Diary Backnumber 37
2004年4月30日
明日5月1日で「アイルトン・セナの事故から10年」というのは、モータースポーツにさほど詳しくない人でも思い出す人は少なくないだろうし、全国紙とかそういう一般メディアでも触れられたり、記念展が企画されたり。もちろんセナが「居なくなって10年経ったからといって人々に忘れられるドライバーではない」っていうのは言うまでもないことだから、そうして特集記事が組まれたりイベントが行われたりということに異論はない。けど...一方で一抹の寂しさを覚えるのは、その前日...10年前の今日命を落としたもう1人のオーストリア人ドライバーのこと。
彼の名はロランド・ラッツェンバーガー。イギリス時代のライバルであり友人でもあったエディ・アーヴァインやアンドリュー・ギルバート・スコット達と相前後し、新たな可能性を求めて日本にやってきた「ガイジン」ドライバーの1人。グループAツーリングカーのBMW M3から時速390km/h、1000馬力の怪物スポーツプロトタイプカー、そしてF3000。どんなマシンも速く走らせ、そして力強くゴールまで導く達人だった。
私個人の印象では、そのあまりの器用さと、一方でおよそフォーミュラカードライバーらしく見えないようなゴツい大男そのものの風体から、何となく「彼は耐久の人」みたいな印象があったんだけど...でも、そのフォーミュラ使いとしての資質が一流のものであったことは、大激戦が繰り広げられていた92年の全日本F3000、秋の鈴鹿での1勝が証明している。あの頃の全日本F3000で「勝てた」というのはそれほど凄かったことなんですよ。F1では一流ドライバーの末席ぐらいには列せられるほどに成功したエディ・アーヴァインは、優勝こそ多かったけど年間チャンピオンを手にすることはついに一度も無かったし...F1での輝かしい活躍を見たら誰も信じないかもしれないけど、あのハインツ・ハラルド・フレンツェンもジョニー・ハーバートも、ついに1勝すら出来なかった。ミカ・サロに至っては表彰台すら無いんだから。
一方で、この秋の鈴鹿で、ロランドと1-2フィニッシュを達成した彼のチームメイトにして英国時代からの親友、アンドリュー・ギルバート・スコットは...ついに現役ドライバーとしてF1にたどり着くことが出来なかった。「ポールポジションの狩人」、当時世界唯一のレイナードワークスドライバーだったロス・チーヴァーもそう。「ウデさえ確かならF1にたどり着ける」というほど、この世界は公平には出来ていないから。
日本にやってきた「ガイジン」ドライバー達はみんなそのことが分かっていたし、自分達に手っ取り早くF1のシートを手に入れるための早道…有力なスポンサーやパトロンだったりコネだったり、「幸運」だったり、そうしたものが足りないことも分かっていた。だからこそ可能性を探るためだったり、それが叶わないとして、せめて生活を安定させるためだったり、自分が納得のいくだけレベルの高いレースで走り続けたいとか、そうした思いで母国を遠く離れた日本にやってきていた。
で、そんなあの頃の記憶を呼び戻すと...アーヴァインやチーヴァーはF1行く気満々な感じだった。一度は怪我を押してトップチームでF1を走っていたハーバートも、1日でも早く戻りたい気持ち満々で、実際91年は「新生ロータスでのF1参戦と全日本F3000、そしてマツダのスポーツカーレースプログラム」と、3つのトップカテゴリー掛け持ちで目が回るほどの忙しさだった。そんな中、ラッツェンバーガーは何か、「耐久を中心にした日本でのレース活動で落ち着いちゃってるのかな」みたいな印象を受けた。けど、実際には彼は「いつかはF1に行く」という確固たる目的とともに歩んでいた。そして、だからこそ94年、自分と共にF1への道を歩み出す若いチーム、シムテック・グランプリと一緒にスタートラインに立つことが出来た。
開幕戦キャラミではチームとドライバー双方の経験不足もあって予選落ち、続く第2戦、走り慣れたTIサーキット(確かここを走ったことのある唯一のF1ドライバーだったはず)では無事11位で初完走。チームともども順調に前に進み始めた、その矢先の事故だった。
続くモナコGP。イモラで犠牲になった2人のドライバーへの弔意を表すため、モナコのフロントローは、ポールポジションの位置はアイルトン・セナに、そして2番グリッドはロランドに捧げられました。もし生きてキャリアを積み重ねていたとすれば...ロランド自身ちょっと歳食ったルーキーだったし、シムテックも小さいながらに優秀なチームとはいえメーカーワークス系チームとの間にはやっぱり差があった。そういうことを考えると、やっぱ生きてF1でのキャリアを全うしたとすれば、「セナの隣で2番グリッド」っていうのは一生たどり着けない場所だったかもしれないけど...でも、それでも生きてキャリアを終われる方がよっぽど幸せだったと思う。
日付変わって5月1日はアイルトン・セナの命日であり...スペインのヘレスで開催された2輪世界GPロードレースで、若井伸之選手が亡くなったのはさらにその1年前のこと。ピットロードに飛び出してきた観客との直撃を避けようとしてコンクリートウォールに激突するという、信じられないような事故でした。この頃はピットレーン速度制限っていうものは無くて、だから予選やフリー走行の時は、どのライダーもコースインする前にピットロードでスタート練習をやるのが一般的で、若井選手もそうしていたと言われる。それでフル加速の真っ最中に目の前に人が飛び出してくる状況なんて想像したくもないけど...実際そういう事態が起きてしまった。
若井選手が最期の瞬間に、その観客(正確には、とあるイタリア人レーサーがゲストパスを出して招待した人だったという)に致命傷を与えないだけ走行ラインを外すことが出来たことを「奇跡」と呼ぶ人は少なくない。けど、「死のレース」として知られる1955年のルマンで、最悪の事故が避けられないことが分かったピエール・ルヴェが後続のドライバーに対して手を挙げて危険を知らせたために、それ以降の多重衝突が避けられたという話や、1982年の1月、真冬のポトマック川に沈んだ飛行機の乗客の男性が、他の乗客に救助の浮き輪を譲って自らは沈んでいったという、当時の新聞で「勇者は沈みぬ」と大きく取り上げられたニュース(参照:「特命リサーチ」で放映された時の詳細)とかと並んで、何とも言いようのない悲しい気持ちになる。
2004年4月26日
三菱自動車グループに起きている状況(asahi.com特集記事)について、ユーザーの皆さんとか、意志決定に関わったり間違いを正したりすることができる立場に無かった関係者の方々の心中を思うと言うべき言葉もない。ただ、やっぱりその不幸や悲嘆をはるかに上回るところに、車両の欠陥を原因とする事故の被害に遭った人達の不幸があることは忘れてはいけないんだけど。
で...やっぱり、自動車というものが「人の命を預かる機械」だということに関する認識が、社内で意志決定とかに関わる立場の人々に基本的に足りなかったと思うし、そのことについて責任ある人々はしかるべき裁きを受けなくてはならないだけの重大な状況にあると思う。
そして今回の事件を見て、ひとつ思い出したのは雪印乳業の時のこと。あの時、Nステで久米宏氏が「(こういう事件が起きた直後だから)もしかして今、雪印の商品は一番安全かもしれない」と発言したのも記憶にある。今回の人質事件での「自己責任論」を見ても明らかなように集団ヒステリー的にひとつの方向に突っ走りやすい日本人の国民性を考えた時、久米氏のその発言は、そうした流れに少しでもブレーキをかけようという意図が感じ取れたから、それはそれで見識のあるものだった。でも、結果としてあの時の雪印は、そうした助け船を出そうとする気持ちにすら応えられないような状況を自ら作り出してしまった。それと変わらないんだよ。三菱も以前のリコール隠し騒動があって、本来そこから信頼を取り返していくべき過程にあったはずなのに。
もうひとつ思い出したのは、現時点で三菱自動車グループの大株主をやってるダイムラー・クライスラーグループが数年前(正確にいうと当時はクライスラーと合併前なのでダイムラー・ベンツ時代)に起こした、新型コンパクトカー「Aクラス」と「smart」(厳密にはsmartはダイムラーとスウォッチの提携で立ち上がった新しいブランドの車で、スリーポインテッドスターを掲げる「ベンツ」ではないけど)の操縦安定性に関わる重大な問題点が発生した時のこと。Aクラスは高速走行中に緊急回避のために急激なハンドル操作を行うと横転することが、smartに至っては「急制動すると前転する」とかいう冗談みたいな事故が発生することが確認された。
それに対する、「世界で最初に自動車を発明した」と自任する、世界に冠たるダイムラー・ベンツの最初の対応はというと...Aクラスのライバルに当たる数種類の欧州製コンパクトカーをテストコースに持ち込み、自社の開発ドライバーの手で、Aクラスが横転したと同種の緊急回避テスト(路上に飛び出した「エルク」=ヘラジカを避ける状況を想定したテストなので「エルク・テスト」と呼ばれる)を行って「ライバル車達もやっぱりこうした限界域では横転するんだからAクラスの性能が劣るわけではない」と実証してみせようという公開実験だった。結果はというと、彼らのテストドライバーの決死の努力の結果、持ち込んだライバル車の中で1車種を除いて、他の全部を最終的には横転させることに成功したのだそうな。
ちなみに、どんなに頑張っても横転させることが不可能だった1車種っていうのはフォルクスワーゲン・ゴルフだったそうですが。まあゴルフも時代を追うにつれて徐々に肥大化していって、今や「理想のコンパクトカー」というには程遠いけど、それでも操縦安定性について「世界に冠たるベンツ」を上回るマジメな作りだったということね。
そういえば、このダイムラーの公開実験には幸い引っ張り出されることは無かったものの、この当時同じように緊急時の安定性が絶賛されていたのが初代フォード・モンデオ。クルマとしての基本キャラクターとしては...まあ日本上陸当初は値段(確か同等グレードのゴルフを買うより安かった)が注目されたり、当時日本フォードが押せ押せムードだったこともあってそれなりには売れたけど、基本的には特に速いわけでもカッコいいわけでもない地味なクルマだったんですけど(苦笑)、こうした緊急回避テストにかけても、軽くオーバーステアになる程度で自然に姿勢が回復して、ハーフスピンすら起こさないほどの高い安定性を誇ったという。
