアを開けた途端、ニック・ハイドフェルドがその開けたドアに思いっ切り突っ込んじゃうっていう...映像見た時はあまりにマヌケ過ぎてというか、ほとんど一般の交通事故レベルの情けない事故り方で笑っちゃったけど、直後に、一歩間違えば重大な事態であったことを思い直してゾッとするような事故があったんだけど...Mortorsports@Niftyによれば、メディカルカー運転してたドライバー、あのアンドレ・リベイロなの?ファーストネームが「アレックス」じゃねーし「元F1ドライバー」じゃねーと思うけど(苦笑)、他に似たような名前のトップレーサーを思いつかない。

しかし、リベイロだとすればえらく久々に聞く名前だな。元気にしてたんだ。そして、今回の事故で何事もなくてホントに良かったよ。クルマはどんなに高価であろうと直せるし、替わりもあるからね。


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