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「は〜い、ミヤビ。グッモーーニン!」 破裂した後の花火を持って、表通りの市場をとぼとぼと歩いていたミヤビに陽気な声がかかった。 だが、ミヤビは無視した。 「ちょっと! 聞こえてんでしょうが!」 つかつかとミヤビのほうに駆け寄ってくる声をかけた女性は怒気をはらんだ声を出す。 ミヤビはうつろな表情で振り向いた。 「誰かと思えば……、ルイーザか」 ため息混じりにミヤビは答えた。 「どうしたのよ。いつもの元気はどこ行った?」 腰に手を当て、凛と立つ妙齢の女性、ルイーザ。肩のストールに紋章のようなデザインが施 されている。どうやら魔術を扱う術者のようだ。彼女はミヤビと同じ冒険者仲間で、幾度かパー ティーを組んで行動を共にしたことがある。彼女は結構有能で、ミヤビも何度か彼女に救われ たことがあった。 「……どうもしないわよ」 言うと、その態度でルイーザは察したらしく、「ふーん」と唸る。 「ミヤビって、まだ妹と確執があったの?」 「うるさいわね。あんたに言われたくない」 ミヤビの言うことはもっともで、ルイーザにもジョスリィという妹がいる。この二人は仲が 悪いのかどうかよく分からないが、会うたびに周りを巻き込んでの派手な喧嘩をぶっ放す。 文字通り、ぶっ放す、だ。 この二人が呪文を詠唱すると、辺りの景色が変わってしまうくらいの派手な喧嘩が始まる。 それを知っているミヤビたち冒険者は、二人が出会えば、まず退避を心がけている。 「私たちは、あの喧嘩でお互いのストレスを発散してるようなものだもの」 しれっと言う。確かに後腐れがないほど、喧嘩の最中はお互いを罵り合う。だが、それが終 われば、気分が晴れるのか「バイバイ」のひと言で別れていく。 「それは結構なことで……」 再びため息をついたミヤビは未練がましく持っている弾けて黒焦げになったロケット花火を 見る。結局、これはなんの役にも立たなかった。驚かす前に、肝心の妹は倒れてしまったのだ。 ルイーザは意気消沈のミヤビに再び声をかける。 「ねえ、ミヤビ。また私と一緒に行かない?」 冒険のお誘いだった。 「今はそんな気分じゃ……」 乗り気しないミヤビはルイーザの誘いを受けるつもりはなかった。 だが、ルイーザは諦めることなく、そしてミヤビの言葉を遮るかのように続けて言う。 「冒険の行き先は、『魂の揺らぐ場所』」 その言葉にミヤビは目を見開いて、ルイーザを見た。 「もう一度言うわ。冒険の行き先は、『魂の揺らぐ場所』」 その場所は冒険者にとっては伝説と化している場所だった。いにしえの神が人間を作り出し た時に余った魂を保管するために作ったと言われる場所。そこにはまだ人間の身体という器に 入っていない無垢な魂が眠っていると言われている。その場所を突き止めた者はまだいない。 だがもし、その場所に到達し、そこに保管してある魂を手に入れることができたならば……。 その魂は無垢ゆえに人格と言うものがない。つまり今、死にそうな者に無垢な魂を与えれば その者は魂を清浄され、再び活性化し、元気な姿に戻るという。 「……ルイーザ! あなた、アヤナのこと知ってて、そんなこと!!」 ミヤビは叫んだ。妹が倒れたことを知っていなければ、そんな行き先は出てこないはずだ。 「ミヤビ、前にこう言ってたよね。私の妹は完璧だって。すべての要素を妹に持って行かれたっ て。でも、本当にそうなの? 確かにあなたの妹は素晴らしいかもしれない。そしてあなたは 平凡かもしれない。だけど、あなたは危険な冒険にも耐えうる身体を持っているじゃない。