で、そのモンデオの足回りのセッティングに関わったのが...まだ死が隣り合わせにあった時代のF1で、愛弟子セヴェールをはじめ多くの親しいドライバーの死に直面したことから、フルフェイス・ヘルメットや耐火性の高いレーシングスーツなどを進んで導入し、グランプリに「安全」をもたらした先駆者ジャッキー・スチュワート。
「命」とか「安全」とかの本当の重みを分かっている彼が考えたファミリーカーにとっての理想のハンドリングというのは、「楽しいこと」よりも前に、いかなる状況でも(ある意味では「緊急を要する状況であればあるほど」)制御不能状態に陥らないことであり、たとえつまらないと言われても、エンジンパワーより車体側が勝っている状態だった。逆にいうと、当時のダイムラーは、そうした安全の原則を明らかに忘れていた。
そんなことを思い出したのは、ダイムラーから派遣されてきたドイツ人社長が、事故の御遺族を訪問したり、あるいは記者会見を行ったりした時の「何で私が謝らなくてはならんのだ」みたいな尊大な態度。まあ、確かに元々の問題を起こしたのは、彼が日本に来るよりも、さらにはダイムラーが三菱と本格的に関係を持つよりも前のことではあるし、きっと彼のビジネスキャリアにおいて、この時期に三菱の社長を任されてしまったことが大きな傷になるには違いないけど...でも、組織のトップっていうのは、こういう時にまともな対応が出来ることまで期待されて、それも含めて高給で雇われてるんじゃないか。薬害エイズ事件について厚生省が誤りを認めざるを得なくなった時に厚生大臣を務めていた菅直人の行動は、そのことを理解したものだったと言えるし。まあ菅氏の政策とか手法とかを必ずしも支持するわけでもないけど、「あの時の厚生大臣としての菅直人」は、確かに組織のリーダーの正当な対応として評価されるべき人物だった。逆に三菱の、エクロート現社長をはじめとする歴代経営陣の行動は、こういう時の反面教師とするに充分なものだ。で、彼らを見て、Aクラスの時のダイムラーベンツを見て、そしてリコール隠しから今まで続く三菱を見て、「傲慢の連鎖」っていう言葉が頭に浮かんだよ。
そういえば...別に予知能力とかあるわけでもないし当時はまさかこういう事態が発生するとは思いもしなかったけど、リコール隠しのあとダイムラーベンツと組んだ三菱が「信頼回復キャンペーン」に乗り出した頃。TVCMとかでしきりに「ドイツで学んだ品質管理」とかそういう言葉を口にしてて、何かすごく嫌な気持ちになったのを覚えてる。当たり前のことをイチから始めようとかそういう感覚じゃなくて、「ドイツ」とか、その先に想像される「ダイムラーベンツ」とかのイメージに頼ろうとしている発想っていうのが何とも...ね。
そういえばあのCM、コルトか何かのクラッシュテストの絵が一瞬映るんだけど...クラッシュバリアに衝突する瞬間のところで終わっちゃうんだよ。ホントに安全や品質を実証するのは、そしてお客さんに見せるべきなのはその先なのにね。何か、あの時に感じた釈然としない思いの答えが、今になって分かった気がする。
2004年4月25日
世間的にバイク乗るのにいい季節になってきたせいか(←通勤ライダーなので季節構わず乗ってる(^^;)、会員カードとか作ってる大手バイク用品店からセールのお知らせがいくつか来てて...でドラスタの割引クーポンはTZR号を連休中に復活させるため(数ヶ月放置したせいで現在思いっきり不動(^^;)のブツの仕入れに消えたわけですが(-_-)、一方でお手頃価格で高品質なレース用革製品類を作ってたFORZAが復活したというのを聞いただけで今週末のバイク用品店巡りの価値があった感じ(^^)。
私自身はレースやったりサーキット走ったりってことは無いから革ツナギとか着ないし、競技クォリティの革製品って言っても実際使うのはグローブくらいなんですけど、手が届く範囲の値段の物っていう選択肢の中では、今まで使ってたなかでFORZAを超える名品が無かったっていうぐらいにはお気に入りだったんですよ。手に馴染んで動きやすくて通気性も良くて、なのに高級レーシンググローブ類の中では安いと。それだけに、メーカー自身が消滅しちゃったと知った時にはショックだったし、嘆いてる間にも持ってるグローブが続々と寿命を迎えていって、ついに最後の1セットももうダメっぽい状態になって、次はどうしたらいいかと思ってたんですよね。
そして新生FORZAには、長らく旧FORZAのユーザーであり続けた元GPライダーの匹田禎智さんが関わっていると聞いて、あーやっぱりとすごく納得いった気がした。それぐらい旧FORZAと匹田選手の関係は長く深かったし、一度は消えたブランドを立て直すほどの実行力の持ち主っていうのが、メーカーの支援もなく世界GPに打って出た匹田選手ぐらいしか思いつかないし。「彼しか出来ないだろう」っていうのはやっぱりあったから。
で、ユーザーとしてやっぱ嬉しいのは、新生FORZAのハイエンドレーシンググローブ第1作が、やっぱFORZAの値段だったということで(笑)。定価\12,800.-でこれだけ作り込んであるっていうのはそうそう無いから。クシタニとかは確かにいいんだけど高い。えぇ免許取り立ての学生の頃から、クシタニはモノ見て値段見て終わりで、実際買うのはFORZAだったし(笑)。他にもホンダ純正のBoldorもモノはいいらしいけど強烈に高くて...つーか3万とか4万とかって何だよ(^^;。
あとレーシングハイエンド系の一級品としてはTAKAIがあって...独立メーカーだった頃はついに手が出なかった(^^;。90年代後半ぐらいにヤマハの傘下に入って、今は実質的にヤマハ純正ライディングギアの高級クラスを担う存在みたいになって、お値段の面でも入手性の面でもだいぶ楽になって、私も今このTR70RRっていうやつを使ってますけど...確かに作りはしっかりしてるんだけど、FORZAに比べるとちょっと動きに抵抗感があるのと、あと私みたく手が汗々してると黒染めの部分(人差し指の内側のところとか)とかが多少色落ちするのが気になる(^^;。FORZAの場合は真っ黒いのを買った時でさえも指に色がつくほどの色落ちって無かったからね。
そんなこんなで店頭で見かけるようになったらさっそく新作のFG-401買うかっていうのと...実はもうひとつ新生FORZAに期待したいのは「出来れば旧FORZA製品のアフターサービスとか受けてほしいな」っていうのも(笑)。まあ、こまめに手入れとかしてるわけでもなく「使い切っちゃった」ようなのを修理に出してどうするって言われればそれまでだけどな(^^;。掌側の革とか完全にダメになってるから半分作り直すよーなもんになるし(苦笑)。
2004年4月22日
イラクでの日本人拉致事件に関して、最初の事件の3人についてネガティブなプライバシー情報が週刊新潮等一部週刊誌等で報道された話は18日の日記でも触れたし、おそらく各種報道で皆さんご承知の通りだと。で、この問題について週刊現代(19日発売の5/1号)では官邸主導の情報操作が行われたと。というか、見出しだけじゃ分かんないから実際買って読んだら、公安関係者挙げて3人に関する身元調査に必死で、要は「何か叩けそうなタネがあったら片っ端から引っ張ってこい」みたいな感じだったと。そして上がってきた、かつ週刊誌等で報道された3人の情報の中には結構事実誤認や誇張が含まれるらしい。
そうなると「一部の週刊誌」とかが書いたネタっていうのは、おそらくはそうして当局が身元調査して「整理した」内容を、政府関係者が、いわゆる「内閣官房筋の情報」とかそう呼ばれる、要は「○○さん(=記者)、ここだけの話なんだけどさ」とかそういう話として意図にリークしたと、そういう認識でいいのかな。
で、そういうストーリーだとして何も驚かないというかめちゃくちゃ納得いくのは...こういう「政府と利害が対立する種類の被害者」についてあれこれあるっていうのは今に始まった話じゃないし。国策会社系の運輸会社とかで事故があった時に、示談に応じないとか裁判に訴えるとかいう出方をした被害者や遺族に対してどこからともなく嫌がらせが行われるというのは何度もあった話だし。
1977年9月27日に横浜で起きた米軍機墜落事故(港の見える丘公園にある「愛の母子像」のきっかけになった事故)に関して以前色々調べていたら...この事故で、墜落現場の家の2人の子が当日中に亡くなったこと、そして大火傷を負って救出されたお母さんが数年後(調べたら事故の5年後の1982年)に亡くなったというところまでは結構知られているんですけど、この事故について触れている複数のサイトで触れられている情報として、「気管熱傷までを含む火傷の治療のために入退院を繰り返しているうち、国の強い勧めで国立の精神科の病院に転院させられ、そこで(おそらくは気管熱傷に起因する)呼吸困難で亡くなった)」という。
で、時系列を整理すると、転院したのはこの事故に関してこのお母さんを原告の1人とする損害賠償請求の裁判が始まってしばらくしてからのことで、しかもそれまで火傷の方は、治療を要するものの順調に回復していて、一方で精神状況の方は、前向きに生きる気力を取り戻しつつあったとのことで、そうなると、普通は火傷の治療の方を優先しつつ、もし精神的なケアも必要ならばそれにも対応するっていうのが流れとしては自然なのに、何故精神科専門の病院に「入院」なのかが理解できない。というか、火傷の合併症の呼吸器系疾患で亡くなっているということは治療の優先順位が間違っていた証明みたいなもので、何というか「出来過ぎた医療ミス」っていう印象を受ける。っていうか、熱傷専門ではないとしても仮にも国立病院で、かつ「政府が責任を負うべき事故の被害者」っていうある意味では格別の対応を受けるべき人に対する治療体制であることを考えたら常識では考えられないようなことが起きたことは間違いないと思う。
そうしたあれやこれを思い出してしまうのは...結局んとこ今の小泉内閣の振る舞いっていうのがホントに、前時代の亡霊に魂を売ったとしか思えないようなことが多すぎるから。そして、それを見ておかしいと思わないどころか、内閣を熱狂的に支持する一方で「人質事件の被害者」を叩く人々を見ると、なるほど関東大震災での朝鮮人虐殺とかっていうのはこうして起きたんだなと思う。「お互い被災者同士の状況でさえもあんなことが出来てしまったDNAの記憶」っていうのも、小泉内閣が契約した前時代の亡霊と一緒に湧いて出てきたんだな。
一方で、終始ホッとさせられる「正しい当たり前の積み重ね」を見るのが、東京事務所の貸し出し等について光熱費と水道代程度の実費だけ負担してくれれば結構です(Yahoo!Newsより)とする北海道庁だったり、市営地下鉄に掲示される週刊新潮の中吊りの、3人のプライバシーに関わる部分を目隠しした(Yahoo!Newsより)という札幌市だったりの対応。悲しまなくてはいけないのは、こんな「小泉政権や石原都政が始まる前は当たり前だった対応」を「今時珍しいほどまとも」って褒めなきゃいけない社会状況になっちゃったことだ。
