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ある国の王が悩みながら言う。 「我が娘は、運命の子なのだろうか?」 それを聞いた王妃は、にこやかな表情で言う。 「私は、この子がただ元気に育ってくれれば、それだけで良いのです」 王は王妃の言葉に納得し、それ以来、我が子に対する悩み事を口にしなくなったという。 ◆ ティンガル王国の朝は早い。 太陽が山間から光を投げかける頃には、城に詰めている給仕たちが一斉に動き出してい る。この時、一番忙しい場所といえば朝食の準備に追われている厨房と相場は決まってい る。まさしく料理人の戦場だ。 だが、今日は喧々囂々たる厨房とは別に、騒がしい場所がひとつあった。 それは、いつもは穏やかな陽の光が降り注ぐ静かな中庭である。 こけこっこー 鶏の鳴き声。 これが夜だったら気持ち悪いが、定番の朝にはぴったりの鳴き声だ。 「待て、にわとり」 先ほどから、この中庭で朝にぴったりの鳴き声を放つ鶏を追いかけ回す男がいる。 鶏は飛べない翼をばたばたさせながら逃げている。三歩進んだら何もかも忘れてしまう 鶏も、今は危機感でいっぱいだ。 とはいえ、追いかけられているからとりあえず逃げる。まあ、その程度の危機感だが。 「待て、にわとり」 黒い外套を羽織った男は、執拗に鶏を追いかけ回す。でも、鶏は捕まらない。同じ場所 をぐるぐると回っているだけなのだが、追いかけている男も要領が悪くて、捕まえること ができない。 「なにしてるのよっ」 なじるような声が中庭に響いた。 男は足を止めて振り返る。 「おお、これは小さき王女」 男は深々と頭を下げた。 中庭に通じる廊下に、七、八歳くらいの可愛らしい少女が立っていた。ティンガル王国 の第二王女、リンカである。手入れ前の金色の髪は緩やかに波打ち、腰の辺りまで伸びて いる。くりくりとした丸い目は、寝ぼけまなこのために今はジト目になっている。 「あなたね、さっきからニワトリをこけこけと鳴かせているのは。うるさくて眠れないじゃ ない!」 男をビシッと指差して、怒るリンカ。 「これは申しわけありません」 男はもう一度、頭を下げる。 こけーっ。 鶏も声を上げる。そして、ばたばたと逃げ回る。 「あっ、待て。にわとり」 「だぁぁぁかぁぁらーー。なにしてるのかって聞いてるの!」 「もちろん、あのにわとりを捕まえるのです」 「捕まえてどうするの」 そう言って、リンカは男の姿を改めて見る。 この穏やかな朝の場に似合わない黒い外套。そして、あやしげな行動。 「あなた、魔術師ねっ」 ビシッと、二度目の指差しで答えるリンカ。 「違います。あんな野蛮な連中と一緒にしないでください。私は錬金術師です」 この城には錬金術を生業にする者と魔術を研究する者が常駐していた。なんでも先王が 魔術を奨励し、現王が錬金術を奨励したためにこんな変な連中が城に住み着いて、日夜あ やしげな所業を繰り返しているということだ。 「錬金術師も魔術師も似たり寄ったりのイメージだから分からなかったわ」 目いっぱいの回答が外れたことに元気なくして、男を差していた指がふにゃっと萎れる。 「どんなイメージなのですか?」 男も気になったらしく、ちょっとイジイジし始めたリンカに訊く。 「お城のくらぁーい地下で、あやしい薬を作りながら、ひっひっひって笑ってるの」 「すごいイメージですね。……否定はしませんけど」 「で、その錬金術師が朝も早くからにわとり追いかけ回してどうするっていうの。それと も、それがあなたの日課?」 リンカ、なかなかきついことを言う。 男は苦笑いを浮かべながら、 「今回の実験に必要なので、にわとりを捕まえてこいとサリド様から申し付かったのです」 サリドとは錬金術師を束ねる師匠のような存在だ。錬金術には縁のないリンカでも、サ リドとは何度か話したことがある。いかにも頑固爺という感じの男である。 城に仕える錬金術師であれば、サリドにはまず逆らえないだろう。鶏を捕まえてこいと 言われたら、そうするしかないのである。 リンカは、この男にほんのちょっぴり同情する。 ……と、同時に好奇心が疼き出す。 「おもしろそうねっ」 先ほどのイジイジは忘れて、笑顔を取り戻すリンカである。 「は?」 「私も手伝ってあげる!」 「へ?」 間の抜けた声を出す男を尻目に、リンカ王女は鶏を追いかけ始めた。 こけーっ。 強がりなのか、負け惜しみなのか、鶏は威勢よく鳴く。 二人は鶏を追いかけて追いかけて、逆襲にあって突つかれて、時にはリンカたちが鶏に 追いかけられたりして、それでも傷だらけになりながら鶏の捕獲を続ける。 「にわとりっ、いい加減に止まれ!」 止まるわけがない。しかし、だんだんと疲れてきたのか、その足取りが鈍くなってきて いる。 「挟み撃ちだーっ」 二人は突進し、鶏の胴体をようやくその手に捕まえた。 「…………こけっ」 全力で逃げ回っていた鶏はもう鳴く元気もなかった。 鶏を捕まえた時には、二人の姿は泥だらけ。リンカにいたっては、王女お付きのメイドが 卒倒しそうな姿である。 「捕獲、成功!」 王女と黒い外套の男が、中庭で小躍りしている。変な光景である。 「私がにわとりを捕まえてあげたんだから、あなたたちの実験に付き合うのは当然よね!」 「それはもちろんです。小さき王女」 男もリンカの高揚ぶりを見て反対できなかった。 「じゃ、頑固じじぃのサリドのところへ、しゅっぱーつ!」 二人は、まるで凱旋する気分で、鶏を抱えながら廊下を歩いていった。 リンカ編その1<了> |