そ れでも不服だって言うの」 ミヤビはルイーザの鋭い眼差しを受けてたじろいだ。 「アヤナちゃんは倒れた。動けない。自分を救う術はない。だけどミヤビ、あなたはどんな危 険な冒険に出ても、その術を達成する丈夫で元気な身体がある」 ルイーザの言っている意味は痛いほど分かる。 つまり彼女はこう言っているのだ。 「妹を救え」と…… 「行くでしょ?」 疑問形だが、その言葉尻には有無を言わさぬ迫力があった。 それでも、ミヤビは返答に戸惑ってしまう。 「まだ……分からない」 そう言って、ミヤビは逃げた。ルイーザの前から駆け出した。 「近くの酒場で待ってるから!」 後ろからルイーザの声が追いかけてきた。 ミヤビは夜になるまで、何もせずぶらぶらした後、意を決して数年前に飛び出した我が家に 戻ってきた。 扉には鍵はかかってなかった。中に入ると、そこは懐かしい匂いがした。家の様子は何も変 わっていない。 彼女の足は自然と二階に向かう。そこには妹のアヤナの部屋がある。 アヤナの部屋のベッドに妹はいた。微かに上下する胸で生きていることが分かる。 「どうして……こんなこと……」 ベッドに横たわるアヤナの前で呆然と立ち尽くす。ちょっと前までは、憎くて仕方がなかっ た妹が、今は憐れな姿でいる。人から羨まれる容姿、天使の歌声、優しい笑顔、綺麗な立ち振 舞い……。何もかもがミヤビと違い、人の注目を集めるアヤナが今は動けぬ身体で、ここに横 たわっている。 昼間、突然倒れたアヤナを診た医師は首を振って答えていた。 「分からない」 どうして倒れたのか分からない。病気なのか、他の理由なのかさえも分からない。 だが、アヤナは眠るように動かない。そんな妹をこの家に運ぶ途中で、隣のおせっかいなお ばさんが言っていた。 「この子はね。本当ならお城からお呼びがかかっていたんだよ。それを断ってまで、ここに居 続けた。理由が分かるかい?」 その問いにミヤビは力なく首を振るだけだった。 「アヤナちゃんはね。あんたが戻って来た時、家に誰も居なかったら寂しいでしょって、それ だけの理由でここに残ったんだよ」 アヤナは待っていた。宮廷楽師の道を蹴ってまで、家を飛び出した姉を待っていたのだ。 「アヤナ……、あんたは大馬鹿だよ」 ミヤビの肩が震えた。 「お姉ちゃん……」 その時、微かな声が聞こえた。 だけど、それは天使の澄んだ声ではなかった。かすれて張りの無い声だった。 「アヤナ……」 見ると、アヤナが姉であるミヤビのほうに顔を向けていた。倒れてから開くことのなかった 目がうっすらと開いている。 アヤナは弱々しいながらも、姉に笑顔を向けた。 「お姉ちゃん、おかえりなさい」 たったひと言だった。 だが、そのひと言で家を飛び出してから戻ってくるまで抱いていた、妹への感情が消し飛ぶ のに充分だった。 「……ただいま」 ミヤビの目から大粒の涙があふれた。拭っても拭っても、止まることはなかった。 アヤナは大役を果たして安心したのか、再び目を閉じた。 「アヤナ?」 もう妹から返事はなかった。再び眠り姫と化すアヤナを、涙で霞んだ目で見つめる。 「アヤナ?」 何をするのかもう決まっていた。 「アヤナ、待っててね」 ミヤビは妹に背を向けた。今度は妹から逃げ出すのではない。再び妹の元に戻るために、今 は背を向けるのだ。 「ルイーザ、行くわよ!」 酒場に駆け込んできたミヤビが叫ぶ。 ほろ酔い気分で酒を飲んでいたルイーザが、「ふふん」と笑う。行くのは当然でしょ、と いう笑いだった。 「どこへ行くの?」 ルイーザの意地悪な質問にミヤビは大声で答える。 「魂の揺らぐ場所へ!」 ミヤビ編その2<了> |