2004年4月18日
昨日握手会のあと、まだ結構時間があったので(とはいえ体力的には結構ヘロヘロで電池切れっぽかったけど(^^;)そのままアキバに繰り出したんですけど、ラジオ会館1階の電器屋さんの店頭のTVで行方不明になっていた日本人2人の解放のニュース(asahi.com)を見て、思わず小さく拍手してしまった。関係者の皆さんに心からお祝いを申し上げるとともに、政府の皆さん。「今撤退すればテロに屈することになる」という最大の障害は無くなりました。違法状態と税金の無駄遣いを解消するためにも今すぐ自衛隊を撤退させましょう。
ところで先に解放された3人について、政府は航空料金等を請求する(asahi.com)とのことですが、その根拠となる法律は何でしょう。国や地方自治体が誰かに金品を負担させる場合は法律の定めによることになると思いますが。「国民的同意(たぶん実際には内閣支持者の同意)」とかいうだけで通ると思っているなら、それは法治国家の政府の振る舞いではない。
確か今年の初めくらいにあった大学のワンゲル部の山岳遭難事故の時にも、彼らの登山計画を「無責任でお気楽なもの」と決めつけた人々から「捜索救難活動にかかった費用を請求すべきだ」との声が相次いだけど、法律上そういう対応が出来ない以上は、きちんと権限をもつ議会(国全体なら国会だし、ローカルルールなら地方議会)の議決を経た上で「次回から支払ってもらいますからね」というのが法治国家の正しい対応です。それすら分からないで何を偉そうに。
だいたい、3人を帰国させる段階で「料金は請求する可能性があります。我々は○○航空のチャーター機を利用したいと思いますが、その場合の料金はこのくらい。皆さんで別便を探してもらってもいいですが、警備関係者を同行させる関係で○人分の席を確保する必要がありますので…」とかそうした説明と同意を、3人やその関係者に対して取ったのかどうかもはっきり言わないし。っていうか、説明しないってのは多分誰もそのことを疑問に思ってないからなんだよな。この国の常識として、お役所は都合の悪いことは聞かれないと説明しないから。
そういえば先週あたり某週刊誌の報道で、解放された3人の中にとある革新政党の関係者が居るとかいうものがあったけど、「はい。それで?」で終わりな感じ。問題にするほどの話でもないというか、利権とか政治的下心とか関係なく人道支援とかそういう行動が出来る人達がそういうバックグラウンドを持ってるとして別に何の不思議もないし。むしろ逆に「保守主義者で国際支援」っていうと故笹川良一氏ぐらいしか思いつかねーわ。
大体それが国際支援とかそういうレベルの話じゃなくても、地方レベルの社会福祉とかそんな話でも、地元に密着した実のある活動とかって大方革新系の人がやってたりして。私の地元で昔から小児科まで含めた準夜間診療に対応してる診療所の母体は確か旧社会党系の医療生協だし。逆に金儲けと既得権の維持とハコモノに一生懸命の保守系の人達から何もしてもらった覚えが無い。
で、まあそんな背景もあって選挙では結構革新系が善戦してて(中央では壊滅状態のはずの社民党系の人とかも議席確保してるし)、市長の与党が過半数に達してないんで、野党や無所属議員が束になってかかると市長側の提案があっさりひっくり返されるとかいう、民主主義のお勉強にはなかなか素晴らしい状況が展開されてたりする...おかげで都庁とかからは赤い街だと睨まれてるようだけど、まーきっと赤狩りしようと赤いサングラスで見てるからそう見えるんですヽ( ´ー`)ノ(爆)。
2004年4月17日
さて本日は、椎名へきるシングル・アルバムW購入者特典イベントとして開催された「最初で最後の握手会ツアー?Akusyu of Time」東京会場@SHIBUYA-AXへ。
実のところ個人的には、「手の届くぐらいの距離でじっと見つめられさえすればそれでいい」っていう「僕を笑って」by岩男潤子さん的感覚だし(笑)、その意味では小さいハコのライブでほぼ最前列付近とか来れたらそれで充分満足なんですよねー。とか言いつつ真行寺恵里さんに携帯のバッテリーカバー裏面にサイン書いてもらったなんていうことが二度ほどあるけど(笑)。真行寺さんのライブだと終演後の物販でご本人自ら売り場に出てきたりするから結構話したりサイン頼んだりの機会があるんで、ついそーゆー思い切ったことを頼んでしまう(^^;。
で、そーゆー感覚もあるし、あと80年代アイドルブームの頃だったり、あるいは今でも売り出し中のアイドルとか声優さんとかなら分かるし、へきるの場合でもデビュー当初とかだったら分かるけど、デビュー10周年を経て今なお全国ツアーをバリバリこなす人気を維持している人で握手会っていうのは何か不思議な気がしたっていうのと...さらに椎名へきるのお客さんっていうのは色々と熱狂的な方が多いので「大丈夫かぁ?(^^;」な印象もあり(苦笑)。
その上で、何か「握手会行った」っていうのは「ライブ行った」よりさらに非常に濃い人の領域に突入したみたいでアレだし...とか思いつつも、でも今後、椎名へきるをそんなに近くで拝めるチャンスも、それこそ「握手」まで出来るチャンスも再びやってくるかどうか分かんない以上、行っとかないと絶対後悔するだろうと思って出かけてきましたm(_ _)m。
んでまあ、多分当初段取り組んだ時点ではきっと4月中旬なんてきっと穏やかな春の陽気に包まれた1日だろうとスタッフさん達も予想してたと思うのが...春とは思えないくらいの暑さだったせいで(苦笑)、早々に会場入りして列の最初の方を確保した人はともかく、後ろの方だった人は暑い中けっこー長時間建物の外で待つことになって、それだけで結構ヘロヘロになったりはしたけど(苦笑)、まー中に入ってからは(そこからさらに1時間ぐらい待ったけど(^^;)敏腕プロデューサーらくちゃんが間を持たせるために延々喋っててくれたし、あと私の場合は近くに知り合いけっこー居たんで飽きなかったな。とはいえ都合2時間以上立ちっぱなしっていうのはオールスタンディングのライブ見るより疲れるね...ライブだとアドレナリン出てるからかえって疲れないらしい(笑)。
で、そんなこんなの後いよいよ握手ですけど、流れ作業でポンと握手してはい終わり、じゃなくて一言二言話せるぐらいの時間はあって
私「夏のツアー期待してます。身体に気を付けて頑張ってください」
椎「ありがとうございます〜。あなたも気を付けてください(^^)」
とゆー感じでしたm(_ _)m。普通にまともな会話しちゃってる割に実はこっちはけっこー緊張してたんですけど(笑)、華奢でちっちゃな女性の手っていう感触とか、本人自身がすごく小さい人だっていうこと(いざステージに立って歌うと俄然堂々と、生き生きとして見えるんだよね)、それとこっちを見つめた目が印象的。つーかこういう結構ドキドキするものなら今後も時々あってもいいかなとか思った(笑)<握手会
2004年4月15日その2。
葉桜を見上げると、ふと故人のことを思う1日ではあったけれども、一方海の向こうでは人質となっていた日本人3人が無事解放された(asahi.comより)との報道が。
まずは問題解決に尽力したとされるイスラムの聖職者達にしかるべき敬意を表するとして、家族や支援者のために東京事務所を提供するなど、今回地味ではあったものの重要な役割を果たし続けた北海道庁にも敬意を表したい。聞くところによると、道庁にも家族や支援者に東京事務所を提供しないことを求める嫌がらせが相次いだそうだけれども、そうした無責任な悪意にひるむことなく「住民の安全を守る」という、自治体として当然あるべき仕事を貫いた姿勢というのは、この国の公職者にもはや滅びかけていた「当たり前の感覚」を、彼らがきちんと持ち続けていたことの証明だと思う。
一方で中央政府は、相変わらずブッシュ政権を賞賛し続ける一方で、人道援助や自由な報道のために向かった人々には「自己責任」を繰り返すばかり。というか、中立国だったり「アメリカの友好国ではあるけれども積極的にイラクに介入していない国」ならば確かに自己責任という物言いは通るかもしれないけれども、重装備と手厚い公務災害補償に守られながら、イラク国内では最も安全とされる地域だけでの復興活動という、イラクで働く人々の中でおそらく最もチョロい仕事に励んでいるだけの自衛隊が、イラク全土に散らばって人道援助活動に従事している全ての日本人を危険にさらしているというこの状況を目の前にして、何が自己責任だと言いたい。
そして3人が無事解放された一方で、他の2人の日本人が新たに行方不明になっている(asahi.comより)という。無事を祈るのはもちろんのことだけれども、ここ最近の流れを見ると、イラクにとって「直接の敵」だったアメリカの民間人が最も危険にさらされているのは明らかだとして、その次にイタリア人と日本人が危険な状況にあるというように感じられる。不幸にしてイタリア人の人質のうち1人は殺害されてしまった模様(asahi.com)だというし。そのイタリアと日本に共通していることとして、お気楽右翼の首相がブッシュ政権の提灯持ちというか、ほとんど「ブッシュの寵愛を得ようと必死」とでも言いたくなるような状況がある。彼らには日米同盟とか復興利権(石油だったり公共工事だったり)の方が大事で、国民の安全なんてそれこそどうでもいい...というか、かえって危険になっても構わないんだろう。
そういえば「自己責任」とか「怪我と弁当は自分持ち」とかを声高に叫ぶ者の怪しさという意味では、98年全日本GT選手権第2戦の、太田哲也選手の選手生命を奪ったあの事故にまつわるあれこれを思い出すけど。何かあると真っ先に「自己責任ですから知りません」っていうところに話を持っていくのは、要は最初っから安全対策なんて何も考えちゃいなかった証拠。刑事ドラマの犯人の「何を証拠に( ̄ー ̄)」と一緒ね。
2004年4月15日
作家、鷺沢萠さんの突然の訃報(asahi.com)に正直驚きを隠しきれないでいるところ。今朝読んだ朝刊の時点では心不全(asahi.com)とのことだったけれども...正直何があったのかは良く分からない。
ふと思ったのは、何か気持ちがネガティブな状況の時に病気とかすると、結構危険な精神状況になったりすることはあるな、ということ。1年くらい前だったか、台風の夜に自ら命を絶ったとされる女優さんについて、「結構重症の喘息を持ってて、そういう天気の時はかなり悪かったらしい」という話を聞いたことはあった。
一方で、鷺沢さんは新作出たばっかりだったというし、その新作の評判も結構上々だったらしいと聞くと...そこで思い出すのはX-JAPANのhideさんの事で。それまでのhideさんの作品って、きっと彼の世界観を理解出来てる人には素晴らしい作品だったけど、そうじゃないと取っつきにくいような印象があった。それが、死後にリリースされた新作はものすごく「分かる」感じだった。
で...こんなこと書きつつ私は文学少年じゃないし、鷺沢作品っていうとネジの外れたエッセイの方を読むのが中心で、肝心の小説の方はほとんど読んだ記憶が無いんだけど。確か「葉桜の日」が文庫化された時に読んだ記憶があるけど、あのネジの外れっぷりとは一変した涼やか感があって驚いた記憶があったっけ。
その後、自身のルーツに関わる発言とか著作とかもあって「難しい人」になっちゃったのかなという印象があったけれども、公式サイトに亡くなるほんの2〜3日前まで記されてた日記を見て、「あー、やっぱ変わってなかったんだ」と、「亡くなった」っていう厳粛な事実を突きつけられて慌てて見に行った割には思わずニンマリ。でも、コレ書いてたその人は、もうこの世には居ないんだな...。故人に近しい人達に改めてお悔やみを申し上げます。
去年の今頃には日本モータースポーツ界が誇る英雄、加藤大治郎と、そしてニュージーランドの英雄ポッサム・ボーンを失った。そして今年は、いかりや長介氏や下川辰平さん(どうしても「辰平さん」と呼びたくなる)をはじめとする多くの名優と、そして鷺沢女史、さらについ先程のニュースだけれども、不慮の火災で生死の境を彷徨っていた巨匠横山光輝さんも亡くなられた(asahi.comより)という。別にクリスチャンじゃないし死後の世界の存在とかを信じるわけでもないけど、復活祭を機に才能ある者を神は自らのもとに招こうというのかと...。それは困る。そしたら地上に残るのは凡庸な者ばかりになっちゃうじゃないか。
2004年4月14日
トップページにバナーがひとつ増えてみた。...いやコレ作ったことで結果的に某巨大掲示板での世を忍ぶ仮の姿がバレちゃうんですけどm(_ _)m(爆)。って、いやいいのか多分バレてるし(爆)。元々は既に出回ってたスクーターに乗ってるギコ猫のAAで
∧∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ρ(゚Д゚ )< カイテキダナ〜
口⊇⊂ | \_____
/"/|/ 丿┐
///UU'//┐=3 ぶべべべ〜
◎ ̄ ̄ ̄└◎
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
↑とこういうやつだったのが、愛車AXIS90のフォルムに意外と似てるのが気に入って(笑)使い始めて、いつの間にか自分でバリエーション作って(雪上走行仕様なんていうのまで作った(^^;)、最近は行数詰めるために省略版(耳からヘッドランプまでの三行のやつ)とそれをベースにしたバリエーションを使ってて、半ば向こうでは私のサインみたくなってた...とゆーところから説明しないといけないんですけど、そこに去年の英国GPの侵入者みたくメッセージボード持たせてみたら意外と良く出来ちゃったので使ってみた...と。ちょうどその直下にある福田発言抗議バナーみたくあんまり大真面目でストレートなのっていうのもお気楽サイト的には雰囲気じゃないし。
ところで問題の人質事件についてですけど...こうした事件が起きた時、人として恥ずべき最低の行為にも関わらず、必ずといっていいほど行われる関係者への誹謗中傷や嫌がらせ(共同通信ホームページより)が今回も出ているという。
小学校の頃に誰かに意地悪した時とかに、「自分が逆の立場だったらどう思う?」とか先生に諭されて結構ズキッときた経験とか誰にでもあるでしょ?とか言ったところで、そういう神経はとっくに退化して無くなってたり、あるいは自分は絶対そういう叩かれるようなドジは踏まないと裏付けもなく確信してるような連中がそういう行為をやるんだと思うから、加害者自身に何を言っても無駄だろうね。ただひとつ言えるのは、昼も夜もなく嫌がらせに精を出して暮らしてるということはつまりどういう素性というか環境の人物か、というのは説明するまでもなく分かり切った話、ということ。
数日前に毎日新聞だったか東京新聞だったかが街で聞き取り調査をした結果では、若い世代の半数以上が自衛隊は撤退すべきだと答えたという。少なくとも、人が集まるような時間帯に街に出ている人に面と向かって「○○新聞ですが」って聞かれた場合にはそういう答えをする人が意外と多いと。さらに、趣味系のサイトとか色々なところを巡って家主さんの日記とか見てると、それなりには保守的な意見の人っていうのも少なくない(私の感覚だと、軍用機系はまあ当然としてクルマ好きの人って結構こういう問題に関して保守的な立場の人も少なくないように思う)けど、その立場を踏まえつつも一応は言葉を慎んでるというか、「私はお気楽ですけど〜ヽ( ´ー`)ノ」みたいなこと言ってる割にはしっかりした物言いであることが多い。
やっぱ仕事にせよ友人関係にせよ、「リアルな人付き合い」っていうのが日常的にある人達っていうのは、立場を問わず自分を律することが分かってるし、言っていいこと、やっていいことと悪いことの切り分けっていうのが出来てるという印象を、そういうあれこれを見て感じる。逆に、そういうリアルな社会に身をさらしてない人だから無責任な物言いとか奇妙な攻撃性とかが形として現れたり、「自分を律すること、自己責任というホントの意味が分かってない」からそういう立場に埋もれていたりする...そうした悪意がこういう時に湧いて出るんだな。
2004年4月12日
南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が「アパルトヘイトが残した最大の問題は、黒人に教育を与えなかったことだ」と言ったというその言葉を噛み締めているところ。おそらくは彼らの国の独裁者も人々に教育を与えなかったのだろうと感じるから。
おそらくはイラクに居る日本人の中で一番イラクの人々に近い立場にいた日本人が拉致されたり、欧米各国の中でイラク情勢については一番アメリカに協力しない立場であるはずのドイツ人の安否について悲観的な情報が流れていたり(YOMIURI ON-LINEより)、さらには「中東の同胞」であるはずのパキスタン人やトルコ人の拉致までが公言されたり(asahi.comの解放報道から)...もはや誰が敵か味方かも、自分達がやっていることの意味も何も分かっていないのではとさえも感じるし。民を愚かに保とうと考えることは、その国の将来にとって大変な負の遺産を残すことになるんだ。
2004年4月11日その2。
どうなんだ...正直考えたくはないけど「カラ声明」なのか...と思わず呟くくらいに、まだ吉報は聞かれない。そういえば911テロの時、実際にはやってもいないのに、しかも被害状況も把握出来ていないのにパレスチナゲリラの一派がカラ犯行声明を出してしまって、アラファトを慌てさせる一幕もあったっけ。いずれにせよ今回の一件で思うのは、人命が関わっている状況をもてあそべるような感覚の持ち主は、それがまるで他の星の生物かと思うぐらいにはるか遠い存在であろうと、同じ国で同じ言葉を話す、同じ民族であろうとお友達にはなれそうにないな、ということ。
ところで素人が二晩考えて結局まとまらなかった「それじゃ結局この状況でどうしたらいいのか」っていう問題。作家池澤夏樹氏の公式サイトのコラム(4月9日分)に載ってる内容が一番求めていたものに近いかなと思っているところ。日頃必ずしも氏の価値観に同調することが多いわけではないのは確かだし、今回のコラムの内容についても「大筋では同意するけど、完全に一緒じゃない」っていうのも事実だけど。
ただ、自衛隊があそこに居る理由が無い、居たところで実のある仕事が期待出来ないこと、日本がアメリカに同調してしまったことが誤りだったということ、そして「人質事件に屈したのではなく、政策の転換として去るべき」という点は間違いないと思う。池澤氏が某人気声優の方のお父様だというのは割と有名な話だと思うけど、はーちゃん、今回のこの事件への対応について、お父様を誇りに思っていいと思います。
2004年4月11日
何がどうしてどうなった結果なのかは分からないけど、ともかく人質問題は解決に向かっているらしい(asahi.comより)。もう正午は過ぎたから(ちなみにこれを書いてる今の時点で12:30頃)、先方の約束通りであれば3人は既に自由を手に入れているはずだけど...いずれにしても安心するのは3人の無事な姿を見てから。
ところで一連の事態の中で「3人は危険を承知で行っているはずだから」とかいう声は散々聞かされたけれども、そういう認識の人にあっては自衛隊員も同じということで良いのかな。イラクに駐留してる他の国の「軍隊」と比較してもトップクラスらしい待遇で雇われている(意外にも一番危険なはずのアメリカ軍が結構な薄給らしい)上に、万が一のことがあれば家族が一生生活に困らないだけの補償が得られるから「だから当然危険は承知の上でしょう?」と。
私の場合さすがにそこまでとは思わないけど...というかむしろ、「そこそこの見返りと補償を約束されて行っている自衛隊員にも無事を祈られる権利があるならば、ボランティアの人道支援で向かった人や、彼らと行動を共にして現場の真実を伝えるために行った報道関係者は、その行為を尊重され、無事を祈られて当然」と感じる。黄色いリボンまで引っ張り出して無事を祈られるべきとすれば、むしろ彼らの方だ。
ところで、陸自宿営地付近に砲撃が行われた(asahi.com)というニュースも既に伝えられているわけですけど...既に現地は安全だという前提はとっくに崩れてるんじゃないのかな。そういえば幕僚長の宿営地訪問日程について嘘をついた、という話題(Yahoo!News)もあったけど、「そうしなければ危険が及ぶ可能性がある」ということを自ら認めた形ですね。
あと、実はそうした点である意味一番気がかりな気がするのは、自衛隊が住民から投石を受けた(asahi.com)という問題で。当初はまるで復興の魔法のランプみたく歓迎された自衛隊に対して、現地の人々の中で少しずつ見る目が変わってきた可能性がある。
それにしても、「派遣されちゃったんだから無事を祈る」みたいな方法に流れていっちゃう日本の国民世論っていうのはいつもながらものすごく嫌な部分で。憲法を頂点とする法制度上問題がある状態で動き出して、しかも「動き出した時点で前提としていた基準にすら沿わない状況になっている」という二重の問題が発生している以上、今回の人質事件そのものとは関係なく、1日も早く、人命に関わる重大な事態が現実に発生する前に撤退すべき。アメリカをはじめとする他の国の出方というのは、彼らの別の法体系によって成り立っているものだから、それらを直ちに否定することは出来ないかもしれないけど、日本の場合は「ダメなのが明らか」だから。さっさと帰ってくるべきだ。
2004年4月10日
「21世紀の男ヤマシン」は居ないのかな、などと無理を承知でふと思ってみた。
「男ヤマシン」っていうのは...よど号ハイジャック事件の時にハイジャック犯と交渉して、乗客の代わりに人質になって、膠着状態から事件を解決に導く立役者となった運輸政務次官・故山村新治郎氏(この事件とは関係なく92年に亡くなりました)。今にして考えると、政治目的のハイジャック事件で「運輸政務次官」っていうのはポスト的に直接責任を負うべき立場の人間ではないはずなので、当時の事情をリアルタイムで知らない立場としては、何がどうして彼がその役を担うことになったかというのはさっぱり分からないけど。ただ、いずれにせよこの当時は、こうした要職にある人物の中に「罪もない一般の人々を危険にさらしてはおけない」という感覚を持つ人が居たというのは確か。聞くところによると山村氏、ハイジャック犯に「ご迷惑をおかけした」と言われて「いや、君たちのおかげで次の選挙は大丈夫だ」とか冗談交じりに話したそうだけど、本気で「それだけ」で出来るぐらいチョロい仕事だとは思ってはいなかっただろうし。
で、福田官房長官はというと、「父の時(『人の命は地球より重い』とテロリストに譲歩した77年のダッカ事件)とは時代が違う」(asahi.comより)と仰せですが、違うのは世界情勢や社会情勢だけではない。公職者の職業意識という意味合いでも、古き良き時代は既に終わったのかという印象を強くする。
2004年4月9日
ふと思ったんだけど、「救出に全力を」(asahi.comより)とか言ったところで、自衛隊は武力行使出来る法的根拠が無いし、そもそも人質救出作戦を取れる能力自体があるとは思えない。その点で「人命に関わる状況でもまたお得意のカラ約束ですか」と言いたくなる。
だいたい自衛隊のイラク派遣自体が、その前からずっと現地で活動をしているNGOやメディアの人達をこうした余計な危険にさらす要因だったと思うし。私自身この状況自体を予想は出来なかったけど、12月の日記の12月2日分、2人の外交官と現地の運転手さんが犠牲になった事件の時に触れたような種類の漠然とした不安っていうのはあった。派遣をあっさり決定した政府や連立与党も、それを支持した人々も、そういうリスクを本当に考えての判断だったのかどうか。
で、「自衛隊さえ撤退すればそれで人質は解放する」っていう明確な答えが得られるならば、その通り撤退すれば全く問題ないんじゃないのかというのが個人的意見。テロに屈する屈しないという以前のところで、元々派遣のメリットも根拠も無かったんだから、ある意味では「引き揚げるに絶好のチャンス」っていう言い方も出来るし。自衛隊がやるはずだったらしい復興援助とか物資の供与とかがそこで止まることの責任は撤退を強要した側が負えばいいだけの話だし。「自分達で出来る」っていうならお任せしましょうか?と。
考えてみればアメリカにしても、フセインの首を上げた段階で既に当初の目的は達成してるし。「その先の活動」っていうのが果たして必要なものなのかどうかは考え直してもいいだろうと思う。可能性としては「実は民衆達は、この状況で揺り返しを狙ってるテロリスト達の味方ではない」っていうことがかえって証明されるかもしれないし、そうなった場合にまた必要な行動を起こせばいいわけで。逆に「テロリスト達の出方が民衆の総意の現れ」っていうことだったら...そこにはもう自由主義圏の出る幕って無いし。
でも、それにしても、危険にさらされている3人の人命を目の前に、どうしたら解決出来るのかっていうのはやっぱり考え込む。「何で自分のケツも拭けない(=派遣によって起こりうる問題に対応出来る能力も権限も無い)のが明らかなのに自衛隊を派遣したんだ」っていうことを怒ったあとで頭を抱え込むしかないし、ただ、「無事を祈る」としか。
2004年4月7日
さて小泉首相の靖国参拝は違憲であると司法の場で結論付けられました(asahi.com)。しかも、「原告側の損害賠償請求そのものは結果的に認められなかった」(=となると被告側からの控訴は出来ない)ことによって、「原告側が損害賠償を請求出来るような直接的な法的不利益を受けてはいないけれども、首相の行為は違法」という判決がこのまま確定する可能性が高いと。この「事実上の確定判決による違法認定」ということが何を意味するのかということは、小泉内閣を支持する全ての人々が重く受け止めるべきこと。
で、ひとつ重要なことがあります。ヒトラーですら、「直接的に国内法を犯すことはしなかった」ということ。巧みな大衆煽動と世論誘導の結果としてあの恐ろしい世界を作り上げることに成功したとされるわけで、その意味では我々の首相はさらにその領域の一歩先まで踏み込んでいるということ。
それから、「実現の見込みのない約束をしてカモの皆さんの支持を集めておいて、『事情が変わった』とか『○○に邪魔された』とか言って逃げるのは詐欺師の常道」っていうのを思い出したのがこの議員年金全廃発言(asahi.com)。まあ今国会終了後に「抵抗勢力に邪魔された」とか「野党の妨害が」とか「次回以降の成立を目指す」とか言うだろうことは間違いのないところで。もちろん私自身、現状の議員年金は確かに金額自体も高過ぎるし、掛け金に対して支払いの率が良すぎるとか見直すべき問題が多いとは思うけど、一方で一応は引退後の議員の生活権の問題とかも関わってくるだろうことを考えたら、全廃っていうのは極端過ぎる話だ。本当にやる気ならそれはあまりに議員の立場の方を無視してるし(ちなみに総理大臣は確か退職金出たはずなので、彼自身は金には困らないはず)、出来もしないのに言ってるんなら国民に対する背信...を通り越した詐欺行為です。
一方ますます分からなくなってるイラク情勢は...「善し悪し」っていう面では今イラク情勢の鍵を握っているメンツの中に正義も善人もないと思うんだけど、「石油利権」っていう下心を前提とした上でのアメリカの出方とか、ジョージ君とデキてるとしか思えない(そのうちサ○スパークあたりでネタになるか?)純一郎君とかブレア君の出方とか、さらには多分旧体制下で悪くない思いをしていたであろう「フセイン支持勢力」の出方とかっていうのは、善し悪しは別として理解は出来る。何かこう、欲望を持った人間が普通に抱いちゃう感覚としてね。
それに対して「反フセインで対米強硬派」っていう勢力に対して少なくない支持が集まっちゃってるっていう話を聞いた時に...何かこう、同じ人間っていう生き物の発想とか行動とかではない、どこか遙か遠い惑星の生物を見ているような気がした。「自分達でフセインを倒せたわけでもない連中が何でこんなに偉そうで、そこに支持者がくっついちゃうんだ」っていう。
もちろんアメリカが正義を行ったと言うつもりはないけど、結果としてアメリカがフセインを倒した、そのことによって自分達がある程度好きにモノが言えるようになったら途端に「この国は我々のものだ。アメリカは出ていけ」って言えてしまう思考の流れっていうのが何か...すごく遠いもののような気がして目眩がした。さすがに「知らねーわ勝手にしろ」って言いたくなった。自分たちで何でも出来るんならやってみろと。っていうか、もはやこうなったら、自衛隊がイラクに介入する意味は、それこそ「ジョージ君と純一郎君がデキてるから」っていうのと「石破くんの趣味だから」っていう以外には何も無くなったんじゃないかね。
2004年4月6日
Linkページに掲示板でもおなじみきーちゃんのサイト、「LIVIN' ON THE ROAD」と、さらに4輪モータースポーツの世界ではおなじみの老舗ヘルメットメーカー、BELLの日本輸入代理店、YFCが立ち上げた日本語サイトを追加〜。つーかお待たせしましたm(_ _)m>きーちゃん
さらに例によって発売日前日入荷で椎名へきるのニューアルバム「Wings of Time」を入手出来たのでトップページに証拠写真を(笑)。早速聞いてますけどかなり良い感じ。なんか「ボケーッとBGMに流しても映える」っていうのは個人的には、今までの椎名へきる作品はあまり得意としてなかった新たなアビリティだよなぁと思ってたり。今まではどっちかというと「気合い入れて聴く感じ」が強かったような...ね。
んで、やっぱ「椎名へきるの作品」っていうのと同時に「木根尚登の作品」っていう面も、相変わらずいい意味で色濃いし。私が小学生ぐらいだった頃から(^^;ずっと一線級を走り続けてる巨匠の仕事っていうのはやっぱ凄いし(モータースポーツフィールドで言えばニューウェイぐらい、由良拓也ぐらい凄い)、一方でそんな偉大な巨匠の作品に「乗せられてる」感じじゃなくて、きちんと自分の存在を主張出来る椎名へきるも得難い存在だということで。
2004年4月3日
故意にボルトが抜かれていたとすればそれはそれで1つの別の事件(asahi.com)だけど、一方で「1件目の事故が起きるまで欠損に気がつかなかった」「1件目の事故が起きても使用中止とかそういう対策を一切行わずに2件目の事故を招いた」っていうのは全く別の水準の問題であって、管理責任を持つ人がそのことに対する責任を逃れられる理由には全くならないと思うけど>大阪府住宅供給公社。
で...「生命には関わらないけれども、明確に痕跡を残してしまう種類の後遺症が残る怪我」っていうのも、当事者にとってすごく辛いものだと思う。そのことを考えるとすごく重大な事故だと思うから、関係者には「第3の事態」を起こさないための対策を求めたいし、もし言われているような種類の「事件」だとしたら、その責任に対する適切な対応も願いたい。
っていうか、もし「事件」だった場合についていえば...車とかバイクとかの安全に関わる部分に軽々しくイタズラをされたとかいう例もあるけど、それと同じ種類の重大な問題だと思う。「些細な部分だけど安全や人命に関わるところへのイタズラ」っていうのは一歩間違えば重大な事件を招きかねない行為だということが、社会全体でもっときっちり理解されなくては。
2004年3月27日
六本木ヒルズの回転ドアの事故(asahi.comより)。「何でこんなことが」っていうのが正直な印象。「回転ドアで事故が起こりうる」っていうこと自体を驚いてるんじゃなくて、普通に見てて怖いかもと思うようなことについて、何の対策もされていなかったことに対する「何で?」っていう。
何より驚いたことのひとつは、一応は人が挟まれることを防止する赤外線センサーが付いてはいるけれども、センサーが感知してもすぐには止まらなくて、25cmぐらい動く(asahi.com)っていうこと。今さら当たり前のことを言うけど、人間の身体に、あんなに重くて頑丈なものに25cmも押されて安全なところなんてどこにある?この説明を聞いた時、頭を挟まれたら致命傷になりかねないのはもちろん、「腕とか挟んだらどうなっちゃうんだ」って思った。何かこう、開発した側が、「こういう重いものを電動で動かすんだからこのくらい」っていう技術的な相場みたいなものだけを考えて、「この装置を使うのは人間だ」っていうこととか、万が一事故が起きた時に、被害に遭った人の人生にそれがどんな悲劇をもたらすのか、そのことを全く想像してなかったとしか思えない。
で、「どうしても25cmぐらいは動かないと止められない」っていうことだったら...それでも生命に関わる状況にならないのはもちろん、可能な限りケガもしないような別の対策をしていなければいけない。例えば乗用車の内装とかは、事故が起きた時に乗ってる人が衝突する可能性がある場所は、ある程度衝撃を吸収出来るように柔軟な素材で覆っておくことになってる。多分それも、長い間に多分少なくない人命が失われたことと引き換えにたどり着いた答えではあるんだろうけど...最近では不幸にして歩行者の人が跳ねられた時とかに衝突する可能性が高いボンネットやフロント周りのボディパネル、さらにワイパーの基部とかも衝撃を受けると変形するように作ってあったりとか、「人がぶつかる可能性のあるものは、人体より柔らかく作っておく」っていうのはひとつの方向性になってきてる。建築とか住宅とかに関係する世界でも、小さな子のいる家庭とかで使う、家具の角に取り付けるソフトパッドみたいなものとかは結構ポピュラーな存在になってきてるし。
だから、生活者としての目だったり、技術者として色々な引き出しを作っておこうという発想とかがあったら...多分あんな設計でいいっていう答えにはならなかったんじゃないのかな。事故が起きた回転ドアを見てて、ドア側の端っこと、建物側っていうか「受け」の部分が「巨大な縁ゴム」だったりとか、どこかで曲がるように作っておいたりして「挟まれてもどこかが衝撃を吸収して、人間が耐えられる程度の衝撃に和らげたり、人1人の身体を逃がせる生存空間が保てる構造」っていうのを何で誰も思いつかなかったんだろうと思ったし。
「安全対策」っていうときに、忘れられない光景がひとつあります。F1グランプリにとって呪われた年のひとつに数えられる1994年。ロランド・ラッツェンバーガーとアイルトン・セナが命を落としたサンマリノGPに続くモナコで、ザウバーのカール・ヴェンドリンガーが、コースアウトして滑っていく途中に、コースサイドにあった地上構造物(多分キャッチフェンスの支柱かフェンスそのもの)に頭部を直撃して重体に陥るという事故が発生しました。
続くスペイングランプリ。ザウバーチームは彼らのマシンに、当時アメリカのCARTシリーズのマシンで使われていたものと似た形状のヘッドプロテクターを追加装備してきました。見るからに鎧のような頑丈さが印象的なCARTのマシンと比べると華奢な印象だった当時のF1マシンには不似合いなものではあったけれども、おそらくザウバーの技術者達は、彼らの誇りであり、その成長を楽しみにしていた若きオーストリア人に何が起きたのかが分かった。その悲劇を繰り返さないために、限られた時間や技術的制約の中で出来るだけのことを、というその思いが痛いほど理解出来た。
2004年3月25日その2。
で、まあネット繋げなかった間のニュースの話とか。尖閣諸島問題に関していうと、私個人は竹島/独島問題の時と一緒で、日本に居ると日本政府の主張しか入ってこないからどっちが正しいんだか分かんないとしか言えない。っていうかそれ以前に、なんか「会ったこともない遠い親戚の遺産争い」みたいな感じで何か当事者的リアリティがね(^^;。「最初っから分け前なんてすっかり忘れてたようなもの」っていうか。まあ明確に利権(漁業権とか石油採掘権とか絡むようだし)とかが関わったりナショナリズムの高揚に繋げたい人はまた別だろうけど。まあ、何より目眩がしたのが、今までこれほど法律とか制度とかを軽視する態度の総理大臣なんてかなり歴史をさかのぼって見つかるかどうかだっていうのに、こういう時だけ「法治国家ですから」とか抜かす人(asahi.comより)ですけど。
しかしまあ、小学生か幼稚園児の頃の感覚だったら「領土権もそこから上がってくる分け前も両方で半分こしたらいいじゃん」とか「どっちの領土とも決められなかったら、別に地球上にどの国のものでもない島の1つ2つあっても」とか言っちゃっただろうけど、さすがにそこまで世の中純真じゃないことはとっくに分かっちゃってるし(^^;。
んでもって、国民年金の広告に出てたデカい女優さんの滞納問題(asahi.comより)なんですが...まー色々な意味で税金使った壮大なジョークだなこれは(^^;。っていうかまあアレだ。税金とか保険料とか使って滞納者の人にギャラ払ってたという事で。しかも滞納者の人が説教タレてる広告だったという事で(爆)。
まあ、何より最高なのは住基ネットだ何だと個人情報を片っ端から一元管理して連携しようとしてる政府の皆さんが、税金使って行う広告活動を依頼するタレントさんに関しては非常に慎重すぎるくらいに個人情報を運用したっていうことだけど。確か公共工事の入札とかは、参加する業者はその自治体の地方税を滞納してない証明を提出する必要があったと思うし、それを考えるとCM出演契約結ぶ時点で年金の支払い証明を求めても全然変じゃないし、それは不当な個人情報の調査ではないと思うけどね。
そして三菱問題ですが...死亡事故の被害者のご遺族の悲しみは底知れないものがあると思う。一方で、本来問われる必要のない責任を問われることになった...のみならず「自分の運転していた車が、自分ではどうしようもない理由で人を殺してしまった」運転手の方もやっぱり収まらないだろうなっていうことを思う。お金の問題に関していえば被害者側に和解金として支払ったものが、保険会社を通じて三菱ふそうに請求される(asahi.com)ようだけど、仕事にだって支障は出ただろうし、発生した損害の基本的に全部を三菱ふそうが持って当然なんじゃないかと思うし、「死亡事故の加害者」とされてしまったことによって傷つけられた社会的名誉とかについても三菱ふそう側で責任を持つべきだと思う。あと、何より心配してるのは11日の日記でも触れたけど、運転手さんの刑事責任に関する話がどうなっているかだけど。まだ刑事裁判で確定してなければいいけど、確定しちゃったあとの名誉回復は色々大変そうだし。
2004年3月25日
月曜からメインマシンのハードディスク交換&Windows再インストールに取りかかってて...しかも簡単に終わるかと思ってたらビデオカードのインストールが結構落とし穴で...(^^;。換えたばっかのG450DHはどうしてもうまく動作しなくて、G400SHを1つ古いドライバで使ってる状態だったり。まあ、安定して動くのが一番だし、DVD再生ぐらいなら全然問題ないだけのパワーはあるから(ちなみに日記に書くの忘れてたけど、CPUもあの後ヤフオクでSlot1のPentiumIII-800MHzを入手して載せ替えました)それはそれで問題ないんだと思うことにした。そんなこんなで、とりあえずネットに繋げるようになったのが火曜の話、自分のホームページいじれるようになったのはようやく今日と(^^;。
ちなみにWin再インストールに踏み切ったのは、別に調子悪くなったわけでもないしHDの容量が絶対的に足りなくなったというわけでもなくて(むしろ余ってる6.4Gを玄人志向のSCSIハードディスクケース「GAWA-DDDSCSIUSB」@要は元々メルコから出てた外付けSCSI/USBドライブのガワだけ−に組んで外付け1個作れちゃったし)、そーいや今付いてるドライブ随分長く使ってるよなぁ(^^;っていうのをふと思い出したら不安になったので(苦笑)。確かコレ失業時代に暇にまかせて1台組んだ時に買ったやつで。ってゆーかQuantumって書いてあるし(^^;。
いやもちろんハードディスクなんて壊れる時は壊れるし、壊れない時は意外なほど長持ちするし、メーカーやモデルの当たり外れとかもあるから新品買ったからって安心ってことは無いんだけど、それ以前の問題としてウチのマシンは64GB以上のドライブが動くかどうか怪しい時代のやつだから(^^;。昔EPSON98使ってた時(これは4.3Gが限界だった)もそうだったけど、60Gあたりのドライブがまだ手に入るうちに新品に換えておきたかったのね。で、そしたら壊れる前に換えた古いドライブは万が一の時のためのスペアになるし。
まあ、あとは「昔の7,200rpmドライブ」なんて回転数と熱と消費電流が凄いばっかりで転送速度は世代の新しい5,400rpmドライブの方がよほど速いようだし、そうしたあれこれを考えて「あぁココで替え時だな」っていうことで。今は無きQuantum(正確にはMaxtorに吸収)のFireBall Plus AS 40GB(7,200rpmでATA100で、確か一枚20Gのプラッタ=お皿が2枚入ってるやつ)からMaxtorの4R060L0(5,400rpmでATA133で流体軸受。プラッタ1枚あたり容量とかは不明だけど、多分60G1枚とかでしょう)に替えたんですけど...まず最初にビックリしたのがドライブの裏面のガワを見た時で...昔の感覚だとハードディスクって裏にプリント基板のくっついた四角い箱だったのが、むしろ「薄っぺらいカマボコ板みたいな形で、ドライブベイにマウントするフレームの部分と、プラッタとかヘッドとか機械部品が入ってる部分の輪郭の分だけ膨らんでる」って言ったほうが早いぐらいの感じ(笑)。
さらに実際使ってみたら...まー流体軸受の5,400rpmって静かなのね(^^;。まあ今まで使ってたQuantumもいいかげん古くなって音デカくなってたっていうのはあるかもしれないけど。一方でそのQuantumを、データ移行のためにSCSIガワに組んでみたら短時間で割と生暖かくなってて驚いた(^^;。これでも当時はプラッタ数の少なさゆえに比較的発熱の少ない7,200rpmドライブだって言われてて、それゆえ冷却とか特に気を遣ってないのに4年近く壊れずに動いてたんだけど...まー技術の進歩ってのは凄いし、PC周りのアイテムに関していうと、「昔のハイエンドモデル」ってのは何かと微妙な存在になっちゃうってことだな(^^;。
2004年3月18日
さてトップページにも載せたとおりで今さらというかようやくというかカセットデッキを購入(^^;。録音メディアの主力をMDに切り替えて以来カセットテープ自体ほとんど使うことが無かったんですけど、いつの間にか家にあったカセットデッキのほとんどが寿命を迎えてしまって、再生も出来なければMDやパソコンに取り込んでデジタル保存することも出来ないっていう状況になってて、「ある程度まともな音質でカセットテープを扱える環境」っていうのを用意しなきゃ、っていうのはずっと思ってたんです。
ところが...やっぱ世間的にも「録音メディアの主力はMDだったりCD-RだったりMP3だったり」っていう方向性に進んでることもあってか、店頭で見かけるカセットデッキって、それこそマニアの人向けの、そりゃ音質は素晴らしくいいんだろうけど(ただ素人には操作方法も分かんないような調整ツマミがいっぱい付いてる(^^;)めちゃくちゃでっかくて重くて結構高価なやつだったり、一方でCDラジカセとかカセット付きミニコンポとか探すと、お手頃な価格帯のものの多くはメタルテープもハイポジも再生出来なかったりとか...あとお手頃価格で一瞬本気で買おうかと思ったAIWAのXR-MJ1っていうモデルは...オートリバースすら付いてなくて(つまり手でひっくり返す(^^;)結構引いた(^^;。ただ、そこまで割り切ったおかげで実売価格が2万円台の半ばっていう安さだから、それはそれで充分優れた商品だとは思うけど。
そんなこんなを繰り返すうちに一昨日吉祥寺のLaOXですごく良さそうなのを見かけて...んで即決購入(笑)。展示品以外に店内在庫が無かったそうで、届いたのは今日。ONKYOのK-SX7というモデルで、本来は同社のミニコンポ「FRシリーズ」と組み合わせることを前提とした製品なんですけど、RCAプラグの入出力端子があるものに繋ぐ分には普通に繋げるということで。ちゃんとメタルテープもドルビーNRとかも対応してて、それでいてボディサイズ自体はカセットデッキとしては充分コンパクトだったから、まさに求めていたそのものだった感じ。他メーカーでも多分こういう「CD/MDコンポ用オプションのカセットデッキ」っていうものはカタログには載ってて、取り寄せなら購入出来たりするんだろうけど、店頭で現物を見て触ることが出来て、しかも充分納得のいくお値段(本体1万6千円)だったからこれはもう買いだなと(笑)。
ただ、やっぱトップの画像のとおりで、今使ってるAIWAのコンポ(確か「マイクロコンポ」って言われてた気がするぐらいで小ささが売りだったやつ)と並べると案外大きいんだけど(^^;。まあ、それはコンポの方が小さいことを褒めるべきかなっていうことで。
で、こういうちょうどいいサイズの「台」が出来ると何か上に載っけたくなるのは悪い癖で(笑)。今までもオーディオが載ってるラック(ちなみに無印良品のやつ)の上にはFDNYの救急車(何百円ぐらいのノーブランドの製品。っていうか普通に子供用の玩具のミニカー)は載ってたんですけど、さらに水色のチャンプカー・レイナードを載せてみた。「伝説のNo.99」ではなくて、No.33のパトリック・カーペンティアの車。もてぎで開催された最後のCARTの時にお土産に買ってきたものなんですけど、純粋にインテリアとして見た場合にはリアウィングの縁についてる赤い識別マークがハイライトになって結構映えるんですよ<カーペンティア車
それ以前のところでやっぱりチャンプカー・レイナードって近代フォーミュラカーの中で最もカッコいいもののひとつに数えられるっていうのも飾っておきたい理由のひとつだし、もうひとつ。窮地に陥ったCARTを救おうと立ち上がった新組織「OWRS」の中心メンバーの1人が、この水色のレイナードを走らせていたチームオーナーのフォーサイス氏だから。CARTの歴史に名を刻む数多くの名門チームの中で、フォーサイスはやっぱりひとつの伝説として語り継がれるべきだなと。
2004年3月15日その2。
スペインの総選挙(asahi.comより)。直前に起きたテロ事件の悲惨さは言うべき言葉もないようなものだったけれども、一方で、政府が事実調査をする前からバスク独立運動勢力の犯行と決めつけたこととかについて「国民に嘘をついた」とか「テロを選挙に利用しようとした」っていう、そのことをきっちり怒って選挙結果をひっくり返せる国民性の方は、そのきっかけになった事態そのものがあまりに悲惨なものであることを思うと適切な表現かどうか分かんないけど、それだけは「羨ましい」って思ってしまった。
一方韓国で起きていること(asahi.com)の方はというと...国民世論的には大統領の味方みたいね。ただ、大統領と議会という、それぞれ国民の直接選挙で選ばれたもの同士がぶつかり合ってる状況っていうのは、実は悪いことではないと思う。お互い拮抗し合って緊張関係が保たれる状況になるっていうか、一方の勝手で物事が進んじゃうっていうことは無いし。
まあ、別にだから日本も大統領制にしろとか言うつもりは全然無くて。そのための二院制(衆議院と参議院)だし。っていうか、どんな立派なシステムも使う側の意識がちゃんとしてないと生かせない。そのことの方が重要。
2004年3月15日
さて昨日秋葉原に行ってきたわけですが...ヤマギワソフトはちょっとずつ再起への道を歩み始めてる感じ。火災直後の週末に行った時の状態(当時撮影)は言うべき言葉もないというか、「もうダメかも...」な印象が強かったし。私が秋葉原通い始めるようになったのって確か就職活動中の学生だった頃からですけど、その頃から馴染みがあるお店だったし。新譜はもちろん他の大規模CDショップでもそうそう手に入らないような90年代J-POPモノのレア盤とかを多く抱え込んでるお店だったこともあって、一貫して「秋葉原に来た時は必ず寄る」っていうお店のひとつだっただけにショックは大きかった。で、この日にデジカメ持って行ったのも、「もうこれで最後なのかもしれない」っていう気持ちが少なからずあったからだし。
それが火災の翌週あたりからだったかな。2階か3階あたりまで建設会社がビル改装とかの時に使うパネルで覆われて、パネルの外側に「休業のご挨拶」っていうのが貼られてた。で、それが「一日も早い再開を目指して」みたいな内容なのを見て、「あ、直すんだな」って思った。そして昨日は...デジカメ忘れちゃったんで画像が無いですけど、パネルカバーに作業員出入り口の扉が設けられてたから、本格的な復旧作業が始まるか始まったかっていう感じ。
で、実は心から再開を願う気持ちの中にはもうひとつあって...これほどの火災で人的被害を全く出さずに済んだのはやっぱり、ヤマギワ資本の時から一貫して(ちなみにヤマギワが石丸との提携を強化したのと前後して、実はヤマギワソフトの方は看板とブランドだけ残してソフマップの傘下に移ってます)お店の体制がしっかりしてたり店舗のレイアウトがきちんとしていたからこそだと思うし。正直秋葉原って「ここで火事でも起きたら一体どうなるんだろ」って不安を覚えることはしょっちゅうだから、それを考えると、そういうしっかりしてたお店が無くなるのはもったいないし、そうした努力はやっぱり報われなくてはいけないし。それにしても、見慣れた秋葉原の夜景にヤマギワソフトのネオンが無いのはやっぱり何かすごく寂しい感じ。
一方で、日通ビルの交差点挟んで斜め向いあたりにある電線屋さんのちょうど裏手あたり、確か元々でっかい公共駐車場があったところだと思いますけど...今時どー考えてもあんなバブリーな建物建てるのは自治体ぐらいのもんだって一発で確信出来るような、巨大な水晶宮みたいなビルの建設が進んでた。あれが噂の、都庁が計画してる秋葉原ITセンターですか。まあ都民の血税で景気がよろしくて結構なことで。っていうか、秋葉原なんてそれこそ民間活力っていうか、要はここで店出してる人達に任せておけば勝手に転がっていくタイプの街なのに、何でそこにわざわざ国とか自治体とかが税金使って介入してこなきゃいけないのかが全くわかんない。
そういえば開店以来大盛況だった「LaOXの玩具屋」(人に説明する時は私はそー言ってました(^^;)アソビットが4月で閉店になる理由も、店舗に使ってる建物が売りに出てしまったため(PC Watch 三浦優子のIT業界通信より)とのことですけど、これがもし都の再開発がらみの用地買収だとしたら(交通博物館の撤退に関してもそんな見方があるようだし、ミナミビルくらい大きい物件を今時買えるところというと結構その可能性もあるような)そんな馬鹿げた話はねーわ。それこそ民の成功を官が潰したサンプルとして後世に語り継がれるネタになる。
2004年3月12日
さて本日は椎名へきるファンクラブイベント@SHIBUYA-AXに行ってました。
最初は仕事帰りに行こうかと思ってたのを、たまたま年度末直前で有給休暇がまだ余ってるんで使ったんですけど...正解だった感じ(笑)。仕事終わったあとオールスタンディングで3時間じゃ倒れる(^^;。
で、今回はまあへきると楽ちゃんの延々トーク+ニューアルバムの曲中心でミニライブっていう感じなんだろうと推測してたら...それどころじゃなく全然やる気だし(笑)。むしろ「トークも延々続いた上に、普通の人のライブ1本分ぐらいライブも演る」っていう感じ(笑)。毎度のことながら、演ってる側の労賃とか考えるとすごくお買い得なライブだったりした。
ちなみに新曲はタイトルチューンの「Wings of Time」、先週ラジオでお披露目した中山加奈子さん作詞、ギターのKENちゃんアレンジの「電撃ジャップ」、さらに先行シングルリリースされた「レヴェランス」にあと1曲だったんですけど、一方で「大切なページ」のNEWアレンジバージョンとかSadistic Pinkとか結構バラエティに富んでた印象。ちなみに最後の最後に出てきた豪華ゲストが誰だったというのは、ご当人との間に守秘義務契約が成立しましたので申し上げられませんm(_ _)m(笑)
で、前にもどっかで書いた気がする(ウチのサイトじゃなく(^^;)んですけど、椎名へきるっていう人は普通にTVとかラジオとかで喋ってる姿とか、あるいは写真とかで見る分には「静のイメージ」っていうか、変な言い方だけどあんまり「生命の息吹」とかを強く感じる印象の人ではないみたいな感じがある。それが、いざライブで歌ってる時になると一変して活き活きしてくるっていう印象がある。他にも「CDもいいけど生歌で俄然映える」とか、そういう貴重な資質を持ってるからこそ他に代わる者無きOne&Onlyとして存在してるんだという印象。
ところでトークパートでの話題をいくつかピックアップすると...まず今年元旦の武道館は映像ソフトとして商品化が決定したというのと、あと夏のツアーが決定したそうです。東京地区は少なくともSHIBUYA-AXでの2Daysが決定。てーことは今回はライブハウスツアーなんですかね?
あと...楽ちゃんはこないだ健康診断だか人間ドックだかでγGTPが恐ろしい数字を示して医者に怒られたとか、仕事でLA行った時に(その風貌の怪しさゆえに)入国審査で引っかかったとか何か最近散々なよーですね(^^;。っていうか成る程あのヒゲは渡辺謙イメージか(笑)。
あとは中盤の抽選会(チケットの半券使ってやってた)でバンドメンバーからも賞品が提供されたんですけど...個人的にはキーボードのケン坊のブルースリーグッズセットがめちゃくちゃ気になったんですけど(^^;。あのクールガイの若き日に一体何があった(^^;。他にも「PAのスタッフさんは椎名へきるの公演にほぼ皆勤してるけど、唯一参加してなかったのが95年エッグマンでの1stライブ」とか、「ローディーの彼はBbeツアーあたりの頃にはお客さんだった(で今もファンらしい)」とか結構興味深い話が聞けた感じなんで、そういう意味で年に1回のFCイベントとかではこういう展開も楽しい感じ。で...そうか10期目の支払いが迫ってるな(^^;。
2004年3月11日その2。
もうひとつ、溜め息をつくしかないようなニュース(asahi.comより)。
Hysteric Blue自体は...まあファンだって公言するほどすごいお気に入りっていうほどではなかったけど、アルバム2枚持ってる(2ndの「WALLABY」と、あと活動休止後に出たDVD付きベストの「Historic Blue」)し、ボーカルのTamaちゃん結構TV的に面白いし、割と普通に好きなアーティストではあったから「もったいない...」っていう言葉しか出ない感じ。というか事件の話を聞いた時、ニュースで性犯罪の報道を目にした時にいつも思うように被害者のことを考えると心が痛む一方で、「残された2人のメンバーは一体どうしたらいいんだ...」っていうことも思った。犯罪行為っていうのは直接の被害者だけでない多くの人に迷惑をかけたり悲しませたり人生を踏みにじったりする...しかも事が性犯罪となると、人の一番根っこの部分に関わることの問題だからやっぱり...ね。
2004年3月11日
三菱の大型トラックのハブ破損問題ですけど、問題のハブの破損状況について産経新聞のサイトに図解があった(ちなみに東京新聞の夕刊紙面にも同じ絵があったので、三菱の事故報告資料なのかも)んですけど...たとえばホイールベアリングのところ(図でいうと車軸と球形の物体を挟んで接してる辺りですね)が、摩耗が進んでガタが増えてきて、ベアリングの球との隙間が増えた結果振動で「叩かれる」状態になって、いわゆる「ベアリングが破裂した」っていう状況の壊れ方とか、あるいはハブボルト周りの管理が適当だったためにボルト穴近辺にクラック(ヒビ)が走って割れたとかいうんだったら整備不良も考えられるだろうけど、軸側の部分とホイールとの接触面のちょうど境目でドカンといっちゃうなんていうのは普通整備不良で起きる壊れ方じゃなくて部品自体の強度不足だと思った方が自然だと思う。もしコレを整備の過程で発見しろなんて言われたら、車検とか定期点検のたびにレーシングカーみたくクラックチェック(MOONCRAFTの公式サイト「ゆらたく屋」より。例に挙がってるヒビの部分を薬剤で発色させる方法とか、X線非破壊検査とかそうした方法があるけど、いずれにせよクラックの有無を確認する作業)でもしなければ無理で、逆にそうでもしなければ耐久性を確保出来ないようなものは「大手メーカーが工業製品として量産した、輸送手段として公道走るための自動車」としては失格だと思うね。
例外的にスーパーセブン系とか、かなり特殊な趣味のためのスポーツカーとかだと時々フレームとかのクラックチェックが必要な場合もあるけど、あれはそれこそ「走らせてるより整備してる時間の方が長い」みたいな状況になっちゃったとしてさえも納得出来て、かつ安全上支障があるような不具合がある状況では走らせない、っていうだけ自己を律することが出来る...それ以前に要はそういう状況が発生しても乗れなきゃ乗れないで困らないような人達の乗り物で、実際それが原因での重大事故とかが起きてないから許されてるっていう状況があるんで...もし何かの間違いであの手の特殊なスポーツカーがブームになっちゃったりして、まともな管理が出来ないような人が乗っての事故とかが起きるようになれば問題になってくる可能性はあると思う。
っていうか走り屋さん系のチューニングカーとかは既にそこへ至る微妙な状況に足突っ込んでる気がするけど。極端なチューンでのパワーアップとハイグリップタイヤの間で板挟みになったサスアームが根元で陥没して大事故、とかようなことが仮に起こったら、90年代の規制緩和の揺り返しで一気に規制が厳しくなって、80年代以上に何もいじっちゃいけなくなる、とかいう可能性も出てくるかも。
それはさておきトラックみたいな商用車の場合...もちろん使用者がきっちり整備をしてる必要はあるけど、それとて半端じゃない使用頻度とか走行距離とかに照らして現実的な範囲っていうのはあるよね。週1回足回りばらしてクラックチェックなんて言ってたら仕事にならないし。だからこそメーカーの方で「使用環境に照らして現実的な維持管理で安全を保てるだけの信頼性」っていうのを確保しなければいけなかったのに、今回はそれが充分ではなかった、っていうことだと思う。のみならず当初はユーザーの維持管理に「責任を押し付けた」っていうことも問題だし。
で、こうなってしまったことで三菱の刑事責任っていうのも視野に入れられているようだけど、一方でこのトラブルによって発生した、2002年の母子死傷事故の他、少なくとももう1件あった(asahi.com)らしい事故の当事者達が、本来負うべき責任以上の責任を負わされることになっていないかどうかも考えなくては。特に死亡事故の方は、もし運転手とか運送会社に対して有罪判決が確定してしまっていたら、事故そのもので失われた生命に続いて二重に取り返しのつかない事になっていた可能性がある。そのことの重さを考えなくては。
そして一方で、この一連の流れの中で国土交通省とか通産省とかは一体何をやってたんだろうとも思う。ホントに図解にあったような、素人が見ても何かおかしいと思うような割れ方をしていたのなら...それに対して「整備不良です」っていうメーカー側の説明をはいそうですかと納得して「それならリコール無しで自主回収で充分です」っていう答えを出したっていうのは。3月8日の日記で書いた鳥インフルエンザの話と一緒で、メーカーの不誠実を批判するだけでは済まされない話だと思う。
2004年3月10日
さて本日のトップページの画像ですが...えー火曜日は大体CD買いまくる日ということでm(_ _)m(笑)。デビュー10周年を迎えた椎名へきるの3枚目のシングル「レヴェランス」ともう1枚は、6年振りに活動を再開したD-LOOPの新譜「Destination」。
D-LOOPっていうのは、後にプロデューサー・ソングライターとして知られることになる葉山拓亮氏(keyboards)とボーカリストのMINAMI、ギタリスト山川信人氏の3人ユニットで、1stシングル「Love me tender」が安室奈美恵出演のエステのCMでオンエアされてた(そーいえば同じくらいの時期に、同様に安室奈美恵が出演したチョコのCMでは兄妹デュオ「ZERO」の曲を使ってたりした。当時のavex的に定番パターンだったのかしら<安室CMに新人の曲)...というところで、当時の邦楽に詳しい人ならもしかしたら思い出すかも。
で、CMタイアップの他に結構音楽番組とかでの露出も多かったし、将来は明るいように見えた...ところが3rdシングル「GLORY DAYS」がリリースされて、4thシングルとアルバムの発売予定がアナウンスされたのを最後に...当時の印象でいうと、そこで突然時間が止まったような感じだった。後にファンサイトとかで語られた情報では「MINAMIが体調を崩し(それもかなり深刻なものだったらしい)、活動を停止せざるを得なくなった」ということでしたが...葉山氏の紡ぎ出す「きらめき感」のある印象的な楽曲と、MINAMIの特徴的な声と、一方でそのあまりにも短い活動期間と悲劇的な結末ゆえに、当時のファンを中心に伝説のユニットとして語り継がれていたわけですが...6年を経て活動再開するという情報を耳にした時には正直驚いた。大体、既にベテランの域に達してる大御所級の人とかなら「数年間の活動休止を経て」とかいうのをさほど驚きもしないけど、ブレイク直前で時間が止まっちゃった若いユニットで「6年ぶりの活動再開」っていうのは...それ自体前代未聞な感じでしょ。多分。
楽曲提供に精出してる葉山氏にとってD-LOOPは明らかに過去の存在に見えたし、一方で他に代わる者無きOne&Onlyの歌姫だったMINAMIが戻って来ないことには明らかにD-LOOPっていうユニットは成立出来ないと思える状況で、当の彼女が例えばソロシンガーとしてとか、何らかの形で活動を再開したという報を聞かないままに2年が経ち3年が経った辺りで、あぁもう名実ともに伝説になっちゃったんだな、って思ってたし。
そして活動再開すると聞いたら聞いたで、それはそれで不安を隠せなかったのは...いや実はMINAMIって私と同い年なんですけど(^^;(ちなみに誕生日は2週間も違わない)、D-LOOPが活動してた当時って私まだ学生だったのが今や結構いい歳なんで(^^;。だから、少なくとも公式な活動はまるっきり無いまま6年の月日を経た彼女が「ホントに歌えるのか」っていうのを不安に思った。そもそもまだあんまり具体的な情報が上がってきてない時点では、「ホントにボーカルは彼女のままなのか」っていう事すら分からなかったし。
結果をゆーと...むしろオリジナルメンバーで揃わなかったのはMINAMIではなくてギターの山川氏の方で...それはそれで残念だし、6年の月日の重さを感じさせる出来事だった。そういえばgroovy boyfriendsが後期活動で2人になってしまった(kbの木村貴志氏が脱退。その後Favorite Blueやmoveを立ち上げたのはご承知の通り)時にも寂しさを覚えたものだったけど...ちなみにgroovyは最終的に「山本景子さんの1人ユニット(gの高橋圭一氏はプロデュースに専念)」となった後、現在はそれぞれソロで活動しているようです。ちなみに山本さんの現アーティストネームは「K.」だというところまで分かった。
で、それはともかく、2人になってしまったD-LOOPに話を戻すと、オフィシャルサイトに上がった試聴データを1回聴いただけで、大丈夫だ、これは間違いなくMINAMIだって分かって安心した。確かにあの頃より少し歳を重ねてるし、「目の前に明るい未来が開けていた若き歌姫」っていうあの時の印象とは少し違う。前にも何かで使った例えだけど、「ブランズハッチで大怪我したあとのジョニー・ハーバート」かもしれない。「あんな不幸が襲わなければ」っていう別の未来を思い描きもする一方で、それを乗り越えた現在に価値が存在する感じね。そして、今度こその成功を願う。
2004年3月8日
そのうち触れようかと思ってたら、突然最悪の結末のひとつを迎えてしまった(asahi.com)と思
※またFrontPage Expressの編集可能サイズ上限を超えてるのを気付かずに書き換えちゃったためにこれ以下の部分が欠損してます。すみません(^^;。